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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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死の荒野 1話

「アカハナ、アオザ、キスケ、クロベエ、マツムシ、コゲラ、ジャコウに、ユリネ………八人呼ぶの?それに、あなたとダイダラを加えて十人で仕掛けるわけ?」
 くノ一アスカの問いに、忍者ジライは頷きを返した。
「アカハナ、アオザ、キスケ、クロベエの四人がかりで、赤毛の傭兵を押さえさせる。討たずともよい。連携上手のあの四人に、傭兵の足を止めさせる」
「武闘僧は?」
「ダイダラに任せる」
「ダイダラ一人に?武闘僧、最近、『雷神の槍』って名槍を装備してるみたいだけど?」
「ダイダラにも『鬼殺し』の棍棒がある。それに、あれはどうしようもない阿呆だが、里一番の怪力、問題ない」
「お小姓の少年は?」
「マツムシ、コゲラをあてる。あの二人の素早さは(われ)に次ぐ。小僧ごとき倒せるだろう」
「でも、ジライ、あのお小姓、妙な爪を装備するようになってから、結構、腕をあげたみたいよ。瓦版、見た?」
「いや」
「んもう!ちょっとは通俗情報も集めなさいよ!あの子、お尋ね者を百人倒したんですって。瓦版が大々的に取り上げていたわ。あのなよなよした外見も受けて、オオエじゃあいつ人気者(アイドル)よ、浮世絵(ポスター)まで販売されてるんだから」
「ほう」
「『龍の爪』っていう、すっごい武器を手に入れたらしいわ。マツムシ達二人じゃキツくない?」
「その為に、ジャコウとユリネが居る。あの二人の得意技で勇者一行を翻弄すれば、多少の戦力不足は補える」
「もうちょっと人数を増やしたら?」
「おまえの持ってきた名簿(リスト)から選んだ最善の面子(ベスト・メンバー)だ。頭数ばかり揃えれば良いというものではない。役立たずのカスなぞいらん」
 アスカは嘆息し、仲間の忍者を見つめた。今、ジライは黒の束髪の鬘を被ったサムライ姿。アスカは宿の女中に変装し、ジライの部屋まで茶を運びに来た態を装っている。
 アスカはジライを慕っていた。それゆえ、彼を怒らせるような事は言いたくなかった。が、忍者の里の(かしら)直属の連絡役である以上、やはり、聞かねばならない事は聞くしかない。
「………ねえ、ジライ、本当に襲撃を一カ月も遅らせるの?お父様、怒るわよ」
「理由は言うたはずじゃ、アスカ」
 忍者ジライは横目でじろりと、くの一を睨んだ。
「正しくは、後、三週間じゃが………その間、勇者一行を襲わねば、大魔術師カルヴェルが女勇者の警護より外れる。当代随一の大魔術師相手では、里の者総出でも、任務遂行は難しい。カルヴェルが消えるのを待つ方が得策であろう?暗殺の期限は一月末。三週間待ったとて、十二月初旬じゃ。期限には充分、間に合う」
「でもね、お父様………最近、すっごく怒ってるのよ。あなたが手を抜いているって」
(われ)が手を抜いている?(かしら)がそう言うたのか?」
 アスカは頷きを返した。
 ジライは眉根をしかめ、吐き捨てるようにつぶやいた。
「くだらん!」
 命令通り女勇者を殺す準備を進めているのだ。あの美しくも残忍で武器の扱いにも長けた『真の女王様』を………この世から抹殺する為に働いているというのに、里への忠節を疑われるのは我慢ならなかった。
「ともかく、(われ)は三週間は動かぬ!(かしら)にはしかと理由を伝えておけ!」
「………」
「何じゃ、その顔は?まだ何ぞ、不満があるのか?」
「ううん。もう、その事はいいわ」
「ならば、行け」
「別の事で、聞きたい事があるんだけど………」
「何だ?」
「今、ダイダラとキクリはどうしてるの?」
「ダイダラは山の中だ。あやつ、里では目立つからのう、山小屋に置いてきた。あれは、(われ)が待てと命じれば一年でも十年でも待ち続ける忠犬のような奴。時々、覗きに行っておるが、この半月、山で大人しゅうしておるわ」
「………キクリは?」
「キクリは勇者一行の監視につけてある」
「………そう、キクリは、今、ここに居ないのね」
 アスカはキッ!と仲間を睨んだ。
「………あなた、キクリと寝たでしょ?」
 ジライは、ぐっと喉をつまらせた。
「寝たが、それがどうした?あやつから求めてきたのだぞ」
「そうみたいね………この前、そう自慢してたわ」
「………何が言いたい、アスカ?」
 ジライを睨むアスカの瞳は、半ば涙で濡れていた。
「別に何でもないわ!あなたは仲間にしたい奴とは、誰とでも寝るものね!あの醜いダイダラと寝たぐらいだもの!よぉく、わかってるわよ!」
「アスカ?」
「………あなた、あたしの事、どう思ってるの?」
「どう思う?(われ)はおまえを我が宝と思っておるが?」
「あら、本当?だけどね………これだけははっきりさせないと気が済まないの。正直に答えてちょうだい」
「うむ」
「………今度、呼ぶ八人のうち、何人と寝た事があるの?」
 ジライは口元に指を当てた。
「七人だな」
「………七人」
 顔を目指し飛んできたモノを、ジライは右手で、はしっ!と受け止めた。女中姿のアスカが持っていた盆だ。
「馬鹿ぁぁぁぁぁ―――!」
 わーっと泣きながら、くの一アスカは廊下へ飛び出して行った。
「どうしたのじゃ、アスカは………」
 後に残されたジライは、右の二の指で頬を掻き、首を傾げるばかりだった。
「突然、怒りおって………月のものか?」


「ちょいとやりすぎじゃねえのか、これ?」
 浮世絵(版画)を右手に、『龍の爪』を模した飴細工を左手に、赤毛の傭兵は溜息をついた。
 ジャポネの首都オオエでは、女勇者の従者、シャイナの美少年シャオロンが大人気(ブレイクちゅう)。シャオロンの商品(グッズ)を求めて、ナーダの部下が仕掛けた店には、連日、黒山の人だかりができていた。特に、若い娘の間で、シャオロン人気は高かった。
「やりすぎなくらいやった方がいいんですよ」
 宿屋の裏庭で、武闘僧ナーダはカルヴェルから借りた『雷神の槍』を右手だけで素振りしていた。修行の最中にくだらない話を持ち込まれ、少々、不機嫌そうだ。
「仇をおびき寄せる為です。シャオロンが左手用の『龍の爪』を持っている事を大々的に宣伝しなくては」
「けどなあ………正直言って、恥ずかしいぞ、俺は」
 浮世絵のシャオロンは腐女子向けに美化されすぎてしまって………まるで別人だった。『龍の爪』を装備しているから、かろうじてシャオロンだとわかるけれども………
「言っておきますが、シャイナでのシャオロン人気はこんなものじゃありませんよ」
「なに?」
「あそこは、もともと女勇者セレス・シリーズの発祥の地ですからね。地元シャイナから生まれた美少年従者シャオロンの人気は、今、うなぎのぼりです」
 シャイナでセレス人気を盛り上げたのも、他ならぬ武闘僧(と、部下)だった。未だに女勇者の活躍情報を版元に流しているようで、ジャポネにも翻訳されたシリーズ本が並んでいたりする。
 武闘僧は槍を建物の壁に立てかけ、今度は拳法の鍛錬を始めた。会話中も休む間も惜しんで稽古を続ける相手の横で、赤毛の傭兵アジャンは手にしていた物を懐にしまった。
「こんなんで乗ってくるかね、仇は」
「根気よく続ければ、そのうち現れますよ。敵は右手用の『龍の爪』を持っているんです。両方揃えたくなるに決まっています」
「………早く現れて欲しいもんだ」
「そうですね。仇の首領格の『サリエル様』とやらはシャオロンに任せるとして、周囲のザコ魔族や大魔王教徒は我々が掃除しなくてはね。とっとと叩き潰したいものです」
 右拳、左拳と、正拳突きを放つ武闘僧。
 その横で、アジャンはポツリと呟いた。
「………おまえが叩き潰したいのは、暗殺者の忍者一味の方だろうが」
 と、言うやいなや………
 ズゥゥゥゥン!と、鈍い音が響き、大地が揺れた。その衝撃に、『雷神の槍』は地面に倒れ、裏庭の松の枝までも揺れる。
 武闘僧が右の拳で力のままに、大地を突いたのだ。
 思わず、アジャンは逃げ腰になっていた。
「………おい、ナーダ」
「………何してるんでしょうね、あいつら」
 武闘僧は声を荒げた。
「龍神湖の襲撃からもう二週間以上経つんですよ!暗殺者のくせにグズグズしすぎです!だらしない!さっさとセレスを殺しに来ればいいのに!」
「おい、おい」
「あああああああ!あのウドの大木!一つ目鬼!あれで、私に勝ったなんて、まさか思い上がってないでしょうね!武術の『ぶ』の字も知らない、ただの腕力バカのくせに!」
「………みっともねえぞ、クソ坊主、取り乱しすぎだ。たかが、一回、負けたぐらいで」
 武闘僧は糸目で赤毛の傭兵をねめつけた。
「負けてなんかいません!前回は勝負の途中で敵が逃げたんです!引き分けです!」
「だが、おまえ、左腕はダメになるわ、あばらイカれるわ、顔中痣だらけだわで、ボコボコにされてたじゃねえか」
「………」
 武闘僧は顔を紅潮させたまま、『雷神の槍』を拾った。
「お暇そうですね、アジャン。おしゃべりしている暇があるのなら、少し付き合ってくださいませんか?」
「断る」
「いつも通り、稽古料、払いますよ」
「しばらく、おまえの相手はやらん。このところ、おまえ、無茶しすぎだ。少しは体を休めろ」
「必要ありません。私、疲れていませんから」
「嘘つけ!おまえ随分やつれたぞ。疲労が蓄積した体じゃ、いざって時に思うように動けん。休め」
「必要ありません」
「………」
 赤毛の傭兵は緑の炯眼で、武闘僧を睨みつけた。
「ケッ!そうかよ!なら好きにしやがれ!馬鹿が!」
 アジャンが裏庭から消えた後、ナーダは再び拳法の型を取り始めた。彼の目は、この場に居ない敵を見据えていた。その敵を倒す為だけに、ナーダはひたすら修練を続けているのだ。


 鋭い五(そう)
 銀色に輝く鋭くも美しい爪と、腕にはめこむ為の黒の小手からなる、『龍の爪』。
 シャオロンはそれを前に座禅を組むのを日課としていた。今日は夕食までの時間、宿屋の武闘僧の部屋を借りて、精神統一をするのだ。
 シャオロンが持っているのは左手用だ。父が所有していた右手用の爪は、家族や村の仲間を殺した魔族に盗まれている。
 仇がシャオロンの前に現れる日は、そう遠くないだろう。
 必ず、敵は左手用の爪を奪いに来る。
 その時こそ、仇を討つ機会なのだ。
 シャオロンは、ひどく緊張していた。
 けれども………
「きゃぁぁぁ、シャオロンくぅん」
「お顔を見せてぇ、シャオロン様ぁ」
 宿屋の周囲から聞こえる黄色い声が、彼の気負いをぶち壊してくれるのだ。
 シャオロンは目を開き、溜息をついた。
 このところ、町に出れば見知らぬ女の子に追い回され、宿にいても次々に贈り物やら文が届く。武闘僧の部屋を借りたのも、御届け物の配達で、座禅の邪魔をされたくなかったからなのだ。
 正直に言って、シャオロンは困っていた。何で自分だけ人気者になってしまったのだろう?
(お尋ね者を百人も倒したとか………嘘ばっかだし、瓦版。十五、六人だよな、せいぜい………。それに、セレス様が倒された敵の方が多いし、ナーダ様はもっともっと倒されてるのに………なんでオレだけ記事になるんだろ?)
 女の子達の黄色い声も迷惑だし………ジャポネ様式の宿屋に泊まり続けている事も、シャオロンの深刻さをぶち壊していた。
 忍者の襲撃に備え、シャオロンはセレスと同じ部屋に泊まっている。護衛の任に就いているのだ。
 しかし、不思議な事に………ジャポネ式布団に寝ると、セレスは落ち着きがなくなる。一晩中ゴロゴロと部屋の中を転がりまわる。つまり、寝相が悪くなるのだ。
 野宿の時は体を折り曲げて眠っているせいか、緊張しているせいか、その場に蹲って静かに眠っているのに。
 だから、セレスの寝相の悪さを、アジャンもナーダも知らない。白の貫頭着の寝巻を着たセレスは、いつも畳の上で寝乱れて………お尻や胸をあらわに眠っている。そんな姿を他の者に見せるわけにはいかない。シャオロンはセレスに上掛けをかけ続けていた。どんなに疲れている時でも、日が昇る前には起き上がって。
 最近は寒くなってきたので、寝相もだいぶマシになってきている。冬になれば、掛布団の中でセレスも大人しく眠ってくれるのではないか?そんな気もしたが、そうなるまで、シャオロンのあまり眠れない日々が続くのだ。
 仇討ち間近だというのに、今一つシリアスになりきれないシャオロンであった。


 宿屋の部屋で、セレスは『勇者の剣』を構えていた。
 ジャポネ人は身長が低いので、天井も低い。大剣を振りかざす事はできないが、下段、中段、突きを放つ分には問題がない。
 飽きる事なく、セレスは突きを繰り返していた。
 今、『勇者の剣』の重さは、普通の大剣なみの重量に感じられた。
 気が充実しているからだ。
 夜盗などの小物を数多く退治しているうちに、おぼろげながら、セレスにもわかってきた。『勇者の剣』が空気のように軽く感じられる時と、大人の男の体重並と感じる時の違いが。
 セレス自身が『会心の一撃』と思える一撃を放つ時は、剣は軽い。時には持っている事すら忘れてしまうほどに。
 逆に下手に扱えば、剣はずしりと腕にのしかかる。
『勇者の剣』が求めるように動き、剣と心を一つにすれば………
『勇者の剣』に、振るい手となる事を許されるだろう。
 セレスは目を閉じた。
 もう数え切れないほど繰り返してきたイメージ・トレーニングを、今日もやるのだ。
 月夜。
 燃え盛る野原。
 立居合の構えで、摺り足で近づいて来る忍者。
 周囲の炎は強く、流れてくる煙に目は痛み、咳を堪えられなくなる。
 だが………
 まだ、仕掛けては駄目なのだ。
 熱風………
 迫り来る炎と煙………
 まだ、早い………
 まだ、仕掛けては駄目だ。
 忍者がゆっくりと距離を詰めて来る。敵は炎に恐怖を抱いていない。呼吸に乱れはなく、焦りもない。
 焦れてはいけない。一撃で倒せる間合いに敵が入って来るまで、待つのだ。
 忍者との距離はまだ開いている。
 熱く、苦しい。
 けれども、仕掛けてはいけない。
『勇者の剣』を信頼し………ぎりぎりまで耐えるのだ。
 火の手が迫る。
 相手が一歩踏み出した瞬間!
 セレスは体重をのせ、大剣を前方に突き出した!
 敵を貫いた!
 と、思ったのだが………
『勇者の剣』が、ずしりと重くなる。
 セレスは瞼を開き、大きく息を吐いた。
 これでも、まだ駄目か、と、思いながら。
 あの時………
『勇者の剣』を振り下ろし敵を両断しようとした刹那、斬り裂くべき目標は消え失せた。忍者は素早い体術で横に跳んで攻撃を避け、風のように走り抜刀した。セレスの首を刎ねるべく。
 その動きを『勇者の剣』は読んでいた。『勇者の剣』が自ら動き、忍者の刃を受け止めてくれなければ………セレスは死んでいた。
 その後、忍者は刀にかけていた邪法を解き、雨を降らす不思議な刀で勝負を挑んできた。その刃を受けた途端、『勇者の剣』は異音を発し、重量を増した。セレスの武器となるのを拒むように。
 神秘の刀を操る忍者の技量は見事なものだった。刀と一体になっていた。それに対し、あまりにもいたらないセレスに『勇者の剣』は失望したのであろう。
 あの場は、カルヴェルに救われ命を拾う事となった。
 親友の孫で魔法の弟子であるセレスを、老人は目をかけてくれている。セレスが十二の少女の頃から励まし導いてきてくれたのだ、その愛情を疑う気はない。
 けれども、彼を頼ってはいけないのだ。
 当代随一の大魔術師である老人は、いつも不真面目だ。冗談を言ってはセレスをからかってばかりいる。だから、本心はわからなかったが………
 老人は正義の為に動く気は無いと言った。昔、大魔王を退治したのも成り行きにすぎなかったとも言ってた。
 それすらも冗談かもしれなかったが………
 いずれにしろ………
 今、あの老人には、勇者一行に加わる意志はないのだ。それだけは確かだ。
 セレスはもう一度、精神集中をした。
 カルヴェルを頼っていては駄目なのだ。
 その助けがなくとも戦えねば、勇者とは言えない。
 それに………
 忍者との決着は、自分自身の問題だ。


『女勇者セレス殿………次にお会いする時は、あなたと戦いたいものですな』


 忍者の侮蔑が心の内に甦る。
(望むところよ!)
 次こそは負けない!
 セレスは再びイメージ・トレーニングを再開した。


 女勇者一行は、ジャポネで大魔王教徒の本部を潰して、数多くの大魔王教徒を倒し、或いは更生させた。
 だが、ジャポネには強力な魔族は一匹もおらず、大魔王の憑代も存在しなかった。
 再びシャイナに戻り、まだ訪れていない国………インディラ・ペリシャ・トゥルク・エーゲラを目指すか、北方諸国のケルティ・バンキグ・シベルアに向かうか、思案すべき時となっていた。


 めったに人が足を踏み入れない山奥に小屋があった。
 狩人の為のあばら屋だったが、ここ数年、狩人達の足が遠のき、誰からも顧みられず朽ち果てつつあった。
 けれども、一カ月前から、そこを使っている者が居た。額に角を生やした単眼の巨人………忍者ダイダラである。
『小屋に潜み、異形を人目に晒すな』と命じられ、ダイダラは一人で暮らしていた。寂しいという感情は無かった。里に居れば、子供にすら馬鹿にされ石を投げられる。任務につけば任されるのは陽動やシンガリで、常に命の危険に晒される。
 だが、小屋には誰も来ない。彼を揶揄する者も殴る者も刃を向けてくる者も、誰もいない。時折、ジライが様子を見に来るだけだ。
 この単眼の鬼は、義兄(あに)ジライが好きだった。
 ダイダラにやさしい言葉をかけてくれるのも、怪我を治療してくれるのも、頭の悪い彼に根気よく技を教えてくれるのも、ジライだけなのだ。他の者は、醜い外見を蔑み、幼児並みの頭を馬鹿にし、理由もなくダイダラをなぶる。ジライとて暴力をふるう時もあったが、それはダイダラが失敗を犯した時。懲罰は当然の罰だ。
 子供の頃からジライは目をかけてくれたが、上忍に舌を抜かれてしゃべれなくなった後、一層、やさしくなった。他の者に対しては無口なジライが、話せぬ巨人の代わりとばかりに会えば絶えず口を開く。
 八か月ほど前には、ジライはその体すら与えてくれた。
 誰からも相手にされず、さらってきた女にまで怯えられ自害され………性の昂りを押さえられず自慰に耽っていた巨人を、義兄は哀れに思ってくれたのだ。
 義兄のそばにずっと居て、義兄の期待に応える事が、巨人の望みだった。白く美しい義兄に褒めてもらえれば、それだけで満足なのだ。
 そのダイダラの元を、六日ぶりにジライが訪れた。
 喜び駆け寄って来た一つ目鬼を、忍者装束の義兄は『うっとうしい』と睨んだが、まとわりついても怒らなかった。
「今宵、ここで仲間と合流する。おまえ、居ても構わぬが、コゲラやユリネ、それにアカハナ達も来る。あやつら、おまえをいたぶるのが好きじゃからのう。どこぞに隠れておっても良いぞ」
 ダイダラはかぶりを振った。久しぶりにジライに会えたのだ。同じ小屋に居たい。
「ならば、壁に張り付いて小さくなっておれ。目立たぬように、な」


「ジライの兄貴」
 短い髷を結った少年。どんぐりのような目に低い鼻、愛嬌のある顔だちだ。忍者装束に覆面のジライの周囲には………まったく同じ顔の四人の忍がいた。
「久しぶりじゃな、アカハナ、アオザ、キスケ、クロベエ。こたびは力を借りるぞ」
「何でも、命じてくれよ、兄貴」
「オレ達、兄貴の為なら、何でもするぜ」
「だからさぁ、仕事が終わってからでいいからさ」
「また、あれやろうぜ、五人でさぁ」
 べたべたとジライにまとわりつく四人。くノ一アスカは不機嫌そうにツーンとそっぽを向いた。
「なぁにが、兄貴よ。あんた達、義弟(おとうと)でもないくせに」
「うるせぇな、ブス、オレ達と兄貴は心と体でしっかり結ばれてるんだよ」
 あっかんべえと舌を見せる少年を、くの一はキッ!と睨みつけた。
「うるさいわよ、アカハナ!ガキのくせにナマ言ってるんじゃないわよ!」
「へへん、残念でした、オレ、アオザだよぉ」
「え?あんたがアオザ?あれ?でも?」
「これ、嘘をつくな、キスケ。アスカが混乱する」
 ジライはアオザと名乗った者を横目で睨んでいる。
 だが、怒られた方はむしろ嬉しそうに、鼻の下をこすっていた。
「さすが兄貴!上役の馬鹿カズサなんて、未だにオレ達の見分けがつかねえのに、兄貴は百発百中だもんな」
「おまえ達の気は顔ほど似ておらぬ。もっと互いの気を似せるよう修練に励めと言うたはず」
「すまねえ、兄貴!」
「そっちの方は、イマイチなんだけどさ」
「体術の方は進歩したぜ」
「後で見てくれよ、兄貴」
 まとわりつく四人に『後でな』と答え、ジライは視線を囲炉裏の傍の異形に向けた。がりがりに痩せた長身の男がマツムシ、顔中が髭だらけなのに八歳の子供ほどの身長しかない侏儒がコゲラだ。
「元気でおったか、マツムシ、コゲラ」
 マツムシは力なくただ頷き、コゲラは卑屈な笑みを受かべもみ手となった。
「へへ、ジライ様もお変わりなく。へへ、あっしらは、この通り、あいも変わらぬ醜い姿で、へへ」
 アスカは眉をしかめた。喉を詰まらせるように、絶えず笑うコゲラ。アスカはコゲラが大嫌いだった。醜い外見も嫌いだったが、卑屈を装いながら仲間を馬鹿にしているプライドの高さが何より気に喰わない。
 ジライはコゲラ達に明日からの移動についての指示を与え、それから小屋の入口の前の二人の元に歩み寄った。
「おまえ達の技、当てにしておるぞ、ジャコウ、ユリネ」
 ジャコウと今回呼ばれた中の紅一点ユリネが恭しく頷く。二人とも、マツムシ、コゲラ同様、異形だ。
 外見上、ジャコウは異形に見えない。ぶらぶらと揺れている左袖さえ見なければ、だが。十三年前まで彼は諜報部隊に所属していたのだが、任務中に左腕を無くし、異形となったのだ。
 忍者の里では、異形は全員、異形部隊の所属となり、生涯を下忍で終える。目立つ外見では潜入潜伏活動ができない為、殺人を中心とした実戦に投入されるのだ(ジライも幼少は異形部隊所属だったが、初代『白き狂い獅子』の内弟子となった為、里の上層部との縁故(コネ)ができ中忍にまで出世している)。
 片腕となったジャコウに実戦は荷が重く、長いこと、彼は冷や飯を食う事となった。しかし、血のにじむような努力の末に、片腕でも可能な特殊な技を身につけ、異形部隊でも一目を置かれる存在になったのだ。
 ジライを崇拝し進んで部下となる者は、そのほとんどが年少者なのだが、ジャコウはジライよりも十も年長だ。だが、ジライはジャコウの不屈の魂と頭脳を好ましく思い、ジャコウも健常者も異形も差別せずそれぞれに応じた働きの場を与えるジライに敬意を表しており、二人の関係は良好だった。ジャコウは口髭をたくわえた顔に、人のよさそうな笑みを浮かべていた。
 ジャコウが跡継ぎとして育てているのがユリネだ。くノ一は体力的に男より劣るので、普通は実戦部隊に投入されない。けれども、ユリネにはジャコウ以上の天賦の才があり、しかも諜報活動に向かない外見上の欠陥がある為、特別に異形部隊に配属されているのだ。
 ユリネは………無毛症であった。髪の毛はおろか、眉毛すら生えない。女らしい恥じらいから眉を描き、鬘を被る彼女を、ジャコウは哀れに思い師というよりは父か兄のように優しく接している。ひどい劣等感の塊で攻撃的な性格のユリネは、絶えず、里の者と悶着を起こしてばかりいたが、ジャコウに対しては子供のように素直だった。
 仲間に一通り挨拶を終えたジライに、横からそっとアスカが声をかけた。
「じゃ、そろそろ、あたし行くわ」
「うむ。新たな任務につくのであったな。どこへ行く?」
「オオエよ。お父様との連絡役にはサヨリとヒサメが来るわ。本当は、ずっと、あなたとの連絡役をやりたかったんだけど………」
「任務では仕方あるまい」
「………そうね」
 アスカはフーッと息を吐き、小屋の中を見渡した。
 部屋の隅のダイダラ、その周囲で一つ目鬼の巨人をからかってはやしたてるアカハナ・アオザ・キスケ・クロベエの四つ子兄弟、囲炉裏で暖をとるマツムシとコゲラ、不機嫌そうなユリネとその耳に何かを囁いているジャコウ………九人を眺めてから、もう一度、愛しい男に視線を向ける。
「で、この中の誰と寝てないの?」
「ユリネじゃ」
「あら、ハゲ女は嫌いなの?」
「阿呆。好き嫌いではない。ユリネの精神的主人はジャコウであろうが。アレはジャコウのモノじゃ。ちょっかいを出して、絆を危うくしたくないわ」
「………手当たり次第、手を出してるわけじゃないのね」
「………何じゃ、妙にひっかかる言い方をするのう」
「別に、何でもないわ」
 覆面をつけている相手の頬に、アスカは軽く口づけた。
「怪我しないでね」
「いらぬ心配をするな」
 きついまなざしを向けてくるユリネ(髪が豊かな若い女性全員に敵意を抱いているのだ)の脇を通って、出口をくぐり、アスカは小屋を後にした。
 女勇者一行は間もなくシャイナに移る。ジライ達もその後を追い、十二月初旬を待ってから暗殺を実行するのだ。
(無事に帰って来てね、ジライ………)
 星明りの下、アスカは地を蹴り、木に登り、木々の間を渡って麓を目指した。


 アスカは山を下りた。この時が、仲間としてジライに会える最後の時だったとも知らずに………
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