挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/151

旅のはじまり * セレス・アジャン・ナーダ * 1話

「目的地はシャイナだったな」
 そう言って戦士は前方をすがめ見た。
 クリサニアを旅立ってからはや八時間。田畑、民家も背後に消え、辺りは常緑樹に囲まれていた。この森の先に小さな街があり、馬の旅にして二日ほど東に進んで王国領を抜け、更に七つの貴族領を超えてようやく隣国シルクドとの国境に着く。砂漠と草原が広がる内陸の国シルクドの、更にその東にシャイナ国は位置している。
「……遠いな」
 赤い髪をぼりぼり掻いて溜息をもらす男。
 その横の禿頭の大男も、道沿いに延々と続く森を見つめていた。信仰の証として頭を丸めた、インディラの武闘僧だ。
「神々の託宣は大魔王の復活についての警告だけでしたから、未だ大魔王が憑依している肉体もその潜伏先も不明です。大魔王の本拠地がシャイナだってはっきりしていれば、宮廷魔術師の移動魔法で送ってもらえたでしょうが」
 上空で雲雀が鳴く。木々の梢の間から見える蒼天も陰りを見せ始めている。夕暮れに赤く染まるのもそう遠くないだろう。
「ただ何となくあやしいってだけの理由では、あの魔力消耗の激しい魔法をねだれませんものねえ。大魔王の本拠地については、各国、各宗教団体、魔術師協会が鋭意捜索中です。何らかの情報提供が得られるまでは、まっとうに進んで行く先々で世直しつつ、我々も大魔王の本拠地を探すべきでしょう」
「まっとうに……か」
「大魔王教徒の活動が活発化しているのは、シャイナと島国ジャポネ。女勇者様が目指すのにふさわしい国は、この二国か北方諸国でしょう」
「北方?」
「あの三国に大魔王がいても、おかしくはありません」
「だが、北には行けん」
「ええ。北方諸国と国交が断絶して間もなく百年です。国レベルでも民間レベルでも交流のない三国には容易に入国できません。エウロペ国王は非常事態を宣言し三国に協和を求める親書を送られたようですが、まあ、期待するだけ無駄でしょう。国交が断絶している間に、大魔王は二度も復活を果たしています。今世の勇者様の代で三度目の復活となったわけですが、北方諸国は大魔王の脅威に晒されても、勇者に援助の手をさしのべず救援も求めず、沈黙を守り続けています。今世も北方諸国は動かないでしょう。かつて北方は勇者の従者を八人も輩出した土地だというのに嘆かわしいことです」
 赤毛の戦士は眉をしかめ、武闘僧を睨んだ。
「……よくしゃべる男だ」
「ああ、すみませんね。一般常識をべらべらとしゃべってしまって」
 僧侶はにっこりと微笑んだ。
「北方をあまり快く思っておりませんもので、つい」
「ふん」
「北方諸国は我がインディラ教団を領土から追い立て、九十七年前には信仰の為の残留を望んだシベルアの僧正以下四十八人の僧侶と信者を非道にも火刑に処したのです。たとえ通行書が発行されたとしても、はっきり言って北には行きたくありませんね、私は」
「てめえの都合なんざ聞いちゃいねえ」
 苛立たしげにそう吐き捨ててから、赤毛の戦士は重々しく息を吐いた。
「だが……俺も北行きには反対だ。行けるはずもないしな」
「じゃあ当面の目的地は、やはりシャイナですね。ここからシャイナまで、馬の旅ならば急げば二カ月、余裕を見ても三カ月ほどで着くでしょう」
「馬ならな!」
 赤毛の戦士はジロリと背後を振り返った。右手に手綱を握り、引き馬をしながら。
「シャイナに着くまでに、俺達は白髪のジジイになるんじゃねえのか?」
「それはないでしょう」
 二頭を引き馬している武闘僧が、のほほんと答える。
「まだ大魔王復活直後ですからさほどの被害は出ていませんが、時が経つほどケルベゾールドが現世に及ぼせる力も強くなってゆき魔族の数も増えてゆきます。我々が老人になる前にケルベゾールドが大陸を支配しちゃうでしょうから、この世は消滅、我々もあの世逝きでしょう」
「ケッ! ありがたいご指摘、いたみいるぜ!」
「まあ、何にせよ……」
 足を止め、武闘僧も背後を振り返った。
「スピードアップしないといけませんよね」
 赤毛の戦士と武闘僧の視線の先には……
 太く長い枝を杖代わりによろよろと歩く金髪の少女がいた。ウェーブのかかった長い髪を後ろで一つに束ね、白銀の鎧をまとい、背に大剣を背負った彼女こそ……
 当代の勇者………女勇者セレスであった。


「待ってよ………これ、なんか、ますます重くなってきちゃって……」
 セレスはもう息も絶え絶えだ。少女らしい幼さの残る美貌には、くっきりと色濃く疲労が刻まれている。汗が入ったのか瞳を細め、不快そうに唇を尖らせる。
 杖を頼りにどうにか立っている少女を、二人の大男は冷ややかに見つめた。
「だから、気が進まなかったんですよ、女性の従者になるのは」
 武闘僧は、嫌だ、嫌だとばかりに頭を左右に振った。
「大剣を背負っての旅など、深窓のご令嬢には無理だとわかっていましたからね」
 セレスは武闘僧をキッ!と睨んだ。
「普通の大剣なら、何時間背負ったって平気よ! こう見えても私、エウロペの聖騎士よ! 国王陛下の近衛兵だって務めてたんだから!」
「金で買った役職じゃねえのか?」
 と、赤毛の戦士も不審の眼差しを向けている。
「違うわよ! だから、何度も言ってるでしょ!この『勇者の剣』がおかしいの! クリサニアに居た頃は普通の大剣の重さだったのよ! それがどんどん重くなってきて、私の馬がへばっちゃうし……こうして背負って歩いてもどんどん、どんどん重くなってるのよ! 今じゃ、カゴいっぱいの大岩を運んでるみたいなんだから!」
 セレスは涙をこらえ、二人を睨んだ。何でこんな薄情な男どもが私の従者なのよ!と、身の不幸を嘆きながら。
 赤毛の戦士は、エーゲラ国が国一番の戦士として推薦してきた傭兵だ。名はアジャン、年齢は二十五。『勇者の剣』よりも巨大な大剣をふるう一騎当千の強者だそうだが……彼にはセレスはひどく失望していた。まず、下品なのだ。言葉使いが汚いのはまだ許せるのだが、卑猥な冗談を飛ばしたり、女とみれば口説いたり……。だが、何より失望したのは旅に加わった理由だ。金目当てなのだ。勇者一族の主君たるエウロペ国王からセレスの護衛依頼を受け、莫大な成功報酬の為に同道しているだけなのだ。
 もう一人のハゲの大男は、インディラ教の次期大僧正候補の武闘僧。名はナーダ、年は二十八。一見、礼儀正しい徳深い僧侶に見えるのだが、セレスに対してもアジャンに対しても皮肉すれすれの発言ばかりをしている。そもそも初対面で『女勇者の従者になんかなりたくありませんでしたが、大僧正様が直々に、この役目を私にとご命じになられたのでねえ。仕方ありませんから、たかが女と侮らずあなたを助けてあげますよ』と言ってセレスを憤慨させた、慇懃無礼な男なのだ。
 この二人は……
 セレスが『勇者の剣』が異常に重たくなったのだと幾ら訴えても、下馬してよろよろと歩いても(枝を拾えねば歩くことすらできなかったのに!)、手を貸してくれるわけでもなく、心配する素振りすら見せてくれない。ナーダがセレスの馬を引き馬してくれているのだけが唯一の手助けなのだ。
 炎の色の髪をボリボリと掻いてから、傭兵はチッと舌うちを漏らした。
「とろくせぇ女だぜ、まったく……」
 そう言って、アジャンはスタスタとセレスの元へ歩み寄った。
「このまんまじゃ日が暮れちまう。持ってやるから背中のモノをよこせ」
「アジャン、『勇者の剣』を代わりに持つ気ですか?」
 と、武闘僧がのんびりと尋ねてくる。
「街も近いってのに野宿なんざしたかねえ。とっとと行くぞ」
「そうはおっしゃいましてもねえ、『勇者の剣』は女勇者様の一族のもので」
「うるせえなあ、ネコババはしねえよ。ただ、しばらく持ってやるだけだ」
 と、言いつつアジャンはセレスの背の『勇者の剣』の(つか)に右手をかけた。
 その瞬間!
 澄み渡る大空に、閃光が走り……
 雷の魔法がアジャンを直撃した。
 遅れて響く雷鳴。
 体中に電撃が走り、皮膚に軽い火傷が広がる。
 赤毛の傭兵は、その場にがくっと片膝をついた。
「あ〜あ、だから、やめろと言いましたのに」
「……言ってねえぞ、クソ坊主」
「エウロペの侯爵家、つまり初代勇者ラグヴェイの血筋の者しか『勇者の剣』は扱えないのですよ。資格が無い者が剣を持つと、怒りに触れ雷が落とされるのです」
「……そういう事は先に言いやがれ」
 余計な魔法を使わせないでくださいよと文句を言いながら、僧侶が癒しの魔法を唱える。視線を東に向けつつ。
 一本道の先から幌馬車と数騎からなる隊商が近づいてくる。商人とその護衛の傭兵のようだ。まだ距離は開いているが。
 女勇者セレスは、心配そうに赤毛の戦士を見つめた。剣の怒りはアジャンにのみ向けられたようで、彼と触れていたセレスや引き馬には落雷の被害はなかった。
「ごめんなさい、アジャン、私のせいで……」
 赤毛の戦士に対しセレスは頭を下げた。だが、傭兵は謝られた後の方がむしろ不快そうな顔になり、怪我が癒えるとセレスに喰ってかかった。
「俺達は一刻も早く大魔王の本拠地を探し出さなきゃいけねえんだろうが。この大陸にゃあ国は十、島国ジャポネも合わせれば十一国もあるんだ。シャイナやジャポネが外れだったら、シルクド・インディラ・ペリシャ・トゥルク・エーゲラ・エウロペか、北方諸国のケルティ・バンキグ・シベルアを見て回らにゃならねえ。わかってんのか?」
「え? ……ええ」
「亀の足じゃ、世直しはできねえぞ!」
「……そうね」
「なら、その足どうにかしろ!ちょっとばっかし時間をやるから、いい案、思い浮かべろよ」
 アジャンはフンと鼻をならし、目の端で武闘僧をジロリと見た。東の道の先を見つめつつ、僧侶の口は何か言葉を紡いでいる。
「お姫様のお守りは任せたぞ、クソ坊主。あっちは俺が引き受ける」
 何かを詠唱し終えた僧侶が、糸目で傭兵を睨む。
「私の名前はナーダです、クソ坊主ではありません」
 ニヤリと笑ってから赤毛の戦士は己の馬に乗馬し、馬の腹を蹴った。
「え?」
 何ごと? とセレスは目を丸める。
 ざわざわと道ぞいの森の茂みが揺れ……
 木々の間から火焔の雨が飛来する。火焔魔法だ。
「!」
 道ぞいの両の森からの炎。身構える暇すらない。セレスは炎に包まれた。
 かと思ったのだが……
 セレス達と三頭の馬を飲み込む前に、炎は四散し、空へと消えてゆく。目に見えぬ障壁に阻まれたのだ。
 炎が消えゆく前に、森の茂みから潜んでいた者達が飛び出して来る。農夫のような恰好だが、手に剣や槍を持っている。
 まず槍が、つづいて剣の刃がセレスは襲う。しかし、届かない。武器を空に弾かれ、彼らは目的を達せられなかった。
「……結界魔法」
 セレスは、はたと目を武闘僧に向けた。インディラ僧は、両膝を曲げ腰を落とし背筋を伸ばした姿勢で拳を構えていた。格闘家の迎撃のポーズだ。
「結界があるからって油断してはいけません、いつでも動けるようにしておいてください。その背の重い荷物、下ろした方がいいですよ」
「荷物……」
「しばらくは結界を維持しますけどね。馬は魔法で寝かせました、暴れられる心配はありません」
 尚も悔しそうに刃を突き立ててくる男達。彼らの血走った眼には鬼気迫るものがあった。彼等はセレスだけを見つめている。その命を欲して……
 彼等の奇声に交じって、やや遠くから剣戟の音や悲鳴が響く。
 赤毛の戦士が下馬して戦っていた、東の幌馬車のそばで。既に騎乗の男達は倒したようで、乗り手を失った馬がいなないていた。
「あの隊商も敵……?」
「見てませんでした? 火焔魔法とほぼ同時ぐらいに、あちらから矢を射かけてきたんですよ。まあ、あやしすぎたから警戒してましたけどね。だいぶ前から横列になって道を塞いでましたし、そもそも夕暮れにもなろう時間に近くの街を背にクリサニアに向かおうってのが不自然でしたしね」
「……」
「東は隊商に扮した部隊、西は伏兵のうちの戦士達で道を塞いだところで、南北の森からの魔術師の魔法で女勇者一行を丸焼き……って作戦だったんでしょう。もっとも、あああからさまに殺気を漂わせているような輩じゃ、伏兵など務まりませんがね」
「う……」
 セレスは顔をしかめた。森の中に人が潜んでいたなどまったく気づかなかったし、隊商に注意を払ってもいなかった。
 遠方で戦う赤毛の戦士が、セレスの視界に入る。
 戦士は、ぶんと大剣を振り回し、幌馬車から武器を片手に飛び出して来る敵を薙ぎ倒している。敵の攻撃を避け己の身を地面すれすれに低くしたかと思うと、次の瞬間にはアジャンは横に跳び剣を突き上げ獲物を斬っている。間合いをつめてきた敵には蹴りや肘打ちをお見舞いし、背後を取られても体を沈め半回転させた大剣で相手の頭部を叩き潰してしまう。まるで四方に目があるようだ。
(すごい)
セレスは呆然とアジャンの動きを目で追った。
 正規の剣術とはかけ離れたそれは、先が読めず、まるで剣の舞のようであった。周囲の敵を全て葬り、己が身長ほどもある大剣を抜いたまま、赤毛の戦士が駆け寄ってくる。嬉々とした笑みを浮かべながら。
 森より飛来する魔法の炎すら見切り、避けられぬと判断するや大剣を上段から振りおろし迫りくる炎を両断する。
「ほう」
 セレスの横で、武闘僧が感嘆の声をあげる。
「剣を媒介に気の力で魔法を退けましたか。『エーゲラ(いち)』というのもハッタリじゃなかったわけですね」
 セレスの眼前の男の頭部が、ひしゃげる。アジャンの大剣に叩き潰されたのだ。血飛沫と肉片が舞う。勢いのまま倒れる仲間と鬼神のごとき戦士、それを目にした男達は、ある者は悲鳴をあげて森へと逃げゆき、ある者は無謀にも赤毛の戦士へと斬りかかってゆく。
 赤毛の戦士は近づいて来る者すべて、道端の草を刈るようにあっさりと倒してゆく。
「結界を解きます」
 言うが早いかナーダは走りだしていた。近寄って来た武闘僧に、恐慌(パニック)に陥った男が槍の穂先を向ける。が、次の瞬間、男は後方に吹き飛んでいた。距離をつめられ、右手を突き上げた掌にはじかれて槍を手放したところで、腹部に拳を叩きこまれたのだ。
 槍は武闘僧の手に渡っていた。槍を旋回させて近くの敵を薙ぎ、その棍底で突き飛ばすと、武器を迷わず北の森の茂みに遠投のように投げる。茂みから悲鳴があがった。が、その結末を見もせずに武闘僧は南の森へと向かう。
 森から放たれる魔法の炎を両腕の黒い装身具で全て防ぎ、森の中に潜んでいた者達を重い拳で次々と一撃で倒していく。
(……)
 セレスは杖を頼りにしゃがみ、何重にもほどこされた留め金を外して、右肩から左腰までのバンドごと背の大剣を外した。重々しい音を立て、鞘と共に地に落ちる『勇者の剣』。土埃が舞い上がる。大剣は半ば地面に埋もれていた。もはや持ち上げることすら難しそうだ。セレスはうつむいた。
 敵の中を縦横無尽に駆け巡る、戦の申し子のような傭兵。
 魔法でセレスを守り、その後、熟練の武闘の技で敵を倒している武闘僧。
 彼等に比べ、自分はあまりにも未熟で無力だと痛烈に思いしりながら。


 三才の時、十二代目勇者であった祖父ランツが病で亡くなり、祖父の遺言によってセレスは『勇者の剣』の守り手となった。それが『セレスに勇者としての資質を見出しての選択』ならば良かったのだが……ラグヴェイの子孫に男子がいなかった為、ランツは二人の孫、セレスとその姉を比べ、内向的な姉ではなく外遊びが好きだったお転婆な妹を選んだ……それだけだった。
 世の人々にお飾りの勇者と嘲笑われるまでもなくセレス自身わかっていた、自分など次代の勇者が育つまでの繋ぎ役にすぎない、と。
 男子として育てられ、勇者たるべく学問や武術や馬術も習った。祖先の栄光を習い、十二人の勇者(『勇者の剣』の守り手は生存中は全員『今世の勇者』と呼ばれ勇者として遇される。だが、死後も勇者として称えられる者は大魔王を討伐した者のみ)の活躍に胸をときめかせ、自分も愛する者達のいる世界を守りたいと思い続けていた。世の為に働きたいと切に願い、聖騎士資格を得て国王の近衛兵の任も得た。
 しかし……
 セレスは事あるごとに自分の性別を意識し恥じ入った。同輩に比べ、女性である自分は非力で体力がなさすぎた。
 又、『今世の勇者』を名乗りながら、『勇者の剣』を持たぬ身がつらかった。振るうどころか、装備する事も、剣を鞘から抜いた事すらなかったのだ。『勇者の剣は女を嫌う』と言われている為に。大魔王が復活しなければ、生涯、剣に触れる事すら許されなかっただろう。
 女を捨てて勇者たろうとしても、男にはなれず……
 女でしかなく……
 そして、今も……
 世を救うべく立ち上がったはずの勇者が『勇者の剣』もまともに扱えず、ただ従者に守られているのだ。彼らのように戦うことはできないし、それどころか敵の襲撃にすら気づけなかったのだ。
 恥ずかしくって顔から火が出そうだった。


「手を出さんでも良かったのに」
 森の奥へと逃げてゆく背を目で追いながら、アジャンは鼻でフンと笑った。
「雑魚など二十こようが三十こようが同じだ」
「魔術師たちがあなたに『麻痺』やら『呪い』やらを唱えていましたので」
 南の森の茂みからナーダが現れる。右の手首から肘までの黒い装身具を左手で静かに撫でつつ。
「私のコレと違って、目に見えぬ弱体魔法は(はじ)きづらいでしょ、気合だけじゃ」
 赤毛の傭兵は舌打ちした。
「神聖防具か……」
「神獣クールマの甲羅より生まれた装甲……インディラ(いち)の武闘僧のみがまとえる神聖防具です。鋼よりも硬く、絹よりも軽く、熱や冷気から装備者を守り、邪を退け、魔力を防ぐ(たっと)き防具です。どれほどの守護力を見せてくれるかは、装備者次第なんですがね」
「ふん?」
「神のおぼえめでたき人物かどうかで防御力が変わるってことです。信仰心、精神、肉体、その全てがすこやかでなければいけません。未熟な者が装備しても神聖防具は応えてくれないのですよ」
「ケッ!」
 赤毛の戦士は血と脂を軽く拭き取った愛剣を背に収めた。道に動く敵の姿は、もはやない。怪我人も全て動ける者は皆、逃げている。残るは死骸だけだ。襲撃者は特に名乗りをあげなかったが、大魔王教徒に間違いはあるまい。
「女勇者様の、その(かぶと)のない常識外れの鎧一式も神聖防具とは存じ上げておりましたが」
 武闘僧と戦士の視線がセレスへと向く。『勇者の剣』を大地に下ろし、二頭の馬のそばに女勇者はしゃがんでいた。二人に背を向けて深く頭を垂れながら。
「馬もいましたし、今回は安全策でいきました」
 女勇者の力量を信頼できなかったから結界を張ったのだと、遠回しに皮肉る武闘僧。
 それに対して、女勇者は沈黙を守るばかりだ。
 赤毛の戦士は肩をすくめた。
「おいおい、お姫様、だんまりか? 助けてやったんだぜ、礼の一つも言ったらどうだ?」
 アジャンはニヤニヤと笑いながら、セレスの元へ歩み寄った。
「なんならお礼は口づけで勘弁してやってもいいぜ」
 セレスを立たせ、その顎を右の親指でぐいっと上げ……アジャンはぎょっと驚いた。
 セレスは顔中を真っ赤に染め、顔をくしゃくしゃに歪めながらぽろぽろと涙をこぼしていたのだ。
「ごめ……ごめんな、さい。ありが……とう」
 声を震わせてそれだけ言うと、顔を両手で覆い、わーっと声をあげて派手に泣き出してしまった。
「どうした! どっか怪我でもしたのか?」
 アジャンの問いに、セレスは激しくかぶりを振った。
「じゃあ……そうか!そこのクソ坊主に何かされたんだな?」
「失礼ですね! 僧侶の私が女性に何かするはずないでしょ!」
「だが、この女のそばにいたのはおまえだ」
「知りませんよ、あなたの下品さに呆れ果てて泣いているんじゃないんですか?」
「ちが……ちがう、の……そうじゃ、なくって……」
 何とかしゃべろうとするものの、感情が昂りすぎて言葉にならない。
 泣き続けるセレスを、アジャンは両手を中途半端に開いたまま見つめ続けた。抱きしめて慰めてやろうかと迷いながら。


 しかし……
(わけわかんねえ、女……)
 泣きやんだセレスから涙の理由を聞いて、アジャンは心底呆れてしまった。
(傭兵が傭兵に徹して何が悪いってんだ。俺は契約通りの仕事をしただけだ。なのに何でそれが『自分が恥ずかしくて泣いた』になるんだ? 勇者は従者より強くなくっちゃ恥ずかしいのかよ。なら一人で旅しろってんだ、馬鹿野郎)


 ナーダはナーダで……
(やはり女の人ですねえ……実力不足が悔しいのなら鍛錬を積めばいいだけの事。癇癪を起こして泣くなんて、みっともない)


 二人の冷ややかな視線が、セレスを一層、落ち込ませた。が、何とか涙は堪える。
「それで『勇者の剣』のことなんだけど……大魔術師カルヴェル様を頼ろうと思うの」
「カルヴェル?」
 誰だそりゃあという顔のアジャンに、武闘僧が糸目で軽蔑の眼差しを送る。
「ご存じないんですか? 先代勇者ランツ様の従者だった魔術師ですよ」
「ああ、そういや、最近、そんな話、聞いたような」
「当代随一の魔術師ですよ。エウロペ国王は今世の世直しの旅に加わってくれるよう何度も依頼の書簡を送られたようですが、一度も返信が無かったそうです。当代随一の魔術師様はご自宅にはおられないのではありませんか、女勇者様?」
「……その『女勇者様』っていうのやめてくれる?」
 セレスはふぅと溜息をついた。
「今の私が『勇者』を名乗るのなんておこがましいわ。普通に『セレス』って呼んで。アジャン、あなたもね」
「俺もか?」
「私、『お姫様』でもないわ。『お姫様』みたいな恰好したことないもの」
「だが、侯爵令嬢だろ?」
 アジャンが皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「俺は卑しい傭兵だぜ。お貴族様を尊称ぬきで呼んだら、普通は鞭打ち刑だ」
「……敬意を感じない相手への尊称なんて意味ないわ。形式だけの尊敬なんていらない」
 セレスは両の拳を握りしめた。
「……今の私、このパーティで最弱の人間でしょ? 当分はあなた達のお荷物にならないよう、それだけを心掛けて行動するわ。少しづつ鍛錬をつんでいって『勇者の剣』にふさわしい人間になれるよう頑張ってみるけれど……それまでは私はただの『セレス』よ。『勇者』なんかじゃないわ」


 セレスからの告白を聞いてナーダは……
(ほう。女の方にしては根性がありますねえ)
 と、多少ではあったが、セレスへの評価を改めた。


 けれども、アジャンは……
(しちめんどくせえ、女)
 と、心底うんざりした。
(こいつのお説は、結局は、お貴族様のお高いプライドから生まれたもんだ。最下層の人間が、どんな気持ちで、くだらねえ上流階級の奴に尊称を使っているのか知りもしないで……むかつく。この女、どっかおかしいんじゃねえか?)


 大魔術師カルヴェルの居城は、クリサニアから南の山の頂上にあった。麓の村まで馬なら三日の距離だった。が、『勇者の剣』を背負ったセレスの足では一カ月以上かかりそうだった。
「剣はここに置いていけ」
 アジャンが面倒くさそうに言う。
「セレスの一族しか剣には触れん。盗まれる心配はない」
 剣の番に残ろうかと思っていたナーダも、
「なるほど、もっともですね」と、同意する。
 それでも、一応、鞘に収まった『勇者の剣』を古木の根の草むらに隠す細工だけはして、その日は森の先の街に一泊し、一行は翌日からカルヴェルの居城を目指した。
 山に行きつくまでに大魔王教徒の襲撃が更に二度あった。その度に、赤毛の戦士は大剣をふるって敵を薙ぎ殺してゆき、武闘僧は相手の鎧を曲げてしまうほどの重い打撃技で近づく敵を倒していた。
 最初の戦いで敵が落としていった片手剣を、セレスは拾って装備していた。しかし、セレスが一人と対戦している間に、アジャンはばったばったと敵を倒してゆき、ナーダはセレスから離れすぎないよう気を遣いつつ四、五人を倒している。二人と彼女とでは戦闘力が大人と子供ほど開きがあった。
 セレスは涙をこらえ、できるだけ二人の戦いを観察した。
 むろん、アジャンのような変則的な動きで器用に大剣を操れるとも、ナーダのような一撃必殺の重い拳の格闘ができるとも思っていない。彼等とセレスでは戦闘スタイルが違いすぎる。しかし、正規の戦闘方法しか知らなかったセレスにしてみれば、彼等の戦い方はよい意味で刺激となった。
 腕力の劣る自分でも、戦い方次第では彼等と同列になれるかもしれない。いや、ならねばいけないのだと思いながら。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ