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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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旅のはじまり * セレス・アジャン・ナーダ * 序

ファンタジー世界的にありえない衣装・風俗が出てくる話や、男性の同性愛が絡む話があります。R15指定内の表現におさめますが、苦手な方はどうぞご注意ください。
時間・長さ・面積等の単位は現実のものをそのまま利用しています。興醒めかもしれませんが、ご容赦ください。
「行って参ります」


 馬上の少女は、槍をささげ敬礼する隔壁の衛兵に、にこやかに笑みを返した。


 西の大国エウロペ、その首都クリサニア。王城を中心に八つの隔壁が巡らされる、西国一堅固な都市だ。
 暦の上では春とはいえまだ肌寒さを感じる早朝、第四隔壁の内側から東の大通りに風変わりな三騎が現れた。いずれも馬に鞍袋や寝具を積んでいる。


 先頭の栗毛には、男装の少女が(またが)っていた。
 馬上だというのに、その小さな体に不釣り合いな大剣を背負ったまま。
 手の指から足の爪先までを白銀の鎧で覆う重装備だったが、不思議なことに少女は(かぶと)は被っていなかった。鞍に下げてもいない。
 朝の陽光に照らされる金の髪、首の後ろで一つに束ねられたそれは、軽いウェーブを描きながら背の大剣の鞘にかかりそのまま腰の長さまで流れていた。
 白い肌、澄んだ泉のような瞳、すらりとした鼻、微笑をたたえる愛らしい唇……
 少女にみとれ足を止める者が一人、二人と増えてゆく。開店の準備に追われていた露天商達も三人を目で追っていた。街中なので並足でゆっくりと東へ進む三騎は、街の外壁へと向かっている。
 周囲にざわめきがうまれた。


「女勇者セレス様だ」
「勇者セレス様が大魔王退治に旅立たれるんだ」


 一月(ひとつき)ほど前、ユーラティアス大陸中の光の信仰を貫く者達のもとに託宣が下った。
 闇の王を討つべし……と。
 大魔王ケルベゾールドの復活を知らせる警告だった。
 大魔王の復活は数日とおかず大陸中に知れ渡り……
 そして、今……
 大魔王を倒せるただ一人の人間……勇者が旅立つのだが……
 通りの人々は物珍しそうに、こそこそと囁き合ったり忍び笑いを漏らしながら勇者一行を見送っていた。
 中には『お気を付けて』とか『頑張って』と声援を送る者もいた。女勇者は笑みをもって声に応えてはいたが、面白半分に手を振っている人々は真剣味に欠けていた。


 なにしろ……


 十三回目の降臨なのだ、これで。


 初代ケルベゾールドが初代勇者ラグヴェイに倒されてから既に七百有余年。
 数十年の時をおいて人の世に現れるケルベゾールドは今まですべて、この世の支配者となれぬまま、勇者(ラグヴェイの子孫。エウロペの侯爵家の者)に討たれている。
 十二回も討伐されているのだ。
 たいていは降臨後、一、二年で(早い時にはたった半年で)。七代目勇者ロイドの時代は討伐まで十三年の時を要したものの、三年以上かかったのは(まれ)。闇の王の脅威を知らしめる間もなく、ケルベゾールドは今世より消滅してきたのだ。
 勇者が大魔王を倒せなければ世界は闇に包まれる、この世の終わりだ……と、寺院の司祭達が繰り返し説いても、危機感など募るはずもない。
 又、永遠の平和の都と称えられるクリサニアの住人である事も、人々ののんきさを助長していた。都市の周囲を何重にも囲む隔壁自体が防御結界であり、聖騎士からなる王宮騎士団、エウロペ教大寺院、魔術師協会本部に守護されているのだ。クリサニアに魔族による被害などあろうはずもない。
 この三百年、大魔王の復活も、復活と共に数を増す魔族も、大魔王教徒の暴動も、クリサニアの人々には無縁だった。大魔王軍の侵攻など、何処か遠い異国の天災ぐらいにしか思えないのだ。


 しかし……


 平和ボケしているクリサニアの人々とてさすがに、何の不安もないわけではなかった。


 女勇者の背にある大剣こそが、初代勇者ラグヴェイがエウロペ神より賜った聖なる武器『勇者の剣』。この地上最強の剣。いかなる武器、いかなる魔法にも傷一つ負わない大魔王を滅ぼせる唯一の武器なのだが……
 その武器を称える詩には必ず、語り継がれてきた勇者の冒険譚やお伽噺にも必ず、決まって同じ文句が使われる。


『勇者の剣は女を嫌う』


 ユーラティアスに住む者ならば誰もが知っている言葉だ。いつ誰が言い始めたことかはわからなかった。二代目勇者ホーランの代に従者の一人であった女魔法使いが魔の手下に堕ちた事があった為に生まれた、根拠のない風評ともいわれている。
 しかし、もうずっと何百年も従者にすら女性はいない。ましてや女の勇者など前代未聞だ。
 心弱き女性では魔の誘惑に勝てない、そう信じられてきたのだ。


 あの少女に『勇者の剣』が扱えるのだろうか?


『勇者の剣』を背負う姿が痛々しく見えてしまうほど小柄で愛らしい少女。
 一族に適齢の男性がいなかった為に、仕方なく、次代の勇者が育つまで便宜上『今世の勇者』を名乗っていたであろう侯爵令嬢。
 あの少女が、たった二人だけの従者を伴って、諸国を巡り、魔族を浄化し、大魔王教徒を鎮めて世直しをし、やがては大魔王を討伐する……?


 苦笑いを浮かべ、人々は女勇者を見送った。
 侯爵家にはまだ彼女の甥がいる。魔術師協会が強力な結界の内に保護し、聖騎士の精鋭達が教育にあたっている、次代の勇者が。まだ大剣を握ることすらできない子供だそうだが……
 女勇者の旅が失敗に終わっても、その子供の成長を待てばいい。大魔王討伐まで時間がかかってしまうかもしれないが、今までどうにかなってきたのだから今世も大丈夫だろう……クリサニアの人々はどこまでも楽天的だった。


 女勇者の右手やや後方を赤毛の戦士が騎乗で進んでいた。
『勇者の剣』に劣らぬ巨大な大剣を背負った彼は、大柄で筋骨逞しい、なかなかの美丈夫だった。が、肩当と胸当てだけの軽装備で、胴衣も脚絆も麻。騎士でも貴族でもなさそうだ。革のブーツを履き、ベルトにナイフや小袋をつけている。額に布を巻き、太い手首に金属の腕輪をつけてるのも防具がわりなのだろう。
 旅慣れた動きやすい恰好といえたが、大魔王討伐の暁には英雄と称えられるであろう勇者の従者にしては見栄えが悪い。白銀の鎧姿の女勇者と並ぶと下男のようだ。
 しかし、男には卑屈さはなかった。
 気ままな方向を向いた獣のたてがみのような赤い髪、意志の強そうな太い眉、前方をみすえる鋭い緑のまなざし、にやりと笑っているかのような口元。
 造作が整っているだけに、不敵なその面構(つらがま)えにのぼせる女も少なくなさそうだ。


「ありゃ誰だい?勇者様の従者に選ばれたんだからどこぞの名のある戦士なんだろ?」
「選ばれたも何も……あんた知らないのか?国王陛下が従者を募ったこの一カ月の間に名乗り出たのはあそこの二人だけだったんだぜ。で、二人がそのまま従者になったのさ」
「たった二人?……そりゃひどい……」
「あの赤毛はエーゲラ(いち)の戦士だそうだ。エーゲラの女王様の推挙らしいが、よくわかんねえんだよ素性(すじょう)が。家名を挙げるわけではなし、軍人ならどこそこ隊所属士官ってのをバーンと箔づけに使うはずだがそれもないし」
「しかし、従者候補が二人だけだったとはねえ……先代勇者ランツ様の時には従者候補が王城に列を成したってのに……女勇者様の従者じゃ、なるだけ損ってことで皆なりたがらなかったのかねえ」
「今回の大魔王討伐は長引きそうだからなあ、自国の備えやら警備でどこの国も教団もお忙しいんだろうよ」


 勇者一行がクリサニアの東外縁近くにさしかかった時だった、通りに佇んでいた人々が一斉に合掌したのは。
 禿頭に僧衣のインディラ僧侶達と頭にターバンを巻いた俗人達(商人が多い)。故国を離れ異国で暮らしている(或いは行商のために訪れている)インディラ人達だ。インディラ人街近くのこの区画で勇者一行が通りかかるのをずっと待っていたのだろう。
 女勇者はインディラ式拝礼を送る一団を驚いたように見渡してから、道の左右に分かれ佇む人々に丁寧に頭を下げて会釈した。
 しかし、インディラ人が拝礼している相手は今世の勇者ではなかった。
 女勇者の左手後方に、戦士よりも大柄で更に逞しい体のインディラ僧がいた。
 身にまとっているのは通常の僧衣より下衣が短い、武闘僧専用の僧衣だ。武器は所持しておらず、防具らしき物もない。両の手首から肘、両の足首から膝までを、黒光する滑らかな装身具で覆っているだけだ。材質が金属とも甲殻ともつかぬ不思議な装身具だ。
 馬上の武闘僧は、インディラ人達に鷹揚に頷きを返し、悠然と歩を進めていた。彼らの敬意を当たり前のように受け止めている。
 体格のわりに顔立ちは端正で、武骨さはない。青の瞳も糸目ではあるものの僧侶らしい凛とした気品に溢れていた。


「あの大男、インディラ教の大僧正候補らしいぜ」
「大僧正?」
「インディラ教団のトップだよ、エウロペ教でいえば教皇様だね。大僧正もその候補も普段は総本山の山ん中の寺院に籠っていて、めったに俗人の前にゃ姿を見せんらしい」
「はあ、それであいつら有難がって手を合わせてるわけか。けど、そんなお偉いさんがよく女勇者様の従者になったもんだ」
「勇者様の世直しの旅には、インディラ寺院は必ず従者を出してるからなあ。インディラ教の始祖バラシンからして勇者ラグヴェイ様の従者だったんだし。女勇者様でも、勇者様は勇者様。教団一の僧侶を送らなきゃ恰好つかなかったんだろう」
「教団の対面を守る為に送られたってわけか。貧乏クジ引いたね、あの大男も」



 女勇者一行は第八隔壁の東の大門に消えて行った。
 東門から出発したということは、東の隣国シルクドを目指すのだろう。
 しばらくの間、通りの人々は、美少女勇者と二人の従者の話題に花を咲かせ……それからいつもの日常に戻っていった。大魔王の影がまったくない平和な日常へと……


 大魔王の闇の力は(むろん憑代(よりしろ)となった人間の技量にもよるが)降臨直後は非常に弱い。神の恩恵に満ちた世界では魔族の能力は狭められてしまうからだ。しかし、現世にとどまる時間が長くなればなるほど、光に対抗する術を身につけ、大魔王は本来の力を取り戻してゆく。


 現在のクリサニアは、綿密な計画をもとに都市自体に強力な結界機能を備えるよう設計・再構築された都市だ。
 旧クリサニアは約三百年前に灰燼(かいじん)に帰している。大魔王配下の邪龍の炎によって。
 七代目勇者ロイドが大魔王討伐に時をかけすぎた為だ。三百年前、大魔王復活後も人の世の争いが続き、ロイドの旅は難航した。大魔王討伐まで十三年の時を要したことで、強力な魔族が数多く召喚され、エウロペは焦土と化し、各国にも深刻な損害が残った。


 クリサニアの人々はまったく夢想だにしていないが……
 女勇者の旅が失敗に終われば……
 ロイドの時代の再来もありえ、更に恐ろしい未来もありうるのだった。
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