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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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旅のはじまり * セレス・アジャン・ナーダ * 2話

 麓の村に馬を預け、一行は緑多い山へと入って行った。
 一応、道はあるのだが、蔓や草が生い茂りすぎていて、森と道の別がつき難い。道は全く整備されていない。大魔術師カルヴェルの機嫌を損なうのを恐れ、麓の村の者がこの山に足を踏み入れない為だろう。
 無愛想でいつも不機嫌そうだが、アジャンは気のきく男だった。セレスが喉の渇きを堪えて斜面を登っていると、無言で水筒を差し出したりしてくれる。常に先頭を歩くようにして、ナイフで蔓を切ったり、足元の草を刈ったりブーツの底で草を踏み敷いたりするのも、セレスを歩きやすくするための配慮だ。
 彼の親切に対し、セレスは素直に感謝の気持ちを伝えた。が、赤毛の傭兵はひどくひねくれた性格のようで、礼を言えば言うほど機嫌が悪くなるのだ。
「おまえさんが半人前以下だから、仕方なくやってるんだ。護衛対象の健康を守るのも仕事のうちだからな」
 あーあ、子守はめんどうだ、めんどうだ、と不平をこぼす。セレスはムッと顔しかめながらも、今の自分は反論できる立場にはないと自分を宥め、怒りを静めた。
(今に……今に、きっと、見返してやるわ!)
 赤毛の戦士への反発を糧に、セレスは山登りを続けた。アジャンは嘲り笑うような発言を何度もしたが、道を切り開くことをやめず、自分が疲れたと言って適度なタイミングで一行に休憩をとらせた。
 セレスは岩の上に腰を下ろし、汗をぬぐい、乱れていた息を整えた。見かけこそ全身を白銀の鎧で覆う重装備だが、疲労しているのは鎧のせいではない。セレスの鎧は神聖防具。神の祝福によって、鋼鉄よりも硬く邪悪を退け魔力を防ぎ、そして、絹のように軽く内に熱や湿度が籠らない鎧なのだ。
 体力不足から息を乱しているセレスに対し、赤毛の戦士は平然と斜面を見据えている。武闘僧も涼しげな顔のままだ。誰のための休息なのかは明らかだった。
 セレスはぎりっと唇を噛みしめた。
 と、そこへ……
 木々の合間から、羽ばたく鳥達が舞い降りてくる。セレスの顔のそばを通り過ぎ、羽毛を散らせ、鳥達が舞い降りた先は……
 ナーダの両の指先から腕、肩だった。ナーダは五羽の小鳥を体にとまらせて、それぞれに向かい、
「チチチチ」
 と、話しかけるように舌を鳴らしていた。
「すごい」
 セレスはポカーンと口を開いた。旅の途中、今までもたまにナーダの肩に鳥が止っていることがあった。が、野生の鳥がこれほど無警戒に人間に懐くとは……
「餌をあげているの?」
 そう問うと、心外だと言わんばかりにナーダは眉をしかめた。
「まさか。心清き生き物が私の徳を慕って集まって来ただけですよ」
「ケッ!」
 馬鹿馬鹿しい!とアジャンが、そっぽを向いた。が、セレスは『ふーん、やっぱり、インディラの修行僧ってすごいのねえ』と素直に感心した。
 休憩中、ナーダは鳥たちと何事かを語らっていた。舌を鳴らしているだけのようだったが、意志の疎通はできているようで、ナーダはやがて眉根をよせ、難しいことを思い悩む表情になった。
「今、六合目くらいですかねえ?」
 鳥達を帰してから、ナーダはアジャンに尋ねた。
「そんなもんだな」
「大魔術師様の居城は山頂……このペースだと着くのは夕方になってしまいますし……仕方ありませんねえ」
 ナーダは苦虫を噛み潰したかのような顔となって、セレスを見つめた。
「私の背にのってください。おぶってあげます」
「え、でも、そんな」
「おい、坊主、そいつを甘やかすな。ちょっとは鍛えんと使い物にならん」
「私だって、できればおぶりたくないですよ! 女の方を背負うなんて! ああああ、穢らわしい!」
 声を荒げてから、しまったという表情になり、ナーダはコホンと咳払いをした。
「ですが……ちょっと、非常事態になりまして。鳥達が教えてくれたのですが、その……」
 言いにくそうに、ナーダは言葉を続けた。
「『勇者の剣』が……消えてしまったそうです」
「消えた……?」と、セレス。
「ええ。多分、何らかの魔法が働いたのだと思うのですが、地面に飲み込まれ、地中深くに潜って消えていったそうです」
「『勇者の剣』が……消えた……?」


 頭が、まっしろ……


 ふら〜と倒れかけたセレスをアジャンが支える。
「拾いに……拾いに行かなきゃ!」
「そうです。その為には、何としても大魔術師様のお力をお借りしなくては。私、掘削向けの攻撃魔法は使えませんし、あなたも駄目でしょ?」
 ナーダの問いに、セレスはぶんぶん頷いた。
「神聖魔法しか使えないわ!」
「神聖魔法には穴掘りに適した魔法はありませんし……これが敵の策略なら、鍬で掘り起こせる深さに『勇者の剣』が埋もれていてくれるとも思えません」
「お……」
 ふらふらと歩きつつ、山の頂に向かいセレスが叫ぶ。
「お師匠様〜!」
「どうどうどうどう」
 アジャンはセレスの鎧の肩をむずっと掴んで引き寄せ、ナーダめがけて彼女をドンと突き飛ばす。
「話はわかった。ナーダ、おまえがそいつをおぶれ」
「ナーダ?」
 傭兵に呼び捨てにされたことで、武闘僧は面白くなさそうな顔をした。大僧正候補である彼を尊称ぬきで呼べるのは、本来は大僧正と国王だけなのだ。しかし、『クソ坊主』よりはマシですねと嘆息し、傭兵の無礼を許す事に決める。そして、ひきつった笑みをセレスに向けた。
「急ぎましょう、セレス……背中にのってください」


 アジャンとナーダは道なき道を飛ぶように駆け、頂上を目指した。足場の悪さも道を塞ぐ木々や灌木、蔦や草を苦にせず、今までの数倍の速さで斜面を登る。
 その時、錯乱しているセレスはまったく気づかなかったのだが……彼女を背負う武闘僧の腕にはびっちりと鳥肌が立っていた。


 山の頂上には、わずかな岩場と何処までも天に向かって伸びている白い壁があった。壁の上部は雲に埋もれている。どれほどの高さがあるのかはわからなかったが、途方もなく高く、乗り越えられるものではない事だけはわかった。
「お師匠様ーっ!」
 ナーダの背から下りたセレスが一直線に走る。波紋のような模様が施された壁の前に立ち止まり、両の拳で力任せに壁を叩く。
「セレスです! たいへんな事になってしまいました! 門を開けてください!」
「門? あれが?」
 ただの壁にしか見えないと首を傾げるナーダに、
「おい、『お師匠様』ってのはどういうことだ?」
 と、アジャンが尋ねる。
 ナーダはやれやれと肩をすくめた。
「セレスの神聖魔法の師は、当代の大魔術師様ですよ。セレスのあの、頭部が無防備なイカれた鎧も、大魔術師様からの聖騎士就任祝いだったそうで。その話も、私達の前で、エウロペ国王がしてくださったはずですけれど?」
「どうでもいい事はすぐに忘れるようにしている」
「よくそれで今まで生き延びてこられましたねえ」
「おまえこそ」
 アジャンは意地の悪い笑みをつくった。
「女嫌いのくせに、よく女勇者の従者になったな」
 武闘僧は一瞬、カッと頬を赤く染めた。が、すぐに涼しげな表情をつくり、そっぽを向いた。
「私にも……いろいろ事情があるのですよ」
「だろうな」
 二人が歩み寄ってくる間、ずっとセレスは壁を叩き続けていた。が、『門』のはずの模様つきの『壁』が開く気配はなかった。
「やはり、お留守なのでは?」
「居ると思うわ……お師匠様、よく居留守を使うの」
「けど、門が開かんことにはなあ」 
 セレスは唇を噛みしめ、顔を真っ赤に染めた。
「……最後の手を使うしかないわね」
「最後の手?」
 キッ!と、セレスは二人を睨みつけた。
「あなた達、ちょっとの間、頂上から遠ざかって、通ってきた道の何処かで待っていて! 後で迎えに行くから! そこで頂上とは反対の方向を向いて耳を塞いでいて!」
「なんでだ?」
「なんででもいいでしょ! お願いだから、絶対、絶対、絶対、ぜぇっ〜たい覗かないでね!」


「あそこまで言われたら、見たくなるのが人情だな」
「本当、悪趣味で下品ですね、あなたは」
 木の枝に登り、遠方を目をこらしてみているアジャン。対するナーダは、馬鹿正直に両の耳を大きな手で塞いで、その木を背にして山裾の方角を見つめていた。
「お?おおおおおおお!」
 アジャンが身を乗り出す。
「セレスの奴、鎧を脱いだぞ!あれ、魔法か何かで一発で脱げるんだな。ほほう、けっこう胸がでかいなあ。腰もきゅっとくびれてるし、(ケツ)も抱き心地がよさそうだ」
 アジャンの声が届いているであろうに、武闘僧はツーンと澄ました顔のままだ。
「おい、おい、そこで()めか? もったいぶらずに全部見せろよ」
 アジャンは木から飛び降り、木の陰、岩の陰へと移動し、徐々に頂上を目指してゆく。
 武闘僧は溜息をついたが、デバガメを止める気もないようで、足元の先を見つめ続けていた。


「お師匠様ぁ、セレスのお・ね・が・い、聞いてくれなきゃ、いやぁん」


(…………………………)


「何やってんだ、あいつ……」
 鎧を外し、シャツとズボン姿になったセレスは、くいっと腰を突き出したり、豊かな胸を強調するかのようにしなをつくったり、投げキスをしたりしている。
「セレス、お師匠様にお会いしたいのぉ。門を開けてくださらなきゃ、泣いちゃうわぁん」
「……」
 岩陰に隠れながら、アジャンはボリボリと頭を掻いた。
「馬鹿じゃねえの、あの女……」
「うぅぅぅむ、腰のひねりがイマイチ」
「!」
 背後からのしわがれた声。
 アジャンは背の大剣の柄を握り、バッと背後を振り返った。
 直前まで何の気配もなかったのに……
 そこには、長い白髪、長い白髭を無造作に垂らし、ジャポネの菓子『煎餅』をバリバリと噛む、黒のローブの老人が居た。老人はホホホホと笑い、右手に持っていた魔術師の杖でポカリとアジャンの頭を叩いた。
「これ、騒ぐな、セレスに見つける。こういうのはのぅ、物陰からこっそり覗くから風情があるものなのじゃ」
 老人は『体の発育は抜群じゃが、セレスはボギャブラリーに欠けるのう』と呟き、ホホホと笑う。
「大魔術師……カルヴェルとかいう奴か?」
 アジャンの問いに、老人は頷きを返した。
「さよう。エーゲラの女王陛下の情夫殿」
 眉をしかめる赤毛の傭兵に、老人は愉快そうな笑みを見せる。
「たいそうな女好きのようじゃが、セレスには手を出すでないぞ。あれが処女を失えば『勇者の剣』の機嫌が悪ぅなる。『勇者の剣』が求めるのは剣と一心となって邪悪を討つ剣士。恋する乙女なぞ、剣にとっては穢れにすぎん」
「フン、千里眼の魔法で何でもお見通しか?」
「何でもではないが、ある程度の事は知っておる。セレスが世直しの旅に旅立ったこともの。わしももういい年のジジイじゃし、隠居の身じゃ。かわゆき弟子の頼みでも、大魔王退治の旅には出とぅない」
「それで居留守か?」
「うむ」
「だが、情報が古いぜ、ジジイ」
「ふむ?」
「セレスは世直しの旅に誘いに来たんじゃねえ。『勇者の剣』の救助を依頼しに来たんだ」


「お師匠様!」
 アジャンを伴って岩場から姿を見せたカルヴェルに、セレスが子供のように抱きつき、ぱくぱくと口を開く。
「よい、よい。言わずともわかっておる。地中に潜った『勇者の剣』を掘り出し、異常に重たくなっておる剣をどうにかして欲しいのじゃろ?」
「そうです! さすがお師匠様! お願いします!」
 大魔術師カルヴェルはホホホと笑う。
「当代一の大魔術師への依頼は、高くつくぞ」
「高いって……お師匠様がお金を望まれるはずないし……まさか!」
「その、まさかよ」
「でも……」
「嫌ならよいぞ、セレス。わしは城に戻る」
「……やります! やりますから、『勇者の剣』のこと、お願いします!」
「しかと聞いたぞ、その言葉。では、参ろう。そこの傭兵、もそっとセレスの傍に寄れ」
 その指示にアジャンは従った。その途端……
 フッと体が浮遊する感覚が訪れ……
 眼の前にナーダがいた。
「あ?」
 再び体が宙に飛ばされたような感覚に襲われ……気が付くと森に佇んでいた。あやしい老人も、呪文で神聖鎧を装着しているセレスも、 呆然としているナーダも一緒だ。そこは、数日前に『勇者の剣』を隠した場所に間違いなさそうだ。見覚えのある古木が天に向かって聳え立っている。
「移動魔法ですね……しかし、無詠唱の連続移動が可能とは……」
 移動魔法は多大な魔力を費やして始めて可能となる魔法で、跳ぶ距離・運ぶ人数によって魔力消耗が激しくなり、呪文の詠唱も長くなる。移動魔法に秀でている者が多い宮廷魔術師ですら、めったに連続使用はしないし、よほどの事がない限り国家間のような長距離移動はしない。又、並みの魔法使いでは街を一つこえるぐらいが限界で、一旦、跳んだら二、三日は魔力が枯渇し、魔法が使えなくなるのだ。
「わしは大魔術師じゃからの」
 えっへんと胸をそらせる老人と、武闘僧の視線が合う。
「……あなたがカルヴェル様ですか?」
「おぬしがナーダか」
 二人はしばし無言のまま見つめ合い……
「まったくナラカに似ておらんのぅ」と、老人が言い、
「あなたは、私が想像していた通りの方のようです」と、不愉快そうに眉をしかめて武闘僧が言う。
 あくまでにこやかな老人と、嫌悪の情を隠そうともしない武闘僧は、そのまま見つめ合っていたが……
「お師匠様! こっちです! 『勇者の剣』は、あの大木の草むらに! キャーッ!大穴が! 大穴が開いている! 穴の底が見えません! あの中に『勇者の剣』が〜!」
 と、やかましく騒ぐセレスによって、二人の間の異様な緊張は解けてしまった。老人はセレスの元へとひょこひょこと移動し、武闘僧はその背に侮蔑の眼差しを送っていた。
 赤毛の傭兵アジャンの視線に気づくと、ナーダはツーンと顔をそむけ知らぬふりをする。
(女勇者といい、この僧侶といい……愉快な旅になりそうだぜ、まったく!)
 アジャンは早くもこの旅に出発したことを後悔し始めていた。
 エーゲラの王宮で女王の愛人として暮らす日々にも飽きていた。豪胆を装っていても、女王も女だった。彼女の嫉妬深さと独占欲には、うんざりしていた。
 女王自身もアジャンにのめりこみすぎている自分を律っしたかったようで、彼に『勇者の従者』となるよう話をもちかけたのも彼女だった。見事ケルベゾールドを討ち滅ぼせば、女勇者の庇護者であるエウロペ国王から莫大な報奨金を取れるであろうし、英雄の一人としての勲章を得られれば今後の傭兵稼業も楽になる。乗り気になったアジャンに、女王は冷たい笑みを見せた。
『女勇者様は見目麗しい十六の乙女じゃそうじゃ。そなたには難しきことであろうが、女勇者様の(みさお)、奪うでないぞ。女勇者様は処女であらねばならぬと聞く。そなたが女勇者様を犯せば、勇者は消え、この世は闇に満ちる。そなたは大魔王の天下を助けた大罪人となり、地獄に堕ちるであろう』
(あのババア、女を抱けずに悶える俺を嘲笑いたかったんだろうが)
 カルヴェルの魔法によって、地中深くに埋もれていた大剣が引き上げられる。セレスは涙を流して、泥だらけになった『勇者の剣』を愛しそうに抱きしめていた。
 そんな彼女を見つめていると………不快感を抑えられなくなる。
(ババアの見込み違いだ。いくら美人でも、あんなしちめんどくせえ貴族のお姫様なんざ趣味じゃねえ。しかも、処女じゃな!)
 アジャンは処女を抱くのが嫌いだった。性交は彼の愛撫に女が悦んでよがるから面白いのだ。痛がって泣いて抵抗する者を抱いても、興醒めなだけなのだ。
(とっとと大魔王を倒して、あの女と別れよう)
 セレスを見ていると、妙に落ち着かず、苛々する。
 アジャンは目を伏せ、彼女を視界から消し去った。


「土中のお籠りは、敵の仕業ではない。剣が自ら潜ったのじゃ」
 柄や鞘の泥を布で拭っていたセレスが驚いて尋ねる。
「『勇者の剣』が自ら動いたのですか……?」
「うむ。『勇者の剣』は、持ち手が呼べば遠方より飛来し、持ち手が危機とあらば自ら魔法さえ使う、魔法剣じゃ。伝説として残っておるじゃろ?」
「ええ。でも……作り話と思っていました。だって、この剣、今まで亡きおじい様のお部屋にずっと飾られていて……一度も動いた事なんか」
「ランツの部屋に置かれておったから、おとなしくしておったのじゃ」
 老人はフーッと溜息をついた。
「『勇者の剣』は、今、おそらく拗ねておるのじゃ」
 カルヴェルの言葉に、一同の目は点になった。
「『勇者の剣』が拗ねる?」
「さよう」
 カルヴェルはうむうむと頷いた。
「昔、ランツが、この大剣には人格……いや、剣格と言うべきかの、まあ、ともかくじゃな、魂がこもっておると、言っておった」
「名品には巨匠の魂がこめられているとよく言われますけれど……」と、ためらいがちにセレスが尋ねる。
「そういう意味じゃなくって……?」
「うむ。しゃべる事こそできんが、この大剣には思考能力や感情があるようなのじゃ。こやつの機嫌が良いと剣は紙のように軽く、不機嫌になると鉛のように重たくなると、昔、ランツは言うておった」
「剣の機嫌……?」と、セレス。
「どうやってご機嫌とるんだよ、剣の」と、アジャン。
「不機嫌にするのは簡単じゃ。手入れを怠る、塩水に漬ける、悪口を言う、長期間放置する、剣を本来の目的と違う用途で使用する」
「本来の目的とは違う用途?」と、ナーダ。
「髭剃り、トンカチの代用、漬物石がわりに使ったり……うぅぅむ、後、何じゃったか?おぉ、雪山を降りる時、鞘に収め橇代わりに使った時も怒っておったのぅ」
「……おじい様が、そういう事やったんですか?」
「うむ。あやつ、結構、ものぐさでおおざっぱじゃったからのぅ」
 そこで武闘僧が女勇者に冷たい視線を送る。
「……ご立派なおじい様だったのですね」
「うるさいわね!」
 顔を真っ赤にしたセレスが老人に尋ねる。
「で、ご機嫌をとるにはどうしたらいいんですか?」
「丁寧に手入れをし、魔族を葬る為に剣を使う」
「それだけ……ですか?」
「基本的には、の。その魔法剣は自らの力で刃を常に鋭利に保っておる。ぶっちゃけて言えば、人間の手入れなんぞ不要じゃ。しかし、そこはそれ、親交を深めるにはスキンシップが大切。毎日、欠かさず、愛情をこめて手入れをしてやるがよい」
「はい」
「じゃが、最も大切なことは……持ち手が剣にふさわしい者となること……剣に愛されねば、『勇者の剣』は振るえん」


「剣に愛される……」


「戦士としての技量を高め、武の道を極めるしかないのぅ。この剣が愛するのは猛き武人のみ。セレス、おぬしは性別で既にハンデを負っている。なれば、かよわきおなごと侮られぬよう、凄まじい実力を見せつけて剣を見返してやらねばなるまい」


「難しいですね……今の私には……でも、」
 セレスはぐっと拳を握りしめた。
「やります! 当代の勇者として世を救えるように頑張ります!」


 盛り上がるセレスに、やんややんやと拍手を送るカルヴェル。アホらしいと、あさっての方角を見つめるアジャン。正義を信じ勇者の使命に燃えるセレスを好ましく思いながらも、ナーダはカルヴェルの不真面目な態度に眉をひそめていた。
 と、そこへ、いきなり、カルヴェルから話を振られる。
「そこでじゃ、ナーダ、セレスが剣に好かれるまで、その剣を背中に預かってもらえまいか?」
「はあ?」
 ナーダは糸目をぱちくりとさせる。
「私は初代勇者ラグヴェイの血筋ではありません。剣の怒りに触れ雷を落とされるのは嫌ですよ」
「それは大丈夫」
 老人は低くまじないを唱え、セレスの手の中の大剣の柄へと、杖の先端を当てる。
 天を裂き、雷が走り……
 まばゆい光は老人の杖へと吸収されていった。
「『勇者の剣』を説得した。しばらくの間はわしやナーダが『勇者の剣』に触れても、剣は怒らぬ。剣を振るおうとすれば怒るであろうが、持っている分には無害じゃ」
「お師匠様とナーダなら大丈夫なんですか?」
 セレスが、きょとんと眼をしばたたかせる。
「アジャンは?」
「駄目じゃ。赤毛の傭兵、おぬしは剣に触れるなよ」
「頼まれたって触んねえよ」と、アジャン。
 カルヴェルは魔術師の杖を地に置き、セレスの手から『勇者の剣』をひょいと奪う。
「ふむ。並みの剣の重さじゃな」
 両手で持っていたそれの柄を、ナーダへと向ける。武闘僧はためらいつつもそれを受け取り、柄を握りしめた。
 しばらく待っても、落雷は訪れなかった。
「……軽いですね。紙とまではいきませんが、パンぐらいの重さのものを持っている感じです」
「ほほぉ。やはり、その剣、若い男の方が好きなようじゃな。困った剣じゃ」
「おい、おまえら、何でそれを持てるんだ?」
 剣の怒りに触れ落雷の被害に合っているアジャンが不満そうに尋ねる。
「剣を説得したって言ったな? 何をしたんだ?」
 カルヴェルはホホホと愉快そうに笑った。
「ランツの義兄弟とその血筋の者にも触れる権利を寄越せと頼んだだけじゃ」
「義兄弟?」
「さよう。わしと、先代勇者ランツ、それに僧侶のナラカは、大魔王を倒した仲間。義兄弟の契りを交わした深き友情で結ばれておる。そこのデカい僧侶はまったくナラカに似ておらんが、ナラカの妹の子供、ナラカの甥じゃ。だから、触れても剣は怒らぬ」
「おじい様の従者……僧侶ナラカ様って」
 セレスはハッと瞳を見開き、口元を押さえた。
「大魔王との戦いで命を落とされた英雄………」
「違います」
 不機嫌そうな顔で、ナーダが吐き捨てるように言う。
「僧侶ナラカは、先代勇者ランツとの旅で堕落し、道を誤った単なる愚か者です。英雄なんかじゃありません」
 そこで、ナーダは少しよろける。不思議そうに、『勇者の剣』を見つめながら。
「何か……急に重くなりました。今は普通の大剣なみの重さです」
「おぬしがランツやナラカを快く思っておらぬからじゃ」
 老人は愉快そうに声をたてて笑った。
「剣にとっては、ランツもナラカもこのわしも共に苦難を乗り越えた仲間。仲間を侮辱されて喜ぶ阿呆はおらん」
「そういう事ですか……わかりました。剣の前ではお三人への悪感情は控えるようにいたします」
「それが賢明じゃて」
 森の中に老人の笑い声が響き渡った。


 移動魔法でアジャンとナーダは麓の村へ送られ、セレス一人がカルヴェルの城に招待された。
「明日の朝には、おぬしらの宿までセレスを送ってやる。今宵はのんびりと旅の疲れをとるがよい」
 麓の村には温泉もあるぞと笑いながら、老人はセレスを連れて移動魔法で消えてしまった。
「……旅の疲れをとれと言われてもなあ」
 宿屋の寝台の上に寝転がっているアジャンが、ぶつぶつと文句を言う。
「こんな小さな村じゃ、娼館もありゃしねえ」
「だからって、村の純朴そうな娘さんを誘惑してはいけませんよ」
 大剣を背負う為の紐を買い求めてきたナーダは、アジャンの隣の寝台に腰掛け、紐の長さを調整していた。
「まっとうなご家庭の娘さんは、結婚まで純潔を守らねば世間に顔向けできませんからね。初夜に夫に処女を捧げるのが女性の本懐。みだらな獣欲で女性の(みさお)を奪う男は地獄に堕ちてしまいますよ」
「……本気で言ってるのか、それ?」
「は?」
 何のことです?という顔で、武闘僧が首を傾げる。
 アジャンは頭を抱えた。
(こいつの頭の中もセレスと五十歩百歩だ……世間知らずにしても度を超している。わけわかんねえ)
 何でこんな馬鹿と同室なんだ……と、一室しか部屋のない、名ばかりの貧相な宿屋を怨んだ。
「俺はもう寝る。話しかけるなよ、クソ坊主」
 そっちが話しかけてきたくせにと不満顔の僧侶を無視して、アジャンは瞼を閉じた。山の上であの女は何をしているのだろうと、思いながら……


「これが空気のように軽く、清らかな光で邪悪を斬れる『虹の小剣』。こちらは撃っても撃っても矢筒から矢が絶えない『エルフの矢筒』と破魔の弓『エルフの弓』のセットじゃ。『勇者の剣』が扱えるようになれるまで、戦闘時にはこの二つの聖なる武器を使え。良い武器の助けさえあれば今のおぬしならば、従者の男どもには及ばなくとも、並みの戦士の五、六倍の働きはできるじゃろう」
「あぁ……ありがとうございます、お師匠様」
 両手を組んでうるうると瞳をうるませるセレス。今は白銀の鎧をとり、男ものの上着に脚絆(ズボン)のみの気軽(ラフ)な姿だ。
「用事はこれで済んだ。後はおまえに約束を果たしてもらうだけじゃの」
 ギクッ!と、セレスの顔が強張る。
「『勇者の剣』を救った報酬じゃ、しかと払ってもらうぞぃ」


「そこで腰を落として、うっふ〜んと悩ましげに声をあげて、ウインクじゃ。これ!片目をつぶればよいというものではない。流し目で男を誘うような表情を作るのじゃ。口元には微笑、色っぽくの」
「……恥ずかしいです、お師匠様」
「泣き言を申すな。わしを満足させるセクシー・ポーズができなんだら、依頼料未払いで麓に帰してやらんぞ」
「……わかりました、やります」
「しっかりの」
 ホホホと老人は愉快そうに笑う。
 十二の少女の頃、セレスは大魔術師カルヴェルのこの城に、一か月ほど滞在した。聖騎士を目指していたセレスに、当代の大魔術師が自ら指導にあたってくれたのだ。神聖魔法を習得するには、才ある者でも、普通、半年から一年かかる。けれども、セレスはたった一か月で魔法を習得できた。カルヴェルの師としての才が桁外れに優れていたおかげだ。
 が……
 カルヴェルには妙な癖があった。遊び心旺盛といえば聞こえはいいが………要は、人をからかって遊ぶのが何よりも好きなのだ。
 セレスは少女の頃に『魔法習得には絶対必要』と騙されて、セクシー・ポーズの練習をさせられたのだ。『精神の高揚こそが魔法には大事。何事も形から入るのじゃ』と、にまにま笑うカルヴェルを本気で信じて、頑張って練習に励んだのだ。
 後に老人から『あれは冗談じゃ。本気にするとはまぬけな奴め』と、さんざん笑われ、セレスは大ショックを受けた。
 だが、その時、老人はこうも言っていたのだ。
『セクシー・ポーズを覚えておいて損はないぞ。愛しい男を誘惑できるし、わしに何か頼みごとがある時にも効き目がある。おぬしがわしをうならすポーズを取れたなら、どんな望みも叶えてやるぞい』と。


「ほうほう、ちょっとはマシになってきたかのう。そこで、もっと胸をぷるんぷるんと揺らす。せっかく豊かなのじゃ、使わねば損」
「ああ〜ん」
「そう言えば、セレス……おぬしからもエウロペ国王からも何度か手紙が来ておったが、おぬし、世直しの旅にわしにも加わって欲しいのかの?」
「え?一緒に来ていただけるんですか!お師匠様がご一緒してくださるのなら、百人力、いえ、百万人力です!」
「行ってもよいぞ」
 にこにこにこにこ、老人は笑っている。
「その願いを聞きどけるのに値するセクシー・ポーズを、おぬしがとれたらの」
「……やはり遠慮します。『勇者の剣』をお救いくださった分だけのセクシーポーズで勘弁してください」
「気概の無い奴め」


 その夜、一晩中、大魔術師カルヴェルの城で、女勇者セレスは奇妙な修行を積んだ。が、まったく身につかなかった。
 カルヴェルより『才能ないのう、おぬし』と呆れられ、お情けで許されたセレスは思った。この技を会得するのは武人の道を極めるよりも難しいのではないかと。


 翌朝、カルヴェルの魔法で麓に送ってもらったセレスは、従者達と合流し、東へと向かった。
 東国シャイナを目指しつつ、行く先々で邪悪と戦い、大魔王の本拠地を探す、世直しの旅に旅立ったのである。 
『旅のはじまり * セレス・アジャン・ナーダ *』 完。

次回は『希望の光』。舞台はシルクド、赤毛の戦士アジャンの話です。
+注意+
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