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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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聖なる武器 1話

「当家に伝わる聖なる武器『ムラクモ』にございます」


 大魔術師カルヴェルは、奥座敷の刀掛けにかけられている刀を見つめた。長い年月を経た古びこそ見えたが、木製の柄には鮫の皮をかぶせており、黒や金の漆で模様が描かれた鞘も見事な造り。所有者が、ミカド(皇帝)より下賜された刀を丁重に扱っている事が伝わる。
 しかし……
 眼の前の刀は贋物だった。
『ムラクモ(アメノムラクモ)』ではない。
 カルヴェルは、聖なる武器に反応する魔法の鈴を持っていた。聖なる武器に近づければ、鈴は心地よい音を鳴らすはず。だが、ずっと無反応なのだ。
 刀の所有者のサムライ(ジャポネの剣士)は、ひどく緊張していた。当代随一の魔術師の所望で、家宝の刀をお目に掛けているのだ。顔には誇らしさと、名刀を軽々しく扱うまいという気構えが浮かんでいた。
……贋物だと気づいていないのだ。
「眼福つかまつった。かたじけないのう」
 老魔術師がそう言うと、サムライは安堵の息を漏らした。ミカドから下賜された刀をおろそかに扱えば、ミカドへの不敬に当たる。『ムラクモ』を客人に見せるのは、とても神経を使う事なのだ。
 隣室に案内され茶を出されたカルヴェルは、遠慮なくサムライに尋ねてみた。
「貴公は『ムラクモ』が抜けるのかの?」
「いえ……恥ずかしながら、それがしは『ムラクモ』に主人(あるじ)と認められておりませぬ」
 サムライは苦笑を浮かべた。
「カルヴェル様はご存じにござろうが、『ムラクモ』は主人を選ぶ刀。資格無き者は、『ムラクモ』を鞘より抜けませぬ。それがしも、それがしの父も未熟ゆえ『ムラクモ』を抜けませなんだ。今は赤子の我が惣領が成人した折には、選ばれて欲しいと切に願っておる次第で」
(と、なると、祖父の代までは本物であったが、父の代より贋物であった可能性が高い。『ムラクモ』が主人を選ぶという伝説を逆手にとって、接着剤で鞘より抜けぬよう細工した刀と本物をすり替えたのじゃな)


 丁寧に礼を述べ、カルヴェルはサムライの家を辞去した。『ムラクモ』が贋物である事は教えずに家を出た。知れば、あのかたっ苦しい性格のサムライ、自責の念で切腹しかねないからだ。
 幸いな事に、神社に奉納されている『破魔の強弓』は無事だった。
『ムラクモ』も魔族の手には渡ってはいなかった。が、使い手が大魔王教徒の忍者では、あまり良い状況とはいえない。
 ただ……あのサムライが言っていた通り、『ムラクモ』は主人を選ぶ刀だ。邪悪な者が触れても、刀は鞘から抜けないはず。
 聖なる武器は『勇者の剣』を筆頭に、結構、わがままな性格をしている。事実、カルヴェルのコレクションも、使用者に厳しい装備条件を要求している。『聖王の剣』は王たる資質を、『雷神の槍』は槍の名手である技量を、『虹の小剣』は美貌を、『エルフの弓』は心の美しさを求める。条件にかなわない者は、武器を振るえないし、『勇者の剣』のように、触れるでない! と怒って攻撃してくる武器すらある。
 先日、武闘家の少年シャオロンが手に入れた『龍の爪』は、龍と同化できる精神的資質、つまり神の憑代となれる器か否かを問う。霊感体質のシャオロンは龍に気に入られ、見事、左手用の爪を手に入れたのだ。
『ムラクモ』は邪龍の尾より生まれ、英雄の手に渡り浄化された武器。あれが使い手に求めるのは……
(無私無欲のはず……)
 カルヴェルは首をひねった。
 おかしい、と思いながら。
 聖なる武器は、永遠に所有できるものではない。手に入れた時点で使用条件に適していても、持ち手が堕落すれば武器は主人を見捨てる。
 けれども、『ムラクモ』は、使用者が悪行に身を染めているのに怒っていなかった。持ち手が振るえば雨を呼ぶ、その神秘の力を示していた。邪法の血文字を刀身に刻まれ、邪法によって辱められていたというのに、だ。
(何か細工があるのか……『ムラクモ』がよほど持ち手に惚れているかじゃなあ)
 なんにせよ面白いと、老人はホホホと笑うのであった。


 昼過ぎに老魔術師がセレス達の宿泊先の旅籠へ顔を出すと、宿には赤毛の傭兵しか居なかった。
 他の者は? と問うと、剣を研いでいた傭兵は無言で手紙を見せた。
『町を騒がせている夜盗団を退治してきます セレス』
「夜盗退治? 大魔王教徒の夜盗団なのか?」
「いや、ただの夜盗だ。最近、あの三人、妙に熱血でな。腕試しやら人助けやらで、やたらいろんな事件に首を突っ込むんだ」
「で、おぬしは、おいてけぼりか?」
「遊郭(娼館)から帰って来たら、誰もいなかった。あいつら、徹夜で夜盗退治をしてやがるんだ」
「ほほう」
 アジャンは、ぼりぼりと頭を掻いた。
「シャオロンはいいんだ。あいつは仇を呼び寄せる為に、『龍の爪』で派手に暴れなきゃな。セレスも、まあ、わかる。『勇者の剣』で戦う機会が少しでも欲しいんだろう」
「セレス、使えておるのか、『勇者の剣』を?」
 赤毛の傭兵は肩をすくめた。
「『勇者の剣』様の気分次第だが、どうにかな。雑魚敵ばかりだし……クソ坊主がセレスとシャオロンの側にはりついて護衛してるから二人とも大きな怪我はないみたいだが……」
 赤毛の傭兵は溜息をついた。
「あのクソ坊主まで、うっとうしいほど熱血になりやがって……非常に迷惑だ」
「ほほう、ナーダが熱血?」
 アジャンは頷いた。
「朝から晩まで、修行、修行、修行! でなきゃ、悪人退治だ。休む暇も惜しむように体を鍛えてやがる」
「ほうほう」
「俺は戦ってるところは見てねえんだが、暗殺者の忍者の手下に、あいつ、ボコボコにされたらしい。お高いプライドを傷つけられて、大僧正候補様はお(かんむり)なのさ」
「ホホホホホ。そうか、好敵手を得て、ナーダが熱血か。そうと知れば、大僧正も喜ぶじゃろうて。外界より目をそむけ総本山に籠っとったナーダを、気に掛けておったからのう」
「ジジイ、インディラの大僧正と知り合いなのか?」
「茶飲み友達じゃ。移動魔法という足があるでの、わしには世界中にお友達がおるのよ」
 ふんと息を吐いてから、アジャンは顔をしかめ、視線を外し、口元を歪めた。
「じいさん……あんたに頼みがあるんだが……」
 それっきり、言いにくそうに黙ってしまう。『ジジイ』ではなく『じいさん』と呼称を改めた事といい、傲岸な彼らしくない。
「何じゃ?」
「……あんた、『虹の小剣』と『エルフの弓』以外の聖なる武器を持っているか? 持ってたら、しばらく貸してほしいんだが……」
 カルヴェルは、にっこりと笑みを浮かべた。
「持っておるぞ。所有しておるのは後七つじゃが、ゆえあって封印してあるモノが多くてのぅ、人に貸せるのは後二つしかない」
「貸してくれ」
 睨むように、アジャンが老人を見つめる。
「俺の大剣じゃ、魔族は斬れん。神聖魔法をかけてもらえば斬れるが、すぐに効果が切れちまう。仕方ねえんで魔族相手の時は『虹の小剣』を借りたりしてるんだが、ありゃ、どうも手に馴染まなくてな、斬った気がしねえんだ」
「なるほど」
 老人はにこにこ笑った。
「ちょっと野性的すぎてむさくるしいが、『虹の小剣』を使えたか」
「ん?」
「いや、いや、何でもない」
『虹の小剣』の装備条件は美貌。美形とはいえ逞しすぎるアジャンでも、『虹の小剣』的にはOKなのだろう。
「『エルフの弓』は試してみたか?」
『エルフの弓』は装備者に心の美しさを求める。
 アジャンは、かぶりを振った。
「弓は苦手だ」
「ふむぅ」
 カルヴェルは長い顎鬚を撫でた。
 今、人に貸す事ができる武器は二つ。片手剣の『聖王の剣』と、『雷神の槍』。しかし、聖なる武器は容易に装備できるものではない。
「今、持ってきてやる。じゃが、赤毛の傭兵、聖なる武器は持ち手を選ぶ。武器に選ばれなんだ時は、素直に諦めるんじゃぞ」


『聖王の剣』は王たる資質を、『雷神の槍』は槍の名手である事を、装備者に求める。
 移動魔法で二つの武器を運んできたカルヴェルは、アジャンを宿屋の裏に誘い、試し振りをするよう勧めた。
 建物の裏手には宿泊客の為の厩と倉があり、その手前に荷車や駕籠も置ける広い空地があった。まだ昼過ぎなので宿泊客も少ないのだろう、荷車は二台しかなく、武器を振るうのに充分な広さがあった。
 老人が浮遊魔法で宙に浮かばせる二つの武器、『聖王の剣』と『雷神の槍』。
 赤毛の戦士は迷う事なく、片手剣を手に取った。
 柄はいぶし金地に幾何学模様が施され、柄頭は豪奢な獅子頭の浮き彫り。華美な装飾に眉をひそめながら、傭兵は『聖王の剣』をすらりと鞘から抜いた。
「ほほう」
 カルヴェルは感嘆の声を漏らした。
(こやつ、王たる器であったか)
 傭兵は剣を右手に持ち、構え、素早く振る。ぶんと風が鳴り、空が切られる。二度、三度と空を切ってから、アジャンは刃を鞘に収めた。
「ちょっと軽すぎるが、悪かないな。借りてもいいか?」
「うむ。『聖王の剣』がおまえに所持を許した以上、とやかくは言わぬよ。好きに使うがいい」
「で、これの借り賃なんだが、何を幾ら払えばいい?」
「おまえが、それでセレスを守ってくれればよい」
「いや、セレスの護衛料はエウロペ国王から貰っている。二重取りはできん」
「……おぬし、意外とマジメなんじゃのう」
「傭兵稼業は信用第一。明朗会計でやっている」
「ホホホ……ならば、出世払いといこう。おぬしが押しも押されぬ地位についた時、なんぞ一つ願い事をする。おぬしは、それが何であれ、わしの言う事を聞くというのでどうじゃ?」
「出世払いだ? 俺ぁ、仕官なんかしねえぞ」
「仕官せずとも、星回りが良ければ、おぬし、大出世する。まあ、凶運に憑かれれば芽が出ぬまま非業の最期を迎えるであろうがの」
「なんだ、ジジイ、預言か?」
「うむ、預言じゃ。わしのものではないがの」
 老人の視線は、赤毛の戦士の手の『聖王の剣』に向いていた。
 赤毛の戦士は顔をしかめた。
「ありえない未来を口にされても困る……いつでもいい、願い事ができたら言え。できる事なら必ず果たし、借りは返す」
 赤毛の戦士は、『聖王の剣』を腰に差した。
 と、そこへ……
 引き綱で馬を連れた女勇者一行が、建物の外回りより現れる。厩に馬を預けに行く途中のようだ。セレス、シャオロン、ナーダは、赤毛の傭兵と一緒にいる人物に視線を向けた。
 シャオロンが、元気よくぺこりと頭を下げた。背に大きな革袋を背負っている。中に『龍の爪』が入っているのだろう。
 ナーダも軽く会釈をした。
「お師匠様……」
『勇者の剣』を背負ったセレスが、表情を曇らせる。老人への挨拶もぎこちない。
 老魔術師は鷹揚に会釈を返した。少し寂しく思いつつ。
(……嫌われたようじゃの)


『わしは、今も昔も、世がどうなろうが構わぬ。わしさえ楽しければ、後はどうでもいいのじゃ』


 と言って、先日、カルヴェルは、勇者一行に加わって欲しいと切に訴えたセレスの願いを拒絶した。
 セレスは師匠に失望しているのだ。断るにしても、もう少しまともな理由を述べればよかったのかもしれない。そうすれば、セレスの純粋な敬意を失わずにすんだだろう。目をきらきらと輝かせ、セレスは心からカルヴェルを慕っていた。祖父の親友で、大魔王を倒した英雄の一人であるカルヴェルを。
 しかし、今は……
「どういったご用件でしょうか?」
 態度も口調も、妙によそよそしい。
 カルヴェルは、ホホホホといつもの笑い声をあげた。
「単なる陣中見舞いじゃ。したら、そこの赤毛の傭兵が聖なる武器を欲しがっての、『聖王の剣』を貸す事になった。のう、『雷神の槍』は試してみんのか?」
「槍はいらん。不得手だ」と、アジャン。
「何じゃだらしない。『雷神の槍』は名槍じゃぞ。突くも良し、断ち切るも良し、殴打も良しの、鋭くて丈夫な槍じゃ。大岩も難なく砕け、その上、雷撃魔法まで放てる。名槍を前に無視はいかんぞ、無視は」
「その槍、私に見せていただけませんか?」
 そう言って進み出たのは、武闘僧ナーダだった。目の下に隈ができ、頬はやややつれていた。が、全身は気力に満ちており、糸目も鋭い。
「僧侶のくせに、光物を持つ気か?ナラカの甥よ」
『ナラカの甥』と呼ばれると伯父を嫌っているナーダは、いつもであればすぐに平常心を失う。けれども、感情を不必要に昂らせる事なく、ナーダは言葉を続けた。
「どうしても倒したい敵がいるのです。ですが、そいつ、非常識なほど大きくて頑丈な棍棒を持っていて素手では太刀打ちできませんでした。そいつと渡り合える獲物を、このところずっと探していたのですが、どれも二級、三級品ばかり。うんざりしていたところです。名槍とやらを、是非、見せてください」
「見せるのは構わんが……」
 使えんと思うぞ、という後に続く語は口の中で消した。
(『雷神の槍』は技量の足りぬ者が持つと、怒って雷撃を放つのじゃが……ま、口で言うより身をもってわからせた方が早かろう)
 カルヴェルは浮遊させていた『雷神の槍』を、ナーダの前の宙へと運んだ。
『雷神の槍』は、儀礼用の槍のように刃に雷を示す彫刻や透かし彫りが施されている。だが、刃先は鋭く、大きく、長刀としても使えそうだ。柄は黒塗りだ。
 武闘僧は馬の引き綱をシャオロンに任せ、槍を右手でむんずと掴んだ。
「ほう」
 槍は雷撃を放たなかった。
 ナーダは槍を両手で持ち、上段、下段と構え、ぶんと振り回し、上段、中段、下段と突き分け、槍を構えつつ蹴りを放ち、最後に回転を利して一振り後方の宙を切ってから再び前方を向き中段の構えをとった。
 その見事な演武に、シャオロンは目を輝かせ、セレスは意外そうに驚き、アジャンも技量を測るかのように動きを鋭く見つめていた。
(インディラ式棒術の型……しかも、早い。棒術は寺院でも教えておるが、こやつの、これ、基本的には寺に入る前に生家で身につけたものじゃな。微妙に寺院のものと違う)
 武闘僧は、ハーッとため息をついた。
「……(なま)ってますね、やはり」
 悔しそうに眉をしかめてから、老魔術師に尋ねる。
「お借りしてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ。雷を放ちたい時は精神を集中し、切っ先を放つべき対象に向け、『雷よ、来たれ』と叫べばよい」
「わかりました。でも、雷撃魔法は使いません。敵と五分の条件で対戦したいので……」
 そう言ってから、キッ! と赤毛の傭兵を睨む。
「少し付き合っていただけませんか? 私、槍はあまり得意ではありませんので」
 それだけ使えれば充分だろと言いかけた傭兵を制し、武闘僧が詰め寄る。
「あなたも慣れぬ新しい武器にとまどっておられるはず! ここは手に手を取り合って共に精進し、共に高みを目指すべきです!」
「高みなんぞ目指すか! 俺は料金分の仕事しかやらん!」
「なら、稽古料を払います。それなら、いいでしょ?」
「幾ら出す?」
「言い値で結構です。次回、インディラ寺院に立ち寄った時に用立ててもらいます」
「ふん。俺は金持ちからはふんだくる主義だぞ」
「いいですよ、別に。俗世の貨幣なんて興味ありませんから。もっとも……あなたが弱すぎて、私が逆に稽古をつける事になっちゃったら払うのは嫌ですけどね」
「ほほ〜う。おもしろい事、言ってくれるじゃねえか、クソ坊主」
 赤毛の傭兵は『聖王の剣』を抜いた。
「ジジイ! これには追加効果があるのか? 雷の魔法とか、竜巻とか、何か?」
「特にない」
 きっぱりと老人は言い切った。
「じゃが、それを持っておると、徳が高くなると言われておる」
「ケッ! くそくらえ、だ!」
 片手剣と槍を手に向かい合う二人。
 セレスとシャオロンは真剣な表情で、二人の対決を見守っている。実戦経験豊富な傭兵と、武闘を極めてきた僧侶。二人がどのように戦うのか見学するだけで、彼等には刺激となり良い勉強となるだろう。
 二人は対峙したまま動かない。獲物の長さで武闘僧に利があったが、赤毛の傭兵は異常なほど勘が良く変則的に動く。絶妙な一撃でなければ、避けられてしまうだろう。
 ただならぬ雰囲気を察したのか、三頭の馬が落ち着きをなくし始めた。カツカツと前脚で地面を掘ったり、いななき、首を振ったりしている。
「わしが厩まで連れて行こう、手綱を寄越せ」
 老魔術師がそう言うと、とんでもない! と少年はかぶりを振った。が、『赤毛の傭兵達の戦いを見学し、武闘の道に精進せよ』と諭すと、恐縮し何度も礼を述べながらも二頭分の手綱を渡してきた。この戦い、見学したいのだろう。
 セレスも『ありがとうございます』と手綱を渡してきた。が、やはり、よそよそしい。
 老人は苦笑を漏らしながら、セレス達に背を向け、三頭の馬を魔法で引いて厩を目指した。
 勝敗は見なくてもわかる。赤毛の傭兵が勝つ。しかし、ナーダも善戦はするだろう。切磋琢磨し互いを高め合ってゆく若者達は、見ているだけで微笑ましい。
 厩に近づくと、中から黒の束髪のサムライが現れ、すれ違った。着流し姿だ。厩に馬を預けている旅籠の宿泊客と思われたが。
 リィィィィーン。
 老人の懐から、心地よい鈴の音が響いた。
 カルヴェルは眉をしかめた。懐には、聖なる武器に反応する魔法の鈴を入れてある。鈴は聖なる武器に近づければ、心地よい音を鳴らすのだ。
 カルヴェルのコレクションの九つの武器と、『勇者の剣』、『龍の爪』には反応しないよう、既に設定してある。
 それ以外の武器を……
 あのサムライが持っているのだ。
 サムライは腰に大小の刀を差している。
 他にも武器を隠し持っているのかもしれないが、このジャポネで聖なる武器を持っている人間は限られる。
 カルヴェルはカマをかけてみた。
「これ、忍者ジライ、すれ違ったのに挨拶は抜きか?」
 サムライは振り返りもせずに、歩いて行く。
 カルヴェルは魔法で馬を厩へ自ら歩かせ、サムライの後を追った。
 サムライは悠然と、厩の裏の木立へと向かっている。散策を楽しんでいる(てい)だ。
 枯葉舞う木立。落ち葉を草履で踏みしめ歩く男。
 セレス達から充分距離をとった事を確信してから、カルヴェルは恫喝の声をあげた。
「忍者ジライ! わしを無視するか? ならば、この前の夜の続き、今からここでやるぞ。よいな?」
 相手を威圧する為に、カルヴェルは魔力を高め、自身の体にまとわせた。今世一の大魔法使いの気の凄まじさに、空はうねり、つむじ風が生まれ、木の葉が舞い上がる。
 サムライは足を止め、ゆっくりと振り返った。素浪人風だが、切れ長の瞳の美形だ。
「……大魔術師カルヴェル殿、ご挨拶が遅れて申し訳ない。正体を隠すは忍の常。非礼のほど、どうかご容赦を」
 サムライ姿の男は、頭を下げた。その身なりにふさわしい、武家の所作で。
 カルヴェルは気を静め、いつもの漂々とした顔を見せた。宙に舞い上がっていた枯葉も地に落ちる。
「ホホホ。よいわ、許してやる」
「かたじけない」
「許す。が、代わりに、おぬし、今日はつきあえ」
「む?」
 サムライ姿の男が眉をしかめる。
「どこぞで、この前の続きをいたしますか?」
「いやいや。そんな無粋な事ではない。わしは気骨ある若者が好きでの。せっかく再会できたのじゃ、今日はおぬしと親睦を深めたい」
「………」
 しばらく無言で男はカルヴェルを見つめていた。その意図を測るかのように。
「嫌か?」
 薄く笑い、男は頭を横に振った。
「……いえ。承知つかまつった。なれど、女勇者の傍では落ち着きませぬ。話は別所で承ろう。(われ)は……」
 と言って、ちらりと視線を天に向ける。秋も深まってきたというのに、日差しはまだ強い。
「少々、支度がござる。半刻後、旅籠の前で」
「逃げるなよ、忍者」
「無駄な事はいたしませぬ。移動魔法の使い手相手に逃亡をくわだてるは愚か」
「ホホホ、賢いのう。では、後ほど」


 頭巾を被り袴を履いて、サムライ姿の男は旅籠の前の日陰で待っていた。カルヴェルが現れると会釈をし、忍者はやおら道を歩き出した。
「どこでも構いませぬが、長くなるのなら屋根の下で話をしたいのでござるが」
「日焼けが怖いのか? 妙な染め粉で肌を染めておるようじゃが」
 忍者はぴたっと足を止め、頭巾よりのぞく横目でじろりと睨みつけてくる。
「よくおわかりになりましたなあ」
「化粧をしているかどうかは、一目見ればわかる。幾千幾万のおなごや男娼の肌を見てきたからの」
 ホホホホと愉快そうに、老人は笑った。
「おぬし、肌が弱いのであろう?さきほども日差しを怨めしげに見つめておったし、の」
「………」
「ダンマリか。口下手では友達ができんと忠告したはずじゃが」
 ぷいと顔をそむけ、忍者はゆっくりと歩き出す。腰に『ムラクモ』と脇差を差した姿で。本物の『ムラクモ』は黒塗りの地味な鞘に収まった、実用刀らしい見た目だ。
 泰然と構えてはいたが、忍者はカルヴェルの一挙一動に鋭い視線を向けている。戦闘にもちこむ為ではない。機会を見て逃げる為であろう。
 警戒心を抱く相手と腹をわって話すには……
 老人はポンと手を叩いた。
「そうじゃ、ジライ、これから遊郭に参らぬか?」
「は?」
「おぬし、わしとランツが各地に残した数多くの伝説を知っておるのだろ?」
「各地の……主に歓楽街に残された伝説でしたら、そうですなあ、十二ほど存じております」
「ほほう。若いのに色の道に通じておるとは頼もしい奴め。では、わしとランツが張り合ってジャポネに残した伝説は知っておるか?」
「女・男・対決の三本勝負にござりまするか?」
「それじゃ」
「決着は存じませぬが……」
「引き分けじゃ。三本目の勝負の真っ最中に大魔王教徒に襲撃されて、勝負どころではなくなったのよ。三十三時間の長丁場がパーじゃ。頭にきたので、二人で大魔王教徒どもをボコボコにしてやったわ」
「………」
「それで、じゃ、ジライ」
 カルヴェルはにやりと笑った。
「わしと、その三本勝負をやってみぬか?」
「カルヴェル殿と(われ)が?」
「うむ」
 しばし沈黙を守り、それから忍者は高らかに声をあげて笑い出した。
「お戯れを!昔ならいざ知らず……そのような醜きご老体で、この(われ)と張り合うとおっしゃるか?」
「ま、確かに、昔に比べ、肉体は衰えた。回数勝負や耐久戦であれば、わしに勝ち目はない。が、」
 カルヴェルの笑みが不敵なものと変わる。
「あの三本勝負であれば、若さだけを売り物にしておる小僧なぞ、わしの敵ではないわ」
「………」
「おぬし、わしとランツの伝説を、噂によって肥大化した偽の伝説と思っておるようじゃが……わしとランツの性豪ぶりは、そんじょそこらの色事師に真似できるものではない。わしらの技術(テク)は神をも越えた」
「……大口を叩かれましたな」
 頭巾の下の黒目が、きらりと妖しく輝く。
「その勝負、受けても良うござりまするが……何を賭けましょうぞ?」
「負けた方が、一日、勝った方の奴隷になるで、どうじゃ?」
「ほほう、奴隷に……」
「負けた方は、いかなる命令にも従わねばならぬのじゃ」
「面白い。なれば、(われ)が勝った暁には、あなたに死ねと命じますぞ」
「その場合、見事、死んでやろう」
「のった」
 身を乗り出した忍者に、老人はホホホと楽しげな笑みを見せるのだった。
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