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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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聖なる武器 2話

 一の勝負は『女』。
 三人の遊女に交互に相手をしてもらい、どちらのテクニックの方が良かったか甲乙つけてもらうのだ。一人の女につき制限時間は一時間、合計三時間の勝負である。
 遊女は年季の入った年増、売れっ妓の美女、まだ奉公を始めて間もない少女の三人。
「変装を解かねば、おなごは抱けませぬ」
 と、店に予約を入れた後、勝負に入る前にジライは一度、遊郭より消えた。
 その間、カルヴェルは座敷で酒を飲んで待っていた。遊女や芸者は断っての、一人酒だ。
 で、約束の刻限に、忍者は戻ってきたのだが……忍者が頭巾を外すと、さすがの老魔術師も驚きを隠せなかった。
「それが、おぬしの素顔か」
 染め粉を洗い落とし、鬘(かつら)を外した忍者は……白髪、白い肌の、いわゆる白子(しらこ)であった。
(なるほど、これでは染め粉を塗らねばなるまい。目立つうんぬんの問題を除いても、じゃ。直射日光を浴び続ければ、こやつの肌、真っ赤に火ぶくれる)
 忍者ジライは、右顔にかかる前髪をかきあげ、口元に微かな笑みを浮かべた。
(われ)があなたに素顔を見せた理由、おわかりか?」
「ん?」
「忍者にとって素顔を知られるは死に勝る恥辱。なれど、あなたは死ぬる運命……素顔は、我が前に散る古き伝説へのせめてものはなむけよ。心安らかに果てられるがいい」
「言うたな、こわっぱめが」
 老人はからからと笑った。


「あっ、あっ、あっ! あぁん……もう、駄目、もう堪忍しておくんなまし……あぁッ! 死ぬ! 死ぬぅ!」
 部屋に女の甘い悲鳴が響き渡った。
 忍者ジライは腕に女を抱きながら、ほくそ笑んでいた。
 白い美貌と、忍の房中術をもってすれば、百戦錬磨の遊女もやすやすと堕とせる。女は既に快楽に酔いしれ、もう数え切れぬほどイきまくっている。ジライがほんの少し指を動かすだけで、ひぃひぃよがり狂うのだ。
(あの老いぼれにこの技は使えまい!)
 ジライは勝利を確信していた。


 が……
 遊女は、三人が三人ともカルヴェルを選んだのだ。
 公平を期するために、遊女一人一人に違う部屋で判定を頼んだのだが、三人は皆、同じような事を言い、ジライに頭を下げた。
「ぬしさんの技術(テク)は、それは見事にござんした。あれほどの極楽は、二度と味わえぬでござんしょう。なれど、遊郭は男女が情を通じ合い、仮の夫婦の契りを結ぶ場所にござんす。ぬしさんと寝ても、わちきは玩具にされるばかり。少しも(まこと)を感じられませなんだ。対して、カルヴェル様は、わちきを愛おしんでくださった。かわいがってくださった。あのようなあたたかな時、親元を離れてから初めてにござんす」
 女は三人とも『他の二人はジライを選ぶであろうが、自分だけは懐のお広いカルヴェル様を選ぶ』と、うっとりと老人を見つめるのであった。


「年の功という奴じゃな」
 老人はホホホホと愉快そうに笑う。
「おぬしは技術に走りがちなのよ。性技はの、相手があるからこそ成り立つ技。自分の技に溺れていては自己満足の域を出ぬ。相手に真の充足感など、与えられんのじゃよ。相手が何を求めているか察し、相手の悦びの為に尽くす。さきほどのわしの技はそれだけじゃ」
「……ご忠告いたみいる」
 忍者ジライは右顔にかかる白髪をかきあげた。
「次こそは、我が房中術の神髄を披露いたそう」


 二の勝負は『男』。
 素人、玄人、問わず。ノンケ、ホモ、問わず。
 何人の男を堕とせるか、その数を競うのだ。体を与えても良し、与えずに言葉だけで誘惑しても良し。制限時間は一日。場所も相手も自由なら、時間をどう使うかも自由。翌日の指定時刻に堕とした男を引き連れ、待ち合わせ場所に現れれば良いのだ。


「八人か、すごいのぉ」
 忍者がひきつれてきた男達を見て、老人はホホホと笑った。杖をついて、橋のたもとにたたずむ、白髪白髭の老人。その周辺に男の姿はない。
 ジライは眉をしかめた。
「勝負を捨てられたか?」
「うむ。二の勝負は、最初から、わしに勝ち目はない。三、四人ならば頑張れば堕とせたであろうが、若く美しいおぬしに、このジジイがナンパで勝てるわけがない」
「チッ」
 ジライは舌打ちを漏らした。
「この場に連れてこられたのは八人にござったが、堕としたのは全部で十三人……もう少し手を抜けば良かった。つまらん体力を使ってしまった」
「ま、いずれにせよ、これで一勝一敗、五分と五分。最後の勝負で雌雄を決しようぞ」


 三の勝負は『対決』。
 ようするに、一時間ごとに攻め役・受け役を交替し、先に相手をイかせた方が勝ちという趣向。持てる全ての技術を駆使しても良い事になっているので、アイテムOK、魔法や忍術もOKだ。ルール上では先攻が有利だが……
「先攻・後攻、好きな方を選んでよいぞ」
 待合茶屋(ラブ・ホテル)の離れ。ゆっくりと勝負に専念できる試合場には、ふかふかの敷布団が設置されていた。
 老人は、いつものにこにこ笑顔で、長い髭を撫でている。
「なにせ、こちらは枯れたジジイじゃ。溜まりも遅い。この勝負、おぬしの方が()が悪い」
「忍の房中術を甘く見られては困りますな」
 屏風の陰に荷と刀を置きつつ、忍者ジライがにやりと笑う。
「こちらが果てぬまま二十人のおなごをイかせた事もござる。なみの技術(テク)では我には勝てませぬぞ」
「で、どちらを選ぶ?」
「……先攻」
「ホホホ、よかろう。ではお相手してもらおうかの」
 老人はさっさと黒のローブを脱ぎ捨てた。


「すまぬのう、醜いジジイが相手で」
 確かに、皮膚に皺やたるみがある。だが、高齢のわりには、カルヴェルの体はひきしまっており、腹も出ていない。武術と縁のなさそうな魔術師だが、常日頃から充分な運動をしているのだろう。
 忍者ジライは、持ち時間のうちの四分の三を性器以外の箇所への愛撫に費やした。相手の性感を高め、ひたすら興奮を煽ったのだ。そして残りの時間で勝負に出た。
 指と口で感度の高い箇所を刺激し、プロの娼婦も顔負け技術(テク)で相手を追い込もうとした。
 けれども……
「ホホホ。言うだけの事はある。おぬし上手だのう」
 と、老人は余裕の顔。元気にはなったが、そこまで。そのまま時間切れとなった。


 つづいては、老魔術師の攻めなのだが……
 はっきり言って、ジライは拍子抜けしてしまった。
 医者が患者の体を探るかのように、掌で、ただ触るだけ。触りながら世間話をして、『どうじゃ、ここは良いか?』とか『ここは感じるじゃろ?』と、にこにこ笑いながら聞いてくるばかり。
(ほんに、こやつ、性豪と名高きカルヴェルか? 年老い、惚けたのか?)
 釈然としないまま、一時間が過ぎた。


 ジライは攻め方を変えた。
 若い頃、相手はさまざまな遊びをやり尽くしている。なみの刺激では、感覚の鈍った体は反応しまい。
 テーマは、アブノーマルだ。
 麻縄で相手を縛り、張り型も用いる。
 けれども、二回戦で果てさせられない場合を考え、強すぎる刺激は控えた。徐々に刺激を強めていかねば、相手は刺激に慣れすぎ、愛撫に反応しなくなる。
 老人はジライの攻めを笑いながら楽しんではいたが、やはり、それだけだった。


 老人は口を吸ったり、指先や掌を使ったりで、ようやく愛撫らしい愛撫を開始した。
 けれども、あいかわらずのおしゃべりで、笑いながら『ここか? ここが良いのか?』などと悪代官と村娘ごっこをしたりして遊んでいた。
 本気で勝負する気はなさそうに見えた。


 三回戦ともなれば、少々、本腰を入れねばなるまい。
 麻縄で相手の自由を奪ってから、ジライは羞恥心を煽る激しい言葉責めをし、鞭や蝋燭などの刺激の強いアイテムを使用した。
 しかし、老人は『本格的なSM遊びは久しぶりじゃ』と、むしろ浮き浮きしている様子。
 どうにもペースがつかめない。


 麻縄を外しながら、老人はにっこり笑った。
「魔法を使っても良いかの?」
「構いませぬ。もとよりその約束にござる」
「後悔するぞ……おぬし、これで負けじゃ」
(われ)が負ける? フッ! 何の魔法を使われる?」
変化(へんげ)の魔法を一つ」
「ついに醜い姿を捨てられるのか! じゃが、それだけで(われ)が負けるとは……くだらぬ予想ですな」
「おぬしは堕ちる。賭けても良い。この勝負を限りに、三本勝負、終わらせても良い。おぬしが達しなければ、わしの負けにしてくれて構わん」
 ジライは高らかに声をあげて笑った。
「愚かなり! 命を捨てられたか! (われ)は勝てばあなたの命を求めると言うたはず」
「わしは死なぬ」
 老人はきっぱりと断言する。
「必ず勝つからの」
「ならば、()けてみられよ。何に化けようとも、結末は同じにござるがな」
 ジライは相手を小馬鹿にするようにフフンと笑みを浮かべた。
「では、お言葉に甘えて……」
 老人がほんの少し魔力を高める。ポンと音がして、老人の周囲に煙幕のように白い煙が立ち上った。
 忍者ジライは口元を侮蔑の笑みに歪め、老人の周囲の煙を見つめていた。が……煙が消えるにしたがって、その顔は朱色に染まってゆき、体はわなわなと震えるのだった。
 煙の中から現れ出たのは、黄金の髪、白い肌、きつい青のまなざし、煽情的な赤い唇の……女勇者セレスであった。
 豊かな胸、くびれた腰、魅力的な臀部を、黒のボディスーツに包み、美脚をあらわにし、踵がものすごく高い黒のピンヒールを履いている。右手でバラ鞭を弄びながら、女勇者はにっこりと微笑んだ。
「そこのおまえ、少し、()が高いんじゃなくて?」
「なに……?」
「女王様の前に、醜い顔を見せるんじゃないわ! このオス豚が!」
 ピシィィィィ! と鞭でぶたれた瞬間……
 ジライの内に稲妻が走った。


(はぅぅぅぅぅ!)


「早く這いつくばりなさい! この大魔王教徒! うす汚い暗殺者! おまえを見ていると吐き気がするわ!」


(あああああああああぁ)


「どうしたの? そんな嬉しそうな顔をして? 鞭でぶたれて悦ぶだなんて、本当、おまえはいやらしいわね! この変態!」


(あああああああああぁ)


「さあ、おっしゃい、どうして欲しいの? 鞭が欲しいの? 欲しいのなら、床に頭をこすりつけて、私の前にひざまずきなさい。犬のように、ね」


 言ってはいけない……


「この愚図! マヌケ! いつまで、この私を待たせる気? おまえなど生きている価値もないわ!」


 言ってはいけない……と、思いつつも、内側からこみあがってくる被虐の悦びに抗いきれず、忍者は心の声を口に出してしまった。


「申し訳ございませぬ……もっと……もっと、いたぶってくだされ。卑しきこのオス豚を、その貴き鞭で辱めていただければ望外の幸せ……ああああ、女王様ぁ」


 かくして、忍者ジライは堕ち……
 セレスの姿のカルヴェルに命じられるままに、自らをしごいた。ねちっこい言葉責めや恥辱プレイに酔いしれ、喜んで自ら達してしまったのである。


「不覚! 不覚! 不覚! 不覚! 不覚! 不覚!」
 忍者は白髪を掻きむしった。
「中身は老人とわかっておったのに〜!」
「うふふ、かわいいわね、ジライ」
 セレスの姿のカルヴェルににっこりと微笑まれると、忍者の白い頬はポッと赤く染まってしまう。
「……カルヴェル様、その姿、やめていだけませぬか? このままでは、まともに話ができませぬ」
「何じゃ、つまらん」
 ポンと煙が上がり、老人が元の姿に戻る。
 忍者はホッと胸を撫で下ろした。
「賭けはわしの勝ちじゃな」
「……ですな」
 忍者は溜息をついた。
「これより一日、(われ)はあなたの奴隷じゃ。何なりと命じられるがよい」
「ふむ」
 老魔術師は長い白髭を弄びながら尋ねた。
「もしも、じゃ。わしが、もしも、おぬしに『死ね』と命じたら、おぬし死ぬか?」
「死にたくはござらぬが、いた仕方ござりませぬ。『負けた方はいかなる命令にも従う』という約束でしたからな。我が命がご所望とあらば、あなたに差し上げましょう」
 忍者は平然と言い放った。その表情に、恐れも、嘆きもない。ひどく穏やかな顔をしている。
(こやつ、死を恐れておらぬ)
「この首、刎ねましょうか?」
 カルヴェルは、かぶりを振った。
「おぬしの命など貰っても、楽しゅうないわ。のう、ジライ、それよりもわしの質問に答えてくれんか?」
「はあ……答えらえる事と答えられぬ事があると思いますが」
 忍者は恐縮するかのように、頭に右手をやった。
「里の秘密と、任務に関しての事は教えられませぬ。どうしてもとあれば、申し訳ございませぬが、この場で舌を噛み自害いたします」
 老人はホホホと愉快そうに笑った。
「まったく、これだから忍者は! わかった。言えぬ事は『言えぬ』と言え。先走って、勝手に自害するなよ」
「かたじけない」
 布団の上であぐらをかく老人に頭を下げると、忍者は畳へと移動し正座をした。奴隷にふさわしいよう、一段低い場所に移りかしこまったのだ。
「ジライ、おぬし、セレスに惚れておるのだろう?」
「と、申しますか……あのお方こそ、真の女王様。お慕い申し上げております」
「ならば、何故、命を狙う?」
「任務にございますゆえ」
 ジライはふぅと息を吐いた。
(わたくし)めも、真の女王様であるあのお方をこの世から消し去るは誠に惜しいとは思うておりまするが……任務とあらば果たさねばなりませぬ」
「……逆らおうとは思わぬのか?」
「はて」
 ジライは首を傾げた。
「そのような事、考えた事もござりませぬなあ」
「おまえ、上役に命じられれば何でもするのか?」
「はい。それが忍の道にござりますれば」
「………」
 老魔術師は忍者の白い顔を見つめた。
 この男には、徹底的に『執着心』が欠けているのだ。己が命を惜しまず、任務とわりきって愛しい女を手にかけようとしている。
(確かに、無私。そういう気性を『ムラクモ』は気にいったのか?)
 だが、この男は大魔王教徒だ。本来、聖なる武器に惚れられるはずがない。老魔術師は質問を変えた。
「おぬし、ケルベゾールドを信仰しておるのだろ?」
「はい、幼き頃より」
「熱心な信者か?」
「さあ? 仕事前には神像に祈りを捧げ、精神集中をいたしますが……」
「精神集中の為だけにあれば、ケルベゾールドの神像でなくとも良いのではないか?」
「かもしれませんなあ」
「おぬし、人を殺すのは好きか?」
 その問いに、忍者はにぃーっと薄く笑った。
「獲物を狩るのは楽しゅうござります。その死骸を辱め、二親(ふたおや)にも見せられぬ姿に堕としめるのも痛快」
 話を聞けば聞くほど、大魔王教徒にふさわしい残忍な側面が窺えた。しかし、それは……
「我が二つ名を、比類なき恐怖の名として世に広めることこそ我が望み」
「二つ名? その名を問うてもいいか?」
「………」
「言えぬか?」
 忍者は、苦笑を漏らした。
「いえ。放っておいても、暗殺後に、女勇者を倒した者の二つ名は世に広まるでしょう。我が二つ名は『白き狂い獅子』にござります」
「『白き狂い獅子』?」
 カルヴェルは眉をしかめた。
「その名は耳にしたことがあるぞ。昔、ランツらとジャポネを旅していた頃に。白装束の忍で、忍の里一の手練れとの噂であったが……」
「それは初代『白き狂い獅子』にござります」
「ほう」
「里一番の剣の使い手……(わたくし)め剣の師でありました。好まれた白装束ゆえの二つ名でしたが、陽動・騒乱の時はともかくも、師匠(せんせい)とて、そうそう目立つ白い忍者服は着られなかったのですが」
「よいのか、そんな事まで話して。里の秘密に関わらんのか?」
「心配ご無用。既に鬼籍に入られたお方の話でございます」
 忍者は昔を懐かしむかのように、瞳を細めた。
「『白き狂い獅子』の異名は師から頂戴した、私の宝。名を辱めぬよう、今日まで生きてまいりました」
「おぬしは二代目『白き狂い獅子』か………」
 残虐な行為に走るのも、二つ名を高める為。
(亡き師への忠義か……)
「『ムラクモ』はいつ手に入れた?」
「幼き頃に。我が師はたいそう刀剣がお好きな方で、東西の名刀を収集なさっておいででした。その中のご自分では扱えぬ武器を、たまに剣の才のある者に貸し使えるか試される事があった。幼き日、鞘に入った刀を渡され、抜けと命じられました。抜けと命じられたから抜いたまででござったが……その刀、里の誰も鞘から抜けなんだ名刀だったとかで、師匠(せんせい)(わたくし)を正式に内弟子として引き取って育ててくださったのです、白子の異形を……。里一の剣の使い手の弟子となって今に至っております」
(抜けと命じられたから、抜いただけ……か。まさに無欲。表面は邪悪に染まりきっておるが、こやつの真の心は何ものにも犯されていない、幼子のように清いままじゃ。暗殺者としての役割を与えられたから、その役割の中で、刹那、刹那を生きている……そんな感じじゃな)
 この男が『ムラクモ』に気に入られた理由も得心がいった。恬淡で亡き師への忠義に生き、忍に徹しているがゆえだ。又、己が技量の高さに拘るのも、一流の忍として師より継いだ二つ名を高めたいが為。我欲からでは無い。
 老魔術師は、うむうむと頷いた。そのまましばらく黙っていると、忍者が遠慮がちに尋ねてきた。
「カルヴェル様……少々、ご指南いただいてもよろしゅうございますか?」
「何じゃ?」
「何ゆえ、我が性癖を見抜かれました?」
「何で女王様趣味と気づいたか、か? 簡単じゃ。おぬしほどの手練れが、あの晩までに六度セレスに挑み六度撃退されておったと聞けば、ピンとくる。わざと負けて、セレスにわざと殴られ蹴られておったのだと、な」
「なるほど」
「初回から変身しても良かったのじゃが、それではおまえもつまらなかろうと思い、好みを探らせてもらっていた。最初、わし、ただ撫でまわしておったろ? あれは愛撫ではなく、肌を確かめておったのじゃ。過去どれほど鞭で打たれたか、蝋燭や針は好きか、縛り方の好みはどうかと、肌を触って確かめておったのじゃ」
「触っただけでわかるのか!」
「おおざっばにじゃがの」
 老人はホホホと笑った。
「治癒魔法で傷自体は消せても、魔法の痕跡は残る。探ろうと思えば探れる。初回で肌の荒れ具合を調べ、二回目で愛撫を加えて反応をみたのじゃ。筋肉の収縮、緊張、汗腺の具合など、など。それだけやれば、まあ、だいたいわかる」
「………」
 忍者は深々と頭を垂れ、老人に対し平身低頭した。
「参りました……この勝負、完全に(わたくし)の負けにござります。色の道において、我が上に立つ者なしと豪語しておったのは、思い上がりにございました」
 老人は、ホホホと愉快そうに笑った。
「わしとランツの伝説が虚偽とは、もう言わぬな?」
「はい」
「ならば、良い。許してやろう」
「カルヴェル様」
 忍者は頭をあげた。
「赤毛の傭兵との会話、聞かせてもらっておりました。聖なる武器をコレクションなさっておられるとか……あなたが『ムラクモ』と呼ばれる我が刀も、聖なる武器だと、以前、おっしゃいましたな?」
「うむ」
「なれば……勝者の特権にございます。ご所望とあらば、我が刀、差し上げましょう」
 惜しげもなく忍者は、そう言う。その裏に智謀知略もなく、ただ、淡々と。
 カルヴェルは、何事にも執着しない忍者の心を哀れに思った。今ではこの男に好意すら感じている。
 けれども、この男には死んでもらうのだ。セレスの成長の礎として、セレスに斬られてもらわねばならない。その為に、あの晩、見逃し、こうして再び接触したのだ。
 カルヴェルはいつも通りのニコニコ笑みで、忍者の申し出を断った。『ムラクモ』を持つ強敵を討ってこそ、セレスは成長する。今、貰うわけにはいかない。
「『ムラクモ』はおぬしを気に入っておる。絆を引き裂いては申し訳ない。おぬしの死後であれば遠慮なくいただくが、の」
「結構にござります。では、そのように。どうせ、(わたくし)は長くは生きませぬ。近いうちに、我が刀、あなたのものとなりましょうぞ」
 カルヴェルは眉をしかめた。厭世家の一言では済まされぬほど、妙に達観している忍者を見つめながら。
 しかし、セレスの師として、この男を死へと誘う提案をしないわけにはいかなかった。
「のう、ジライ、一カ月ほど休戦してくれぬか?」
「休戦?」
「以後、一カ月、セレスを襲わないでもらいたい。セレスの暗殺を一カ月待ってくれるのならば……わしは手を引く」
「手を引く、とは?」
 老人はホホホと笑った。
「セレスが危機に瀕しても、わしは助けんという事じゃ」
「……まことに?」
「うむ」
 老人は頷きを返した。
「厩よりおぬしも見ていたであろう? わしは従者どもに、聖なる武器を貸した。あやつらは強くなるぞ。セレスもシャオロンも一カ月あれば見違えるほどに成長しよう。おぬしとて、易々と殺せなくなろう」
「なれど、あなたと戦うよりは、一カ月後の勇者一行を敵にする方が遥かに楽……ほんによろしいので?」
「二言はない」
「ならば、承知。(わたくし)と配下は、一月の間、勇者一行を襲いませぬ。里の他の者が、或いは女勇者の命を狙うやもしれませぬが、(わたくし)は関与いたしませぬ」
「おぬしさえ攻めてこなくば、それでよい」


 カルヴェルは、ジライが染め粉で顔や首、手を染める様を見学させてもらった。忍者装束の時も日中は顔と露出する指先は染め粉で染めねばならないと、忍者は苦笑を漏らした。特殊な染料なので濡れただけでは色が落ちず、専用の洗浄液で落とすのだそうだ。
 ジライは変装用のサムライの着物を着て、黒の束髪のカツラをつけ、腰に『ムラクモ』と脇差をさした。
 魔術師の黒のローブをまとい杖を持ったカルヴェルは、にこにこ笑いながら忍者に頼んだ。
「『ムラクモ』、抜いてみてくれんかの?」
「承知」
 腰をやや低くして抜刀の姿勢となり、サムライ装束の男は鯉口を切るや刀を抜き、素早い所作で風を切り空を裂き、最後に正眼に構えた。
 その冴え冴えとした美しい刀身には、赤黒い文字が刻まれていた。振れば雨が降る神秘の力を、忍者は普段、邪法で封じている。『目障りだ』と言って。邪法は魔の力。主人より魔がもたらす辱めを加えられても尚、『ムラクモ』は忍者を主人と認め力を貸している。
 対する『勇者の剣』とセレスの仲は最悪。『ムラクモ』と忍者に勝つのは困難であろうが、成し遂げてこそ勇者の資格があるというものだ。
『ムラクモ』を見つめながら、カルヴェルは尋ねた。
「おぬし、その刀の名、知らぬようであったな?」
「はい。我が剣の師匠は、欲しい武器を片っ端から盗み、山のように収集なさってはその辺に適当にしまいこまれて忘れてしまう……その、おおらかといいますか、そういう方でしたので、師匠(せんせい)のコレクションの大半は、名無しにございました」
「もったいないのう、『ムラクモ』も名なしにされたか」
「ですから、(わたくし)はこれを得た時、自ら名をつけました」
「何と?」
「……小夜時雨(さよしぐれ)
「良い名じゃ」
 褒めると、忍者ははにかんだような笑みを浮かべた。
「良い名をつけたかった。小夜時雨(さよしぐれ)(わたくし)の運命を変えてくれましたゆえ。これと出会えねば、白子の(わたくし)はくだらぬ者の配下に置かれ………とうに死んでおったでしょう」
 忍者は愛しそうに刀を見つめた。しかし、深い愛情を抱いている刀ですら、この男、さきほど、躊躇なく譲ると言っていたのだ。
(この男、できれば殺したくないが……無理じゃな。忍以外の生き方をできんようじゃし)


 通りに出た二人は、右へ左へと別れ、互いに振り返らず道を進んで行った。


 次に、二人が出会うのは数カ月後の事であった……
『聖なる武器』 完。

次回は『死の荒野』。
舞台はジャポネからシャイナへ。荒野での死闘です。
+注意+
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