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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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龍神湖の試練 3話

 杖を頼りに佇む老魔術師は、にこにこ笑っていた。生死のやりとりをしているこの場にふさわしくない、楽しそうな笑みだ。
 忍者は舌打ちを漏らし、刀を引いた。老魔術師の前には目に見えない結界がある。刀による物理攻撃も、刀の放つ神秘の水も、結界に阻まれてしまった。
 殺気どころか敵意すら無い老人。相手を探るように見つめつつ、ジライは気を高め、忍法を放った。
「忍法、(いかずち)の術!」
 天を裂き、老人へと、雷が落ちる。しかし、それも、目に見えぬ障壁に阻まれ、四散する。遅れて響く雷鳴が、ジライの耳にはむなしく聞こえた。
(こやつ………出来る)
「そこの忍者」
 ホホホホと笑いながら、老人は杖を持たぬ左手でジライの刀を指さした。
「その刀、どこで手に入れた?」
「………」
「それは『ムラクモ』、正式名称は『アメノムラクモ』じゃ。太古のジャポネで、邪龍の尾より生まれ、英雄の手に渡り浄化された武器………つまりは、聖なる武器。この国のミカド(皇帝)より三代目勇者の従者のサムライに下賜され、代々、サムライの家に受け継がれておったはず。なにゆえ、おまえが持つ?」
「………」
「ダンマリか?無口じゃと、友達ができんぞ」
「………名を伺いたい」
「わしか?わしはカルヴェル。セレスの魔法の師じゃ」
「ほう」
 忍者の黒の瞳が妖しく輝いた。
「ご高名はかねがね………勇者ランツと共に、さまざまな場所で珍しい伝説を残されたお方でしたな」
「ほほう。見たところお若そうじゃが、わしとランツの伝説を知っておるのか」
「………あなたとは、お手合わせいただきたく思っておりました。伝説は、しょせん伝説。人の言の葉ほどうつろいやすく、流されやすきものはござらぬ。誇張され膨れ上がった醜き伝説を、我が技術(テク)をもって木端微塵に打ち砕きたいと………ずっと思っており申した」
「ホホホ、気骨のある奴じゃのう。気に入ったわい、名は何と?」
「………東国忍者ジライ」
「ジライか。覚えておいてやるぞ。じゃから、今宵は、わしの顔を立てて、引いてはくれんかのう?」
 にこにこにこと、老人は笑っている。
「それとも、今、わしとやり合うか?」
「………」
 フンと息を吐き、忍者は刀を鞘に収めた。
「………いた仕方ござらぬ。今宵は、あなたのお顔をたててしんぜよう」
「すまぬのう」
 ジライは己の実力を心得ていた。いかな彼でも、たった一人で、しかも、無策の状態では、大魔術師を敵に回して勝ち目はない。この場でジライにとどめを刺さぬ老人の意図はわからなかったが、相手が見逃すというのなら、それに乗るべきだろう。
 忍者は横目で、今宵、殺すはずだった女性を見つめた。
「それでは、女勇者セレス殿………次にお会いする時は、あなたと戦いたいものですな」
 ジライはまず遠方を見つめ、口笛を吹いた。それから、二人に背を向け、両手で印を結び、気を高める。
「忍法、わたつみの術!」
 ジライの周囲から水が生まれて波となり、彼の前を塞ぐ火を消し去ってゆく。波は火をのみこみ、しばらくして草原より消え失せた。
 尚も燃え盛る炎の向こうから、地響きを立て、大岩のような一つ目鬼が駆けて来る。巨大な棍棒を左肩にかついで。
 忍者ジライは刀を素早く抜刀し、刀から飛び散る神秘の水で鬼の進むべき道を作ってやると、跳躍した。鬼の頭をまたぐ形で、その肩に飛び乗ったのだ。ジライを乗せたまま、鬼は炎広がる野原を駆け、樹海を目指し走り去って行った。


 去りゆく忍者を眺めていたカルヴェルの背後より、しゅんとした声がかけられた。
「ありがとうございました………お師匠様」
 カルヴェルは、やれやれと肩をすくめると、振り向きざまに杖で弟子の頭を軽く叩いた。
「セレス、おぬしは勇者じゃ。これしきの事で泣いてはいかん」
「………はい」
 支えきれぬ『勇者の剣』を地面に刺して、セレスはうつむき、両手で顔を覆っていた。
「悔しいか?」
「………はい」
「ならば、精進せい」
「………はい」
 しゃくりあげ、声を震わせながら、セレスは魔法の師に願いを伝えた。
「お師匠様………野原の火を………消してください………おねがいします」
「うむぅ」
 カエルヴェルは首を傾げた。今、老人と女勇者は下界から遮断された結界の内にいる。この内にいる限り、炎で焼け死ぬ事も、煙にまかれる心配もない。
「このままじゃ………火災が広がって………社も森も」
「社は燃えぬ。あそこは龍の結界に守られておるからの。まあ、これしきの火事、雨を呼べばすぐにも消せるのじゃが………しばし待て」
「………なぜ?」
「消火役をわしが奪っては、シャオロンが嘆く」
「え?」
「顔をあげて見てみよ。シャオロンの晴れ姿をのぅ」
 セレスは涙で濡れた顔を急いでぬぐって、顔をあげた。
 遠方に………
 すばやく動く小さな体があった。
 左腕につけた黒の小手から爪が伸びている。手首から手の甲を覆い更に指の先まで、細く長い爪が五本、銀色に光っている。腕の半分もあろうかという長さだ。その爪を一振りすると、水が舞う。先ほど、忍者が振るっていた『ムラクモ』のように。シャオロンが拳を振るう度、野原の炎が消えていった。
「『龍の爪』を装着し、精神を集中すれば、雨を降らせ、竜巻を呼べるはずなのじゃが、うまくいかんようじゃのう。まだまだ修行が必要じゃ。後もう少し待っても竜巻が呼べなんだら、わしが火を消そう」
「シャオロン………すごいわ………龍の試練を乗り越えたのね」
「ホホホホホ、神主の奴、大甘の採点をしておったわ。炎が広がった時、シャオロンは勝負を捨てて、社のそばの火を消しに走ったのじゃ。あそこが結界に守られておる事も、いかなる攻撃にさらされても滅びぬ事も知らずに、の。尊き龍の社を必死に守ろうとするシャオロンに、神主はいたく感激しておった」
「それで、『龍の爪』を………え?」
 セレスは驚いたように、師を見つめた。
「お師匠様………なんで、そんなこと知ってるんです?」
「決まっておるわ」
 老人は愉快そうに笑った。
「『勇者の剣』を返してからずっと、千里眼でおぬしらを覗いておったのよ」
「なんで………?」
「アフター・サービスじゃよ。『勇者の剣』が心を入れかえ大人しゅうなったか気になっての。で、どうじゃ、重さは?」
「………どんなに重くなっても、男の方を担いでいるくらいの重さです。それ以上には重くなりませんでした。でも………」
 セレスの頬を涙が伝う。慌ててぬぐっても、後から後から、涙がこぼれ落ちる。
「『勇者の剣』が飛んで来てくれた時には、本当に軽かったんです………空気みたいに………だから、私」
「これ、これ、セレス、泣くでない」
 女勇者の頭を、カルヴェルは笑いながら杖で小突いた。
 セレスは涙で濡れた顔で、魔法の師匠を見つめた。
「おねがいです………お師匠様………私と一緒に来てください………私じゃ………女の私なんかじゃ、勇者は務まりません。『勇者の剣』やお師匠様が守ってくださらなければ、私………死んでました。私じゃ駄目なんです!」
 感情を昂らせ、わーっと声をあげてセレスは泣いた。
 悔しくて………みじめで………心細かった………
『勇者の剣』を振るえぬ勇者である事が………
 不安にうちのめされた女勇者に対し、老人はのんびりと答える。
「前に言うたはずじゃ。わしを仲間にしたかったら、わしをうならせるセクシー・ポーズをせよ、とな。お色気も満足に見せられぬ嘴の黄色いひよっこでは、わしを意のままにできぬぞ」
「ふざけないでください!今は世界の危機なんですよ!大魔王が復活したんです!このままでは、人の世界は魔族に滅ぼされてしまいます!どうして………どうして、お師匠様は戦わないんです?おじい様と一緒に大魔王を倒した英雄なのに………どうして、私を………助けてくださらないんですか………?」
「わしは英雄などではない。わしは、今も昔も、世がどうなろうが構わぬ。わしさえ楽しければ、後はどうでもいいのじゃ」
「………嘘………」
「嘘ではない。わしはの、ランツが面白い男じゃったから、共に旅をしただけ。一緒におれば退屈しそうにないと思ってな。それで、たまたま大魔王を倒してしまっただけなのじゃ」
「嘘っ!」
「わしはな、いい加減な男なのよ。正義の為なんて志は、爪の垢ほどもないわ」
「嘘ですっ!お師匠様は………お師匠様は!」
「おまえのような堅物に、わしは合わぬぞ。おまえには、ああいう奴の方がふさわしい」
 と、言って老人が指さした先には………
 小さくて頼りないながらも、ふらふらと渦を巻く竜巻が動いていた。火災を消す為に動いているはずのそれが、逆に炎に煽られ進路を変えてしまう。
 その竜巻を生み出した人物は………
 炎のそばで、目を回し、ひっくりかえっていた。体力の限界まで戦い続け、無理な精神集中を続けた為、気を失ってしまったのだろう。
「シャオロン!」
 セレスはわきめもふらずに走った。倒れている武闘家の少年のもとへと。武闘の素質が無いと言われ続け自分の非力さを嘆いていた少年は、見事『龍の爪』を手に入れ、使いこなそうと努力し………努力しすぎて気を失ったのだ。
(ごめんなさい、シャオロン………ごめんなさい)
 セレスは心の中で何度も少年に詫びた。気弱になっていた自分が、とても恥ずかしく思えた。
 走り去るセレスを見つめつつ、老魔術師は魔力を高め、雲を呼んだ。シャオロンの代わりに野原の火を消す為に。


 雨に打たれながら、セレスはシャオロンを抱え起こした。
「大丈夫、シャオロン?」
「………はぃ」
 かぼそい声の返事が返ってきた。セレスは胸が熱くなった。
「よくやったわね、シャオロン………偉いわ。本当に偉い………あなたは、立派よ」
 少年は嬉しそうに、弱々しく微笑んだ。
「ほう、凄いじゃねえか、シャオロン。オレが寝てる間に『龍の爪』を手に入れたのか」
 声の主はアジャンだった。神主の霊は離れたようだ。数時間の記憶のない彼は、セレスに説明を求めた。女勇者は、神主の事、龍の試練、忍者の襲撃を説明したのだが………憑依されていた間の記憶がない傭兵は、うさんくさそうな顔をするばかりだった。
「もういい。よくはわからんが、オレは風邪引いてぶっ倒れたんだろ?すげぇ悪寒と頭痛がしたのまでは覚えているぞ」
 と、あくまでも古代の神官に体を明け渡していた事実を認めないのだ。
 アジャンは衰弱しているシャオロンを見つめ、眉をしかめた。
「おい、ナーダはどうした?」
「ナーダ?」
 セレスはハッとして口元を押さえた。武闘僧は巨大な一つ目鬼と戦っていた。先ほど、鬼は忍者と共に樹海へと走り去っていったが………
「坊主なんてのは、仲間の具合が悪い時ぐらいしか働きどころはないんだ。さっさと呼んで来い」
「ナーダ………どこに………?無事なのかしら?」
「………ここに居ますよ」
 声のした方角に顔を向け、セレスとアジャンは驚いた。
 武闘僧は見るも無残な姿に変わっていた。右目の辺りが紫に腫れあがり、顔は青あざだらけ、唇に血の跡が残っていた。左腕をだらりと垂らしているのは、肩の骨が外れているからだろうか。
「ナーダ………」
「どうした、おまえ、ボロボロじゃねえか!」
「あ?ああ、癒すのを忘れていただけです」
「………痛くないの、ナーダ?」
「………痛くなんかありません」
「負けたのか、おまえ?」と、アジャン。
 武闘僧はカッと頬を赤く染めると、腰を落とし、怒りのままに右の拳を大地へと突き下ろした。地面は割れ、石が礫となって飛び散る。
「………負けたわけではありません」
 あの時………
『勇者の剣』がナーダの背から離れ、宙を飛んだ時、一つ目鬼は驚き、体勢を崩した。その隙を狙い、棍棒をはじき飛ばしたのだが………
 格闘戦になっても、優位に立てなかった。敵は力任せに拳を振るうだけなのに………勝てなかったのだ。
 手首、足首、脛や関節、喉に首筋―――人体の弱い箇所を攻撃しても、敵はまったく動じなかったのだ。指が折れ、右の手首がおかしな角度に曲がった後でさえ、気にせず、右手を使って力任せに殴ってきたのだ。
 気をこめて重い拳を放っても、駄目だった。一つ目鬼は口から血を吐きながら、にやっと笑う始末。痛覚が無いに違いなかった。
 いくら攻めても相手は痛みを感じず、ひるまないのだ。ナーダばかりがダメージをくらい、動きが鈍っていった。敵が戦いの中で、突如、耳を澄まし、走り去ってくれねば、どうなっていた事やら………
 だが………
「誤解しないでください!私は負けたわけではありませんから!」
 セレスはこくんこくんと頷いた。怒りのあまり声を荒げる武闘僧など、初めて見る。アジャンも、あっけにとられた顔をしていた。
「で?癒して欲しいのは誰ですって?シャオロンですか?今すぐ癒しましょう!」
「ちょっと待って、ナーダ!まずは、あなたよ!自分の怪我を治してちょうだい!」


 雨に打たれる四人を、少し離れた所から老魔術師が見つめていた。
 少しづつ成長していく彼等をほほえましく思いながら。


 一方………
 龍神湖からかなり離れた樹海の中で………
「泣くな、ダイダラ。我にみっともない顔を見せるな」
 忍者ジライが、溜息をついていた。
 武闘僧に外された関節や骨ははめてやった。だが、治療はそれで終わりではない。ダイダラの巨体に広がる打ち身に薬を塗ってやるのは、面倒な作業だった。
「後、痛いのは何処だ?指させ」
『あぁ』とも『えぇ』ともとれるはっきりしない声でうめき、ジライの義弟ダイダラは大きな指で背を指した。
「………ひどくやられたものだ。おまえがここまでやられるとは」
 戦闘中、ダイダラは忍術によって、視覚・聴覚以外の感覚を鈍らせ、外界からの刺激を断っている。その間は、熱さ、冷たさ、痛さを感じない無敵の体となるわけだが、ダメージは蓄積されており、術が解けた後の痛みは凄まじいものだった。
 単眼の鬼は、すがるように義兄を見つめた。
 知恵おくれで、この外見。その上、上役であった上忍に舌を抜かれ口がきけなくなった巨人………里の誰もがダイダラを蔑み、からかい、いたぶった。
 だが、ジライだけは違った。ずっと、昔からだ。ダイダラが子供であった時から、この義兄は何かと目をかけてくれた。頭の悪いダイダラに根気よく技を教えてくれたのも、彼だけだった。いつもなじるような冷たい言葉をかけてくるのだが、口調はやさしく、決して不当な暴力はふるわない。
「大魔術師カルヴェルが陰ながら女勇者を護衛してるとあっては、おまえと二人で戦っても勝てぬ。仲間を呼び、策を練ってから、改めてきゃつらに挑もう。ダイダラ、次もあのハゲと戦いたいか?嫌なら他の者をあてる。やりたければ、頷け」
 無情な命令しか与えてくれない他の上役と、ジライは違う。こんな風に意思を尋ねてくれる者は、他にいない。
 ダイダラは頷き、義兄をじっと見つめた。義兄のそばにずっと居て、義兄の期待に応えたかった。白く美しい顔に笑みを浮かべる義兄に褒めてもらいたい………
 その為には、命も惜しくなかった………
『龍神湖の試練』 完。

次回は『聖なる武器』。舞台はジャポネ。
カルヴェルの話です。
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