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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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龍神湖の試練 2話

 そこは音のない世界だった……
 光、届かぬ闇……
 しかし、魔族がもたらす闇とは明らかに異なる。透き通るほどに美しく、厳かな聖域であった。
 そこは湖の底……
 冷たく、深い、水の世界……
 闇の中に、大きなものが蹲っている。山ほどもある大きなものが。
 岩のようであり、滑らかな鋼のようであり、やわらかな雲のようでもあった。
 それは、半ば眠り、半ば目覚めていた。
 この世に水がある限り、それが眠る事はない。
 この世に光が差す限り、それが目覚める事はない。
 それが半睡し続ける限り、この国ジャポネは緑豊かな豊穣の国となる。
 けれども、それが真に目覚める時、この国は水中に沈む運命にあった。
 その(ことわり)を知っていた古代人は、龍の半睡を妨げる魔族を憎んだ。魔族は国を焼き、水を穢し、龍の怒りを呼ぶ。もしも、魔族が龍の聖域を穢せば、龍は怒りのあまり目覚め、その力を解放するだろう。
 古代人は龍を守る為に、魔族と戦った。
 龍は己の信奉者にその爪を譲った。爪に宿る邪を払う力で魔族を葬るべし、と。体より離れてもそれは、龍の一部であった。人がその爪を用いて邪悪を討てば、邪を払う心地よさは龍にも伝わる。龍は龍神湖で半睡しながら、人と共に邪悪を討てる事を喜んだ。それは、ケルベゾールドなる魔族がこの世に現れるよりも、西国に勇者が誕生するよりも遥か昔の事だった……
 やがて、時が流れ、龍信仰は廃れ、忘れ去られてゆく。西より伝わったインディラ教が国教となった為だ。龍神湖は聖域として守られたものの、龍を祭る部族は減り、龍神湖のほとりの社より神主は居なくなった。
 約三百年前の事だ。無人の社に心正しき者達が現れた。七代目勇者ロイドとその従者だ。彼等は西国を蹂躙していた火龍を鎮める力を求め、水龍の伝説の地へとやって来たのだ。魔を憎む彼等の心は龍と通じ合い、古の神主の霊をこの世に呼び戻した。神主は右手用の『龍の爪』を、従者の一人、シャイナ国の武闘家リンチェンに譲った。この世に邪龍が現れた時、必ずやその爪をもって邪悪を葬るという約束の下に……
 リンチェンもその子孫も、約束を守り、大魔王が復活していない時代であっても、魔族が邪龍を使役する折には、必ず『龍の爪』をもって邪龍と戦い滅ぼしてきたのだ。
 遠方の地であろうとも人が『龍の爪』を使えば、その戦いは龍にも伝わる。この三百年、武闘家一族の働きに龍は満足していた。
 けれども……
 先日、『龍の爪』の振るい手は殺され、爪を奪われた。爪を通し、薄汚い魔の息吹が常に龍に伝わる。龍は不快だった。このまま爪が魔族の元にあれば……いずれ、龍は己が誇りの為、真の目覚めに至るだろう。龍を恥ずかしめる愚かな魔族を滅ぼすべく、戦へ赴く為に。
 たとえ、この島国が海に沈む事となろうとも……
 戦わずにはおられないのだ……
 己の一部を取り返さない限り、安息はないのだから。
 しかし……
 人間が龍の代行をつとめ、愚かな魔族を討つというのなら、怒りを静め、半睡してもよい。
 左手の爪を与えるのにふさわしい者が存在するのなら……


 汝、魔を憎み、龍と共鳴し、戦えるか?
 汝、我が爪を己が爪とし、魔族を切り裂けるか?


 早めに夕食を終わらせたセレスとナーダは、社へと戻り、参道よりシャオロンとアジャンを見つめた。が、二人は同じ姿勢のまま、まったく動かない。シャオロンは静かに座禅を組み続け、アジャンも見守り続けている。
 やがて、ナーダは荷を置き、『勇者の剣』を外して、座禅を組んで瞑想を始めた。セレスも荷物を下ろしてたたずんでいたが特にする事もないので、あくびをしないよう気をつけつつ、シャオロン達を見つめていた。
 日が陰り、星が秋の夜空にきらめき始めた時……
 シャオロンがすくっと立ち上がり、東の森に向かい拝礼した。森の先には……龍神湖があるのだ。
 アジャンが満足そうに頷き、笑みを見せた。
「一ノ試練ハ終ワッタ。オマエノ心ニ、我ガ主ハ、オ喜ビダ。我モ、オマエガ左爪ヲ受ケ継グノニフサワシイ者デアル事ヲ期待スル。ツイテ参レ」
 滑るように進むアジャン。赤毛の戦士が近づいて来たので、セレスとナーダは脇によけ道を譲った。アジャンとシャオロンは石畳の参道を通り、鳥居を抜け、草原へと向かって行った。


 月と星の明りにのみ照らされる夜の草原。
 湖のほとりで赤毛の戦士は足を止め、少年へと向き直った。両手を上下に構え、両足を開き、ゆるやかに腰を落とす。
 対する少年も、拳を構えた。
「拳ニテ説得セヨ。オマエノ(ちから)ヲ我ニ示セ」


「おやまあ……第二の試練は、アジャンというか古代の神主さんと格闘をして、相手をうならせる実力を見せなきゃいけないみたいですよ」
 少し離れた場所から、ナーダとセレスは少年達を見つめていた。ナーダはその背に再び『勇者の剣』を背負っている。
「シャオロンがアジャンと戦うの?」
 セレスは口元を手で覆った。
「無理よ……勝てっこないわ! 大剣無しでも、アジャンの方が圧倒的に強いのよ! 腕力が違いすぎるもの!」
「まあ、対戦相手が私の体じゃなかっただけマシといえばマシですけど……多分、勝たなくてもいいんだと思いますよ。見たところ、あの神主さん、達人の域まで達していると思います。私でさえ勝てるかどうか。勝てなくても、拳を交わせばシャオロンの勉強になるだろうし、シャオロンの長所も相手に伝わるでしょう」
「シャオロンの長所?」
「素早さと心の正しさ、そして根性です」


 シャオロンは地を蹴って、続けざまに左右の拳をアジャンへと突き出した。
 赤毛の傭兵は掌で少年の拳を受け止め、回し蹴りを放たれても動じる事なく微かに身を引くだけでかわす。
 少年は休む事なく、体を沈め、相手の軸足を狙い、地すれすれに低い蹴りを放つ。
 けれども、それも、相手は跳躍して軽くかわしてしまう。
 少年は横転して相手との距離を開き、拳を構え直した。
 相手には全く隙がないし、正攻法で闇雲に攻めても技量の高い相手には通じまい。
 ならば、と、シャオロンはこの二カ月の間、アジャンより教わった戦闘法を思い出し、再び神主へと挑む。
 矢のように素早く相手へと迫り、拳が届く距離に達するや右拳を突き出すと見せかけて、その場にしゃがむ。相手が体勢を崩したところで、顎を狙い突き上げるように左腕を上げる。それも、又、身を反らせ、相手はかわす。すかさず、シャオロンは体を回転して右の肘を突き出した。
 相手の意表をつこうとする攻撃を、神主は薄く笑みを浮かべてかわしていた。
 攻撃の組み立ては稚拙、拳自体に威力はない。しかし、息を切らせずに連続攻撃をしかけられる体力・敏捷性には、才の片鱗が見られた。
 赤毛の傭兵の体を用い、神主は右拳を突き出した。体重ののったそれは、たったの一撃で少年を沈めかねない重い拳だった。
 すんでのところで、少年は身をかわした。
 この二カ月の間に武闘僧より教わった知識が役に立ったのだ。攻撃をしかける前に、人は必ず体勢を整える。拳にしろ蹴りにしろ、攻撃を放つ寸前に、筋肉が収縮する。相手の狙いを読み取り手足をどう動かすつもりなのか先読みしなければ、回避も反撃もできない。
 相手の動きの流れを読むのだ。
 神主が、拳を、蹴りを、繰り出してくる。ほんの少しかするだけで、皮膚が切れ、血が飛び散る。
 力量差は歴然。かわすだけで精一杯だ。
 このまま逃げ回っているだけでは、いずれは捕まってしまう。
 しかし、反撃に移ろうにも、相手には全く隙がないのだ。
 シャオロンは唇を噛みしめた。
 あきらめては……駄目だ。
 反撃の機会は、いずれ巡ってくる……
 シャオロンはセレスを思った。かよわい女性の身でありながら、『勇者の剣』の持ち手であるセレス。正義を信じ、邪悪と戦い続ける、美しく優しい強い女性(ヒト)……
(セレス様……オレも……オレも負けません!)


 アジャンの姿の神主の攻撃を、シャオロンは持ち前の素早さで必死にかわしている。
「シャオロン!」
 セレスは拳を握りしめ、体を震わせた。健闘はしているものの、シャオロンの敗色は濃厚だった。
 身を乗り出し、瞳を凝らし、セレスは少年の戦いに心奪われていた。
 それゆえ……
 殺気に気づくのが遅れた。
「セレス!」
 武闘僧がセレスの背後に飛び出す。彼が両腕を交差させて神獣の甲羅の装甲で弾き飛ばしたものは……巨大な卍手裏剣だった。人の頭ほどの大きさだ。
「忍者の襲撃です!」
 ちょうど夜空の月に大きな雲がかかり……
 暗い夜空の下ではおぼろげにしか見えなかったが……
 草原には何処から運ばれてきたのかわからなかったが、小山のように大きな岩が置かれていた。
 その上に、誰かが佇んでいる。
「女勇者セレス殿……今宵こそ、あなたをケルベゾールド神の御許に送ってしんぜよう」
 知った声だった。
「あなたは!」
 セレスはキッ! と敵をねめつけた。
「汚らしき魔王の使徒! 忍者ジライね!」
「………」
 武者震いなのだろうか? 岩の上の人影がぶるぶると体を揺さぶっている。
「……我が名を覚えられたのか」
「覚えるに決まってるでしょ! 襲撃の度に名乗ったじゃない! トイレとか女湯とか変な所ばかりで、私を襲って! あなた、変態なんじゃないの?」
「あああああああぁ〜」
 忍者はぶるぶると震えながら、己の胸に手を当てた。心臓の動悸を押さえるかのように。
「いかんな……つい、遊びたくなってしまう。じゃが、セレス殿、お名残惜しいが、今宵が最後ぞ。六度あなたにまみえてきたが(つまり、ダイダラが仲間に加わるとわかってから二回襲っているのだ、この男は)、七度目の今宵、あなたの命は尽きる」
 フフフと低く笑ってから、忍者は首を動かした。対峙している赤毛の傭兵と東国の少年を見ているのだろう。
「仲間割れとは好都合……きさまは一人の相手をすればいい。あそこのハゲの男、あれを殺せ」
 忍者は誰と話しているのだろう?セレスがそう思った時……小山が動いた。
「行け、ダイダラ!」
 ジライが佇んでいる岩が、大地を踏み鳴らし近づいて来る。
 ロック・ゴーレムか?と、セレスとナーダは身構えたのだが……
 雲が流れ、月の光が草原に注がれる……
 月の光に照らされたそれは……
 肩にジライをのせた、それは……
 一つ目の鬼であった。
 着物と袴からなる忍者装束に、肩までの乱れ髪の大男。その額には……角が生えているのだ。
 顔の真ん中にあるただ一つの大きな眼球をぎょろつかせ、それはセレスの太ももよりも太い右腕を振り回し、棍棒を振り下ろした。
 狙いは武闘僧だった。
 凄まじい衝撃に大地が揺れる。
 武闘僧は左へ女勇者は右へと跳躍してその攻撃を避けたのだが、二人が別れる事こそ敵の狙いだったのだ。
 ダイダラと呼ばれた一つ目鬼は、巨体のわりに動きは敏捷で、ナーダは敵の攻撃をかわして走るしかなかった。棍棒も人間の子供ほどある巨大なもの。いかに筋骨逞しい武闘僧でも、あの棍棒で急所を殴られれば骨砕けて絶命するだろう。
 ナーダのもとへ走ろうとしたセレスの前に、ふわりと忍者ジライが降り立つ。黒装束に覆面、背には忍刀(しのびがたな)。しかし、今までとは異なり、腰にサムライのように大小の二刀を差している。ジライの手は印を結んでいた。
「忍法、火焔の術!」
 中心にジライとセレスを置いて大きな円を描き、火が走る。
 忍者に操られた火が、野原の草を焼いてく。
 煙がのぼり、火の粉が舞う。
 セレスは周囲を見渡し、自分が炎の中に閉じ込められたのだと知った。炎と煙に阻まれ、視界がきかない。そばにいた仲間の姿すら見えない。
 炎は乾燥した草々を焼き、凄まじい勢いで広がってゆく。熱風に煽られ、セレスは顔をしかめた。
(シャオロン……アジャン……ナーダ……)
 仲間の身を案じる女勇者を、手裏剣が襲う。
 忍者は一度に数本の手裏剣を投げてくる。頭を狙う手裏剣は『虹の小剣』ではじき、可能な限り身をかわして攻撃を避けた。白銀の鎧に何度も手裏剣が命中する。頑丈な神聖防具を身につけていなければ、体中を貫かれているところだ。
 迫り来る手裏剣を『虹の小剣』ではじこうとして、セレスは気づいた。細い針にも似たそれには、小さな袋が付けられており、パチパチと火がはぜているのだ。
 弾いた途端、手裏剣に巻きつけられていた小袋は爆発した。
「きゃあ!」
 爆発の威力は小さい。むしろ、その衝撃と音にセレスは驚いたのだ。『虹の小剣』がセレスの手より、宙に舞った。
「お覚悟!」
 丸腰となったセレスに、忍刀が迫った。


 走りながら印を結び、武闘僧ナーダは巨人に向かって浄化の魔法を放った。
 けれども、単眼の鬼は全く動ぜず、棍棒を振り回してくる。何のダメージも受けていない。
(嘘でしょ! こいつ、魔族じゃないんですか! こんな人間離れした外見なのに!)
 両手を高々と上げてた交差させ、頭を狙い振り下ろされた棍棒を腕の装甲で受け止める。しかし、我が身を支えきれず、勢いのままにナーダは後方へ弾き飛ばされてしまった。
 武闘僧はよろけながらも、すばやく体勢をたて直した。止まっていては棍棒の餌食となる。
 棍棒を避けながら、ナーダは『麻痺』の呪文を詠唱した。『麻痺』の魔法が完全にかかれば、敵は全く動けなくなる。魔法耐性の高い人間相手でも、手足を痺れさせ、動きを鈍らせる効果はある。
 ところが……
 棍棒の動きに、全く変化はなかった。
『眠り』へと誘う魔法も、『敏捷低下』も、『攻撃力低下』も、かからない。弱体魔法が全てはじかれてしまう。
 神聖防具を身につけているようにも、魔法で結界を張っているようにも見えないのだが……
(こいつ……本当に人間なんですか……?)
 大柄なナーダよりも一回り大きな巨体。単眼、そして、額には角……
 一つ目鬼が力まかせに振り回す棍棒に、ナーダはなす術がなかった。腕や脚の神聖防具をもってすれば棍棒を受け止める事はできるのだが、体がその衝撃に耐えられないのだ。はじき飛ばされ、押しやられ、転ばされてしまう。
(この私が……)
 インディラ寺院一の武闘の才を誇り、怪力を自慢していた彼が……敵に良いように翻弄されている。屈辱のあまり、武闘僧の顔は紅潮した。
(この私が負ける? 冗談ではありません!)
 一つ目鬼が振り下ろした棍棒が、何もない空に弾かれる。巨人は続けざまに、棍棒を振り下ろした。が、全てナーダに届かない。目に見えない壁が、二人の間にあるのだ。
 ナーダが結界を張ったのだ。
 重い攻撃も、魔法の障壁の前には無力。結界魔法は不得手だった(シャオロンの村の火災を消した時も、村全体を覆う結界は十分足らずしかもたなかった。範囲が広くなるほど、持続時間も短くなる)が、一時間はゆうにもつ。結界の内に籠っていれば負傷も敗北もない。
 しかし……
 巨人は単眼を大きく見開き、鼻の穴をひろげ、棍棒を振りかざし、振り下ろす。何度も、何度も。武闘僧に当たるまで、ひたすら同じ攻撃を続ける気なのだ。
 何の工夫もない、力まかせの攻撃……武闘の素人の動きだ。
 そんな人間を相手に、亀のように結界の内に籠ってやり過ごすなど……インディラ(いち)の武闘僧のとるべき道ではない。
 許されるのは勝利のみ。
 己の『敏捷性』『攻撃力』『防御力』を上昇させる強化魔法を唱え終えると、武闘僧は結界を解いた。魔法で能力を向上させての格闘も本意ではなかったが、敵が物騒な獲物を持っている以上、勝つ為にはこれしかない。
 素早さが増したナーダの動きに、敵の反応が遅れがちとなる。ナーダは敵の懐に飛び込む機会をうかがっていた。だが、その機会を、自分の背のモノがもたらしてくれるとは、彼も予想だにしていなかった。


 凄まじい金属音が響く。
 忍者ジライは後方に跳び退り、手に握っていたモノを投げ捨てた。刃が折れ、武器としての役目を果たせなくなった忍刀を。
 女勇者セレスは、巨大な魔法剣『勇者の剣』を構えていた。忍刀で斬られる寸前に『勇者の剣』を呼び寄せ、大魔王さえ葬れるその凄まじい威力をもって、ジライの愛刀を折ったのだ。
 忍者は瞳を細め、覆面の下に笑みを浮かべた。
「面白い……やはり、勇者はこうでなくては、な」
 そして腰を低くし、右手で大刀の柄に手をかけ、左手を鯉口にそえ、立居合(たちいあい)の姿勢をとる。
 セレスは『勇者の剣』を構え直した。今、大剣は空気のように軽い。持っている気すらしない。敵が素早い抜刀術で仕掛けてきても防げるだろう。
 赤らかに燃える炎に照らされ、対峙する二人……
 じりじりと足の裏をするように進み、忍者が距離を詰めてくる。
 周囲の炎の勢いは強い。煙が流れてきて目が痛く、セレスは咳が堪えられなくなっていた。だが、忍者から目を離してはいけない。不用意に仕掛けるのも危険だ。
 炎が燃え上がる。
 忍者がゆっくりと距離を詰めてくる。煙にまかれても苦しくないのか、呼吸に乱れはなく、焦りもない。
 ()れているのは、むしろ、セレスの方だ。炎にまかれる恐怖もあるが、仲間の身が心配だった。龍の試練を受けているシャオロンと、神主に体を渡しているアジャン。戦闘中だった二人は、この襲撃と火事でどうなっただろう?一つ目鬼に襲われていたナーダは?
 ジライとの距離はまだ開いている。
 先に仕掛けては()が悪いとわかっていたが、肉体的にも精神的にもセレスは限界に近づいていた。じきに呼吸ができなくなる。敵を倒し、『勇者の剣』をもって燃え盛る草を払わねば、焼死してしまう。
(勇者の剣、お願い、力を貸して。眼の前の敵を倒して、みんなを助けなきゃ!)
 セレスは剣を構え、ジライの元へと走った。
 敵が覆面の下でほくそ笑んでいるとも、気づかずに。
『勇者の剣』を振りおろし、敵を両断しようとした刹那、斬り裂くべき目標が消え失せる。
 忍者は素早い体術で体をずらし、横に跳んで攻撃を避けると、風のように走り抜刀した。セレスの首を斬りはねるべく。
 しかし、ジライの刀が女勇者に触れる前に、刃が彼の企みを阻む。
「む?」
『勇者の剣』だった。
 セレスは柄を握っていない。ジライを斬りそこねた姿勢のまま、女勇者は手を下方に向け何もない(くう)を掴んでいる。『勇者の剣』は宙に浮かんでいた。
 魔法剣が自らの意志で動き、持ち手を守ったのだ。
 ジライの刀と『勇者の剣』は、互いを押し合ったが、両者譲らず、距離は縮まらない。ジライの刀は刀身に、赤黒い模様がついていた。セレスには読み取れなかったが、それは魔族と契約する者のみが知る言葉……邪法を誘う血文字であった。
 急ぎセレスが『勇者の剣』を握る。すると、ジライは力負けをした。忍刀の時とは異なり刀が折れる事こそなかったが、『勇者の剣』の威力に屈し後方にはじかれてしまう。
「チッ!」
 倒れる前に両足をついて地をする事で勢いを殺し、忍者は踏みとどまった。
 セレスは剣を構えた。が、不用意には仕掛けられない。ためらいを見せる彼女に、忍者は覆面から侮蔑の眼差しを覗かせた。
「剣に守られ、剣ゆえに命を拾うか……しょせんは、おなごか」
「何ですって!」
「悔しいのか? なれば、同等の武器を持つ者に勝ってみせい」
 忍者は右手でのみ刀を構え、左手で素早く印を切って気を高めた。忍法を放たれるのか? と、セレスは警戒した。しかし、忍者は高めた気を全て、己の刀に向けた。
「解呪」
 刀身が光り輝き……
 血文字が消え失せる。
 曇り一つない、冴え冴えとした刀を握り、ジライが宙を一文字に切る。
 セレスは我が目を疑った。忍者の刀から水が飛び散ったように見えたからだ。
「こやつ、振る度に雨が降るのよ。目障りなので邪法にて水を封じておるのだが、これは封印しておっても充分そこらのナマクラ刀よりも強い。しかし、解呪した後にこそ、真の力を発揮する……おまえに防げるか?」
 迫り来る忍者。
 セレスは、ジライの刃を『勇者の剣』で受け止めた。
 その瞬間、ジライの刃が、岩を砕く波のような水飛沫をあげる。
『勇者の剣』はウォォォォォォンと異音をあげ……
 セレスの腕に重くのしかかってきた。
「え?」
『勇者の剣』の重量が男性一人分に戻ってしまったのだ。高々と持ち上げる事ができず、セレスは剣先を地面に落としてしまった。
 そこへ、ジライの刃が迫る。
 狙いは、鎧の無い頭部だ。
 斬られる!
 セレスは瞼を閉じた。
……しかし、幾ら待っても衝撃は訪れない。
 目を開いたセレスの前に……
 白の長髪、黒のローブの背があった。魔法で結界を張って忍者の刃を受け止めている、その魔法使いは……
「お師匠様!」
 当代随一の魔法使い、大魔術師カルヴェルであった。
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