仲間 1話
この話は『旅のはじまり * カルヴェル * 6話』で、大魔王の城に乗り込んだ後の話です。
何事もいき過ぎると毒にしかならない……
カルヴェル様を拝見していると、そんな気分になる。
一時間前、勇者一行は、大魔王の居城に乗り込んだ。
幾千幾万の魔の存在する魔の領域で、この世に現れた最強の魔族と戦うのだ。
熾烈な戦いが繰り広げられるであろうと予想していたのだが……
今は、たいへん、のどかだ。
やるべき仕事のない、退屈な行進が続いている。
瘴気に満ちた暗い闇。その果てもわからぬ黒く穢れた空間を、勇者一行は、ただ歩く。
浄化の気に満ちた光輝く結界に守られて、安全に。
「魔法の効果は万人にわかりやすい。自然界の力を利用し、空間を操り、時を司り、人体に影響を与えと……実にさまざまな形で世界に干渉できる。魔法使いの意志で、な。それゆえ、そこに神意が無くとも人の意志によって世界を改変できるのだと……そう思いあがる魔術師も多い。じゃが、魔法とて神の支配の下にある。というか、魔法こそが最も神魔の存在に左右されるものなのだ」
カルヴェル様が魔法講義を始められる。シャオロンから『すごいです、さすがカルヴェル様!』と、褒め称えられて、気をよくされたのだ。『いやいやわしなど大したものではない』と、最初は謙遜を装っていたが……
「魔法というのはの、無から有を作り出すものではない。神魔のおわす世界に満ちた力をこの世に誘導する行為が魔法であり、その媒介に人が用いるものが魔力なのじゃ」
我々の正面から迫り来る魔が消滅する。浄化されたのではない。カルヴェル様の生み出した青白い炎に飲み込まれた為に、消滅したのだ。再生すら不可能な速度で瞬時に燃やし尽され、憑依体を失ったが為に、今世から魔は消え失せたのだ。
「わしゃ、生まれつき魔力量が底なしゆえ、大魔法使いともてはやされておる。この世界に及ぼせる影響も大きい。じゃが、それは神魔の世界にあるものを拝借しているだけ……偉大なる神魔がおられねば、わしなどただのジジイとなる」
左手から迫る黒の気の集団へは、大波を向けられる。水自体が聖水であったようで、飲みこまれた途端、あらゆる魔が消えゆく。
「神魔が滅びれば、魔法はこの世から消滅する。魔法とは、その程度のものに過ぎぬ」
右手からの一団には風の魔法。炎の魔法と同様に、再生不可能なほどの早さで全てを千々に砕き、憑依体を奪う。
「神によって創られた人間には神の加護が満ちており、神の加護を厭うた者は神の御力の代わりに闇の支配を受ける。この世に存在する全てのものが神魔いずれかの眷族なのじゃ。現実しか見えず『神など居らん』という輩でさえも、神の庇護下で生きておる」
後方から押し寄せて来たものは、亀裂へと飲み込まれてゆく。大地に加護を願い、汚らしい魔を地上から消し去ってもらったのだ。
「人間は血と肉と魂からなるもの。だが、魂とはいかなるものか、未だ判明せず、宗教家や学者の間でもさまざまな論議がされておる。わしとても真実を知っているわけではないが、今までの経験より人の魂をこう考えておる」
左手の上空には冷気が渦巻いていた。空を飛ぶ魔族が次々と凍結し、床に落ちてゆく。おそらく、永久に溶けることのない氷であろう。魔族は憑依体とともに千年も万年も凍り続けるのだ。
「記憶・思考・感情・精神力・霊力・魔力・精気。その多彩な力の集合体が魂であり、そのどれかが特化する事によって人は異能化する。そうなのではないかと思う」
右手の上空の敵は雷に貫かれ、次々に消滅してゆく。ただの落雷ではない。怒れる神の御力を具現化した雷……神罰なのだろう。
「そうたとえば、霊力。霊力こそが最もわかりやすい神の祝福。霊力の有無は誕生した折には決まっておるゆえ、霊力の高い者は生まれながらにして神に愛されているのだといえよう。霊力が高ければ、この世の神秘が見え、神の声を聞け、神の心に触れられる」
非常識な方だとは充分、承知していたつもりだが……まさか、これほどとは……周囲の敵を、わざわざ、さまざまな種類の攻撃魔法で倒しておられる。全方位に同じ種類の魔法を用いればいいもの六系統の攻撃魔法を同時に御して……
「シャオロン、霊感体質のおぬしや、シャーマン体質のアジスタスフニルが、そうだ。二人ともその生来の力によって、この世の神秘に労せずして触れられる。神を身近に感じられる。霊力が宗教と結びがちなのはその為ではあるが」
魔族相手なのだ。普通なら、神聖魔法で浄化する。浄化の光に触れれば魔は消滅するのだ。それをあえて用いず、圧倒的な攻撃力で敵を粉砕するか、攻撃魔法に浄化の能力をこめて、戦っておられる。魔力の消耗も半端ないはずだが……カルヴェル様にしてみればこれらの魔法の無茶使いも微々たる魔力量なのだろう。
「信仰は、霊力が無くとも、精神力、殊に信仰心によっても成り立つ。見えず聞こえず話せずの三重苦でも、神を信じ敬う心さえあれば、神の奇跡をこの世にもたらせるのじゃ。のう、ナーダ?」
「何で、そこで私に振るんです?」
さすがにムッとする。大僧正候補でありながら、この世の神秘から遠い俗物である自らを私は恥じている。その劣等感を、ご存じであろうに。
「おぬしは信仰心が高いと褒めておるだけよ」
カルヴェル様がいつもの、あの耳障りな声でホホホと笑われる。
「神の奇跡は、激しい感情の爆発が神意にかなった場合にも発生し、強い精気つまりは命を捧げる事でも起きる。神の偉大な御力を、人は霊力・精神力・感情・精気で今世にもたらす事が可能なのじゃ」
周囲に攻撃魔法を走らせながら、カルヴェル様は我々の周囲に物理・魔法障壁を兼ねた聖なる結界を張ってくださっている。
「じゃが、はっきり言えば効率は悪い。奇跡はたいへん偉大なものではあるが、神のご意思でもたらされるモノじゃから、現状に即さぬ場合も多い。奇跡は神意によってなる。人の望む形では訪れぬ」
更に言えば、攻撃・防御を一人でこなしながら、探知の魔法で周囲の状況を探ってくださってもいる。この大魔王の城の最下層から上階へと通じる箇所を探ってくださっているのだ。
「魔法の利点は、人の意志を反映し、人の望む形で神魔の力を今世にもたらせる……その一点につきる。じゃが、神の掌で踊らされているという性質を忘れてはならぬ。世界を革命できる力を持つ大魔術師であっても、魔法を使う者は常に謙虚に神魔を敬うべきなのじゃ」
「やはり、そうきたな」
アジャンが舌うちをし、面白くなさそうに毒づく。
「ケッ! 自分こそが世界一と言うまで、随分、長いお説だったな」
我々勇者一行は、ただただカルヴェル様に守られ、その凄まじい攻撃力を見せつけられているだけなのだ。
魔族相手に戦いもせず、ただ、ボーッと。
この状況をアジャンが好ましく思うはずがない。
「いやいや。わしなど魔力が底なしというだけの無能者よ」
カルヴェル様が謙遜であるはずがない謙遜を言って、楽しそうにホホホと笑われる。
「未だにどこが上階への道かわからぬのじゃ。で、アジスタスフニルよ、どっちへ行けば良いと思う?」
アジャンが忌々しそうに吐き捨てる。
「このまま真っすぐだ」
「わかった。ほんに、おぬしの能力は素晴らしい。進むべき正しき道が無意識にわかるなどのう。しかも、その能力は生まれつき。神の祝福を受けて生まれたおぬしを、羨ましく思うぞ」
「うすら寒いこと言ってるんじゃねえ、ジジイ。生まれながらに膨大な魔力を持ってる奴が、寝言ほざくな」
「隣の芝生は青いものじゃ」
カルヴェル様があくまでもにこやかにおっしゃる。
「わしの霊力は、おぬしに比べ、お話にならぬほど弱い。アリと巨人。いや、アリと神ほども違う。万能な人間など居らぬ。皆、どこか欠けたる者なのよ」
こんな会話をしながらも、カルヴェル様はずっと六種類の攻撃魔法に結界の為の防御魔法に探知魔法を使い続けておられる。
まったく精神集中する事なく、魔力も高めずに、だ。
その能力を見れば見るほど……次元の違う方なのだと嫌というほど思い知らされる。
大魔王の城にのりこむにあたっては、可能な限りの準備をしていた。
先代勇者一行の時代のように大魔王が人間の中に潜んでいてくれるのならば、こちらの備えも簡単なもので済んだ。
だが、大魔王が自らの魔力で城を造っているとなれば、それ相応の準備が必要だった。大魔王の居城は、魔界に酷似した空間といわれている。次元通路も複数あるだろう。その中を生身で彷徨い、大魔王の玉座を目指すのだ、数日から数カ月かかる事は想像に難くない。転送魔法が使用不可な空間に迷い込んで中で餓死は、絶対避けたいところだった。
第一の準備として、勇者一行の生命維持に必要な携帯物を用意した。食糧は優秀な非常食の忍者丸(ガルバ達忍者の携帯食)と乾燥食で。水は数本の水筒を携帯させるのみで、『ムラクモ』及び『龍の爪』の使い手が武器より生み出せる聖水に頼る事にした。ちょっとした傷なら自分で治癒してもらえるよう救急医療箱を各自に持たせ、はぐれた時に互いの位置がわかるよう目印となる魔法道具を渡し、緊急時に自分の周囲に結界が張れるよう念をこめた護符も複数渡した。
第二の準備は、『勇者の剣』とセレスが力を振るいやすい環境を整える事にあった。ほぼ魔法素人であるセレスに魔法の種類や魔法使用時のコツを伝授するとともに、アジャンやジライを説得した。ようするに彼女を怒らせるなと忠告したのだ。二人ともその言動で時折、セレスを無闇に怒らせていたが、彼女が感情を昂らせすぎれば剣との絆が失われる恐れがある。大魔王戦の前には慎むようきつく注意した(忠告すると、『おまえこそ注意しろ、クソ坊主』とアジャンは私を睨んだ。が、私は大丈夫だ。いつも、意識してセレスに皮肉を言っているのだ、うっかり言ってしまう事はない)。
第三の準備は、私が倒れぬようにする事だった。セレスが『勇者の剣』から引き出せる力にはムラがある。無限の守護の力を発揮するかと思えば、何もしてくれない事もある。『勇者の剣』をアテにできぬ以上、唯一の魔法の使い手である私は死んではいけないのだ。生命及び魔力維持に必要な魔法道具・薬品を多数準備してきたのだが……
その全てが無駄な準備だったように思えてくる。
大魔王の居城に乗り込んでからは姿隠しの結界を張り、無駄な戦闘は避けつつ、アジャンの勘を頼りに大魔王の玉座まで向かおうと思っていたのに……
カルヴェル様のド派手な魔法に誘われて、次から次へと魔が群がって来る。それを、大魔術師様は小指の先でひねり、魔を木っ端のごとく散らせ、進みたい方角に進んでゆく。
もはや、隠密活動など不可能だ。
我々の侵入も現在位置も、敵に知られてしまっている。
けれども、それで問題が発生しているわけではない。敵を一掃して、順調に進んでいるのだから、文句のつけようはない。
ただ、暇なだけだ。
『勇者の従者としてきっちりと働いてやろう。城の下層部におる雑魚魔族は全てわしに任せよ。わしの魔法で、一掃してやるわ。おぬしら木っ端には構うな。大魔王戦に備え、体力を温存しておけ。大魔王戦は、今までの四天王戦とは比較にならないほど厳しくなるぞ。ナーダ、おぬしはわしと共に物理・魔法障壁を張る係じゃ。神聖魔法は使うな。負傷者がでた時の為に魔力はとっておけ。なにせ、わしゃ、あらゆる魔法が使える大魔法使いじゃが、回復魔法だけはへっぽこいからの。怪我人は、おぬしに任せる』
大魔王の居城に乗り込む前、カルヴェル様はそうおっしゃられた。
確かに、本番前に力尽きるなど、愚かしい。
カルヴェル様が露払いをしてくださるというのだから、そのご厚意に甘えるべきだろう。
『下層では結界もわし一人で充分』とおっしゃったので、その通りに何もしていない。
そして……
どんどん緊張感が無くなっていく。
大魔王の居城に乗り込む前までは、何時になく、皆、神経を張り詰めていた。
言葉にはしなかったが、『死』すらも意識し、晴れ晴れとした潔さをもって死地へ赴く覚悟を決めていたのだ。
けれども、今は……
楽観ムードが漂い、皆、何処かいい加減だ。
セレスやシャオロンは、カルヴェル様にただ感心するばかり。ジライもカルヴェル様にお追従を言って手を叩いていたりするし、アジャンは羅針盤の役目こそ果たすがそれ以外は何もしない。
大魔王の居城に突入したというのに、皆、武器を抜いていない。シャオロンのみ『龍の爪』を両手に装着していたが、入城前に装備していたものをそのままつけているだけだ。戦う意志はない。
なるほどと、妙に納得がいった。
カルヴェル様が勇者一行に今まで加わられなかったのは、正解だ。これほどの圧倒的な力を見せつけられては、人間やる気を失ってしまう。自分が百の努力をしてようやく成し遂げられる事を、カルヴェル様はそれよりも何万倍もの早さと正確さと威力をもって成し遂げてしまうのだ。カルヴェル様にしてみれば、眉を動かす程度のたやすさで。
非常識なまでに超強力な味方は、仲間の成長を妨げる。
旅の最初からカルヴェル様が従者となっていたら、セレスはカルヴェル様に頼りきってしまい、両手剣の精進にうちこまなかったろう。となれば、『勇者の剣』と心を一つにする事もなかったわけで……。
私にしても幾多の経験を通し精神を鍛えられる事もなく、結界魔法が苦手である事も気にせずに、ここまで来てしまったろう。私が働かなくとも、カルヴェル様が圧倒的な魔力をもって結界を張れるのだから。
カルヴェル様は『大人の判断』をもって、勇者一行に加わらずにおられたのだ。
今の状況はたいへん面白くないものだが、我々は大魔王ケルベゾールドを討伐する為にここに居る。
大魔術師様が従者に加わった事で、我々の生存率は格段にあがり、大魔王を無事に討伐できる可能性も高まった。
働くべき時がくるまで、教師に先導される子供の気分でついて行くしかあるまい。