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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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シャオロン奮戦す VSセレス 2話

「残念ながら、そのような魔法は知りませんね……」
「……そうですか」
 落胆の表情を浮かべ、少年はがっくりと頭を垂らした。
 宿に落ち着き夕食を終えた後だった、思いつめた顔の少年が武闘僧の部屋を訪れたのは。少年の目の下には隈ができ、少しやつれたようにみえる。寝不足なのだろう。
「……気になって眠れないのですか?」
 ナーダの問いに、少年は小さく頷きを返した。
「シャオロン、子供時分は程度の差はあれ、だいたい、皆、悪いものです。今は良くなくても、あと数年もすれば」
「数年なんて待てません!」
 少年はガバッ!と顔をあげた。
「オレ、今夜もセレス様と同じ部屋で眠るんです!オレ……オレ、もうどうしたらいいのか……」
「シャオロン……」
 武闘僧は少年の左肩に、そっと手を置いた。
「大丈夫です。本人が気に病み悩んでいる事も、案外、周囲は気にしていないものです。セレスだって、そんな事、気にしてないと思いますよ」
「オレが気になって気になってしょうがないんです!」
 少年は今にも泣き出しそうだった。
「助けてください、ナーダ様! 寝相ってどうすれば良くなるんですか? 今すぐ効果がある方法、教えてください!」


 ナーダは顎の下に手をそえ、うつむいた。
『寝相が良くなる魔法ってありませんか?』と、質問してきた少年の心情は理解できた。憧れの女性と同じ部屋で眠るのだ。寝乱れたみっともない姿を見せたくないのだろう。多感な少年時代にありがちな過敏な反応といえたが、相手は真剣なのだ。真面目に対応すべきだろう。


「眠りの機能は未だ不明な点が多く、解明できていない謎も多いのですが……睡眠と肉体が密接な関係にある事はわかっています。たとえば、真夏の夜に寝苦しさから何度も寝返りをうつとか、尿意が目覚めにつながるとか、大きな音に驚いて目を覚ますなんて事もありますよね。肉体の不快が眠りを浅くし、それが寝乱れる要因となる事もあります」
「えっと……?」
「つまり、ぐっすり眠っていないから寝相が悪くなるって事です」
「え?」
 少年は身をのりだした。
「じゃ、ぐっすり眠れば、暴れないってことですか?」
「一概にそうとも言い切れませんが、まあ、疲れきって泥のように眠る人間は、動かなかったりしますねえ」
「疲れきって眠ればいいんですね?」
「ええ。しかし、それだけではいけません。肉体が精神に影響するのと同様に、精神も肉体に影響を及ぼすからです。ストレスや不安を抱える者の眠りは浅くなりますし、悪夢に苛まれうなされれば寝乱れてしまいます。精神の充足も睡眠の安定には必要です」
「え? え? え?」
「……ようするに、やりたい事をやって満足して眠れば寝乱れる可能性は低くなるという事です」
「て、ことは」
 少年は両の拳を握りしめた。
「大好きなことやって疲れて眠れば、寝相は良くなるってことですよね?」
「何もしないよりは、その確率は高いかと」
「ありがとうございます! ナーダ様!」
 深々と頭を下げてから、少年は立ち上がりガッツ・ポーズをとった。
「オレ、お言葉通りがんばってみます!」
 勢いよく襖を開けて、廊下に出てゆく少年。
 その背を見送ったナーダは、糸目を細め、首を傾げていた。
 野宿での様子を思い出す限り、少年の寝相は悪くないように思える。
「まあ、環境が影響するって事もありますしねえ」
 野外では緊張している為、眠りが浅すぎて寝乱れずに済んでいるのか? 屋内で眠る場合でも、畳に布団では寝台とは異なり、落下の危険がない。開放的な環境が寝相に影響する事もある……のかもしれない?
 ナーダは首をひねった。自分の助言の効果の(ほど)は容易に想像できる。明日も少年は泣きついてくるだろうから、何か助言を考えておこう……と。


 少年が詳しい説明をしなかったので、武闘僧は完全に誤解していたが……
 寝相が悪いのは、シャオロンの方ではなかった。


 今夜こそ、セレスを寝乱れさせない!
 シャオロンは策を練った。


「昨夜の続きが聞きたい……?」
 シャオロンが頷きを返すと、女勇者セレスの顔はパッと華やいだ。
「いいわ! 喜んで!」
 その瞳は、嬉しそうにキラキラと輝いていた。


 忍者の襲撃に備え、護衛役としてシャオロンがセレスと同じ部屋で眠るのは三夜目。
 一畳分離して敷かれた二つの布団の上に、セレスとシャオロンは座っていた。荷物と白銀の鎧、『勇者の剣』は枕元に置かれている。
「昨日はどこまで話したんだったかしら?」
 セレスの声は浮き浮きと弾んでいる。
「初代勇者ラグヴェイ様が、ケルベゾールドを倒したところまでよね?」
「はい。従者の方々のその後もうかがいました。バラシン様はインディラ教を開かれ、マジャロ様はたくさんのお弟子を持ったんですよね」
「ええ、そうよ」
 セレスは、にっこりと微笑んだ。今夜も西国風のゆったりとした寝巻を着ている。
「じゃ、今夜は二代目勇者ホーラン様と従者の方々のお話にしましょう♪」
「はい!セレス様!ありがとうございます!」


 昨晩、なかなか寝つけずにいたシャオロンに、セレスは寝物語を語ってくれた。初代勇者ラグヴェイの冒険だ。
 七百有余年前。
 シベルア国王の体に、魔界の王ケルベゾールドが降臨した。大魔王ケルベゾールドは数多くの魔族を召喚し、国内を血に染め、他国を攻め、殺戮の限りを尽くした。
 ケルベゾールドは、古えより伝わる聖なる武器の攻撃すら効かない、不死身の魔王であった。魔族に蹂躙される暗黒の時代は四年続いた……
 荒れた国々を憂いていたエウロペの騎士ラグヴェイ。彼は、夢で荒野を彷徨い、死の危機を乗り越え、大地につきささった両手剣の元へとたどり着く。剣を鞘からぬいた瞬間に彼は目覚めるのだが、その枕元には、夢で見た通りの一振りの両手剣があった。彼の正義を愛し邪を憎む心が奇跡を呼び、エウロペ神より『勇者の剣』が下されたのだ。大魔王を滅ぼせる唯一の武器が。
 インディラ教の始祖バラシン、魔法使いの祖となったマジャロ。二人の従者の助けを得たラグヴェイは、大魔王四天王(ケルベゾールドの四人の腹心)と戦い、幾多の困難を乗り越えて、大魔王を倒して地上に平和をもたらしたのだった。
 最初は寝そべって話していたセレスも、やがて上半身を起こして身振り手振りを交えつつ、時には声を荒げ、時には涙声となりながら、少年に熱く語ったのだ。
 先祖の偉業を離すのが、嬉しくってたまらないというように。
 勇者とケルベゾールドが十二回戦ってきたことは知ってはいたものの、シャオロンは勇者についてあまり知らなかった。シャイナ出身の従者のお伽噺ぐらいならば知ってはいたが、歴代勇者の名前も、どんな従者がいたのかも、何処でどんな敵と戦ったのかも、討伐に何年かかったのかも知らなかった。
 幼い頃から『勇者の歴史』を習ってきたセレスは、学問所の先生では知らないだろう事まで、よく知っていた。
 セレスの初代勇者の話はたいへん面白かったし、セレスが楽しそうだったので、シャオロンも昨晩は楽しく過ごせた。


 けれども……


 今夜、話の続きをねだったのは、策なのだ。


 忍者の襲撃を警戒している今、疲れきって動けなくなってしまうまで運動させるわけにはいかない。
 ならば……
 同じ眠るにしても、限界ぎりぎりまで寝かさないようにする……
 それも、セレスに大好きな先祖の話を満足がいくまで語ってもらって………


 話し疲れて眠れば、ぐっすり眠るのではないか?


 今夜こそ布団の中で大人しく眠ってくれるのではないか?


 そう思っての作戦だった。


(ごめんなさい、セレス様……)


 満面笑顔のセレス。
 その上機嫌な顔を見ると、シャオロンは気がとがめた。


「初代ケルベゾールドには四人の腹心がいたでしょ?」
 セレスもシャオロンも布団には入っていたが、上半身は起こしている。まだ行燈の灯りもついたままだ。
「はい、大魔王四天王ですよね」
「ええ。初代四天王グラウス・ディウス・ゼグス・ウインゼは、ケルベゾールドから闇の聖書を与えられていたの」
「闇の聖書……?」
「大魔王の生み出した魔法は暗黒魔法とか邪法って言われるんだけど、闇の聖書にはその全てが記されているの。とても邪悪な忌むべき本よ。四天王はその本から邪悪な力を引き出し、さんざん悪事を働いていたってわけ。ラグヴェイ様に倒されるまで、ね」
「そうだったんですか」
「四天王の死後、闇の聖書は彼等の部下から他の者へと持ち手を転々としたわ。闇の聖書に邪悪な魔法がかけられていた為にね」
「どんな魔法なんです?」
「写せないのよ。書き写す事も、魔法で写す事もダメ。それどころか暗記した事を後で書くのすらダメなのよ。闇の聖書の内容を文字にしようとしても、書いた文字が全て消えてしまうの」
「へぇぇ」
「だもんだから、暗黒魔法の奥義を求める者は、何としても闇の聖書を手に入れないといけないのよ。だった四冊しか、この世に存在しない本を。仲間の大魔王教徒と殺し合って奪ってでもね」
「なんで写せないんです?」
「ん?」
「多くの信者が強い暗黒魔法を使えた方が、魔族に有利じゃないですか?」
「そうね……魔族は自分を信奉する人間にすら苦痛を与える事を好むって言うわ。大魔王は信者同士が争うのを見たかったんじゃないかしら」
「ひどい話ですね」
「その通りね。でも、大魔王教徒達が聖書をめぐって争ってくれていたおかげで、大魔王復活まで五十年の時が置けたともいえるわ。初代大魔王討伐から五十年後、闇の聖書を読み解いた神官が、生贄の体に大魔王を降ろす召喚魔法を完成させたの。その邪悪な魔法は、その後の大魔王復活にも使われ続けているわ」
「読み解かないと使えない魔法なんですか?」
「ええ。闇の聖書を手に入れただけじゃ駄目みたい」
「聖書研究に時間がかかるから、大魔王復活までいつも数十年間隔が開くんですね」
「そうなのよ。ユーラティアス大陸中の光の信仰神、つまりエウロペ教、ペリシャ教、インディラ教、シャイナ教、あと他にも少数部族の部族神なんかがそうなんだけど、神様達が信奉者に大魔王の復活を託宣したから、大魔王復活はすぐに周知の事実となったわ。でも、何処の誰が憑代となったかは告げられなかったそうなの。今世と同じね」
「今世もそうなんですか?」
「ええ。だから、私達、今、大魔王の憑代と本拠地を探す旅をしてるのよ……二代目勇者ホーラン様はラグヴェイ様の孫にあたられる方で、エウロペの聖騎士だったの。とても慈悲深く高潔な騎士で、今も聖騎士の鑑と称えられているわ。ホーラン様はエウロペ国王に暇乞いをして、家宝『勇者の剣』を背負って大魔王退治の旅に出ようとしたの」
「………」
「クリサニアを旅立とうとしたホーラン様の元に、二人の従者が駆けつけるの。インディラ教の僧侶マハラシ様と女魔法使いユーリア。ユーリアの移動魔法で二人はインディラから移動してきたのよ」
「へええ」
「マハラシ様はね、総本山の修行僧だったのだけれど、大魔王の復活後すぐに、山を下りられたの。それで、共に従者となる運命のユーリアを探し当てたのですって」
「え? どういうことなんですか?」
「エウロペ教風に言えば、神の啓示を受けて教え通りになすべき事をなしたって事かしら」
「?」
「そのへんの話は、ナーダの方が詳しいと思うんだけど……ようするに何となくわかっちゃって、その通りに行動したって事よ。マハラシ様は自分が勇者の従者になる運命だってわかってて、待っていれば仲間が通りかかるってわかってたから交通の要所に三日佇んで待って、同じ運命を持つ者を一目見ただけでわかって、勇者の元へあなたの移動魔法で行きましょうって、ユーリアを誘ったんですって」
「すごいですね! なんでもわかっちゃうなんて!」
 シャオロンは目を丸めた。
「インディラ僧って、みんなそうなんですか?」
「みんなじゃないけど、司祭様や祭司に神官や僧侶、巫女の中にはそういう方がいらっしゃるみたいね。神のご加護で真実を見抜く目をお持ちなのよ」
「ナーダ様もそうなんですか?」
「ナーダ?」
 セレスは眉をしかめた。
「どうかしら……?わからないけど……その手の神秘とは無縁そうに見えるわよね……変に俗っぽいところあるし。でも、大僧正候補なわけだし……?」
 セレスが首をひねって悩み始めたので、シャオロンは話を元に戻した。
「それでお二人はすぐに旅立たれたのですか?」
「あ?ううん、旅立ったのは、更に三日後よ。女魔法使いユーリアはね、大魔王退治の志を持っていたわけじゃないの。彼女の魔法の師オーウェンから、行方不明の彼女の兄弟子の捜索を命じられて旅をしていただけだったの。そこへ、見知らぬ僧侶から道端で『あなたと私は勇者の従者となる運命なのです、さあ、旅立ちましょう』って誘われてもねえ……信じられないわよね、普通。ユーリアは、マハラシ様を気味悪がって逃げ出しちゃったのよ」
「ありゃ」
「でも、姿隠しをしても相手は見破る、幻術にもひっかからない、『麻痺』や『眠り』も効かない、小距離の移動魔法を使っても追いついてくる……で、最後には根負けしたのよ。マハラシ様が『あなたの求めるものも同じ道にあります』って予言なさった言葉を信じたからかもしれないけど」
「へえ」
「ホーラン様は移動魔法で現れた二人の従者を歓迎し、共に東を目指したわ。そして、シルクドの首都ガダーラで二人の従者に出会ったの」
 そこで、セレスはあくびをした。
「……そろそろ寝ましょうか?」
「え! そんな!」
 シャオロンは慌てた。
「二人の従者ってどなたなんです? セレス様! どんな方々なんです?」
 身を乗り出す少年を見て、セレスは小さくふきだした。
「もう遅いから、灯りは消すわね。横になって体を休めましょ」
「でも!」
「はい、はい。寝ながら話すから♪」
 セレスは嬉しそうだった、少年が熱心に話をねだってくれるので。
 灯りが消え、部屋に闇が訪れる。
 セレスは静かに語り始めた。
「ガダーラで待ってたのは、一人はペリシャ建国王の弟シャダム様。シャムシール(曲刀)の聖なる武器『銀の三日月』の使い手の聖戦士よ」
「聖戦士?」
「魔法戦士よ。神聖魔法、攻撃魔法、弱体魔法、強化魔法、回復魔法が使えたそうよ」
「へええ」
「もう一人は、後に、北方バンキグの国王となられたゲラスゴーラグン様。戦闘用斧の聖なる武器『狂戦士の牙』の振るい手。大魔王の復活を憂いていたお二人は、ガダーラで勇者の到着を待っていたのよ」
「なんで、ガダーラで?」
「シルクドは、エウロペ、ペリシャ、シャイナ、インディラ、それにバンキグとも国境が接しているもの。昔から交通の要所だったのよ。五人はシルクドで暴れていた大魔王四天王のヘリドスを倒し」
「ヘリドス?」
 シャオロンは目をぱちくりとさせた。
「あれ?さっきの名前と違うような……?」
「さっき?」
「えっと、グラウスと……あと、なんだっけ、ディ……?」
「グラウス、ディウス、ゼグス、ウインゼ?」
「そう! それです!」
「グラウス、ディウス、ゼグス、ウインゼは、初代四天王よ。ホーラン様の時代の四天王は、ガーネ、ゼグス、ワンジュ、ヘリドスよ」
「え? 時代ごとに四天王って違うんですか?」
「ええ。その時、魔界で強い力を持っているものを腹心に選んでいるんじゃないかって言われているわ。初代ケルベゾールドの時代はナンバー・スリーだったゼグスは、ホーラン様の時代にはナンバー・ツーだしね」
「へー」
「ヘリドスは、女魔法使いユーリアの兄弟子の肉体を憑代にしてこの世に現れていたの。分離させる事ができなかったので、浄化するしか手はなかったんだけど」
「浄化?」
「神聖魔法や聖なる武器で、魔界との縁を断つ事よ。つまり、内なる魔族ごと、この世から消滅させてしまうって事。それが浄化よ」
「え……?」
 シャオロンの声が震える。
「殺しちゃったんですか……?兄弟子を?」
「違うわ。魔族の呪縛から解放したのよ」
「でも」
「……他に方法がなかったのよ」
 セレスは小さく溜息をついた。
「魔族に肉体を奪われた者は、魂を穢され続ける苦痛を味わうのよ。言語に絶する痛みだって、言われてるわ。ユーリアは兄弟子をその苦しみから解放してあげたのよ」
「………」
「兄弟子の肉体が消えた後に残った一握の塩を目にし、ユーリアは正義に目覚めるの。勇者と共に大魔王を滅ぼす事を心から誓ったのよ」
「………」
「ユーリアの悲痛な誓いに心を動かされたホーラン様と従者の方々は、そこで誓いをたて合うの。己の武器と名とそれぞれの神にかけて、仲間を信じ助け合って、地上に和をもたらそうって……」
「………」
「五人は心を一つにし、バンキグ、シベルア、シャイナ、ジャポネ、再びシャイナと旅し……二度目のシャイナで……」
「………」
「シャオロンも知ってるわよね?有名な話だもの……」
「……はい、知ってます」
「シャイナの古代遺跡でのケルベゾールドとの決戦のさなか……女魔法使いユーリアは魔に堕ちたの。勇者一行を裏切ったのよ。ケルベゾールドに挑んだホーラン様を幻影で騙し、窮地に陥っていたケルベゾールドを助け、移動魔法で共に逃げたのよ」
「……なんで魔に?」
「わからないわ……本当に何の前触れもない、突然の事だったみたい。もともと魔に憑依されていたのかも……。その後、ユーリアはホーラン様のお命を狙い、何度も勇者一行を襲うのよ」
「………」
「『勇者の剣は女を嫌う』って風評が生まれたのも、ユーリアのせいとも言われてるわ。本当のところはわからないけど」
「………」
「ユーリアの堕落に最も心を痛めたのは、北の戦士ゲラスゴーラグン様。旅の途中から、ゲラスゴーラグン様はユーリアの美しさに心惹かれ、熱心に求婚していたそうなの。ゲラスゴーラグン様は最愛の女性の心を取り戻そうと、命も惜しまず魔に挑み、四十八回も生死の境を彷徨ったと言われているの」
「四十八回……」
「この四十八回っていう具体的な数字は後世の脚色っぽいんだけど、何度も大怪我をされたのは事実だと思うわ。だけど、ゲラスゴーラグン様の思い空しく……ユーリアはホーラン様の命を狙い続け……仲間を斬れないホーラン様に代わって……シャダム様がユーリアを魔族の呪縛から救ってあげたの。ゲラスゴーラグン様はユーリアが消えた後に残った一握の塩を握りしめ、天を仰ぎ、血の涙を流して号泣したと伝えられているわ」
「……お気の毒ですね」
「……ええ。ユーリアが何故堕落したのか、本当のところはわからないの。兄弟子の死を目の当たりにして、正義に目覚めたはずの彼女が、何故、変心したのか……世に言う通り、心弱き女だったからなのか、不浄の身だったからなのか……」
「不浄?」
「非処女だったらしいの」
「はあ」
「ユーリアの堕落後、シャダム様がユーリアの名前を口にするのすら厭って『罪の女』としか呼ばなかったからわかった事なんだけど……ペリシャ教においては、婚前に処女を捨てる事は死に値する罪で、その戒律を破った者は『罪の女』と呼ばれるのよ」
「……はあ」
「勇者一行の中でも、ペリシャ教徒のシャダム様は一番潔癖な方だったみたい。仲間を裏切って堕落したユーリアを生涯許さなかったの。ゲラスゴーラグン様とシャダム様は、大魔王討伐の旅の間も、それぞれの国に戻られた後も、ユーリアの堕落について激しく意見を戦わせ、死ぬまで対立したそうなの」
「勇者一行の仲間なのに?」
「誰にでも譲れない一線ってあるのよ」
 セレスの声には苦いものがあった。
「ゲラスゴーラグン様はユーリアを信じていたのよ。彼女が神聖な誓いを破るはずがないって。魔に堕ちる形となったのには何らかの理由があったはずだって」
「………」
「対するシャダム様は邪を憎む清廉な方。仲間だった者が、魔の誘惑に屈した事に怒りを感じたのでしょうね」
「他のお二人は……ホーラン様とマハラシ様はどう思われたんです?」
「ホーラン様はおやさしい方だったから、ゲラスゴーラグン様のお味方をしたわ。でも、マハラシ様はどちらのお味方もしなかったの」
「え? そうなんですか? なんで?」
「どちらも正しいから、ですって」
「?」
「魔に堕した以上は払うべき不浄、しかし、人としてあった時代に仲間であった者を辱めるべきではない、ってことらしいわ」
「……よくわかりません、オレ」
「インディラ教の中庸の精神を貫き、仲間が分裂しないように本心を述べなかったんじゃないかっていうのが、私の家庭教師の見解だけど……」
「けど、マハラシ様には真実を見抜く目があったんでしょ?どちらが正しかったのか、ご存じだったんじゃないんですか?」
「……かもしれないけど、預言や託宣って、神のお心のままに降りてくるものなの。知りたいと望んだ事の全てが『わかる』ものでもないのよ……」
「オレには……よくわかりません」
 シャオロンは闇の中、天井を見つめた。
 セレスも口をつぐむ。
 静かな沈黙が部屋に訪れた。
 息苦しさを感じ、シャオロンは上掛けを握りしめた。
(いやだ……)
 共に戦い助け合った仲間が、死ぬまで敵対しわかり合えなったなんて悲しすぎる。
 赤毛の戦士、武闘僧、そして敬愛する女勇者の顔が心に浮かぶ。
 仇を討ちたいと願いついて来たシャオロンを、三人は守り導き助けてくれている。それどころか、シャオロンの為に、龍神湖に向かってくれているのだ。
 大恩ある三人と……
 敵対する未来など……
 考えたくもない……
 むろん、三人が敵対し合う姿も見たくない……
 ずっと、皆、仲間で、笑い合っていたい……
「セレス様……」
 シャオロンの声は震えていた。
「セレス様は……どう思われます?」
 たまらず上半身を起こし、シャオロンは問いかけた。
「ゲラスゴーラグン様とシャダム様、どちらが正しかったのか……セレス様なら」
 シャオロンの言葉は半ばまでで、口の中に消えた。
「う……」
 シャオロンは、がっくりと頭を垂らした。
「しまった……」
 話にのめりこんでしまって……
 当初の目的をすっかり忘れてしまい……
 話しかけて起こし続けるのを忘れてしまったのだ。
 シャオロンの膝の上には、セレスの頭がのっかっていた。体を斜めにし、畳の上で大股をひらき、セレスはすやすやと寝息を漏らしていた。


(セレス様~~~~~~~~~~~)


 シャオロンは涙目となった。
 セレスの寝巻は、頭からすっぽり被る形の貫頭着。寝乱れた足を大きく開けば裾がめくれて太ももやお尻におなか……時には豊かな胸まで露わになってしまうのだ。


「……ダメでした、ナーダ様」
 翌朝、武闘僧の部屋を訪れた少年はめっきり落ち込んでいた。
「やはり……」
「え?」
「いえいえ。この三夜、寝所では忍者の襲撃はありませんでした。あなたがセレスと共に眠っているおかげでしょう。ですから……」
「はい……今夜もセレス様と同じ部屋で休みます」
「それで、考えたのですが、一番良いのは寝具を変える事だと思うのです。畳の上というのは寝具と(ゆか)の別がつきがたいでしょ? 開放的な環境が寝相に影響する事もあるのではないか、と」
「え?」
「寝台に眠れば、寝相もさほどひどくならないのではありませんか?」
 少年の顔に光が差す。
「なるほど! さすが、ナーダ様!」
「ですが、残念ながら、ここから先、龍神湖まではたいそうな田舎街ばかりで……ジャポネの伝統建築の宿屋しか無いんです」
「う……」
 少年は、がっくりと頭を垂らした。
 当分、畳部屋から離れられないようだ。
 武闘僧は口元をゆがめてから嘆息し、いかにも気が進まないといった口調で話を切り出した。
「……シャオロン、これから毎朝、私が起こしてあげましょうか?」
「え?」
「寝相がどれほどひどかろうが、朝、セレスの起床前に起きておけば問題ないでしょう? 私は夜明け前に目を覚ませますし、あなた方の部屋にこっそり入っていって」
「ダメです!」
 シャオロンは勢いよく顔をあげた。顔を真っ赤にして、少年は武闘僧に喰ってかかる。
「だって! だって! セレス様の寝室なんですよ! 女の人のお部屋に! 僧侶のナーダ様が! そんな!」
 胸もあらわに眠っているセレスの姿を他の人に見せるわけにはいかない!
「絶対、ダメです! 部屋に入るだなんて、そんな!」
「まあ、私も、女性の寝室に忍び入るような戒律に触れかねない真似したくなかったんです。だから、あなたが良いのなら、やりませんけどねえ……」
 シャオロンの必死の形相におされ、武闘僧は提案を撤回してくれた。
 少年はホッと安堵の息を漏らした。


 しかし、だからといって……


 問題が解決したわけではないのだ。


(今夜こそ話をひっぱって、セレス様を遅くまで起こしておくんだ!)
 シャオロンは決意を胸に秘め、拳を握りしめた。
 それと……
(今夜……お尋ねしよう、ゲラスゴーラグン様とシャダム様のこと……どちらが正しいと思ってらっしゃるのか……)


 二代目勇者一行の話は、シャオロンに、忘れがたいしこりを残していた……
『シャオロン奮戦す VSセレス』 完。

次回は『龍神湖の試練』。舞台はジャポネ。
果たしてシャオロンは『龍の爪』を手に入れられるのか?
忍者の襲撃は?
+注意+
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