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女勇者セレス――迷走する世界の中で  作者: 松宮星
過ぎ去りし日々と未来
15/25

悪夢 3話

この話は『女勇者セレス――夢シリーズ』の『夢と現実』の直後の話です。

《開ケルナ……》



 森は深い……。

 俺はまだ家に辿りつけずにいる。



《開ケルナ……》



 急がなければ間に合わなくなるというのに……



《開ケルナ……》



 間に合わない……

 だが……

 何に?

 家に辿りつけねば、俺は何に間に合わなくなるというのだ?



《開ケルナ……》



 吹き荒ぶ雪が見える………

 目も開けていられないほど、激しい雪嵐。頬を叩きつける風が、刺すように痛く冷たい……

 俺の腕の中には冷たくなった骸がある。

 俺は間に合わなかったのだ……

 最愛の弟アジャニホルトは死んだ……

 俺が逃げるのをためらったからだ……

 俺が来るのが遅すぎたのだ……

 アジャニホルトは吹き荒ぶ雪の中、帰らぬ俺を待ち続け……冷たい骸となった。



 俺は……

 思い出してしまったのだ……

 シルクドで……

 魔族に術をかけられ……

 封じていたアジャニホルトの死の記憶を甦らせられてしまったのだ……



《開ケルナ……》



 これは夢だ……

 俺は過去の夢の中にいる……



 家に戻ってはいけないのだ。



 自宅の扉を開けてはいけない。

 開ければ、俺は思い出してしまう。



 扉の向こうの光景を……



 俺が間に合わなかったせいで、アジンエリシフがどうなったのかを……



 俺は思い出してしまう。



 思い出せば、破滅だ。



 俺は俺でなくなる。



 血の掟に従い……俺は剣をとらねばならなくなる……



 家族を殺した者どもに復讐を果たさねば……



 皆、殺すのだ……



 殺してやるのだ……



 俺の心は……そう望んでいる……



* * * * * *



 悪夢の後に訪れる現実もろくなものではない……赤毛の戦士アジャンは怒りをおさえられなかった。

 暗い顔で説明を続ける武闘僧を殴り飛ばし、『御身様に何をする!』と、とりみだす老忍者ごとその場に見捨てて、赤毛の戦士は侯爵家へと走った。



「アジャン!」

「アジャンさん!」

 アジャンが侯爵家より与えられた部屋に辿り着く前に、召使から彼の屋敷への帰参の報告を受けた女勇者セレスとシャオロンが駆け寄って来た。

 背に大剣を背負い、『聖王の剣』を佩いたいつも通りの姿。怪我をしているようにも見えない。セレスが嬉しそうに仲間へと微笑みかける。

「良かった、無事だったのね、心配したのよ、アジャン」

 セレスのそばの東国の少年も、嬉しそうな顔をしていた。強力な守護者が戻って来てくれた事に安堵しているのだ。この三日、セレスの護衛を務めていた従者は、少年一人だけだったのだ。

 まったく歩調を緩めず足早に部屋に向かう赤毛の戦士を、二人は必死に追いかけた。

 口を閉ざしたままの仏頂面。赤毛の戦士の機嫌が悪い事は誰の目にも明らかではあった。だが、セレスにはどうしても聞きたい事があった。

「ナーダとジライは……? 無事なの?」

 赤毛の戦士はぶっきらぼうに答えた。

「ナーダはじきに戻るだろう。クソ忍者は知らん」

「ジライの行方はつかめなかったのね……?」

 赤毛の戦士は立ち止まり、女勇者をジロリと横目で睨んだ。

「知らんと言っている」

「そう……わかったわ。ありがとう、二人の行方を追ってくれて……それで、あの、後ででいいんだけど……さきおとといの夜、庭で何があったのか教えて。約束したわよね? 全部話してくれるって。何でナーダとジライがいなくなったのか……」

「知らん!」

 屋敷を揺るがしかねない大声に、セレスとシャオロンがひるむ。

「知りたきゃナーダに聞け! 俺には話すことなど何もない!」

「でも、あなた……全てが終わったら話してくれるって」

「知るか!」

 眼だけで相手を殺しかねない凄まじい形相……

 怯える二人を廊下に残し、赤毛の戦士は部屋へと進む。

 そして、自分用の部屋に入ると、内面の怒りを撒き散らすかのように派手な音を響かせ、扉を閉ざしてしまった。



 赤毛の戦士は、まず室内を見渡した。掃除の行き届いた部屋に、寝台、テーブル、ソファーなどの調度品。三日前から変わっている様子はない。

 室内には彼しか居ない。彼専用の侍女も、今は中に入っていないようだ。

 まっすぐにクローゼットまで進み、赤毛の戦士は中を改めた。そこには、旅用の、彼の荷物が入っているのだ。着替えや武器、金袋、宝石袋、証文など、彼にとって必要なものが入った革袋だ。


「それには、手をつけておらぬ」

 突然かかった、背後からの声。

 赤毛の戦士は振り返り、背の大剣ではなく腰に佩く『聖王の剣』を抜いた。狭い室内で戦うには、片手剣の方が適していると判断したのだ。

 覆面に黒装束。背には忍刀、腰には大小の二刀を差した忍者ジライが、壁のそばに両腕を組んで佇んでいた。

「……よくも俺の前に顔を出せたもんだな……命が惜しくないと見える」

「我を殺る気か?」

「ったりまえだ、馬鹿!」

 突くように斬りかかった赤毛の戦士の頭上を跳び越し、忍者は相手の背後をとって腰の『ムラクモ』を抜刀する。

 素早く斬りかかってくる忍者の刀を、受け、流し、アジャンは舌打ちを漏らした。

 体が重いのだ。

 動きが常より遅い。

 反応が遅れる。

 だが、それは、相手も同様だった。


「どうもいかんな」

 雨を降らす刀を振るいながら、忍者が苦笑を漏らす。思うように動けぬ、と。

 右手のみで刀を持ち、左手を懐に入れるジライ。

 警戒し、赤毛の戦士は後方に飛び退った。

 忍者は左手を突き出し、掌のものを赤毛の戦士に見せつけた。油紙で包まれた、しかし、衝撃で中身が飛び散る丸い玉……見た目からは中が何かはわからなかったが、火薬玉ということはあるまい。煙玉か、目潰しか、眠り粉もしくはしびれ粉入りかのいずれかだろう。

「動けばこれを床に投げつける」

「くっ」

「少しは人の話を聞け。さきおとといから今日までのこと、口裏を合わせておかずとも良いのか? きさま、ナーダとちゃんと話しておらんようだが」

 赤毛の戦士はカッとなり声を荒げた。

「クソ馬鹿女には、てめえらが好きに話しゃいいだろう! 俺は何があったのか知らんのだ! 話しようもない!」



 さきおとといの月の明るい夜のことだった。

 セレスの屋敷の庭で、侯爵家の侍女と楽しい一時を過ごしていたアジャンは周囲に殺気を感じた。自分ではなく、他の誰かを狙う敵が庭に複数あった。

 女を屋敷に戻らせ、戦いの気に満ちた場所へと向かうと……

 忍者ジライが、同じ黒装束に覆面の忍者達と戦っていた。抜け忍ジライへの、忍の里の追い忍の制裁のようだった。

 だが、弱い。

 ジライ一人で困るような敵ではなさそうだったが、その場まで行って何もしないで帰るのもしゃくだったので、アジャンは、そばにいた忍を斬った。

『よせ、アジャン! 斬るな!』

 と、ジライは叫んだ。

 が、気にせず、アジャンは二人の忍のとどめをさし……



 その後、眠りに落ちた。



 先ほど、ナーダとその部下の老忍者に起こされるまでアジャンはずっと眠っていたのだ。

 見たくもない夢。

 繰り返される悪夢。

 ずっと夢を見続けていたかどうかは、アジャンにもわからなかった。が、嫌な夢から覚め、教えられた現実は悪夢を凌駕する内容だった。



『この三日、あなたのその体をジライが使っていました。敵の邪法によって、あなたの体にはジライの魂が宿り、ジライの体には……今の彼とは違う魂が入っていたのです。先ほどジライが邪法を破ったので、めでたく二人とも元に戻れたわけですが……アジャン、あなたがシャーマン体質で良かった。ジライの魂が内に入り込んできた時にあなたが眠りについてくれたおかげで、二人とも無事だったんです。一つの肉体に確たる自我が二つあれば、反発しあい、喰いあう場合(ケース)もありますからね。あなたが他の魂を受け入れられる優秀な器で本当に良かった』



 三日の間、ナーダはジライの肉体と行動を共にし、アジャンの肉体で目覚めたジライは二人の行方を追う為だと言ってセレスから情報収集資金を貰って後を追って合流し、邪法を解いたのだそうだ。

 ナーダは何か気がかりなことがあるのか、塞ぎこんだ顔をしていた。が、怒りまくるアジャンを見つめ、『まあ、事故みたいなものですけれど……タダ働きではあなたも業腹でしょうから、三日間のその肉体の使用料、ジライに代わって私が払ってさしあげましょうか?』などと冗談を言う不真面目さは健在だった。

 アジャンは怒りを込めて武闘僧を殴り飛ばし、見知らぬ粗末な建物から飛び出し、街へ出て侯爵家へと戻ったのだった。



「きさまにこの体を乗っ取られていたのかと思うと……けったくそ悪すぎて虫唾が走るぜ」

「阿呆。自業自得じゃ。我は手を出すなと言うたのに、勝手に関わってきたおまえが悪い」

「それが迷惑をかけた仲間への謝罪の態度か?」

「きさまが、最後の忍を斬らねば邪法は発動しなかったのだ。きさまこそ、迷惑をかけて申し訳ございませんでした、と、我に謝る立場であろうが」

「何を!」

 怒りの余り前に踏み出した赤毛の戦士に、忍者は掌の玉を見せつけ牽制する。

「安心せい。頼まれても、きさまの不器用な体など二度と使わんわ。図体ばかりデカくて動きはもっさりしておるわ、天井からぶら下がれんわ、錠前も開けられんわ、目潰しを堪えて目を開けてもいられんわの役立たず。毎日、四時間寝なければ動けんなど、効率も悪すぎじゃ」

「人の肉体を無能みたいに言うな! クソ忍者!」

「無能とまでは言わんが、使えん肉体であった」

「てめえ! やはり、ぶっ殺す!」

「勝負をしたいのなら、受けてやってもいいが……せめて三日後にいたそう。我が肉体もおまえのものも、本来の動きをしておらぬ。この三日、我等は自分の肉体を使えずにいた。まともに動けるようになるまで数日かかるだろう」

 チッと舌打ちを漏らし、赤毛の戦士は聖なる武器を鞘に戻した。

「三日後にてめえをあの世に送ってやる」

「できるものならな」

 忍者はフフフと笑う。

「今回のことだが……きさまの体を我が使っていたこと、セレス様に話しても構わぬか?」

「ンな気色の悪い話、広めるんじゃねえ!」

「承知した。ならば、我とナーダで適当な話をでっちあげるわ。きさま、後で文句言うなよ?」

「この三日のことなど、俺は知らん! 知らんことは話さん、それだけだ!」


 ジライも『ムラクモ』を鞘に収めた。が、素早さを身上とする忍者の彼が、なかなかその場を動こうとしない。

 相手の視線に、赤毛の戦士は苛立ちを覚えた。

「まだ何か用か、クソ忍者?」 

「アジャン」

「何だ?」

「我はこの三日、その体を使わせてもらった。が、それだけだ。きさまの荷物には指一本触れておらんし、きさまの脳を読んでもおらん。魔力がないゆえ読めなんだということもあるが……きさまの領域は侵しておらぬ」

「………」

「我はきさまなぞには関わらぬ。我はきさまなど知らぬわ」

 忍者が左手をあげ、掌のものを床に叩きつける。

 赤毛の戦士は顔を覆い、目を閉じた。

 が……

 衝撃は訪れず、周囲の空気に濁りもない。

 赤毛の戦士が警戒しつつ目を開いた時には、黒装束の忍者の姿は部屋にはなく、床の上には潰れた油紙が転がっていた。中から何かが出たような形跡はない。最初から中身は空だったのだろう。

 赤毛の戦士は髪を掻き、床の上のものを靴底で踏みにじった。



 アジャンは、シルクドとインディラで魔族に体を奪われていた。

 魔族はアジャンの肉体を勝手に使おうとしたばかりか、脳を読み、感情や記憶を暴こうとした。

 心に封じていた記憶や思いにも、無遠慮に触れようとしてきたのだ。

 アジャニホルトの死の記憶を甦らせられたのも、その時だ。

 実に……不快な体験だったのだ。



 それと同じ体験を、忍者ジライもシャイナでしたのだと聞いている。

 四天王サリエルに肉体を奪われ、勝手に心も記憶も読まれ脳を共有され……サリエルが自分の肉体を使って部下を斬る様を見せつけられたのだそうだ。



 内面には触れていない……

 あそこまで下種な真似は自分はしていない……

 荷物を勝手に開き、過去や秘密を暴こうともしなかった……

 忍者はその事を伝えたかったのだろう。



 赤毛の戦士は寝台を見つめた。



 今日も、又、悪夢を見るだろう。

 アジャン自らが封じた記憶。

 甦えらせろと記憶はわめき、暴れている。



 しかし……



 心の内に封じているものは、今回も暴かれずにすんだ。



 ならば、封じ続けるだけだ……



 正気を保って生きていく為に。



 復讐心に憑かれ、己を失わぬ為に。

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