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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第一章 雪山で、引きこもる。

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18-アカリ⑥

 
 翌日、朝日も昇りきらぬうちに、マクシームはアカリ捜索のためという名目で猛然と山へ向かった。
 当然、監視のハンターもいたのだが本気で走り出した巨人種に追随できるものはおらず、ハンター協会の協力で点在していた人員の報告による位置情報しか把握できなかった。
 それでも野営地で待ち伏せをしていたハンターはいたのだが。
 その手前で蔵人に呼び止められていたマクシームは野営地には姿を見せず、代わりに腹を空かせた大棘地蜘蛛(アトラバシク)に追い立てられることになった。

 種を明かせば簡単なことで、前夜の内に指笛で呼んでおいた雪白に大棘地蜘蛛(アトラバシク)の糸をくわえてもらって、野営地近くまで引っ張ってもらっただけである。
 あとは大棘地蜘蛛(アトラバシク)が勝手に獲物を見つけるという寸法である。
 こと速度だけでいうなら雪白は大棘地蜘蛛(アトラバシク)にまず追いつかれることはないので、そこもまったく問題なかった。


「最初からそうやって『走って』探せばよかったんじゃ……」
「アカリを見つけたあとどうすんだよ。さすがのオレも強化しっぱなしってのはな」
 常人では半日はかかるであろう距離をその半分ほどで走破したマクシーム。
 蔵人はふーんといいながら少し引き気味にマクシームを見る。
「強化って……そんな鬱陶しくなるのか」
 マクシームは上半身裸で、リュックや斧、上着を肩にかけ、身体のいたるところから湯気を立ち昇らせていた。
「お前も鬱陶しいとかいうのかよ。巨人種の強化だけだ、こんな風になるのは」
 他の人にもいわれたことがあるのであろう、マクシームはショックを受けたような顔をしていた。

 強化というのは命精魔法に属するもので、回復魔法もこれに含まれる。
 命精というのは精霊には一応属しているものの、精霊の中で唯一精霊魔法には分類されない。
 この世界の全ての生命に宿るものである命精は自身の命を守ることを第一とし、他者の干渉をはねつけ、自身の命令しかきかない。回復魔法すら対象の許可がなければ弾いてしまうのだ。
 つまり自身の肉体に関する魔法は全て、命精魔法となる。
 人種(ひとしゅ)とは比べ物にならない肉体をもつ巨人種はその強化の効果も尋常ではないが、強力であるがゆえに使えば使うほど体内で熱を生産してしまうため、今のマクシームのように裸になって放熱する必要があった。
 それを蔵人は鬱陶しい、というのだから無知であったとしても少々酷である。

 二人はそれ以上喋らず、黙々と山を登った。
 蔵人とマクシームは協会のハンターたちが大棘地蜘蛛(アトラバシク)に追い立てられてる内にと、そのナワバリを縦断した。


 あっさりとアカリとマクシームは再会した。
 洞窟から出てきたアカリと夕日に染まりながらゴツゴツした斜面を昇ってくるマクシーム。
 何事もなく再会――
 とはいかず、後から追いついてきて洞窟の手前に跳び下りた雪白がマクシームを見るなり、威嚇を始めた。
 白黒斑紋の尻尾を逆立て、体勢を低くして、牙を剥く。
 マクシームはうろたえるアカリを手で制しながら、リュックを乱暴に捨て、上半身裸のまま腰の手斧に手をやった。
――グルルッ
 雪白の唸り声にマクシームは面白そうに、獰猛に口元を歪める。まるで獣のようである。

 そんな一人と一匹が一触即発の状況で、蔵人はそれを眺めているだけであった。
 敵対行動は生死の境である。殺せないなら襲わない。襲うのなら命がけ。それが野生である。
 さらにいえばマクシームは雪白にとって仇である。それを止めることは蔵人にはできなかった。
 マクシームには少々気の毒なことであったが、本人は意外と楽しそうである、問題はないだろうと蔵人は傍観を決め込んだ。
 ふと、アカリにはなぜ反応しなかったんだろうかと蔵人は首をひねる。
 やはりいろいろ小さかったからかと思いながらアカリを見ると、アカリは傍観している蔵人を睨みつけているようだった。
 おそらくは蔵人が一人と一匹を止めようともしないことを責めているのだろう。
 よもや小さいとか思ったことを察したんではあるまい。

「ここで一戦やるのもおつだが、ちょっと立て込んでてな。後にしねぇか?」
 マクシームが矛を、引く。
――グォンッ
 空気を震わせる短い咆哮。
 後脚を撓め、雪白は跳んだ。

「本当だったか……首輪くらいつけたらどうだ」
 雪白は一足で洞窟の裏の山に消えた。
「似合わないし、そんな関係じゃない」
「飼ってねぇのか」
「むしろ養ってもらってる」
「……おめえ、どうにもなんねえな」
「褒めないでくれ、てれる」
「褒めてねえよ」


「ずいぶん仲がいいみたいですけど」
 私、ほっとかれて怒ってますとばかりにアカリが二人の横にいた。
「ああ、いたのか。ちい――」
「ちいさくありません」
 からかうマクシームに、プンスカとするアカリ。
「そうだな、アカリは小さくない、小さくない」
 どうでもよさそうに髭をかきながら、アカリの頭をぽむぽむするマクシーム。
 アカリはふんっと横を向いてしまった。
「まあ、元気そうでなによりだ」
「……っ」
 アカリはしょぼんとうつむく。
「ご迷惑を、お掛けしました」
 震える声のアカリにマクシームの手が頭におかれる。
「別にお前のせいじゃねぇ」
 そのまま乱暴にガシガシと撫でられる。
 いつのまにかアカリは涙をこぼしていた。

「そのままでいいから、うちに入るといい。もう日が暮れる」
 蔵人はそういって、自分は洞窟とは別の方向に歩きだした。
「ちょっとな。積もる話でも済ませておいてくれ」
 そういって夕日に染まった森の中へ消えていった。


 洞窟のある山の反対側、そこは切り立った崖である。
 そこには一幅の掛け軸のように、尻尾をヘニャリと地面に垂らして座る白黒斑紋の背中があった。
「よく我慢してくれたな」
 蔵人はそう声をかけて、背中を撫でた。
 グォウと少し元気のなさそうな声が一つかえってきたきりだった。
 蔵人を見ることなく崖のほうを向いたままだ。
 雪白ではまだマクシームに勝てない。それくらいは蔵人にもわかっていた。
 野性のカンでわかってしまう力の差と親の仇の狭間で、雪白は揺れていた。隠密からの一撃離脱が本来の戦い方であったが、瞬時に襲いかからなかったのはそういうことだった。
 蔵人はなんでもないようにいう。
「いつか殺せばいいんだ」
 マクシームやアカリがいたらどう思うだろうか。
「俺もいつかはお返ししたいんだがな」
 ハヤトに関わる気はないが、自ら関わるときが来るとすれば、そのときである。
 そういう気持ちがあるから、雪白を否定をする気はなかった。
 人と魔獣の境など、ハヤトに力を奪われて、誰も探しに来ることがなく、親魔獣に拾われてたことでなくなった――。
 ――とまではいかないにしろ、かなり曖昧なものになっていた。
「ホント、強情だよな」
 蔵人はここぞとばかりに雪白の胸元のふさふさした白毛をもふもふする。
――ガッ、ガウッ。
 ついに雪白は体勢を崩し、蔵人にのしかかった。
 雪白は、えーい、鬱陶しい奴め、こうしてくれる、とばかりに頭をぐりぐりと押し付けてくる。
 すでに雪白は雪豹の成獣並みかそれ以上となり、体長にして蔵人とそれほど変わらない。
 爪や牙は引っ込めてくれているとはいえ、その地力たるや蔵人を凌駕している。
 のしかかられたとき蔵人はすでに強化を発動させていたが、日に日にじゃれ合いが無差別格闘じみてくることに脅威を覚えていた。
 雪白とやりあえなくなるわけにはいかないと、蔵人は日々の修練の重要さを再認識しながら、雪白をくすぐり倒してやった。


 洞窟にもどった頃には日はとっぷりと暮れ、囲炉裏には火がおこされていた。
「薪くれぇ用意しておけよ」
 洞窟の部屋に雪白を伴って入るとマクシームがいった。
「ああ、すまん。普段使わないからな」
「使わない?棲んでんだろ?」
「火精で足りるだろ?」
 蔵人はなんでもないようにいって、マクシームとアカリが並ぶ対面に座る。その後にはマクシームを見て不機嫌そうな雪白が蔵人の背もたれになるように座った。
「火精を具象化し続けるてぇのか?」
「ああ、教本にも書いてあったし」
 マクシームもアカリも呆れた顔をする。
「そりゃ書いてあるが、効率悪すぎだろうが」
「ん?ただ、魔力を細く長く供給しつづけるだけだろ?最初の半年は確かにシンドかったが」
「……メシつくるときとかどうすんだよ」
「火精を維持しながら、土で鍋つくって、めんどくさいときは水を出してって、ついでだしやるか」
 薪を用意して火精でもって着火する。それが一般的である。
 蔵人は倉庫から肉と保存しておいた野草をもってくるといつも通り土鍋と土台をつくり、そこに材料と携帯食をいれ、水精魔法でもって水を入れて、蓋をした。
 ついでに火精周りに土精魔法で細い杭を立て、大きめの肉を突き刺して、火で炙る。杭は火の通りを均一にするべく蔵人の操作によりゆっくりと回転していた。
 そんな様子を見た二人は狐につままれたような顔をしていた。
「昨日も見ましたが、あらためて目にするとなんというか器用というか」
「真っ当な教育じゃ、こんな風には育たねぇよ」
 火精を維持しながら、土精魔法と水精魔法を行使する。魔法自体は最下級もいいところだが、それを三つ同時に行うということは、のこぎりを引きながら、トンカチで釘を叩き、リフティングをするようなものである。ようするに曲芸である。
「まあでも、一般的な魔法教本だぞ……タブン」
「どんな教本だよ」
 蔵人はモスグリーンのリュックから分厚い魔法教本を取り出して、マクシームに渡す。何度も同じページを開いたり、持ち込んでいたシャープペンで書き込んだり、読み返したりするため教本は多少なりとも劣化していた。
「……一般的っていやあ一般的だが」
 マクシームから教本を受け取ったアカリはパラパラとそれをめくった。
「うわぁ、これ学園にも一冊しかない奴ですよ。ただ、教科書というより百科事典扱いですが」
「だろうな。公開されてるもんはだいたい網羅されてるが、教本として使うには不親切すぎるからな」
「こんなので勉強したんですか」

 二人の驚きを聞きながら、蔵人は半ばしか焼けていない肉を杭ごと折って、背中の雪白に渡す。
 雪白は表面の焼けた部分とレアな部分、双方を楽しむというグルメになっていた。ちらっとマクシームを見たものの、ハグハグと肉に食いついた。
 蔵人は火精の勢いを強めて鍋を完成させ、お椀に入れて、スプーンとともに二人に渡す。
 教本を蔵人に返した二人はそれを受け取った。


 カレー風シチューを食べ終わって一息ついたとき、マクシームがいった。
「オレは本国に戻る。しばらくアカリを預かってくれ」
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