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用務員さんは勇者じゃありませんので  作者: 棚花尋平
第五章 砂漠と荒野の境界で
110/144

107ーサディ

 レシハームでハンターとして生活する蔵人。

 水面下では老獪なギディオンと賢者であるトールが暗闘を繰り広げ、蔵人の生活にも少しずつ影響を及ぼしていた。

 サディに変身していたアキラもまた……。

 

 今回の紅蓮飛竜狩りは何事もなく終わった。

 強いていえば、賢者によって買い取りの決まっている救荒作物の収穫が始まって自治区の者たちの表情にも多少安堵が見て取れたり、砂漠と荒野の境目で出会った骨人種の子供と女に再会したり、頼んでいたアズロナ用の腹鎧がもう少しで完成しそうであったということくらいである。

 紅蓮飛竜の間引きも残り一頭となり、蔵人たちは次の通行許可を待っている、そんなときのことだった。


「……少しお時間をいただいてよろしいでしょうか?」

 日が高くなり始めた頃、いつものようにのんびりと協会に現れた蔵人にリヴカが声をかけた。

 船賃にもようやく目処がつき、ぼへらっと依頼を見つめていた蔵人が振り返ると、額を少しだけ汗で湿らせたリヴカがどことなく困惑した表情を浮かべている。

「――サディさんのことでご相談が」

 蔵人は頷いて、リヴカに案内されるままについていった。


 乾いた土が焦げたようなむせかえる匂いと灼熱の日差し。

 リヴカから詳細を聞いた蔵人は、リヴカと共に全身に汗をかきながらナザレアの東側へと向かっていた。

「……こんなところに住んでるのか」

 東側は旧ケイグバード民、現在の二級市民が多く住む区画である。

 土を固めて作った古い家屋が並び、西側と比べると遙かに粗末な町並みが広がっている。日光が容赦なく街を熱しているせいか、人通りは少なく閑散としているが、どこからともなく、蔵人たちの一挙手一投足を観察するような視線が注がれており、のんびりと歩くような場所ではなさそうである。

 だが、ここにサディが住んでいる。

「……一昨日、別れたばかりなんだがな」

 蔵人はいつものように紅蓮飛竜を狩り、協会で報告をして別れたことを思いだす。サディはいつものように微笑んでいた。

「私は昨日です。新聞にもあったと思いますが、怪盗スケルトンがこちらに戻ってきたらしく、警戒態勢が強まりました。そのせいで入区日程に変更がありまして、それを相談しにお宅に伺ったのですが、そこで……」

 蔵人はレシハームの新聞を一度読んだきりであった。船賃を稼ぐために余計な出費を抑えたかったということもあったが、その中身がほとんどレシハームのプロパガンダであるため、レシハームの意向を知るという意味以外で読む意味などないと判断したのであった。

 怪盗スケルトン、いやジーバが何をしに戻ってきたのかは分からないが、少々間が悪い。

「……私も少し自信がなくなりまして、確認と今後のことを決めるためにもこうして足を運んでもらいました」


 そんな風に話している内に、無事にサディの家へとたどり着く二人。

「――サディさんはいらっしゃいますかっ。ハンター協会のリヴカ・シモンズです」

 リヴカがノックをしながら家の前で声をあげる。

 するとサディが無防備にドアを開けてしまう。

「……どちらさまですか?」

「昨日こちらに伺ったハンター協会職員のリヴカ・シモンズです。こちらは七つ星ハンターのクランドさんです」

「……そうでしたか? 最近は物忘れが激しくて困ってしまいます。ああ、こんな場所で失礼しました。お上がりください」

 黒い薄布を被っていても分かるほどに気弱な様子で、あの淑女然としたサディと同一人物とは思えないほどであった。もはや物忘れというレベルではない。

 蔵人はすでにリヴカに説明されていたが、おそらくは狂忘(デメンス)。日本でいうところの認知症であるとのことであった。

 だが、いったいいつ認知症になったというのか。

 昨日今日でいきなり認知症になったわけもなく、一緒に行動中もそんな傾向は見られなかった。そしてなにより、自治区へ一緒に行ったのは誰なのか。

 蔵人は何がなんだかさっぱりわからなかった。

 

 外見と同じく家の中も質素そのもので、テーブルと椅子、それに棚が一つあるくらいで、蔵人が借りている家と似たようなものであった。

 しかし、家具を置いていた痕跡があることから、蔵人と違って生活感がないというよりは家具類をすでに処分してしまった、というような印象であった。

「ごめんなさいね、いつも面倒を見てくれる子が今日はいなくて……ええと、水瓶は……」

 おろおろと困った様子のサディを見かねて、リヴカがそれとなく手伝う。

「お客様にこんなことを……ああ、なんて情けないんでしょう」

 あの若い頃に一度は会ってみたかった、とすら思ったサディの変わりように蔵人は何も言うことができず、リヴカと共にもてなしの用意をするサディをじっと見つめていた。


「――婆さん、いるかいっ?」

 ようやく三人がテーブルについたときのことであった。

 その声の主はサディの返事も待たずにずかずかと中へ入ってくる。

「……なんだ、いるじゃないか。返事くらいしてくれよ。……って、誰だ、あんたら?」

 日焼けした肌の人種。サディよりもかなり年下ではありそうだが、すでに中年の域に入っている。荒っぽい感じは受けるがチンピラというより肉体労働者という風で、体格もがっしりとしていた。

「ハンター協会職員のリヴカ・シモンズです。こちらは七つ星ハンターのクランドさん。あなたは?」

「……アド=ザール。婆さんの弟の息子、甥だ」

 リヴカはさきほどから黙っているサディに目を向けるが、サディは知らない人を見るような目でアドを見つめている。いや、その横柄な態度に怯えているようですらあった。

「まあ、婆さんは忘れちまってるようだが、狂忘(デメンス)になったんだから当たり前さ。まあ、今日からオレたちが面倒を見るから安心してくれ」

 アドはずかずかと部屋に入り込み、サディの隣に立って、肩に手を置く。

 するとサディはびくっと肩を振るわせるが、アドが知らぬふりをしていた。

「……サディさんから、父親が死んだあとはほとんどの親族と縁を切ったと話を伺っていますが?」

「そりゃあ言葉のアヤってやつさ。姉弟が喧嘩することなんていくらでもあるだろ?……婆さん、協会に依頼なんてしてたのか? オレに任せてくれよ。精霊教の連中に頼む必要はなんてないさ。知り合いのハンターだっているんだぜ?」 

 ハンター協会の運営はレシハームの管轄であり、ほとんどの職員は精霊教徒であった。それゆえにアスハム教徒と軋轢が起こることもあるというのが現実である。

 

「そういうわけだ。依頼は取り消してくれ」

 アドはサディの返答も待たずにそう言ってしまう。

 ただサディもなんのことか忘れてしまっているようで、訂正することもできない。

「……今回の場合、依頼は八割方終わっておりますので、その分を差し引いた報酬が返還されます。依頼料としてすでにいただいているのでキャンセル料は発生しません」

 あとで調べはするが、親族となればリヴカに何かを言う権利などない。規則どおりに対応するしかなかった。

「おいおい、依頼はあの骨どもの自治区で紅蓮飛竜狩りだろ? 誰がそんな酔狂な依頼を受けるってんだ。オレに学がねえから騙そうとしたってそうはいかねえっ!」

 リヴカは、依頼を受けた蔵人のことを伝えてもかまわないか蔵人に目で問いかけ、蔵人はそれに頷く。

「こちらのハンターが受けてくださいました」

「……ふざけるなよ? 七つ星がどうやって紅蓮飛竜を狩るってんだよ? オレにだってハンターの知り合いくらいはいるんだぞ? 何も知らないと思って馬鹿にすんなっ」

「事実です。よろしければその知り合いのハンターを交えて資料で証明させていただきますが?」

 自信ありげなリヴカの様子にアドは舌打ちをし、今度は荒々しい声で恫喝する。

「女がでしゃばると痛い目にあうぜ?」

「お好きになさってください。ただし、ハンター協会の職員に手を出した場合、協会と組合、ギルドに通達されます。賞金首になる覚悟があるなら、斬ろうが殴ろうがご自由に」

 毅然とした態度のリヴカ。

 アドは忌々しげに吐き捨てる。

「……いくらだ?」

「まず今回報酬としてサディさんから預かっているのは宝石です」

「ああ、知ってる。家宝だからな」

「家宝? サディさんからは嫁入りに際して両親から送られたと伺っておりますが」

「婆さんの父親だったら、その弟であるオレの親父、その息子であるオレにも権利があるだろうがっ」

 どうやらアドはそもそも依頼などどうでもよく、サディが依頼の報酬として協会に預けている宝石が目当てのようであった。


「仮にあなたに権利があるとすれば、この宝石の二割分だけです。さてこの宝石ですが、当然分割できるようなものではないのはご存じかと思います。ですから、この宝石の評価額の八割を蔵人さんに支払っていただければ、宝石を返却することも可能です。これはすでにクランドさんとも相談して了承していただきました」

 アドは顔を真っ赤にしている。

 女に虚仮にされているとでも思っているのだろう。実際、アスハム教の成人男性が公然と女性に言い負かされることなどない。しかもそれがリヴカという精霊教徒の女であったため、余計に怒りがこみ上げているらしかった。

「宝石の評価額は四万シークですので、蔵人さんに支払う報酬は紅蓮飛竜四頭分の三万二千シークとなります」

 四万シーク、つまりは一万ルッツほどで蔵人が自治区に入るための保証金と同額である。

 宿の代金が一泊四百シークであることを考えると、拘束日数や参加人数を増えれば増えるほど割に合わなくなり、さりとて一人や二人で受けるなどという無謀なことをする者もいない。さらにはアスハム教徒の依頼で、仕事場がいわくつきの自治区ということもあって、この依頼は一年以上の長きに渡って塩漬けになっていたのであった。


「このアマっ、黙っていりゃあ調子に乗りやがってっ!」

 アドが怒声を上げ、テーブルに座るリヴカに詰め寄ろうとした。

 協会、ひいてはレシハームを敵に回す気はなく、脅して値引きさせるつもりであった。

 七つ星ハンター程度ならどうってことはない。それにハンターは街で武器抜けないし、魔法も禁じられている。暴力さえ振るわなければやりようはあった。

 だが、アドの動きを制するように、緑色のふさふさがついた棒が進路を遮った。

「……てめえ、正気か? ハンターが中で武器を抜くなんざ御法度だろ」

「ただの猫じゃらしだ」

 蔵人が揺らすと、アドの鼻先で特大ねこじゃらしがびよんびよんと動く。

 おちょくられている。

 アドの頭に一気に血が上り、威嚇するように蔵人を睨みつけた。

 こうなるとまさしくチンピラや破落戸にしか見えないが、しかし蔵人は何も感じなかった。

 よく考えればチンピラ程度がかわいく見えてくるような相手を敵に回してきたのである。最初の頃とはもう違う。

「ハンターの報酬を値切るということがどういうことか、分かってるよな?」

 その言葉に頭に血が上っていたアドもようやく思いだした。

 かつて協会のなかった時代、ハンターが冒険者と呼ばれていた頃。約束した報酬を払わなかった村

二度と冒険者が立ち寄らなくなり、その村は壊滅した。

 かつてサウラン大陸にもハンターと似たような存在はおり、似たような話はいくらでも転がっていた。いかにアドが精霊教やレシハーム、ミド大陸に反感を持っていようが、全ハンターを敵に回そうという気は毛頭なかった。


「ちっ……わかったよっ、わかった。依頼は取り消さない。好きにしろっ」

 三万シークものカネがすぐに用意できるならこんなことはしないし、それにこのまま依頼を引っ込めて宝石を取り返しても労力の割に儲けにならない。

「もう用は終わったんだろ? 出てけよっ。こっからはオレたち家族の問題だ」

 アドはにやりと笑って、もう一度サディの肩に手を置いた。

 肩におかれた男の力に、ひっと怯えるサディ。

 リヴカはその様子を痛ましく思いながらも、立ち上がる。

 蔵人がいいのか? と目で問うがリヴカは首を横に振った。いち協会職員であるリヴカにはこれ以上、なにも言えなかった。

「けっ、異教徒が口を挟むな。これは家族の問題だ」

 同じ精霊教徒であれば『会堂』を通すことで話し合いもできるが、サディはアスハム教徒である。リヴカにはどうしようもなかった。


「――サディさんはいらっしゃいますかっ」

 

 外から男の声が響く。

 アドは舌打ちをしながら大声で男を追い返そうとしたが、なぜか男はずかずかと中に入ってきた。

「――フーリさんっ」

 男と共に入ってきた黒い薄布を被った女にサディが立ち上がって、駆け寄った。

 どうやらこのフーリという女が今までサディの世話をしていたようである。

「てめえ、勝手に入ってんじゃ――」

「私は総合療養施設より参りましたモラード=パルヴィズと申します。こちらのフーリさんから連絡をいただきまして、こうして足を運んだ次第です」

「そんなこたぁ聞いてねえよっ。というか誰だこいつはっ」

「こちらは狂忘、いえ認知症になられた間にご面倒を見てくださったフーリさんです。最初は症状が軽かったので、もしかしたらそのまま症状が止まるかもしれないと思ったのですが……」

「……ああ、そうかい。手間かけさせちまったな。これからはオレが面倒を見るから安心してくれ」

「いえ。認知症になられる前のサディさんからもし自分に何かあれば、そちらの施設で面倒を見てほしいと言われております」

「そんな金はねえっ。ていうか総合療養施設だの、にんちしょうだのと訳の分かんねえことばかり言いやがってっ」

「すでにお金はいただいておりますし、この地区の導師もそれを証明してくれるはずです。そういうわけで以前のサディさんの希望どおり、我が施設に来ていただきます」

「カネだぁ? なんだそりゃ」

「――サディさんは当面の生活に必要なお金以外、すべての財産を処分して施設に支払ったのです。それがちょうど一年ほど前のことで、症状が悪化し始めたのがあの干ばつからです」

 サディさんの背を撫でて宥めていたフーリという女がそう言った。

 だから、蔵人の借家と同じようにろくな荷物がなかったのだ。

「……勝手なことしやがってっ。赤の他人がそんなことをしていいのかよっ」

「いえ、本人です」

 女だと侮りフーリを威嚇するアドにモラードが訂正する。

「そんな証拠――」

「書類一式とサディさんのサイン、この地区の導師による立会証明書があります。施設にご不審な点があるようでしたら見学なさってはいかがですか?」

 本人の同意書とアスハム教の権威である導師による立会証明書。

 ここまで揃えられてしまえば、アドも口を挟む余地がない。

「くそっ、覚えてやがれっ」

 蔵人を始めとした全員を睨んでから、アドは家を去っていった。

「ということでよろしいでしょうか?」

 モラードがにこりと笑って蔵人たちにそう言うと、リヴカが何点か確認する。

 リヴカが問題なさそうだと判断すると、蔵人たちはサディの家を後にした。


「……で、結局どういうことだったんだ? 」

 炎天下の中をリヴカと連れだって歩きながら、狐につままれたような顔をする蔵人。

 認知症が干ばつ頃から悪化したとなれば一緒に自治区に行ったのは誰なのかという話になる。

「まったく見当がつきません。あれは確かにサディさんだった、はずです。ただ、依頼料も報酬もすでに預かっていますから協会や蔵人さんを騙す意図はなさそうですが……」

 蔵人はもう一つ、気になっていた。

「認知症って言葉は分かるか?」

「ええ、さきほど伺いました。狂忘というのは認知症という頭の中の病気の一種なのだそうです。賢者様の知識らしいですから知らなくてもおかしくはありません」

 総合療養施設というのも賢者肝いりで作られた施設らしい。

「あとで様子を見に行ってみますが、サディさんが無事に施設に引き取られてよかったです。それに依頼のほうも取り消しではないようですので、よろしくお願いします」

 精霊教にもそういう施設はあるが、アスハム教徒は対象とされていなかった。

「ああ、そうだな」

 蔵人とリヴカはそんなことを話しながら、協会へと戻っていった。




*********




「……フーリさん、行ってしまうのですか?」

「大丈夫。みんないい人だから。私もちゃんと様子を見に来るから。絶対に」

 サディが認知症になってからはずっと面倒を見てきたフーリがそう言って周囲を見渡した。

 ベレツにある総合療養施設の看護人、介護人たちがサディに微笑みかけている。

 彼女らは生活が成り立たなくなった未亡人や孤児であった。

 賢者の肝いりで作られたこの施設は身寄りのない認知症患者などを、精霊教徒やアスハム教徒の区別なく受け入れる。

 もっともこの世界では外傷こそ命精魔法で治るが、病気はその限りではない。そのため人種で長寿の者はそれほど多くなく、認知症になる老人も少ない。日本とは違って高齢化社会になっていないからこそ、どうにか総合療養施設は設立することができた。

 フーリはサディに手を振り、総合療養施設を後にした。

 

「……どうにか、うまくいった」

 質素な四階建ての建物の一室に戻ってきたフーリは黒い薄布を脱ぎ、『変身』を解いた。

 そう、フーリこそが、アキラ・シンジョウであった。

 先日、アキラがちょうど買い物に出かけていたときに、リヴカという協会職員がサディの家を訪問したのは予想外だった。怪盗スケルトンのせいで予定が狂ったと言えなくもない。

 そのせいで計画を前倒しにして、サディの親族に連絡を入れ、誘拐と騒ぎ立てられないように目の前で引導を渡し、施設へ引っ越しを行った。

 サディの願いは八割方達成しているとはいえ、最後まで見届けたかったというのが本音であった。


 新庄晶。

 こちらの世界でいうアキラ・シンジョウがサディと出会ったのは偶然だった。

 自らの加護を隠したことでアルバウムからは重要視されなくはなったものの、それで余計に勇者の権威、血筋が欲しい男どもを招き寄せることになり、逃げるようにしてトールの元に身を寄せた。

 都合の良いもので、自分の身が安全になったら、日本にいる祖母が心配になってきた。

 危篤というわけではないが、もういつ死んでもおかしくないような状態で、お婆ちゃん子だったアキラは気になって気になって仕方がなかった。

 毎日学校が終わってからお見舞いに行っていたし、いつもお婆ちゃんはうれしそうにしてくれた。軽い認知症でときどきアキラのことすら忘れるときもあったが、それでもお婆ちゃんが大好きだった。


 自分の境遇、お婆ちゃんのこと。

 考えれば考えるほどに部屋に籠もるようになっていたとき、トールに気分転換を勧められて、観光がてらナザレアに行くことになった。砂漠というのを少し見たいような気がしていた。

 そこで出会ったのがサディであった。

 高台からぼうっと砂漠を見つめていたら、サディに声をかけられたのだ。

「女の子が髪も巻かず、布も被らずに外で出歩いては危ないですよ?」

 そんな風に優しく窘められた。

 髪を巻くのは精霊教徒、黒い薄布を被るのはアスハム教徒、それ以外にもいくつか宗教はあるが、素顔のままで出歩くというのはほとんどいない。安全を考えるならどちらかはしておくべきであった。

 分かってはいたが、忘れていた。ほとんど上の空でここまで来たようなものであった。

 不意に涙がこみ上げてきた。

 淑女然としたサディと祖母は似ても似つかなかったが、異世界などという土地で初めて出会った初老の女性は元気だった頃のお婆ちゃんを思いださせ、感極まってしまった。

「おやおや、どうしましたか?」

 サディは何も言わずしばらくの間、背中をさすってくれた。

 

 それからアキラはサディの元に入り浸るようになった。

 すでに夫も他界し、親族とも縁を切っていたサディはアキラを孫のように可愛がってくれた。

 レシハームのことやケイグバードのこと、アスハム教のこと、街のこと。サディといるといろいろなことを知ることができ、トールの役に立つこともできた。

 そして干ばつから少し経ったあの日。

「もうここには来ないでください」

 サディにそう言われ、アキラは戸惑った。

「近く親族の元に身を寄せることになりました。アスハム教徒ではない貴女ではあちらが困ってしまいます」

 嘘だ。親族とは縁を切ったと言っていた。

 だがサディは何も言わず、アキラは強引に追い出されてしまう。

 それでもアキラは諦めきれず、こっそりと家の中を窺った。



「……狂忘になってしまえば、あの子の重荷になってしまいます。それだけは、いけません」

 気づいていた。

 だけど言えなかった。

 サディからも忘れられたら、自分はどうしていいか分からない。

「悔いと言えば、あの依頼でしょうか。せめて、あれくらいは……嫌ですね、独り言なんて。だから、狂忘なんかになってしまうのです」

「――そんなことないっ」

 アキラは家に飛び込んだ。

「まあ、盗み聞きなんて」

「そんなことどうでもいい。私にとってサディさんは重荷なんかじゃないっ」

「……年頃の娘が介護に時を費やすなどあってはなりません」

「……なら、総合療養施設に行こうっ」

 聞いたことのない施設の名前にサディは首をかしげる。

「賢者様が作った施設です。宗教も種族も問いません」

 いつかトールにこんな施設があったらいいのにと話していた。

 いざとなったら自分がサディの面倒を見てもいい、そうとすら思っていた。しばらく在宅介護だったお婆ちゃんで介護の仕方はおおよそ知っている。

「そんなところに私なんかが入れませんよ」

「……ボクは勇者さ。今まで言わなかったけど、賢者のトールとは知り合いなんだ。だからっ」

「……」

 サディが驚いたような顔をし、アキラはそれで自分の失言に気づく。

 だが、悔いはない。

「ごめんなさい。黙っていて。でも……」

 サディは困ったような顔をしながらも、アキラに微笑んだ。

「これも神の定めた運命でしょう。それでその施設に入るにはおいくらほどかかるのですか?」

「そんなの――」

「――だめですよ。勇者様や賢者様であるのなら、なおさら公私混同はいけません。……ですが、私に払えるものなど大してないのも事実です……そうです、こうしましょう。当面の生活費以外の全財産をその施設にお支払いします。それでも足りないかもしれませんが、……あとは貴女を頼らせてください」

 そうして話が決まると、サディの認知症はどんどんと進行した。

 干ばつのため食べ物や水が限られていた。さらに過酷になった気候条件がサディの身体に負担となった。思いつく理由はいくつかあるが、なにが認知症の進行を早めたのか、それはアキラにも分からなかった。


 いつしかサディはアキラのことも忘れるようになった。

 サディに忘れたと言われるのが嫌で、アキラはフーリという適当な女の人を装った。フーリならばいくら忘れられてもかまわなかった。

 そしてサディを世話を続けていると、サディの念願だった紅蓮飛竜の間引きを蔵人が受けることになり、アキラはサディに変身して、保証人となり依頼に同行することにした。

 トールには悪いが、どちらかといえば蔵人の人格調査はついでであった。

 もうすぐサディの念願がかなうというところで事が露見してしまったが、どうにかすべては丸くおさまった。

 蔵人を騙すことになってしまったが、おそらくはもう二度と会うこともないだろうし、勘弁して欲しい。謝れというならいくらでも謝るが、直接会うほうが嫌がりそうな気がして、正体は明かさなかった。

 アキラはトールへの報告の前に、しばらくサディとの思い出に浸っていた。

 



*********




 リヴカと共にサディと会ったその夜のこと。

 蔵人は雪白と共に闇に潜んでいた。

 ナザレアの協会近くの街中で息を殺し、協会から出てくるリヴカを待ち続けていた。

 知らぬ者が見れば暗殺者、いや完全にストーカーであるが、きちんとした目的があった。そうでなければ雪白をこっそり街の中にまでつれてくるわけもない。

 しばらく待っていると、リヴカが協会の裏口から出てきた。

 日は跨いでいないとはいえここまで帰宅が遅くなったのは、怪盗スケルトンのせいで警戒態勢が強まり、さまざまな日程にずれが生じ、その調整に時間を食ってしまったためである。


 蔵人は感知担当の官憲に気づかれないくらいの闇精魔法をほんの少しだけ使って闇を纏い、いつものように歩き出した。雪白は気配を殺してどこかに隠れており、蔵人すらも位置は分からない。

 しばらくつけていくと、ひとけの少ない場所で、リヴカをつけだした者たちに蔵人は気づく。

 それは蔵人の予想どおり、サディの親族であるアドとその仲間たちであった。

 男尊女卑の強いアスハム教徒であるアドが女にやり込められたまま黙っているとは思えなかった。協会という後ろ盾はあったとしても、街の外にさえ出してしまえばどうにでもやりようはある。いかにリヴカが下位ハンター程度の力はあれど、男五人を相手にするのは無理であった。


 だが、アドたちの尾行はあまりにもお粗末で、同じように尾行している蔵人にすら気づいていない。

 当然下位ハンター程度の力はあるリヴカはそれに気づき、自然と歩みが早くなる。

 その様子に尾行者は逃すものかと、強引な手段に出ようとしたが――。

 雪白がそれを遮った。

 音もなく襲撃者たちの前に現れた雪白の全身は、なぜか金色に揺らめていた。

 闇夜に浮かぶ姿はまるで神獣のようにも見え、アドたちを心底怯ませた。

 街中で魔獣などいるわけもなく、であるなら神か悪魔でしかない。

 顔を青ざめさせたアドたちはあっという間に逃げていった。


「……なんだそれ?」

 女を闇討ちするような輩はマルカジリにしてやる、などと気合いの入っていた雪白が赤と黄色の入り交じった、見ようによっては金色にも見える色へと変化していた。

 思い当たる物といえば、紅蓮飛竜の命精石であろう。

 人が身につけて命精障壁を発動すれば、火や雷に若干強くなる。そのときにほんのりと色づくのだが、それが雪白にも作用したようである。

「落ち着け。それに……もう終わった」

 アドたちはもういない。

 えっ、これで終わり? とばかりにぽかんとしてしまう雪白。同時に、金色の揺らめきも消えていった。

 その場を去る蔵人と雪白。

 月光に照らされて、どこかつまらなそうな影が伸びていた。


 リヴカはそれをじっと見つめていた。

 リヴカとて下位ハンター程度の力はある。

 意を決して振り返ったところで、金色に揺らめく雪白がいた。

 つまり、その近くに蔵人がいることは当たり前のことである。

「……困った人ですね。それに、過剰ですよ」

 こんな街中に雪白を連れ込む困った人。

 さらにいえば街のチンピラ程度に雪白を持ち出す過剰さ。緑魔(ゴブリン)五匹にドラゴンを連れ出すようなものである。

 しばらく雪白たちの背中を見守ってから、リヴカは協会に引き返していった。

 職員に手をかけようとするならず者どもを放っておけるほど、リヴカは甘い性格をしていなかった。




******




「……というわけで、基本的には良い人だと思う。サディさんが認知症になっても依頼はきちんとやるようだしね」

 心の整理がついたアキラはトールに最終報告を行っていた。

 蔵人については問題ない。この世界で生きていようとしているだけ。

 品行方正などとは間違っても言えないが、そんな人間の方が少ないのだからそれは問題視するべきではない。

「……そうですか」

 トールはサディのことでどこか気の毒そうにアキラを見ていたが、アキラが吹っ切れているようで安心していた。それに加えて蔵人の人格、性質に問題ないとあれば文句はない。

「トールもいい加減に休まないと、死んじゃうよ? 何か手伝えることがあれば言ってね」

 トールにはどこか悲壮感すら漂っていた。元が優しげな相貌だけに、余計に。

 部屋から出て行くアキラ。

 トールはその背中を見つめ、どことなく頼もしくなったような気がしていた。

「さて、片付けてしまいますか」

 救荒作物の買い上げ報告書の取りまとめが膨大な数になっていた。

 

 どれくらい時間が経ったか、すでに日は暮れていた。

「……主殿、少しは警戒してくだされ」

「――信用してますから」

 トールは机に顔を向けたまま、そう言った。

 確かに、ベレツにある質素な四階建ての建物はトール直属の部隊に密かに守られていた。

「……何度言っても無駄でしょうな」

 いつのまに現れたのか、トールの目の前でため息をついた黒づくめの諜報員、諜報部隊の長である影なき牙(ナブディル)は報告を始めた。

 ギディオンとその右腕であるラザラスが行った通行規制のせいで、砂糖の原料となるマーナカクタスの隠し畑はほとんど全滅。

 買い上げを約束していた救荒作物の収穫が無事に始まり、とりあえず自治区や二級市民の生活も落ち着いた。

 潜入先のクランの警戒が厳重でなかなか本命の情報に近づけない。

 あまりいい報告はないが、それはいつものことであった。

 不意に、トールの頬を冷たい風が撫でていった。

 すると即座に、影なき牙がトールをかばうように立つ。

「窓は閉めていたはずです」

 トールもすでに、そばに置いてあった杖を掴んで身構えていた。


「――焦らなくていい。危害を加える気はない」


 窓ではなく、部屋の奥の空間からぬるりと骨が現れた。

「……怪盗スケルトン」

 影なき牙、そしてトールはすでに侵入されていたことに驚く。

 ジーバはそんな反応を無視し、懐から紙束を取り出すとトールの机に放った。

 影なき牙が動こうとするが、トールはそれを制してジーバの様子を窺う。

《その紙に罠はない。内容も私が知る限りにおいて、真実だ》

 ジーバの真言に気づいた影牙が無造作に紙束を掴んだ。

 問うようなトールの視線に影なき牙が答える。

「骨人種が真言で言ったことは、おおむね信じていいかと思います。もっとも、本人が真実だと信じ込んでいる場合があるのでそこは注意が必要ですが」

「ほう、やはり旧ケイグバードの生き残り、それもそれなりの地位にいた者のようだな」

 真言とは死霊交渉のときに必要となる言葉で、一度も嘘をついたことのない言語である。もし嘘をつけばそれまでの積み重ねを失い、真言としての力をなくしてしまう。ゆえに、嘘をつくことはできなかった。

 骨人種ならば知っていて当然だが、ほかの種族が知っているとなると、それは相応の立場にいたということになる。


「……」

 ジーバの軽口に付き合うことなく、影なき牙は読んでいた紙束をトールに渡す。

 トールはそれにざっと目を通していくが、その顔には小さな驚きがあった。

「……これをどこで?」

 それは『魔封じの聖杖』の売買契約書であった。

 現在レシハーム、いやギディオンはマルノヴァと交わしたこの売買契約などなかったと言い張り、マルノヴァ、ひいてはユーリフランツだけがエルフやドワーフ、獣人種といった人種以外から、あまりにも非人道的だと糾弾されている。種族特性を減衰もしくは停止させてしまうのだから彼らにとって他人事ではなく、まして骨人種を一種族と認めているのだから、その生殖能力を奪う道具など認められるわけもない。

 だが、ギディオンは知らぬ存ぜぬを貫いていた。

 そう言い張れるのも売買契約書が見つかっていないからである。ユーリフランツ側にはあるはずだが、なぜかユーリフランツ側はそれを出していない。

「泥棒らしくギディオンのねぐらから拝借した。まあ、本人は不在だったがな、おしいことをした。……私には使えないが、お前たちならば使いようもあるだろう?」

 影なき牙が横で警戒しているが、トールは会話を続ける。

「なぜ、これを?」

「お前たちは味方ではないが、少なくともギディオンよりはマシだ。あれを追い落とすだけでどれだけの同胞が救われることか」

 ジーバにとってサウラン大陸は故郷であり、協力者も情報網も当然ある。トールという賢者がギディオンを相手になにやら水面下で動いているということはすでに掴んでいた。

 ゆえに、今このレシハームで正面からギディオンとやり合えるのは賢者くらいであるとジーバは判断し、書類を渡したのだ。どのみち、この契約書は近いうちに使わなければ効力を失ってしまうのだから、賢者にくれてやろう、というところである。


「……しかしこれは名義が……そうですか、分かりました。感謝します」

 トールはそう言ってジーバに礼を言う。

「では――」

「――少し、話して行きませんか?」

「そろそろそいつの部下が準備を終える頃だ。捕まるのはごめんだ」

「――影なき牙(ナブディル)、部下を下がらせてくれ」

「……はっ。ですが、最低限の警戒だけはさせていただきます」

 影なき牙としてはどうしても捕まえたい相手ではない。味方ともいえないが、今のところ敵ではない。主の命令があるなら引くこと自体は問題などあろうはずもなかった。


 トールは確認するように、ジーバに問いかける。

「不躾な問いになりますが、どうしてテロ行為を? 憎しみが増大するだけでは?」

 ジーバは特に気にした様子もなく答える。

 言葉とは裏腹にトールの目にはジーバを非難しているところがまったくなかった。

「すでに骨人種の憎悪は膨れあがっている。不均衡な天秤を正常に戻しているだけだ。それに、力を示さねばミド大陸の者たちは認めない」

「レシハーム側からなんども交渉を持ちかけられていますが、どうして蹴るのです。自治区側にかなり有利な条件であったはずです。あなたに交渉の権限はないでしょうが、働きかけはできるはずです」

「その有利な条件を提示した交渉担当者はすでに降格されてしまったがな。それに、さも譲ったという顔で入植地からの撤退、壁の撤去を申し出たようだが、そんなことは本来当たり前だ。そもそも入植した土地は我々の自治区と公に認められていた場所であるし、壁を設置したのはそっちの勝手だ。それを恩着せがましく撤去してやるなど片腹痛い、と自治区の上層部なら言うだろうな。私も同感だ」


「では自治区側はどうでしょう。レシハームとの交渉の席につかなくなったり、テロを画策したり、挙げ句の果てに同じケイグバードの民であった骨人種を不当に扱っている。一部では奴隷まがいのことまで行っています」

「ケイグバードの体制が崩壊し、その憎しみが統治者であった骨人種に向いているのは理解している。アスハム教、いやアスハム教以前にあったサウラン文化がアスハム教をいいように利用し、因習といっても差し支えないことが横行しているのも事実だ」

「それでもなお戦うと?」

「どこの国にも暗部はあるし、上層部が有能で無私だとも限らない。お前の国とてそうであろう? だがそれと骨人種の弾圧は別の問題だ。まずは、先の侵略戦争が終わった直後に定められた自治区の土地を返し、骨人種を一種族として認めて対等に扱うことだ。私とてケイグバードが再興するなど夢物語だと分かっている」


 レシハームとケイグバード、いや骨人種。どちらにも言い分はあった。

 ただそれを踏まえてジーバは侵略戦争の後の区分けでいいとすら言っている。

 それについてはトールも同感であったが、レシハーム、いやギディオンも自治区の上層部はそうではない。どちらも勝者の権利と先住者の権利を最大限主張していた。

「……もし和平がなったとしても、あなたはこの土地に戻れない。レシハーム側、そしてミド大陸の諸国もあなたの身柄を押さえたがるでしょう。もしかしたらそれが和平の条件にすらなるかもしれない。そのときどうしますか?」

「私は、この国に戻る気ははない。戻る場所もないことは理解してる」

「……和平の生贄になる、と?」

 クックッと笑うジーバ。

「ならんよ。投降したとして、そのあとに同胞が再び弾圧されないとも限らない。手のひら返しはやつらの常套手段だからな。私は生きている限り、未来永劫、ミド大陸とレシハームの敵となるだけさ」

「それで和平がならなかったら?」

「それならば奴らにそもそも和平をする気などないと判断するまでのこと。仮に私の身柄を押さえるなら、今まで骨人種を弾圧してきた者たちすべてを断罪するか? しないだろう。ならば私が人身御供になったところで、再び骨人種は弾圧されるだけだ」

「テロを続けると? それでは仮に和平がなったとしても、あなたはお尋ね者。サウランの住人すら敵に回してしまう」

「それならそれでかまわんよ。和平がなったらどこかに身を隠す。ただ、再び骨人種を、ケイグバードの民を弾圧したなら、私がかわって報復するだけだ」

 ジーバ一人ならば、この世の果てとすらいわれるサウラン砂漠でも生きることができないわけではない。


「……それではあまりにも報われない」

 トールは哀しげに目を伏せる。

 テロという手段は許されるものではないが、それしか手段がない者のことが分からないでもない。

 だが仮に和平がなったとしても、ミド大陸で多大な犠牲者を生みだしたジーバの存在を北部列強は許さないし、レシハームも許さない。骨人種や旧ケイグバードの民もせっかく融和がなったのにジーバ一人のために未来永劫争い続けるわけにはいかない。

 今のままなら、骨人種のために戦ったジーバには非情な未来しか待っていない。


「――私は戦士だ。その国の礎となり、守護し続けることが役割だ」


 トールはジーバから揺るがない信念を感じた。

 しかしジーバの内心にはそれほど悲壮感はない。

 まったく味方がいないわけでもない。

 ジーバはあえてそう言わなかった。言えば迷惑がかかるし、言う気もなかった。

 トールは小さく息を吐いた。

 ジーバがどこまで把握して行動しているか、自分の情報がどこまで正しいか擦り合わせていたが、おおむね間違ってはいないようだった。

 これでは怪盗スケルトンだからといって捕まえてしまうわけにもいかない。

 ジーバが振るう力とその信念を信じるなら、ジーバという力は骨人種の最後の砦であろう。もしジーバがいなくなれば、骨人種は将来もっと悲惨なことになる。

 だが表だって応援するわけにもいかない。

 トールはまた難題が増えたと頭を悩ませることになった。


「――そうですか、では最後に……リュージという勇者についてはどうですか?」


 トールは何気なくそう言った。

 これには蔵人がジーバと関わりがあるのではないか、という一パーセントの疑念を確かめる意味合いがあった。

 

「――いき汚い小悪党だな。死に際までみっともなかった……おっとすまない、確か勇者とは同郷だったな。仇でも討つか?」

 

 だがジーバは、顔色すら変えずに言い放ち、挑発すらにじませてきた。

「辛辣ですね……。仇を討つほどの関係ではありませんし、僕はあなたと戦えるほど強くありませんよ」

「……ギディオンを討つまでの擬態か?」

「いえいえ本当のことですよ。長々とありがとうございま……」

 トールが言い切る前に、今までそこにいたはずのジーバがかき消えた。

 幻影であったらしい。

「勝てそうですか?」

 ずっと警戒していた影なき牙は無念そうに顔を振る。

「一対一では難しいでしょうな。……いったいあれほどの手練れがケイグバードのどこに潜んでいたのやら」

「そうか。まあ、あの人とは最後まで戦いたくはないですね」

「それがいいでしょうな」

「……少しずつ集まってきている。だけど、まだ核心に迫るほどのものがない」

「ええ、必ず掴んでみせます」

「よろしく頼むよ」

 ベレツの夜はもう白み始めていた。



 遅くなりました<(_ _)>


 四月一日付の活動報告に、エイプリルフールの短編がアップされております。よろしければそちらもどうぞ<(_ _)>

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