250 クマさん、説得する?
クリフが目頭を押さえる。
「それにしてもクリフ、疲れていない?」
先程から話をしているときも、目頭を押さえることがあった。
かなり、疲れているように見える。
「誰かのせいで、人の流通も増えて、仕事が増えている」
そういえば、ミレーヌさんが、他の街から商人が来るとかで、忙しいみたいなことを言っていたっけ。
わたしには関係ないから、適当に聞き流していたけど。
それと関係しているのかな?
「領主は大変だね」
「誰かのせいでな」
「さっきから、誰かのせいって言っているけど。誰のせいなの?」
「……おまえ、それ本気で言っているのか?」
「…………?」
クリフが呆れた表情でわたしを見る。
どうして、そんな表情をするの?
助けを求めるようにノアを見る。
「ユナさん……」
ノアまでクリフと同じ表情をする。
もしかして、大事件でもあったのに、わたしだけが知らない?
エルフの村に行っていたときなら、わたしが知らないのも仕方ないことだと思うけど。
「もしかして、わたしが街にいないときに、なにかあったの?」
「なにかあったの? じゃない。貴様がミリーラとの間にトンネルを作ったのを忘れたのか!? そのおかげで人が増えているんだ」
クリフが声のトーンを上げる。
「ああ、そんなこともあったね」
ポンとクマさんパペットを叩く。
うん、すっかり忘れていたよ。
移動するにしても、クマの転移門を使うし、トンネルのことは頭から抜け落ちていた。
クマの石像を作らされたことがあったから、頭の中から消し去っていたよ。
「トンネルのおかげもあって、クリモニアを行き来する者が増え始めている。海を見たがる者が増え始めたり、商売をしようとする者。そのせいで宿が足らない。さらに人が増えればトラブルも起きる。警備の者を見回りをさせているが、それも数が足りない。それも、クリモニア、ミリーラの両方でだ。予想はしていたが、思っていたよりも早い」
「そんなに増えているんだ」
聞いているだけで大変そうだ。
偉い人になるものじゃないよね。
王族や貴族に生まれ変わる転生でなくてよかったよ。
そんなものに生まれ変わったら自由に遊ぶこともできないよ。
「ああ、海を見たことが無い者も多くいる。それで、観光に行く者。その護衛で来る冒険者。ミリーラの街に商品を売りに行く商人。その他にも挙げたらきりがない」
知らなかった。
宿には泊まらないし、最近は商業ギルドも冒険者ギルドにも、あまり顔を出していないから、その手の情報は仕入れてなかった。
「大変そうだね」
そんな、忙しいことになっていたんだね。
それで、クリフはお疲れだったんだね。
無事に疑問が解けた。
「他人事だな」
「えっ 他人事だよ?」
原因はわたしかもしれないけど。人が行き来するのはわたしには関係ないことだ。
それを管理するのがクリフの役目であり、お仕事だ。
一般人のわたしには関係ないはずだ。
「確かにそうだが、お前さんが作ったトンネルでこんなことになっているんだぞ。少しはすまなそうにしたらどうだ。そのせいで、娘と一緒にいる時間も減っている」
つまり、ノアとの時間が取れないで怒っていると。
「それじゃ、トンネルを埋めようか?」
冗談で言ってみる。
もちろん、やるつもりはない。
そんなことをすれば、魚介類が入ってこなくなるし、アンズが困ることになる。
「やるなよ。やったら、俺は倒れるぞ」
そんな宣言をされても困るんだけど。
どうやら、今のクリフには冗談は通じなかったみたいだ。
「ユナさん、駄目です。そんなことをすれば海に行けなくなります」
ここにも冗談を真に受けている人物がいる。
「冗談だからね」
ノアを落ち着かせる。
「まあ、大変なのも、人材が育つまでの我慢だ。仕事を任せられるようになれば俺の仕事も減る。ミレーヌの奴も頑張っているみたいだから、近いうちに楽になるはずだ。誰かさんが、面倒ごとを持ってこなければな」
誰かさんってわたしだよね。
そんな、人をトラブルを持ってくるアニメや漫画の主人公みたいに言わないでほしい。
探偵や警察官が行く先々で殺人が起きる漫画やドラマ。バトルに強い主人公の前に次々と現れる敵とか。そんな、主人公がいるだけで、トラブルがやってくるものの言い方は止めてほしいものだ。
わたしは神様のせいで異世界に来ることになった、着ぐるみを着た普通の15歳の女の子だ。
そんな、トラブルを運んでくる主人公ではない。
クリフに迷惑をかけたのは、ミリーラのトンネルの件と魔物1万、ミサの誕生会のときに殴り込みに行ったときの後処理ぐらいだ。
この街に来てからの日数を考えれば、もしかして多い?
「え~と。なにか、手伝うことはある?」
一応、聞いてみる。少し、罪悪感が生まれたのでたずねてみる。
「いや、大丈夫だ。予想はしていたけど早かっただけだ。俺も言い過ぎた。すまなかった」
「ならいいけど。なにかあったら言ってね。手伝えることがあれば手伝うから」
「ノアを学園祭に連れて行ってくれるだけで助かる。ノアを楽しませてやってくれ」
「それはもちろんだけど」
手伝えることはないみたいだ。
クリフは目頭を再度押さえる。相当、疲れているみたいだ。
回復魔法をかけてあげたいけど、面倒なことになっても困るし。
なにか、してあげたいけど……。
そうだ! 良いものがあった。
「そうだ。クリフ、これあげる」
クマボックスから神聖樹の茶葉を取り出し、小分けにしてクリフにプレゼントする。
量は多くないから、全部あげることはできない。
新しいのができたら、持ってきてあげればいい。
「これはなんだ?」
「疲れが取れるお茶だよ。あとでララさんに淹れてもらって」
「変な物じゃないだろうな」
疑うように神聖樹の茶葉を受け取る。
「わたしが、一度でもクリフに変な物を渡したことある?」
疑うなんて酷い。
クリフに変な物を食べさせた記憶は一度もない。
……ないはずだ。
……ないよね。
「確かにそうだな。トラブルは持ってくるが、おまえさんが持ってくる食べ物はどれも美味しかったな。疑って悪かったな。これは、ありがたくもらっておく」
少し考えて、受け取ってくれる。
これが日頃の行いが悪かったら、好意が受け取ってもらえないんだね。
日頃からの行いは大事だね。
「それじゃ飲んだら、今度感想を聞かせてね」
「なんだ。おまえは飲んだことはないのか?」
「ちゃんと飲んだよ。美味しかったよ。でも、疲れが取れたかは分からなかったから、その辺りの感想を聞こうと思ってね」
だって、クマの着ぐるみを着ていると基本、走ったりしても、あまり疲れないし、夜は白クマになって寝れば朝には疲れは取れるし。
効果を確かめようがない。
わざわざ、着ぐるみを脱いで運動することはしない。
「ユナさん、わたしも飲んでみたいです」
「一緒に飲んだらいいよ。普通に美味しいから」
「はい」
「それじゃ、あとでララに淹れてもらうか。俺は仕事に戻る。ノアのことは頼む」
クリフは茶葉を持って部屋から出ていく。
「ノア。学園祭に行けることになって良かったね」
「はい! これもユナさんのおかげです。それで、いつ出発しますか?」
それが一番の問題だ。
「う~ん、そのことなんだけど。相談したいから、明日、わたしの家に来てくれる?」
「……ユナさんの家ですか? はい、構いませんが、どうしてですか?」
「フィナたちも行くことは言ったよね」
「はい」
「それで、三人に話しておきたいことがあるの」
ノア以外の人がいる家でクマの転移門の話はできないからね。
「話ですか? わかりました。明日、ユナさんの家に伺わせてもらいますね」
「ありがとう。それじゃ、明日、お昼を一緒に食べながら、話しましょう」
ノアの家を後にしたわたしは一度クマハウスに戻り、ゲンツさんが仕事を終える頃にフィナの家に行く。
もちろん、二人を王都に連れて行くことを説明するためだ。
フィナとシュリのためにもゲンツさんやティルミナさんを説得するための言葉を用意はしてある。
「わたしが守るから安心して」「一応、Cランク冒険者だよ」「ブラックバイパーを倒せるから魔物に襲われても大丈夫だよ」「もし、襲われてもくまゆるたちがいるから逃げられるよ」その他もろもろの説得の言葉を用意した。
気持ちに気合を入れてフィナの家に乗り込む。
「ユナが一緒ならいいぞ」
「ユナちゃんが一緒なら、安心ね」
「…………はぁ?」
開いた口が塞がらない。
こんなに簡単に許可が出るとは思わなかった。
ゲンツさんとティルミナさんの言葉にシュリは喜び、フィナも嬉しそうにする。
「いいの?」
「ああ、フィナが王都に行ったときも、シュリはクリモニアで我慢していたしな。もし、フィナとシュリの2人だけで行きたいと言っているのなら止める。でも、おまえさんが一緒なら、安心して行かせることができる」
信用してくれているんだね。
そう思うと嬉しい。
「それに、エレローラ様のご招待をお断りするわけにはいかないわ」
「別に断ってもエレローラさんは……」
怒らないけど、悲しむかな?
「先日、お会いしたけど。優しい人みたいね。前にフィナやユナちゃんからの話で優しい人だって聞いていたけど。だからと言って、貴族様のお誘いを断って良いものではないわ。もちろん、嫌なことだったら断りたいわ。でも、今回はエレローラ様の好意の申し出だし、この子たちも行きたがっているしね。止めることはしないわ」
「うん! エレローラ様は優しい方だよ。……でも、振り回されるけど」
確か、わたしがゴーレム退治をしている間にいろいろと連れまわされたり、着せ替え人形になったって聞いたっけ。フィナの着せ替えは見てみたいけど。自分がさせられたらと思うと、身震いする。
「それにわたしたちじゃ、簡単に王都に連れていってあげることはできない。フィナもそうだけどシュリも良い経験になると思う。ただ、二人がエレローラ様に迷惑をかけないかが心配ね」
「わたし、迷惑なんてかけないよ」
「わたしもです」
シュリは頬を膨らませる。
フィナも否定する。
昔は貴族ってことだけで、震えていたフィナが懐かしい。
お姉ちゃん、少し寂しいよ。
「ふふ、二人が良い子なのは分かっているわ。でも、親としては心配なのよ」
隣に座るシュリの頭を撫でる。
「でも、ユナちゃん。三人も大丈夫なの? 迷惑にならない?」
「三人とも自分勝手に動いたり、我侭を言ったりしないから、大丈夫ですよ」
勝手に動き回ったり、我侭を言うようなら、見限っている。
我が儘な子供の面倒をみると思うだけで、切れる可能性が高い。
その点、フィナもシュリもノアも言うことを聞いてくれるから、安心して一緒にいられる。
なによりも、わたしのクマの着ぐるみの格好を馬鹿にしたりしない良い娘たちだ。
笑うものなら、絶対に一緒に王都に行こうとは思わない。
そして、無事にフィナとシュリの王都への許可も出た。帰ろうとするがティルミナさんに夕食を誘われたので、有り難くティルミナさんの手料理を頂くことになった。
帰り際にはフィナとシュリには家に来てもらう約束をする。
神聖樹のお茶の実験はクリフでw
活動報告に3巻とwebの違いを書きました。
大きな変更点はありませんが、今後は書籍版に基づいて進むことになります。
ご了承ください。