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ガールズカルテット 作者:双色
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 放課後。
 静かな廊下に流れるBGMはランニング中の運動部が発する掛け声と、そこを歩く生徒達の足音のみ。前述では複数形としているが、現状は首をどの角度に捻っても廊下は閑散としている。人っ子一人いやしない。足音は独唱。観客は無し。
 二重奏のユニゾンはそれを奏でる一人の人物にしか届かない。
 と、こんな陰気な独白に意味は無い。
 そうと解っていながら頭の中で独り言を重ねる俺は、それ相応に暇を持て余し倦怠期に浸っていた。世はなべて事も無し。実につまらない午後下がり。
 やがて足音は階段へ差し掛かる。けたたましい運動部の声も届かぬ領域に達して、
「きゃっ!」
 新たな音がここに生まれた。
「す、すいませんです!」
 華奢な身体が一度その場で飛び跳ねる。そこから流麗な動作でお辞儀へと移行した。
 この行動に関してはエキスパートです、と少女の発する雰囲気が語っていた。欠片も自慢にならねえよ。
「ああ、気にするなっていつもの事だし」
 面を上げたその少女――暦に言ってやる。
「あわわ、先輩!?」
 自分の衝突した相手が誰であるか、今正に知りえた暦は眼に見えて狼狽していた。
「よくもまあ……こうしょっちゅうぶつかれるな、お前。もしかしてわざとやってないか?」
「あわわ、どうして解ったんですか!?」
 飛び方を知らない雛鳥のように両手をぱたぱたと動かし、暦の声は震えていた。
 ……え、マジ? 
「暦、お前……」
「ご、ご、ご、ご、ご、ごめんなさいです! 先輩をストーキングするような趣味を持っちゃっててごめんなさいです!」
 ぺこりぺこりぺこり。高速で上下する暦の頭に、俺は強烈な既視感を覚えながらも敢えて言ってやった。
「ストーキングしてんのか?」
「あわわ、何で知ってるんですか!?」
 うん。この子は一度脳の検査をするべきだろう。
 俺は携帯を取り出して三つの数字を打ち込む。ここが悩みどころだ。電話を掛けるべき先は病院か、それとも警察か。呼びべきは救急車か、それともパトカーか。彼女を送る先はベッドの上か、檻の中か。
「ダメです! 警察はダメです先輩!」
「何で俺の心読んでんだよ!?」
 小さな身体でダメージなど微塵も与える事の出来ない体当たりをかまし、しかし目的の獲物はしっかりと確保した暦。俺の携帯は今正に処刑される寸前。暦の瞳は狂気の色を帯び、獣のそれと化していた。……もしかしてこれ、誰かに仕込まれた事なんじゃないだろうか。
「冗談だから。通報とかしねえから。だから落ち着け。そんで携帯返せ」
「本当ですか……?」
 折り畳み式の携帯電話端末。人類の技術進歩が可能としたスリムボディは、この状況に至っては命取りとなる。暦はその両手で握力の限り携帯を握り、今にも握りつぶしてしまおうかとばかりに締め付ける。小柄な少女の握力で今時の電子機器が破壊出来るのかどうかは不明――暦に関しては絶対的に不可能――だが、それでも用心するに越した事は無い。
「ああ、絶対しない。約束する」
「でも……先輩嘘つきですから。……信用できません」
 自分の素行を想起する。学年が違うという事もあって暦と会話した時間は長くない。
 その短い時間のどこを探っても、俺が暦を欺いた事などは皆無。再三嘘つき呼ばわりされる過去は断言してもいいが、一切無い。
「名誉毀損だな、そいつは」
 短く言って僅かに緩んだ拘束から携帯を取り返す。どうやら無事であるらしい。
 ディスプレイに暦の指紋がべったりとついているが、こんなものは拭き取ってしまえばノープログレム。無事と称して問題ない姿だろう。
「ああ! 先輩ダメです通報はー!」
「だからしないって。いい加減そこから離れろ」
 助走無しで猛然と突撃してくる暦。勿論威圧感や迫力といったものは無い。
 暦の突進を闘牛士のように躱して、畳んだ携帯をポケットへしまう。ここまで見事にやってくれると、それはそれで賞賛を送ってやりたい気分になる。その記憶力。そして演技力に対して。
「きゃわ!」
 背後から声が聞こえた。
 振り返ると、暦が悪代官と越後屋の密談を盗聴する屋根裏の忍者のような体制で廊下に伏していた。リノリウムの廊下。老朽化しているとはいえ、そこには一切といって差し支えないほど凹凸が無い。少なくとも人が躓いて転ぶほどのものは。
「痛いですぅ……」
 続いて上靴の裏で廊下の表面を撫でてみた。
 ゴム製の靴裏が摩擦の影響で僅かに動きを鈍くする。ワックスがけでもしない限りは滑る事も無いだろう。再度確認するまでも無い事だというのに。
「早く助けてくださいよ先輩!」
 膝を摩った暦が、雨の中のダンボールに入れられた捨て犬のような眼で俺を見ていた。
「ヘルプミィ! ヘルプミィです先輩!」
「……やかましい。自分で立てるだろうが」
「助けてください先輩! せんぱ……い」
 芝居掛かっていて尚且つ大袈裟な仕草で、何故か患部である膝ではなく胸部を押さえて倒れこむ。突然の心臓麻痺に倒れる様子を表したつもりなのかもしれない。これは……見ちゃいられん。こう色々な意味で。
「解った。解ったから。ほら」
 片方の手で後頭部を掻きながら、もう片方の手を悲劇のヒロインへ伸ばす。
 窓の外の太陽は大きなオレンジ色のミラーボールとなって東の空に沈み行く途中。一般に夕日と呼ばれる姿へと状態変化を遂げていた。
 一瞬顔を上げた暦は自分の伸ばされた手を見るや再び顔を伏せ、ゆっくりと表を上げて縋り付く。なんかもう、いちいち面倒くさい。
 差し伸べた手に他人の体温が触れて、暦は台本通りの台詞を発する。
「うぅ……流石はわたしの先輩です……! わたし……感涙です!」
「いいからさっさと立て。誰か来たら俺がバカみたいに思われる」
「はう!? ……そんな、酷いです」
「……お前の心不全かその類の病が仮病でなく。さらにこけた際本当に脚を負傷しているんだったら、この場は後輩を助ける優しい先輩で済む。だがそうでない場合は放課後の廊下で後輩と茶番を繰り広げる上級生。つまりはバカに成り下がる」
 まだ膝を突いている暦を引き上げて、
「だいたいな、お前。このやり取りは昨日もしただろ」
 まだ記憶に新しい放課後の廊下での記憶を呼び覚まし、決定的な事実を告げた。
 先日。夕日が沈み行く時間の廊下。
 俺は今日とまるで同じ体験をしていた。
「え……本当ですか、先輩?」
「嘘吐いてもしかたがないだろ。ほんともほんと。寸分の狂いも無く、昨日と全く同じ茶番をどうもありがとう――って拍手してやってもいいくらいだ」
「あれ、あれれ?」
 未体験のシーン。ここから先の台本は記憶の中のどこを探しても見当たらない。
 暦の首を傾斜させ、その頭上にクエスチョンマークを浮かび上がらせる。これが演技からの惚けた体を装っているわけではないという事は、彼女と一ヶ月も付き合っていれば容易に理解できてしまう。生粋の天然。頭の爽やかな人と勘違いされかねない我が後輩。
 何か声を掛けようかと頭の中で辞書を捲り始めた俺に、暦は呟くように言った。
「夢……じゃなかったんですか?」
 この言葉で。
 俺はこれまでで一番。
 御巫暦という少女の頭を心配した。
「あー……」
 なんと言ってやるべきか。ここは優しい言葉で慰めてやるべきか。或いは優しく精神科医を紹介してやるべきか。どっちにしても優しさがポイントだ。
 きょとんと俺を見上げる瞳を見据える。華奢な肩に手を載せて、
「すまん」
 としか言いようが無い。
 暦を見習うように素早く一礼して、呆気に取られている姿に背を向ける。
 そっとしておいてやろう。
 これ以上俺が彼女の性癖に首を突っ込み事はよした方がいい。
 もともと突っ込んでいない気もするが。
「え? どこ行くんですか先輩!」
 暦の叫び声を尻目に勢い良く階段を駆け下りる。振り返れば絶賛狼狽中の後輩を視る事が出来るだろうが、その姿は既に何度も見た。もう振り返る事は無い。
 何度も自分を呼ぶ暦に罪悪感を覚えつつも、俺は脚を止めず小さく謝罪の言葉だけをその場に残して走り去った。


 ◇


 廊下を全力で走り抜けて上がっていた息を整え、振り返ると当然の如くそこに暦の姿は無い。今更ながらこちらの校舎に暦が来ていた理由も気になるが、過ぎた事は忘れる事にしよう。
 我関せず。明日から暦との接し方は慎重に選ぶ事にしよう、などと考える。
 俺は下靴には着替えるべくして下駄箱を開けた。
 そこには当然のように朝脱いだ下靴があり。
 そこには何故か見知らぬ便箋が折り畳まれた状態で据え置かれていて。
 そして何より。
 俺を驚愕させたのは――黒い丁寧な文字で記された差出人の名前だった。
 作者多忙により更新が送れ、楽しみにしてくださっている方、誠に申し訳ありません_(--)_
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