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ガールズカルテット 作者:双色
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 ものの数分で劇的なダイエットを成功させた中身空っぽの弁当箱を引っさげて、俺が重い扉を開くと闇の中に空が佇んでいた。
 深すぎる闇はしかし、開いた扉の隙間から差し込む光でその勢力を減少させている。
 故に俺はリノリウムの床を踏んだ際に胸板にぶつかった物が空の頭であると認識できたのだ。
 今は昼休み。空がわざわざ俺に会いに来る理由とは、果たして一体何なのだろう。
「相変わらず校則を破って不良気取りですか。兄さん?」
 ぎいぎい。錆びた摩擦音が闇に木霊する。
 校則違反? はて、何のことだろう。
「校則?」
「ええ、入学式の時に校長が言っていたでしょう? 生徒は基本的に屋上へは立ち入り禁止だと。生徒手帳にも記されていますよ?……ほら」
 制服の内ポケットから生徒手帳を取り出して、俺に見せ付けるように広げる。
 残念ながらこのような暗がりで黒字の文字を読み取れというのは至難の業だ。そんなのは工作員が持つスキルに他ならない。勿論俺はこの先そんな肩書きを手にする気は無いし、能力的に万が一にも有り得ない。そんな訳で、俺は初代校長だか教頭だか生徒会長だかが考案した校則を明記する文章を読み取れないでいる。
 ていうか、実は屋上って立ち入り禁止だったんだ。
 何とか眼を細めて単語の一つでも目視しようと努めていると、空はあっさりと手帳を閉じてポケットに収納してしまう。
「そういう事です。柄にも無く悪ぶるのは無意味ですよ」
 言ってくれる。俺も好きで校則に違反していたわけではないさ。それにワルを気取りたいなら屋上でなく、体育館裏にでも行くべきだろう。昼休みの体育館裏は不良の溜まり場、というのはどっかの定説だ。偏見かもしれんが。
 深淵の中に開かれた手帳のページに、空が言うような校則が記されていたのかは定かではない。だがもし本当にそこに生徒の屋上立ち入り禁止を明らかとする文章があったとすると、空はこの場でそれをどのように知りえたのか。
 飛び切りの夜目を得ていたのか。
 或いはどこにどの校則が記されているのか記憶していたのか。
 常識と我が妹の能力をトレースして考察するに、後者だろう。実に恐ろしい。
 俺なんて校長の名前も覚えていないというのに。
「どうかしましたか?」
 変に考え込んで黙ってしまった俺を空は平然とした面持ちで見上げていた。
 隣に並んで歩いている分には雰囲気とその他幾つかの要因で伸長差を感じさせないが、こうしてみると結構な差だ。空の体は年齢相応の少女の物でしかない。
「いや別になんでもない。ところでお前がわざわざ俺の所に来るってことは、何か用があるんだろ?」
「何もわたしは、兄さんに用があって来たとは言っていませんよ?」
「…………」
 なんと言い返していいのか、表情を瞬間冷凍されながらボキャブラリーから言葉を模索している俺を尻目に、
「冗談です。ええ、兄さんに用事があってきました」
 それ以外に校舎を移動する理由は無いでしょう? と補足説明を行い、空はくすりと笑った。すまんが俺にはどの辺が笑いどころだったのか解らない。それに加えて途中で吐いた溜息も。どうしてこの妹は実の兄と面を合わせて会話する際に、決まって溜息を吐くのだろう。
 俺は他人が見た夢の話並みにどうでもいい疑問を首を振って忘却した。
「それで、学園きっての優等生がわざわざこんな所まで出向く用ってのはなんだ? まさか校長から直属に兄の非行を咎める任務を与えられた訳じゃないだろ?」
「それはそれは。仮定にしても愉快な学園の長ですね。兄さんの頭の中は年中ファンタジーで溢れかえっているようですが、学業に精が出ず、出たとしても結果も伴わないのはそれが原因なのでしょうね。早急に脳の手術を予定した方がいいと思います」
 ぐさりぐさり。俺のメンタルがそんな擬音語を大声で叫んでいる。
 客観的事実であるとはいえ、そこまでストレートに言われると俺の精神的ヒットポイントも残りゲージが数ミリ程度になってしまうというものだ。うむ。空には精神攻撃の才能があるのかもしれない。などと妹の才能に嘆する場面ではないな。むしろここはその天賦の才を槍として矛先を実の兄に向ける妹を叱咤するか……自分の現状にこそ嘆するべきだ。
「……お前さ、もう少し俺に対する態度柔らかくしようとか思わないか?」
「――それでは兄さん。昼休みも残り少ないでしょうから、端的に用件を述べます」
 懇願するような俺の呟きは、無反応の元に一蹴された。
 無視とは家庭崩壊の最たる要因として君臨しているというのに。
 我が妹はいつからそんな恐ろしい行動を取るようになったのだろうか。
「今日の放課後ですが、わたしは用があって帰宅が遅れます」
 それだけ言って空は俺に拳を突きつけて開いた。
 暗闇で微かに鈍く輝く銀光。鍵と呼ばれる小さな鉄の塊がそこにあった。
 空の手にある鍵を見て俺は、
「は?」
 としか言いようが無い。厳密に言えば感動詞というより、呼吸と共に零れ出た心情吐露とでも言うべきだろう。ん? 言い換えただけで変わっていないような……。
 学年の高低も関係して基本的に帰宅は空の方が早い。
 その為に俺は自宅の鍵を基本的に持ち歩かない。そしてまた今日も例外ではないのだが。そんな事なんかよりも気がかりなのは、
「それだけの為に、お前はわざわざここまで来たってのか?」
「ええそうですが、何か?」
 自分の行動には一切目の前の相手に疑念を発生させる余地など無い。というようなはっきりとして強気な口調で言って、空は俺の手を取り鍵を握らせた。ひんやりとした感覚。
 鍵の受け渡しが終了して、空はさっさと階段を下りていこうとする。
 空間に漂う黒の中でも存在を明確の物としている黒髪を見下ろしながら、
「お前って案外兄貴想いなんだな」
 呟いた言葉は兄妹の間を泳いで行き、妹の耳まで到着した。
 ……らしい。空の行動がそれを俺に教えていた。
 ぴたり。揺れていた空の双肩が停止する。
「冗談は休み休み、寝言は永眠している間にどうぞ」
 何故か逆上してしまった空はスタコラと階段を駆け下りて行った。
 さて、一体俺の言葉のどこに妹の神経を逆撫でする韻が含まれていただろう。
 ううむ。実に解らない。
 何故空が憤怒したのかも、軽く頬に朱が差した理由も。
 まあ、怒気から血が上ったんだろう。
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