ドワーフの生態と新たな客
ドワーフたちは、常に飲んでいるイメージがあるが、そうではない。
酒造りに関してのみだが、彼らは熱心に働く。
酒が関わっていれば、農作業も文句を言わずにやってくれる。
逆に俺よりも収穫時期に関して煩かったりする。
良いことだ。
酒造りの際、盗み飲みは常習かと思っていたが、味見程度で盗み飲みは一切やっていない。
彼ら曰く。
「酔った状態で作業して、良い酒ができるワケがなかろう」
なるほど。
酒造りに火を扱うこともあり、交代で寝ずの番をしたりする時も、酒を嗜んだりしない。
「火の番が酒を飲むなど言語道断」
もっともだ。
火事は怖い。
彼らが酒を飲むのは食事の時。
「うむ、今日の酒は駄目だな」
「ああ、香りが飛んでいる。
喉を焼くためだけの酒だな」
「香りといえば、良い香りのする木を見つけたんだ。
あれで樽を作ってみないか?」
「樽よりも、村長が言っていた方法はどうだ?」
「作物を乾燥させる時に香りを付けるというヤツか」
「作物を燻してから酒にするだけだ。
難しくはないだろう」
「確かにな。
しかし、これまでそんな方法を思いつかなかった自分が悔しい」
「ははは」
普段の食事の時に彼らは酒を飲むが、どうしても試飲、品評、研究発表の様子が強い。
まあ、これは俺が村人に酒飲を規制しているからだ。
村人が酒を飲めるのは宴会の時のみ。
さすがにずっと規制しているのは悪いので、節度を覚えた辺りで解禁したかったが……良い感じなのでこのまま継続。
褒賞メダルとの交換で手に入れる方法があるので、爆発はしないだろうと思いたい。
ともかく、ドワーフはイメージと違って常に酒浸りというワケではない。
彼らは熱心だ。
酒造りに関しては。
……
…………
「あー、ドノバン」
「どうした村長?」
「また増えたのか?」
「うむ。
今朝、到着した。
すぐに村長に挨拶させようと思ったのだが、酒造りの現場の方を優先したいと言ってな」
現在、ドワーフは十五名になっている。
「寝る場所に困るだろ。
建設するか?」
「建設するなら先に乾燥小屋を頼みたい。
あと、新しい蒸留器が欲しい。
それを設置する小屋もだな」
「必要なら建てるが、先に寝る場所だろ?」
「いや、乾燥小屋を先に頼む。
寝る所なら床で十分」
彼らは熱心だ。
酒造りに関しては。
客が来た。
変な人だ。
変な点、その一。
ザブトンやグランマリアたち、クロたちに察知されずに村に来たこと。
まあ、この辺りは新しく来るドワーフたちもそうだけど……
変な点、その二。
それなのに、ザブトンやクロたちが襲い掛からないこと。
手を出したくても出せない感じだ。
変な点、その三。
発見された時、大樹の所に作った神様の像の前で五体投地していたこと。
俺たちがその客の存在に気付き取り囲んでも、彼は五体投地を止めなかった。
五体投地とは。
全身を地面に放り出す最上位礼。
最終スタイルだけを見ていると、倒れているようにも見えるけど最上位礼。
そして客の正体はあっさりと判明した。
「始祖様?」
ルーのお爺ちゃんだった。
「ルールーシーが子供を産んだと聞いてね。
何かの間違いかと思ったんだけど……本当なんだね」
「ええ、私も子供が産めるとは思いませんでした」
「そうだろうね。
でも、稀有なことだけど子は宝。
大事にするように」
「はい。
ありがとうございます」
始祖さんの見た目は若いお兄ちゃん。
カチっとした貴族らしい服装なのだが、一部をワザと崩している。
崩しているのにだらしなく感じることはなく、逆にそれがお洒落だと理解させられてしまう。
だからと言って他者を寄せ付けない空気を出すことなく、逆にフレンドリーさを演出している。
まあ、五体投地で服が汚れているからかもしれないけど。
ルールーシーの紹介では、この始祖さんは四千年ぐらい生きているとのことだ。
四千年。
目の前の人物にそんな重みは感じられず、俺には近所の顔見知りのお兄さんぐらいに思える。
「ははは。
長く生きるコツは、時々記憶をリセットすることなんだよ」
俺の疑問を感じたのか、始祖さんが先に回って説明してくれる。
「名前とか血族とか大事なことは忘れないようにして、その他のことをさくっと忘れるんだ。
最初は不安だけど、一回やると慣れるよ。
前にリセットしたのが二百年ぐらい前だから、まだまだ若い感じになっちゃうのさ」
「吸血鬼ってのは、そんなことができるのか?」
「吸血鬼だからじゃなく、魔法だよ。
ドラゴンも一部はやってるんじゃないかな。
長く生きるってのは色々とシンドイからね。
ああ、ドース君じゃなくてその上ね」
「ドースと知り合い?」
「君たちのことはドース君から聞いたんだ。
あーそうそう、挨拶もなく村に入ったのは申し訳ない。
様子を見たら黙って帰るつもりだったんだけど、つい興味を引く匂いに釣られちゃってね」
「匂い?」
「これ。
この像。
創造神様」
「創造神?
どっちが?」
大樹の社には、俺の彫った神様が二柱ある。
一つは、俺がこの世界に来ることになった時に会った神様。
もう一つは、【万能農具】をくれたであろう農業の神様。
始祖さんは迷わず、俺がこの世界に来ることになった時に会った神様を指差した。
「こっち。
凄いね。
創造神様を見事に体現している。
思わず、頭を下げちゃったよ」
「……会ったことが?」
「僕が生まれた時に一度ね。
ちょっと変わった体質だけど、頑張るようにって」
「変わった体質が吸血鬼?」
「そうみたい。
この体質で、色々と苦労したし、色々と助かったし、色々とやったみたいなんだけど記憶にないからねー。
ははは」
始祖さんは一通り笑った後、真面目な顔でこっちを見る。
「何をやっても、創造神様は忘れないし、忘れられないよ。
でも、姿はわからない。
若者の姿なのか、年寄りの姿なのか。
目の色は? 髪の色は? 長さは?
僕も形にしようと何度かチャレンジしたけど、この像ほど体現できなかった」
始祖さんの像を見る目に、熱いものを感じる。
「さすがに、譲れませんよ」
「それは残念だけど、わかってる。
だから、僕のために新しいのを彫ってほしい。
代金はちゃんと払うから。
お願いできないかな」
「あー……」
俺は少し悩み、周囲を見る。
結構な村人が集まっていたが……
ルーとフローラは、お願いしますと俺を拝んでいた。
ティアやグランマリアたちは、仕方ないでしょうと促す顔。
ラスティ、ハクレンは俺がどう答えるかを期待した顔をしている。
フラウや文官娘衆は、始祖さんを見なかったことにしたらしい。
現実逃避している。
その他の者たちも、大体はこの四つの行動。
一番多いのが、仕方ないでしょうと促す顔だった。
「彫ってみるけど……気に入ってもらえるかどうかわからないぞ。
俺、彫刻師じゃないし」
実際、彫ったのは俺だが【万能農具】のお陰な面が強い。
「ああ、全然構わない。
よろしくお願いする」
「わかった。
ちょっと待っててくれ。
あー……サイズの希望は? 人間ぐらいのサイズで良いかな?」
「それぐらいで」
「了解。
さくっと彫るよ」
森に行って程良い木を選び、伐採。
【万能農具】をノミに変え、感謝の気持ちを込めながら彫る。
彫る彫る彫る。
【万能農具】を彫刻刀に変え、微調整。
完成。
大樹にある像より二割ぐらい美男子になった気がするが……雰囲気は合っていると思う。
「これでどうだ?」
新しい像の前で五体投地をしている始祖さんに、答えを聞くまでもなかった。
その後、始祖さんを歓迎する宴会が行われた。
その最中、始祖さんはアルフレートを抱き、満面の笑みを浮かべていた。
本人は孫を可愛がっているつもりなのだろうが、見た目が若いので自分の子のように見える。
絵になるなぁと思いつつも、それは俺の子だと軽く嫉妬。
そんな俺をルーが宥めてくれた。
うーん、家族。
宴会中、始祖さんと色々な話をしたが、始祖さんが凄いことしかわからなかった。