二年間
「メルティ……」
現在メルティを守れる人物はフィーロだけだ。
だが、フィーロだけで転生者達を倒すのは難しい。
早く、可能な限り早く助けにいかなければならない。
「大丈夫、君はボクを信じられないみたいだけど。説明するね。その女神も君達の力の源とボクとでは、気づかれないと思う」
「貴方は、敵ですか? 味方なんですか?」
「ボクはボクのルールで戦っている。神狩りだよ。ボクのルールはその世界の理から外れた者を排除する事、君達は……君達を好む精霊が君を望んでいる限りは、多分味方だよ」
アークの周りを精霊が回り始める。
「ボクは見えないけど、君の事を精霊は気に入ってくれているんじゃないかな?」
回り始めた精霊が俺とラフタリアを取り囲む。
「その精霊達は壊された世界の精霊達なんだ。だから君達に自分達の世界の分まで守ってもらえるように願っているんだと思うよ」
「お前は見えないんじゃないのか?」
「精霊は見えないけど、武器に宿る意志を媒介にして聞こえるんだ。君の盾には……君達に負けず劣らずの魂が宿っているでしょ?」
その問いに、盾が浮かび上がって形と成す。
形成されたその人物は俺に抱き付いた。
「尚文様!」
それは……アトラだった。
盾に宿る魂か。
確かにアトラは盾の精霊と共にこれまでがんばってくれた。
アトラの意思も、精霊達の無念も、なにもかも……無駄にはさせない。
「君だね。さっきからボクに語りかけてきたのは、君は……精霊? それとも魂だけの存在なのかな? 半透明でボクには良くわからないけど、強い力を宿しているよね」
アトラは一頻り俺に抱きついた後、ラフタリアに引きはがされてからアークの問いに答える。
「はい。私も盾の精霊様と共に、尚文様の力になろうと力を合わせていました。やがて……私の意識と盾の精霊様の意識は混ざり合い、私は精霊であると同時に魂を持った一つの存在となったのです」
「よくやるな……」
まだ、アークの理屈で言う所の神になった感覚は薄い。
ただ、それでも出来る事が増えているような自覚はあるのだから実際に戦って試すしかないだろう。
「尚文様、大丈夫です」
そう言ったアトラを中心に精霊達が旋回する。
俺は、自身の力が増えて行くのを感じる。
「今……精霊様達から力を授かりました。尚文様、どうか感じて下さい」
アトラの言葉に自覚した。
今の俺達は、何か異なる何かを精霊達からもらったのだと。
ただ、俺はもらう事は出来ても奪う事は出来ない。
盾という制約が俺を縛ると同時に力となる。
「そろそろ行った方が良いんじゃないかな? ボクは他にやるべき事があるからついて行く事は出来ないけど」
「色々とご教授、ありがとうございました」
ラフタリアとアトラがアークに向かって頭を下げる。
「気にしなくて良いよ。君達が自分で気づき、作り上げた力なんだ。その力を得た時に思った事をずっと守っている限り、君達はボクの敵じゃない事を覚えていて」
そして、アークは嬉しそうにほほ笑む。
まあ、逆に言えば少しでも道を間違えば全面戦争なんだけどさ。
先程まで意味不明だった目的も大体わかる。
今はお互い敵ではない状況。
要するに無関係なんだ。
色々としてくれたし、今後何かあれば、協力するのも良いかもしれない。
もちろん、俺とアークの目的が一致していればの話だが。
「もし、信じた道を苦痛に感じ、眠りたい。終わらせたいと思ったら、ボクを探すと良いよ。ボクは、終わりを与えるのも役目だから」
「ああ……そうだな、生きるのに飽きたら頼むかもしれない」
「そう、その時はよろしくね」
永遠に眠らない者が何を求めるかと聞かれたら、いずれこう答える。
ただ、安らかに眠りたいと。
コイツはその役目を背負った概念なんだろう。
しかし、よろしくって……皮肉に皮肉で返された。
いや、天然か?
まあいい。今はそんな事を考えている暇は無い。
「良いかい? 君達がまずすべき事は世界に入る前に相手に気づかれない事だよ。君の盾は世界を守る楔のようなモノなんでしょ? 楔を打ち込む前に最後の楔を抜かれないようにね」
楔……そうか。
今、あの世界を守っているのは樹……弓の勇者と弓の精霊なんだ。
他にグラスの世界に居た勇者の精霊も楔となっている。
この楔をクソ女神は本気になればすぐに殺せる。
殺したと同時に世界は滅ぶのだろう。
ならば……楔の本数を増やすべきだろ?
今の俺とラフタリアはこれまで以上に大きく、強い楔となっている。
だが、それだけでは心許ない。
少しでも多く、勝てる可能性を増やす必要がある。
となれば――
「ナオフミ様」
「尚文様」
「わかっている。錬と元康を拾っていこう」
今の俺達なら二人を見つけて戻ってくる事が出来る筈だ。
あの二人も、俺達と同じように生き延びているはずだ。
俺達は世界を渡る為の力を展開させ、宙に浮かぶ。
意識を集中し……錬と元康の居場所を探す。
……元康は、近いな。あの世界の並行した場所にいるようだ。
逆に錬は遠い。
宇宙空間に例えると、別の銀河位まで離れた世界にいるぞ。
あそこが錬の世界なのか?
「あ、戦いの時に、これが君達の役に立つと思うよ。間違っても精霊に与えるのであって、飲んじゃダメだよ」
そう言ってアークはあの不死の薬を俺達に投げ渡した。
薄めた物ではなく、原液と言っていた。
この原液で出たスキルは、どれだけの威力を出せるのだろうな?
「願わくば、君達の戦いに幸多い事を」
アークが手を振る。
「人を食ったその態度、絶対に俺はお前を心から信用しないからな!」
それとなく人に試練を与えるのは、なんかむかついた。
結果的には良いのだけど、踊らされているみたいで気に食わない。
「あはは……君らしいね。でも、嫌いじゃないよ。うん。頑張って」
「必ずこの借りは返す。俺は約束は守る男だ」
「そっか、必要になったら頼むよ。ほら、ボクは一人だからさ」
まったく……なんか締りの無い奴だ。
ともかく、今はなによりも早く世界を救う為に行動しよう。
借りを返すにしても、全て終わってからだ。
「ラフタリア、アトラ、行くぞ」
「はい」
「わかりましたわ」
俺達は光となって、錬と元康を迎えに行く事にした。
錬の世界は外から見てもSF系だとすぐにわかった。
ただ、近寄ったら見えてきたんだけど、なんか異世界がある事が周知の事実となっている。
まだ自力で行く方法が確立されていないが、何十年後かには実用化されるかもしれない。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ああ」
俺とラフタリアとアトラは錬の世界に侵入した。
自分の体を錬の世界で構築し、降りる。
場所は……錬が一人でいる時の、自室らしい部屋だ。
スッと降り立ち辺りを確認する。
近未来っぽい世界らしいが、錬のいる部屋は俺の世界の間取りとそう大差が無い。
至って普通のマンションの部屋という感じだ。
窓にはカーテンが掛っていて、少しだけ外を見ると、やはりそこまで差は無いように思える。
空飛ぶ車とかを想像したが、さすがに無いか。
まあ文明レベルは違うが、日本だからな。
錬は……机に座って、大きなヘルメットを被っていた。
ネットの世界にダイヴする為の道具何だろうなぁ。
急いでいなければ、少しやらせてもらいたいな。
ほら、なんだかんだで俺ってオタクだし。
錬は……その体勢のまま、あまり動かない。
呼吸はしているので死んでいたり、植物人間というわけでもなさそうだ。
寝てるのか?
「どうしましょう?」
「一応、肩を叩いてみるか」
「それが一番かと思いますわ」
俺は錬と思わしき相手の肩をポンポンと叩く。
するとビクッと一度痙攣したかと思った錬が、ゆっくりとヘルメットを取る。
「……誰だ? 母さんか?」
と振り返った奴に俺は言葉を無くした。
と、同時に俺は軽くアゴに手を当てる。
「すまん。人違いだった。じゃあな」
ラフタリアもアトラも首を傾げながら一礼する。
だって、気配は錬なのに見た目が違ったからだ。
いや、錬の顔が悪いとかじゃないぞ。
ネットゲームのキャラクターで異世界に来たとかじゃなくて。
俺が肩を叩いた錬だと思った奴は、錬に良く似た、錬よりも身長が頭一個分高い奴だったのだ。
見た感じだと、幼さの残っていた錬とは若干違う。少し年上だろうな。
俺の知る錬よりも体格が良い。訓練を欠かさずにしているように見える。
おそらく、錬の兄弟とか親戚と間違えたのだろう。
何処へ行ったんだアイツ。
死んでいないのはわかっているのに……。
と、次元跳躍をしようと思った所で。
「ま、待って――」
錬に良く似た男が俺の手を掴む。
「お前! 尚文じゃないか! しかもラフタリアさんに……死んだアトラさんまで、なんでいるんだ」
「は?」
錬に良く似た奴は懐かしい人と出会ったかのような顔をしていた。
え? もしかしてコイツ、錬なのか?
「ちょっと待て、お前……錬?」
「そうだよ。それよりも教えて欲しい。なんで尚文が俺の世界にいるんだ?」
やっぱり錬なのか。
俺もあの空間で長い事彷徨ったから人の事は言えないが、大きくなったな。
尚、伸びた髪などは盾を作り変えた際に元に戻した。
体感では、そんなに歳を取ったつもりはないしな。
「えっと……まずは状況を整理したい。錬、なんでお前……大きくなってんだ?」
「なんでって……異世界から元の世界に戻されて二年経っているからに決まっているじゃないか」
……錬の話ではこうだ。
錬はやはり俺達と同じように異世界でやられた後、元の世界に戻されてしまったらしい。
それから錬は色々な経験をしつつ、異世界に戻る術は無いかと調べた。
だが結局、剣は沈黙したままだったと言う。
幸い、いざという時は呼び出して武器として使えるほどの能力は残っていたらしい。
この二年間の間に色々な事があり、そして来るかどうかわからない、来るべき日に備えて自己鍛錬を繰り返していた。
と言う話だった。
失敗したな……錬の世界に入る前に時間軸まで合わせないとダメだったのか。盾の精霊とかもその辺りを調整してくれていたんだろうなぁ。
「それで……なんで尚文達はあの時と全く変わらずにいるんだ? まあ……二年じゃ変わらないのかもしれないけど」
「お前の剣に宿る精霊って……」
アトラが錬の剣に語りかける。
「力が足りず、遠すぎて……次の接近周期を待っていたそうですわ」
「……」
見た感じ、錬の世界が近づくのって相当後だと思うぞ?
彗星みたいな感じで定期的に近づくんだろうけどさ。
どれくらいの時間が掛るんだろう。
と言うか、二年って……錬の世界は時の流れが早いっぽいな。
「俺の世界だと一週間だったぞ。次の接近は」
「は?」
錬が呆気に取られている。
「じゃあ、もう戦いは終わっているのか?」
「いや、お前の世界の時間が早いだけだ」
俺達は錬に事情を話した。
異世界へ渡る途中で、色々あって力を編み出した事を。
すると錬は座り込んで落ち込んでしまった。
「俺の二年ってなんだったんだよ……」
気持ちはわからなくもない。
俺もラフタリアと元の世界で生活を二年間も続けていたら、こうなっていたと思う。
それはそれで良いのかもしれないけどさ。
「よし、じゃあ時間跳躍して飛んだ直後のお前を迎えに行く、それで良いな?」
神としての力と精霊の因果律を弄る力を併用すれば出来なくはない。
少し力を消耗するけど、精霊も文句は言わないだろう。
あくまで錬だけを巻き戻す様な物だけどな。
「ま、待った!」
錬がまたも呼びとめる。
「どうしたんだよ? 二年間も無駄に過ごすのはイヤなんだろ?」
「二年前の俺よりも今の俺の方が強い! だから、どうか俺を連れてってくれ!」
「それだとー……過去のお前は二年間待つ事になるが、それでもいいのか?」
俺の返答に、錬は若干目を泳がせた後、力強く拳を握りしめて言った。
「あ、ああ! その為に二年間を待つ必要があるのなら、我慢する!」
まあこの錬からしたら、二年前の自分を迎えに行かれたらイヤだろうしなぁ。
二年前の自分と繋がっている保証は無い。
確かに因果律がかなり変化を起こすから最悪、繋がらないかもしれない。
「あれから俺は色々と経験したんだ。前よりも確実に強くなっている自信がある! 一度、他の異世界に行った事だってあるんだ!」
「へー……」
そうか、やはり外から見た時にそんな経過が見えたんだ。
それに錬は巻き込まれていたのか。
こりゃあ変に二年前の錬を取って行ったら繋がらずに錬が増えたかもしれない。
正確には錬に似た誰か、にどっちかがなるんだろうけどさ。
「わかったわかった。じゃあこれからあの世界に連れて行くが、お前は、それでいいのか?」
守りきれるとは思うけれど、錬にだって居場所がある。
戦いの無い所で安穏と生きる権利だってあるんだ。
俺は、盾の精霊に問われた事を錬に尋ねた。
「……ああ、異世界から戻って、今日までの出来事に意味があるとしたら、迷わず俺は頷いて、あの地へ戻る!」
「そうか……じゃあ、準備はいいな?」
錬は迷わず頷く。
くそ、俺と似た様な事を言いやがって。
今更だが、結構恥ずかしいセリフだ。
俺も同じ事を言っているけどさ。
「じゃあ、行くぞ」
誤魔化すように俺が手を差し出すと錬は迷わず握り返す。
次元跳躍を発動させて、錬と共に次元を超える。
まあ、今の俺と錬とでは存在が異なってしまっているから、移動中は会話が出来ないけどな。
次は元康か。
行くべき世界の並行時空に元康はいるらしい。
ただ、世界の理というか何かで俺は侵入する事が出来ないようだ。
「どうしましょう?」
「ふむ……」
何度か防壁のように存在する世界に触れてみるのだけど、何故か俺は弾かれてしまう。
並行世界だからか? どうもこの力を上手く使いこなせていない気がする。
ルールとかがまだ完全に掴みきれない。
下手に接近し過ぎると女神に気づかれ兼ねない。
反面、ラフタリアは入る事が出来そうだ。
「よし、今は楔を打つために、元康はラフタリアに任せよう」
「わかりましたわ。尚文様」
「ナオフミ様、直ぐに槍の勇者を回収して後を追います」
こうして俺は元康を後回しにして異世界へ入る準備を整えた。
「アトラ」
「はい。出来る限り精霊の力を強めて尚文様をお隠ししますわ」
アトラが光となって俺の腕に盾として宿る。
……盾に成りたいと言った少女は本当に盾となって俺を守る。
有言実行もここまで来ると称賛に値するな。
このアトラは異世界じゃどういう姿になるんだろう。
錬の世界に行った時にも感じていたが世界毎に理が違う。
だから何が起こるか行ってみるまでわからない所が多い。
とにかく、今はメルティが大変なんだ。
どうにか急いで錬を回収したに過ぎないしな。
俺は意を決し、異世界へと突入したのだった。