094:打倒ザクス
「それでは開始線に立って、決して無理はしない事。そして正々堂々戦うように、はじめ」
正面にはザクスが木剣と木盾を持ち構えている、こちらも同じ装備をしていた。
審判兼指導員として隊長が買って出てくれて、見学者は学園長とヴァイスとティーナとレンだった。
少し遅れてローラとソラも見学に来たようだ。
二人とも基礎通りの構えをして相手の出方を静観している、このままでは埒が明かないので一合二合と剣を重ね盾で受け止めると、お互いにうまく攻撃が当たる気がしないことが早々に分かった。
「思ったより悪くないんじゃない?ヴァイスはどう思う?」
ティーナの問いかけに、ヴァイスは武器に振り回される事もなく制御は出来ている点を褒めてた。
「朝練の効果が出てると思うよ、ティーナ先生感想をどうぞ」
「ザクスは曲者だからねぇ、リュージが魔法使わないこの条件なら十分勝てるよ」
基本通りの構えでグダグダになるかなと思っていたら、ザクスの構えが明らかに変わった。
「リュージ、降参するなら今だよ」
「訓練で降参しちゃダメだろ」
「それもそうだね」
ザクスはそう言うと一瞬予告ホームランのポーズを取ってから、盾を持つ手を前に半身になりそのすぐ右に突き出すような姿勢で剣を構えだした。
まずは同じミドルレンジで戦う装備なので、後一歩で打ち合う距離まで近づいてよく観察する。
あの構えなら視野が狭くなっているはずなので、盾に向けて大振りで当てて弾こうと動くと、自然と体が開き体を守る盾が外に流れる。その隙間を縫って直進で突きに来る木剣が、左肩に当たる寸前で止められた。
「それまで、勝者ザクス」
「ザクスはあれぐらい出来るよ、だってうちの領で暮らしていた時一人で森に薬草とか取りに行ってたし。剣くらいいつも持ってたはずだよ」
「それじゃあリュージに分が悪かったね」
「まあ、今回は模擬訓練だし。4試合するんだから1戦ぐらいは落としても大丈夫さ」
外野が解説している中、隊長が自分とザクスに今の良かった点と悪かった点を指導してくれた。
「では、二戦目は盾と自由な武器だ。開始線に立って・・・、はじめ」
隊長は主に騎士科を教えているので、やはり防御を中心とした考えで盾を持つように指導している。
今回自分が持ったのは木の短剣で、ザクスも木の草刈鎌を模した武器を持っていた。
短剣ならスキルを持っている自分の方が有利だ、手数を増やしてフェイントを交えて攻撃するとザクスはすぐに降参した。
「リュージー、ムキになるな」
「ザクス程度に本気出すなんて大人気ないよー」
「これで一対一ね、二人とも頑張ってー」
さりげなく二人ともディスられているように感じたのは仕方がない。ザクスが持っているかは分からないけれど、スキルの有無は努力を超えられない壁であるとおじいちゃんとの世間話で話したのを思い出した。
「では、三戦目は格闘戦だ。開始線に立って・・・、はじめ」
これは正直困った、講習を受けていない戦闘スタイルだった。ザクスは自然体に立っていてこちらの出方を伺っている。
武器を持たないという事は考えられる動きは空手・ボクシング・柔道・相撲くらいか、勿論遊びや学校で習った以上の事は出来ないし覚えているはずもなかった。
「リュージ、そっちがこないならこっちからいくよー」
自然体で歩いてくるザクスにとりあえずガードを固めようとピーカブースタイルを取る。
大地をしっかり踏みしめアゴを守るのだ、このスタイルなら上半身は守りやす・・・左足に鋭いローキックをくらった。
膝から崩れ、前のめりに倒れる前に手をつくと、追撃はやってこなかった。
ザクスは隊長を見て止める様子がなかったので、一度開始線まで戻り考え込んでいる。
じわじわと残る痛みに堪え立ち上がると、打たれ強くないのにピーカブースタイルをするからだと反省して、アウトボクシングらしく軽快にステップを踏むように動き出した。
「三人とも、リュージ君はどこかで戦闘訓練を受けたとか聞いた事があるかい?」
「学園長、それは聞いた事がありません」
ヴァイスが返事をすると、ティーナは面白い動きをしている自分を興味深く見ていた。
「あんなにチョロチョロと動いてて疲れないのかな?」
「少なくとも戦闘に慣れた人がやる動きではないと思う、でもね生き残ろうと努力する引き出しが多いのは面白いね」
「面白いなんだ」
「努力が必ずしも勝利に結びつく訳じゃないからね」
ステップを踏む、半身でピーカブーより低い位置で拳を置き、きつく握り締める事なく殴る瞬間に力を込める。
確かそんな事を昔漫画で見た気がする、ステップを踏む・ステップを踏む・ステップを・・・。
「それって準備運動なのかぁ?程ほどにしないと疲れるぞ」
相手がやってこないとどうにもならないのに気が付いて止めた。
仕方がないのでノープランでザクスの構えを真似しながら近づいていく。
殴ろうと構えた瞬間、足元に蹴りが飛んでくる。これは足癖が悪いタイプだなとタックルに切り替えて腰を低くして突っ込むと、ザクスは両手を握って大きく上から下に振り下ろして叩き潰した。
「それまで、勝者ザクス」
一勝二敗、これで勝ち越しがなくなった。
隊長から無手の戦闘経験を聞かれて、「初めてです」と答えると感心された。
騎士科でも冒険科でも無手の講義は行っているので是非参加するように勧められた。
逆にザクスは動きが雑だと指導されれていた、熱心に戦闘訓練をするのは苦手らしく現状で満足らしい。
学園長が目配せをすると、隊長は二人に最後の戦闘では何を持つか聞いてきた。
4戦目は武器の制限はなくザクスはとても悩んでいた。
一勝したのは短剣だし、最後は勝って引き分けに持ち込みたかったので、木の短剣を取ろうとすると隊長に手首を捕まれた。
「勿論、こっち持つよな」
情報がこちらにも筒抜けだったらしく、隊長が差し出してきたのは木の両手鎌だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日は寮に戻ると両手鎌のスキルを確認することにした。
『両手鎌:Lv10+』と表記されている+の部分に意識を持っていくと、上位スキルに移行が出来ますとメッセージが流れてきた。両手鎌スキルの上位スキル候補は3つで【闇】【鎖】【魂】だった。
もうね【闇】だとダークサイズって奴でしょ禍禍しいよね。
【魂】って事は死神が持っているデスサイズでしょ、持ちたくないのは確定だよね。
問題はこの【鎖】なんだけど、鎌に鎖つけたら鎖鎌にならないかな?ただでさえ見た目が悪いし鎌は持ちたくないのに・・・、強制的にレベルを上げられてしまったので、隠し芸としてスキルは持っておくことにした。
消去法で【鎖】しか選べなかったので選択すると、無事上位スキルに移行したメッセージが流れた。
『両手鎌【鎖】:Lv1』に変化したので、当分鎌は持たないぞと心に誓った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「最後、四戦目の武器は自由だ。開始線に立って・・・、はじめ」
自由って言ったのに・自由って言ったのに・自由って言ったのに・・・。
ザクスはバトルフラッグを手に取っていた、隊長もバトルフラッグを持って今までより集中して見ていた。
こうなったらザクスには申し訳ないけど、一撃で女神さまのもとへ・・・もとい、不幸な事故を起こさないようにする必要があった。
両手鎌を片手剣でいう正眼の自然体の位置に構えた。
腰が引けているザクスがこちらをじっと見るとふとおかしくなって笑う、「ああぁ、この戦闘で何レベルあがっちゃうんだろう」と。
鎌を振り上げ駆け出すと怯えきったザクスが旗を大きく振り、「降参だ、リュージ止まってくれー」と泣きそうな声で叫んだ。
隊長を含めて周囲からブーイングが聞こえてくる。
学園長と隊長はこそこそ話しているし、ローラとソラは4戦分の総括をしていた。
ヴァイスとティーナは時間を確認し、「まだ2戦くらい出来るよな」と不穏な事を言っている。
レンだけは自分とザクスに、「おつかれさま、魔法科と薬学科で引き分けなら上出来じゃない?」と労いの言葉をくれた。
「ザクス、いくらあの鎌が怖いからって戦う前から降参はないだろう」
ヴァイスがザクスに尋問モードで取調べをしていた。
「ヴァイスぅ、お前もあそこに立ってみたら分かるよ。あの時のリュージは・・・そう、人を殺すような目で見ていた」
「それは言いすぎじゃないか、魔法でやりすぎる事はあっても素人が武器を持ったくらいでどうにかなるものでもないだろ」
ヴァイスとザクスが話していたのでティーナが、「じゃあ次は私の番だね、さっきの鎌もってやろうよ」と興奮気味に話しかけてくる。
「ティーナ、自分の戦闘技術は素人だよ。もうちょっと訓練してからでもいいんじゃないかな」
「リュージ、嘘は良くない。技量は構えれば大体分かるものだよ」
「えー・・・、折角引き分けで終わったのに」
「じゃあ、稽古をつけてあげる。ヴァイスもやりたいみたいだけど、守りを崩すのと実践形式とどっちがいい?」
「もうやるのは決定事項なのね」
「「「「「「「「勿論」」」」」」」」
自分以外、全員の総意だった。