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142:気持ち

 少し早めにアーノルド邸に到着すると、ソルトに出迎えられた。

レイシア達はお茶と話に夢中らしく、間もなく王子達も合流するので別室で待たせてもらう事にした。

それとなくソルトに今困ってる事はないかと質問したけど、「今日みたいに友達や身内がたまに来てくれただけで満足」とレイシアが昨日から楽しみにしていたので、多くを望んだら罰が当たると言っていた。


 王家にはよくして貰っているし、この世界で暮らすにしても今の環境は魅力的だった。

学園を卒業した後は国に仕える事は出来ないけれど、個人的に出来る事や協力出来る事があったら進んで手を貸したいと思う。

王子達も合流したので、早速食堂へ集まる事になった。


 王子達は数日アーノルド邸に宿泊した後、迎賓館に移動をする。

既に部屋の案内を受けて、寛いだ格好をしていた。

食堂ではスチュアートが来るまで談笑し、マイクロからは昨日の報告があった。

王子達はワイン工場を見学し、2週間を目安に領内を見学する予定だった。


 若干ほろ酔いな王子とセレーネは、この旅の出発時より大分仲良くしているように感じる。

新婚旅行を行わないこの国で女性陣は、婚前旅行として楽しそうに各領を仲良く旅する王子達の姿を羨ましそうに見ていた。

ドアの前に声がすると、スチュアートが戻ってきた合図のようで、レイシアとスチュアートは仲良く食堂へ入ってきた。


「レイシア・・・、お前・・・」

「お兄様、お久しぶりで御座います」

「ああ、久しぶり・・・。いや、それより何時からだ・・・じゃあないな。スチュアート」

「はっ、妻は間もなく出産となります」

「ああ、そうか・・・」

「もー、ローランドさま。最初に言うべき言葉があるでしょう」

「ん?ああ、そうだな。スチュアート・レイシアおめでとう」

「「ありがとうございます」」

「お二人共、おめでとうございます。ねえ、王子さま」

「セレーネ、そういう言い方はやめるんだ。分かってるから」

「さすがローランドさま。是非、出産までこの領に滞在したいと思います」


 スチュアートの挨拶により食事会が始まった。

「田舎料理ですが」とスチュアートは言っていたが、ワインとのマリアージュを大切にする素朴にして力強い料理が多かった。

たまに出る野菜は、少量だけど農場産のものもあり、料理人の試行錯誤を感じられた。

単純に逆算すると、レイシア達が王都を出た時には・・・、直前まで目立たないタイプの妊婦だったのかもしれない。


 みんながワインを楽しむ中、一人だけ葡萄ジュースを置かれているレイシアは少し残念そうだった。

食事も一回の量にしてはかなり少なく、回数を増やすことで無理なく元気に体力を保っているらしい。

途中お腹を押さえる仕草をしたけど、どうやらお腹の子が元気すぎて困っているようだった。

そんなレイシアに寄り添うスチュアート、王子は送り出す時より妹が遠くに行ってしまったことを痛感した。


「これは、きっと男の子だな」

「ローランドさま、元気な赤子が産まれるなら性別は関係ないじゃないですか」

「マイクロ、無用な心配は考えるな。アーノルド家にとって嫡男候補だぞ、めでたいではないか」

「もう、お兄さま。マイクロの言うとおりに考えてください、貴族家が子供を多く産む理由は王家でも・・・」

「ああ、わかったわかった。でもな、これは王家にとっても慶事だ。例え失踪中の身でも、俺達はお前の事を思っているぞ」

「お兄さま・・・」


 話は出産体制についてシフトしていく。

協会に産婆をお願いすると、スチュアートを取り上げた女性がまだ現役だったようで、迷わずその人にお願いをしたようだ。

仮にも、その領の当主・夫人による第一子の出産である。その体制に不備は欠片も見つからなかった。

ただ、出産後に協会の司祭から祝福の言葉を頂く儀式があり、これを担当する予定だったのがクラック司祭だった。

本来司祭に拘る必要はないのだが、慣習として司祭にお願いをするものだし、多額の報酬も用意していたので困っていた。


「ダイアナ、そろそろ出世したいとは思わないか?」

「王子、協会への干渉は王家といえども禁止されています」

「ふむ、ヴィンターは話の分かる男だから・・・、今回だけでも代行としてやってみないか?」

「とても光栄ですが、この領にも協会から派遣された人々がいます」

「それが腐敗していたから問題なんだ。なあ、レイシア。もし子供に祝福を与えてくれる協会関係者が、腐敗しているかもしれない協会関係者とダイアナだったらどっちがいい?」

「ローランドさま、それに答えを出すのは酷ですわ」

「ええ、同じ協会で働く身としては、皆等しく頑張っていると思っています」


 ダイアナの言葉にスチュアートは考え込む、まだ産まれてもいないので猶予期間は少し余裕があった。

どちらにせよクラック司祭の件を協会に報告しなければならないし、今日のマイクロからの報告で帰らぬ人が確定してしまった。

盗賊についてはブラウニーに片付けられてしまったので、報告はするけれど証拠がない為、報酬が出ることはない。

問題はケインとフリーシアについてだった。


「なあ、スチュアート。俺達は偶然この領に来た、ただの旅人だよな」

「・・・ええ、そうですね」

「旅人を自宅に泊める事に何か問題はあったか?」

「ありませんね」

「王子、盗賊と結託した者は盗賊ではないですか?」

「ふむ、そもそも盗賊はいたのか?それをどう証明する」

「それは・・・」

「クラック司祭は確かにいたな、そして何やら企んでいた」

「ですが、二人とも罪の意識はあるようですし、このまま無罪という訳にもいかないですね」


 王子がスチュアートをじっと見詰めると、爽やかな微笑みで「近いうちに、この男爵領を出て行って頂きましょう」と宣言する。

すると、今度は王子がこっちの方を向いて、「それでは二人がまた犯罪に手を染める可能性もあるな、困ったなぁリュージ」と悩む振りをした。誰一人困った顔をしないのが困ったものだと思う。


「うちで面倒見ますよ」

「リュージ君悪いなぁ、うちの領の問題なのに」

「スチュアートさんは優しい顔をして怖いですね。屋敷を接収した上に、二人を追い出すなんて」

「あははは、今は心配の種は一つでも減らしたいからね。その代わり僕で出来る事は何でも協力するよ」

「じゃあ、自分から一つだけ。スチュアートさんとレイシアさんの二人にそれぞれ近況を手紙にして欲しいんです。冒険者として依頼を受けましたので」

そういうと、セルヴィスの妻からの手紙を差し出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


親愛なる息子と娘へ


 突然の結婚と、貴族家の相続に正直戸惑っています。

あなたが選んだ相手なので心配はしていませんが、一緒にお料理をしたり散歩をしたり、何気ない日々を共に過ごせると夢見なかったと言えば嘘になります。それでも、二人が選んだ道に間違いはないと信じています。

これから起こる様々な困難も、二人で乗り越えて行ければ、多くの仲間と共に大きな幸せに繋がるでしょう。

くれぐれも彼女を労わってください、そして彼女の事を一番に想ってあげてください。


 スチュアートがいなくなった後のあの人は、少し元気がありませんでした。

でも、今は昔の気力を取り戻したように、多くの人に囲まれて日々楽しそうに過ごしています。

こちらの事は心配しないでください、また10年の約束が解けた時には、必ず王都に来てください。

そして、あなたの家族を是非紹介して・・・。


 あなたはこれから妻の他にも、領民の暮らしを支える立場です。

もし困難に遭遇したら、迷わない事・立ち止まらない事・そして前を向く事。

これがあの人からの伝言です、やっぱり心配性は私だけではなかったのね。


 今回はたまたま親切な冒険者さんに会えたので手紙をしたためました。

あなたがレイシアと、二人をとりまく全ての人々の光になれるように・・・、検討を祈っています。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 読み終わったスチュアートは、手を目頭に当てて深く目を瞑っていた。

レイシアがそんな彼の名前を呼ぶと、差し出された手紙を受け取った。

「うん、大丈夫。レイシアは後で読むといいよ」

「ええ、大切にします」


 その日は全員アーノルド邸に泊めてもらった。

部屋へ移動する途中、マイクロから数日時間をくれと言われ、翌日から色々飛び回ることになった。

王子達は数日滞在する予定で、屋敷の住み心地や改善できる場所を探していた。

しばらくはスチュアートも王子達の対応をするようで、仕事を早めに切り上げて観光や兵士の練度を見学していた。

レンとティーナはレイシアの負担にならない程度に顔を出し、お茶を楽しみつつ話に花を咲かせていた。


「はぁ、冒険者になるんだったら馬の訓練もしとけよ」

「マイクロさん、学園では教えてくれなかったんですよ」

「まぁな、あそこで講義を受けるとしたら馬の数が足りないよな」

「公爵家から馬車は頂いたんですけどね」

「はぁ・・・、なあ、リュージ。それってどの位の価値かわかってるか?」

「多分高いんでしょうね」

「ああ、騎士団長クラスの扱いだな」


 アーノルド家に集まってから結構な日が経過している。

マイクロと商業ギルドを回り、土地を見学し襲撃を受けた時のシミュレートをする。

なだらかな山間に十分な敷地と、家庭菜園が出来るくらいの面積も割り出す。

きっとこれから、この領は多くの災難に巻き込まれるだろう。

それに対応出来るように居を移し、家族を守れる環境を作る必要があった。


 合間にグリーンカーテンや司祭の報告、ケインとフリーシアの対応も行った。

二人にはしばらく宿屋に泊まってもらい、7月の中旬に男爵領を発つ事を伝える。

しばらくは自分の仕事を手伝うように話すと二人は納得した。

そして、間もなく男爵領を発つ為、王子達をレンとティーナに任せようとした所でレイシアが産気づいた。


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