126:さしすせそ
この前、試作品として頼んだのは果実酒を作る容器だった。
本当は梅酒でもと考えていたけど、ホワイトリカーがない氷砂糖がないの、ないない尽くしだったので保留になっていた。
調理場の責任者がまな板を持ってくると、ナディアが二本のワインを持ってくる。
「小さい頃にワインを水で薄めて飲んだ事ある人いる?」
ほぼ全員が手を上げる、何を当たり前の事を聞くんだというような顔をしていた。
続けて「じゃあ、それは美味しかった?」と聞くと、半々に分かれる事になった。
グリモアの【野菜百選】を広げるとザクスが驚く。
「あ・・・、ザクス後で説明するわ」
「うん・・・、悪い。先進めて」
葡萄のページを開くとワインについて書いてある、そして派生する料理やドリンクとしてサングリアのレシピが載っていた。
赤ワインでも白ワインでも作れるようで、中に入れる果物の種類も多く、バリエーションも広いようだ。
水や炭酸水で割ったり、蜂蜜やミントを使った物もある、ベーシックなレシピを赤と白用で書き出すことにした。
赤と白の二種類を作るとして、白のほうはキリッと酸味を強く、赤のほうは甘さを出して落ち着く味を求めることにする。
果物をよく洗いレモンなどはくし切りにする、ゆずは風味と果汁の部分を使う予定だ。
調理場の責任者が思いついたように、何点か材料を持ってくる。
先に完成したのは白の方だった。
レモンに少量のゆず・ミント・生姜が入った白ワインの瓶、しばらく漬け込んだ方が美味しくなるようで、この瓶はガレリアと責任者に任せる事にした。後で薄めて飲む事が前提で、一番美味しくなるように調整をしてもらう。
甘みが足りないようなら蜂蜜もあるし、必要に応じて新しい果物を作る必要もあると思う。
見た目はモヒートで、この感じならジンジャーエールやレモンスカッシュのような感じになるだろう。
問題は赤の方だった。
バリエーションが無限にあるということは、正解が好みの数だけ無限にあるということだ。
白に比べて甘みが強くなるように果物を入れ、白では使わなかったスイカをキューブ状に切って入れてみる。
甘さで言うならば桃系もありだろう、あまり入れすぎてフルーツパンチになってはいけないと思う。
こちらもガレリアと責任者に任せる事にした。まだ時間もあるので、試作は多くできるだろう。
ワインバーの出店はこの方向で良いか、セルヴィスに確認すると、とても喜んでいた。
これなら最悪、手伝いの者でも対応出来るし、何より夏場に相応しい爽やかさが気に入ったようだ。
ワインバーのメンバーにも相談し、「一番美味しい物を飲ませたい」と言うと、ワインに対する情熱を垣間見たように思えた。
続いて、ザクスとナディアを連れて移動し、グリモアの【野菜百選】から大豆のページを開く。
学生時代の教科書とネットの情報を合わせたようなグリモアだけど、醤油や味噌の作り方が載っているのには驚く。
これって使いたい種や苗がすぐ出るように、密かに更新されているんじゃないかと思う時もある。
用意出来る材料を用意し、メモに分量を書いていく。
やはり、ひっかかるのは麹だった。
「なあ、リュージ。その麹があればその先の調味料が作れそうなんだな」
「そうだね、麹の作り方も実は書いてあるんだ」
「じゃあ、その通り作ればいいんじゃないか?」
「あのふわふわのパンがあるだろう?あれも偶然出来ただけで、本来はイースト菌とか酵母とかいう、目に見えない力を借りないといけないんだよ」
「リュージさん、それって魔法なんですか?」
「パンは魔法で解決できたんだけど・・・」
「じゃあ、その魔法は材料を変えてやる事は出来ないんですか?」
「ナディアさん、ちょっと時間かかるかもしれないけど試して欲しい事があります」
「はい、その言葉を待っていました」
最小単位で作れる4セット分の味噌と醤油の原料を用意する。
ふっくら粉を作ったように、収納に仕舞ってあった米を、魔道具を使って変質させると、若干黄色い粉になった。
粉を間違わないように容器に入れると、今度は大豆ででも同じ事を試してみる。
この粉も間違わないように別の容器に入れて、ナディアに渡した。
農場内で作った米の粉ベースの醤油と味噌、農場の敷地の外で作った米の粉ベースの醤油と味噌の作成をお願いする。
それとは別に、農場内で作った大豆の粉ベースの醤油と味噌、農場の敷地の外で作った大豆の粉ベースの醤油と味噌の作成をお願いする。これはあくまで試作というよりかは実験に近い、ナディアには指揮をとってもらい、農場の外で作る分には後でも構わない事を話した。早速ナディアはワゴンに乗った材料と粉を持って行動を開始した。
「なぁ、リュージ」
「うん?ああぁ、これか」
「それも・・・魔法だよな」
「これはどちらかというと、図鑑というか本というか」
「俺が見ても大丈夫?」
そっと逆方向に向けて手を離してみると、ザクスは【野菜百選】をペラペラめくる。
どうやら文字が読めないらしく、「これは魔法使いの言語なのか?」と聞いてきた。
多分、自分だけにしか読めない事を伝えると、ジャガイモのページで目が留まったようだ。
「なあ、リュージ。これって全部同じ種類の芋なのか?」
「そうだね、この地方で育っている芋とは種類が違うみたいだね」
「こっちのは味も薄ければ、スープに入れたらとろみにしか使えないもんな」
「マヨネーズかけたら美味いって言ってたじゃん」
「それはマヨネーズがうまいんだよ」
「それでさ、ここに載ってるものって種芋とか持ってる?」
「ザクスは新しい芋育てたいの?」
「うーん、正直言うとレンが頑張ってるからさ、品種改良用に違った種類の芋があると良いかなって」
「ルオンさんも頑張ってそうだしね、後で探しておくよ」
「ありがとう、気長に待ってるから」
「ザクスは、ほんっとレンと仲良いよなぁ・・・」
「俺にはレンが、リュージと一緒の時の方が楽しそうに見えるよ」
「そういうもんかな?」
「そういうもんだよ」
色々と手配が終わったので、ブルーローズの話でもしてみる。
健全なお店なのであんなに反対意見が出るとは思わなかった。
ただ、高級すぎて気後れするものかもしれないと考えてみる。
勿論視察なので会社のお金と言いたいが、今回は自分の我侭を通させてもらおうと思っている。
ティーナから貰った依頼料をぱーっと使っちゃおうと計画していた。
戻ったらレンに話し、お世話になった人を連れて、視察を名目としてどこかで食事か飲みにでも行ってもらう予定だ。
こっちはヴァイスから貰った、依頼料をぱーっと使って貰おうと思う。
寮母・侍女二人・ナディア・ナナ・ローラ・レン・ティーナは確定で、場合に拠っては教授等を誘っても良い。
ヴァイスが合流したのでブルーローズの視察を話すと、結構楽しそうに話に乗ってきた。
問題は男性チームだ。
呼ぼうと思えばエントもいるし、講師を呼ぶなら隊長・基礎薬科グループ顧問・ローレル教授がいた。
若干漏れている人がいるかもしれないけど、今の所は考えない事にしよう。
10名を超えると楽しめないかもしれないので、現状のままで予約を取ってもらうことにした。
ナナやナディアのサポートをユーシスがすると事務仕事の効率があがる。
ガレリアも段々ナナより、ユーシスに話かける回数が増えているようにも感じた。
全ての手配が終わると寮へ戻る、こっそり執事を呼び出すと視察に付き合って欲しい旨を話し、業務として了承してもらった。
次にレンにこっそり視察の話をする、最初「どこに行くか分からないけど、私も行こうか?」と言ってきたので、「今回はガレリア先生をはじめ、年配の男性から選んでいったら男だけで行こうかと盛り上がった」と伝える。
ガレリアの信用が通ったのか、レンは「今回は留守番するね」と言ってきた。
ヴァイスの依頼料をレンに渡すと、「貰うのもあれなので、寮のみんなとナディアやナナ達で使ってきちゃって」と話し、その足で寮母へ報告した。
「今お時間大丈夫でしょうか?報告したい事があります」
「はい、大丈夫ですよ。何でしょうか?」
「仕事の視察でガレリアさま以下、男性で行くことになりました。一緒に執事も連れて意見を聞きたいのですが」
「彼が大丈夫と言っているなら大丈夫ですよ」
「それでですね、男性ばかりで視察するのもあれなので、何件か女性達でお勧めの店など視察をしてきて貰いたいのです」
「農場からの視察依頼です。たまには女性だけで飲みませんか?」
「依頼なので費用はこちらで持ちます。持ってても気を使うお金がありまして・・・」
「分かりました。不在になる際には前もって連絡してください。レンさん、お店はお任せしても宜しいかしら?」
これで、根回しはOKのはずだ。
ローラが参加するなら多少格式の高い場所を選ぶのだろうか?レンが侍女達とローラとティーナを呼ぶとヴァイスの依頼料を飲み尽くしちゃおうと盛り上がってた。お互いに使うお金が自分のじゃないと分かれば、気を使う事も少なくなるし楽しめるだろう。
植物属性魔法が使えるようになったので、魔道具を使えるようになったザクスに風呂の用意をお願いした。
ヴァイスも一緒に行って魔道具が使えるか試したようだけど、まだ発動には至らなかった。
昨日の今日で出来るとは思っていない、一応完成した皮袋とエコバックは二人に渡してある。
二人は何か魔道具が発動出来るようになってから、この収納を使うと決めたようだ。
談話室で明日はガレリアとエントと国からの依頼で、午後から学園を後にする事を伝える。
ローラはソラと『グレーナ草』に夢中だったし、自分を除いた特待生は魔法に夢中だった。
多分、自由に動けるのは今週と来週いっぱいまでだろう。
王子が旅立ってから一ヶ月経てば動きが出る頃なので、出来る範囲のやれる事は前倒しでやる必要があった。