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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
闇の正体
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23話 氷の洞窟

 宿を立ったのは、まだ日の登る前だった。焦る気持ちを押さえ、ルージュ達はアイスケーヴへと歩みを進める。大小のゴツゴツした岩が転がる砂利道のような悪路なので、馬では到底進めない。耐寒魔法のおかげで寒さはそれほど感じなかったが、吐き出す息は真っ白だ。

 やがて連なる山々の向こうから太陽が顔を出す頃、ようやくアイスケーヴに到着した。目の前に広がるのは、押しつぶされ固められたような雪と氷の大陸だった。


「ここから入れるな」


 ぐるっと見回してルージュが選んだ入り口は、入り口と言うよりも氷の裂け目だった。


「中では何が起こるかわからない。美兎、雫、二人は入り口で待機してくれ。何かあったらすぐに知らせるように。残りの四人で洞窟内に入るが、大技は厳禁だぞ。氷が崩れるとマズイ」


 全員が力強くうなずくと、美兎は耳をピンと立たせて辺りを警戒し始めた。ルージュを先頭に、マルベリー、香澄、レオパルドの順で洞窟内に入る。入り口は溶けかけた雪の塊の様だったが、一歩洞窟内に入った四人はその景色に言葉を失った。


「うわ……」


 そこに広がる景色は、圧倒的な青、蒼、(あお)

 壁も天井も純度の高い、真っ青な氷でできている。それは、流れる水を一瞬で凍りつかせたかのような、恐ろしいほど神懸かった光景だった。どこを見ても、透き通るブルーの宝石の様でため息がもれる。海の底から空を仰いだような錯覚に陥った。

 香澄は鳥肌が立つのを感じながら、口を開けたまま洞窟内を見回す。いっそ、『新進気鋭の天才彫刻家が造った、氷の作品です』と言われた方が納得できるくらいに、これが自然にできるという事が信じられなかった。


「こんなに綺麗だとは知らなかったな……」


 ルージュがそっと氷の壁に触れる。レンにも見せたかったと思ってしまい、吐きそうなくらいに胸が痛んだ。

 天井が低いので、くぐり抜けるように奥へと進む。

 ポタポタと水滴が上から落ちてきたが、耐水魔法のかかったマントのおかげでその水滴はつるんと弾かれ、地面へ落ちる。奥に進むにつれ天井は高くなり、かがまなくても普通に歩けるようになった。


「自然にできた洞窟なのですよね? 最奥部(さいおうぶ)など、見当はつきます?」


 マルベリーは氷に見とれながら、ルージュにたずねた。


「一見広そうだけど、人が通れるほどの道はそれほどないからね。でも、だからこそ思うんだ。なんでここに封印したのかって。そんな大事なものをさ……氷河が溶ける可能性だってあるんだから」


 その言葉通り、人の通れるような空洞は限られていた。行き止まりになれば引き返し、別の道を行くということを何度か繰り返すが一向に古文書が見つかる気配はない。

 ルージュは考えられる選択肢のうちの一つ、最もあって欲しくないパターンを思い浮かべる。最悪過ぎて、すぐに頭の隅に追いやったものだ。


「もし、ここに古文書がない場合、考えられるのは三つのパターンだ」


 歩きながらルージュが、前を見たまま静かに言った。


「一つ目は、古文書はあったが、時間の経過とともに失われた。二つ目は、司令官の見つけた伝記は偽物だった。三つめは……」


 その先を言うのに、躊躇ったルージュが深く息を吸う。


「三つめは、司令官が嘘の情報で俺たちを動かした」

「なっ……」


 ルージュの言葉に、レオパルドが目を見開く。なぜ? と続けたかったが、言葉が出ない。


「三つめのパターンだと、私たちかなり危険な状態ですわね?」


 冷静なマルベリーの言葉に、ルージュは振り返りうなずいた。それと同時に、水晶に通信を知らせる音が洞窟内に響き渡り、香澄はビクッと肩を震わせる。


『参謀長! 突然どこからか魔物が現れ、洞窟の入り口が包囲されました!』


 応戦しながら話しているのだろう、美兎の通信は雑音交じりで、息遣いも荒い。


「入り口に魔物が現れた、すぐ引き返すぞ!」


 通信の聞こえない他の者にすばやく状況を伝え、ルージュは早足で歩きながら再び美兎に向かって話しかける。


「魔物の種類と数、戦況は?」

『アンデットです。スケルトンが三十体ほど……クッ! 初めて戦いますが、弓との相性は最悪ですっ。雫の水魔法で押し戻しながら、距離を取って応戦中です!』

「スケルトンだと?」


 ルージュは全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。闇の力を与えられた動く骸骨だが、そんなものが精霊界に現れたなど聞いたことがない。物語に出てくる想像上のものだと、今の今まで思っていた程だ。


「十分で向かう! なんとか耐えてくれ!」


 洞窟を縫うように、四人はいつの間にか駆け出していた。走りながらルージュは、目の端に黒い影が動いたのを見逃さなかった。瞬時に出現させた大太刀で、向かってきた矢を打ち払う。


「マジかよ……」


 夜目の効くレオパルドが、洞窟の暗闇に目を凝らしてつぶやいた。


「武器装備のスケルトン、三体っす……どこから沸きやがったんだ」


 マルベリーが素早く呪文を唱え始め、淡い緑色の光が四人を包んだ。


「衝撃吸収魔法です。ある程度のダメージを無効化しますが、あまり過信しないでください。ないよりマシって程度です」

「いや、助かるよ」


 大太刀を構えたルージュの隣に、スラリと腰の鞘からバスタードソードを抜いたレオパルドが並ぶ。


「狭い洞窟で、長剣使いの自分ら、不利っすね」


 言葉とは裏腹に、レオパルドは燃えるような眼でスケルトンを睨み、ニッと口角を上げる。マルベリーと香澄は補助に徹するため、二人の太刀筋に入らないよう、少し離れた場所に移動した。


「矢が飛んで来たら拾ってくれ。後で美兎に補給する」


 ルージュが前を見据えたまま、後衛の二人に声をかける。


「了解ッ!」


 マルベリーが早速さきほど撃ち込まれた矢を拾い上げた。行く手を阻むように、剣と盾を装備した二体のスケルトンが立ちはだかり、その奥からスケルトンがもう一体、ギリギリと弓を引いては矢を放つ。


「ガッツリ装備した魔物見るの、初めてっすよ」

「俺もだ」


 ルージュとレオパルドは、剣を装備したスケルトン二体にそれぞれ切りかかった。しかしスケルトンは、あっさりとそれを盾で受け止める。


「こいつら、思考があるんすかね、ちゃんと防ぎやがる」

「ゴブリンと同等には考えない方が良さそうだな」


 ルージュが盾を弾き飛ばすように、下から大太刀を振り上げた。狙い通り、盾はスケルトンの手から離れ遠くに飛ばされる。が、それと引き換えに、スケルトンが振り下ろした剣がルージュの左肩に叩きつけられた。先ほどかけてもらった衝撃吸収魔法が粉々に砕け、魔法でカバーしきれなかったダメージが、ルージュの肩に切り傷を与える。


「一撃が結構重いぞ。レオ、気をつけろ!」


 ルージュは自分で防御魔法を唱え氷の霧を身にまとう。


「了解っす!」


 言ったと同時に、レオパルドがスケルトンの右腕に、バスタードソードを力任せに振り下ろした。ボキッと、骨の割れる鈍い音とともに、右腕が剣ごと地面にボトリと落ちる。落ちた右腕の骨が、わずかにまだ動いていたので、思わずそちらに目が行ってしまった。スケルトンは全く怯む様子も見せずに、左手の盾で思い切りレオパルドをなぎ倒す。


「ぐあっ!」


 思いのほか力が強く、レオパルドは地面にたたきつけられ、数メートル飛ばされる。一発で補助魔法は吹き飛んだが、ダメージが吸収されたおかげで、レオパルド自身は無傷で済んだ。間髪入れずに、離れた場所から再びマルベリーの衝撃吸収魔法がレオパルドに飛んでくる。


「どーもっ」


 素早く立ち上がり、舌なめずりしたレオパルドが、スケルトンから視線は外さないままマルベリーに片手を挙げた。


「美兎、聞こえるか? こちらも武器装備のスケルトン三体が現れた。そちらに行くのにもう少しかかる。持ち堪えられそうか?」

『武器装備のスケルトン……! 承知しました。少々苦しいですが、粘ってみます』


 ルージュは剣を大太刀で受け止めながら、空いている左手で弓装備のスケルトンへ向けて攻撃魔法を発動した。白い霧がスケルトンを包み込み、それはあっという間に氷へと変わる。氷漬けにされて動きを封じられたスケルトンが、強引に振り切ろうとするのでミシミシと氷にひびが入るような音がした。


「もって三十秒ほどだろう。その間にこちらを片付けるぞ」

「了解っす!」


 両手で持ち直した大太刀を、スケルトンめがけて振り降ろす。盾を失ったスケルトンはそれを剣で受け止めるので、ルージュはがら空きの肋骨に力いっぱい蹴りを入れた。骨だけの胴体などすぐに崩れるかと思ったが、予想以上に硬い。


「レオ、よく一撃で腕を落とせたな」

「腕力だけが取り柄っすから」


 レオパルドがニヤリと笑う。

 何度も大太刀を打ち込み、ガシャンと骨の崩れる音が響いた。地面に散らばった骨は、それでもカタカタと震えながら元の形に戻ろうとするので、ルージュは咄嗟に頭蓋骨をたたき割った。

すると、ようやくスケルトン一体が動きを止める。


「頭が弱点みたいっすね」

「ある程度ダメージを加えてからでないと、ダメみたいだな」


 レオパルドも脚力を生かした素早い身のこなしで、スケルトンの攻撃をよけながら、バスタードソードを頭蓋骨めがけて突き立てた。バリンと音を立て粉々に砕け散ると、体全体の骨も崩れ落ちるようにバラバラになって動かなくなった。

 ちょうど三十秒が経過したのか、最後の一体が氷の殻を破る。それと同時にルージュとレオパルドの攻撃が急所を貫いた。その場で崩れ落ちたスケルトンの、矢が入った籠をレオパルドが素早く拾い上げる。


「弓タイプは、剣タイプより脆いっすね」

「ああ、助かったな。先を急ごう!」


 走りながらマルベリーが、回復魔法でルージュの肩の傷を癒した。


「ターゲットがこちらに向いては困るので、治療が遅れました。ごめんなさいルージュ様」

「正しい判断だよ。あの状態でマルベリーに攻撃が集中したら、危険だったからね」


 魔物は戦闘の際に「自分たちにとって厄介な相手」から排除しようとする。

 あの時すでに二回の衝撃吸収魔法を使ったマルベリーが、さらに回復魔法を使ったならば、攻撃対象の優先順位がぐっと上がり、ルージュやレオパルドよりも先に倒さねばと、マルベリーに攻撃が集中する可能性があった。

 ルージュは水晶に向かって叫ぶ。


「美兎、こちらは片付いた! 今向かっているが、そちらの戦況は?」

『頭が急所ということは分かったのですが、もう矢も尽きそうです! 雫も魔力の使い過ぎで、魔法の威力が落ちてきました。……残りは二十体ほどです!』

「もう少しで合流できる。もう少しだ!」

『はい!』


 励ますルージュの言葉に、美兎の声にも安堵の色が伺えた。

 だが次の瞬間、ルージュは絶句する。

 目の前に、骨の軋む音を鳴らしながら、剣と盾を装備したスケルトンが今度は五体も現れたのだ。


「美兎っ! こちらの進行方向にスケルトン五体出現。封印魔法を使用して足止めした場合、外のスケルトンは突破できそうか」


 美兎は、震える声で答える。


『数が……増えました……武器装備のスケルトンが出現っ。数が多すぎて、封印魔法を用いたとしても、突破は不可能です!』

「外にも……武器装備のスケルトン出現……」


 そんな! と叫ぶマルベリーの声が洞窟内に響く。


『もう、もちません!』


 いつも気丈な美兎が、泣きそうな声を張り上げた。そうしている間にも、洞窟内のスケルトンは徐々に距離を詰めてくる。

 ルージュは唇をかみしめた。


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