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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

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22話 嵐の前の静けさ

 雪化粧をした山々を背にし、見渡す限りの雪原に、ポツンと大きな合掌造りの宿屋があった。もうすぐ日も暮れるこの辺りには、桃色と水色のパステルを淡くぼかしたような、幻想的な空が広がっている。日没前だが、窓からは早々に暖かな橙色の明かりが漏れていた。雪原から一段高く建てられたその宿屋は、真っ白な景色の中、遠くからでもよく目立つ。
 一見何もないような里の外れだが、雪山に冬の間だけ咲く、貴重な薬草の材料を取りに来る者がそれなりにいた。その者達にとって、この宿屋はなくてはならない存在だ。山への道はゴツゴツした岩場で馬は進めないのだが、この宿に馬を預けることが出来る。なにより極寒の地で野宿しなくて済むのは、この上なく有り難い。
 そんな日没前の宿屋の玄関先で、青く長い髪をふたつのおさげにした十歳にも満たない幼い少女が、石畳の階段が凍ってしまわないように、炎の里から買い付けた凍結防止の粉を丁寧に散りばめていた。両親は旅人から預かった馬の世話をするため、宿屋の裏手にある馬小屋で作業中だ。

「ふぅ。暗くなる前に終わって良かった」

 少女は満足そうにうなずいて、玄関へと続く石畳の階段を見上げた。

「すみません」

 ふいに背後から呼ばれ、三つ編みを揺らして少女は慌てて振り返る。

「いらっしゃいませ!」

 よく宿屋の手伝いはしていたので、こうみえても接客には慣れている。
 ……ハズだったのだが……

「はぅっ」

 振り返った目線の先にいた人物に目を奪われて、少女は息をのむ。黒いコートの上に、さらに黒いフード付きのマントを羽織った背の高い青年がそこにいた。
 少女が今まで見たこともないような、黒い髪に黒い瞳。
 そんな黒づくめにもかかわらず、恐怖心や嫌悪感を抱かないのは、きっとその青年の眼差しがとても優しいからだろう。雪のように白い肌に、黒い髪と瞳がよく映えていた。ふと、青年の後ろに視線をやれば、お供らしき者達がこちらの様子を見守っている。どの人もシンプルだが上質そうな身なりをしていた。

 王子様だ……王子様が宮殿から来たんだ!
 どうしよう、私の事を迎えに来たのかもしれない。だって、昨日読んだ絵本は、そんなお話だったもん。あーっ、もっと可愛い着物を着ておけばよかった!

 少女は動揺を隠しきれずに、赤くなった頬を両手で押さえ、後ずさる。

「この宿屋の子かな? 誰か大人の方は……」

 青年の言葉が終らぬうちに、少女は悲鳴を上げながら駆け出していた。取り残された青年が、呆気にとられた表情で走り去って行く少女を目で追う。「おかあさーん!」と叫ぶ声が、宿の裏手から聞こえてきた。

「ちょっとちょっと参謀長、何したんすか」
「えっ! 今の俺? 俺が悪いの?」

 レオパルドの言葉に、焦ったようにルージュが美兎に助けを求める。

「うーん。夢見る少女には、色々刺激が強かったのかもしれませんね?」

 美兎は馬から降りて手綱を引きながら、冷静に答えた。

「刺激? 俺のどこに刺激が?」
「――――全部?」

 少し考えてから、美兎は首をかしげて真顔でそう言った。

「それはつまり、俺は髪や目が黒いから、驚かせてしまったと……?」

 落ち込みかけるルージュの背中に、マルベリーが勢いよく飛びつく。

「もう! 違いますよぅ。ルージュ様はご自分が『物凄く美人さん』って事、もう少し自覚された方がいいですよ!」
「び、美人さん……?」

 マルベリーをおんぶしているような格好になったルージュは、「美人」という言葉に戸惑った。そこに宿屋の女将が、慌てたように裏手から姿を見せる。

「あらあら、お客様をお待たせしてすみません。うちの娘がとんだ失礼を。なんだか、『王子様が来た!』なんて大騒ぎして」

 女将の言葉に、ルージュ以外の全員が吹き出しそうになるのをこらえた。そんな気配を感じて、ルージュは照れ隠しに背中のマルベリーを睨んだが、すぐに気を取り直して女将の方へ向き直る。

「あの、部屋は空いていますか? 今夜泊めていただきたいのですが……」
「まぁ、ありがとうございます! 部屋なら空いてますよ。あら? もしかしてあなたが娘の言っていた王子様かしら? あらあら、まぁー! 本当に王子様みたい。どうしましょう、うちの宿でご満足いただけるかしら。畳の部屋とベッドの部屋がございますのよ、どちらがよろしいですか?」
「畳! 畳の部屋がいいです!」

 興奮気味にまくしたてられ、「どちらでも……」と答えようとしたルージュの声を、背中のマルベリーの嬉しそうな声がかき消した。

「畳のお部屋ですね。二部屋で大丈夫かしら? ゆっくりしていってくださいね!」

 弾むような女将の声が、静かな雪の宿に響く。
――――食事を済ませた一行は、部屋には戻らずに、そのまま十二畳の部屋が二間続いたラウンジに残り、明日の出発時刻や、アイスケーヴへの道のりなどを確認していた。
 一部屋はフローリングにソファが置かれ、もう一方の部屋は畳で中央には囲炉裏が備わって暖が取れるようになっており、その囲炉裏を六人で囲む。他の宿泊客は早々に部屋に引き上げていたので、貸し切り状態だ。

「なるほど、アイスケーヴ行きは天候に左右されるのですね」

 地図を見ながら美兎が、軽く握ったこぶしを顎の下にそえ、考え込む。

「雨だと洞窟自体が冠水していることもあるからね。まぁ、明日の天気は大丈夫そうだけど」
「アイスケーヴって、氷の洞窟ですよね? どんな感じなんですか?」

 香澄に問われたルージュが、何から説明しようかと首をかしげる。

「長い時間をかけて雪や氷が圧縮されたものが氷河なんだ。その氷河が溶け、中や周りに水が流れる。その水によって削られて出来た、天然の洞窟がアイスケーヴだよ。人の手の加わっていない不安定な場所だから、普段は立ち入り禁止されている。俺も実際に行くのは初めてだよ」

 香澄は想像が追い付かないのか、ピンときていないようだったが、それでも何か凄そうな場所だと想像して、深くうなずいた。
 ふと、美兎が部屋の入り口から視線を感じて振り返る。
 先ほどの幼い少女が、絵本を手に興味深そうにこちらの様子をうかがっていた。 おいでと美兎が手招きすると、嬉しそうに少女がパタパタと美兎に駆け寄る。

「お姉さんのお耳は、ホンモノ?」

 人懐っこいその子は、美兎に寄り添うようにピタッと体をくっつけ、不思議そうに美兎を見上げた。普段は折り曲げて垂らしている金色の耳を、美兎はピンと伸ばして見せる。

「本物よ。こうすると、遠くの音もよく聞こえるわ」
「お耳はうさぎさんなのに、お顔は精霊のままなのね?」

 遠慮のない少女の言葉に、美兎はふっと吹き出す。

「そうね、耳だけうさぎ。他は普通の精霊と一緒よ。フサフサの毛もないものね。ほら、あそこにいるお兄さんは、大きな猫さん」

 レオパルドを指さすと、少女はわぁっと、レオパルドのそばへ寄る。

「お兄さんは猫さんなの? でも、やっぱりお顔は私と同じね。ピンとしたおひげもない」
「猫じゃなくって、豹っす。ひげはないけど、牙なら、ほら」

 レオパルドが口を大きく開けると、二本の大きく鋭い牙が見えて、少女は驚いて香澄に抱き着いた。

「噛まないから大丈夫よ」

 香澄はクスクス笑って、少女が驚いた拍子に落としてしまった絵本に手を伸ばした。ちょうど、王子様とお姫様が見つめあったシーンが見開きで描かれている。

「この王子様に、似てるでしょ?」

 少女は絵本を手に取ると、香澄の膝の上に座りその絵とルージュを見比べた。

「うん。少し似てるかもね」

 香澄は少女を膝に乗せたまま、肩越しに絵本を覗き込んでうなずく。

「昔ね、煌牙様がこの宿に来たことがあったんだよ! 煌牙様もすっごくかっこよかったけど、あの黒い髪のお兄さんの方が王子様っぽいよね」

 急に少女が煌牙の名を口にしたので、香澄はドキリとした。まさか煌牙が闇に憑りつかれたなど知らない少女は、楽しそうに話を続ける。

「宮殿には巫女姫様がいるんでしょ? 今日は一緒じゃないの?」
「うん、今は別々」
「どうして別々なの? 王子様とお姫様は、いつも一緒にいなくっちゃ!」
「――――そうね」

 香澄はまた胸にチクッとした痛みを感じ、ルージュに目を向ける。地図を見ながら、誰かと水晶で話をしているようだった。

「王子様には、お姫様がいるんだもんね……」

 誰に言うでもなく、香澄はつぶやくと、絵本に目を落とした。不思議そうな顔で、少女が香澄を見上げる。
 ルージュはと言うと、レンと水晶での通信がとれず、司令官に連絡したものの、のらりくらりとはぐらかされ、頭を抱えていた。司令官との通信を切り、舌打ちしながらすぐにアークへと水晶をつなぐ。
 嫌な予感しかしなかった。

「アークさん、お聞きしたいことが」
『やあ、ルージュ君。そちらの調子はどうだい?』
「レンの事なのですが。今、レンはどこで何をしています?」

 アークの問いには答えずに、単刀直入にたずねる。一拍の間をおいて、アークはいつもと変わらない調子で答えた。

『さあ、今ここには姫はいないけど、何か急用かい?』
「アークさん……お願いします、教えてください。レンはどこへ行ったんです」

 顔は見えないが、アークが息をのんだのがわかった。

『姫は……ここにはいないんだ。本当にすまない……だけど、キミはキミのやるべき事を成してくれ。心配するなというのも無理な話だろうが、姫の事はぼくが責任を持って対処するから。申し訳ない、今はこれしか言えないんだ……』

 ルージュは通信の切れた水晶を握りしめて、呆然としていた。

「参謀長? 巫女姫様に何かあったのですか」

 美兎が青白い顔のルージュに問いかけるが、ルージュは一点を見つめたまま動かない。
 ――――レンがどこにいるのかわからない?
 アークの話から推測すると、きっとそういう事なのだろうとルージュは思考を巡らせた。
 病気やケガなら隠す必要もない。
 闇復活の噂は、中央都市から徐々に広まり、今では各里にまで届いている。そんな時に巫女姫が行方不明など、口が裂けても言えないのだろう。 

「くっそ……!」

 煌牙がさらったに違いない。やはりレンと別行動など取るべきではなかった!
 頭を抱えテーブルに突っ伏したルージュを、心配そうに香澄は見守る。レンの身に何かあったのだろうと察しはついた。そして、それを容易く口にはできないルージュの立場も理解する。

「ルージュさん……中央都市に戻りますか? アイスケーヴへは、私たちが向かいますから」

 少女を膝から降ろし、香澄は落ち着いた声でそう言うと、ルージュに近づき肩にそっと手を置く。ルージュはゆっくりと頭をあげた。

「いや。中央都市へ戻ったところで、何も出来ない。アイスケーヴへ行こう。闇を止めさえすれば、きっと……」

 組み合わせた両手を額に当てると、ルージュは深く息を吐いた。まるで祈っているような姿に、香澄はかける言葉を失う。
 ルージュ達はまだ知る由もなかった。
 アイスケーヴに古文書がないことも。闇が別の場所に存在することも――――

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