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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

闇の覚醒

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10話 痛み

「あら? もうお戻りになられていたのですか?」

 茶葉やティーポットを乗せたトレイを持ってレンの部屋に入ってきた雪乃が、既に戻っていたレンと香澄に驚いて声をかけた。

「うん。ルー、これから会議なんだって」
「それは残念でしたねぇ。ではルージュ様は、何もお召し上がりにならなかったのですか?」
「ううん。ひとつ食べたよ。美味しいって褒めてた!」

 レンの言葉を聞いて、雪乃は顔を赤らめる。

「お褒めの言葉を頂けたのですね! 感激ですわ。作った甲斐がありました」

 そうして、鼻歌まじりでお茶の用意を始めた。

「本日は、貴重なジャスミンティーが手に入りましたの。上質の茶葉に、ジャスミンの香りをたっぷり吸いこませていますから、本当に良い香りです」
「えっ、ジャスミンティーって、ジャスミンの花や葉っぱから作られているんじゃないんですか?」

 香澄の言葉に、雪乃は顔の前で人差指を左右に振る。

「摘み取ったばかりの一番茶に、新鮮なジャスミンの生花を混ぜ合わせて、たっぷりと茶葉に花の香りを吸わせるのですよ。粗悪なものは、低級な茶葉にジャスミンの香料を直接ふりかけただけのものなのです」
「へー!」

 と、香澄とレンは、同時に感心したように声を上げた。

「せっかくだから、雪乃も一緒に飲もうよ」
「よろしいのですか? では、遠慮なく」

 三人分のティーカップからは、さわやかなジャスミンの香りが広がる。

「やはり手間のかけられているものは、違いますわね」

 一口飲んで、雪乃はホッと息をつく。

「本当だ。ペットボトルのとは全然ちがう。癒されるねぇ」
「フレーバーティーって大好き! ところで香澄、ペットボトルって何?」

 まったりとした、穏やかな時間が流れる。
 だが、そんな優雅な一時は、唐突に部屋の扉を開けられた事によって終わりを迎えた。

「レンいるか? うわ、お前いつも暇そうだな」

 煌牙は扉を開け放ったまま、呆れたように笑った。

「休憩中なの! 何度も言うけど、ノックしてよね」

 レンがわざとらしく頬を膨らませると、煌牙も負けずに不機嫌そうな顔を作る。

「いちいち面倒だろ、むしろ開けっぱなしにしておけよ」
「嘘でしょ? なんで開けっぱなしで生活しなきゃいけないの」
「まぁまぁ。煌牙様、丁度良い時にいらっしゃいましたわ。今日のお茶は香りが良いですよ」

 雪乃は手際よく、もう一人分のお茶を用意する。

「香りか……」

 香りと聞いて、森での出来事を思い出す。
 煌牙はいつもと変わらない日常に、あれは夢だったのではないかとさえ思った。洞窟で会った、姿だけ同じ闇とは違う。幸せそうにお茶を飲むレンの姿に「本物だ」と実感した。

「煌牙? 座れば?」

 部屋に入らず、入り口でぼうっとレンを眺めていた煌牙に、レンは不思議そうに首をかしげる。

「あ……あぁ」

 レンに言われて我に返った煌牙が、ソファに近づこうと部屋の中央へ歩き出した時だった。

「痛っ!」

 突然、香澄の右腕に激痛が走った。
 あまりの痛みに、持ち上げていたティーカップから手を離してしまう。

「危ない!」

 とっさに煌牙が、ティーカップごと飛び散る熱い茶を凍らせた。
 氷の塊となったカップが、絨毯の上にゴロンと転がる。

「香澄様! どうされました?」
「香澄!」

 雪乃がうずくまる香澄の背中をさする。向かいに座っていたレンも、慌てて駆け寄った。

「すぐにレンの部屋へ、治癒魔法の使える奴をよこしてくれ」

 素早く煌牙が水晶に向かって、騎士団員へ指示を飛ばす。
 香澄は声も出せないほど苦しそうに、きつく自分で自分を抱きしめ、ソファに崩れるように倒れ込んだ。

「じきに森の一族が来るそうだ」

 そう言って香澄に歩み寄ろうとした瞬間、煌牙は自分の体に異変を感じた。
 吸い込んだ空気が、熱い。内臓が焼けただれたかのように、突然息苦しくなった。喉を掻きむしりたい衝動にかられたが、煌牙は胸を押さえながら、レンや雪乃に悟られないよう、部屋の入り口まで後ずさる。

「……何だ、あれは……」

 香澄の体を、白く淡い光が包んで揺らめいていた。
 その光はまるで煌牙を拒むようにも見える。同時に、煌牙は自分自身の体がうっすら黒い霧をまとっている事に気がついた。そして、その白い光も黒い霧も、レン達には見えていないようだった。

「あの白い光と闇が反発しているのか……」

 洞窟で見つけたペンダントは氷鯉が持ったままだが、だからといって煌牙が闇と無関係でいられるはずもなかった。唇を重ねた時、煌牙の中に闇は宿ったのだろう。
 煌牙が部屋を出ると、ハーフアップにした茶色く長い髪を揺らし、モスグリーンのカントリードレスの裾をつまんで息を切らしながら廊下を走ってくる、小さな女の子の姿が見えた。

「団長! お辛そうですが、どうされました」

 森の一族の女の子は、煌牙の姿を見つけると慌てて駆け寄った。

「マルべリーか、急に悪かったな。俺は何ともない、部屋にいる香澄をみてやれ」

 香澄から少し離れたおかげか、先ほどよりも呼吸がかなり楽になっていた。
 自分が離れれば、香澄も楽になるかもしれないと、ふらふらとした足取りで歩き出す。壁をつたいながら、ようやく中庭までたどりついた。
 中庭は宮殿の中心にあり、建物にぐるっと囲まれている場所だったが、囲まれている四面のうちの一面には壁はなく、彫刻が施された石の柱が連なる渡り通路になっていたので、日の光は十分に差し込んでいた。
 冬の寒さにも負けずに咲く水仙が風に揺れ、噴水から撥ねる水が太陽の光でキラキラと輝く。
 煌牙は、大きく深呼吸をした。

「もう大丈夫そうだな」
「何が?」

 安堵からか、思わず口にした言葉に対し、思いがけず後ろから声がした。
 煌牙が慌てて振り返ると、そこには日の光を浴びていつもより髪も瞳も赤く見える、レンの姿があった。


――――レンが煌牙を追って部屋を出た少し後、資料を渡し終えレンの部屋に着いたルージュは、部屋のドアが開け放たれたままの状態であることに嫌な予感を覚えた。

「何かあったんですか?」

 慌てて部屋に入ると、そこには雪乃にもたれかかってぐったりした香澄と、香澄の右腕に包帯を巻くマルべリーの姿があった。

「ルージュ様、実は香澄様が急に倒れて……」

 雪乃は青ざめた顔でルージュにそう告げた。

「原因は?」
「原因はわかりません。ただ、アザが痛むというので見てみたところ、まるで熱した鉄でも押し当てられたように赤く腫れあがっていまして。今、治癒魔法と氷魔法で織りあげた包帯で処置していたところです」

 マルべリーはルージュに報告しながらも、手際よく香澄に包帯を巻く。

「三日月のアザが反応したとなると、何か闇が関係しているのかな……」

 ルージュが腕を組んでそうつぶやいた。

「念のため、今日一日は安静にしていてくださいね」
「こんなに小さいのに、しっかりして偉いですね」

 マルべリーが優しく笑いかけると、感心したように香澄はマルベリーの綺麗にそろった前髪をなでた。みるみるマルベリーの顔が赤くなる。

「なっ、わ、私は小さく見えるかもしれませんが、れっきとした大人ですっ!」
「えっ」

 驚いた香澄が、もう一度マルベリーの姿をつま先から頭のてっぺんまで見てみたが、やはりどうしても『小学一年生くらいの女の子』にしか見えなかった。

「香澄、マルべリーは森の精霊で、見た目が実際の年齢よりずっと若く見えるんだ」

 ルージュが笑いをこらえながら、小声で香澄に教えてくれた。

「そ、そうだったんですね、すみません!」
「以後、子供扱いは禁止ですからねっ」

 マルべリーは、ささっとルージュの後ろに隠れると、足にしがみついたまま、ちょこんと顔だけ出した。
 仕草も込みで、やっぱり子供にしかみえないんだけど……と、思いつつも、

「何だかすみません。いろいろお騒がせしちゃって」

 香澄は体を起こしながら、ルージュ達に改めて頭を下げた。

「そんな、謝らないでください! きっと、環境が変わって疲れがでたんですよ。ゆっくり休んで下さいね。香澄様のお部屋へ戻りましょう」

 そう言いいながら、雪乃は香澄に肩を貸すため腕をまわした。

「ああ、いいよ雪乃。俺が連れていくから」

 香澄が「え?」と言う間もなく、ルージュは軽々と香澄を抱き上げる。

「ル、ルージュさんっ! 大丈夫です! 自分で歩けますからっ」
「いや、香澄の顔真っ青だよ? ごめんね、無理させちゃったかな」

 ルージュが香澄に視線を合わせてほほ笑んだ。香澄は慌てて目をそらすために下を向く。
 かっ顔が近いっ……! どうしよう、どうしよう、どうしよう!
 動揺する香澄は、顔を赤くしたまま固まる。

「お、重くないですか?」
「いや、全然」
「いいなー」

 と、羨ましがるマルベリーの声を背に、ルージュは香澄を抱えて四階のレンの部屋から、二階の香澄が使っているゲストルームへと向かった。
 人生初のお姫様抱っこに、どんな姿勢でいたら良いのか、力を抜いていいものかわからず、無駄に全身に力が入る。何かに似ているな、と思った香澄は「あ、美容院でシャンプーされて頭を持ち上げられた時のヤツだ」と、納得した。その点、レンはすっかり身を任せていたなと、森でレンが倒れた時の事を思い出す。二人の間にはそれだけ信頼関係があるとう事か……
 チクッと胸が痛んだ。

「そう言えば、レンはどこに行ったんだろう?」

 香澄が胸の痛みの理由を考えていると、ルージュがふいにそんな事をぽつりとつぶやいた。

「あ、マルべリーさんが来た後すぐ、気になる事があるって出て行ったような……」
「気になる事?」

 そっと見上げると、ルージュは難しそうな顔をして考え事をしている。

「ル、ルージュさんのお母様も、人間界から来たんですよね?」

 ルージュの頭の中の考え事を追い出したくて、香澄は全く関係のない話題をふってみた。

「あぁ、母は召喚じゃなくて、偶然こちらに来てしまったんだけどね。戻る方法もあったみたいだけど、こちらに残る事を選んだって」
「私も戻らないで、ずっとここにいる事って出来ますか?」

 香澄の突然の質問に、ルージュは返す言葉を慎重に選んだ。

「香澄がそうしたいなら、ずっといる事も可能だけどね。でも……帰らなくていいの?」
「……帰らなくて、いいんです」
「帰りたくないって事? 向こうの世界で、何かあったの?」

 ルージュの声は優しい。
 それでも何と返事をしていいのかわからずに、しばらく沈黙した後、香澄は

「……はい」

 とだけ答えた。

「そっか。まぁ、もうしばらくはこちらにいてもらわないと困るからね。戻るか、残るか決めるのは、まだ先でいいと思うよ。相談にはいつでものるから、何でも話してね」
「ありがとうございます」

 そう言いながら、香澄は無意識にルージュのコートをぎゅっとつかんでいた。

「ところで、香澄のアザが痛んだのは今回が初めて?」
「ええと……あ、そういえば、この前森に行った時にもありました。こんなに痛くはなかったけど」
「森で? 着いてからずっと痛かったの?」
「いえ、帰り際に少しだけ。宮殿に戻ったら治りました」
「帰りは煌牙と帰ってきたんだっけ?」

 香澄がうなずくと、ルージュは急に廊下の途中で立ち止まった。

「……ねえ香澄。今日、煌牙はレンの部屋に来た?」
「来ましたよ」
「煌牙が来てから、アザが痛んだ?」
「……はい」

 ルージュの質問に、香澄は何だか怖くなった。
その聞き方だと、まるで煌牙が――

「あっ」

 恐ろしい予感から逃れるように、窓の外へと視線を移した香澄が、声を上げて指をさす。ルージュが香澄の指さす先に目をやると、中庭の渡り通路に煌牙とレンの姿があった。香澄は、今度はルージュにしがみつくように、力を込める。

「煌牙さんに黒い霧がかかって見えます……!」

 ルージュに黒い霧は見えなかったが、窓の外の光景には何だか胸騒ぎがした。

「ごめん、このまま走るよ!」

 ルージュは香澄を抱きかかえたまま、中庭へと走り出す。
 香澄は震えながら祈る事しか出来なかった。
 どうか……どうか、全部気のせいでありますように。と。
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