表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
闇の覚醒
10/56

9話  いつの頃からか 〖挿絵アリ〗

「えっ? 黒い髪?」


 ルージュは状況が飲み込めないまま、女の子を受け止めようと両手を広げた。


「レン!」


 階段の上で、銀髪の少年が慌てて女の子を捕まえようと手を伸ばしたが、その手は空をつかむ。少年は階段を駆け下りながら必死に叫んだ。


「おい、お前! 絶対受け止めろよ!」

「そんなのわかってるよ……!」


 両腕だけでは間に合わず、全身で女の子を受け止めたルージュは、その勢いに負けて女の子を抱えたまま後ろに倒れ込む。


「痛っ――」

「おいっ、大丈夫か!」


 仰向けに倒れたルージュを、銀髪の少年と、黒髪の女の子が心配そうに覗き込んだ。


「なんか……背中が冷たい」


 ルージュは恐る恐る上体を起こすと、自分の倒れていた場所を振りかえった。


「あぁ、悪い。魔法で雪を出してクッションを作った」

「あの短時間で?」


 少年が事もなげにそう答えたので、ルージュは驚きながら雪に触れてみる。これのおかげで、衝撃は吸収されて怪我もなく済んだようだ。


「こいつが迷惑かけたな。まさかあそこから飛ぶとは思わなかった」


 そう言って、少年は女の子を抱えあげると肩車をした。女の子は落ちないようにぎゅっと少年にしがみつく。


「俺は煌牙。このちっこいのはレンだ」

「ちっこくないよー!」


 銀色の髪を引っ張りながら抗議するレンを無視して、煌牙が続ける。


「見ない顔だな。もしかして、親父が言ってた新しく来る奴ってのはお前か?」

「やっぱりキミ、長の息子なんだね。うん、氷の里から今日ここに着いたばかりだよ。名前はルージュ。よろしく」


 ルージュは雪を払いながら立ち上がると、握手をするために右手を煌牙に差し出した。煌牙は「おう」とだけ答えて、少し照れくさそうに応じる。


「ルージュか。お前、氷の里の奴っぽくないな? 黒髪だし」

「ああ。母親が人間なんだ。……ねえ、その子は何で黒髪なの?」

「レンね、黒炎なの」


 レンは自分の事を聞かれて嬉しいのか、煌牙の頭にアゴをのせてニコニコと笑顔で答えた。


挿絵(By みてみん)


「黒炎って……キミ、巫女姫様だったの?」


 ずいぶんと奔放なお姫様と、そのお姫様を雑に扱う煌牙にルージュは驚いた。


「うん。レンね、一人だけ黒い髪だったから、ルージュを見つけて嬉しくなっちゃった!」


『一人だけ黒い髪だったから』

 レンの一言が、ズキッとルージュの胸に突き刺ささる。

 今まで、考えないようにしていた『一人だけ』と言う事実。黒髪も、黒い瞳も気に入っていると公言してきた。確かにそれは本心だ。それでもどこか強がっていたのだと、今の一言で思い知らされた。

 なにより、同じ黒髪のレンに出逢って、心底ホッとしている自分が居る。


「……もう、一人じゃないね」


 ルージュは無意識のうちにそうつぶやいていた。その言葉に、顔を輝かせてレンがうなずく。


「なんだよ、今までだって一人じゃなかったろ」

「だって煌牙は黒じゃないもん」


 煌牙が一瞬息をのんだ。


「寂しかったんなら、ちゃんと俺に言えよ」

「寂しくなかったよ。ただ、ルージュに会えてうれしかったの」


 煌牙の声のトーンに、怒られていると感じたレンは、銀色の長い髪に顔をうずめたままそう答えた。


「……まぁ、いいけどな。あ、ヤバイ。司令官(じじい)に呼ばれてたんだった。じゃあな、ルージュ!」


 レンを肩車したまま、煌牙は階段を駆け上がった。レンが振り返ってルージュに手を振る。ルージュも手を振り返そうとしたが、ハッと思い出して煌牙に声をかけた。


「俺、騎士団に入りたいんだ!」

「おう、大歓迎だ! 明日の朝、宮殿の訓練場に来いよ!」


 太陽に照らされた煌牙の銀色の髪がキラキラと眩しかったが、レンの赤みを帯びた黒髪も美しいとルージュは見とれた。

『黒炎の巫女姫』という存在は聞いたことがあったけど、まさか髪や瞳まで黒いなんて。


 翌朝、ルージュはドキドキしながら訓練場へと向かった。

 宮殿の敷地内でワイバーンの獣舎近くにあると言う事は、昨日のうちに寮長のアークから聞いていたので、迷わずにたどり着くことができた。そこは、訓練場と言うよりは運動場といった感じで、屋外の広場に魔法用の的が並んでいる簡単な設備だった。既に煌牙やレンをはじめ、何人かが剣や魔法の訓練中だったが、なぜか大人の姿はない。


「よお、ルージュ!」


 ルージュの姿を見つけた煌牙が、声をかける。その後ろをレンが小さな木刀を持ってついてきた。


「巫女姫様も、剣の訓練をするのですか?」


 驚いて尋ねたルージュの言葉にレンは大きくなずく。


「するよ! レンも強くなって、煌牙と一緒に戦うから」

「お前、そんな事言いだしてからもう一年経つけど、全然上達してねえだろ。剣は向いてないんだって。魔法の練習しろよ」


 煌牙は辛辣な言葉とは裏腹に、優しくレンに笑いかけるとポンポンと頭を撫でた。


「騎士団って、大人はいないの?」


 ルージュの問いに、煌牙は「あー」と、苦い顔をする。


「大人ねぇ。居るけど、こんな平和な時代、基礎が出来てりゃ充分だろって、訓練なんかしねぇんだわ。いざ魔物が出たって時は、俺が片づけるしな」

「そうなんだ」

「お前、氷の一族だったな。武器は出せるか?」

「うん。一応」

「見せてみろよ」


 ルージュはうなずくと、両手に力を集中させた。みるみる手の中に光が集まり、徐々に形が見えてくる。パッと強く光を放った後、ルージュの手には、身の丈以上もある刀が現れた。


「へぇ、大太刀か、珍しいな。だけど、出すのに時間がかかり過ぎだ。実戦だと厳しいぞ。お前、人相手に戦ったことはあるか?」


 煌牙の問いに、ルージュは首を振る。


「人と戦った事はない。……俺、やっぱり才能ないのかな」

「いや、お前くらいの年でこんだけできりゃ上等だ。後は経験を積めばいい」

「経験?」

「手合わせしてみるか。レン、邪魔だからお前はもっとずっと遠くに行ってろ」


 レンはコクリとうなずくと、煌牙の指さす獣舎の軒下までパタパタと走り出した。

 煌牙はレンが遠く離れたのを確認すると、両手に光を集めた。その光はあっという間に二本の短剣へと変わる。


「双剣……」


 ルージュはその刃の形状と白銀の色に、まるで翼のようだと思った。


「俺は手加減してやるが、お前は全力で来いよ」


 煌牙が飛ぶように地面を駆けた。

 ルージュはゴクリと唾を飲み込むと、刀を握る両手に力を込める。

 間合いを詰められたくないルージュが、大太刀を真横に一振りした。

 だが煌牙は、そんな動きは予測していたかのように、ひらりと高く飛びルージュの攻撃をかわすと、その勢いのまま剣を振り下ろす。

 剣がぶつかり合う高い音が響いた。

 煌牙の一撃を防いでも、容赦なく二本目の剣がルージュを狙う。

 接近したままでは、手数の多い双剣には敵わないと判断したルージュは、力いっぱい、双剣もろとも煌牙を押しのけ距離を稼ぐと、素早く空中に氷の足場を作る。その足場を踏み台にして、押しのけられて後ずさった煌牙の頭上高くジャンプした。

 ルージュの意図を察した煌牙は、避ける間がない事を悟ると、剣を握ったまま右手に光を集め壁を作り防御の体勢をとる。

 ルージュは、自身の落下スピードも刀に乗せ、煌牙に斬りかかった。

 ガラスが割れるように、煌牙の防御壁が粉々に砕け散る。

 一瞬、目を大きく見開き驚きの表情を見せた煌牙だったが、すぐにそれは不敵な笑みへと変わる。片手では防ぎきれないと、咄嗟に両方の剣でルージュの刀を受け、そのまま横へ打ち払った。


「うわっ!」


 バランスを崩したルージュが、横に飛ばされゴロゴロと地面を転がる。

 いつの間にか訓練の手を止めて、二人の戦闘を遠巻きに見ていた他の団員達が息をのんだ。

 地面に倒れたルージュの視界に、青い空が広がる。

 これが実戦だったら、ここに魔法が飛んでくるか、あるいは剣を突き刺されて人生終わるんだなぁ。と思うと、ルージュは立ちあがって戦闘の続きをする気にはなれなかった。

 まだまだ実力に差がありすぎる。


「うん。お前、悪くないな。ってゆーか、むしろすげーいいな!」

「え……でも俺、負けちゃったんだけど……」


 仰向けで寝ころんだまま、ルージュは煌牙を見上げた。


「当たり前だ。勝てる気でいたのか? なめんなよ」


 煌牙は笑いながら、ルージュを引っ張り起こす。


「俺の防御壁を割った奴は初めてだ。お前、センスあるよ。大太刀はリーチ長いから、乱戦の時は味方の位置、気をつけろよ。後は……今は無理でも、そのうち片手でも扱えるようにしておけ。片手が空けば、防御も出来る」


 煌牙の的確なアドバイスを聞き、ルージュは嬉しそうにうなずいた。


「ありがとう! 里では、こんなに戦闘出来る人いなかったから、ここに来てやっぱり良かった!」


 そんな二人の様子を、目をキラキラ輝かせてレンは見つめていた。

 あんなに楽しそうな煌牙は、なかなか見られない。ルージュは煌牙の味方になってくれる! それが嬉しくてたまらず、レンは思わず二人に駆け寄った。


「ルージュ、カッコよかった!」


 遠くから走ってきたレンが、そのままの勢いで飛び付くと「うわっ」と、ルージュはよろよろと後ずさった。


「なんだよ。勝ったの俺だぞ?」


 煌牙は面白くなさそうに、ルージュにぶら下がるレンの頭をこづいた。


「いたーい!」


 パッとルージュから離れたレンは、小さな手で煌牙のみぞおちを殴りつける。


「痛ぇだろ! 本気で殴るなよ」

「煌牙が叩くからだよ。それに、本当は全然痛くないクセにっ! どうせレンは煌牙に勝てないと思ってるんでしょ!」


 レンが腰に手をあてて、ぷーっとふくれる。レンの感情に共鳴するように、煌牙達の周りの温度が上昇した。


「暑いよ、レン」


 煌牙は空中に絵を描くように、人差指を走らせた。

 キラキラと煌牙のなぞった線は、氷のバラへと変化する。


「レンが怒ってると、このバラすぐに溶けちまうぞ」


 そう言って煌牙は、氷のバラをレンの黒い髪に挿した。


「えっ、ヤダヤダ、もう怒るのやめる! そうしたら、ずっと溶けない?」

「まぁ、一時間くらいはもつんじゃね?」

「えー。じゃあ、一時間経ったらまた作って」

「やだよ。めんどくせぇ」

「ふっ、あはは!」


 二人のやり取りを見ていたルージュが、思わず吹き出す。


「何だよ、ルージュ」

「だって、二人とも仲がいいのか悪いのかわかんなくて、面白いんだもん」

「ルージュも今日から仲間だよ!」


 レンは嬉しそうに、ルージュの腕にぶら下がった。


「ありがとうございます。巫女姫様」

「それ、ダメ。レンでいいよ。あと、敬語も禁止ね!」

「えっ。それは、ちょっと……」

「だめだめ! ね? お願い!」


 レンが拝むように顔の前で両手を合わせる。その仕草が可愛くて、思わず微笑んだ。


「……うん、わかったよ。レン」

「やったぁ!」 


 鮮やかな黒い薔薇のように、レンの笑顔が咲いた。

――――それからは、いつも三人でいた。


 毎日のように煌牙と手合わせをしたし、レンには内緒で実戦練習と称し、煌牙とイノシシ狩りに行った事もあった。それがバレた時には、煌牙と二人で一生懸命、大泣きするレンのご機嫌をとったっけ。

 置いていくと後が面倒だからと、レンを連れて出かけた時には、度胸試しで橋の上から川に飛び込んだ事もあったな。三人ともびしょ濡れで帰って、レンが熱をだしてしまい、司令官に大目玉をくらったんだ。

 煌牙が騎士団長に就任して、その後すぐ自分が参謀総長になって、レンは大喜びしてくれた。


 いつも三人でいたのに。

 いつからだろう?


 三人でいることが、少なくなった。

 煌牙といつも張り合うようになった。

 レンが不安そうに、一生懸命、煌牙と自分を気遣うようになった。

 いつからだろう? どうしてこうなった?


「ははっ」


 乾いた笑い声が響いた。

 長く暗い宮殿の廊下で、ルージュは歩みを止めて片手で目を覆う。

 いつから 

 どうして


「わかってる」


 本当は、わかっている。

――煌牙よりも近くで、レンを独り占めしたいと願ってしまったからだ――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ