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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[七]異世界の鍵
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7-4

「わたしは成田トウコ。キーパーネームは『パール』。気質は『ほのかな光』だそうよ」

 

 

 そこは灰色の世界だった。空も海も木々も、道路も橋も建物も、すべての色が剥げ落ちたかのような空虚な風景であった。生き物はおらず、辺りは静まり返っている。火も風も起こらず、水は動くことをやめ、大地は死んだようで、光や闇すらも意味を持たない。


 ここにいるのは、異形のものだけであった。ビルよりも高い、細長い巨人。地に着くほど長い腕のそれは、世界との接線すなわち輪郭線が落書きのようにぶれており、一目で真っ当な生き物ではないことが分かる。それがねずみ色の市街地に林立している。二十はいるだろうか。濁ったような白い単眼は、何も映していないかのようだった。


 その巨人の足元を、一つの色が動く。黒い衣装を身にまとった白い髪の少女だった。真珠のような光沢をもつ長い髪を揺らして、彼女は巨人を見上げた。


「『エクリプス』」


 低い発声に応じるように、その両手に拳銃が出現した。気配を察したのか、巨人が少女の方に顔を向ける。その瞬間、少女の右目が金色に輝き、ほぼ同時に巨人の体に十と八の穴が穿たれた。


「『アブソリュート・ヒット』……」


 塵となり崩れ落ちる巨人に一瞥もくれず、少女は次なる獲物に目を向ける。周りの巨人も異常に気づき、少女の方へと向かってくる。


 最も近くにいた巨人がその長い腕を振るう。少女は紙一重で身をかわし、両手の中で拳銃をくるりと回す。


 そして、金色に光る右目と二つの銃口を間近の巨人に向けた。一瞬で一八発の光の弾丸が叩き込まれ、二体目の巨人も塵と消えた。


 三体目は少女の後ろから襲いかかった。再び指をトリガー・ガードに引っ掛けて拳銃を回すと、少女は振り向きざまに銃弾を放つ。


 殺到してくる巨人たちの腕は、嵐のようだった。空間を塗りつぶすように放たれるそれを少女はかわし、正確に弾丸を叩き込む。それは傍目には華麗な舞踏にすら見えた。光の舞の向こうに消えていく巨人の姿は、神話の中の光景のようであった。


 二十体以上いた巨人がすべて塵と変わるのに、そう時間はかからなかった。少女は辺りを見回し、敵の気配がないことを確認すると小さく息をついた。


 そこへ、パチパチパチと拍手の音が響く。


「いやー、すごいですね新人さん」


 拍手の主は、黒い衣装の少女だった。拳銃の少女が黒地に白いラインのものをまとっているのに対し、こちらは髪も衣装もすべて闇夜のような重たい漆黒であった。ただ、右手に持った杖だけが光を放つかのように白い。


 それ以上に目を引くのは、彼女の目元に巻かれた黒い帯のような布であった。複雑な紋様が描かれ、異様な存在感を放っていた。その下に作られた表情は笑顔であったが、目元が見えないだけで油断ならない雰囲気がある。


「前の『クリスタル』はあの巨人と一対一で戦って死んじゃったのに、この数を一人で処理してしまうなんて、すごい戦闘力ですよ! わたしなんてあんまり攻撃力ないからなあ、ちょっと憧れちゃうなあ、って、いやいや! わたしの方が先輩なんだから、しっかりしないと! うん、そう、でないと新人さんが不安になっ……」


「あなたは誰?」


 目隠しの少女の言葉を遮って、拳銃の少女は問いかけた。放っておけば止めなくしゃべり出しそうであったから。


「あ、ああ! すいません! 自己紹介がまだでしたね! わたしったらホントうっかりしてて……」

「いいから、早く」


 拳銃の少女は呆れた様子で首を振った。

「コホン、えーと、わたしは三住(みすみ)サヤ。ここ鱶ヶ渕(ふかがぶち)の『ディストキーパー』としては、あなたの先輩にあたります。パサラさんからもらったキーパーネームは『モリオン』、気質は『(しるべ)なき闇』だそうです」


 「ディストキーパー」。それは世界の「インガ」の安定に資するため、先ほどの巨人のような「ディスト」と戦う少女たちの名である。この灰色の世界「インガの裏側」で、誰にも知られることのない戦いを日夜続けている。


「闇ね……」

「あう、どうしました? やっぱり、光の『ディストキーパー』の方にとっては、闇ってちょっと嫌だったり?」

「別に」


 興味のない風を見せつけるように、拳銃の少女は肩をすくめた。


「わたしは成田(なりた)トウコ。キーパーネームは『パール』。気質は『ほのかな光』だそうよ」

「む、むむむ、今ちょっと不満げでしたね?」

「……何の話?」

「もしかして、光属性なのが嫌、というか、闇属性がよかったとか?」


 拳銃の少女――成田トウコは答えなかった。サヤの言うことが図星だったのである。


「わたしは闇にこそ親しんでいた……」

「こればっかりは変えられないらしいですからねえ……」


 しみじみとサヤはため息とともに言った。


「でもでも、光のお陰でこれだけの攻撃力なんだから、いいじゃないですか! 言っておきますけど、わたしの能力なんて超地味な上に、基本的に一人じゃ戦えないんですから」


 ほら見てくださいよこれ、とサヤは自分のスカートの裾をつまんで見せた。脛の半ばまである長めのスカートだ。それに対してトウコのそれは膝上と短めである。


「こういうスカートの子は、補助型なんですって。動きにくいんですよねえ……」

「そう。ならば、補助を頼みたい」


 一瞬サヤは首を傾げ、すぐに表情を引き締めた。自分に背を向けたトウコの視線の先、建物の影に巨大な獣の姿を見て取ったのである。


「目隠しをしていても見えるようね」

「ええ。これ、視界は塞がらないんですよ」


 目元の帯には穴が開いているようには見えないが、「インガ」を捻じ曲げるなどして視界を確保しているのだろうか。


「あれは巨人よりも小柄だが、強力に思える」

「ですね。巨人型の『ディスト』さんはぶっちゃけ雑魚ですけど、あれは体を構成している『インガクズ』の量が段違いのようです……」


 「ディストキーパー」を生み出している「エクサラント」は、世界の「インガ」を司り、大多数の人間が思い描く方向に世界のかじ取りをしている。願いの通りの進路を保つために、例えば影響力の強い人間の死を「なかったことにする」等、「エクサラント」が「インガ」を意図的に改変することもままある。


 その時に生じる「インガ」のひずみ、それが「ディスト」であった。「インガの改変」の折に発生する「インガクズ」が「インガの裏側」に蓄積することによってこれらは生じる。


 「ディスト」は改変される前に世界が向かうはずだった方向へ再び世界を誘うために、「インガの裏側」から「人間界」へと脱出しようと暴れ回る。それを食い止めるのが、「インガの調律者」たる「ディストキーパー」の役目であった。


 「ディスト」の強さは、その体を構成する「インガクズ」の量で決まり、「人間界」にあるさまざまな生き物の姿を模す。それは似ていれば似ているほど強いとされていた。さきほどトウコが倒した巨人型は人間を模したものではあるが、手が長すぎる等バランスは大きく異なる。つまり、さして強くはないということになる。


 二階建ての住宅とほぼ同じ高さの獣――ライオン型の「ディスト」は、トウコとサヤに気付くとたてがみを揺らして一声吠えた。白い三つの目を持つ黒い獣は、ぶるぶるの輪郭線を一層震わせる。


 耳を引き裂くような、筆舌に尽くしがたい鳴き声。トウコは怯まず、ライオン型を鋭い視線でにらみつけた。


「『パール』、出る」


 そう宣言して、トウコは拳銃のトリガーに指をかけ、ライオン型に銃口を向けた。が、トリガーを引く前にライオン型は大口を開けて火球を放った。


「ちっ」


 トウコは飛びのいてかわし、拳銃を掃射する。巨人型には簡単に風穴を開けた光の銃弾であったが、ライオン型はびくともしない。当たっていないわけではないようだが……。


「トウコさん、注意してください!」


 背後からサヤの声が飛ぶ。


「わたし達の攻撃は、どれも小規模な『インガの改変』です。そして『インガクズ』の量が多いほど改変には抵抗力を持つんです」

「つまり……?」


 再び放たれた火球をかわし、トウコは先を促す。


「何度も撃ってください。回数を重ねることで突破口が開けます!」


 断定的な口調であった。恐らく、ここまで戦ってきた経験則だろう。

 先輩の言葉には従っておくか。トウコは拳銃を指で回した。弾倉を必要としないこの拳銃「エクリプス」に弾丸を供給する動作である。


「くらえ」


 再びの一斉掃射。しかし、ライオン型はそれを飛びのいてかわす。弾丸の速さは光と同速、つまり発射とほぼ同時に着弾するのだが、引き金を引く指の速さは人並みなのである。


「見切られたか……」


 ライオン型はトウコに肉薄する。振り下ろされた爪をすんでのところでかわし、再び発射。が、今度は銃口を向けた段階で身をかわされる。


「が、これならどう?」


 トウコの右目が黄金色に輝き、着地するライオン型を捉える。金の目には、映したものに弾丸を誘導する効果があった。光の尾を引いて弾丸がライオン型に向かって行く。


 全弾入った手ごたえはある。だが、やはりまだダメージを与えるまではいかないようだった。


「ずいぶんと硬いですね……」

「それに目がいい」


 かわされてしまっては、サヤの言う「回数を重ねる」こともできはしない。誘導弾にしても、普通に撃つよりも威力が落ちるのだ。ライオン型は距離をじりじりと取りつつ、トウコとサヤの周りを円を描くように歩く。狩りの獲物はどうやらこちららしい。


「目ですか……だったら!」


 サヤは手にした白い杖の先で地面を突いた。すると、杖の先からどろりと黒い墨のようなものが染みだす。ねずみ色の大地にじわりと広がった。


 闇だ。トウコはそれを見て何か懐かしいものを感じていた。闇が動いている。これがサヤの能力か。


「行け!」


 水たまりのような闇は一本の直線となってライオン型へ迫る。飛びのいてかわそうとしたライオン型の動きを読んで、トウコは発砲した。


「ありがとうございます!」


 サヤが礼を言うと同時に、闇はライオン型の四つの足を取り巻き、そのまま体の中に吸い込まれた。


 決まった? トウコはライオン型の様子を注意深く観察する。外から見て、変化があったようには見えない。ただ、ライオン型はきょろきょろと不思議そうにしている。


「どういう効果?」


 補助型で攻撃力があまりない、とサヤが言っていたのを思い出す。


「わたしの『導なき闇』は、触った相手の五感を奪います。と言っても、一気に五つ奪うのはかなり難しいんです。今回の敵さんは抵抗力も高いですし。ホントはもっとその辺を鍛えていかなきゃならないんですけど、わた……」

「つまり?」


 長い語りを聞いている暇はない。トウコは結論を急がせた。


「えっと、今回は『視覚』を奪うことに特化しました」


 見てください、とサヤはライオン型を杖で指した。確かに、不思議そうに辺りを見回しているというよりは、周りが急に真っ暗闇になったかのようなリアクションだ。


「地味ね」

「ええ、地味なんですよ」


 だが効果はてき面だ。足も止まっている、今がチャンス。トウコはライオン型に銃口を向けた。


 「ディストキーパー」として、トウコは今日が初陣であったが、自分の力は理解している。光とは、つまりは速度を尊ぶ戦い方になるだろう、と。


 故に、この技はさっきは使わなかった。「エクリプス」にこめられた九発ずつの銃弾を一つに束ね、増幅して発射する必殺の大技。チャージに時間がかかるが、この場面ならちまちま撃つより効果的なはずだ。


「『トータル・エクリプス』」


 銃口から放たれた二条の光の奔流に飲まれ、かき消されるようにライオン型は消滅した。

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