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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[七]異世界の鍵

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7-3

「前のわたしの、どうしようもない柔肌のような部分が『恥ずかしい』と叫ぶのよ」
 

 打ちっぱなしのコンクリートの壁、鉄のパイプを組んだベッド、機能一辺倒のデスクと椅子、整理された流し台にシャワールームにトイレ……。そこはおよそ飾り気と呼べるものが何もない、殺風景な部屋であった。赤さびの浮いた玄関の鉄扉を開けて、一人の少女がそこに入ってくる。

 成田トウコであった。長い髪は黒く戻り、服装も通っている鱶ヶ渕中学の制服となっていた。

 トウコは部屋の隅に置かれたデスクの上を一べつする。そこには、毛玉のような何かが座っていた。

 一頭身のふわふわしたボディ、子どもの落書きのような顔、赤い首輪を巻き、垂れた長い耳をしたぬいぐるみのようなそれは、トウコの姿を見止めるとデスクからふわりと浮きあがった。

 この毛玉こそが、世界の「インガ」の安定を図るべく「エクサラント」からやってきて、「ディストキーパー」を作り出している存在であった。彼らは世界中におり、トウコ達の住む鱶ヶ渕エリアを担当しているのが、このパサラという名の個体である。

『お疲れ様。初戦とは思えない素晴らしい戦いぶりだった』
「見ていたの?」

 称賛の言葉を素っ気なく流し、トウコは少年のような声音の毛玉を見やる。

『もちろんだよ。「インガの裏側」を観測するのは私達の仕事だからね』
「そして、戦うのが『ディストキーパー』の仕事、と」
『そういうことさ』

 体を揺らすパサラが気楽に見えて、トウコは一つため息をついた。

『どうしたの? 疲れたかい?』
「少し」
『君の改変内容なら、それぐらいで疲れるはずはないんじゃないか?』

 タフな戦いをこれまで繰り広げてきた拳銃使いなのだろう? そう問われ、トウコは能面のような無表情を少しだけ嫌悪に歪めた。

 「エクサラントの使い」とも呼ぶべき毛玉たちは、「ディストキーパー」となる少女を日夜探索している。「ディストキーパー」になれるのは、彼らが「過剰に不幸な人」と呼ぶ少女であった。

 それはすなわち、「エクサラント」による「インガの改変」によって影響を受け、本来の人生であればこうむる必要のない「不幸」を味わった少女のことである。その「不幸」の解決をすることの対価として、「エクサラント」は彼女らを「ディストキーパー」として働かせている。

 「不幸」の解決とは、その少女の思う通りに「インガの改変」を一つだけ行うことであり、それは言うなれば、「少女の思う通りに一つだけ世界を変えてもいい」ということに他ならなかった。

 成田トウコが行ったその「最初の改変」とは、今までの自分を捨てて、「自分の考えた最強の戦士」になることであった。

 長く美しい黒髪を持つ、闇に生きる拳銃使い。14歳ながら、数々の戦場を渡り歩き修羅場を潜り抜けてきた経験を持つ。冷静沈着かつ冷徹で、あらゆる状況に最適解をはじき出す。過剰な装飾を嫌い、質実剛健を善しとする。現在は日本の鱶ヶ渕において、中学生に偽装して生活している。その出生は謎に包まれており、某国の生み出したデザインベビーではないかという噂もある……。

 おおざっぱに言えば、こういう「設定」をそれまでの自分に上書きしたのである。

 またこの時、出生についての設定が全くされていなかったため、両親が改変の巻き添えになり消滅するなどしたが、「その対価を支払っただけのことはある」とトウコは考えている。だが――

「改めて言われると、妙に腹立たしいわね」

 髪をかき上げ、トウコはベッドに腰掛けた。パサラはそれに近づき、体を左に少し傾ける。人間でいうと首をかしげるような動作らしかった。

「前のわたしの、どうしようもない柔肌のような部分が『恥ずかしい』と叫ぶのよ」

『改変がうまくいかなかった、ということかい?』

 上書きをしたとは言っても、完全に前の記憶がなくなったわけではない。同時に二つの記憶が並行して存在している。大体、この改変を行ったのは、正に今日の朝方なのだ。少々前の部分がうずいたとしてもおかしくない。

「まあ、そんな機微は人でないあなたには分からないのでしょうけれど」

 トウコはベッドにあおむけに横たわった。ふんわりとした疲労感がかぶさってくるようで、このまま目を閉じたくなる。

『おや、本当にお疲れらしい。少し改変のやり方を考えた方がいいのかな?』

「別に。毛玉とのおしゃべりに疲れた、というだけ」

 これは失礼した、とパサラは慇懃な調子で謝罪の言葉を述べる。

『しかし、だ。このやり方は私はなかなかうまいと思ってはいるんだよ』

 黙れ、という意味だったのに、パサラはまだ話を続ける気らしい。やはりそういう機微は分からないのか、とトウコは深々とため息をついてやった。

『今朝も話したけど、似たような改変を前にしたことがあってね。彼女もなかなか活躍してくれているんだ。何せ最初から戦士としての自分を作り出してくれるわけだから、こっちとしても……』
「そいつも鱶ヶ渕の人間なの?」
『ん? ああ、そうさ。今も現役の「ディストキーパー」だよ。死ななければ、いつか会うだろう』

 改変が似通ってるから性格的に合うんじゃないかな、とパサラはやはり楽観的な調子で体を揺らす。

「同族嫌悪、という言葉が人間にはある」
『……難しいね、君の言う機微とやらは』

 どこか皮肉っぽい。そういうのは理解できるのか、とトウコは内心舌を打つ。

『ともあれ、あまり揉め事は起こさないでくれよ。特に私闘は禁じないが、せっかく六人まで集まったんだ。潰し合いで消耗されるのはうまくない』
「七人目は探さなくていいの? こんなところで油を売って」

 トウコはパサラと出会った時に、彼の言っていたことを覚えていた。『君は六人目だ。私は後一人探さなくてはならない。この地区には七人が必要なんだ』、確かにそう言っていた。

『これも仕事なんだよ。「ディストキーパー」の心を、戦いの後ケアするのもね』
「ケアなんて必要ない。いつもと少し勝手が違って、疲れているだけだから」
『そうか、歴戦の勇士だものね』

 またも皮肉か、とトウコはさっきよりも強く顔をしかめる。パサラはまったく悪びれた様子もなく、じゃあおいとまするよと出て行ってしまった。七人目をこれから探すつもりらしい。

 やれやれ。呟きながら、トウコの心を満たしていたのは充足感であった。

 授業中にテロリストが攻めてくることをずっと考えていた。あるいは、前世で一緒に戦った仲間がやってくるのを待っていた。

 わたしのいるこの世界は偽物で、わたしのいるべき場所ではなくて。だから、こんなにもつまらなく、くだらなく、不幸なのだと信じていた。期待していたのだ、お前はここにいるべきでない、もっと素晴らしい世界がお前を待っているのだ、そう呼ばれることを。

 一方でまた、それが絵空事だとも知っていた。どうしようもなく自分は矮小で、何のとりえもない、どこにでもある十把一絡げの石ころの一つなのだと。

 だが、今はどうだ? わたしは、もう戦えるのだ。

 突然異世界への扉が開くことを、妄想していた弱い少女ではない。人知を超えた得体のしれない化け物と、かつて同じように不幸だったという仲間たちと共に、自ら異世界への扉を開けて戦っていく、本物の戦士となったのだ。

 制服のスカートのポケットから鍵を取り出し、左の拳でそれを握り締めた。

 後端に羽箒と白い真珠のはまったこの鍵の名は「ホーキー」。「ディストキーパー」に変身する道具であると同時に、「インガの裏側」へ侵入する手段でもある。この鍵をドアや窓にかざし現れた鍵穴を開くと、その先はあの灰色の世界へ通じるようになるのだ。

 トウコの手にした、文字通りの「非日常への鍵」であった。
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