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天上の青は謳う 作者:奏多
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6章 勇者の姉、捕獲-3

「……った」
 頭が痛い。
 殴られた事を思い出したアルヴィンは、一気に目を覚ます。
 周囲を見回すと、自分がいるのは暗い石積みの壁に囲まれた部屋だ。光源は高い場所にある小さな窓から入り込む日の光と、鉄格子の向こうで小さく灯るランプの明かり。
 壁と床以外には何もない灰色の部屋に、アルヴィンは転がされていた。ご丁寧に、両手には枷がはめられている。
 そして黒髪の少女の姿はない。
「引き離されたか」
 転移の瞬間に、彼女を捕まえたところまでは覚えている。イオリが自分を呼ぶ声が聞こえて一瞬だけ目覚め、気づいたらそうしていた。だから多分近くにいるはずだ。
「ていうかあの馬鹿、どうしてこっちに来たんだ」
 アルヴィンはイオリが間者に騙されて移動してきたことを知らない。だから単独で追いかけてきたのだと考え、舌打ちする。
 騙されたのは不覚だったが、イオリにだけは害が及ばないと思っていたのに。
 とにかく脱出しなければ。あれから何時間経ったのだろう。イオリがまたあの能力を使おうとして、敵が変な誤解をしていなければいいが。
 そこまで考えて、アルヴィンは顔から血の気が引くのを感じた。
「やりかねない……」
 なにせ戦闘を見て気絶するようなか弱い少女ではない。囮にされたことを根に持って、兄と舌戦を繰り広げるような女だ。虎視眈々と脱走の隙をうかがっているだけならまだいい。大騒ぎしたあげく、能力を使ってどうにかしようとしていたら……。
「あいつが大人しい女だったら楽だったのに」
 そうしたら格段に守りやすかっただろうし、囮にされた事とて、怒るより先に怖くて寝込んでしまっただろう。
 でも大人しくなかったからこそ、良い方へ転んだ事もある。
 最初の襲撃で、恐がりだったら女官の様子など見に行かなかっただろうし、侵入者の手をかわして逃げる事など思いつかなかっただろう。囮にされた時も、すぐに気絶してアルヴィンかフレイが抱えて戦うことになったはずだ。かなり不利になっただろう。
 ため息をつき、アルヴィンはまず手枷を外すことにした。
 短い単語を呟く。
 すると鉄がぼろぼろと砂のように崩れ去る。魔法を阻害する鉱物を含まない手錠だったようだ。これで相手がアルヴィンは魔術が得意ではないと認識してるらしいことがわかる。実際のところ、アルヴィンは魔術の手ほどきを受けているものの、基本的に外では剣だけを使うようにしている。
 それはあまり魔術に頼りすぎるのは良くない、と魔術の師から言われてのことだったが、予想外の所で役にたったようだ。
 脱走に関して、先行きが明るくなる条件を一つ見つけ、アルヴィンはほっとした。
 起き上がったアルヴィンは、まず自分の身の回りのものを確認した。
 剣は取り上げられている。指にしていた媒介の宝石もない。首から提げていた石も見逃されなかった。
 しかし剣を吊すベルトまでは確認しなかったようだ。魔力を使って分厚く作られたベルトを分解すると、中からこぼれ落ちてきたのは十数個の様々な色をした小石だ。
 中の一つが赤く明滅している。
 アルヴィンは急いでそれを拾い上げ、相手の魔法に同調する。やがてざりざりと砂をこするような音が脳裏に響き、それが遠のくと共に人の声が聞こえてきた。
「アルヴィン、私だ。聞こえるか?」
「兄上……」
 アルヴィンはほっとした。シーグはアルヴィンが居なくなったことに気づいて、すぐに通信を試みていたに違いない。この特殊な石を使っての通信は声しか届けられないものだが、あらかじめ石に魔法で登録さえしておけば、目当ての人間とすぐ話ができる。
「無事か?」
「なんとか。少々殴られただけです。まだ目が覚めたばかりで、ここがどこかはわかりませんが……」
「ミュルダール伯領だ」
 きっぱりとしたシーグの声に、アルヴィンは一瞬声を失った。
 ミュルダールはフレイの……。
「フレイが知らせてきた。しかし伝言だけで本人はいない。おそらくお前達と一緒に移動してるはずだ」
「一緒に?」
 父親の陰謀を知らせておきながら、自分もイオリと共に故郷へ転移したというのか。
「おそらくは、あの忌々しい女に万が一の事態が起こらないように、だろう」
 シーグは「万が一の場合は我が故郷へ、と伝言があった」と話を続ける。
「しかも書きもせず、襲撃者の手から逃れたルヴィーサに伝言してきた。あいつがそのようなやり方しかできないということは、ミュルダール伯の計画について知ったのが、お前たちが攫われる直前だったという仮定ができる」
 だからフレイは離反していないはずだ。
「しかも先ほど、ミュルダールから手紙が来た。姉を無事に帰してほしくば、要求を飲めと。最近の様子からも、あいつが多少王家の意思に刃向うのは予想できた。あそこはエンブリア・イメルの産地で、早々に魔に侵食は受けたものの打撃も少ない。それよりも気になることがある。なぜ急にこんな手を使ったのかということだ」
「というと?」
「モルドグレスだ。万が一のためにモルドグレスの大使を捕まえて、吐かせた。本来はモルドグレス自身が勇者の姉を保護する予定だったと告白した」
「……はぁ?」
 シーグはフレイの伝言を受けて方々に対策を打ったらしい。けれど異国の人間らしい協力者の存在や傭兵達の話がひっかかり、一応モルドグレスにも揺さぶりをかけたという。
 モルドグレスに『正直に話せば無かったことにしてやる』と話を持ちかけて聞き出したらしい。モルドグレス大使によると、当初ミュルダール伯は彼らの手伝いをしていただけだったようだ。モルドグレス側が、以前とても後ろ暗い事でミュルダールに協力したことがあり、代償として今回の計画に手を借りたのだという。
 しかしミュルダールが計画を変更してしまった。
 こうなっては当初の計画は諦めざるを得ない。モルドグレス大使は、全面的にミュルダールが悪いとする事で、イオリからは手を引くと確約したらしい。
「なぜ、そんなにまでしてミュルダールは……」
「我々に要求したい事でもあったのかもしれん。この間別なエンブリア・イメルの鉱山が見つかったからな。利権を奪われるのが嫌で……という程度ならいいんだが。念のためユーキも鳥で迎えに行かせた。すぐそちらへ送る。もちろん他の兵も」
 言葉を切ったシーグが、嫌そうに付け加えた。
「応援が到着するまで、なんとかあの女を保護しろ」
「わかりました。何かありましたらまた連絡します」
 その言葉を最後に、シーグ側からの魔力の波動が消える。
 余韻を打ち消すようにため息をついたアルヴィンは、ミュルダール伯の城の配置について思い出しながら立ちあがる。
 フレイのことも気になる。
 シーグに危急を告げて一緒に転移したなら、まず彼がイオリの安全を図っているだろう。ならば合流して、イオリを安全な場所まで移動させなければ。
 鉄格子に手を触れて、鍵を魔法で分解する。押せばさび付いた音をたてて、鉄格子の扉は前に開いた。
 アルヴィンは牢が並ぶ地下を走り抜け、その先にあった階段を上る。
 階段の途中にある見張り番用の部屋には誰もいない。簡素な机と椅子が置いてあるだけの場所に隠れながら、アルヴィンはさらに上をうかがった。
 出口付近には人がいるようだ。扉もないそこに、時折揺れる外套の端が見える。
 耳を澄ますが、他に歩き回る足音はない。時折足の位置をかえるような靴音が、かすかに聞こえるだけだ。
 アルヴィンは一気に距離を詰めた。
 足音に気づいた兵士が階段を覗き込んだ時には、アルヴィンの手がのどにかかっていた。そのまま相手を失神させ、数段下の見張り番の部屋へ引きずった。
 兵士の持っていた剣を奪うと、兵士は本人の衣服で縛り上げて放置する。
「まずは第一段階を完遂」
 思った以上に簡単に剣が手に入った。抜き身の剣を持ったまま、アルヴィンはいよいよ館の中へ踏み込む。
 灰色の石造りの廊下、石積みの壁。廊下の幅の狭さから、アルヴィンは間違いなくここが小さな城であると予想する。柱から柱までの間の壁を、タペストリーが飾っている所から、シーグの情報通りここはトレド国内だ。
 しかもタペストリーの模様には一定のパターンが組まれ、四隅に見覚えのある紋章が織り込まれていた。つい先日、イオリの召還前に見たばかりだったミュルダール辺境伯の意匠だ。
 鳥が翼を広げる図。それも黒い喬鳥を使うのは、山岳地帯の多いグレナン領にこの種の鳥が多く住むからだ。
 実りの多い小さな平野部よりも、険しく木の育ち難い地質の山が多い領地は、死肉を漁り甲高い声で鳴く鳥の方が印象深い。しかも喬鳥は地元の人間しか知らない木の実の匂いをつけていなければ、生きている者にも襲い掛かる。代わりに、山からは様々な鉱石が産出する。
 そのためグレナン領では、喬鳥を山の守り神として昔から崇めていた。放っておけば、何も知らない盗掘者を喬鳥が追い払ってくれるからだ。
 つい先日も、グレナン領の紋章入りの箱に入った鉱石を見かけている。
 天上の青と呼ばれる『エンブリア・イメル』
 この鉱石を急遽取り寄せたのは、異世界から勇者の姉を召喚するためだ。
「召還のタイミングも知ることができるし、その後の情報もミュルダールなら知りたい放題だったろうな」
 その嫡子であるフレイのことを思うと、舌打ちしたい気分になる。
 あいつがどれだけ王家に貢献していたか。イオリのために動いていたか。そうして守ろうとした相手を狙っていたのは自分の父親だったのだ。やるせない気持ちでいるだろう。
 と、そこで人の声が聞こえてきた。
「追え!」
「まだ城内にいるぞ!」
 叫びながら走り去っていく兵士達を、空の部屋に潜んでやりすごす。
 あの騒ぎは、何だ?
 そう思った瞬間に、アルヴィンは気づく。
 ミュルダールの城で追いかけられるような人間は一人しかいない。イオリだ。
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