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天上の青は謳う 作者:奏多
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6章 勇者の姉、捕獲-2

――軽い浮遊感。

 霧が風に吹き飛ばされるように光が消えた時には、伊織は全く別の場所に立っていた。
目の前に広がっていたのは磨かれた白い石の床と、壁にかかる緋色のタペストリー。そして床と同じ真っ白な祭壇。
 祭壇は白壁にうがたれるように作られている。神像がありそうな場所には、なにかの鉱石が台座に乗せておかれていた。その鉱石が時折鋭い光を発して瞬く。光源は天井からつるされた、金の金具と蝋燭だけのシャンデリア。天井は高くて、自分の身長の五倍くらいの高さに頂点がある円錐形をしている。
 そこまでを認識するのに数秒。
 全く知らない場所に来て、伊織は足が震えそうだった。けれど自分を支えるように抱きしめてくれる人がいる。
 この腕の感覚を知っている。何度庇われたかわからない。
「アルヴィン」
 無事だったのだ。立ち上がれるなら怪我も軽かったのかもしれない。
 ここはどこなのかと問おうとしたが、アルヴィンの腕から力が抜け、彼が倒れてくる。
「ちょっ……!」
 抱きとめようとした伊織は、アルヴィンと一緒に床に倒れそうになった。が、周囲から手が伸びて、アルヴィンと引き離される。
「やだっ、離して!」
 黒服の男達だ。
 知らない場所、そして誰かを殺す事もためらわない人間達。そんな中で唯一馴染んだものから引き離されたせいだろうか、伊織は心細さで思わず暴れた。
「落ち着いて下さい、イオリ殿」
 その声で自分をそこに止めている相手が、あの巻き毛の衛兵だとわかる。
 伊織は余計に暴れる。
 そのはずみで足が彼の脛を蹴ってしまった。すると衛兵は舌打ちしながら伊織を手放し、有無を言わさず殴りつけてきた。
 痛みと衝撃で意識が飛びそうになる。
 気づいた時には、伊織は床に膝をついていた。床についた手が冷たい。殴られたこめかみは痛くて、きっとこぶになるだろうと頭の片隅で考えた。
「なんだ、最初からこうすれば大人しくなったのか」
 呆然とする伊織を見下ろして、衛兵は笑った。
「宜しいですかイオリ様? 逆らうとまた痛い目に合いますよ?」
 あざけるような口調に、伊織は何を言われているのかようやく理解する。
 怖い。痛い思いをするのは嫌だ。
 だけど彼を睨みつけた。暴力で自分のいう事をきかせようなんて人間に、従いたくなかった。
「強情だな」
 また手が振り上げられる。思わず目を閉じ、衝撃に備えて歯を食いしばった。しかし別な声が制止する。
「やめろ!」
 驚いて目を見開くと、呼ばれた衛兵の腕を掴むフレイがいた。
 殴られなくて済んだ安堵より、衛兵がフレイの言葉を受け入れたことに伊織は驚く。
「大事な人質だろう? 殴り続けて殺す気か!」
 咎めたフレイに、衛兵は不満そうな表情になる。
「王子にも手を出すな。どちらも勇者には有効な人質だ。王子に関しては、交渉次第で弟に甘い王太子からかなりの譲歩が引き出せる。有効に使うべきだ」
 フレイの淡々とした説得に、衛兵が「仰せのままに」と答える。
「イオリ殿は予定通りに部屋へ案内します。だが、王子は腕が立ちすぎる。牢に拘束させてもらいますので」
「それでいい」
 フレイがうなずくと、アルヴィンが黒服の男たちにひきずられてこの広い部屋から連れ出されていく。
 拘束ということは殺されないということだ。だけど、信用しきれない。不安なまま見送った伊織だったが、アルヴィンの姿が見えなくなったとたんに、力が抜けて床に倒れてしまう。
「イオリ様?」
 全身が細かく震えて、思うように動けない。気遣うように肩に伸ばされてきた手すら拒めなかった。
 だから自分を起き上がらせてくれたフレイに言った。
「あなたは……。あなたは彼らがこうするってわかっていて、黙ってたの?」
 この間話してくれたことは嘘で、今度は自ら陰謀に与したのか。
 傍らに膝を付いたフレイの、優しげな瞳が揺れる。
「ずっとアルヴィン達を騙してきたの? 良心の呵責があるから、わたしを庇ったの?」
 話せば話すほど、涙が出てきそうだった。
 でも泣かない。泣いてもアルヴィンは助からないのだ。
 フレイは一度目を伏せて伊織の肩から手を離した。そしてまだ震え続ける右手を持ち上げ、映画で見た中世の騎士みたいに手の甲に口付ける。
「ご安心下さい。必ずお守りします」
 女の子なら、幼い時に一度は憧れただろうシチュエーション。けれど伊織はごまかすのかと怒りを感じるばかりだった。しかし続けて耳元で囁かれた言葉に目を瞬く。
「既に王太子殿下には連絡してあります。すぐに助けが来ます。それまでに全て終わらせますので、しばしお待ちください」
 シーグに知らせてあるということは、フレイはやっぱり味方?
「お連れしろ」
 フレイの命令に、残った男二人が混乱する伊織の両腕を掴む。
「フレイ……」
 助けに来るのはわかった。けど、全て終わらせるってどうやって?
 彼は呼びかけにも表情を変えない。
 そのまま伊織は、別室へと放り込まれた。
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