挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天上の青は謳う 作者:奏多
25/32

7章 彼女に謳う天上の青-1

 放り込まれた部屋は、灰色の冷たい壁に囲まれていた。幅広の赤いタペストリーが掛けられているが、それでも寒々として見える。
 いや、寒い。
 伊織は自分の肩を抱き締めた。
 なにか掛ける物でもないかと見回したが、座っている簡素な寝台の上掛けぐらいしか見当たらない。とりあえずそれをたぐりよせて羽織った。囚人生活中に風邪をひいて、肝心な時に逃げられなくなるのは嫌だった。
「王宮は暖かかったのに」
 呟くと、寂しさで心が一杯になる。
 数日しか居ないのに、光を反射する白壁の部屋が懐かしい。柔らかな緑に満たされた庭も、さわやかな風が通りぬける回廊も。そして自分で涼しいことに気づくより先に肩掛けを差し出してくれたルヴィーサのふくよかな手。
 あれほど苛立ったシーグですら、遠ざかってしまうと記憶の中で美化されそうだ。少なくとも、彼は自分を傷つけようとはしなかったから。
 あそこに帰るには、どうしたらいいのだろう。
 考えても考えてもわからない。
 せめて情報を引き出せそうな相手がいれば……。
 しかしフレイはどこかへ行ってしまった。他の人間から何かを聞き出すには、長い時間が必要だろう。でも、自分はなるべく早く脱出するべきだ。
 伊織はどう行動すべきかどうか、頭の中でめまぐるしく考え始めた。
 部屋に放置されてから、やや時間が経過している。殴られた痛みでぼんやりしてたからよくわからないが、多分一時間ぐらいだ。そんな短時間で王宮から救援がくるとは思えない。いや魔法がある世界では可能か?
 どちらにせよ、まずは脱出しなくてはと決意する。
 イオリは武器を探した。造りつけの暖炉を見るが、火かき棒は見当たらない。
「わたしが暴れると思ったのかな……」
 窓を割って逃走とか、そんな状況を想定して撤去されたのかもしれない。
 仕方なく温かな上掛けを放り出し、椅子を踏み台にして造りつけの暖炉によじ登る。そして手に入れたのは吊り下げ式のランプだ。
 けっこう重たい鉄製のランプを片手に、伊織は扉へ駆け寄って内側からノックした。
「なんだ?」
 ノックくらいでは扉を開けてくれない。外から大きな声で話しかけてこられて、伊織は舌打ちしそうになった。
 ちょっと考えて、今度は小さな声で適当なことをしゃべってみる。
「もう少し大きな声で話せ」
 要求されたが、次はノックしながら咳き込んでみた。
「……ったく、何の用だ?」
 今度は引っかかった。面倒くさそうに扉を開け、中世のサーコートっぽい服を着た男が顔を覗かせる。彼めがけて、伊織は持っていたランプをぶつけた。
 脳震盪を起こすことを狙い、顎へ向って全力でアッパーカット。
「……ぐぇ……」
 結果は予想以上だった。
 男はうめき声一つだけで、床に倒れる。額から血が出て痛そうに見えたが、心を鬼にして視線をひきはがす。そして倒れた相手を飛び越え、伊織は廊下をひた走った。
 しかし角を曲がろうとした時、その先に人の姿が見えた。
 あわてて立ち止まったイオリは、後ろを振り返り、そして手近な部屋へと入り込む。
 一か八かだったが幸い誰もいない。
 ほっとしたものの、ここでじっとはしていられなかった。閉じ込められていた部屋からそう遠くない場所だ。すぐに見つかってしまう。だけどあちこちに人がうろうろしている。見つからずに脱走というのは難しい。
 やや思案し、伊織は部屋の中を物色した。
 何か刺すものはないかと探し回るが、元の世界の家屋と違い、絨毯を止めるピンなんて石の床には刺せないだろう。当然、壁に画鋲が刺さったままにもなっていない。
 時折まだ痛むこめかみに触れ、晴れてることを確認して舌打ちしたくなる。どうせ怪我をするなら切り傷にしてくれれば、役に立ったのに。
 部屋の近くを、誰かが通る足音がした。
 思わず中腰の体勢で固まる。息を潜めていると、足音は遠くへ去っていった。
 また誰か近くを通るかもしれない。
 焦った伊織は、自分の手の指に噛みついた。針も刃物もないなら、噛み破るのみだ。
 痛かったが仕方ない。みるまににじんだ血で赤くなった指で、石に触れる。
「…………」
 うまくいった。
 めまいがして、脳裏にあたりの風景が見えてくる。
 水が流れるように伊織の視界は廊下を進み、枝分かれした道のすべてに意識が分散し、円筒状になっている建物内の人の位置を把握していく。階段の位置を確認し、そのあたりは警備の兵が一人で巡回しているだけだわかった瞬間、意識が自分の体にもどるような間隔に、頭をふらつかせた。
 そのまま尻餅をつきそうになるのをこらえる。
「こんなとこにいる場合じゃ……ないっての」
 ワンフロアの様子は把握したものの、時間が経てば人も動く。位置も変わってしまう。それに、先ほどランプで殴った兵士が発見されそうだった。
 壁によりかかりながら、伊織は急いで部屋を出る。
 廊下を角を曲がって右へ。さっき見かけた兵士はもういない。その後をたどるように移動し、次の角を左。
 その先の開けた場所へ出る前に、壁にぴったりと身を寄せて確認。
「前方に敵影なし」
 さっそく中央に見える螺旋階段へ飛びついた。
 しかし下階へ降りたところで「人質が逃げた!」という叫びが聞こえてくる。次いで準備のいいことに呼び笛まで鳴らされる。マズイ。
 太陽の光が降り注ぐ玄関は目の前だ。でも扉が開かれそうになっている。
 伊織は選択の余地なく、さらに階下へ降りた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ