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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【前日談】若き芽の輝き
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若き芽の輝き(3)

 ラウロー町の裏門を抜ける際、門番は茶髪の少年が外に出て行くのを目撃したと言っていた。

 町の出入り口は表門、裏門、東門、西門の計四つ。忘れられた神殿から最も近い門は裏門である。門番の発言は彼がその神殿に向かったことを、暗に裏付けていた。

 エルダは町の外に出ると、町を囲んでいた石壁をちらりと見た。人々がモンスターから身を護るために作った、結宝珠が埋め込まれた防御壁だ。

 ドラシル半島にはモンスターと呼ばれる、一般的な動物よりも凶暴な生き物がいる。襲ってくる場合も多々あるため、対峙した場合、適切な行動をしなければ命の危険に晒されることがあった。

 身を護るための方法としては、大きく分けて二つ。

 一つ目が、結宝珠(けつほうじゅ)と呼ばれるものを使って、結界を張ってその場をやり過ごすこと。

 二つ目が、還術(かんじゅつ)と呼ばれる方法で、モンスターを本来いるべきところに還すものがある。

 モンスターはこの世界とは違う場所にいるが、何らかの作用でこちらの世界に流れ込んでいると言われていた。そのため還術をすればこの世界から消えるらしい。だが還術は還術印が施された武器を持って攻撃しなければできないことだった。それゆえ人々は身を護るために、結宝珠に囲まれた町からなかなか外に出ようとはしないのだ。

 町の外に出たエルダは地図を片手に先に進み、ファヴニールがそのすぐ後ろをついていく。舗装された道が続いているため、特に迷うことはなかった。

 空が雲に覆われ始めたのか、一帯は暗くなり、気温が下がってきた。

「お嬢さん、ここら辺には――」

「エルダでいいです、ファヴニールさん」

 お嬢さんという柄でもないため、反射的に言い返していた。ファヴニールは一瞬ぽかんとしていたが、すぐに笑みを浮かべた。

「わかった、エルダさんと呼ばしてもらう。ここら辺にモンスターは出現するのか、知っているかい?」

「そうですね、神殿の周りを囲んでいる森には、いくつか目撃情報があります」

 だからいつもよりもエルダの足は速く動いていたのだ。

 かつてモンスターはあまり人を襲わなかった。しかし近年になり、モンスターに襲撃される話をよく聞くようになってきた。また今まで出ていなかった地域でも見るようになったと小耳に挟んでいる。つまり動きが読めなくなってきたのだ。

 それを考えると、還術ができない半人前の剣士の少年が危険地帯に向かうのは無謀すぎた。

「なあ、エルダさん」

「なんでしょうか?」

「モンスターと遭遇したことは?」

「ありません」

 結界で護られている町の中で過ごしている者にとっては、当然の返答だった。

「町の外に出て、怖くないのかい?」

「それよりもサートルが無茶していないかの方が心配です。ファヴニールさんはモンスターと鉢合わせたことはあるのですか?」

「ああ。昔はよく討伐部隊に参加していたから、相手をしていた。ご両親から聞いていると思うが、奴らは凶暴だ。遭遇したら自分の身を第一にして動きなさい」

 そう言って、ファヴニールはエルダに結宝珠を一つ手渡した。光沢がすごい。手に持つと、ずっしり重みが伝わってきた。かなり質がいいものである。

「それを肌身離さず持っていなさい。そうすれば襲われることも限りなく少なくなるだろう」

「いいんですか?」

「いい細工師を紹介してもらったお礼だよ」

「……ありがとうございます」

 エルダはそれを大切にポケットにしまい込んだ。

 ファヴニールはエルダのことを見下ろして、ぽつりと呟く。

「……まったく最近の女は、どうしてこんなに威勢がいいんだ」

「はい?」

「……いや、何でもない。雨が降る前に、町に戻るよう動こう」

 ファヴニールが前に出て、彼が先行する形で森の中に入っていった。

 舗装された道から外れた地面の上を歩いているため、少々進みにくい。足下を見ながら、ファヴニールの背中を逐一追って歩いた。

 ふと、ファヴニールが通った足跡とは別に、エルダよりも大きい足跡がうっすらと残っているのに気付く。もしかしたらサートルのかもしれない。はやる想いを押さえて進んでいった。

 ある程度進むと、突然どこからか獣の遠吠えが聞こえてきた。体をぶるっと振るわして周囲を見渡す。まさかモンスターがすぐ近くに――。

「まだ遠いから安心しなさい。こういう状況では、いかに冷静さを失わないかが重要だぞ」

「は、はい……」

 若干表情を引き締めたファヴニールの顔を見て、エルダは頷いた。

 さらに足を速めながら進んでいくと、ほどなくして古びた神殿が見えてきた。地震でも発生すれば、あっという間に潰れそうな建物だ。

 その建物を見ると、なぜか意識が惹かれていく。

 左右に視線を向けずに歩いて行くと、後ろから強い声が投げかけられた。

「エルダさん!」

 我に戻って、その場で立ち止まる。ショートソードを鞘から抜いたファヴニールは、すぐ傍にまで寄ってきた。そして左右の木の影から現れた狼型のモンスターを、躊躇うことなく切り裂いた。

 斬られたモンスターは後退する。だが傷が浅かったのか、動きはさほど鈍っていなかった。

 二匹はお互いの対角線上を移動しつつ、こちらの様子を伺ってくる。

「こ、これがモンスター……」

 心臓が激しく波打っている。エルダは手をぎゅっと握りしめて、神殿の方に後ずさった。

 噛みつかれたら簡単に食いちぎられそうな歯と、皮を剥ぎそうな爪を持っている生き物だ。襲われたら、ひとたまりもない。ファヴニールの顔を見ると、焦った様子は見られなかった。

「――たいして強くない部類だ。そこそこ経験を積んだ還術士なら還せる」

「ファヴニールさんは……?」

 期待を込めてエルダは視線を送ったが、彼は首を横に振った。

「すまない。追い払うことはできるが、還すことはできない」

「そんな……」

 ならば一刻も早くサートルを探し出して、この場から離脱せねば。

 よく見ると、森の中からさらに三匹の狼型のモンスターが顔を出してきた。それを見たファヴニールが舌打ちをする。

「この近くに巣でもあったみたいだ。それか誰かが巣を突っついたか。――どちらにしても、こいつらを追い払うのは時間がかかる。エルダさん、結宝珠は持っているね」

 ファヴニールに言われて、彼から受け取った結宝珠をポケットから取り出した。それをちらりと見た彼は視線を戻して、自分の魔宝珠に手を触れた。

「自分がここに残ってこいつらを追い払うから、エルダさんは神殿の中に入ってサートル君を探してきなさい。石畳の土の付き具合から見て、彼は中にいるはずだから」

 ファヴニールの言うとおり、まだ乾いていない色の濃い土が石畳の上に残っていた。

 エルダは両手で結宝珠を握りしめると、こくりと首を縦に振った。

「わかりました、探してきます。モンスターが襲ってきたら、これを使って身を護ればいいんですよね」

「そうだ、物わかりがいいな。――大丈夫だ、エルダさんには大樹の加護がついているから。さあ――行きなさい!」

 ファヴニールが声を出したのと同時に、エルダは踵を返して石畳の階段を駆け上った。

 背後では眩い光と共に、一本の剣が召喚される。片刃剣の一種であるファルシオンが、ファヴニールの手に収まった。彼はそれをひと払いしてから、襲ってきたモンスターに対して勢いよく振り回していった。

 神殿の中に入ったエルダは、規則正しく並んだ朽ちかけた長椅子の間を通りながら、用心深く周囲を見渡した。奥まで行くと、建物の右端にぽっかりと空いた空間があるのを発見する。目を凝らして見ると、階段が下まで伸びていた。

 そこに移動し、光宝珠に手を触れて明かりをつける。そして足の踏み場に注意しながら降りていった。

 下に降りると、一本道の直線が続いていた。通路は木で補強されているが、かつて光宝珠があったと思われる台座には何も置いてなかった。鬱蒼とした仄暗い雰囲気が通路に漂っている。

 唾を飲みこんでから、おそるおそる歩き出す。無言のまま黙々と進むと、目の前から光が飛び込んできた。

 壁に寄りながらその場所に顔を覗かせると、薄茶色の髪の少年が小さな箱の中を漁っている様子が見えた。その姿はさながら家捜しをする盗人のようである。

「サートル?」

 呼びかけると、びくっとした彼が振り返ってきた。彼はエルダの顔を見て、ほっとしたような顔つきになる。

「なんだ、エルダか。何のようだ?」

 まるで挨拶の延長線のような口のきき方をする。心配していたエルダだが、彼の声を聞いて沸々と怒りが湧き上がってきた。一歩詰め寄って、口を開く。

「何のようだ、じゃないわよ! こっちがどれだけ心配したと思っているの! おじさんたち、必死に探しているわよ!」

「……子どものことを見ていない親なんて、知らねえよ」

「親のことも見ず、自分よがりの言葉しか出さない子どもに、そんなこと言われたくない!」

「何だと!?」

 サートルが目を剥いて、食ってかかってくる。一瞬ぎょっとしたが、その場に踏み止まった。

 昔であれば喧嘩になっても勝負になったが、体格差のある今、手でも挙げられたら確実に負ける。そのため頭に血が上りやすい彼に対し、刺激を与えるような発言は躊躇いがちになる。しかし、彼のためにもここで言わなくては。

 結宝珠を手で握りしめると、仄かに手元が温かくなった。背中を押してもらったような気がしたエルダは、迷いのない瞳で返した。

「サートルさ、おじさんたちと喧嘩口調にならないで、きちんと真正面から話し合いなよ。このままだとお互いの気持ちをわかりあえない」

「言っても聞いてくんねぇだろ! 爺さんの後を継ぐしか道がなかった親父に!」

「ほら、何もわかっていない。――おじさんはサートルと同じくらいの歳に、旅に出たって言っていた。その話は聞いたの?」

「は?」

 サートルが怪訝な表情をしている。この親子には、まともに話をする時間がなかったようだ。

「この前、おじさんが言っていた。詳しいことは聞いていないけど、昔旅に出て、そこで現実を知ったから、職人になって鍛冶屋を継ごうと思ったんだって。自分は前線にはでられないけど、前線に出る人の手助けをしたいっていう想いに変わったみたいよ」

 サートルは口を開かず、エルダのことをじっと見ている。

 いつもおちゃらけているが、こうして真面目な顔をじっくり見ていると、彼も随分と大人びた人間になったのだと気づかされた。

 長年一緒にいる幼馴染が、両親と仲が悪い光景を見たくなかった。

「ねえ、お願い、感情的にならずに一度おじさんと話してみて。きちんと話せば理解してくれると思うから」

「本当にそう思っているのか? 理解なんて、親父が……」

「サートル」

 固い口調で、言葉を遮る。結宝珠を右手で握り、誰にも言ったことがない本音を言い放った。


「私、サートルのことが羨ましいと思っているの。夢を持って日々行動していて。せめてそんな人くらい、自分が描いた道を、大切な人に見届けて欲しいって思うのよ!」


 その言葉は、ある意味では他人への想いの押しつけだとはわかっている。

 しかし自分の適正が見極めきれず、将来も漠然と親の後を継ごうかという程度しか考えていないエルダにとっては、自分の意志を持って突き進んでいサートルのことが眩しく見えたのだ。

 視線を逸らさず言うと、サートルは数瞬目を丸くしていた。やがて我に戻った彼は視線を逸らすなり、頭を激しくかいた。頬が仄かに赤く見える。

「おいおい、面と向かって、その台詞はねぇだろう!」

「サートル?」

「ああ、わかったよ。まずは家に戻って、親父と話をすればいいんだろう!」

「そうね。時間はまだあるから……」

 戻る意思表示をされて、ほっと一息を吐く。しかしサートルは口を尖らしたままだった。

「……戻りはするけどよ、ここまで来て手ぶらで帰るのは、俺のプライドが許さねえ。使えそうな魔宝珠、一つだけ持っていくぜ。ここにある宝珠、いつか樹に還す予定のもんだから、取っても怒られはしねぇだろ」

 そしてサートルは再び箱の中を開けて、中身を見始めた。中には輝きを失った魔宝珠が入っている。大きな箱の中には、綺麗に並んだ宝珠が並んでいた。

 光宝珠や結宝珠などは、ある一定の回数を使うと使えなくなってしまう代物だ。使えなくなったものに関しては、レーラズの樹がある時は大樹に対し肥料のようにして還していた。

 だが五十年前に大樹が消えてからは、ある場所に一括に集められているところが多かった。どうやらこの神殿も一つの保管場所となっているようだ。

 つまりここにある魔宝珠は、サートルの言うとおり使えないものばかりなのである。ただし本当に使い切ったかは、一般人には判断しにくいため、ごく稀に力が残っているものが埋もれている可能性があった。サートルはそれを探しているようだ。

 エルダは両手を腰に当てて、彼に近づいた。

「たとえ使えるのがあったとしても、それをどうするの? 力が尽きかけているものなんて、使えないじゃない」

「別になにもしねぇよ。ただここに来たっていう証拠が欲しいんだ。親父に見せたら、あとで細工師にでも渡すさ」

 敏腕細工師なら、微力でも力が残っている魔宝珠であれば、多少力を戻すことも可能だ。

 サートルは一つ一つ魔宝珠を手にとって、じろじろ見ていく。果たしてその見方で違いはわかるのかどうか、疑問だった。

 エルダは魔宝珠が入っている箱の一帯を見渡すと、ある一点に視線が止まった。

 そこに近づいて、古びた箱に手をつける。蓋を開けると、くすんだ色の焦げ茶色の魔宝珠が入っていた。目を凝視して見ると、見応えのある色合いをしている。鮮やかな濃淡で、しばらく眺めていても飽きなそうなものだった。

「エルダ、どうかしたか?」

 サートルが箱を三個手に取って寄ってくる。エルダは彼にそっと差し出した。

「綺麗な石で、もったいないなって」

「本当だ。変わった色合いだな」

 魔宝珠を見ていたサートルは、自分が持っていた箱を背後にある箱の山に放り込んだ。

「よし、これにしよう。お前が選んだものだ、親父も納得してくれるさ」

「私の意見でいいの?」

「お前だからいいんだよ。思っている以上に説得力があるんだぜ」

 腑に落ちない点はあったが、ここから早く離れるのが第一目的だ。いちいち彼の言葉に引っかかっていては話が進まない。

 サートルはポケットの中に魔宝珠が入った箱をいれる。それを見たエルダは、彼を促しながら、出入り口の方に歩き出した。

「さあ、行こう」



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