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宝珠細工師の原石 作者:桐谷瑞香

【前日談】若き芽の輝き

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若き芽の輝き(4)

 地下道から抜けて神殿に顔を出すと、外は静まりかえっていた。
 建物の外にいるファヴニールの背中が見える。彼は剣を振るわず、周囲に睨みをきかせているだけだった。モンスターは追い払ったようだが、まだ警戒は解いていないようである。
 サートルがその背中をじっと見つめていた。
「あの人はエルダと一緒にいた……」
「私のところの客で旅の方。とても強くて頼りになる人よ」
「へえ。一度手合わせをしてみたいな」
「本当に強いのよ。サートルじゃ、手合わせできるレベルじゃない」
 話をしながら入り口に向かっていくと、ファヴニールがちらりと見てきた。彼はエルダとサートルを見て、表情を緩ませる。
「二人とも無事のようだな。さて、今のうちに逃げると――」
 ファヴニールがはっとした顔つきとなって、庭先に振り返る。すると黒い影がファヴニールの頭上を飛び越えていった。軽やかに着地したそれは鋭い目つきでエルダとサートルを見据えていた。
「モンスター……!」
 サートルがエルダを下がらせて、短剣を抜いた。エルダは彼に寄り添いながら、結宝珠を握りしめる。狼型の黒毛のモンスターが鋭い牙を出して、唸り声を上げていた。ファヴニールが踵を返して来るが、モンスターがこっちに襲ってくる方が早かった。
 向かってきたモンスターの牙をサートルが短剣で受け止める。
 結宝珠を持っているエルダは、できる限り傍に寄って、彼の周囲にも結界を張ろうとする。だが彼は突き放すかのように、背中で押してきた。
「お前は下がっていろ!」
「でも……!」
 サートルは聞く耳持たずに、モンスターに剣を振っていく。初めて実戦での彼の剣捌きを見るが、意外と様になっている。右に左にと振っていき、モンスターを後退させていった。
 しかし決定的な一斬りができていない。サートルも察しているのか、すぐに動きに躊躇いが生じ始めた。
 ファヴニールの加勢を待つが、彼は後ろから襲ってきた他の一匹と対峙していた。これでは助けは期待できない。
 視線をすぐ近くにいるモンスターに戻すと、サートルに飛びかかっていた。彼はとっさに体を左に動かすが、完全に避けることはできず、腕に爪が若干かすっていった。
「痛っ……!」
 モンスターはサートルの後ろへと飛び降り、エルダのすぐ横に着地した。横目でぎろりと睨み付けられる。間髪おかずにモンスターはエルダに牙を向けてきた。
 するとサートルがエルダを護るようにして、両手を広げて前に立った。
「サートル……!?」
 モンスターの牙がサートルに向かっていく。このままでは彼が切り裂かれる。エルダは藁にもすがるような想いで、結宝珠をぎゅっと握りしめた。
 突如、彼とモンスターの間に土の壁が飛び出てくる。モンスターはその壁を腹で受けて、上昇していった。気でも失ったのか、途中で地面に落ちた。
「な、なんだ……?」
 サートルは目を大きく見開いて、突然出てきた土の壁を見る。彼がそれに触れようとすると、弾けたように消えてしまった。傍には強打して意識を失っているモンスターがいるのみ。
「二人とも今のうちに逃げるぞ!」
 モンスターを追い払ったファヴニールの声を聞いた二人は、その現象を訝しげに思いつつも、足早に神殿から去っていった。


 モンスターの気配に気を配りながら森を抜け、舗装された道に出ると、運よく町に戻る荷馬車と遭遇することができた。それに同乗させてもらい、町へと戻った。馬車の中の揺れは心地よく、途中でうとうとできるほど、緊迫感は薄れていた。
 空を覆っていた雲は少しずつ薄くなっており、そのうち晴れ間が見えそうである。
 町の入口で馬車を降り、同乗させてもらった御者にお礼を言って、二人は帰路に着いた。ファヴニールとはそこで別れている。明日の昼前に店に来るので、そこで再び会おうと約束をかわしあった。
 サートルを無事にマコーレーの家に連れて帰ると、彼の両親はまずエルダに頭を下げた。そして傷を負っている彼を見て、すぐに医者を呼ぶよう手配をした。緊張した面もちで両親たちの前に立っていたサートルだが、あまりに手厚い対応をされて困惑しているようだった。
 やがて手当などをして落ち着いてから、サートルと父親は椅子に座り、机を挟んで対面しあった。脇の机には彼の母、弟、そしてエルダが見守っていた。
「サートル、傷は痛むか?」
「かすっただけだ。これくらい怪我のうちに入らない」
「そうか。なら質問を変えよう。モンスターと対峙してどう感じた? 怖くなかったか?」
「怖いと思っていたら、誰も護れねぇよ」
 サートルは一瞬エルダのことを見た後に、父親に視線を戻した。その目に迷いはなかった。
「今回の件で俺には力が足りないと痛感した。だからまず自警団のところで修行して、強くなりたい。そこで力が付いたら、王都に行って騎士団の入団試験を受けたい。見習い過程を飛ばしても、試験さえ受かればなれるって聞いたことがあるからな」
「見習いの段階を飛ばしてなれる騎士はほんの一握りだ。何かに秀でていないと到底無理だ。それでも目指すのか?」
「やらない後悔よりやる後悔だ。迷惑をかけるのはすまねえと思っている。それでも自分の信念に沿って進みたい」
 サートルは視線を下げて、握りしめた拳を見た。
「……親父、俺はこの手で誰かを直接護りたい。親父のように間接的に護る方法もあるが、それだと物足りないんだ」
「自ら危険な道を歩むのか? 責任もいっそう重くなるぞ」
「わかっている」
 顔を上げたサートルはきっぱり言い切る。
 腕を組んで、不機嫌そうにしていたマコーレーは、やがて息を吐き出した。そして微笑を浮かべて、サートルを眺めた。
「家のことは気にしないでいい。お前はお前の人生を歩め。幸いにも継いでくれそうな職人はいる。その点は心配しないでいい」
「そうか……ありがとな」
 ぼそりと呟くと、隣にいたサートルの母も微笑みながら二人の男を見ていた。
「あと、この際だからもう一つだけ言っておこう」
 マコーレーが自分の魔宝珠をポケットから出して、机の上に置いた。
「魔宝珠の召喚物を決めるのは一生の内一度だけと言われている。俺は十八歳の時に人生の指針が定まらなかったから、二十歳過ぎてじいさんの仕事を継ぐと決めた後に召喚したんだ。そういう人間もいるから、今は焦らなくてもいい」
「初めて聞いた……」
「十八歳で決めろという家が多いから、黙っていた。だがただの流行りだ、きまりではない。たとえ二十歳くらいで将来の道筋を決めたとしても、その後でいくらでも未来は変わってくる。俺の友達にも騎士になりたいと言って剣を召喚物にしたが、諸事情の関係で断念した奴もいる。結果として召喚物はほとんど使わずじまい。そんな人間、周りを見ればいくらでもいるもんだ」
 サートルの母は軽く頷いている。心当たりがあるようだ。
「魔宝珠で世界が回っているように見えるかもしれない。だがそんなのは大樹の恩恵を受けているこの地だけの話だ。バナル帝国にでも行けばそんなの関係ない。所詮その程度なんだ」
 エルダの心の中で重しとなっていたものが、ゆっくり無くなっていく。
「魔宝珠の召喚物を思いつきで決めるのは勧めない。だが悩みすぎていて、それ以外のことが疎かになってほしくない。――つまりだな、誰でも通る道だから、充分悩んだ上で今の自分にとって最上のものを選ぶのがいいと俺は思う」
 マコーレーの言葉はサートルだけでなく、エルダの心にも深く刻み込まれた。
 もう少し視野を広くして、未来を見られそうである。
 十八歳の誕生日まで残り僅かだが、今は魔宝珠をもらうだけにしておこう。


 * * *


 翌日、仕立屋に来て修繕期間を聞いたファヴニールと合流して、魔宝珠細工師の店に向かった。サートルも自分がとってきた魔宝珠を見せたいと言って、一緒についてきている。
 中に入ると、店主はサートルの姿を見てにやりと笑った。
「外はどうだった? サートル」
「いかに俺たちはぬるま湯に浸かっていたか、よくわかったぜ。……それよりも、この魔宝珠使えるか?」
「ほう、見せてみろ。良さそうなら買い取ってやる。その金で稽古代でも払ってこい」
 サートルが焦げ茶色の魔宝珠を渡すと、店主の顔つきが変わった。モノクルを通して左目でじっと覗き込む。
「……サートル、どういう基準で選んだ?」
「俺じゃなくて、エルダだぜ」
「エルダ? ああ、昨日の嬢ちゃんか……。どうして、これを選んだ?」
 話を振られたエルダは手を口元に添えて、その時の様子を思い浮かべた。
「何となく、綺麗な石だったので……」
「もはや疑いようがないな。ファヴニール、お前は才能を発掘するのが得意なのか?」
「たまたまです。本人が知らない能力を、他人が気づくことはよくあることですよ」
 魔宝珠細工師は立ち上がり、エルダの前に出てきた。そして先ほどの魔宝珠を手渡される。ただの石のはずなのに、温かい気がした。
「その魔宝珠には土の精霊(ノーム)の加護が微かに残っている。少しでも残っていれば、精霊を呼び戻して、元の力を戻すこともできる」
「精霊が……?」
「そして嬢ちゃんには宝珠から精霊の加護を読みとり、技術を磨けば力を引き出す能力があると思う」
「……え?」
 目を丸くして、魔宝珠と細工師の老爺の顔を交互に見る。
「端的に言えば、細工師が最も欲しがる力が備わっているということだ。だからわしとしては、嬢ちゃんに細工師の仕事を教えて、その能力を開花させたい」
 話がぽんぽん進み過ぎて、理解が追いつかない。
 ぽかんとしていたが、細工師がエルダのことを真剣な眼差しで見て、さらにはファヴニールが軽く頷いているのに気づくと、徐々に実感が湧いてくる。
「私が細工師に……?」
 綺麗なアクセサリーの中に魔宝珠が埋め込まれているのを見て、それを作った人に憧れたこともあった。けれども、かなり技術を要する職種なので、雲のような存在だと思っていたのだ。
「手が慣れてくるまでは大変だろうが、細工師はアクセサリーにあうように魔宝珠を削ることだけが仕事なのではない。魔宝珠の本来の力を引き出すことが、最も要求される能力だ。それは努力だけではどうにもならん」
「そうですが、今から私がやっても……」
「ただの細工師であれば年齢は若い方がいいが、魔宝珠細工師となれば年齢は関係ない。自分の魔宝珠を持ち、精霊の加護も感じるようになって、初めて力に気づく人も多くいる。わしもその口だ。――どうだ、嬢ちゃん、やってみないか?」
 心臓がはっきりと鼓動を打っている。突然目の前に未来が提示された。しかもとても魅力的な内容だ。エルダが漠然と行いたかった、人のために役に立つものでもある。衝動的に手に取りたいと思った。
 だがここはサートルの父が言ったように焦らない。
 大切な人生の岐路なるかもしれないから。
 エルダは両手を握り直して、口を開いた。
「……あのですね、私、細工師の仕事はよく知らないんです。なので、まずは仕事をしている様子を見させていただけませんか? それで自分にも合いそうな仕事だと思ったら、段階的にお手伝いをさせてください。自分の適正とあわなそうであれば、すみませんがこの話はなかったことにして欲しいのですが……。すみません、わがままばかりで」
 細工師が虚をつかれた表情をしていた。だが次の瞬間、大声で笑い始めた。
「しっかりした嬢ちゃんだ! サートルよりも何十倍も賢い!」
「悪かったな。エルダは俺より断然頭がいいさ!」
 細工師は笑顔で頷いた。
「いいだろう。嬢ちゃんの人生だ。自分であわないと思ったら、やめてもらっていい。たとえ能力があっても、自分がやりたいことではなかったら、やるべきではないからな!」
「はい。ご迷惑かけると思いますが、お願いします」
 深々と頭を下げると、細工師に頭を撫でられた。大きく、ごつごつとした手だったが、どこか優しさも感じるものだった。
 まだエルダたちの将来の芽は出たばかりである。
 その芽がどう輝きを放つかはわからないが、大切に育てていきたい。



 若き芽の輝き  了
 お読みいただき、ありがとうございました。これにて前日談は終わりとなります。

 前日談およびこの後に続く本編は、本にしてイベントや自家通販で頒布しています。ご興味のある方は、目次下部にある「製本化情報ページ」のリンク先をご覧ください。
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