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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編1】伸びゆく二つの枝葉
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第四話 召喚と決意(1)

 エルダとサートルが転がり落ちた場所は、森の中にある大きなくぼみだったようだ。

 小さな崖に沿いながら歩いていると、途中で段差の小さい場所に辿り着いた。そこを先に軽々と登ったサートルの手を借りながら、エルダも登りきる。少しだけ空に近づいたのか、月の光が僅かに近くに感じることができた。

 土の精霊(ノーム)が指し示す方に向かって、二人の少年少女は森の中を進んで行く。

 あまりに不気味に静まり返っているので、恐ろしいという感情を抱きそうになった。だがそのたびにポケットの中にある結宝珠が熱を発してくれるため、恐怖に飲み込まれることなく、進められている。

「俺が魔宝珠を持てるのは、まだ数ヶ月も先かよ。早く持ちたいぜ」

 サートルがぶつぶつ言っているのを聞いて、エルダは暗闇の中でくすりと笑みを浮かべる。いつも先を行く少年を追い抜けたようで、なぜだか嬉しかった。

 突然、土の精霊が止まった。サートル、エルダと、表情を引き締めて立ち止まる。

『残念ながら、見逃してはくれないようじゃのう』

 重みのある足音が聞こえてくる。それを足の裏から感じる度に、鼓動が速くなった。エルダは唾を飲み込み、自分の魔宝珠を握りしめる。

 サートルはショートソードを鞘から抜いて地面の上に刺し、光宝珠を手に取った。

 前方からうっすらと影が見えてくる。それを目視した瞬間、サートルはそれにむかって光宝珠を投げつけた。落下する際、光は出現したモンスターを照らし出す。人より少し大きい背丈、鋭い牙と爪、見慣れない翼、そして山羊と獅子の双頭を持ち合わせたモンスター――キマイラだ。

 キマイラはエルダたちのことを見ると、咆哮をあげた。

 エルダは軽く磨いた結宝珠を二、三個、バックから抜き取った。

 遭遇した場合、対峙するのではなく、逃げに徹する。それが移動を開始する前に皆で決めたことだ。

 だがサートルは剣を抜いて、左手でエルダのことを制してきた。思わぬ行動を見て、エルダは目を見張る。

「ここからなら、森を抜けるまでそう遠くない。エルダは先に行って助けを呼べ」

「ちょっと、話が違うじゃない! 一緒に逃げるんでしょう!?」

「一人でも食い止める人間がいた方が、助けを呼べる可能性は高くなるだろ」

「効率よく結界を張れば凌げるはずだって、土の精霊が言っていたじゃない! 進んで危ない地に飛び込んでいくなんて、何を考えているの!?」

「――負けていられないからだ」

「え?」

 サートルはちらりとエルダに横顔を向けた。その顔はいつも見ている少年ではなく、剣士の顔つきだった。

「すぐに追いつくから、先に行け!」

 エルダが呆気にとられている隙に、彼はキマイラに向かって飛び出した。

 双頭のモンスターはサートルを獲物と見なし、口を大きく開けて迎え撃つ。

 口の中にある牙を垣間見て、エルダの背筋は鳥肌が立った。あれにサートルがかみ砕かれるのを、脳裏に浮かべてしまったのだ。足を引きずりながら、後ろに下がる。

 早く応援を呼んで、サートルのことを助けなければ――。

 キマイラは長い尾を使って、サートルに攻撃を加えた。彼はそれをかわして、懐に踏み込む。

 接近を許したキマイラだが、体を大きく横に振って、彼の攻撃を弾いた。

 サートルは飛ばされた衝撃をうまく吸収しつつ、後退する。彼は地面に足をつけるなり、すぐに攻めていった。

 エルダは一連の様子を見て、あることに気付いた。一人と一体の攻防は、人間が攻められてはいるが、よく見ればほとんどが攻撃を受け流している状態だった。

 かつて森の中にある神殿で、サートルがモンスターと対峙した時と比べて、明らかに彼の動きがよくなっている。

 簡潔に言うなら、動きに無駄がない。

 相手をよく見て動くことで、自身に与えられる攻撃を最小限に抑えているのだ。

 さっきは過去のサートルしか知らなかったエルダだから、止めようとした。だが今の彼を見ていれば、彼の言葉を自然と信じることができた。

 表情を引き締め、踵を返して木々が少なくなっている方向を見据える。

 その瞬間、木に何かが叩きつけられる激しい音が耳に飛び込んできた。振り返ると、サートルが木にもたれ掛かりながら呻き声をあげていた。

 キマイラは長い尾を揺らして、そんな彼に近づいていく。

 サートルは双頭の攻撃を器用に避けていたが、長い尾までは気が回らなかったようだ。

 キマイラがサートルに向かって、さらに一歩一歩近づいていく。

 エルダがそちらに向かって踏み出すと、静かな声が聞こえてきた。

『力がない者が行っても、護る側に余計な負担がかかるだけだぞ』

「わかっています」

 間髪入れずに言い返す。土の精霊は淡々と続けた。

『なら、どうするつもりじゃ?』

「私は見習いですが、魔宝珠細工師です。自分が研磨した宝珠から放たれる力は、ある程度把握していますよ」

 キマイラから目を逸らさずに、エルダは言い切る。

 そしてウェストバックから小さな袋を取り出した。それを右手で握りしめ、大きく振りかぶって、キマイラに向かって投げつける。

 袋を緩く縛っていた紐は解け、粉々になった光の欠片がキマイラに降りかかっていく。それが当たると、キマイラは目を押さえながら後退した。

 サートルは僅かにできた隙を逃さず、木から背中を離し、剣先をキマイラに向けながらその視界から逃れた。

 エルダを横目で見て、きつい口調で言い捨てる。

「助太刀は有り難いけどよ、とっとと逃げろ」

「簡単に倒されているサートルを置いてなんかいられない! ――私が持っている結宝珠から作った結界で動きを止める。その隙に逃げるよ!」

「それでどれくらい時間が稼げるかわからねぇだろ! なら――」

「私たちはモンスターを在るべき処に還せないの! つまり戦闘を終わらせることはできない。その点を自覚して!」

 サートルははっとした顔つきになる。

 還術印(かんじゅついん)が施された武器がなければ、もしくは精霊の力を借りて天変地異を操る者でなければ、モンスターをこの大地から消すことはできない。

 凡人がいくら攻撃を加えたとしても、退かすことはできても、消すことはできないのだ。

 サートルは唇をぎゅっと結ぶ。そして自嘲気味に呟いた。

「そういや自警団の先輩たちが、驕りは捨てろって言っていたな。そしてモンスターは倒すべき存在ではなく、還すべき存在なんだって。……わかった、エルダ、下がろう。逃げじゃない、下がって応援を呼ぶだけだ」

「そう、前に進むために下がるのよ。――じゃあ、行くよ」

 エルダは言葉を切ると同時に、サートルの横から躍り出て、モンスターに向かって結宝珠を投げつけた。それは二人とキマイラの間に落ち、地面についた瞬間、透明な膜の壁が発生した。

 キマイラがそれに触れると、呻き声を発しながらやや後退した。その間に二人はキマイラに背を向けて、走り出す。

 しかし走り始めて間もなく、何かにヒビが入る嫌な音が聞こえた。サートルは舌打ちをしつつ、後方を見る。エルダもちらりと後ろを見ると、ちょうど結界全体にヒビが行き渡ったところだった。

 奥にいるキマイラの獅子の口から、炎が吐き出されている。それが結界に多大な負荷を与えていたのだ。間もなくして、結界は粉々に砕け散る。

 圧倒的な力の差を見て、エルダは体が震えていた。意識が進行方向から逸れていたため、足元にあった木の根に足を引っかけてしまい、地面に倒れ込んでしまった。

「エルダ!」

「大丈夫……」

 痛みに堪えながら、拳を地面に押しつけて上半身をあげる。

 すぐ背後で甲高い音が響きわたった。振り返ると、サートルがショートソードでキマイラの歯を受け止めていた。

「逃げろ!」

 声を発し、懸命に攻撃を防ぐサートル。

 エルダのせいでこのような状況になった。このままおめおめと引き下がりたくない。

 しかし、どう考えても足手まといだった。

 せめてモンスターを後退させることができれば――そう思っていると、首からかけているペンダントで、ヴァランからもらった灰茶色の魔宝珠が光った。

『わしの加護の残滓が残っていたのか。嬢ちゃんが願えば、それに込められた加護が反応するかもしれん』

 土の精霊の囁きを聞き、エルダは両手を地面について叫んだ。

「サートルから離れて!」

 キマイラの足が乗っていた地面が上昇する。重心よりも前がせり上がったため、キマイラはバランスを崩して、後ろに倒れ込んだ。

 立ち上がったエルダは、目を丸くしているサートルに向かって叫ぶ。

「今のうちに!」

「お、おう!」

 声を掛け合いながら、再び二人は走りだす。しかし前方から聞こえてくる唸り声を聞いて、再び足が止まった。

 かなりの数の声が聞こえてくる。一匹、いや四、五匹だろうか。その唸り声の主が月明かりの下に顔を出した。野生の狼だ。

「ここって狼の住処だったの?」

 唸り声を聞く度に、エルダは半歩下がった。

「いや、狼はここら辺にはいないはずだ。ただ、モンスターに追われた奴らが、山から下りてきた可能性はある」

「普段森に入らないから、気づかなかった……」

 エルダは護身用のナイフを取り出して、狼に切っ先を向ける。

「サートル、どっちに逃げる?」

 震える声を極力抑えながら、背中を預けている少年に問う。

 モンスターと野生の動物に前後を挟まれた。数と力量の差から逃げるしか選択肢はないが、うまい逃げ道が見つからなかった。

「数からして、モンスターの方だろうな。一匹ならまだやり過ごせる。五匹もいると、さすがに――といっている間に来やがった!」

 サートルが狼側に向くと、襲ってきた一匹の狼の牙を剣で受け止めた。それを皮切りに、他のも次々と襲ってくる。

 エルダはこちらの様子を伺っているキマイラを見ながら、逃げ道を探し出す。太い木と細い木の間に、狭いが人が一人通れるところがある。あそこを通ればキマイラも一瞬躊躇するはずだ。

 その場所をサートルに教えようと、彼を探し出す。彼と視線があうなり、途端に目を見開かれた。

「後ろ!」

「え?」

 振り返ると、黒い影がエルダを覆っている。今にも狼がエルダを頭上から食らいつこうとしていた。まるで時が遅くなったかのように、ゆっくり近づいてくる。

 エルダはそれを他人事のように眺めていた。

 動物など簡単に食いちぎれる牙が、今にも触れようとした瞬間――目の前に竜巻が発生した。

 狼はその風に飛ばされて、地面に叩きつけられる。しかし態勢を整え終えると、エルダに向かって飛ぶように襲ってきた。直後、竜巻から現れた何かによって狼は弾かれ、今度は木に直撃した。

「――どうやら間に合ったようね」

 言葉とともに現れたのは、赤色の短髪の女性。剣を一本持って立っていた。エルダよりも一回り背の高い女性は、こちらを見るとにこりと微笑んだ。

「怪我はない?」

「は、はい……」

 呆気にとられた状態で、返事をする。彼女の視線は攻撃した狼に向けられていた。狼は動きが鈍くなりながらも、怯まずに襲ってくる。

「まったく、おとなしくモンスターもいない山に帰ればいいものの……。悪く思わないで」

 襲ってきた狼を剣で一線、目のあたりに切り傷を入れる。狼はのたうち回るようにして、その場にうずくまった。

 新たな人間の登場に気づいた狼たちは、女性に向かって次々と襲い掛かっていく。彼女は慌てた素振りを見せずに、狼の前足やわき腹、首筋など、急所を外して、淡々と切っていった。

 やがて攻撃を受けたすべての狼は、女性に恐れを為すようにして後退しだす。彼女が血の付いた切っ先を狼に見せつけ、ひと睨みすると、一目散に逃げていった。

 一部始終を見ていたエルダは、放心状態で彼女の背中を眺めた。

「貴女はいったい何者なんですか?」

「今は通りすがりの休暇中の人間」

 女性は血を振り払い、後ろでじっとしていたキマイラに睨みをきかせた。

「話には聞いていたけど、本当に人の感情の起伏具合によって大きさが変わるのね。さっき上でちらっと見たときは、もう少し大きかった気がした」

 彼女の言うとおり、モンスターの体が小さくなっているように見えた。今は人並みの背丈程度しかない。何にも動じない、この女性が現れたからか。

 女性は持っていた剣を地面に刺し、首もとにある魔宝珠に手を触れて、双剣を召喚した。

「本当はじっくり生態を観察したいけど、町や人間に害を為すものは即還せと言われているの。……在るべき処に還りなさい」

 そう言って、女性はキマイラに向かって駆けだした。

 キマイラは彼女に向かって、炎を吐き出す。女性は即座に結界を張って、その攻撃を受け止めた。

 いくら炎を吐かれても、結界はびくりともしない。

 埒が明かないとわかったキマイラは、炎を吐き出すのを止めて、突進し出した。

 女性は軽やかに飛び上がって、それをあっさりかわす。その勢いのまま、双頭の一つを踏み台にして、背後に降り立った。地面に足をつけるなり反転し、尾を両断する。キマイラの苦悶の声が漏れた。

 さらに女性は右手で握っていた剣で、山羊の頭の首元を深々と切りつけ、左手で握っていた剣で獅子の目を潰す。耳につんざくような声が響き渡った。

 最後に顔色一つ変えずに、女性は獅子の喉元を突き刺した。

「還れ」

 呟かれた言葉とともに、キマイラの全身が黒い霧となって、空へと昇っていく。そしてそれは風が吹くと、エルダたちの目の前から消え去った。

 周囲を見渡し、危機が過ぎ去ったことを確認した女性は、魔宝珠に触れて、召喚物である双剣をその中に戻した。

 全身傷だらけ、特に腕から血を流しているサートルは、女性を見てぽつりと言った。

「お姉さん、還術士(かんじゅつし)?」

「少し違う。還すことはできるけど、それはただの手段」

 ふと森の中から、誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。彼女がそちらに振り返ると、声の人物に向けて、手をあげた。

「セリオーヌ、大丈夫かい?」

 薄茶色の髪の青年が寄ってくる。セリオーヌと呼ばれた女性は、手をひらひらとさせた。

「この通り大丈夫よ、クラル。男の子の方が怪我しているから、早く町に連れて帰ろう」

 女性と同じくらいの身長の青年は、サートルを見て、軽く目を見開いてから頷いた。

「わかった。そうそう、森の中にいた自警団員たちと商人は外に案内しておいたよ。これで中にいるのはこの子たちだけだと思う」

「遅いと思ったら、別のことをしていたの。今回は手を借りる相手でもなかったから、特段構わなかったけれど。――さてと、他に何かが現れる前に行きましょうか」

 セリオーヌはポケットから布を一枚取り出して、それをサートルの腕に巻き付けていく。彼は惚けた表情で彼女を眺めていた。

「お姉さん……」

「狼の一匹、貴方が傷をいれたんでしょ。前足と後ろ足。いい太刀筋だった。あとは多数の相手に対しての処理方法を学べば、彼女を守り抜くことはできるはずよ」

「……はい」

 俯きながらサートルは返事をする。

 エルダの後ろではクラルと呼ばれた青年が、魔宝珠から巨大な物を召喚していた。その召喚物を見て、二人の少年少女は目を丸くした。巨大な鷲が出現していたのだ。

 彼は鷲の顎をくすぐってから、羽の部分を軽く叩いた。

「二人ともこれに乗って。ここから歩いて移動するのは一苦労だからね」

「これはクラルさんの召喚物なんですか?」

「そうだよ、お嬢さん。さあ――」

「あ、ちょ、ちょっと聞いていいっすか!?」

 今まで呆然としていたサートルが、手を挙げて大声を発した。クラルはどうぞと言うと、サートルは彼のことをまじまじと見つめた。

「もしかしてお兄さん、騎士団のクラル隊長ですか? 大鷲を召喚する隊長が、その名前だと聞いたんですけど……」

 セリオーヌは罰が悪そうな顔をした。そして両手を合わして、クラルに向かって頭を下げる。彼は笑いながら、手を横に振った。

「いいよ、セリオーヌ。どうせすぐにわかることだったし。――君の言うとおり、僕はミスガルム騎士団第二部隊長のハントス・クラルだよ。以後、よろしくね」

 爽やかな笑顔で挨拶をする隊長。

 彼の名乗りを聞いたサートルは、しばらく固まったように動かなかった。

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