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宝珠細工師の原石 作者:桐谷瑞香

【本編1】伸びゆく二つの枝葉

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第三話 森の番人たち(2)

 * * *


 いつからだろうか。
 いつの日から、彼の存在を遠くに感じるようになってしまったのだろうか――。

 筋肉がついていない、ひょろひょろした体格の少年が、引き締まった体の青年へと変貌している。
 自分が楽しいことを積極的にし、それ以外のことには興味がなかった少年が、周りを見て、集団のために最善の行動を起こす青年へと変わっていた。
 そして一緒に走っていた少年が、いつしか私を引っ張る青年へと成長していた――。

 手を焼いていた弟みたいな存在が、頼もしくなっていく姿を見るのは嬉しい。昔から一緒だった少年が、他人に認められていくのは誇らしいことだった。
 ただ、少しだけ心残りがあった。
 果たしてどんなきっかけで、そのように変わり始めたのだろうか。
 劇的な何かだったかもしれないし、もしかしたら些細なきっかけだったかもしれない。
 長年一緒にいる幼なじみとして、そのきっかけを見ていたかった。

 彼が変わる、その瞬間に。


 * * *


 全身に走る痛みによって、エルダは意識を取り戻した。
 木々の隙間から、うっすらと月が見える。それはまるで雲で覆われていた空にぽっかりとあいた、道しるべのようだった。
 背中の部分はひんやりとしている。左手を下に向けて握る仕草をすると、土を掴み上げることができた。そしてようやく実感する。
「助かったんだ、私……」
 キマイラのモンスターから逃げている最中、崖から足を踏み外し、転がるようにして落下した。落下したのは自分だけでなく、幼なじみの少年も――
「サートルは!?」
 勢いよく起きあがると、激しい痛みが体に襲い掛かった。思わず右手で左腕を握りしめる。その際、左側にいる薄茶色の髪の少年が見えた。
 間髪おかずに、視線をそちらに向ける。エルダより底に近い地面の上に、サートルが両腕を広げて倒れていた。両手両足、さらには顔にまで血の線が走っている。ぴくりとも動かない彼を見て、エルダは膝を付けながら、おそるおそる近づいた。
「サートル?」
 返事がない。心臓が早鐘を打っていく。
 彼の頬に触れ、そして胸に手を置いた。特に異常なく、確実に波打っている。
 生きていると気づくと、どっと疲れが出てきた。地面に尻を付けて、肩を落とす。
「よかった……」
 安堵の息を吐きつつも、心の底から安心できなかった。
 もしかしたら目に見えない部分に、怪我を負っているかもしれない。骨折もありえるし、脳に大きな衝撃が加わった場合もある。
 エルダはサートルの肩を軽く揺らして、何度か呼びかけた。
「ねえ、サートル、サートル?」
 するとサートルは呻き声をあげながら、ゆっくり目を開いた。
 彼はエルダと視線があうと、右手を伸ばしてきた。その手を両手でしっかり握りしめる。
「大丈夫、サートル?」
「エルダこそ……大丈夫か?」
「私は大丈夫。擦り傷だけだから、気にしないで」
 表情を緩ませると、サートルも口元に笑みを浮かべた。
 彼の手を地面に下ろし、少し前屈みになってエルダは顔を近づける。
「どこか骨とか折れていない? 頭に違和感はない?」
「特に大丈夫だ。切り傷だけさ」
 手を地面に付けて、自力で起きあがろうとする。それを見たエルダは横に移動して、背中に手を添えて手伝った。
 サートルはエルダと同じ高さの視線になると、前触れもなく背中に両手を回して、ぎゅっと抱きしめてきた。
 突然のことに体が固まってしまう。しかし徐々に彼の温もりを感じてくると、むしろほっとした。
「お前が無事で、よかった……」
 エルダはサートルの腕に軽く手を乗せた。
「サートルが守ってくれたんでしょ?」
 意識を失う直前、サートルがエルダの頭と体を抱え込むようにして落下していったのが、うっすらと記憶に残っている。傷の数の違いは、おそらくそこからきているのだろう。そうでなければ、擦り傷だけで終わるはずがない。
 表情を緩ませて、お礼を言う。
「ありがとう、サートル」
「いや、礼を言われる筋合いはない。擦り傷でも、お前のことを傷つけちまった。守るって言ったのに……」
「状況が状況だもの、仕方ないよ」
 そう、モンスターに遭遇し、逃げた先で足を滑らせたのは、不運ではあるが、あの状況では仕方なかった。
 しかし、それ以外の観点から、防ぐこともできたはずだ。
 たとえばこの森に立ち入らないという点から――。
 エルダの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。一度零れ始めると、止めどなく溢れだした。
 異変に気づいたサートルが、エルダを腕の中から解放してくれる。視線のやり場に困った少年が、おどおどしていた。
 エルダは顔を両手に埋めて、首を横に振った。
「ごめん……」
「いや、俺は別にいい。やっぱりどっか怪我でもしたのか?」
「違う」
 他人の感情に敏感な少年は、こんな時までもエルダのことを気にしてくれる。それが余計に涙の量を多くさせた。
「じゃあどうして……」
「考えなしの自分に呆れているの」
「エルダが?」
「私が森に行こうなんて言わなければ、こんなことにはならなかった!」
 顔をあげたエルダを見たサートルは、ぎょっとした表情をしていた。
 モンスターがいるかもしれない場所に、力のない少女が立ち入る。
 対峙したら戦うのは不可能。つまり逃げなければならない。
 だから用心して起こりえる最悪のことまで、常に想定するべきだった。
 しかし一時の感情と直感だけで突っ走ってしまった結果が、今の状態。
 幸いにも最悪の事態にはなってないが、運が悪ければ死んでもおかしくない。
「ごめん、本当にごめん……!」
「……いや、謝るのは俺の方だ」
 数瞬の間の後に、サートルはぽつりと言った。エルダは眉をひそめる。
「どうして? 私が巻き込んだから――」
「今の俺は自警団の人間だ。町の人間を守るのが使命なんだ。それにも関わらず、お前のことを昨日に続いて俺は助けられなかった。ごめん……」
 昨日という言葉を聞いて、エルダは首を傾げる。サートルの目の前で、そういう事態になっただろうか。
 昨日は、ヴァランの店で自分の宝珠の細工をしたくらいだ。その帰りで面倒な人間に絡まれたが、それ以外――。
「……もしかしてサートル、昨日のあれを見ていたの? 私が男に……」
 彼は躊躇いながらも、小さく頷く。
「あの後、追いかけたんだ。途中で見当たらなくなって、追いかけるのを諦めていたら、お前が必死に逃げているのが目に入って……。俺がもっとしっかりついていれば、あんなことには……」
「追いかけた? 私、サートルに八つ当たりに近い言葉を出したのに?」
 サートルはきょとんとした目で、エルダのことを見てきた。そしてまるで当たり前だといった表情で、首を縦に振った。
「ああいう時って、追いかけちゃいけなかったか?」
 流れていた涙が、驚きのあまり止まってしまった。
 サートルの底なしのお人好しさが、あんな状況でも発揮するとは。
 ぽかんとした顔をしていると、サートルが口を尖らした。
「なんだよ、その顔」
 彼の表情を見て、エルダはふふっと笑みを浮かべる。そして首を横に振った。
「なんでもない。心配してくれて、ありがとう」
「なんだか意味わかんねぇな……」
「わかんなくていいよ。私自身のことだから」
「そうか。まあお前が元気ならいいや」
 サートルが歯を出してにかっと笑う。それにつられてエルダも小さく笑った。
 彼といつも一緒にいるわけではない。だから知らないこともたくさんある。だけど知っていることも、他の人よりは多かった。
 その一つが、彼の笑みはエルダの心の持ちようを明るくしてくれるということだ。
 取り乱していた頭の中が、徐々に落ち着いてくる。エルダは視線を斜め上に向けた。崖の先端は見えず、木々で覆われている。つられたサートルも同じ角度に視線を向けた。
「俺たち、結構な高さから落ちたのか?」
「もしくは意外と浅いかもしれない。あの枝や葉で隠されているから、その先が見えないのよね。光があれば、確かめられるはず」
 エルダは腰に手を触れると、幸いにもなくなっていなかったウェストバックに手を付けた。中を探って、小さな袋を取り出す。そこから黄色の宝珠を一個出した。
 頭の中で解除の言葉を述べるなり、二人の顔を照らす光が現れる。
「小さいな」
 サートルの言うとおり、顔を辛うじて照らす程度の大きさだった。それを頭上に掲げたが、木々の先は見えなかった。
「普段は灯りがない道なんて通らないから、これで充分だったのに……。磨いても、たぶんほんの一瞬しか光は大きくならない。もともとの容量が小さいせいね」
「これを頼りに崖を上がるのは難しいな。この辺りがどうなっているかわからないし、明け方まで大人しくここで待つか?」
 サートルの提案に対して、エルダはすぐに返答することができなかった。
 意識を失っていた長さがどの程度だったかはわからないが、夜更けすら迎えていなければ、半日近く陽が昇ってこないことになる。その間、何もせずにじっとしているのは、果たして安全なことだろうか。
 その時、木の枝や葉が音をたてて揺れた。その音に驚き、びくりと肩が跳ねる。風が吹いただけだが、心臓が激しく波打っていた。
「おい、大丈夫か?」
「……なるべくなら早くこの森から出たい」
 青い顔で本音をこぼすと、サートルは真顔で同意を示した。
「ここも安全とは言い難いからな。この崖から上にあがるのは難しいから、平地を歩いて、どこかの道に出ることを祈るか」
「そうだね……。でもある程度検討がつかないと、森の中で遭難するかもしれない。それにあのモンスターがいる森……、迂闊に歩き回るのは危険だと思う」
「……まったく、俺がモンスターを還せれば、また話は違ったんだろうな」
 ぎりっとサートルは唇を噛みしめた。
 彼は立ち上がり、少し離れたところに転がっているショートソードを手に取った。それを握りしめる。そして鞘から抜いて、微かに漏れる月の光に刀剣をかざした。
「これじゃ還せない。還術印を施してもらわないと……」
「還術印って、かなりの手練れじゃないと施してもらえないんでしょ? 力がない人が還術印を施されたものを持っていると、武器に振り回されるって聞いた」
「ああ。だから自分を鍛えるんだ」
 刀剣を先端から柄までじっと見て、ゆっくり鞘に納める。納めた瞬間、小気味のいい音がした。
 そしてサートルはショートソードを携えて、エルダの方に振り返った。
「少し休んだら行こう。せめて明かりが強いところに移動するぞ」
 エルダは首を縦に振って、立ち上がった。
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