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宝珠細工師の原石 作者:桐谷瑞香

【本編1】伸びゆく二つの枝葉

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第二話 引き出される宝珠の力(3)

 自警団の詰め所からさらに北には、ラウロー町の裏門がある。四つある門のうち、モンスターの生息率が最も高い森が近くにある門だ。住民たちの出入りは少ないが、警戒のために強力な結界を張っている場所でもある。そのため、その裏門と表門には、常に結術士が待機していることになっていた。
 その者たちが滞在している小屋に入ると、雑談をしている二人の中年男性が椅子に座っていた。彼らはルヴィーを見て、にやにやと笑みを浮かべる。
「ティルグさんとこのお嬢ちゃんじゃないか、何しに来たんだい? お嬢ちゃんがこんなところに来たら危ないよ? お父さんみたく襲われちゃうかもよ?」
 馬鹿にされたルヴィーは、とっさに口を開こうとしたが、そこは堪えて口を閉じた。少し間を置き、彼女は手を握り直してから、姿勢を正して前に出た。
「――このままでは結界に綻びが生じます。最悪結界が壊れるかもしれません」
 男は机の上に右手を置きながら、ゆっくり立ち上がる。
「だから寝言を言うな。親の七光りだからって、誰もが言うことを聞くと思うか?」
「今からそれを証明します。すぐに終わることですから、見ていてください」
 そう言い切ったルヴィーは、颯爽と小屋の外に出た。呆気にとられていた二人は、うろんげな目で彼女の背中を眺める。
「いったいなんだっていうんだ?」
「さあな。結界が壊れるわけねぇのにな」
「……その根拠はどこからでてくるのでしょうか、お二方」
 ヘイムスが横入れすると、二人は眉をひそめて振り返った。眼鏡をかけた青年は、臆することなく言葉を続ける。
「彼女が面白いことを起こすようですよ。少し見てみませんか? 何も見ずに駄目だと決めつけるのは、いい大人としていかがなものかと?」
 結術士の一人が、かっとして前のめりになる。もう一人がそれを止め、忌々しげな表情で頷いた。
「わかった、少しだけだぞ」
 そして男たちはのろのろと小屋を出る準備を始めた。
 エルダは彼らの様子を横目で見つつ、一足先にルヴィーの元に行った。
 小屋から目視できる範囲に、町の裏門はあった。彼女はそこにいる門番に無理を言って、扉を開けるのを頼んでいるようだ。
 町全体の結界、そして入口のみに張られた強固な結界が、二重に張られている場所。
 実験するには申し分ないところだが、逆に結界が強力すぎて、ルヴィーの力が及ばずに失敗する恐れもある。しかし、彼女は断固として引き下がろうとはしなかった。手が小刻みに震えていようとも、努めてきりっとした顔つきをしていた。
 話をつけたルヴィーは、自分の魔宝珠を掲げ、落ちゆく陽の光で宝珠を透かす。赤系統の宝珠はさらに色を増していた。それは見ている者の心を掴むような、鮮やかな色であった。
 やがてヘイムスがぶつぶつと言っている結術士の男たちと、自警団員を連れて来る。それを見たルヴィーは、門番たちに視線を送った。彼らは門に耳をあてて、何もいないことを確かめてから、門を押した。馬車が通る大きな門が、音をたてて開かれる。
 ルヴィーは外に向かって、きびきびとした足取りで近づいた。そして外と町の境界線で立ち止まると、洋紅色の魔宝珠を握って、その境目に腕を伸ばす。すると突然、ばちっという激しい音が鳴り響いた。
 びくっとしたルヴィーは、僅かに魔宝珠を引っ込める。しかし一呼吸おいてから、引っ込める前以上に前方に押し出した。
 接触するのと同時に、エルダたちの目でも見えるほど、結界の上に光の線がはっきりと広がっていった。目をよく凝らして見れば、光が走っているそこには、ひび割れのようなものが垣間見えた。
 結界をよく知る結術士の男たちの表情が変わった。食い入るようにして、光りが走っていく結界を見る。
 顔が険しいルヴィーは、さらに腕を押し出そうとしていた。
 周囲の様子、彼女の表情、そして流れ落ちる汗を見たエルダは、彼女の肩に触れて耳元に口を近づけた。
「ルヴィーさん、もう大丈夫ですよ。手を引っ込めてください」
「ま、まだよ!」
「お願いですから、やめてください。これ以上続けると、体に大きな負担がかかります」
「私はまだ……!」
「このままだと魔宝珠にひびが入る!」
 エルダは大声で怒鳴ると、ルヴィーが一瞬怯んだ。その隙に、両肩を強く持って、無理矢理結界から離れさせた。
 よろめいた彼女はエルダのことを睨んだ。その視線を受け流して、エルダは彼女の手元にある魔宝珠を示す。
 本当に些細で、気づかない人も多いだろう。だがよく見れば、ヴァランが必死に研磨し、美しい曲面にした宝珠にうっすら傷が入っていることがわかるはずだ。
 それに気付いたルヴィーは、顔を強張らせていく。そして彼女は魔宝珠を胸の前でそっと包み込んだ。
 エルダは彼女の手の甲に軽く手を乗せ、努めて優しい口調で言った。
「それくらいなら、磨けばわからなくなりますよ」
「本当?」
 深く頷くと、ルヴィーの表情がようやく緩んだ。魔宝珠から手を離して、エルダのことを真正面から見る。
「止めてくれて、ありがとう。――貴女はヴァランさんの弟子よね?」
「まだ弟子になったばかりのひよっこですよ」
「あたしと似たようなものね」
 二人で見合うと、くすりと笑みを浮かべあった。
 空気が緩んだのも束の間、背後から聞こえる話し声に気付くと、二人は表情を引き締めて振り返った。難しい顔をしている結術士や自警団員たちが話し合っている。結界が危機的な状態に陥っているとわかった途端、焦りだしたらしい。
 どうやら今後の方針について話しているようだ。入口付近にある部分結界を強めよう、もしくは結宝珠の数を増やして、町全体の結界を強化しよう、という意見が主にでていた。
 妙案だと自警団の男たちは言っていたが、ヘイムスや結術士の者たちは首を縦に振らなかった。
 結界の強化は既におこなっている、さらに強めるのは、宝珠の残数からして物理的に厳しいと言っている。
 結界のことが話題に出され、ルヴィーはその話し合いの輪に入ろうと踏み出す。しかし不意に目眩が生じたのか、ふらついてしまった。エルダは彼女の肩を支えて、その場に座りこませた。
「ごめん……」
「とても強力な結界を張った後です、疲れるのも仕方ないと思います」
「一回だけの結界張りでこんなに体力を消耗するなんて、今までどれだけ力を抑えられていたのか……」
 額に手を当てて、ルヴィーは溜息を吐く。
「引き出してくれたのは有り難いけど、加減を覚える必要が出てきた。またしばらく鍛錬しなきゃ。――本当に、貴女の師匠はすごいわね」
 ルヴィーの言葉に対し、エルダは嬉しそうに頷いた。
 しばらく男たちの堂々巡りの話し合いを聞いていると、町から五頭の馬がこちらに向かってくるのが見えた。見たことのある人間たちが乗っている。全員が自警団の者たちで、班長格の青年やサートルまでもいた。
 馬たちが近寄ると、男たちは話し合いをやめた。そして班長が馬を降りるなり、他の者たちも次々と降りていった。サートルも軽々と地面に足をつけている。
「どうかしましたか?」
 ヘイムスが尋ねると、班長は彼と自警団の男たちを見渡した。
「さっき目覚めた団長に、先ほどの会議の案を伝えた。そしたらそれを基本として、今後は進めろと言っていた」
 ヘイムスは眼鏡の頭の部分を軽く指先で動かした。
「町に直接攻めてこない限り、周辺の警備といった、守り中心の動きをするということですね?」
 ヘイムスの傍まで寄った班長は、渋々と頷く。
 真顔になったルヴィーは立ち上がり、ヘイムスと班長を交互に見た。
「つまり町に続く道中で襲われたら、こちらでは何も対処しないってこと?」
 班長の目が僅かに泳ぐ。
 自警団の守りは、町とその周辺の街道――と町のきまりで定められている。今、班長の青年が言ったことが本当であれば、後者を捨てることになる。
 図星と見たルヴィーは、叩き込むように言葉を吐き出した。
「そんなことしたら他の町の人が、誰も近寄らなくなる! 騎士団がいつ来るか保証できない中、そんな――」
「だけど俺たちだけじゃ、返り討ちにあうだけなんだよ!」
 サートルがルヴィーの言葉を遮るように、大声で言った。
 ぎょっとした彼女は口を半分閉じて、少年をじっと見る。彼は手を強く握りしめていた。
 そっぽを向くサートルを班長は優しい目で眺める。それから改めてこちらに向き合った。
「悔しいことだが、自分たちに力がないのは事実だ。だから今、できる限りのことをしたい。――ヘイムス、この後、時間あるか?」
「ありますが、何でしょうか?」
「今から町の周囲の巡回にあたる。この前の討伐部隊の一人として、是非同行してほしい」
 ヘイムスは先ほど馬と共に現れた、五人の団員たちを見てから頷いた。
「わかりました。相乗りさせていただく形になりますが、よろしいですか?」
「ああ。俺でも他のやつでも、サートル以外は二人乗りできるから――」
「あの、すみません」
 ルヴィーが二人の会話に言葉を挟む。彼らは目を丸くして、彼女に視線を向けた。
 彼女はおどおどすることなく、班長を見据える。
「あたしも同行させてください。皆さんの周囲に結界を張りますから」
「ルヴィーさんが同行?」
 ヘイムスの目が大きく見開く。彼女は手を胸にあてて応えた。
「結術士がいたほうが、何かと都合がいいと思います。まだ町民が町の外に出てはいけないという、お触れは出ていません。つまり周辺程度なら一般人のあたしが出ても、問題はないはずですよね?」
 彼女は視線を逸らさずに、言葉をすらすら連ねる。
 真正面から言われた班長は、少々困ったような表情をしていた。
「お触れは出ていないが、ティルグさんの娘に何かあったら……」
「自分の身は自分で守ります、私は結術士ですから。それに結界を進んで張ってくれる人間がいた方が、そちらも何かと気が楽なのではないですか?」
「たしかに君は結界を張るのに優れた結術士だ。だが長時間強力な結界を張り続るのは、難しいだろう? 君は結界をこちらの分まで張ると言っている。それは馬五頭分を包み込む結界を、常に張り続けさせるということだ。時間はだいたい二、三時間程度だが、これから夜になる。そんな道中に、君を同行させたくない」
 事実を簡潔に述べて、班長はルヴィーの同行を拒否する。しかし彼女は引き下がろうとはしなかった。
「結術士は結界の効力を高めることができます。皆さんが張っている結界を倍以上の質にできるんですよ」
「ああ、知っている。だがな、元々の結界が貧弱だったとしたら、君にいくら無理をさせても、そこそこのものしか張れないだろう?」
 班長は腰にある巾着袋から、宝珠を一つ取り出した。輝きなど微塵も見られない、汚れている宝珠だった。それをルヴィーに向かって軽く投げる。彼女はをそれを受け取ると、途端に表情を曇らせた。
「こんな結宝珠で結界を……」
「そうだ、こんな宝珠しか今の俺たちは持っていない。この前の討伐で、所有している大部分の結宝珠の効力を失った。……お嬢さんが思っている以上に、悪い状態で出発することになる。それでもいいのか?」
 班長の口調が徐々にきつくなっていく。ルヴィーは視線を下げて、宝珠をじっと見ていた。
 横で二人のやりとりを見ていたエルダは、話題の渦中の魔宝珠を見ると、一部分だけ色が違うのに気付いた。土にまみれていた宝珠が、何かのはずみでその土が取れた部分である。
 エルダは腰にあるウェストバックから布を取り出して、ルヴィーの手から魔宝珠をとりあげた。呆然としている彼女をよそに、その宝珠を布で磨き始める。
 宝珠の表面全体に土がこびりついているが、用心して力をいれれば、擦り落とせる汚れである。
 爪をたてないよう力を入れていると、宝珠の表面を覆っていた土の塊が一部とれた。そこから薄い青色の結宝珠の表面が見えてくる。周囲で息を呑む音が聞こえた。
 エルダは引き続き土の塊を剥がし落としていくと、ルヴィーの手が視界に入ってきた。手を休めて、彼女に視線を向ける。彼女の目は宝珠に釘付けだった。
「これに触ってもいい?」
 エルダは頷き、ルヴィーの手に宝珠をのせた。彼女は両手でそれを持つと、口元にうっすら笑みが浮かんだ。
「力が少しだけ戻っている……」
「本当?」
「何だと?」
 磨いたエルダ、すぐ傍で一部始終を見ていた班長が、同時に声を発する。ルヴィーが左手で結宝珠を持ち、右手を広げて腕を伸ばした。
「結界よ、広がれ――」
 すると彼女の周囲に薄い膜が発生した。エルダでもその存在がはっきり見える。
「あの結宝珠で、これだけの結界が張られただと?」
 班長の青年が目を丸くしている。結界と思われる膜に指先で触れると、反応した結界がその場から波打っていった。
 ルヴィーの視線がエルダに真っ直ぐ向く。そして彼女は近づいてくると、両手でエルダの右手を握りしめてきた。
「お願い、あたしたちと一緒に来て」
「私が?」
 指で自分をさして問い返すと、ルヴィーは首を縦に振った。
「この結宝珠の表面には土がこびりついていて、誰もが剥がしたいと思う。でも表面が固すぎて、剥がすのも躊躇するものよ。なのに貴女は躊躇いもなく剥がした。なぜなら――見えているんでしょ、どこを剥がせばいいのか、そしてどこを磨けばいいのかを」
 きっぱり言い切るルヴィー。その勢いに圧倒されて、エルダは頷いていた。
「貴女がいれば、きっと結宝珠の力も戻せる。その宝珠を使って、私が結界を張る。そうすれば巡回する皆の身の安全も守れると思わない?」
 ルヴィーはぐいぐいとエルダの領分に踏み込んでくる。それは不快とは思えず、むしろ嬉しさの方が勝っていた。しかし不安な点はいくつかある。
 今回はたまたま剥ぎ落すことで、結宝珠の力を戻すことができた。他の宝珠がそう単純な構造をしているとは思いにくい。
 だが、あれだけ汚れている宝珠たちである。少しでも磨けば、状況は随分と変わってくるのではないだろうか。
 ルヴィーは一歩踏み込んで、エルダの耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、上手くいかなくても。その時は私の自前の魔宝珠で何とかするから。今は周りを納得させるためにも……ね?」
 迷っていた心を一気に傾けさせる言葉だった。
 エルダは口を引き締めて、軽く頷く。ルヴィーはにっこり笑い、エルダの手を取って班長の元に歩み寄った。
「さっきの結界見ましたよね? 彼女と私がいれば、強力な結界は張れますよ。それでも行っては駄目なのですか? 結界を張るの、皆さん得意ではないんですよね。だから父に頼んだわけですよね?」
 ルヴィーに押されていく班長。彼の視線はルヴィーからエルダへと移動している。
「いざとなったら、結術士は自分の身は自分で守れるだろう。だが、戦闘にでない細工師は……」
「――班長、何かあったらエルダは俺が守ります」
 今まで黙っていた薄茶色の少年が手を真っ直ぐあげる。班長はサートルを見ると、首を 横に振った。
「サートル、まだ自分の身を守るのに精一杯だろう。それで彼女を――」
「何かあったら、俺が盾になってこいつを逃がします。それくらいはできます」
 エルダの幼なじみは間髪入れずに言い切った。
 サートルの視線はエルダに向けられていない。しかし、意識だけはこちらに向けられているように感じた。
 ルヴィー、エルダ、さらにはサートルと、少年少女に次々と言われた班長は、しばし黙り込む。そして逡巡した結果、大きく息を吐き出した。
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