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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編1】伸びゆく二つの枝葉
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第二話 引き出される宝珠の力(2)

 ティルグの娘――ルヴィー・ティルグの宝珠磨きは、支度が整い次第すぐに始まった。

 ヴァランは磨くための布を持つと、即座に集中する態勢に入ったのか、彼をまとう空気が変わった。

 それを感じたのはエルダだけでなく、ヘイムスやルヴィーも近づきがたい雰囲気を察し、半歩引いた体勢をとっていた。

 作業に入る前、エルダはヴァランから何点か指示を受けた。

 一つ、何時間かかるかわからないから、他の宝珠の研磨などはエルダに任すということ。

 一つ、作業に入っている間は、極力話しかけないでほしいということ。

 一つ、日が暮れる前にエルダは仕事を切り上げて、帰宅するということ。

 以上、三つが指示された。

 最後に関しては、まるでエルダの昨晩の出来事を見ていたかのような言い方だった。

 しばらく三人はヴァランの作業を見ていたが、あまりの集中力に触発されて、それぞれの仕事に戻ることにした。

 ヘイムスはルヴィーの件を説明するといって、彼女と共に部屋を去っている。

 エルダはヴァランから少し離れて、入り口に近いところに陣取った。ここであれば誰かが入ろうとしたときに、いち早く気づくことができる。

 結界が不安定であるということなので、結宝珠の磨きに手を付けた。専用の魔宝珠を磨き、研磨するよりも、体にかかる負担は遥かに少ない。そのため二時間程度ですべて磨き終えることができた。

 日暮れまではまだ時間がある。いくつか表面を磨くくらいはできるだろう。

 少しだけ一息つくために、エルダは音をたてぬよう立ち上がる。少し椅子を引きずったが、ヴァランはまったく見向きもせずに、ルヴィーの魔宝珠だけを見つめていた。

 なんという集中力だろうか。あれが本来あるべき魔宝珠細工師の姿だと思うと、自分の力のなさに、歯がゆさと悔しさを感じた。

 ドアに手を付けて、静かに開け閉めをする。ドアを閉じると、それにもたれ掛かりながら、視線を頭上に仰いだ。

 ヴァランに勧められて細工師の手伝いをしているが、果たして役に立っているのだろうか。磨くだけなら、誰でもできるのではないだろうか――。

「――エルダ?」

 感傷に浸っていると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。彼の声を聞いた瞬間、鼓動が大きく波打つ。

 この建物に来ることで、彼と会う確率が高くなるのはわかっていた。しかし物事が着々と進んでいたため、建物に入ってから今の今まで忘れていたのだ。

 ドアから背中を離し、手を前に組みながら彼と見合う。

「サートル、何?」

 曇りのない空色の瞳は、そのまま彼の真っ直ぐさも表しているようだった。

「いや、来ていたんだなって……」

「鍛錬の休憩中?」

「ああ。エルダは?」

「ヴァランさんがここに出張で来ていて、その手伝いよ」

 とりとめのない会話をする。考えればすぐにわかることで、聞く必要もないことだ。だが、今はその些細な話題があるだけよかった。

 心の奥底の言葉を吐いた、昨日の今日だ。気まずいのは当然である。

 幸いにもちょうどヘイムスが戻ってきた。後ろにいるルヴィーの表情は、少しだが柔らかくなっている。

「ああ、サートルいいところに」

「なんですか、ヘイムスさん」

「今から三十分後に会議を開く。対象者は今、建物内にいる団員全員だ」

「まだ団員になって一ヶ月しかたっていない人間もですか? いいんですか?」

「町を守る想いに長さは関係ない。鍛錬場に戻るなら、外にいる者にも伝えておいてくれ」

 ヘイムスはサートルの肩に手を乗せながら、通り過ぎていった。ルヴィーは軽く頭を下げて、彼の後を追う。

 サートルは二人の背中を一瞥すると、彼らとは逆側を歩き出した。

「無理するなよ、エルダ」

 八つ当たりに近い言葉を吐いたにも関わらず、優しい言葉をかけてくれる。胸が引き締まるような想いがした。



 夕方近く、ヴァランの研磨はようやく終わろうとしていた。彼は宝珠を光に当てて、何度も回しながら研磨残しがないかを確認する。やがてすべて見終えると、魔宝珠を静かに机の上に置いた。

「エルダ」

「は、はい!」

 自分の作業に夢中になっていたため、反応するのに遅れた。慌てて返事をすると、疲れ切った表情をしつつも、満ち足りた顔をしている男性と視線があった。

「ティルグの嬢ちゃんを連れてこい」

「わかりました」

 立ち上がり、ドアに寄ると、背後で激しい音がした。

 血の気が一瞬で引く。エルダは振り返り、床に崩れ落ちたヴァランにすぐさま駆け寄った。

「ヴァ……ヴァランさん!?」

 床に膝を付けて、ヴァランの顔をじっと見る。息づかいが荒い。表情も苦しそうだ。

 一刻も早く医者に連れて行かなくては……と思っていると、ヴァランに右手を強く掴まれた。

「わしのことは構わずに、嬢ちゃんを早く連れてこい!」

 圧倒されたエルダは、かくかくと頷く。そしてヴァランを壁により掛からせて、ルヴィーを探しに行った。

 周囲を見渡しながら小走りで廊下を進むと、ちょうどヘイムスといった、自警団の集団とはちあった。その中にはあの蜂蜜色の髪の少女もいる。

「ルヴィーさん、いいところに!」

 彼女の姿を確認すると、とっさに腕を掴む。彼女の目は大きく見開かれた。

「な、何?」

「ヴァランさんが呼んでいます。すぐに来てください!」

 ルヴィーは事態を飲み込めないようだったが、エルダが軽く引っ張るなり、それに従って走り出してくれた。

 部屋の前に着くと、エルダは勢いよくドアを開けた。

「ルヴィーさんを連れてきました!」

 エルダの細工師の師匠は、先ほどと同じ態勢で壁に寄りかかっている。彼は声に気付くと、うっすらと目を開けて、エルダたちに視線を向けた。

「早かったな……」

 ルヴィーの背中を押して、エルダは彼女と共にヴァランに近寄る。

 ヴァランはルヴィーと視線をあわせた後に、机の上にある魔宝珠を指で示した。

 彼女がそれを右手で掴むと、一瞬宝珠が輝いた。すぐに輝きは収まったが、魔宝珠のきらめく光沢が消えることはなかった。

「本来の力を引き出された魔宝珠は、持ち主に触れれば輝きを放つ。それは昔から知られていることだ。いい機会だから覚えておくといい……」

 ヴァランは呼吸を整えながら、魔宝珠を握りしめているルヴィーを見た。

「ティルグの嬢ちゃん」

「なに?」

 ルヴィーは両膝をついて、ヴァランと視線の高さをあわせた。

「嬢ちゃんの意見に納得しない結術士や自警団員の前で、それを結界に触れさせなさい。そうすれば結界同士で反発する。その瞬間を見れば、結界の異常に気づくはずだ」

「反発した関係で、結界が壊れることはないの?」

 ヴァランは軽く鼻で笑った。

「そんなことは起こりえない。ティルグの魔宝珠を研磨したとき、三日はかかった。つまり能力的にはティルグの方が遥かに上。あいつ自身が弱っているとはいえ、そこまでちゃちな結界は張らないさ」

「……その通りね。父さんがあんな状態でも、町の結界の綻びは見えていないもの。ありがとう、細工師のおじさん。早速やってみる」

 ルヴィーはすっと立ち上がった。そして握りしめていた魔宝珠を首から下げる。洋紅(ようこう)色の魔宝珠は、やる気に満ちたルヴィーと同様に明るい輝きを放っていた。

 そして彼女はヘイムスに顔を向ける。視線が合った彼は軽く頷き返し、エルダとヴァランを見渡した。

「自分はルヴィーさんに同行してきます。すぐにヴァラン様を介抱する者を寄越しますので、どうぞ休んでください」

 そう言って、二人は部屋から出て行った。

 彼らが出て少しすると、自警団員の女性が入り込んできた。彼女はヴァランの傍に寄って、すぐさま脈を計り始める。表情は浮かないままだ。

「ヴァランさん、無茶をし過ぎたのではないでしょうか」

「疲労が溜まっただけだ。少し休めば元通りになるさ。――エルダ、ちょっと来なさい」

「はい」

 返事をして、彼の顔に自分の顔を近づける。顔色はよくないが、なぜか彼が危険な状態だとは思えなかった。一仕事をし終えた後の疲労が、極端に出ているだけなのかもしれない。

「……気力があれば、嬢ちゃんたちの後を追いなさい。一人の細工師が限界に近い状態までやった結果だ。見ておくのもいいだろう」

「限界……」

 その単語を復唱して、ごくりと唾を飲みこむ。縁起でもない言葉がエルダの脳内に引っかかる。しかしそれを払拭するかのように、ヴァランは表情を緩めた。

「そういう顔をするな。命をかけるまでの研磨はしていないさ。ゆっくり休んだら、またお前に色々な細工の仕方を教えてやろう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします、ヴァランさん」

 エルダも表情を柔らかくして挨拶をした。そして最低限の荷物を持って、ルヴィーたちを追いかけた。

 入り口近くでルヴィーたちと再会した時には、彼女はすでに幾人かの団員を集めて外に出るところだった。行動が早かったのは、自警団でも顔が広いヘイムスの存在があったからだろう。

 エルダは彼女たちに同行を申し出ると、驚きつつも了承してくれた。

 そしてうっすらと赤く染まり始めた地面の上を、一同は足早に移動していった。

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