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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第二章 『激動の一週間』
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第二章14 『反逆の宣言』

 ――遠くで、鐘が鳴っているような音が聞こえる。


 激しく押し寄せ、波のように引いては戻り、引いては戻りを繰り返す鐘の音。痛みを伴うそれが耳鳴りに類するものだと、尾を引く慟哭を上げるスバルは気付かない。


 酷くこめかみが痛み、鼻の奥に熱いものがこみ上げるのを感じる。だが、舌を噛み、唇を切り、血を味わうことで鋭い痛覚に意識を集中する。

 胸の内を抉るような痛みを、現実感を伴わぬ喪失感を、理不尽に対して吠えたけることしかできない怒りを――全てを目先の血の味で塗り潰す。


「お客様、お客様、苦しんでいるようだけど、大丈夫ですか?」

「お客様、お客様、お腹が痛そうだけど、漏らしちゃったの?」


 近く、こちらを慮る二つの声が聞こえる。

 まだ短い時間ではあったが、聞き慣れた声だ。時に煩わしく、時にうっとうしく、時に安堵して、時に信を寄せた声音。


 ――それが今、まったく別の響きをまとってスバルの鼓膜を残酷に揺らす。


「――ああ、平気だよ」


 視線を感じながら短く応じて、スバルは目を閉じたまま顔を上げる。

 顔面を布団に押し付ける原因、込み上げる激情はどうにか波間に消えた。目を開けばその名残でかすかに瞳が赤いかもしれないが、閉じている分にはそれを察せられることはあるまい。


 静かに呼吸を繰り返し、スバルは己の心の平静に努める。

 最初の衝撃を抜けて、じわじわと真綿で絞めるような絶望感を乗り越え、今もひしひしと感じる喪失感が胸の内ですすり泣きを上げている。

 それでも、動き出す切っ掛けを掴むくらいはできるはずだ。


「心配かけて、その、悪かった。なんだ、少し寝起きでボケたというか」


 口を開けば舌が回る。心にもない軽口を乾いた唇で紡ぎ、スバルは「はは」と掠れる笑声を作る。――まだ、瞳は開けられない。


 瞼を閉じて闇を見る間に、世界が塗り変わってしまえばいいと思う。あるいはまどろみが見せる泡沫の夢、そんなオチでも構わない。

 ああ、全てがロズワールの目論見で、スバルを騙そうとしているだけなんて考えはどれだけ素敵で腹立たしくて、嬉しいことだろう。


 そんな思いつきがやたらと名案に、真実の一端を突いているような気がして、スッと胸のつかえがとれたような気がする。

 自分で自分の心の言い訳に救われたような気になって、スバルは小さく抜けるような吐息を漏らして、


「――ああ、そうだよな」


 震える瞼を開き、一瞬ぼやけて広がる世界に――現実を押し付けられた。


 ベッドの両側に立ち、寝台に手を着いてこちらを見る双子。ラムとレムの見慣れた二人は、相変わらずの無表情でスバルを見つめていた。

 そこにはなんの感情も見通すことはできない。四日間の時間で、彼女たちとの間に少なからず積み重ねたはずの、なにかはどこかへ霞のように消えた。


「「お客様――?」」


 戸惑いの声は二つの唇から同時に紡がれていた。

 彼女たちの視線は一転、ベッドから跳ねるように飛び起きたスバルを追っている。当のスバルはまるで寒気を感じたように、急き立てられる怖気に従って彼女らから距離を取っていた。


「お客様、急に動かれてはいけません。まだ安静にしていないと」

「お客様、急に動くと危ないわ。まだゆっくり休んでいないと」


 こちらに手を伸ばしてくる指、それから反射的に身をよじって逃れる。ふっと、彼女らの瞳が痛ましげに細められるが、スバルはその変化に気付いてやれるような精神状態にはなかった。


 耐えがたい感覚。

 こちらが見知った人間に、あちらからは知らない他人扱いされる感覚。

 つい先日、同じ感覚を雑踏で、路地裏で、廃屋で味わったばかりだ。だが、そのときとは決定的に違う。状況が違う、時間が違う、経験が違う。

 ほとんど互いを知らなかった彼女らとのやり直しではない。確かに信頼を結んだはずの相手との、一方的なやり直しなのだ。


 知っている人間が別人になってしまうような違和感に、胸がむかつき吐き気が押し寄せてくる。

 震える瞳に恐怖に似た感情を宿し、自分たちを見つめるスバルの異変に双子のメイドも気付き始めていた。


 室内にはわずかに沈黙が落ち、互いに相手の出方をうかがって行動に出ることができない。だから、


「悪い――今は、無理だ」


 ドアノブに組みつき、転がるように廊下に飛び出すスバルの行動は、制止しようとした双子たちの動きよりも一瞬だけ早かった。


 ひんやりとした廊下の冷たさを足裏に味わい、スバルは大きく息を吐きながら駆け出す。猛然と、何もわからないままがむしゃらに。

 自分がなにから逃げているのかわからない。何故、逃げなくてはならないのかもわからない。ただひたすら、足を止めれば追いつかれると本能が訴えかけるままに、走り抜けることしかできない。


 ただ、あの場にあのまま残ることはできなかった。

 警鐘が頭の中で激しく鳴り響いていた。あの場に残ってはいけないと、心が、本能が、魂が叫んでいたのだ。原因はわからない。ただひたすらに。


 いくつもの似たような扉の前を走り抜け、スバルは今にも転びそうな体勢で無様に這うように廊下を抜ける。

 そして息を切らし、導かれるように手をかけた扉を開けて、


 ――大量の書架が並ぶ、禁書庫にその身を滑り込ませていた。



※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 扉を閉め切れば、書庫は外界と完全に隔絶される。

 そうなれば外からこの扉を開くことは、屋敷中のあらゆる取っ手をひねる作業に追われることと同義となった。


 肩で息をして、扉に背中を預けてへたり込む。

 座り込んだにも関わらず膝ががくがくと揺れ、無様なそれを抑えようと伸ばした指先も、まるで酒の切れたアル中のように震えることをやめようとしない。


「紙相撲でもしたら、いい線いくかもな、はは」


 自嘲の言葉にはキレがなく、乾いた笑いは虚無感を際立たせるばかり。

 静謐な書庫の空気は古びた紙の臭いをはらみ、今の切迫したスバルの心情にひどく穏やかなゆとりを注ぎ込む。

 それが気休めに過ぎないとわかっていても、それに縋ることしか今のスバルに得られる安らぎはない。

 繰り返し、繰り返し、深く大きい呼吸を繰り返す。と、


「――ノックもしないで入り込んで、ずいぶんと無礼な奴なのよ」


 丘に上がった魚が呼吸を求めるように、息継ぎを繰り返すスバルを嘲る声が書架の奥から届く。

 薄暗い部屋の奥、小さな木製の机の前に座るのはクリーム色の髪の少女。いつでも変わらず、いつでも揺るがず、スバルとの距離を保ち続けたロズワール邸の禁書庫の番人――ベアトリスだ。


 彼女は手にしていた本を音を立てて閉じると、その小さな体には大きすぎる冊子を片手に抱いたまま、


「どうやって『扉渡り』を破ったのかしら。……さっきといい今といい」


「すまねぇ、少しだけいさせてくれ。頼む」


 両手を合わせて拝み込み、相手の返答も待たずにスバルは瞑目する。――静かで邪魔のない空間で、現実と己に向き合わなくてはならない。


 落ち着かなければならない。現実を受け入れろ。自分はナツキ・スバル。ここは異世界、ロズワール邸。双子の名前はラムとレム、目の前にいたのはベアトリス。ここは屋敷の禁書庫、『扉破り』と名付けた勘でわりと簡単に出入りできる。左手の傷はない。努力の証がない。約束の朝はこない。交わした約束。明日、誰かと、一緒に、どこかへ――。


「そうだ、エミリア……」


 月明かりにきらめく銀髪と、はにかむような微笑みが思い出される。

 月光の下にあってなお、満天の星空に匹敵するほど輝く少女、彼女との約束を。


「ベアトリス」


「……呼び捨てかしら」


「今日って、何月何日だ……? 今が何時だかわかるか?」


 黙り込んだスバルの方から一方的に質問され、気分を害したようなベアトリスに畳みかけて質問する。

 彼女はそのスバルの態度を鬱陶しげに見やり、それから鼻を鳴らすと、


「時の凍結した書庫で過ごすベティーにとって、外の月日や時間なんてなんの意味も持たないのよ」


「早い話が?」


「知ったこっちゃないってことよ」


「クソ! 使えねぇ! 少しでも期待した俺が馬鹿だった!」


「好き勝手言ってくれるもんなのよ、こいつ……」


 余裕のないスバルの率直な言葉に、ベアトリスが鼻面に皺を寄せる。可愛らしい面を歪ませる少女に、しかしスバルは「でも」と前置きして、


「少なくとも、お前は俺を不審者扱いはしてない。それにさっきのお前、『扉破り』をさっきと今って言ったな。クソ、ややこしい!」


「なにをひとりでがやがやと……書庫で騒がしくしないでほしいのよ。静謐さが損なわれるかしら」


 ため息まじりに応じて、ベアトリスはそれから無言で自分を睨みつけるスバルの態度に辟易した様子で、


「つい三、四時間前に、不作法なお前をからかってやったばかりなのよ」


「時の凍結した書庫って設定はどうした……」


 力なくとも揚げ足取りだけは忘れず、ベアトリスのへそを曲げさせる。

 そんなお約束を実行に移しつつ、スバルは今の彼女の言葉を吟味した。


 ――三、四時間前のスバルとベアトリスの遭遇。

 それが意味するのはおそらく、ロズワール邸で最初に目覚めたときのことだ。無限に続く廊下の幻術が解かれ、その後に一発で当たりを引いたときの。


 あのときはベアトリスの手で、ごっそりと精神的ななにかを引きずり出され、そのまま抗う術もなく昏倒させられた。

 次に目覚めたときには寝台に寝かされ、そこにラムとレムの二人が――、


「つまり、今の俺がいるのは……ロズワールの家で二度目に目覚めたときか」


 かろうじて記憶に引っかかる光景が思い出され、スバルは合点がいく。

 メイドの双子が揃ってスバルを起こしにきたのはあの日だけ。しかも、スバルが客室のベッドを利用する身分だったのも初日だけのことだ。

 つまり――、


「五日後から、四日前まで戻ってきたって、そういうことか……?」


 正しく現状を見つめ直し、スバルは今の状態をそう定義する。

 何がしか不可思議な力の導きにより、再び時間を遡行したのだ。それも、スバルの望まぬ形で望まぬ時間軸へと。


 その現実を理解はできる、だが納得はそれとは別の話だ。

 スバルは頭を抱えて、こうして戻ってきてしまった原因が何なのか考える。


 『時間遡行』をスバルが行ったのは、異世界召喚初日の一日だけだ。三度の死を糧にエミリアを救い、ループから抜け出したものと判断していた。

 事実、『死に戻り』と定義した時間遡行はこれまで行われず、ロズワール邸での五日間は極々平和に過ぎていたはずだ。


 それがここへきて、突然の時間遡行――前触れも何もあったものではない。


「前回とは条件が違う、のか? 死んだら戻るって勝手に思ってたけど、実は約一週間で巻き戻るとか……いや、だとしたら」


 こうして、この日を選んで巻き戻った理由に説明がつかない。

 時間遡行の原理は不明だが、あの繰り返した時間を思えばある程度のルールは存在したはずだ。そのひとつに、復活場所の問題がある。

 もしもあのループから逃れられていないのなら、スバルが目覚めるのはまたしても八百屋のスカーフェイスの前でなくてはならない。


「でも、現実には傷面の中年から見た目は天使のメイド二人だ。受け取るこっちの心境は、天国と地獄が反対だったけどな」


 言いながら、スバルは己の体をぺたぺたと触って無事を確かめる。

 これまでの条件に従うのならば、スバルがこうして時間を遡った理由は明確だ。即ち――死んだのである。

 ただ、問題は、


「死んだとしたら、どうして死んだ? 寝る前まで全部普通だったぞ。眠ったあとも、少なくとも『死』を感じるような状況には陥ってねぇ」


 眠りへの導入が効きすぎていたにしても、殺される瞬間を欠片も記憶できない『死』などあるのだろうか。

 毒やガスで、それこそ眠ったまま、意識に永遠に蓋をされたという可能性。しかしそれはつまり暗殺を意味し、そうされる理由がスバルになくては成立しない。現状、それだけの価値が自分にあるとは欠片も思えない。


「となるとあるいは、クリア条件未達による強制ループ」


 ゲームに見立ててしまえば、必要なフラグを立てなかったことの影響だ。が、誰が目論んだフラグかわからない上に、何がトリガーとなるタイプのフラグなのかの見当もつかない。


 フラグのON・OFFがはっきりしていない作品の攻略は難しい。つい、攻略サイトを頼ってしまいがちなのはネットの悪い弊害だ。


「口コミで友達と情報交換して、ウソ情報とか掴まされながらちょっとずつ進む……それが本来の楽しみ方ってもんだろ」


「ぶつぶつ呟いていると思ったら、くだらない雰囲気になってきたのよ」


 思索の海に沈むスバルを見ながら、ベアトリスが面白くなさそうに呟く。彼女の言に顔を上げると、まるでスバルに無視されていた時間が悔しいとでもいうかのように少女は唇を曲げて、


「死ぬだの、生きるだの、ニンゲンの尺度でつまらないくだらない。挙句に出るのが妄言虚言の類、お話にならないのよ」


 肩をすくめてすげなく切り捨てる少女。その変わらないスバルへの敵愾心、そこに少なからず安堵を抱いて立ち上がる。

 尻についた埃を払い、ドアノブに手を伸ばすと背後から、


「行くのかしら?」


「確かめたいことがあるんでな。凹むのは、そのあとにするわ。助かった」


「何もしてないのよ。……とっとと出てって。扉を移し直さなきゃならないのよ」


 優しさとは縁のない響きが、今のスバルには何故か心地いい。

 本人はそんな意図をしていないだろうが、その言葉に背中を押されたような錯覚を得てスバルは踏み出す。

 ドアノブをひねり、涼風が吹きつけてくる中を表に一歩。風に短い前髪が揺らされ、かすかに目に痛みを感じて顔を腕で覆う。

 そして風がやみ、裸足の足の裏には芝生の感覚――その視界の中に、


「ああ、やっぱ綺麗だ」


 庭先でかすかに息を弾ませる、銀色の少女を見つけて心が逸った。

 粋な計らいをしやがる、と内心で生意気な少女への悪態がこぼれる。

 そして、


「――スバル!」


 こちらに気付いた少女が紫紺の瞳を見開き、慌てた様子で駆け寄ってくる。その唇から銀鈴の音となってこぼれたのは、何度呼ばれても心に新鮮な震えをもたらすたった三文字の絆だ。


 自然、駆けてくる少女の方へスバルの足も動く。

 向かい合い、スバルの全身を眺めた彼女の目尻が安堵に下がる。が、すぐに気を取り直したように姿勢と目つきを正し、


「もう、心配するじゃない。目が覚めてすぐにいなくなったって、ラムとレムが大慌てで屋敷中を走り回ってたから」


「ん、ゴメン。ちょっとベアトリスに捕まってて」


「また? 少し前にも悪戯されたって聞いてたけど……」


 心配げに身を寄せてくる美貌――エミリアの無防備な姿に、スバルは思わず手を伸ばしかけて、その弱い己の心を自制した。

 ここでそれをすれば、短慮に過ぎる。それこそ、ベアトリスの部屋で静寂を乱した意味がなくなるというものだ。濡れ衣を着せるのだけが目的ではない。


 憂い顔のエミリアに、曖昧な微笑みで応じるしかないスバル。そんなスバルのらしくない態度に、しかしエミリアはどこか余所余所しく深入りしてこない。

 当たり前のことだ。今のスバルが『らしくない』など、出会ってほんの小一時間しか一緒の時間を過ごしていない彼女に、わかるはずがない。


 彼女と自分の間には、埋まらない四日間の溝があるのだ。

 自分だけが知っていて、彼女の知らない四日間が、確かにあったのだ。


「なんか電波入ってるみたいな考えだな、俺」


「でん、ぱ……? なに、どういうこと?」


「ちょっと詩人な俺に酔ってたとこ。それにしても、なんだ、無事でよかった」


 膝上のスカートに黒いニーソックス。全体的に黒を基調でまとめたアクティブなスタイルは、初日にスバルを歓喜させたものと同様。

 当然、その服の下の肢体も万事無事なままあの盗品蔵を超えたはずだ。


「服の下の肢体とか、ちょっと俺の脳内でエロいな」


「助けてくれてありがとう……って言おうと思ってたのに、なんだかすごーくその目つきが嫌なんだけど」


 じと目で睨みつけられて、スバルはどうにか自然に苦笑。

 少しずつではあるものの、調子がいつものものへと戻りつつある。ギアの回転を上げ、唇を舌で湿らせて、菜月・昴を始めなくてはならない。


 そも、考えようによってはラッキーな話なのだ。

 今回は八百屋の前からスタートではない。トンチンカンにやられる微小な犬死フラグもなければ、エミリアにバカを言って好感度最低スタートな展開も起こらない。エルザの腸フェスティバルENDなどもってのほかだ。

 あの盗品蔵の戦いを乗り越え、互いに死生を共にした二人の間には、他者の介在できない情熱的な絆が燃え上がっているはず。

 今は小さな火種でしかないそれも、ちょっとしたきっかけで一気に大火として大輪の花を咲かせることとなるだろう。


「俺、ポジティブシンキング」


 そうして前向きに後ろを振り返ってみれば、これはチャンスでもある。

 あの盗品蔵の絶対死線を越えなければならなかった前回と違い、今回はループの直接的原因と相対するまでの間に、危機的状況は何もない。

 つまり、スバルは落ち着いて予習済みのルートを、より模範解答となるように修正しつつなぞるだけでいいのだ。

 まったく同じルートを通るだけでも、あの月夜の約束は交わされる。

 ――ならば、より上等なルートを通れば、月夜の約束はどれほど期待度の高いものへと昇華されることだろうか。


「ふっ、今回の俺は最初っからクライマックスだぜ……!」


「なんだか盛り上がってるみたいだけど、体は平気なのよね?」


「ん? おお、快調最高絶好調。ちょっと血が足りなくて、ごっそり精気が持ってかれてて、気力体力共に寝起きの時点でがりがり削られて、精神耐性にもバットでフルスイングされたみたいなダメージあるけど、元気だよ!」


「それって満身創痍って言わない?」


「ピンチがチャンスで野球は九回裏ツーアウトから、ってルビ振るのさ」


 指を鳴らしてサムズアップ。

 そのスバルの態度にエミリアは毒気が抜かれたように肩を落とし、


「とにかく、元気ならいいの。えっと、屋敷に戻る? 私はちょっと、ここに用事があるから残るんだけど」


「お、精霊トークタイムだな? 邪魔しないから一緒にいていい? パックも起こしてやって、寝起きモフモフしたいしさ」


「別にいいけど、ホントに邪魔しちゃダメよ? 遊びじゃないんだから」


 指をわきわきと動かすスバルに首を傾け、エミリアは子どもに言いつけるようにそう告げる。

 そんなお姉さんぶった彼女の仕草がどうにも愛おしくて――スバルの心には決意の炎が灯る。


「んじゃま、行こう行こう。時間は有限で世界は雄大、そして俺とエミリアたんの時間はまだまだ始まったばっかりだ」


「そうね……え? 今、なんて言ったの? たんってどこからきたの?」


 異議申し立てを行うエミリアを「いいからいいから」と背中を押しながら定位置へ誘導。

 呼びかけを続けるうちに、すっかり訂正する気力をなくすのはすでに知っての通り。そして、それすらも失われた四日間で築き上げる絆のひとつ。


「――取り戻すさ」


 不満そうな顔で庭園の奥へ向かう背に続きながら、小さくそうこぼす。

 ふと足を止めて、遠ざかる銀髪を眺め、それから空に視線を送る。


 ――まだ低い東の空に、太陽が憎たらしく昇るのが見える。


 あと五回、それが繰り返され、そして約束のときが迎えられればいい。

 月が似合う少女と交わした約束を、太陽が迎えにくるのを見届ければいい。


 ――時間はある、そして答えは知っている。


「誰の嫌がらせか知らねぇが、全部まとめて取り返してほえ面かかせてやんよ。あんまし、キレやすい現代っ子を舐めんじゃねぇ」


 空に向かって拳を握りしめ、誰にともなく宣戦布告。

 それはスバルがこの世界にきて、初めて自分に『召喚』と『ループ』を課した存在への、明確な反逆の宣言だった。


 二度目のループとの戦いが始まる。

 ロズワール邸の一週間を乗り越えて、あの日々の続きを知るために。


 あの夜の約束を、交わした約束を、守るために――。


「運命様、上等だ――!」


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