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Re:ゼロから始める異世界生活 作者:鼠色猫/長月達平

第二章 激動の一週間

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第二章15 『二度目の誤算と期待の裏切り』

 昇る太陽へ啖呵を切り、二度目のロズワール邸初日が幕を開けた。
 たったの五日間、太陽が昇り沈みを繰り返すのと見届ければいい。
 その間の過ごし方は当然、『出来得る限り前回の流れに沿う』というのがスバルの立てた方針だった。

 庭園での決意の通り、スバルはエミリアとのループ前の約束を果たすつもりでいる。そのためには再びあの月夜を越えて、彼女と約束を交わさなければならない。
 そしてループもののお約束として、ある程度確立されたひとつの結論がある。

 それは、『同じ道を通れば、物語は同じ場所へ帰結する』というものだ。
 前回と同じ流れを汲むのだから、話としては当然だ。そこに関わる人物の思いや行動は重なり、結果は同じ終焉へと向かうだろう。
 スバルにとって重要なのは、その終焉だけを自分の都合良い未来へ変えること。そして、その過程で発生するはずの思い出の全回収。
 つまり、ループを駆使した良いとこ取りこそが至上の目的。

 クイックセーブ&ロードを駆使し、結末をより自分好みの展開へ。
 そんな気高くもやや邪まなスバルの目論見だったが、

「――なんでだか、まずった」

 出だしの一日目からその予想を大きく外し、スバルは湯船に体を沈め、水泡を吹きながら気だるげにそうこぼした。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 湯気立つ浴場で大の字に浮かびながら、スバルは一日目を振り返る。
 決意の朝、そこから始まった破竹の大失敗劇を。

 エミリアとの朝の日課の直後から、スバルは前回の流れを踏襲しようと密やかに心に決めていた。
 正直、勢いで喋った部分まで精細にトレースできたとは思えないが、大まかな話の流れは前回と同様のものを辿ったはずだ。

 パックのモフり権、エミリアの呼び名、ロズワールとの初対面。そして朝食の席での徽章の価値とエミリアの立場の説明。
 合間合間で自然なリアクションを作れたかは判定微妙だが、自分なりにはよくやっていたのではと褒めてやりたい。『たいへんよくできました』と花丸のハンコを押してやりたい気分だ。

「点数評価すると悲惨なことになりそうだから、それはパスで」

 自分の演技への辛口コメントはさて置き、そんなこんなで事態はそれなりにスバルの掌の上で推移した。
 その後は自然とスバルの『ご褒美』の話題へと移り、前回通りにスバルの立場は『異世界のひきこもり』から『変態貴族の使用人見習い』へとクラスチェンジを遂げた。

 そのあとはラムが教育係としてスバルに付き、屋敷の案内から始まる初日の勤労奉仕へと移ったのだが――ここからがおかしかった。

「なんでか前回と全然違うんだもんな。予習済みの俺の気分はどうしてくれんだよ……この問題、進研ゼミでやったのとおんなじだ! ってイキフンでやってく気マキシムだったのによ」

 湯船から顔だけ出したスバルは、顎を浴槽の縁に乗せながら呟く。
 全身くまなく温められながら、記憶がよみがえるに従って節々が気だるく痛むのがひしひしと感じられた。

 方針通りに前回の流れを踏襲し、そのまま勢いに乗れると判断したスバルの心を挫いたのは、ラムがスバルに課した仕事の内容だ。
 台所周りであったり、単なる部屋の掃除であったり、あるいは衣類の洗濯や片付けであったりしたそれらの仕事。前回のループでもこれらの内容に変わりはなかったが、

「その中身が、だいぶ難易度上がったというか……」

 純粋に、任せられる仕事の量が質共に増した、というべきか。口さがない言い方をすれば押しつけられる仕事が、と言い換えてもいいが。

「前回も前回でへとへとだったのに、今回は今回でハードだった……クソ、同じ中身ならちったぁ楽できると思ったのに」

 予想と違う過酷さに愚痴が出るが、その一方でスバルは、今の状況があまり良くない状況であると内心で判断していた。
 前回の内容を踏襲しようと努力した上での結果がこれだ。初日からこれほど内容が変わってしまえば、二日目以降の前回とのすり合わせなどできようはずもない。
 小さな差異など気にしなくても、と思う反面、それが積み重なることでやがてくるだろう大きな問題すらずれてしまう可能性が恐ろしかった。

「特に今回の場合、戻った理由がわからねぇからな……」

 普通に寝て、起きたら戻ってしまったのが今回のパターンだ。
 死んで戻った前回の明解さとは違い、いつくるのか予想がつかない今回への対処法は考えるだけで骨が折れる。

「こんだけ違っちまうと、もう記憶は当てにならねぇのか……?」

 そんな弱音が思わずこぼれ、気を取り直すように湯の中に体を沈める。

 エミリアと出会った初日の王都――あの濃密な一日を思い出す。
 細かな部分では毎回、スバルは違った道を通ったが、大筋として起きた出来事はどの回でも共通はしていた。
 まだ、大きなイベントを逃さなければわからない。今回の日々の中でスバルの印象に残るイベントといえば、初日を除けばエミリアとの約束のみ。
 そこに辿り着けさえすれば、状況は前回と同じ流れに乗るはずだ。あとはその流れに乗った上で、その勢いをせき止めた原因を探ればいい。

 慌ただしい勤労の中でまとめ切れなかった思考、それがひとりになれる浴場の中でどうにかひとつにまとまり、スバルは確たる方針を打ち立てた。
 自然、温水の中で安堵する自分に気付き、呼吸の限界から浮上する。水面を割り、涼やかな空気を浴びながら思い切り息を吸い込んで、

「――やぁ、ご一緒していいかい?」

 腰に手を当てた全裸の貴族が目の前にいて、スバルは呼吸を後悔した。
 涼風が彼の側から吹き込み、二本の足の間を通ってスバルまで到達する。当然、風呂場にいるのだから長身は全裸。貴族の嗜みか、それとも浴場に至るものとして当然の気構えか、腰の聖剣を隠す気配もない全裸。
 腕を伸ばせば届きそうな距離に全裸が立ち、風に揺れる聖剣と一緒にこちらを見下ろしている。イチモツに見下ろされる感覚、それはひどく屈辱的で、

「貸し切りです、お断りします」

「私の屋敷の施設で、私の所有物だよ? 私の自由にさぁせてもらうよ」

「だったら聞くなよ。風呂ぐらい勝手に入れ」

「おや、手厳しい。それにわぁかってない。確かにこの浴場も私の所有物には違いないけど……」

 ロズワールは片膝を付き、湯船の中からじと目で見上げるスバルに体を寄せる。それから伸ばした手で、無抵抗のスバルの顎をそっと摘まみ、

「使用人という立場の君も、私の所有物と言えるのではないかな?」

「がぶり」

「躊躇ないなぁ!」

 顎を摘まんだ不快な指先をわりと本気で噛み、悲鳴を上げさせてから背泳ぎでロズワールから距離を取る。
 湯船の広さは二十五メートルプールの半分ほどもある。無意味に巨大なスペースは貴族の道楽趣味丸出しでセンスはないが、ゆったりとひとりでくつろいでいると無意味な支配感に浸れる優れモノだ。
 故に、仕事終わりの入浴タイムは前回を通じてスバルの娯楽だったのだが。

「また想定と違う展開だよ……」

 そうこぼして、湯船の中で後方一回転。背中を水面に漂わせ、水中の体を小さく丸めて体育座りの姿勢――絶技『温水ヤシの実』を実行。
 無機物になったつもりで体を波に任せ、湯の中を見つめながら考える。

 前回の四日間で、ロズワールと入浴が一緒になった機会は一度もない。
 それ以前に、前回のループではロズワールは多忙を極めており、屋敷にいる間はほとんど顔を合わせる機会さえなかったほどだ。
 ラムとレムこそ定期的に会ってはいたようだが、スバルに至っては初日以降のコンタクトは食事の時間を除けば片手で足りるほどしかない。

 湯船で疲労を癒しながら長風呂するリズムは変えていないので、変わったのは向こうの方ということになるのだが。

「……そぉれ、面白い?」

「南国の果実にして凶器、通称浜辺のドリフ的殺し屋『ヤシの実の旦那』の真似だ。その牧歌的な見た目に反して、油断してる旅行客の頭上から延髄目掛けて直滑降してくるんだぜ」

「本当に口が良く回る……おっと、隣に失礼するよ」

 浮かぶスバルの隣に身を置き、ロズワールは湯船の中に沈むと長い吐息を漏らす。湯浴みの快感は世界共通、無言の意思疎通の賜物だ。
 自然に隣に寄り添う痩せぎすの体躯から微妙に離れつつ、スバルは警戒を解いたように体を伸ばしながら、

「んでもって、旦那様。ずいぶんと遅めの入浴ですね?」

「少々、仕事が立て込んでいてねぇ。片付けている間にこんな時間だ。もぉっとも、君とこうして語らう時間が持てたのは喜ばしい。初日はどうだったかな?」

「有意義に過ごさせてもらったよ。俺の体の各所の筋肉のピロートーク聞きたいか? 朝までしくしくとお話してくれるだろうさ」

「魅力的な提案だけど、今夜の枕は先約があってねぇ。またの機会に」

 さらっとそんな話題を出されて、スバルは「チクショウ」と悔しがるしかできない。この目の前のお貴族様と、双子のメイドの関係が怪しいを通り越して確信まで入っているのはさすがにスバルにもわかる。
 エミリア一筋を標榜し、事実として彼女以外の女性には見向きもしない姿勢を貫くスバルだが、それでも見た目の整った少女二人が他人様のものになっているのを「ふふ、これもなんだか微妙な寝取られ感覚!」と楽しむような歪んだ感覚は持ち合わせていない。
 かといって「あの二人、絶対に幸せにしてくれよな!」といった大人な意見を出してやることもできず、できるのは単なるやっかみだけだ。

「そうそう、ラムとレムはちゃんとやぁっているかな? 二人は屋敷で働いて長いから、後輩との接し方についても弁えてはいるはずなんだけど」

 ロズワールはそんなスバルの内心を知ってか知らずか、今まさにスバルが思い浮かべていた少女たちの名前を挙げる。
 いいように誘導されているような感覚を覚えながらも、スバルは質問に「ああ」と頷いて応じて、

「レムりんとはあんましだけど、ラムちーとは仲良くしてんよ。むしろ、ラムちーはちょい馴れ馴れしすぎねぇ? 先輩後輩の関係だからとかじゃなく、俺がお客様の立場の時点から変わんねぇよ、あの子」

「なぁに、足りない分はレムが補う。姉妹だから助け合わなきゃ。そういう意味じゃ、あの二人は実によくやっているよ」

「聞く限りじゃレムりんがALL補助で、ラムちーは妹の劣化版だけど」

 あらゆる家事技能での優劣を、姉妹共々ではっきりと断言されている。あらゆる技能で妹に一歩及び二歩及ばない姉。普通に考えれば劣等感に苛まれそうな設定なのだが。

「聞いたら、『姉だからラムの方が偉い』って即答ときたもんだ。あの神経の図太さにはビビったね」

「神経の太さで言ったら、君もなぁかなかだと思うけどねぇ……でもそうか。そんな風に答えていたかい。それはそれは……」

 ロズワールはしみじみと首を振り、横目にスバルを見る。感情のうかがえないオッドアイに覗き込まれると、まるで心の内まで見透かされそうな錯覚があってスバルはかすかに身をよじる。そして、

「ずけずけと踏み込んで、だいぶ遠慮がないねぇ。いーぃことだよ」

「まるで褒める内容じゃないのに褒められてる不思議! 俺ってなんでもそのまま受け止める性質だから皮肉言うとき気をつけようぜ? 学校で先生が『今すぐ帰れ!』とか怒鳴ると、本気で帰る奴、そう俺」

 場の空気だけ最悪にかき乱して、自分だけ帰る男『菜月・昴』。なるべくして孤立した孤高の性質である。
 ロズワールはスバルの発言に小さく笑い、「学校ねぇ」と口の中だけで言葉にしながら片目をつむり、

「皮肉でもなんでもないとも。実際、いーぃことだと思ってるよ。あの子らは少し自分たちだけで完結しすぎているからねぇ。そのあたり、ちょこぉっと他人が外から引っかき回す、それで変わるものもきっとある」

「そんなもんですかねぇ」

「そんなもんですともぉ」

 二人して湯船に首まで沈めて向かい合い、ぬくぬくとした感覚に全身をふやけさせながらぼんやりと感嘆を交換。
 それからふと、スバルは思い立ったように眉を上げた。

「そだ、ロズっち。ちょっと聞きたいことあんだけど、答えてアンサー?」

「慣れないねぇ、渾名、嬉しいけど。で、質問かい? まぁ、私の広く深い見識で答えられる内容なら熟考した上で構わないよ」

「自分、物知りですってそんな迂遠な言い方する奴を初めて見た。……それはともかくとして、この風呂ってどんな原理で働いてんの?」

 浴槽の底をこんこんと叩き、スバルはずっと思っていた疑問を口にした。

 スバルたちの浸かる浴槽は、その材質を石材で固定している。触り心地は滑らかに磨かれていて、見た目のざらつく感じは実際にはほとんどない。風呂の場所は屋敷の地下の一角であり、浴場は男女兼用だ。
 ただし、お湯の入れ替えは入浴者ごとに行われているため、エミリアのあとに入ってお湯を飲んでも何の充実感も得られない。

「べ、別に実際に飲んだわけじゃないけどねっ。飲む前に気付いたし」

「君の冒険心には驚かされるねぇ。やぁっぱり若いから……でも、私が若かった頃にその発想は出てきただろうか」

 どこか遠い目をして過去に思いを馳せるロズワール。彼はしばしの思案のあとに現在に戻ってくると、

「ともあれ、その答えは簡単だ。浴槽の底のその下に、火の魔鉱石を敷き詰めてあるのさ。入浴の時間になると、マナに働きかけて湯を沸かす。キッチンでも同じ現象を利用しているはぁずだけど?」

「ああ、ヤカンとかもそういう原理なんだ。いや、ガスコンロとかIHとかないだろうに、どうやってんだろうとは常々思ってたんだけど」

 ラムやレムがテキパキとそれらを扱う後ろで、小さくなりながら人参的な野菜の皮むきに追われていたのがスバルだ。もっとも、当たり前のように言われた『マナに働きかける』という現象の正体がわからない内は、風呂焚きも飯焚きも関われる状況ではないと思うが。

「なんかさぁ、マナがどーたらって魔法使いじゃねぇとどうにもならねぇの?」

「そぉーんなことはないよ。ゲートは全ての生命に備わっている。動植物すら例外じゃぁない。でなければ、魔鉱石を利用した文明はこうまで発展してこなかっただぁろうしねぇ」

 また知らない単語の出現に、スバルは無言で無理解を表明。そんな拗ねた子どものような態度にロズワールは笑い、

「精霊との接し方といい、今朝の朝食の場でのことといい、君はちょこぉっと不可思議なくらい常識に疎いねぇ。ラムもぼやいていたよぉ?」

「えー、なにー、マジー、陰口―? 超陰険じゃないですかー、やだー」

「愚痴と同じくらいフォローもしてたけどねぇ、珍しく」

「と思ったらツンデレーションきてた! 先輩ごめんなさいー!」

 前回の世界のエミリア情報でもあった通りのデレ展開。にしても、初日からはちょっとチョロイン過ぎやしないだろうかと変な懸念。
 そもそも、攻略対象として判断してない相手だし。

 叫ぶスバルにロズワールは「ふむ」と顎に触れながら吐息。それから指をひとつ立てるとにんまり微笑み、

「よし、こぉこはひとつレクチャーしようか。少し無知蒙昧な君に魔法使いのなんたるかを教授してあげようじゃぁないの」

「おいおい、聞き捨てならねぇな。この俺を『ケンカをさせれば天下無双。その生き方は質実剛健。その知識と美貌はまさしく眉目秀麗』と四字熟語のオンパレードで賞賛され続けた川崎くんの隣の家に住んでた男と知ってのことかよ」

「誰よ、カワサキ」

「俺の四つ上の先輩。このほど、結婚式間近で花嫁にマリッジブルー失踪されて傷心中、マジメシウマ」

 内容の理解には届かなかったものの、碌な発言でないことは察したのだろう。ロズワールはさりげなく川崎を無視して講義を続ける。

「それじゃぁ、まぁずは初級から。スバルくんはもちろん、『ゲート』については知っているねぇ?」

「いや、そんな知ってて当たり前みたいな感じで切り出されても、知らない側からしたらそんなんなにって感じだし……」

「すんごい急に声の調子落ちたね。そしてゲートのことも知らないか……控えめに言って、え、それ、マジ? ってぇ感じだねぇ」

 「使い方合ってる?」とマジの使用例の採点を求めるロズワールに、満点の使い方だとサムズアップで応じてハイタッチ。
 互いにイェーイと指差し確認し合いながらも続き。

「で、で、ゲートってぶっちゃけなによ? それがあると何がどうなってもう全部なにもかもフーアーユー!? やべ、テンション上がってきた!」

「簡単に言っちゃうと、ゲートってのは自分の体の中と外にマナを通す門のこぉとだよ。ゲートを通じてマナを取り込み、ゲートを通じてマナを放出する。使うにしても溜めるにしても、必要不可欠なものなわぁけ」

「なーる、MP関連の蛇口のことね……」

 ロズワールの簡潔な説明で合点がいく。
 これまで何度か耳にしたゲートという言葉、おおよそ想像していた通りの内容であったことが肯定され、そしてそれは即ち――、

「ゲートが誰にでもあるってことは、俺にもあるってことじゃね?」

「まぁ、そりゃあるだろねぇ、人間の自信があれば。君、人間?」

「俺ほど人間らしい人間見たことねぇよ! ――ちっぽけで弱っちぃ……ただの人間さ」

「この場で言うには不釣り合いなかっこいい台詞じゃぁないの」

 少なくとも、風呂場でフリチン状態の男二人で言う台詞ではない。
 が、異世界にきて二番目に嬉しいかもしれない情報にスバルはそれどころではない。ドキドキわくわくで胸が張り裂けそうな気持ちがいっぱいだ。

「もちろん一番はエミリアたんに会ったことだけど、これもかなりヤバいな! ぱねぇ! きたかついに俺も夢の魔法使い……あと十三年先だと思ってた!」

「確かに熟練するには月日が必要だけど……十三年は言い過ぎじゃぁない?」

「言葉の綾的表現だよ。それに俺の知ってる方の魔法使いは誕生日に自動更新されるパターンだ。そっちの称号も圏内だけどな!」

 少なくとも、異世界召喚される前の心持ちならばほぼ確定の圏内。が、こっちでは燃える恋心をぶつける意中のあの子がいる。
 今なら言える――そう、スバルはそのためにこの世界へきた。

「チョメってアヒンして卒業――エンディングは見えた!」

「魔法使いの話でそこまで盛り上がってくれると嬉しいもんだねぇ。もっとも、ゲートがあっても素養の問題は大きい。自慢でしかないけど、私のように恵まれた才能はそうそうなぁいものだよ?」

 ピコーン、とフラグの立つような音がスバルには聞こえた。
 自信満々にそう語るロズワール。だが、彼は知るまい。目の前でフリチンで湯船に漂う男が、異世界から召喚された『招かれし者』だと。
 これまで武力ダメ、知識ダメ、運の補正もゼロどころか若干マイナスといいところがなかったが、ここへきて新たな希望が現れた。

 ――魔法、だ。

 なぜか確信めいたものを感じてスバルは拳を握りしめる。
 それから逸る気持ちを堪え切れずに、ロズワールに泳ぎ寄り、

「へいへい、ロズっち。魔法、魔法、魔法トークしようぜ。今、魔法の時代がきてる、ウェーブきてるよ。乗るしかない、このビッグウェーブに!」

「そーぉ? それじゃ続けちゃおう。魔法には基本となる四つのマナ属性があるわけだけど、知ってるかなぁ?」

「知らなーい!!」

「あはぁ、無意味で無目的で無邪気なまでに無知、すばらしい。気分良いから説明しちゃう。火・水・風・地の四つのマナ属性だ、わかったかなぁ?」

「かしこまりー! んでもって続きお願いプリーズ」

 酒も入っていないのに、ただ雰囲気だけに酔っ払ってアッパー入っている二人。スバルの求めにロズワールは気を良くしたようにうんうん頷き、

「熱量関係の火のマナ。生命と癒しを司る水のマナ。そして生き物の体の外の加護に関わる風のマナ。体の内の加護に関わる地のマナ。おおよそはその四つに大別されて、しぃかも常人はその内のひとつに適性があればマシといったところかなぁ。ちぃなぁみぃにぃ、私は四つの属性全てに適正があるよ?」

「うわーぉ、自慢ウゼー! でも話進まねぇから上辺だけ褒めとく! きゃーすごい抱いて以上! 続きカモンヒア! その属性ってどうやって調べんの!?」

 ばっしゃばっしゃと水面を叩くスバルにロズワールは鷹揚に頷き、「ふふーん」と意味ありげにほくそ笑みながら掌を突き出してきた。

「もぉちろん、私ぐらいの魔法使いになると、もう触っただけでわかっちゃう。ま、実際はゲートの構造に踏み込んで確認するんだけどねぇ」

「マジかよ! マジかよ! うわ、キタコレ、すげー期待度高いよ! 見てくれよ、感じてくれよ、教えてくれよ。誰を? 俺を!」

 互いに全裸なのも忘れて間近に近寄り、見えない尻尾を残像が残りそうな速度で振り回すスバル。まさしく躾のなっていない犬を見るような目でロズワールは笑い、その掌をスバルの額に当てる。

「よっし、んじゃちょこぉっと失礼します。あ、痒いとこあったら言ってね」

「尻が痒い! けど自分で掻くよ! その分の労力も俺のリサーチに費やしてくれ! うおお、マジで震えるぜハート!」

 今だけはあらゆる不安材料を全て忘れて、目の前に広がるロマンそのものに思いを馳せていたい。
 期待があり、夢があり、そして確信めいた感覚がある。

 ――その魔法こそ、異世界召喚された自分の牙になるものだと。

 唇の端を歪めた笑みは、三白眼の眼光と合わせるとやたらと好戦的に輝く。爛々と双眸を光らせ、ただ診察結果を待つスバル。そして、

「――よぉし、わぁかったよ」

「きた、待ってました。なにかな、なにかな。やっぱ俺の燃えるような情熱的な性質を反映して火? それとも実は誰よりも冷静沈着なクールガイな部分が出て水? あるいは草原を吹き抜ける涼やかで爽やかな気性こそ本質とばかりに風? いやいや、ここはどっしり悠然と頼れるナイスガイな兄貴分の気質がにじみ出て地とか出ちゃったりして!」

「うん、『陰』だね」

「ALL却下!?」

 耳を疑う診断結果が飛び出して、思わず悪い病気を告知されたような反応になってしまった。そして、実際になんかそんな感じの雰囲気になったままロズワールは重く口を動かし、

「もう完全にどっぷり間違いなく『陰』だねぇ。他の四つの属性とのつながりはかなぁり弱い。逆に珍しいもんだけどねぇ」

「つか、陰ってなんだよ! 分類は四つじゃねぇの? カテゴリーエラってるよ!」

「話してなかったけど、四つの属性を除いて『陽』と『陰』って属性もあるにはあるの。もぉっとも、該当者はほぉとんどいないからあえて説明は省いてたわけなんだけど……」

 その極々わずかな可能性を引いた、ということらしい。
 そんな話を聞かされて、少々空回っていた気持ちも落ち着いてくる。そう、限りなく希少な属性――ということはつまり、

「なんか実はすげぇ属性なんだろ。五千年に一度しか出ない的な!? 他の系統では扱えない魔法が使えちゃう的な!?」

「そうだねぇ、『陰』属性の魔法だと有名なのは……相手の視界を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くしたりとか、それとかが使えるかな」

「デバフ特化!?」

 なんかスゴイ超破壊級の魔法が使えるとか、闇の世界に敵を引きずり込んで八つ裂きにしたりとか、そういう強力無比なのを期待したのだが。
 ぽつぽつと、言いづらそうに妨害・能力低下系の効能を口にするロズワールの様子からして、本気で申し訳なさそうなので事実なのだろう。

 異世界召喚されて、武力も知力もチート性能は与えられず、

「そして属性はデバフ特化……」

「ちぃなみに見た感じ、魔法の才能は全然ないねぇ。私が十なら、君は四ぐらいが限界値だよ」

「さらに聞きたくなかった事実! もはやこの世には神も仏もいねぇ!」

 お湯を激しく弾いて絶望のアクション。大の字に浮かぶスバルを気の毒そうな視線が見ているが、わりと本気で失意のスバルは反応する余裕がない。
 ロズワールはそれでもどうにかスバルを励まそうと、

「まぁま、意外と便利だよ、陰系統。見られたくないことするときに他人からの視線をオフできるし、聞かれたくないことするときに音が漏れないようにもできるしぃ」

「なるほど、密談ってーか密会に特化してるわけだ。こいつはいいね、HAHAHA!」

 体を起こしてロズワールの肩を叩き、

「……それ、かっこいいか?」

「かっこいいか悪いかは別として、密会を必要とする女の子には喜ばれる。何事も使い方だよぉ、使い方。どちらにせよ、今の君には使えないしねぇ」

「そうだよなぁ。魔法、魔法か……デバフ特化と判明しても、やっぱり捨てるには惜しい。クソ、どうすれば」

 頭を悩ませるスバルに、しかしロズワールはあっけらかんと、

「使いたいなら教わればいーぃじゃない。幸い、『陰』系統なら専門家がここにはちゃぁんといるからね」

「そうか、なるほど、その手があったか! この際、魔法の系統がどうとかはどうでもいいんだ! 魔法を教えてもらう、という口実が成立すればこの際、実際に魔法が使えるようになるかどうかはどうでもいい! つまり!」

 片手を天に、片手を腰に当て、水面を割りながら急浮上。
 水飛沫を上げて全裸が跳ね、そしてロズワールの視線を浴びながらポージングし、

「魔法のレッスンで意中のあの子に手取り足取り腰取りレッスン、よりどりみどりの放課後レッスン。そして互いに手に手を取り、明日に向かって舵を取り、やがて二人にコウノトリ! イェ!」

 即興ラップで今後の方針を決定。
 そうとあれば即座に決断、即座に行動。もはや前回の内容を踏襲しようという初目的が微妙に頭から消えている。そんな行動はしかし、

「勘違いしてるみたいだから訂正するけど、『陰』属性の専門家はエミリア様じゃぁないよ?」

「な・ん・だ・よ! さっきからてめぇ、俺に恨みでもあんのか!? そんなに人の心を弄ぶのが楽しいのかよ! YO!」

 微妙にさっきの勢いを引きずったまま指を突きつけ、

「じゃ、誰だよ、お前か! 宮廷魔術師様か! 全属性ALL適正持ちの超エリートッスもんね! がっかりだよ!」

「ベアトリスだよ」

「もっとがっかりだよ!!」

 ばっしゃーん、と盛大に水飛沫を跳ね上げて、今宵最大の叫びが炸裂した。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「あー、クソ、湯当たりした。ロズっちの野郎、上げて落として上げて落として繰り返しやがって。釈迦の掌か」

 支給された着衣に袖を通しながら、脱衣所でスバルはそうぼやく。
 風呂場でのがっかりトークから少し間を空け、ロズワールを浴場に置いて先にスバルが上がったところだ。
 もともと、それほど長風呂が好きな性質ではない。最近はついつい体の疲れと考えごとの場所確保から長く入ってしまうことも多いが、パッと入ってパッと出るのが本来のスバルのスタイルだ。

 故に、長々と風呂に入っていた影響で頭が少し重い。特に今日はまだケガの復調から時間が経っていない、血の足りていない時期なのだ。
 微妙に意識と肉体の方にモチベーションの格差があり、歯車のやや噛み合わない感じが齟齬を生んで気持ち悪い。

「おまけに筋肉痛もありそうだしな、明日は。クソ、ラムちーめ覚えてろよ。前回より動きがいいからってコキ使いやがって……」

「お望み通り、覚えておくわ」

「ふわぁぉぉぉう!!」

 脱いだ衣類を入れた籠を持って出たところで、ぼやきにそう反応を返されて飛び上がるほど驚く。そのまま手の中から下着類がはね落ち、脱衣所前の通路に佇むラムの足下に散らばった。

「はぁ、まったく」

 彼女はしゃがんでスバルの一日の疲れがしみ込んだ下着を摘まみ、すぐ脇にあったゴミ箱へと叩き込む。

「目の前に洗濯しようと籠持ってる男がいるんですけど!?」

「ごめんなさい。持ち上げた瞬間、生理的嫌悪感が堪え切れなくて。一秒でも早く手放したくてああなってしまったわ」

「そのわりにフォーム綺麗だったッスね!」

 泣く泣く自分でゴミ箱から下着を回収し、籠に詰めると改めてラムと対面。脱衣所の前で壁に寄りかかり、静々と待機するメイド。
 はて、彼女の目的はなんだろうとスバルは首を傾げる。と、彼女はそんなスバルの意図を察したかのように、

「残念だけど、入浴は済ませたから待っていても着替えたりしないわ」

「全然察してねぇな!? メイドとして致命的じゃね!?」

「冗談よ。ロズワール様の御着替えの手伝いのため。入浴の際はラムかレムが付き添うのが決まりよ」

「甘やかしすぎじゃねぇのか。着替えぐらいひとりでできんだろ」

 とはいうものの、世の中にはお手伝いさんに靴下を履かせてもらい、自分では一度も靴下を履いたことがないという人間もいるにはいるらしい。
 そうした世の中の広さを考えると、ロズワールもそういう手合いなのかもしれんなぁと目から鱗が落ちる思いだ。

「もっとも、数少ないロズっちへの信頼も一緒に落ちるけどね」

「ラムの前でロズワール様への不敬な発言は控えなさい。二度目の注意からは実力行使するから」

 優しげな提案に思えるが、事実なので肝に銘じておくべきだ。
 実際、彼女は一度目は懇切丁寧に教えるが、それ以降は同じ質問をしようものなら養豚場の豚を見るような目で容赦なく見てくる。

 これ以上は残っても藪蛇だな、と早々に退散を決め込み、スバルは「そんじゃ、失礼しやっす先輩」とその場を離れようとする。が、

「バルス、このあとはなにか?」

「なにかもクソも、寝るだけだよ。明日も早いんだから当たり前だろ、チキショウ、先輩マジ朝だけは辛いッス」

 反骨精神と弱音がハイブリッドしたスバルの言葉に、ラムは「そう」と小さく応じて押し黙る。
 そのまま何も続けない彼女を見つめていると、彼女は「うん」となにかを決断するように自分に呼びかけ、

「それじゃ、あとで行くから部屋で待っていなさい」

「――は?」

 とだけ、告げたのだった。
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