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神無の世界 作者:赤雪トナ
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26 行けなかった村へ

 初夏も過ぎて、毎日暑い日々が続いている。ダンジョン内は外よりも気温が低く過ごしやすい。多くの挑戦者が魔物がいなければ、ずっとそこにいたいと思っていた。
 四人が今探索している五十二階も涼しい風の吹くダンジョンだ。
 五十階を過ぎたことで、それまでの廃墟風のダンジョンから、草地と太い蔦が絡みあった壁のダンジョンへと様変わりしている。天井はなく、空から明かりが降り注ぎ明かり粉は必要ない。空には雲も太陽も夜もなく、外で見ている空とは違うのだとわかる。
 壁を登ればショートカットできるのではと思う者は多く、今まで何人もの挑戦者が壁に上った。だがガラスでもあるかのように、途中で行き止まりになる。イオネが実際に登って確かめた。
 五十階に到達した時、またボスが出てくるかもと思っていたセルシオだが、出てくることなく通常の五十階に到着した。一度ボスと戦った者は二度戦うことがないためだ。セルシオが次に強化体の魔物と戦う機会があるとすると百階に行った時だろう。ほかの三人は、セルシオを外して五十階に出入りしていればいつか戦える。

「ござでも敷いて寝転がりたい」

 髪や足下の草を揺らす風が気持ちよくて、思わずセルシオはそんなことを言った。

「そうしたいねー」
「賛成だなぁ」
「ほんとに」

 三人も異論はないようで頷き続いた。
 暑さに参っているのは四人も同じなのだ。それでもセルシオとリジィは一緒に寝ている。さすがに暑さに負けてくっついてはいない。最近は互いに魘されることもないので、別々に寝てもいいのだが、一緒に寝るのが当たり前となっていた。

「あ、魔物が近づいてる」

 涼みながらも警戒はしていたセルシオが気配を感じ取り、三人の表情が引き締まる。
 草原ダンジョンは通路が少なく、中部屋から大部屋が短い通路で繋がっているダンジョンだ。魔物の出方も四十九階以下のダンジョンと違い、部屋の隅に急に現れるようになっている。気配が現れた方向を見ると、離れた位置から自分たちへと向かってくる魔物を見ることができる。そういった気配を捉え損ねることがなければ、奇襲の心配はない。
 また魔王級のように絶対敵わないという魔物は出てこないので、四人が苦戦することはなかった。魔王級やその子供との戦いを思えば、量で攻められてもなんとかできた。

「あれは石毛狼?」
「そうだね」

 以前読んだ魔物の本を思い出し、リジィがセルシオに確認する。セルシオもリジィと同じ判断だ。
 読んで字の如く石並みの毛皮を持つ狼だ。それが五匹。初めて戦う魔物だが四人に力みすぎた緊張感はない。オオコゲラ山の主に比べたら、石毛狼の殺意や敵意はそれまで感じていたそよ風のようなものだ。
 まずは様子見とリジィが範囲型スキルを放つ。

「散雷光」

 放雷よりも太く範囲の広い雷が石毛狼に襲い掛かる。
 仕留めることはできなかったが、ギャンっと悲鳴を上げ石毛狼たちは止められた。そこにシデルとイオネが突撃していく。
 二人が四匹と戦っている間に、一匹が回り込んでセルシオとリジィに近づく。
 セルシオはリジィの前に出て、迎え撃つ。
 スキルは使わず、剣を振るう。この階層の適正レベルよりも高いため、まだ気力を節約して戦えるのだ。

「これで終わりっ」

 とどめとなる一撃を真上から叩きつけ、石毛狼を倒す。シデルとイオネはどうなかった視線を向けると、もうすぐ倒すところだった。
 加勢は必要なさそうだと周囲の警戒をする。

「終わったね」
「周りになにかいる?」
「んーいないよ」
「材料アイテム落しましたわ。確認してください」

 拾った糸の束を持ってイオネが近づいてくる。見た目よりもやや重いそれを受け取り、擬似鑑定で名前を探る。

「石糸だってさ」

 一束三百メートルあり、六百コルジで売れる。
 石のように頑丈な糸で、アスベストを紡いで作った糸というわけではではない。主に標準品の武具に使われる糸で、類似品に鉄糸と輝金糸がある。リジィのローブには鉄糸が使われている。輝金糸は見た目の良さから防具だけではなく、ドレスにも使われることがある。
 そんな本から得た知識をセルシオを思い出し、説明する。

「わりと高く売れるな」

 近づいてきたシデルが嬉しげに頷く。

「魂稀珠回収した?」
「俺たちが倒したのは全部したぞ」
「あたしも回収した」

 怪我の有無や武器の簡単な点検をして、四人は先に進む。
 深く潜ったことで罠の難易度も上がっており、発見のしずらさ、解除の難しさにてこずることもある。セルシオは手に負えるものだけ触っていき、難しいものは避けるか三人を少し離れさせてから挑戦する。
 罠の難易度が上がったということは、魔物も罠を見つけづらくなったということで、引っかかっている姿を見るのも珍しくなくなっている。

「そろそろ帰るか?」

 体感時間でダンジョンに入って七時間は過ぎていると感じたシデルの提案に三人は頷く。
 空に変化がなく、明かり粉での時間経過もわからないので、五十階を進みだしてから、帰還時間にズレが出ている。

「タイマー買った方がいいかな」
「あると助かると思う」
「私もあった方がいいと思いますわ」

 リジィとイオネは賛成し頷く。
 ダンジョンに入ってどれだけ経過したかわかるようになる道具で、現在のような状況ではありがたい道具だろう。値段は千コルジと駆け出し時代には高かったので買わなかったのだ。

「売店にあったんだっけか? 買って帰ろうぜ」
「そうしようか」

 その後一時間かけてダンジョンを出て、売店で魂稀珠と手に入れた材料アイテムを売っていく。ちなみに今日の探索時間は八時間四十分といつもより少しだけ早上がりとなった。
 今日の収入は六千七百コルジ。一人千コルジずつわけて、残りパーティー共同管理としてセルシオの腕輪に放り込む。減る一方だったセルシオのお金は、最近維持されるようになっていた。
 タイマーも忘れずに買って、リジィの腕輪の中に入れた。見た目懐中時計のようで、ダンジョンに入ると一本だけの針が、動き出し十分刻みでその時の時間を示す。腕輪の中に入れてしまえば、いちいち取り出さずともステータス画像を開いて時間経過を見ることができるようになる。
 明日は休日で、その次はオータンと一緒にエンキスへ行くことになっている。以前行けなかった穴埋めということと、避暑目的だ。魔王級が原因で起きた騒動も落ち着きを見せ、今なら行っても邪魔にはならないだろうとサマスが判断した。
 夜が明けて、空に見事が入道雲が浮かび、今日も暑そうだと思える。そんな中、リジィとイオネが二人で出かけていった。
 男二人は、冷風の魔法が使われているため部屋よりも涼しい食堂で、のんびりすごしている。
 カウンターで涼を取っている二人に、セオドリアが話しかける。

「リジィがセルシオと離れて行動するのは珍しいが、どこに行ったんだ?」
「水着を買いに行ってる」

 エンキス近くの森には池があり、危険な魔物もいないため泳ぐことも可能なのだ。それを聞いたイオネが水着を買おうとリジィを誘った。リジィはセルシオに選んでもらおうと思っていたが、可愛い水着を買って驚かそうというイオネの提案に乗り、二人で出かけていった。
 そういう理由なら女二人で出かけるかと納得した。

「池で泳ぐか、涼しそうでいいな。もう何年もそういった休日とってないな」
「たまには休んだらどうなんだ?」
「半日なら休みをとってるぞ。丸一日やそれ以上は宿が心配でなぁ。まあ、この仕事を楽しんでもいるから疲れはそうそう溜まらない」
「楽しんでるなら口出すことじゃないか」

 そう言ってシデルは清酒のおかわりを頼む。セルシオは度が低く甘いジュース割りを頼んだ。
 最近はセルシオもシデルに付き合って、少しずつ酒を飲むようになった。あまり強くないので量は控えめだ。イオネも飲むので、三人で酒盛りをすることもある。
 昼間からちびちびと飲むことに贅沢を感じつつ、二人はのんびり過ごしていく。
 そして翌日、以前と同じように門に集合した四人は以前も見たメイドと御者のほかにもう一人、リジィと同じくらいの少女がオータンの背に隠れていることに気づく。
 薄い黄色の長髪を持ち、赤いリボンを毛先に結んでいる。顔を赤くしてちらちらと四人を見ている。目はオータンと同じ碧眼。顔立ちもオータンに似ている。オータンもスフリも母親似なのかもしれない。
 ウィントアの姿は見えない。仕事を受けていて街を出ているのだ。今回のことを知っていればついていくと騒いだだろう。馬車に入らないとサマスが却下しただろうが。

「シデルさんは見たことありましたかな? この子は末の娘でスフリと言います。私の気質をもっとも受け継いでいまして、恥ずかしがりやでして。今回は避暑も兼ねていますので、この子も同行することになります」

 サマスの紹介に背中から出てこず頭を小さく下げた。シデルにはほんの少しだけ敵意の篭った視線が向けられた。大好きな姉が取られるという思いからだ。リジィには年が近いこともあり、興味の視線が向けられた。

「では護衛の方をよろしくお願いします」
「はい」

 シデルが代表で頷き、馬車に乗っていく。冷風の魔法がかけられており、外よりも断然過ごしやすかった。武具を着込んでいたセルシオたちは涼しい空気に助かったと表情が弛む。
 馬車はハプニングもなく進み、エンキスへと到着した。旅の間スフリとセルシオたちは、スフリの性格のせいか交流は少なかった。
 馬車から降りると、空気に独特な匂いが混じっていることがすぐにわかる。

「これは薬の匂いですよ」

 首を傾げているセルシオを除いた三人にオータンが説明する。セルシオは医務室と似た匂いだと気づいていた。

「作っている薬の匂いが漏れ出しているのか?」
「それもあるでしょうが、虫避けなどで薬を常に撒いていますから」
「ああ、それでか」

 季節に対応した薬を撒いているので、匂いも季節ごとにかわる。それもこの村の風物詩だろう。
 納得したところで、四日ほど滞在する宿に向かう。既に連絡して予約は取っている。中部屋二部屋だ。男と女に分けられている。避暑目的でほかにも客がいて多くの部屋が取れなかったのだが、警備の名目でもイオネとリジィがオータンたちと一緒になるのはいいことだろう。
 部屋でのんびりとしている御者以外が女部屋に集まり、これからのことを話していく。

「まずは村長に挨拶です。その後に薬を購入していき、自由時間といった感じになります。村長の家の中には私とシデルさんの二人で入ります。イオネさんは家の前で待機してください」
「わかりましたわ」
「スフリとララムは宿で待っていて。散歩に出る程度には自由に動いていいわよ。セルシオさんとリジィちゃんは二人の護衛をお願いします」

 わかりましたとセルシオたちは頷いた。
 ララムというのはメイドの名前だ。シーズンズ家で働き出してそろそろ五年になる。
 御者が先触れ使者として手紙を届け、オータンたちはその間に三十分ほど休憩し、宿を出る。
 宿に残ったセルシオはそのまま女部屋の窓際に立って、周囲の警戒をしている。リジィもセルシオの隣に椅子を持っていって、時々話しかけながらリジィなりに警戒している。
 そんなリジィをスフリがちらちらと見ている。リジィはなんだろうとは思っているが、気にせず兄の隣にいることを優先する。
 オータンたちが宿を出て、二十分経ちスフリが動きを見せる。そろそろとリジィに近づき、二十畳の部屋の中を一分近くかけて移動し、リジィの前に立った。

「あ、あの」
「なに? ……なんですか?」

 仕事中だと丁寧に言い直す。
 そっけない返事にあーうーと言葉にならない声を漏らし、視線はあちこちへと定まらない。

「な、なんでもないです」

 そう言ってララムのもとへ戻って、ララムにしがみつく。
 リジィはそんな態度を見ていたが、すぐに興味をなくしたようにセルシオへと視線を戻す。
 セルシオはなにがしたかったのかと首を傾げていて、ララムはセルシオとリジィに詫びを込めた視線を送った。表情には苦笑が浮かんでいた。
 そしてまた十五分経って、スフリは小さくララムに話しかけて、今度はララムと一緒にリジィに近づく。

「さ、散歩行きたいから」
「わかりました」

 リジィは頷いて椅子から立つ。まずはセルシオが部屋から出て、リジィ、スフリとララムといった順で部屋を出る。しっかり鍵を閉めて、四人は宿を出た。
 避暑地になるくらいなので、アーエストラエアよりは涼しいが、それでも暑いことにはかわらない。
 そんな外で、四人は動かずじっとしている。どうしてかというとスフリが動かないからだ。メイドは付き添いで先導はしないし、セルシオたちも護衛が移動しなければ動けない。

「お嬢様?」

 一分ほどはどこに行くのか考えているのだろうと思っていたが、二分経ちどうしたのかと思いララムが話しかける。

「な、なに?」
「歩かないのですか?」
「歩くけど、どこに行けばいいのかわからない」

 自身で決めるということは苦手なのだ。
 そういうことかと頷いたララムは助言することにした。

「散歩ですから、好きに歩いていいんですよ。目的地なんて決めなくていいんです」
「じゃあ、あっちかな」
「では行きましょう」

 スフリはちらりと後ろにいるリジィを見てから歩き始める。
 村の規模は千人ほどか、栄えているといえる様子で、賑やかだ。武具屋や道具屋といった傭兵向けの店はほとんどない。避暑に来ている者たちが日陰の作られた専用のスペースでのんびりと過ごしている。アーエストラエアは建物でいっぱいで石の街といった感じだが、エンキスはあちこちに花壇や植樹があり植物の村といった感じだ。
 薬と土と植物の匂いの満ちる村を、四人はスフリのペースに合わせて進む。
 少し汗ばんできた四人の視線に、ジュースを売っている屋台が見えた。スフリがくいっとララムの袖を引っ張り、屋台を指差す。

「ジュースを買いに行こうと思いますが、お二人の分も買ってきましょうか」
「そうですね、お願いします」

 メニューはここからも見える。スフリはリンゴ、リジィはオレンジ、ララムとセルシオは麦茶に決めた。セルシオたちはお金を渡し、ララムは屋台へと歩いていく。
 トレーに載せて、運んできた飲み物をそれぞれ受け取り、日陰の下で飲んでいく。良く冷やされた飲み物が若干火照った体を中から冷やしていく。

「兄ちゃん、こっちも飲む?」
「ん? いいの?」
「麦茶も飲ませて」
「いいぞ」

 コップを交換して飲む二人をスフリはじっと見て、小さく頷く。

「あ、あのこっちも飲む?」

 リジィに自分のリンゴジュースを差し出す。それをきょとんした顔で見て、首を横に振った。

「オレンジジュースと麦茶で満足したから、いらないです」
「そ、そう」

 しょんぼりとした表情で、リンゴジュースを飲んでいく。その様子を見て、オレンジも飲んでみたかったのかと思ったリジィは、またセルシオと交換してもらう。

「飲みたかったらどうぞ」

 差し出されたジュースとリジィを交互の見ていく。
 頬を赤くして嬉しげに受け取ったジュースをコクコクと飲んでいく。それを見て飲みたかったんだなと考えがあっていたことを確信した。まあ、その考えは間違っていたが。
 セルシオとリジィは麦茶をはんぶんこにして飲み終わり、ララムが全員のコップを屋台に返す。
 ララムが戻ってきて歩き出すと思われた四人は、再びその場に止まる。一分が過ぎて、また話しかけた方がいいのかなとララムが考え出した時、スフリがリジィに話しかける。

「と、ととと隣歩かない?」
「どうして?」

 本当にわからないと首を傾げ聞く。
 それに返答できず、あたふたと戸惑う様子を見せる。

「歩いてやったらどう?」
「兄ちゃん?」
「たぶんだけど、お嬢様はリジィと仲良くしたいんじゃないか?」

 リジィはスフリを見てそうなのと首を傾げる。それにスフリは勢いよく首を縦に振る。
 さっきのジュースもオレンジジュースが飲みたいわけではなく、交換で仲良くなるきっかけになればと思ったのだ。隣を歩くこともそうだ。しかしセルシオが一番なリジィは空気を読み取ることなく、スフリの仕草を気にすることもなく、気づかなかった。誰かが指摘しなければ気づかないままだっただろう。
 セルシオとしてはスフリのこういった行動は歓迎できるものだ。一緒に暮らし始めて半年以上になるが、いつも自分たちと行動して友達がいる気配が皆無だった。村にいた頃は、友達はいたので人付き合いが苦手というわけではない。
 セルシオもミドルとアズとイオネといった友達以外に同年代で友と呼べる者はいないが、皆無ではないのだ。探索という殺伐とした日々を送っているので、少しでも普通の日々を送ってもらいたい。

「仕事中だから」

 期待の篭った目で見るスフレに、そう言ってリジィは隣には行かない。

(空気読まない子だっけ?)

 困惑気味にリジィを見るセルシオ。
 ララムはほんの少しだけリジィを責める目で見ている。恥ずかしがりやなスフリがこれだけを言うのに、かなりの勇気を必要としたとわかっているのだ。けれど仕事中ということも理解できるので、大きく責める気も起きないのだ。
 肩を落としたスフリを見て、セルシオはフォローすることにした。

「仕事ならより近くにいた方がいいよ。ついでに手も繋いだら、いざという時に一緒に逃げることもできる。兄ちゃん、仕事をきちんとこなすリジィを見てみたいな」

 これだけ平和な村だ、一緒に逃げるような事態にはならないだろうと思っているので、完全に友達作りのための言い訳だ。
 リジィも何かあるとは思っていない。だがセリフ後半部分に反応し、考える様子を見せた。仕事を完遂して褒められるところを想像し、少し表情が弛む。
 スフリの隣に移動して、手を差し出す。

「いいの?」
「うん」

 差し出された手を恐る恐る握り、スフリは笑みを浮かべた。
 上機嫌なスフリを見て、ララムはセルシオに感謝を視線で送る。それに小さく頷きを返した。
 これをきっかけに仲良くなっていってほしいとセルシオとララムは考える。あまり周りフォローしすぎるのも今後の関係に良い影響を与えないだろうと思うのだ。
 スフリが言葉少なに話しかけ、それにリジィが答えつつ、散歩が続く。
 一時間の散歩を終えて宿に戻る。オータンたちの用事はまだ終わっていないようで、部屋にいなかった。
 散歩で一緒に歩いたことである程度慣れたのか、部屋でもスフリはリジィの隣にいる。会話らしい会話はないのだが、それで満足しているようでスフリの機嫌はいい。リジィもあれこれと干渉してこないスフリを邪魔には思っておらず、隣に座るくらいは気にしていない。
 二十分ほど経つと、村長との面談を終えたオータンたちが帰ってくる。

「あら?」

 リジィの隣に座る、スフリを見てオータンは笑みを浮かべた。友達を増やそうとしている妹に嬉しさを感じ、邪魔にならないよう話しかけるようなことはせずそっとしておく。

「少し休んだら、薬の注文に行きますからそのつもりでいてください」

 皆にそう伝えて、椅子に座る。ララムを呼び、小声でスフリのことを聞いていく。
 そうして三十分ほど休んで、皆で宿を出る。スフリはリジィのことを気にしていたようだが、オータンの隣を選んだようで、手を繋いで歩いていく。リジィはセルシオの隣に戻って期待したような目で見上げる。

「手を繋ぐ?」
「うんっ」
「……まあ、いいか」

 差し出された手をリジィは上機嫌で取る。
 一行は四軒の店を回っていく。注文は決まっているので、それが書かれた書類を出して数と値段の間違いがないか確認していく。
 その後は新商品や掘り出し物の紹介となる。店側が売りたい物の紹介を真剣にオータンは聞いていき、詳しい効果や副作用がないかと質問していく。最後に値段を聞いて、問題ないとわかれば試しに少量だけ仕入れる。
 どの店でも同じことを繰り返し、夕暮れに仕事を終えた。あとは用意された薬の受け取りと休暇だ。
 夕食は宿で準備されているので、屋台や食堂にはよらず、少しだけ散歩して宿に戻る。
 メニューは薬効のある香草を使った鳥肉の竜田揚げ、根菜のスープ、薬膳サラダと植物を使った料理がメインで、薬草の産地だとよくわかる。一ヶ月も滞在すれば、いくらかは体調がよくなりそうだ。
 夕食を終えて入った風呂にも薬草が浸されていて、薬草尽くしだった。
 あとは寝るだけとなり、着替えたリジィは部屋を出ようと扉に向かう。

「リジィ? もしかしてセルシオのところに行きますの?」
「うん」
「たまには一人で寝るのもいいものですわよ?」
「一人より兄ちゃんと一緒がいい」

 そう言って部屋を出て行った。
 出て行くリジィを見てオータンは微笑ましそうに笑む。

「本当に仲の良い兄妹ですね」
「少し複雑な家庭事情ですからね」
「家庭事情といえば弟さんは無事でしたか?」

 イオネは無言で首を横に振る。それを見てオータンは目を伏せる。

「……そうでしたか、残念です」
「両親もわりと駄目人間で、二人だけの家族ですから互いに大事に思うのも当然ですわね」

 少しどころではない家庭事情がありそうで、それ以上は誰も聞かずにベッドに入っていく。
 夜が明けて、午前中は宿でのんびりと過ごし、昼食用のサンドイッチなどを購入し、池に向かう。今日も日はさんさんと照りつけていて、水浴びは気持ちよいものとなるだろう。
 池は遊びやすいようにある程度整備されており、セルシオたちのほかにも水浴びしている者たちがいる。

「では着替えてきますわ。覗いた場合は鉄拳ですわよ?」
「覗かないから着替えて来い」

 さっさと行けとシデルは手を振る。女用の更衣室は布で覆われているだけで、見張りを上手く掻い潜れば覗き可能なのだ。男はそんなものはなく、そこらの茂みで着替えている。
 荷物番もあり、セルシオとシデルは交代で着替えてくる。
 シデルもそうだが、ほかの者も傷跡がついた者はそう多くはない。薬と治癒魔法で傷を残さず治すので、傷が残るのはよほどの怪我をした者かまともな治療を受けられなかった者となる。両腕に傷跡があるセルシオはわりと目立つのだが、夏となり薄着で隠せなくなり、風呂でも見られるので気にならなくなっている。

「その傷ってレベル500のやつにぶった切られたんだよな?」
「うん。一本目はすごく痛かったけど、二本目は痛みを感じなくなってたような気がする」
「気がする?」
「よく覚えてないしね」
「斬られたことなんか覚えていたくもないか」
「ないね」

 そんなことを話して二十分弱。女たちがやってきた。
 オータンはさすがのボリュームで歩くたびに揺れていて、男たちの注目を集め、恥ずかしげに胸を両腕で押さえている。朱色のビキニとパレオと薄手のパーカーという姿だ。本当はワンピースを買おうとしたが、胸まわりがきつくビキニとなった。
 ララムはカラフルなボーダーのタンクトップに紺のホットパンツ。スタイルはイオネ以上オータン以下という普通。
 スフリは白のワンピースというシンプルなものだが、似合っていた。十一才にしては大きめな胸の膨らみがあるのはさすがオータンの妹ということなのか。
 イオネはグレーのセパレーツ。すらりとつつもしっかり肉のついたスタイルだが、胸もすらりとしていた。胸はスフリに僅かの差で負けていた。
 リジィもイオネと同じくセパレーツ。だが小さなフリルがついていて、色は空色。スタイルは丸みを帯びだして、この半年で子供から少女へと成長していた。改善された食事事情のおかげだろう。

「兄ちゃん、どう?」

 駆け寄ってきたリジィがセルシオの前でくるりと回る。髪が一拍遅れて、ふわりと広がり元に戻る。
 少し恥ずかしそうにしつつも期待もしているようなリジィを、頭から足先までゆっくりと見て、

「うん、可愛いね。似合う」

 と正直な感想を言う。それにリジィはぱぁっと嬉しげな笑顔を浮かべた。

「よかったですわね、リジィ。ついでに私はどうですの?」
「似合う、のかな?」
「どうして疑問系になるのかしら」
「あまりじっくり見るのも悪いから?」

 少し恥ずかしさもある。微妙に照れているのにイオネは気づき、にやりと笑う。

「異性に興味がないってわけじゃないんですのね」
「?」

 それにセルシオは不思議そうな表情となる。
 イオネは期待したような反応が返ってこず首を傾げる。性的な興味があるのだなとからかったのだが、違ったのかと思う。
 セルシオの性観念は豊富とはいえない。イオネの水着姿に照れたのも、同年代の肌露出の多さに照れただけで、性的魅力という部分ではそこまで感じてはいない。
 ずっと畑仕事をしていて、その後は探索。性知識など入手する暇がなかったのだ。子作りをどうやるのかすら、うっすらとしかわかっていない。文字が読めないのでその手の本から知識を得ることはなかったし、仕事が忙しく友達と遊ぶことは少なく会話で知識を得る機会もなく、疲れを癒すため夜はぐっすりで両親の情事を見ることもなかった。
 家が牧畜をやっていれば自然とわかったのだろうが、農作物だけだった。
 初めての生理の時にミラダから教えられたリジィの方がまだ知識はある。
 男としてどうなんだという感じだが、本人も周囲も気づいていないのでどうしようもない。

「まあ、いいですわ。水辺に行きましょう?」
「そうだね、リジィ行こう」
「うん」

 スフリとララムも誘い、冷たい水に足をつける。シデルとオータンは邪魔しては悪いような雰囲気なので、二人だけにしておいた。
 水をかけあったり、少しだけ深い場所で泳いだりと楽しんでいく。
 セルシオとララムは浅瀬に座り休んで、イオネは覚えたばかりの平泳ぎで池を横断し、リジィとスフリは砂山ならぬ泥山を作って遊んでいる。そうやって遊ぶ程度には仲は良くなったようで、オータンとシデルはその様子を微笑ましそうに見ていた。

「ん?」
「どうしました?」

 急に木々の方を見たセルシオにララムが尋ねる。セルシオの目つきは鋭くなっている。

「魔物がいるかもしれない」
「魔物ですか!?」

 楽しんでいるところ悪いと思いつつ、遠くを攻撃できるリジィを呼ぶ。警備が対処するだろうと思っているが、念のため自分たちでも対処できるようにと考えたのだ。
 リジィは汚れた手を洗って、すぐに近寄ってくる。スフリも一緒だ。

「なに?」
「魔物がいるかもしれなくて、指した方向に雷線を使えるように準備しておいて」
「わかった」

 示された方向へ手を向ける。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。手を上げたら雷線を飛ばして」
「気をつけてね」
「わかってるよ」

 そう言ってリジィの頭を一撫でして、三人から離れていく。手には持ってきていた剣を握っている。
 気配は抑えられているが、隠しきれてはいない。林に近づくと魔物もセルシオに気づいたのか、飛び出してくる。腕が四本ある猿型の魔物で、大きさは猿より少し大きい程度。

「四つ手猿か」

 本で読んだことがあり、大雑把な強さはわかっている。これなら一人で対処可能と合図は出さず、戦っていく。
 その様子は周囲の者たちも気づき、注目が集まる。

「魔物が出ましたの?」
「みたい」

 異変を察し池から上がってきたイオネがリジィたちに近づいてくる。

「猿型の魔物は知恵が回るのに、すぐに見つかるのは違和感がありますわね。一匹だけだからハグレが自棄になったのかしら」
「兄ちゃんが鋭かったんじゃ?」
「まあ、そうかも……後ろに!?」

 戦いが起きている場所とは真反対の方向にイオネは複数の気配を感じ取った。
 つられて三人がそちらを見ると、同じ魔物が木々の向こうから姿を現しているところだった。一匹を囮に不意をつこうとしたが、気配を隠しきれず見つかった。
 咄嗟にリジィはそちらに手を向けて、雷線ではなく散雷光を放つ。セルシオが準備しておくように言ったおかげで、魔物に気づいて動こうとした者の中で一番動きが早かった。
 雷に薙ぎ払われ、魔物たちは来た道を戻っていく。

「お手柄ね」
「兄ちゃんが気づいたから、いつでも雷術使えるように準備できてた」

 木々の向こうを鋭く見ているリジィの表情に、スフリは見入っている。
 セルシオも猿を倒し、リジィたちのもとへ戻ってくる。引っかかれ怪我はしたが、治癒魔法で既に治してある。
 魔物を追い払ったリジィをよくやったと褒め、それにリジィは嬉しげな笑みを浮かべた。
 警備たちはしばらく周囲を警戒していたが、遊びに来ていた者は騒動は終わったと落ち着きを取り戻していく。
 少し騒がしかったが、水浴びは楽しむことができ、宿に戻る。少しぼんやりしているスフリにオータンとメイドは首を傾げたが、疲れたのだろうとその場は追求することはなかった。
 夕食が済み、風呂にも入って、再びセルシオのもとへ向かうリジィを、スフリは寂しそうに見ていた。そんなスフリを見て、オータンが悪戯めいた笑みを浮かべて聞く。

「リジィちゃんと一緒に寝てみたい?」
「え? 一緒に?」

 少し考えて、両手を頬に当てて顔を赤らめた。
 一緒にいることは慣れたが、さらに近くで過ごすのはまだ無理かとその様子で察する。

「楽しいかもしれないし、一度くらいは頼んでみたらいいのかもね」
「む、無理だよ!」
「ほかの人と寝るところが想像できませんし、難しいかもしれませんわね」

 スフリの言葉に同意するようにイオネが頷き言う。
 魔王級との戦いの後でイオネはリジィと一緒に寝ているのだが、あれはリジィが寝ている間に移動させられただけで、自分から隣に行ったわけではない。

「このまま仲良くしていればうちに泊まることもあるかもしれないし、その時に一緒に寝るってことがあるかもしれないから、まったく機会がないってわけでもないと思うわ」

 可能性としてはゼロではないなと思いつつ、イオネは頷いた。
 雑談は続き、夜が更けていった。
 予定を消化して、一行はシーズンズ家までもう少しというところまで戻ってきていた。今回の交渉結果はサマスに報告するまでわからないが、オータン自身は可もなく不可もなくといった感触だ。サマスの出す結果は、オータンの予想をやや下回るものだった。もう少し値切れたことや、以前似たような薬を仕入れたことがあり必要ないと判断していたという点がマイナス点だった。
 シーズンズ家に到着し、護衛の仕事はそこで終わる。あとは報告と報酬を貰い、解散だ。
 報告や報酬受け渡しは滞ることなく終わる。両者ともに吹っ掛けることや値切ることがなかったからだ。
 帰るセルシオたちを見送るためオータンたちは玄関まで付き添う。
 玄関を出たリジィに、スフリが駆け寄る。

「またっ家に来てほしい、一緒に遊びたいから……」

 最初は勢いよく、徐々に小さくなっていきながらも思ったことを最後まで伝えきった。
 スフリの積極的ともいえる行動に、サマスは驚いた表情を浮かべた。仮面で誰も気づいていないが。
 リジィは考え込む様子を見せる。それをスフリは不安そうに見ている。

「時間がある時なら」

 セルシオと一緒にいること最優先だが、少しくらいならいいかなと思い頷いた。

「……うんっ! 待ってる」

 笑みを浮かべ、思わずといった感じでリジィの手を取る。そして顔を赤くしてすぐに放し、オータンの背に隠れた。
 スフリに一度手を振って、セルシオと並んで歩き出す。その後ろをイオネが歩き、シデルはオータンに声をかけて三人を追って歩き出した。
 四人が門を出て見えなくなり、サマスはスフリに話しかける。

「友達になったのかい?」
「たぶん」

 スフリが自信なさげに頷く。オータンに視線を向けると小さく頷きが返ってきたので、友達であっているのだろうと判断した。
 サマスは末娘の頭に手を置いて、ゆっくりと撫でる。それをスフリは目を細めて気持ちよさげに受け入れる。

「仲良くするんだぞ?」
「うん」
「リジィといったか、どんな子なんだ?」
「かっこいい」

 頬を赤らめて出たその言葉に、オータンとララムが首を傾げた。もっとほかに目立つ特徴があったし、かっこいいというよりは可愛いという表現の方が似合うと思ったのだ。

「かっこいいのか」
「うん。たくさんの魔物を一人で追い払って、その時の雰囲気と顔がかっこよかった」

 池での出来事を思い出したか、頬に手を当て恍惚とした表情となっている。それが恋する乙女のようで、三人は疑問を抱いた。

「友達なんだよな?」

 サマスはオータンたちに確認するように聞くが、今のスフリの様子を見て断言はできなかった。

「友情を一歩通り越したのでしょうか?」
「……わからないわ」

 ララムの言葉に、オータンはそう答えるしかなかった。
 とりあえず今後の経過に注意しておこうと三人は視線のみで会話し決めた。
感想誤字指摘ありがとうございます
スフリは予定では強気お嬢様だったんだけどなぁ。なぜに百合候補に

》ナリキド
一般人からすれば大人しくても怖いですから、どうしても排除方向へ考えてしまいます
助かる方法は、アカデミーに連絡した場合でしょうか。観察対象として引き取られた可能性があります
ナリキドが仲間というのは考えてなかったですね。いたらしばらくナリキド無双でしたね

》そろそろ主人公にもなにかしら活躍?の場を
あれですよ。粘着液で攻撃のアシストしました! これじゃ駄目ですか?
もっと先ですがチート持つんで、それまでは努力する凡人で。もったらもったで大変なんですけどね
次の話で活躍するかも

》妹パターンでも死んでたのかな
リジィが家に残った場合でも、同じ展開だと思います

》人の親か本当にw
両親は書いてたらなんでかそっち方向へと進んでしまいました。こういうのもキャラが動いたというのでしょうか?
もう少し大人しくて、弟と一緒に畑を耕して暮らし続ける予定だったんですが

》さ、最終話の話が!もしかしてもうすぐ終わるの?
まだ終わらないです。最低でもあと十話は続きます、二十話はわかりません。三十話はいかないと思う
今のペースが保てるなら八月には終わってそうです

》意識さえ無かったのでしょうか
そうですね、なかったと見ていいと思います
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