ゴーレムマスター師弟、新たなマスターに出会う(5)
直撃こそ免れたものの、束になった十本もの火焔の噴流は巨大な爆風となってパイリンを襲った。離れた位置にいた二人は熱風に一瞬息を詰まらせただけですんだが、周りに転がっていた強盗団員の骸は一斉に火葬され、一方パイリンはヘルツマンごと宙に舞い、先ほどのゲアリック同様、バルコニーの手摺りを越えて墜落していった。
「師匠!」
残された二人が見上げると、円を作って飛行する、十匹の戦爆竜。そのうちの一匹が舞い降りてくる……乗っているのは、ゲアリック!
「危なかったぞコラァ!下にこいつがいなかったらどうなっていたことか」
どうやら落ちる途中を戦爆竜に拾われ、助けられたらしい。残る九匹を駆るのは死霊から逃れた手下たちと、残っていた見張り役の一人なのだろう。
「まったく……やってくれたもんだぜ!手下の半分を獲られちまうとは!」
墜落していったパイリン+ヘルツマンも心配だが、今この瞬間の自分たちの命はもっと危険、と判断したアントンは、ゲアリックに向けて叫んだ。
「ボ、ボクらを攻撃すると、タタ大変なことに……」
「あ~、そうだな、お前ら帰ってよし」
「……ハイ?」
「別に俺様がお優しいってワケじゃねえよ。こちとらドラッケンマスターであってエクソシストじゃねえから、そっちの娘に憑いてる死霊どもに対抗できねえ」
「えと、ボクもいいんですか?」
「憂さ晴らしにお前をぷちコロしてやってもいいんだが、それやって死霊が襲ってきたら割りにあわねえんだよ!さっさと失せろ!」
なるほど筋が通っている、わかりやすく潔い。意地になって無理を通そうとせず合理的な判断ができるのも、あっちのゲアリック(従弟)と似ている。まあこっちの保安官に対しては理不尽極まりなかったけど。
「だがあいつの死体はもらっておくぞ。あいつだって賞金一千万コーカの賞金首、落とし前としていただいておかにゃあならんからな……
ああッ!しまった忘れてたッ!!生かして捕らえねえと一千万は出ねえじゃん!?うわドジこいた、死体でも半額くらいは出るんだったけ?」
「でもパー子さん、まだ死んでないデスよ」
唐突にエンジェラが口を挟んだ。
「オイオイ、俺と違って助ける者もなく、この高さを墜ちていったんだぜ?」
「だってパー子さんの幽霊が昇天していってないデス。あたし、ゴーストマスターだからそーゆーの見えるんデスよ~」
危険は無くなったと判断したのか、もう満腹になったのか、二匹の死霊はもとの大きさと姿に戻り、エンジェラの頭の脇で彼女の言葉に同意するように頷いている。
あと師匠はたぶん地獄落ちだから、天に昇ってはいかないと思うなあ、とアントンはまたも不敬なことを思ってしまう。
「まさか……」
「まさかではな~い!」
突然、下の方からパイリンの声が響いた。そして、テラスの端からゆっくりとせり上がってくる、ヘルツマンに入ったままのパイリンの姿が!
「て!てめえ一体どうやって!!」
「オレの背中に大注目~」
何なんだ?とゲアリックが首を傾げると、パイリンの後ろを飛んでいる戦爆竜の乗り手が声を上げた。
「親分!根です!いや蔦か?とにかく鎧の背中から何かがが!」
何い、と唸ったゲアリックも竜を羽ばたかせ、パイリンの後ろに回り込んだ。はたして、ヘルツマンの背後から、うごめく無数の触手が生えていた。
そう、心臓を中心に発生し、近くで見ると工業製品のケーブルのように記号や数字が書かれた、ゴーレムを作り上げる「神経」が伸び、大木の幹に食い込んで、さらに広がりつつあるのが見えたのだ!
「何だ!わからんぞ!何なんだそれは!!」
「『呪文』!」
ヘルツマンの胸甲に見える心臓が、声に反応して光を纏う……作るのか!?今ここで!いったい何を材料に?
「『ベアタ』!『アントーン』!『ウルリッヒ』!『マアタ』!……『樹木』!!
この名を受け、静寂より抜け出で、自在に駆け得る身を成すべし!」
「『呪文確認』……『承認』」
新しい呪文がまだ見ぬゴーレムを作りあげ、「何処」から来る「何か」の意識を呼び覚ます!大木の幹に広がった触手は、さらに太い枝や根のような盛り上がりを発生させ、それらが複雑に絡み合いながら、巨大な四肢を持つ人の形を組み上げ、それが幹から抜け出るように顕現する!!
そして完全にその姿を顕したゴーレムは、胸の部分に現れる例の巨大な「目玉」の中に、ヘルツマンをパイリンごと取り込んでしまった。
「バウム!ゴォォォォォォォォォレムッ!!」
ゴーレムの中よりパイリンの声が響き渡る。
GOOOOOOOOOOM!
それは絡み合った太い樹木で作られた四肢と、長く細い枝を髪のようになびかせた、全高十メートル程のゴーレムであった!
胸の枝の隙間から覗く、意志を感じさせる「目玉」の他に、頭部のずっと小さな二つの瞳が覗いているが、シュタイン・ゴーレムの左右非対称で虚ろなそれと異なり、こちらもまた、何かの意志を感じさせる輝きが見える。
「ゴッ!ゴゴゴゴーレムマスターだとう!?」
お約束的に驚愕し声を震わせるゲアリック(従兄)。
「わはははは、第四世代ゴーレム、新たなる技術的挑戦に大成功!」
パイリンは上機嫌である。ゴーレムの胸の中、絡み合った枝で鳥籠のようになった……いや文字通りの鳥籠そのものの中で、ヘルツマンの鎧は変形し、安楽椅子のように展開している。
そこに腰を下ろしたパイリンの、首のチョーカー中央についた大玉のルビーには、エネルギー体である「何か」との感覚を共有する機能がある。現在は巨大な目玉を通して見たものがパイリンの首の宝石に送られてきて、それが彼女の自身の視覚を直接乗っ取るようにして外の風景を見せているのだ。
「初めてやってみたが直接搭乗方式も悪くないな。使い手が直に攻撃されることがないし、近いせいか『何か』との意志の疎通が良くなった感じだし」
ゲアリックたちなどほったらかしで、新しいゴーレムの機能を確かめるのに夢中のパイリン。だが、強盗団の連中はほっておく気は無いようだ。
「ゴーレムマスター!なるほど賞金一千万コーカなワケだ!!こんな見たこともない新型ゴーレムを操るのなら、そいつも納得だぜ」
ゲアリックの手振りに合わせ、十匹の戦爆竜は再び周回飛行を始めた。バウムゴーレムを取り囲み、先ほどパイリンに向けて浴びせかけた炎の噴流の集中砲火が来る!
「ふむう……こりゃあ『何か』の意志だけじゃあないな。このゴーレムを動かしている、もう一つ、生きている者の意志が混じっているぞ」
敵の攻撃を受けながら、パイリンはまだ新ゴーレムの研究中のようだ。今回のゴーレムは生木とはいえ樹木、果たして炎の集中砲火に耐えられるのか?
「そうか!こいつのベースである大木の意志だ!自分を刻んでアジトに使い、さっきは火まで放ったあいつらに対する怒りが伝わってくるぞ。そして自由に動ける身になったことに感激している……これは直接乗って操作してみないとわからないことだわな。新しい発見しちゃった、メモメモ」
などといいながら懐から手帳を出し、記録を始めるパイリン。あんた今、戦闘中ですよ?そんなことをやっているうちに、十匹の戦爆竜は空中で直立するような姿勢でホバリングをはじめ、一斉にあげた鎌首をゴーレムに向ける。そして下顎から突きだした突起の先に生体電流が流れ、生じた火花が口から噴き出す高圧ガスに引火!
ボウン!と破裂するような音とともに、十本の炎の噴流がゴーレムめがけ突進し、一つにまとまり全てを焼き尽くそうとする!
「爆伸指鞭!」
パイリンの叫びに応えた「何か」と大木の意志は、バウムゴーレムの手にあたる部分にから生えた、左右四本ずつの指に相当する蔦の絡んだ枝を、信じがたい速度で成長させた!それはまるで八本の巨大な鞭!同時に振り回されたそれらは、空気をかき回し、火炎ガスの噴流を横殴りに散らして威力を削いだ!
「ちなみに技名は今考えました!」
いやそんなことは誰も聞いてない。というか、この技名絶叫は「何か」に命じる事を、発声によってより明確化するためのものなのだろう。
そして更に伸び上がったその鞭が、炎と煙の幕を突き破り、二匹の戦爆竜を捕縛する!左右の手に捕まれた格好になった戦爆竜は逃れようとするがかなわず、翼の動きを封じられ失速、石のように地面めがけて墜落し、乗っていた使い手もろとも絶命した。
生き残りの、ゲアリックのも含めた七匹は、鞭の射程外に逃れ手をこまねいた。この距離では炎が届かない。あまり離れてしまってはガスの噴流が空気抵抗で散らされてしまうからだ。
「クソッ!こいつは戦爆竜でどうにかなる相手じゃねえ!機甲竜の出番だぜ!お前ら、時間を稼げ、『シュッツヒェン』を連れてくる!!」
ゲアリックの言葉に、手下どもは勇気づけられた。彼ら強盗団最強の竜、かつての大戦で「砦殺し」の異名をとった巨竜が参戦するのだ。
ゲアリックの竜だけが戦線離脱するのを見たパイリンは一瞬逃げたか?と思ったが、手下どもの動きに動揺が見られないのを見、何かやる気だな、と直感する。
「なら、タラタラやってねえで、雑魚を一掃してやろうじゃねえか!」
今度はゴーレムの「頭」から髪の様に垂れ下がった蔦や枝の表面に、次々にたくさんの変化が生じる!芽を吹き、花が開き、種ができ……植物にとっての数ヶ月の時間を十数秒で完了したバウムゴーレムは、一斉にその「髪」を逆立てる!
「撃発種弾!」
連続して響きわたる炸裂音!そして大きく硬い種の礫が逆さまの豪雨のように七匹の戦爆竜に浴びせられ、戦爆竜の薄い翼を難なくちぎり飛ばした!一瞬にして手下どもとその竜は空中からその姿を消し、地表に残骸のような骸を晒した。
*
少し離れた湖の上空で、立て続けの破裂音を耳にしたゲアリックは、手下どもの全滅を直感した……しかしこのままでは終わらない。木でできたゴーレムなど、機甲竜の敵ではない!ゲアリックは、それだけは絶対の確信をもって思った。
「シュッツヒェン!出てこおぉぉぉぉい、この大食らいめ!!」
湖全体に響き渡ったのではないかと思われる銅鑼声に応えるかのように、眼下の水面が渦巻き始める。そして、ゆっくりと浮かんでくる巨大な影こそが……。
*
「パー子さんすご~い!すごいすごいすっご~いデス!!」
なんとも語彙が貧弱というか、いや彼女の場合ピュアと言ってやるべきなのか?大木から地上に降りたエンジェラからの賞賛に、ゴーレムの胸からのぞかせたパイリンの顔は得意満面。アントンもワクワクしながら新しいゴーレムを見上げている。
「はっはっはっ、もっと褒めるがいいぞ下僕ども。だがしかし、まだゲアリックの野郎がどっか行ったままだ。ぜって~何か仕掛けてくるから油断大敵、火が……」
と言ったところに、空気を裂いて何かが飛んできた。それは……巨大な火球だった!
バウムゴーレムはこれを危うく躱すが、足下に落ちた巨大火球はつぶれて飛び散り、辺り一面を炎と黒煙に包んでしまった。
「うおッ!なんかちょっと気を緩めると、すぐに火がボーボーの法則!?」
なんだそりゃ?……いや、思えば昨日からそのパターンの繰り返しのような。そしてその原因はいつも決まって……
「こいつの火球を防げるかな、ゴーレムマスター!さっきのとはワケが違うぜ」
ゲアリック!その声は、100メートルほど先の林の中からだった。そして重い地響き、次々に折れる木の音、それに続く低いうなり声……
GROOOOOOOOOOW
姿を現したのは四つん這いで歩く巨竜、ふんばった太い四つ脚の先に輝く爪、長い尻尾の先端に付けられた鉄球が一振りで林を薙ぎ、頭には鼻先に続く先のとがったヘルメット。そして、背中には鋼鉄の鋳物で作られた、亀甲状の重装甲を背負っている!
「機甲竜・シュッツヒェン!」
物言わぬ竜に代わって、使い手たるゲアリックが名乗りをあげる。竜の首の後ろ、鋼の亀甲の上に装甲で守られた小塔があり、そこから直接竜を操れるようになっているらしい。
「前の大戦じゃ、海辺や湖、川沿いの城や砦を攻略するのに活躍した巨竜よ!身に纏った装甲は、砦の上からの攻撃をものともせず、その体重はぶつかるだけでいかなる城壁をも突き崩す!そして……」
ゴボッと竜が喉を鳴らす。そして鼻先をゴーレムに向けると口を開け、何かを勢いよく吐き出した!
「火痰弾!」
「炎」ではない、「痰」である。射出の寸前、吐き出したゲル状の油脂の固まりに、鼻先から分泌された体液が降りかかる。これが飛行中に化学変化を起こし火球となり、命中したものにベッタリとまとわりつく!水をかけても消えない炎は、高温でじわじわと敵を焼き尽くすのだ!
幸い山形に飛んでくる弾道で初速も遅く、再び直撃は免れた。しかし飛び散った油脂のせいで、やはり周りは炎に包まれ、このままでは逃げ場が無くなってしまう。
「痰を吐いて鼻水で点火……なんてサイテーな竜なんだ!え~んがちょ!」
そう言っちゃうとミもフタもないだろ。しかし、この攻撃が木でできたゴーレムにとって非常に危険なのは間違いない。戦爆竜のガス炎噴流と異なり、振り払って消せるものではないからだ。それに加え……
「撃発種弾!」
再び種の礫が放たれる!しかし、機甲竜の背負った巨大な鋼鉄亀甲は、いくら硬く大きいとはいえ、植物の種をぶつけられたところでどうということもない。
「なら爆伸指鞭!」
太い枝と蔦の鞭は激しく巨竜を打ちすえる!がしかし、負った装甲の無い部分ですら厚い外皮に守られた機甲竜、その程度では如何ほどのダメージもない。これを操るゲアリックも装甲塔のハッチを閉じ、完全に守られている。
しかも鞭の一本が地を叩いた瞬間、竜の巨大な足に踏みつけられた!引っ張られ、姿勢を崩したバウムゴーレムめがけ、火痰弾が二発連続で放たれる!
そして三たび直撃こそ免れたものの、二発同時の足下への着弾は巨大な火柱と化してゴーレムを包み込んでしまった!葉から蔦、蔦から枝、枝から幹へと粘着性のある炎が燃え広がっていく。
ついに火柱そのものと化したバウムゴーレムを見上げ、アントンが叫びエンジェラが悲鳴をあげる。中にいるパイリンはどうなったのだ?
GOOOOOOOOOOM
断末魔のゴーレムのシルエットとなった炎の中から、煙を曳いてヘルツマンが飛び出してきた!下の二人の側に着地し、中のパイリンが顔を出す。
「ものすげ~アチ~ッ」
全くヒネりの無いご感想ありがとうございました。そうだよね、炎なんだからね。
「お前ら水辺に逃げてろ、これからもっとヤバい闘いになるから。もしもの場合はすぐに水に飛び込んで対岸まで泳げ」
パイリンは二人に離れるように指示し、竜の方に向きなおる。
「お別れの挨拶は済んだか、ゴーレムマスター!!そして次で死ねよ確実に」
もはや、賞金のためにパイリンを生け捕る気など完全に失せていた。殺らなければ、殺られる。上級の使い手同士の対戦に、初めから手加減の余裕などなかったのだ。
「すばらしき火痰弾の攻撃力!すばらしい鋼鉄甲の防御力!それを併せ持つ!それが我が無敗の機甲竜・シュッツヒェン!!その名を称えながら死にやがれ!」
ゲアリック親分は席に立って姿を晒し、すっかりノリノリで大絶叫。
「うん、確かに」
そんな状況の中、パイリンも余裕の表情で答える。
「たしかにすばらしい、特に装甲がすばらしい」
「ありがとう!そしてお命頂戴!」
「どういたしまして!ではそいつを頂戴!」
・・・・・・・・・・
「な、ん、だ、と?」
「「『呪文』!『ザームエル』!『テオドール』!『アントーン』!『ハインリッヒ』!『ルードヴィッヒ』!……『鋼鉄』!『呼ばれし名の、新たな姿顕すべし』!!」
一息にそう叫び、いきなりパイリン+ヘルツマンは竜めがけて猛ダッシュ!ゴーレムの筋力で飛び上がり、竜の鼻面を踏み台にして、一気に首の上を駆けその背へと達する。自分への直接攻撃か!と思ったゲアリックは装甲塔に飛び込みハッチを閉じ、守りに入るが、しかし……
「『呪文確認』……『承認』」
再びヘルツマンからゴーレムの神経索が噴き出し、鋼鉄の亀甲に食い込んだ!
ゲアリックは攻略不能なはずの鋼の装甲に、根のような触手のような正体不明のそれが、泥沼に石が沈んでいくかのごとく、容易にめり込み浸食するのを驚愕の眼差しで見た。さらに彼の潜む装甲塔すらも、浸食が始まり全体がぐにゃりと歪み始めた!
「なんだこれは!わ、わかりやすく……」
THOOM THOOM THOOM THOOM THOOM
あの分厚い金属板を叩くような重低音が、鼓動のリズムで響きだした。
「ありがたく頂戴しましたッ!こいつはもう、オレのゴーレムだあ!」
そう叫んだパイリンを包んだヘルツマンは、亀甲の前の方に神経索によって背中から張り付いて固定されている。それを見つけたゲアリックは、従弟と同じ型の二挺散弾銃を抜き払う。
「バカが!わざわざ動かぬ的になってやがるぜ」
鎧の隙間からブチ込んでやろうと装甲塔から飛び出し駆け下りる。だがたどり着く寸前、彼の足下の鋼鉄甲がいきなり歪んで傾いた。バランスを崩したゲアリックは、その右下の竜の前脚の肩の所まで滑り落ちてしまった。かろうじて硬質化した皮膚の突起を掴み、地表まで転落せずに済んだが、見上げてみると………既にそれは、彼の竜の鋼鉄の亀甲ではなくなっていた!
「シュタール!ゴォォォォォォォレム!!」
GOOOOOOOOOOM!
またも姿を変えた、蘇った魔像の咆哮が轟く!
頭頂までの高さ十メートルを超える鋼のゴーレムが、さらに二周りは大きい機甲竜の背中に、跨った姿で顕現する!
そのシルエットは前回同様、ずんぐりした鎧の騎士を思わせるものだったが、素材が機関車から鋼の亀甲へと変わったせいか、細部はあちこち異なって見える。
例えば、前回頭部は機関車のボイラーの前方あたりが変形し、煙突から変形した突起が頭頂部から生えていたのだが、今回はゲアリックが収まっていた小塔型の座席部分が頭部に変形し、その意匠を残している。どうやら、機能的に問題が無い部分は「何か」の判断で程ほどに変形を中断させ、その原型を残したままで完成、ということになるらしい。
「うおおッ!鋼のゴーレムだとうッ!!」
機甲竜最大の武器の一つをあっさり奪われ、ゲアリックは再び驚愕して叫ぶ。
先ほどまでと同様に、ゴーレムの胸の「目玉」内部にできたコックピットに収まったパイリンが答える。
「ちなみにてめえの従弟さんは、このゴーレムと竜の闘いの巻き添えでくたばった!」
あえて憎々しい口調でパイリンは挑発する。決着を急がなくてはならない……前回、シュタールゴーレムを作るのに使った心臓中心部に収めたルビーは、その後に今のヘルツマンの製作に、そしてバウムゴーレム、さらに今乗っている新たなシュタールゴーレムの製作にと、連続して魔力を消費する使い方をしてしまった。
特に素材を加工するのに多大なパワーを消耗するシュタールゴーレムでは、「何処か」より流れ込むエネルギーの量もまた多く、伝達装置たる宝石にかかる負荷も大きいのだ。このままでは程なく、ルビーはその機能を失って只の石ころと化してしまい、心臓の止まったゴーレムは崩壊して消えてしまうだろう。
ゆえに躊躇なく、速攻で仕留めるべく、必死に首を曲げ己の背中に跨ったゴーレムに火球を吐きかけようとしている、機甲竜の頭めがけ、右の巨腕を振り下ろす!
重い金属同士をぶつけ合う轟音が響き、被せられたヘルメットが一部凹み、たまらず機甲竜は絶叫しながらひっくり返った。おかげでゴーレムもその背中から転げてしまい、地響きをたてる。寸前、危険を感じたゲアリックは竜の前脚を滑り降りて巻こまれるのを逃れ、濛々たる土煙から抜け出て無事な姿を現した。パイリンはそれを見下ろしながら挑発を続ける。
「土竜の高圧放水はこいつには全く通用しなかったぜ?大事な甲羅をはぎとられた亀もどきが、こいつをどうにかできるかな!」
言い回しがどうにも悪役っぽい。あんたやっぱり主人公に見えないですよ?
「なめるんじゃねえゴーレムマスター!確かにこいつの炎も鋼を溶かすほどじゃあないがな……シュッツヒェン、三連撃だ!!」
機甲竜は至近距離から三連発、はずしようのない火球をゴーレムに喰らわせる!ゲル状の油脂はゴーレムの表面に飛び散って粘着、全身をじわじわと焼き続ける。炎は鋼を溶かすほどの温度には達しない……しかし
「もんのすげ~アチ~ッ!」
たまらずパイリンが悲鳴を上げる!前回の鋳鋼製の機関車よりは素材が少ないため、ゴーレムの装甲が全体に薄く、熱の伝導が早いのだ。
「ハァハハ!また乗り込んだのは大失敗だったな!ゴーレムは耐えられても、使い手が先に鉄板焼きだぜ~ッ!」
続けて鼻面を覆う尖ったヘルメットによる、機甲竜の頭突きがゴーレムの腹にきまった!衝撃で背中からひっくり返され、中のパイリンも激しく振り回される。
「そんなデカブツに乗ったまま、ひっくり返された気持ちはどうでえ?」
「ものすげ~気持ちワリ~ッ!」
ヘルツマンの変形した座席が転倒の衝撃を和らげてくれたとはいえ、コックピットのある部分は地上から五メートルほどの所。そんな高さから勢いよく背中から落とされるのでは、こうなるのも道理である。
「頭部から操縦する作りでなくて良かったぜ、そしたら高さ十メートルからダイブなわけだし、やっぱ死む?」
こんな時ですらパイリンはゴーレムの分析と研究を止めず、さらに地面に転がったゴーレムを、さらに横にゴロゴロと転がして、全身土にまみれることで鎮火させた。
一方機甲竜の方は、重い装甲を失ったことで防御力こそ半減したものの、かえって身軽になりフットワークが良くなっている。そもそもあの鋼鉄の亀甲は、戦時に城壁の上からのいかなる攻撃をも防ぎ、自重を乗せての体当たり攻撃用の追加ウエイトである。機甲竜のシンボルであるわりには、絶対必要というわけでもないのだ。
起き上がろうとするゴーレムめがけ、またも突進と頭突き、衝撃が鋼鉄を伝わり、パイリンの居る場所まで伝わってくる。
「やっぱものすげ~気持ちワリ~ッ!」
グワングワンと轟音が鳴り響く中、まるで大きな教会の鐘の中にいるようだ、とパイリンは思った。
「ううむ、ゴーレムを直接搭乗式にするのも善し悪しだなあ……えと『搭乗者に伝導する外部よりの衝撃の緩和が至急命題である』『これはヘルツマン変形式シートのみによる解決は困難であり……』と、メモメモ」
ここまで追い詰められても研究熱心である。しかしどこに提出する気だそのレポートは。
「だが!」
パイリンはゴーレムの巨腕を支えに上半身を起き上がらせた。そこにまた続けてやってきた機甲竜の突進を、重心の移動でかわして、竜の頭を右の小脇に抱えるように挟み込む。暴れる竜の前脚の付け根を、ゴーレムの胸から生えた小腕を伸ばして、上からガッシリ押さえ込み、完全に動きを封じた。
組み合って動かなくなった二つの巨体……だが、その狭間から白い煙が上り初め、やがて機甲竜が悲鳴のような咆哮をあげ始めた!
「ど、どうしたシュッツヒェン!」
煙と、そして肉の焼ける美味そうな匂い……先ほどまで炎に包まれていたシュタールゴーレムの外装は、内部とは比較にならない程の高熱を残したままだったのだ!
「鉄板焼き攻撃?……むうう、カッコいい名前が思いつかない!ただ今募集中!!」
……ダメだこいつ、この期に及んで一人緊張感が無いにも程がある。
ゴーレムは頭を押さえつけた竜の脇腹めがけ、巨椀のローブローを放つ!それでも竜のブ厚い外皮によってダメージは減らされ、熱の攻撃共々、致命的なダメージは与えられないようだ。ギリギリと太い首を締めつけても、とても折れたり、窒息させたりすることはできそうもない。
「マズいな、さっさとケリをつけなきゃ、宝石のエネルギー伝導に限界が来る」
パイリンの懸念したとおり、竜を押さえているゴーレムのパワーが、少しずつではあるが弱まっているように感じられる。そして、先端に鉄球の付いた機甲竜の尻尾が大きく振り回され、ゴーレムの頭部を直撃!ぐわんぐわんと大鐘を崖から転がり落としたような轟音を鳴り響かせ、またしてもシュタールゴーレムは転倒した。
「よおし、上手いぞシュッツヒェン!スタミナならお前に勝る敵なんざいねえ。あれだけのゴーレムが長時間パワーを保たせられるわけもねえ、じっくり行け!」
はからずも、ゲアリックの読みは大当たりである。このままでは活動限界が先にくるのはゴーレムの方だろう。小技を繰り返して敵の体力を削ってる場合じゃない。一発で決まるような技を出して、決着を急がなくてはいけない。
使い手の方を直接狙うという手もあるが、それを予想してかゲアリックは、正対する二体の真横に移動。そちらに注意を移せば竜に対し隙を見せることになる。それにここまで攻撃的な竜が、主人を失ったくらいで逃げ出すとも思えない。
「問題は、亀甲無しでもあれだけの打撃に耐えられる革の厚さだ」
あれを貫けなければ一撃必殺は不可能、そしてあの体内から分泌される油脂、粘着性の炎の元のあれを、何とか逆用できないものか?パイリンの頭脳がめまぐるしく回転する。そして……
「一撃必殺!ゴーレムの完全機能停止までをあと一分に想定!その間に出せる過剰運転で極める!!」
その決意に反応するように、シュタールゴーレムの目が輝き、唸りをあげる!
GOOOOOOOOOOM!
「肉弾鋼!」
巨椀二本を頭上に挙げ、小椀はクロスさせるように前方に、脚は左右に開いて踏ん張る。鍛え上げた男が筋肉を強調して見せるような動きを始めたゴーレムの各所に見える、くさび状の突起物がガシュン!と音をたてて、いくらか伸びて鋭く変わった。さらに胴と腕の間、肩にあたる部分や手首など、突起の生えた環状の装甲の部分がグルグルと回転を始め、次第にその速度を速めていく!
それを見たゲアリックは、瞬時にパイリンが勝負を賭けてくるのだと確信した。
「こいつで最後だ!この大技を喰らって生き残れる奴はいねえ!!」
パイリンはわざわざそう強調し、ゲアリックの直感を肯定する。そうすれば……
「シュッツヒェン!奴の技の出鼻をくじけ、火痰弾だッ!」
ゲアリックは策にはまった。これから来る最大攻撃に先行し、自分たちの必殺技を出そうとしたのだ。GROOO!と応えて機甲竜が口を開け、ゴーレムに狙いを定め……
そこに、いきなりゴーレムの回転中の手首装甲から、くさび状の突起が分離し連続して放たれた!二発ははずれ、一発は空しくヘルメットに弾かれたが、最後の一発は見事に口内へと飛び込んで、その喉を塞いでしまった!そして出かかっていた油脂玉の表層の膜が裂け、ゲル状の分泌物が口腔にあふれ出す。
「いかん、危険だ!吐き出せシュッツヒェン!!」
悲鳴のような絶叫で指示するゲアリック。しかし、間髪入れずにシュタール・ゴーレムが最後の突撃をかける!竜が鎌首をもたげた一瞬、その巨体を持ち上げるように下に潜りこむ。肩で竜の胸のあたりを支える姿勢をとったゴーレムは、計六本の手足で相手を拘束して転がり、寝技のように組み合う体勢となった。が、今度は……
「爆裂!」
その一言で突起の全て、さらにゴーレムの胴体が、濃縮された残りエネルギー全てによって弾け飛んだ!避けようのない密着姿勢、背中程ほど強靱ではない下腹の皮膚は何カ所も穴を開けられ、竜の血と分泌物を飛び散らせる!
GROOOOOOOOAAAAAAAAG!
すさまじい断末魔の叫び、さらに体外にあふれ出た油脂と分泌物が合わさって引火、次々に誘爆を起こしていく!ついに機甲竜の全身が爆炎に包まれ、今までにない炎の雨を周囲に降りまいた!
「シュ、シュッツヒェ~ン!!」
ゲアリックの悲鳴は、逃れようもない劫火の中に消えていった。 (続く)