地獄の用心棒・決闘銃砲市場(2)
パンパンと拳銃の試射音が響きわたる、ここは銃職人たちの作業場兼居住区となっている街の一画。パイリンを雇った、もとい雇わされた側の集団の、髭面リーダーは鉄砲鍛冶職長ダコスタと名乗り、彼女たちを工房の角にある事務室に招き入れた。
「我々『銃砲職人相互援助会』と奴ら『武器販売者共同組合』とは、このところずっと犬猿の仲なのです」
武器を作る職人たちと、それを買い上げて販売する業者たちは元々「火器製造販売総連合会」という統一組織の所属だったのだが、製造部門と販売部門の間でトラブルが発生、近年分裂したのだという。
買い取り値に不満を持った職人たちが作った物を販売業者に卸さず、裏で客に直販を始めるに到り遂に抗争に発展。それが口論から殴り合い、ついには銃の撃ち合いにまで発展してしまったんだとか。
「我々の銃を商えなくなり、奴らは仕方なく他所の鉄砲鍛冶から割高な製品を仕入れておるわけですが、製品の質も利益率も劣り、儲からんのですな」
「こっちは兵隊を雇ってないのか?」
「うちらは荒っぽい武闘派ばかりなんで、販売組合の商売人どもは対抗できず、他所から兵隊を雇って力尽くで市場を支配しようとしているわけです」
それを聞いたアントンが事務室の窓から工房に目をやると、そこで作業しているのは皆逞しいマッチョ、派手に入れ墨が入っている者も多いわ強面揃いだわで、なるほど下手なヤクザ者よりおっかなそうな職人ばかりだ。
「そこでゲアリック強盗団か。この街で強盗やって官憲に追われるより、雇われヤクザやって稼ぐことにしたのかな?いや、これを機会にそのまま街に居着く魂胆かも」
「しかしあいつら、だいたい騎士とか兵士崩れの竜マスターじゃん?どこにいるのよ竜は?」
「流石に密集した店と狭い道ばかりのこの街に、中型以上の竜なんぞ入れませんわ。聞くところによると、ボスが飼っているのは大型の機甲竜だそうだし。」
ランラングファレイの森にいた、アーベルト・ゲアリック親分が使っていたのと同じ種類の大型竜である。なるほどあれに火痰弾を吐きまくられたら街は全焼、市場がまるごと消えて無くなる大惨事になるだろう。
「交易船の船乗りから、最近大型竜が近くの大河に居着いてるって話を聞きますから、まずそいつでしょうな。」
それを聞いたアントン、(陸に上がって城壁を破って街中に突入した機甲竜、これを迎え撃ち激突するゴーレム!街は炎上、大炎上の地獄絵図!わかっちゃった、今後の展開がもうわかっちゃった!!)
「わァもうオシマイだ~ッ!」最悪の情景を想像してしまい、立ち上がって思わず絶叫。
「何なのお前は、変な電波でも受信した?」
「ねえ師匠、今回は別に争わなくてもいいんじゃないの?」
アントンはダコスタに聞こえないように、パイリンの耳元に囁く。
「敵に竜みたいな強敵がいないんじゃゴーレムの経験値上げになんないし、このところ稼ぎも宝石も充分あるんだから、無理に賞金首狙わなくても良くなくない?」
「いや今回、このオレには『大義』があるッ!奴と闘わねばならぬ『大義』がッ!」キッパリと言い放つパイリン。
「た、大義?」
「僕たち私たちのお楽しみ、大切なご馳走をダメにしやがった、あのゲアリック(その6)に然るべき報いをッ!断固喰らわしてやらねばならんッ!」
「たんなる食い物の恨みですかい!」
「食べ物は大切にしなさいッ!人の命よりも大事ですよ!と、全国のお母さんが言っているッ!」
「言ってる全てがおかしいよ!」
(ダメだこの人、この前もそうだったけど、食べ物の恨み深すぎ。なんか餓に苦しむような辛い過去でもあったのか?)
「エッちゃん賛同!奴らの臭いを消してやるDETHよ!」
そしてエンジェラまでもがすっかり違うキャラみたいに過激発言、頭の脇に浮かんだ死霊たちの顔までもが、本来の恐ろしいものになりかけている程だ。
(ダメだこの人も、普段は温厚というかぽわわんとしている反面、一度本気で怒るとなかなか止まらなくなってしまうみたいだぞ。)
すっかりバイオレンスモードになってしまった武闘派残念美少女たちを前に、アントンはどうしたものかと頭を悩ませる。
*
一方、こちらはゲアリック強盗団・計十二名、いやジョブチェンジして今現在は暴力団。今は武器販売者共同組合が副業でやってる、酒場付きの宿を半ば貸し切りで根城にしており、そこで今後の打ち合わせ中。
パイリンの想像は大正解、金回りの良いこの街に外から攻め入り金品を強奪するより、内部から招かれたこの機会に乗じ、そのまま居座って裏社会を仕切ってやろうという魂胆なのだ。
「しかしいつもみてえに竜使っての荒事ができないとはな、俺らの最大の武器なのによ」
「仕方ねえですよ、カールヒェンなんかデカすぎて、門もくぐれないんスから」
カールヒェン(カールちゃん)というのは、ゲアリックの機甲竜の名前、実はラングラングファレイの森でゴーレムと闘ったシュッツヒェンの兄弟竜である。
大きすぎて街には入れないし、陸に上げても餌代がかかるばかりなので、現在大河で豊富にいる魚を食べながら大人しく待機中。でもここ暫く主人の顔を見れないのが悲しい寂しがりやさん(ちょっとかわいい)。
「まあ強面ぞろいとはいえ相手は職人、こっちは暴力のプロなわけだしよ、痛めつけ怖がらせ、言うこと聞かせるのにでかい竜をけしかけるわけにもいかねえがな」
この場合、相手が依頼者が扱う商品である銃を作る職人である以上、殺したり仕事ができなくなるほどに傷付けては意味が無いのである。いつもの強盗仕事のように銃を突きつけ金銭を要求、という単純な仕事ではない。計算された恐怖と恫喝が必要なのだ。
「加えて『一千万コーカのパイリン』のご登場とはな!奴には俺様の親戚の、シュテファンとアーベルトの仕切ってた強盗団支部が潰されたと聞く」
ゲアリックは手にした手配書、保安官事務所から貰って来た例のやつを読み返しながら答える。
「信じられねえけど、アーベルトさんとこのシュッツヒェンを殺ったのもヤツだってウワサですな。あんな小娘がどうやったら機甲竜を殺せるんですかね?」
「そこが一千万かかってる理由なんだろうな……しかし生かして捕らえねえと賞金出ねえんだよなあ。ここはブッ殺して敵討ちすべきか生かして賞金と引き替えにすべきか、どうしたもんかな全く」
ちなみにここの保安官には両サイドから賄賂が差し出され、官憲の不介入を約束させている。
「白零?……彼女は呼ばれていますかパイリンと?この国では」
唐突にゲアリックの耳元で呟く、低く渋い男の声。ビクッとして振り向くと、そこには綺麗な女の……いや顎の線と首の太さから見て男なのか、艶やかな黒髪の美男子の顔がそこにあった。
「なッ、何だてめえはッ!」
全く気配を感じさせず背後に立っていたのにもビックリだが、顔と声のギャップにもちょっと驚いた。あまりに顔から想像される声のイメージと違うので、近くに隠れている誰かが腹話術で吹き替えしてるんじゃないか?と思える程である。
髪だけでなく服装も黒づくめのその美男子は、ゲアリックの手からひょいと手配書を取り上げ、少し考えてから独り言のように、先程のように文法の異なる外国語を直訳したような、不自然な口調でまた呟く。
「彼女の姓と名を入れ替えて、中の二文字を……これはアナグラムです、私は理解しました」
「だから何なの、てめーはッ!わかりにくい!実にわかりにくい」
怒鳴るゲアリックと慌てる手下ども、しかし騒然とする彼らに対し全く動ずることなく礼儀正しく会釈して、美男子はこう言った。
「はじめまして皆さん、私はゴーレムマスターです」
*
「シリアス警報~ッ」
銃職人の事務所からあてがわれた宿に向かう途中、唐突にパイリンが絶叫した。
「なんなの師匠!そっちこそ電波?変な電波受信したの?」
「前にもあったデスね、誰かが自分のこと話してるとかなんとか」
「予感がッ!恐るべき『あのお方』がついに間近に迫りつつある予感がッ!」
などと言いながら顔が赤くなったり青くなったり鳥肌ブツブツになったり、パイリン師匠、マジ異常事態。
「やべえ、そういやもう一年過ぎちゃってるんだよなブツブツ……」
何を言ってるんだこの人は?とアントンもエンジェラも思ったが、考えてみればわけがわからないのはいつものことなのでほっとくことにした。
しかし不幸にして、パイリンの予感は当たっていたのである。彼女の言う「あのお方」は、その時僅か500メートル先の酒場にいたのだから。
*
「ゴッ!ゴーレムマスター!?」
ゲアリック以下その場の全員が、お前ら合唱の練習でもしてるのか?ってくらいに、どもった部分まで見事に揃った叫び声をあげた。
「『これは机ですか?』『いいえ違います、これはテーブルです』」
「意味わかんね~よ!」こいつは何を言ってるんだ?と困惑のゲアリック。
「私は失礼しました、これは例文です教科書から、この国の言語」
「なんだあんた外国の人か、しかしわかりにくい、どうしてそうなるのか全くわかりにくい」
「時々私は話してしまいます、つい、反射的に、例文を」
どうもこの美男子、大陸の言葉を学んだのはごく最近、それも相当な短期間での詰め込み教育だったのだろうか?たまに教科書にあった例文を反復しないとないとうまく話せないようだ。
「『これはペンですか?』『はい違いません、あれもナイフです』」
「何もかも間違っているッ!」そんな狂った例文、教科書には絶対に無い。大丈夫かこの美男子、この前の怪盗ガイガーとはまた違った新手のボケ役か?
「私はしていいですか?あなたたちにおごること、酒を」
「え?また何だよ藪から棒に」
答えを聞くまでもなく、黒づくめの美男子は懐からコインを一枚取り出すと、カウンターにいたバーテンダーに投げ渡した。
「ご主人、あなたは彼らに飲ませてください良い酒を、支払いをした分だけ」
バーテンダーがうさんくさそうに受け取ったコインにちらりと目をやると……それは十万コーカの金貨!普通一般に流通してるようなもんじゃない、銀行の金庫にやっとあるかないかのレアなシロモノだった!
「はい喜んでーッ!」
バーテンダー、目にも止まらぬ速さで金貨を懐に収め、棚にあった強いスピリッツの瓶を次々にカウンターに上げて、並べたコップにザブザブと注ぎはじめる。
「ホラ旦那方どんどん持ってって!」
いきなりの展開に戸惑いながらもゲアリック以下強盗団改め暴力団、
「親分!この兄さんいい奴ですぜ!」
「わかりにくい!実にわかりにくい!しかし気前が良いので許す!」
酒が入ったら謎の美男子にあっさりと気を許してしまった。
「それはともかく、ゴーレムマスター?あんたが?もうこの国にはいないはずの?」
「はい、私はゴーレムマスターです」
美男子は再びそう言って、強い酒を表情一つ変えず、水みたいに飲み干した。
「『これはジュースですか、コップに入った』『いいえ、そのとおりです、あれは過酸化水素水です』」
「だから間違ってるって!……で、確か戦争が終わる直前に追い出されたんだったよな、ゴーレムマスターって。それがここで何やってんだよ?」
「私は追ってきました、他のゴーレムマスターを」
「他の!?まだいるのかよ」
「それはパイリンです、あなた方がそう呼ぶ」
「え~ッ!」ゲアリック以下全員が再び大合唱。なんということか、これまでパイリンが秘密にしてきた事実を、この美男子はあっさりと明かしてしまった。
「あのガキ、ゴーレムマスターだとう?!……なるほど理解したぜ!それなら竜使いの強盗団相手にやりあえるワケだ!」
「パイリンはゴーレム・ハイ・マスター、序列第二位です全マスターの。彼女はとても若い、しかしとてもとても強い」
「オイオイオイ!メチャクチャ大物じゃねえか!」
「あなた方は勝ちますか?いいえ勝てません、竜無しでは、とても」
「エッ!まさか街中にゴーレムを持ち込む気なのか、奴は?」
「彼女は持ち込みません、彼女は作ります、ゴーレムを、ここで」
この男は知っている!パイリンのゴーレムが、その場で作り上げる第四世代だということを……
「『あなたはより好きですか?リンゴと鉄条網のどちらが』『彼は嫌いです、鍋の中のお母さんが』」
「何でこのタイミングで例文が入るんだよ!」しかもまた完全に間違ってる、というか狂ってる!
「失礼、私は戻します、話を」そして美男子は、変わらぬ調子で淡々とこう告げた。
「私が倒します、彼女のゴーレムを。そして捕らえます、彼女を」 (続く)