地獄の用心棒・決闘銃砲市場(1)
当初、この地方を治める辺境伯の築いた城塞都市、フロスウーファーブルクと呼ばれていた街。
東の海の港から船が行き来する大河と、ツィタデルブルクや中央教区にまで続く街道が、共に近いことによって流通の一大拠点となり、今は商人の街・マークトシュタットと名も変わった。
戦後、辺境伯が政治拠点を他所に移した後も、税金の安い自由市場の特別区として、ますます多くの商人が集まり栄えている。元が軍事拠点で近年交易都市化したばかりのツィタデルブルクより、遥かに市場の規模が大きく、人口も多い。
扱う品も食料・日用品・衣類・工芸品・農機具・工具・調理器具・装飾品などひととおり何でもあるが、十八年前の戦争以来、急に取引が増え現在でも目立って売り買いされているのが……。
パイリン一行はいつものごとく徒歩で旅していたが、今回は上手い具合に、マークトシュタットに納品に向かう隊商の馬車……ならぬ「竜車」、小型で四足歩行する騾馬竜二頭に曳かせた荷車の一つに便乗させてもらっているところ。
小型といってもそれは犀竜のような中型種と比べての話であり、馬より一回り大きいかなりのサイズ。荷車を曳く力が馬より強く、牛より速い。また頑丈な皮膚は弓矢や拳銃に撃たれても耐えられるので、道中盗賊に襲われても生存率が高く、軍隊の輜重部隊や危険な交易路を行く商人によく使われている種類の竜だ。
「なんだかんだあったけど、今回もそれなりに稼ぎがあってよかったわ~。おかげで楽に旅もできるしな」ゴルペンドルフの村人にとっては大迷惑だったけどな!
御者台のパイリンの隣に座っている、この竜車を駆るニコニコ顔、即ちこう見えて竜マスターの親父が特に親切だったというわけではない。袋一杯に拾い集めた紫水晶の欠片から一握りほど、代金として先渡したら大喜びで乗せてくれて、それから機嫌の良いのが続いてるということだ。
「嬢ちゃん方、マークトシュタットにはその紫水晶を売りにいくのかね?」
「そうそう、この近くで、宝石類を買い取ってくれそうな店があるのはあそこくらいだろ。」
「特に宝石取引が盛んってわけじゃないが、とりあえず何でも扱っとるからね、なんせ大きい市場街だし。」
「オッサンもあげた分を、さっさと売り払った方が利口だぞ。ここだけの話、数日以内に紫水晶大暴落の予感」
などとインサイダー取引めいた助言をするパイリン。何せ、そうなるであろう原因は彼女だしな!
「ところでオッサンたちは何運んでるの、コレ?」
「……驚いて大きい声をあげるなよ……この隊商の運んでる物、全部火薬さ」
「ギャ~ス!」
「聞いたそばから大声あげるなっつうの!」
「やべえ!企業連続爆破テロリストの輸送部隊に乗せられたオレ様!コンディション・レッド!コンディション・レッド!」
「違うっつうの!銃砲用や鉱山の発破もあるけど、半分は花火用だし!」
そもそも企業連続爆破事件なんて発生してないだろうに、何をパニクってるのか、この人は。
「ホレ、ちょっと前にツィタデルブルクでお祭があったろ、大空龍様がらみで。同じようにマークトシュタットでも祭があって、あっちでは大花火大会をやるのさ」
「そんな祭、昔からやってたの?」そういやツィタデルブルクの方は交易都市化してからの、わりと歴史の浅いお祭だった。
「昔からあったにはあったが、本格的に花火をやるようになったのは統一戦争の頃、銃砲爆薬の取引が盛んになった後だわな。今のあの街じゃ、昼間っからパンパン鉄砲の試射の音がやかましくてなあ。花火はそのついでに発達したようなもんだな」
なるほど単に市場が大きく飯が美味い街というわけではないのか、現在では。しかし戦争が終わって随分経つのに武器取引がそれだけ盛んとなると、思ったより物騒なイメージではある。
「大きい声じゃ言えないが、このところ武器商人の組合が利権を巡って分裂して、それが互いに裏社会のシンジケートと組んで縄張り争いが始まったんだと。流石に祭の前だから、今は自粛するだろうと思うけどな」
イメージどころかホントに物騒になっていた!
「てことはアレだな、抗争に備えて兵隊として雇われた、賞金首レベルのワルとか集まっていそうよな~?」
さすが賞金稼ぎ兼賞金首のパイリン師匠、早速新たな儲け話の可能性に食いついて、ニヤリと微笑む。そして彼女たちの後ろの荷物の上に座っているアントン、その横顔を見て一言、
「ダメだ、早くも絶対ヒドいことになる予感がッ」彼の脳裏に浮かぶは崩壊し炎上する城塞都市……なんたる地獄絵図か!
「むにゃむにゃ、もう食べられないデスよう」
と、隣で居眠りしていたエンジェラさん、一瞬目を覚まし起き上がっての一言。
「エッちゃんさん、それデブキャラの寝言!」
そしてまたバタリと寝転んで、とどめに鼻ちょうちんをふくらませながら熟睡……なんたる残念美少女の図か!
「……。」前回の戦いであちこち凹んだ鎧姿のヘルツマンは、当然無言、荷車の最後尾に座ったまま動かない。
そこにポンポン、パラパラと突然の炸裂音!
「敵襲?!」反射的に隊商の護衛の全員が銃を手に身構える!火薬を満載した荷車に対し銃撃とはなんたる無謀!……しかし間もなく、行く先の空に幾つかの白や赤の煙が散っていくのを認め、彼らは一斉に警戒を緩めた。
「なんだ昼花火か、脅かすなよ」ホッとした御者の親父が呟く。
「これってアレ?例の祭関係のやつ?」
「うん、祭の夜にやる本番に備えて、発射器の調子を見るための試射だろうな」
「花火の打ち上げ用のって、単なる筒だろ?」
「あそこのは、あの街特製のロケット花火なんだわ」
普通の打ち上げ花火は筒の底に黒色火薬を仕込み、その上に球状の花火玉を入れ、爆発によって発生するガスの圧力で空に飛ばすという、臼砲と同じ原理である。
しかしマークトシュタットの噴進花火はドングリ型。底に推進剤が仕込んであって、環状に斜めにあいた多数の小穴から炎を噴き出し回転させ、安定させて真っ直ぐ飛ばすというものなのだ。
「普通の花火より、打ち上げの時の炎と煙が派手だから、違いはすぐにわかるわな」
「わざわざそんな凝った作りにする意味、あんのかね?」
「主催が例の武器商人組合だからねえ。門外不出の秘伝を持ってる他所の花火職人の助けを借りず、自分たちの扱う武器の応用で作ったせいみたいだぜ。それを城塞防衛用の噴進弾発射器からぶっぱなすもんだし」
話を聞いてははぁ、ホントのところは違うな、と技術屋でもあるパイリンは考える。たしか十八年前の戦争における、辺境伯連合と中央教区の和平条約に、重火器の新規製造と開発の停止、ってのがあったはず。直撃すれば大型竜でもただではすまないその威力は、竜マスター騎兵を主力とする教団にとって脅威だったのだろう。
そして本当に噴進弾の製造と開発を止めてしまえば、工房は閉じられ職人は転職、それまで蓄積された技術は次第に失われていき、年月を経てしまうと再開しようにも、一からやり直さなくてはいかなくなる。そこで彼らは条約逃れのため花火という形で、その技を受け継ぐ職人の仕事と生活を維持しているのに違いない。
「その花火職人をどっちの組合で囲うかってのも、分裂した組合の争いの火種らしいんだわ」
ホラやっぱり、つまりそれは噴進弾の技術を独占することに他ならない。そんなキナ臭い話を聞いても、危険さや不安より新たな稼ぎの可能性にいっそう期待するパイリン師匠、マジ金の亡者、救いがたいまでにバトル野郎。
*
マークトシュタットの入り口で隊商と別れたパイリン一行。城塞と言っても今は自由都市なので、一応門番はいるがあからさまに怪しげで無い限り出入りは勝手、とがめられることもなく、あっさり中に入ることができた……とはいえ実際、パイリン師匠は指名手配犯、とんだザル警備である。
ここの城壁は上から見ると、円形のツィタデルブルクと違って六角形。商人の街になった後に増設された外側の、壁の高さはツィタデルブルクの半分くらいしか無いが、内壁はその倍の高さで、上に据えられた複数の砲台から噴進弾発射器で外に向けて射撃できるようになっている。その内側、街の中央広場にある、昔は辺境伯の住居だった塔にも幾つかの砲が据えられ、頂点の砲台は旋回して全周射撃ができる作りだ。
もっとも戦時でない今では、それらが祭の花火の時以外に使われることは無い。竜マスターくずれの強盗団でも襲ってくるなら話は別だが、これだけの重火器に撃たれる危険を冒して、あえて外から強襲するような輩もいなかったのだ。
「パー子さんや、ごはんはまだデスかいのう」街に着くや否や、寝ぼけ頭のエンジェラからの一言。頭の両脇に浮いている死霊のエクトプラズム共々、小刻みにヨレヨレ、プルプル震えているのには何の意味が?
「エッちゃんさん、それボケ老人の台詞!」とアントンからすかさずツッコミが入る。
「まあ丁度お昼だしな、せっかくだし名物料理でも喰いにいくか」このところ稼ぎが良いパイリン師匠、以前なら「馬鹿エルフ」を罵倒するところだが、本日は気前が良いうえにとても寛容である。
「ここの名物ってナンですかいのう~」何故か続けて老人風な喋りなエンジェラさん、荷車上で眠りすぎのせいかボケボケ状態のご様子。
「御者のオッサンによると、あの真ん中の高い塔の周りが屋台街なんだと。」
途中にあった宝石商のところで紫水晶を袋ごと売り払い、相当に懐具合の暖まったパイリン一行。喋れないヘルツマンを除くそれぞれが、屋台で様々な料理を品定めに回っている。
ここは丸い広場に屋台がぐるりと円を描くように並び、その輪の中に多数のテーブルが置かれたフードコートになっているのだ。市場で働く弁当持参で無い者は、たいていここで昼飯をとったり、終業後に一杯やるという。
「ツィタデルブルクより外食が安いじゃん!お前ら今がチャンス、ガッツリ喰い溜めるぜ~!」串焼きやら麺類やら煮物やら、幾つもの皿を器用に同時に抱えたパイリンがそう言ってから、それらをテーブルに置いてまた別の屋台に向かっていく。
「エッちゃん的にはお肉こそ至高!お野菜?ハァン、雑草に用はねえデスよ!」とエンジェラさん、こんな肉食系エルフ見たことがねえ!
「デザートも先にまとめて買ってきたよ」と言いながらアントンが、蜜のかかった果物や甘い生菓子をテーブル上に並べている。
ツイタデルブルクでの、無料でかき集めた材料で作った鍋料理の時に比べ、なんという贅沢さか。嗚呼、お金に余裕があるっていいなあ。そして揃ったご馳走の前で、一同にパイリン師匠から一言。
「それでは糧となってくれた賞金首さんたちの魂に祈りを……あッ違う、この稼ぎは闘竜祭の賞金と紫水晶の代金だもんな。奴らの魂はおいといて、オレ様の素晴らしい仕事に感謝をこめて祈れ貴様ら」
「たくさんおごっていただきありがとうございます」「ではいただきますデス」
そんな至福の一時、だがしかし、それと同時に漂い始める不穏な空気。彼女たちの背後で走る二つの集団の影と、慌ててこの場から逃れていく屋台の店員たち。これは一体何事か?
カラン、コロコロコロ……何やら小さな鋳鉄の塊が石畳に落ちた金属音。それがパイリンたちの隣のテーブルの下へと転がっていく。
KA-BOOOOM!!
続いて突然の爆発!隣のテーブルが砕け散り、次いで爆風がパイリンたちの食卓をひっくり返す!並べられたご馳走が全て吹き飛び、石畳の上に無残に飛び散っていく。
「ピギャァァァァァッ!」これまで聞いたことも無いようなすさまじい大声で、パイリンとエンジェラが叫ぶ。
「メシがッ!ゴハンがッ!!おマンマがッ!!!」血涙噴き出さんばかりに見開かれた眼、仮に家族が眼前で惨殺されてもここまでの悲痛さは出せないだろうという表情で、パイリン師匠続いての大絶叫。
「やっちまえゴラァ!」「やってみろゴラァ!」
爆発に続いて響き渡るは怒声と銃声、パイリンたちを挟んだ両側から、ピュンピュンと空気を切り裂き銃弾が飛び交う。すわ今度こそ襲撃か?……いや、違う、彼女たちの頭上を越え、両側から集団同士が撃ち合っているのだ。
もっとも爆風にも微動だにせず椅子に座ったままのヘルツマンには流れ弾が当たり、全身鎧にいくつかの穴をあくのが見える。パイリンからの命令が無く、静止モードのままなのだから仕方がない。
「死ねやゴラァ!」「くたばれゴラァ!」
あたり一面黒色火薬由来の白煙で満たされ、まともに狙いなどつけられない中、派手に撃ち合う音だけが響き渡る。
どうやらこれは話に聞いていた、分裂したという武器商人組合同士の抗争のようだ。御者の親父の「祭の前だから自粛するだろう」という予想に反し、一般人を巻き込んでのヤクザの出入りが始まってしまった!
「てめえらちょっとヤメェェェッ!」銃声をもかき消さんばかりの、どこから出してるんだそれは、というくらいの更なる大声で、パイリンが叫ぶ!
「オイゴラァ、一番最初に擲弾投げた野郎はどこのどいつだゴラァ!」
怒りMAXヘルファイヤー、周囲の気温が二十度は上がって感じる程の、パイリンのすさまじい怒気にあてられた抗争参加者たちは思わず撃ち合いを中止、一同少し考えてから、片方の陣営の一人を同時に指さしてした。
「そっちの方かゴルァァァッ!宣戦布告と判断し敵と認識、ナウ!」
そして皆に指さされた男、、おそらくはそちら側のリーダーと思しき巨漢は……
頭の中央だけ縦にそり残された髪、脂ぎった顔の中央に集まった、睨みを利かせた小さな目、顔の下半分は牙を模した金具付きのマスク、ぶっとい首、両肩と胸元を守るごっついプロテクター、でもそんな物は無用なんじゃないかと思わせる、分厚く弾も刀も通りそうにない全身筋肉の塊。装飾品をみれば、全ての指には相手を殴る時のナックルガード代わりであるごっついリング、装飾の付いた皮のブーツ、背には派手な色のケープ、それらに無駄に打ち込まれた鋲やら棘々やら・・・
アレ~?……我々は知っている、いつものように!この男を……いや、この男の姿を!その名前を!
「さんハイ、せ~の」パイリンが音頭を取ってから、三人声を揃えて「ゲアリック!」
「何だお前ら?オレ様を知ってるのか?」と、例の如くゲアリック。
「たぶん出るだろうとは思ったけど、やっぱりいたのね、あの一族の誰かさん」
爆発のショックを受けしばらく無言だったアントン、流石に呆れたように一言。
「エッちゃん激怒!これほどの怒りを覚えたことはかつてなし!そして今回の天丼ネタはちっとも面白くないデス!」
とエンジェラさん、食い物の恨みが凄まじいのはパイリン師匠だけではなかったご様子。
「オイコラそこのゲアリック(その6)、てめえには賞金かかってるのか?」
指を突きつけてパイリンが怒鳴る。
「ああン?この百万コーカの賞金首、第21ゲアリック強盗団リーダー、バルトルト・ゲアリック親分にケンカ売ろうってのか、てめェ?」
本人に代わって側近らしい、わかりやすい悪党顔が答える。どうもこの街に流れてきたゲアリック強盗団の一つが、そのまま丸ごと片方の陣営に兵隊として雇われているようだ。
「よ~し、今からこの一千万コーカの賞金首・白零様が、あっち側の用心棒として雇われてやるぜ!」
「え?用心棒の押し売り?」ゲアリックたちと対峙した、もう片方の勢力のリーダーらしき男がびっくりして声をあげる。
「雇わないとてめえらの方も皆殺ッシング・ナウ!選択の余地はねえ!」
有無を言わせぬとはこのことか、気迫だけで要求を貫き通すパイリン師匠、マジ傍若無人。
「『一千万コーカのパイリン』って……あちこちで強盗団潰したり、街を崩壊させたってウワサのアレですぜ、ヤバすぎじゃないですか」
「見た目小娘だけど、確かに保安官事務所の手配書で見た顔に間違いない。それにあの迫力、確かにただ者じゃないな」
パイリンを雇わされそうな側のリーダー、さすがに激しく困惑。
「お取り込み中あいすいませんが」いつの間にかすぐ脇に立っているパイリンたちに、ギクリとするリーダー。
「まずは用心棒代として飯をおごれ、いいな、よし」
答を待つまでもなく決定事項にしてしまったぞ!
「とりあえずみんなで昼飯!ゲアリックの方もご飯にしなさい!」もはや勢いだけで完全にこの場を仕切ってしまったパイリンが、敵方にまで命令する。
「腹が減ったから抗争中止?……わかりやすい、わかりやすい理由だな、ならよし」とゲアリック(その6)、なんか納得してしまったぞ。
すっかり抗争を続ける気を削がれた両陣営は、素直にフードコートの両端に分かれて、静かになったところで戻ってきた屋台の店員たちから、それぞれ料理を買い求めている。
「なにこの状況?」アントンの当然のツッコミにも誰も反応せず、敵も味方も黙々と食事の図。ヘルツマンだけが、元の位置から微動だにせず座ったままだ。一件落着?……
いやこれこそが、城塞都市崩壊への第一歩であろうとは……「えッ!やっぱそうなるの」 (続く)