ゴーレムマスター vs 自称義賊 vs 多頭亜竜(5)
洞窟の奥の方、天井に地上に繋がる穴でもあるのか、差し込んでくる月明かりがたくさんの巨大水晶に反射し、幻想的な光と影を作り出している。
そこに轟音と飛び散る岩の破片!叫びと唸り!美しい風景を吹き飛ばすがごとき、多頭亜竜とゴーレムの激突!
先に行くに従って太くなった岩石の長い腕が全力で振り下ろされ、多頭亜竜の胴部を地面に叩きつける!
逆に四本の「首」のうち、こちらを向いた二本が鞭のように大きくしなり、岩石ゴーレムの両肩に打ち下ろされる!
「こいつのは本当に『首』なのか?頭に見える部分を平気でぶつけてきやがる」
過去には頭突き攻撃の得意な竜もいたが、それはヘルメットを装備して真っ直ぐ突っ込んで来るモノだし、今みたいに鞭の先端の錘のような使い方をしたら頭蓋骨が割れるだろ、とゴーレムの中に乗ったパイリンは思った。
大きな一つ目に見える部分も動かず瞬きもせず光を放つだけだし、これはひょっとして、脳は胴体の方にあるんじゃないか?
「しかし手応えね~なこいつの体!弾力ありすぎで打撃も刺突も効果が薄いぞ」
開始早々、互いに足を止めて真っ向からの殴り合いとなったこの対決、叩きつけられては叩き返しを繰り返しながら、一向に動きが鈍くならない多頭亜竜に対し、岩のゴーレムは腕をはじめあちことが欠けて破片を散らせている。
「だが岩石ゴーレム最大の特徴は『冗長性』なのだ」
ゴーレムが完全に砕けた落ちた拳の断面を手近な岩に押しつけると、あの「触手」が体内から飛び出して浸透、引き抜くと同時に完全な拳を再生!材料となる岩と宝石を通じ流れ込んでくる謎の魔力がある限り、このゴーレムは無限に修復されるのだ。
「見るからに洗練されておらず仕上げは雑、動きも速くはない上に単調、材料によって耐久性に大きなムラがある……しかし」独り言のように論評するパイリンの声。
「多少の損傷をものともせずに動き続け再生は容易、パワーのわりに稼働時間が長く質の劣る宝石でも製造可能、これぞ第二世代以来のロングセラー、岩石ゴーレム!!」
ゴーレムは蘇った拳を再び振り上げ、愚鈍なまでに同じ打撃を繰り返し始める。たいして効いていないようだった打撃の繰り返しも、少しずつダメージを蓄積していたようで、強大な耐久力を持つ多頭亜竜も押され徐々に後退を始めている。
「ンッン~、漢らしいというか、ガチンコな我慢勝負になってるネ~」と観戦中のガイガー(その1)。
「できればなンかこう、洗練された技の応酬が観たかったンだけどネ~。ゴーレムが繰り出す技を受けきった多頭亜竜が無傷アピールしから反撃、それをまた受けきったゴーレムが更なる必殺の技を繰り出す、とかネ」とガイガー(その2)。
いや興業格闘じゃないんだから、ここでそんな娯楽性を求められても困るんだが。
「しかしソレでも、この光景を記録できる機械がないのが残念だネ~。なンでも海の向こうの倭国では、目の前の景色を『シャシン』という実物そっくりの絵として残せる発明が普通に使われてると聞くヨ」
「それ去年、東方自治区にも上陸して、ここより南の方でも商売用に使われてるらしいネ。本場じゃ更に動く絵を暗いところで映し出せる『エイガ』とかいう、魔法みたいな発明もできあがったと言う話だヨ」
「ギュン太くんたちは物知りさんなの?イヤもしかして本業はどこかの間諜の人?」と、すぐ後ろで会話を聞いていたアントンが質問すると、
「情報盗ンでそれを売るのもまた、新しい時代の盗賊の形だと思うンだよネ~、ボクは。」
「いわば産業間諜ってノ?情報屋ってのが既にあるケド、それをもっと大掛かりに犯罪にしたみたいナ?」やはりバカに見えて色々考えてるご様子のガイガーズ(複数型)。
「エッちゃん胸糞!天然ボケキャラを放棄してのお利口さんアピールは、ファンの反感を買うデスよ!」そして相変わらずエンジェラのお笑い基準な評論がズレまくる。
そんな関係無い話にいってしまった観戦者たちはさておき、多頭亜竜と魔像の殴り合いはまだ続いている。
「こっちが押し気味になってきてはいるが、どうにも決定打が放てないな。ってゆ~か、岩石ゴーレムには必殺の技が無いってのも欠点の一つなわけだが」
打ち返してくる多頭亜竜からの打撃も、不快な震動となってパイリンのいる体内に伝わってくるし、パイリンからすれば端から見るほど押しているという印象ではないようだ。
そして単調な殴り合いに辛抱強く付き合っていた多頭亜竜も、ここに来て何か思うところがあるのか、ゴーレムの打撃を前の二本の「首」で抑え、後ろ二本の「首」をこちらに向けた。
「何をやる気だこの不思議生物?」とパイリンが訝しんだその刹那、後ろ二本の「首」の乱杭歯が並ぶ「口」から、激しく液体が噴き出した!そして液体が降りかかったゴーレムや岩壁から、白い煙が噴き上がる!
「土竜の時みたいな水……じゃねえぞコレ!酸か?!強酸の体液か!」その通り、液体を浴びた岩石のカルシウム分が溶解し始めているのだ。
強酸液の噴流の勢いは凄まじく、跳ね散ったものが洞穴のあちこちで煙を上げている。そして運悪く、その一部が観戦中の四人のいる鉄格子の所まで飛んできた!
「グワ~溶解液!」頭を直撃した液が激しい白煙を上げ、ガイガー(その2)の体がドロドロと形を失っていき、やがて白い水たまりと化してしまった。
「グスタフ兄さんが殺されちゃった!この人でなし!」残されたガイガー(その1)が悲鳴を上げる。
「あ、こっちが本物のギュン太くんだったのか。いや元々幽霊が入ったエクトプラズムだし、多頭亜竜は人じゃないし」などと一応ツッコんであげるアントン。
「兄さんの魂がギュン太くんの体内に戻っていくのが見えるデスよ。でも今度殺されたら本当に最後ってわけデスね~、ヒヒッ」と意地悪に微笑むエンジェラ、意外に黒いなこの娘。
そして体のあちこちが溶け始めたゴーレムの中では……
「ゲホーッ!臭いわ煙いわ、何だこれ!」とうとう中にいるパイリンの所まで白煙が流れ込んできたようだ。
幸いゴーレムの体内に張り巡らされた触手を思わせる神経索は酸に耐えており、失った部位を岩壁を素材に復旧してはいるのだがきりがなく、各部がグズグズになってきた岩石ゴーレムの動きが目に見えて鈍くなっている。
そしてとうとう、多頭亜竜に叩きつけた両腕が、その瞬間に根本から折れて砕け散ってしまった!
「まじヤベえ!」とうとう崩壊が再生の速度を上回ったのだ。愚直に叩きつけるだけの武器を失った岩石ゴーレムに、もはや有効な攻撃手段は無い!
パイリンは直ちにゴーレムを前傾させ、尖った頭を向けて多頭亜竜に突撃、その重量で抑え込み動きを封じる。直後、ゴーレム背面の岩の一部が吹き飛んで、鎧男ヘルツマンが飛び出した!
「脱出ゥ~!」座席モードから鎧に戻ったヘルツマン、即ち大きめの強化外骨格の中身は勿論パイリン。
「クッ、岩石ゴーレムは強力な怪物相手だと所詮は前座、ナマズマンに対するウナギマンみたいなものよな~!」などと訳のわからない事を叫んでいる。
「ナマズマンとかウナギマンって何~?!」とそれを聞いたアントンが離れた所から大声でツッコミ。パイリンそれに応えて更なる大声で
「むかし倭国で流行った英雄劇でェ、頑丈さだけが取り柄のヒーロー・ウナギマンがァ、悪党にどつかれて苦戦したあとォ、今度はナマズマンってのに再変身してェ、必殺ナマズマン・フラッシュで敵を倒すって話ィ~!」
「さっぱりワケわかんないよ!」アントン以下三人がハモってそれに返す……お前らのその会話、心底どうでもいいです!
「ならばここは真打ちヒーロー・ナマズマンにあたる、いつもの鋼鉄ゴーレムを……って材料ないじゃん!あの鉄柵じゃ全然足りないし、素材として使えそうな機械は上の階層にあるし!」
自分でツッコみなから慌てるパイリン、しかし
「な~っんちゃって、ここで新しい真打ちのお披露目といこうか!」一転して不適な笑顔、その策やいかに?
「理論的には可能だった、しかし現実にこれができる状況はありえないと思われていた……ゴーレムマスターの夢!チートの極み!鉱石ゴーレム!!」
名前からすると岩石ゴーレムの上位互換のようだが?パイリンはヘルツマンを再び搭乗モードの座席型に変形させ、「呪文!」の叫びがヘルツマンの背中が爆ぜさせ触手状神経索を噴き出させる。
しかし今度は先ほどの岩壁でなく、巨大水晶の柱の一つを浸食していく!!
「『エーミール』!『ルードヴィッヒ』!『ツァカリアス』!……『鉱石』!!『異界より招かれ顕現せし力その物よ、ここに魔像の形もて無限の威を現すべし』!!」
「呪文承認」ヘルツマンの無機的な声が響くと同時に、巨大水晶柱が激しく輝き始める!
「うおっ!眩し!」離れた所にいる三人もたじろくレベルの輝き。しかし一方の多頭亜竜、その大きな「眼」は実際は見えてはおらず、電磁波を放ちそのエコーを映像として認識する生体電波短信儀のようなもの。
ゆえに眩しさで眼が眩むということはないのだが、光の形で放たれる強烈な電磁波を受けこれを危険と認識し、たじろくように後退を開始する。
「クックックッ、いつもは高価で貴重なエネルギー伝達物質の、宝石や水晶といった鉱石類……それを気兼ねなくふんだんに消費できる、そんな夢のような状況があったら?……いやあったのですここに!ナウ!!」
戦闘中だというのにいつものヘンテコ口調、しかもウットリ気味に大声で語るパイリン師匠、ちょっとヤバいですな。
パキン、パキンと澄んだ音を立て、職人が加工する宝石のように綺麗にカットされていく巨大水晶。それが次第に複雑に形を作り上げ、鋭角な直線の組み合わせでできた、半透明の巨人とでもいうべき姿に変貌していく!
GOOOOOOOOOOM!!
その叫びは、地鳴りのような岩石ゴーレムのそれや、厚い鉄板を叩いたような鋼鉄ゴーレムのそれ、亡者の咆吼ような動屍体ゴーレムのそれとは全く異なる、まるで男女混声の賛美歌ような崇高な響き!
そして外見は先ほどの岩石ゴーレムが「動く採石場」だとすれば、鉱石ゴーレムは「国王の宝物庫」の趣。あらゆる面でリッチ、ゴージャス、ハイソサエティ!紛れもなく最高級仕様のゴーレムなのだ。
美しい、立っているだけで美しい。読者の皆さんは宝石でできた巨人がモデル立ちしている絵を想像できるだろうか?今ココにあるのが、正にそれなのだ。
「前回の動屍体ゴーレムに続く初の試み、しかも実戦でのぶっつけ本番でも大成功!基礎研究は絶やさず続けておくものよな~、流石オレ様ハイマスター位階序列第二位、技術屋の鏡!」思わず自画自賛のパイリン師匠、喜色満面とはこのことか。
一方、強力な電磁波が収まった後に、新たな巨大人型が目前に出現したことを認識した多頭亜竜。本能で危険を察知したのか、直ちに四本の「首」全てがゴーレムの方に向き、一斉に強酸液を放出する!
「水晶に酸が効きますか?いいえ効きません、全く洗剤の如きものよな~」
そのとおり、降りかかった液はゴーレムの表面に付着していた岩石の破片や埃を洗い流し、むしろピカピカにに光り輝かせるだけである。
「暴力招来!釈迦力招来! ウッナッギマンから~、ナマ~ズマン♪ イェイ!レッツゴー!」などと、わけのわからない歌混じりにゴーレムに前進を命じるパイリン。
GOOOOOOOOOOM!!
完全に混成合唱にしか聞こえない美しい雄叫びを上げ、鉱石ゴーレムが両腕をバレリーナのように華麗に掲げ、クルリと向きを変える……特に意味はないが、いちいち美しい仕草とポージングをやってしまう仕様なのだろうか?
そしてスッ、スッと綺麗なフォームで脚を動かし、異様なほど滑らかに前進を開始。徹頭徹尾美しく凛々しいゴーレム、いやもうこんなんゴーレムと違う、と旧世代のゴーレムマスターたちが嘆きやっかみそうな見事さである。
「ああン、あまりに美しすぎてウットリ、いろんなとこが濡れてきちゃ~う、あッいけね、洟でてきた」感極まったのかいろいろ緩んでますな、パイリン師匠。
「台無しだよ!」と聞こえてないはずなのに本能的にツッコむアントン、「テレパシーデスか!」と更なるエンジェラのツッコミ、もはや以心伝心どころではないレベルの高度な漫才、お前らいい加減にしろ。
そして狼狽え急速に後退する多頭亜竜めがけ、歩行から助走へと動きを変えたゴーレムが、今度はダンサーの如く美しいフォームで跳躍した!
「え~ッ!ゴーレムがジャンプ?!」アントンが驚くのも無理はない、あんな重そうな物がどうやったら跳び上がれる?
「フハハ~ッ!全ては『何か』が異界より送り込んでくる謎エネルギーの豊富さ故よな~!」すっかりハイになってるパイリン師匠、聞く者もいないのに解説中。
「このゴーレムは心臓に付いたちっこい宝石だけじゃなく、全身がそのエネルギーの伝達物質!いつものとは使えるパワーのケタが違いすぎるってワケよ!」
そう、例の胸部に出現する巨大な「眼球」、謎エネルギーに混じって送られてくる謎物質製の、現在パイリンが収まっている操縦席というべき場所を除き、全身が半透明の紫水晶であるこのゴーレム、尽きそうもないエネルギーを贅沢に消費しながらチートな機動力を発揮するのだ。
さらに空中で変形し鋭角に尖ったその両のつま先が、勢いよく多頭亜竜の背中の真ん中、先ほどまで打撃を弾き返してきた皮膚を今度は容易に突き破る!そして多頭亜竜の脚と脚の間、四角い胴の角の一部がバカッと割れて、赤い口腔を剥き出し悲鳴を上げる!
「あっ、本物の口は胴体の方か。すると『首』の方のは酸を出すための排出口なのか」こんなところで生物学的な新発見、しかし記録とかやってるヒマはない。
多頭亜竜も、触手先端の頭っぽい部分の乱杭歯、いやこっちは本当の口じゃないんだから実際は角?が周りに生えた穴を大きく開けるが、もはや酸は効かぬと悟ったのか、これを叩きつけてゴーレムを砕こうと試みる。
だがしかし水晶の硬度は金剛石に近いレベル、所詮は生物のもつ角や牙や爪で砕けるものではない。しばらく抗っても傷一つ付けられない事を悟ったらしい多頭亜竜は、己の背中に乗ったままのゴーレムを囲むように、四本の「首」を展開した。
そしてそれぞれに付いた巨大な単眼、実体は電磁波発信部位の、怪しい紫色の輝きが急激に増し始め、周囲の空気にオゾンが発生し始める。
「!?何かヤバい!ヘルツマン、止めの一撃!今だッ!!」
GOOOOOOOOOOM!!
あくまでも崇高なる雄叫びを上げ、両腕を振り上げた鉱石ゴーレム、動きの止まっているい多頭亜竜の首を片手ごとに二本ずつ、眼にも止まらぬ素早い動きでつかみ取り、思い切り引っ張って締め上げる!そして背に食いこんだゴーレムの尖ったつま先が、ズブズブと更に深く突き刺ささっていく!
背中の傷口から噴き出す強酸の体液と血液。胴体にある本物の口からの甲高い悲鳴と、単眼の紫色の輝きが徐々に弱まっていき、そして軟体生物のように全身が弛緩して、多頭亜竜は完全に動かなくなってしまった。
「やっとくたばったか……しかし最後の『目玉』の変な輝きは何だったんだ?」パイリンが訝しんでいると
「ヤアヤアご苦労様、これで心置きなく巨大水晶を持ち出して帰れるネ」戦いの終わりを確認したガイガーたちが、いつの間にかゴーレムの側に来ていた。
「うん、そしてその後、切り取った貴様の愚息を頭に載せた『チョンマゲ』スタイルの晒し首を制作予定」美麗なゴーレムの中から聞こえる、美麗とは程遠いパイリン師匠の新企画!
「残虐度アップ!ボクのジュニアの間違った使い方が今ココに提案されたッ?!」今はエクトプラズムの複製がいないので、ここにいるのが本物とバレているガイガー、愚息と命が大ピンチだ!
「パー子さん、おシリに何かする方も忘れちゃいけないデスよ!」と、今回ボケ役を殆どもっていかれ、すっかり意地悪キャラなエンジェラさん。
ともあれ、これでようやく一行の目的が果たせるというわけだが……ズルッ、ズルズルッ……音が、また新しい何かが這いずる音が洞窟の奥から聞こえてきた。、それは先ほど多頭亜竜が現れた時の、体が地面を擦る音が何重にもなったような……更にはまた紫の光の点が一つ、また一つ、またまた一つ、次第に数を増していく!
「オイ待てお前ら、激しく嫌な状況カミングスーン!」パイリンが口にするまでもなく、何が近づいて来たのかは、もはやおわかりであろう。
再び反射する月明かりの光と影の中に姿を現したのは……もちろん新たなる多頭亜竜、その数六体!!先ほどの一体より大きいのやら小さいのやら、「首」が少ないのやら多いのやら、
「なんかいっぱいキタ~ッ!」そして闇に浮かぶ多数の紫色の輝きが、徐々に明るさを増していき…… (続く)