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クレープ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・料理の切り分けなどは店主にお気軽にお申し付けください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

東大陸の未だロクに人の手が入っていない原野に常花の国、あるいは花の国と自らを称する小さな国がある。

その国の国土は原野にぽかりと浮かぶ冬が長く夏が短いその地域の中にあって唯一春の暖かさが年中続く一面の花畑。

そんな場所である。


そんな場所であるためか、100年ほど前の『邪神戦争』の折、それぞれの勢力に攻め込む前線基地を作るべく人間の連合騎士団と魔族の将軍に率いられた魔戦士たちがこの花の国に侵攻したことがある。

互いの勢力との決戦を想定して充分な武装をし、数を揃え、その花畑へと押し入った彼らは……両勢力がこの国の『国民』に襲われ、無残に敗走することとなった。


そう、1年を通して色とりどりの花が咲き乱れるその国は1000年以上前から翅持つ小さき人々『フェアリー』たちの国であった。


フェアリー。掌に乗るほどの小さき体と、自在に宙を舞うことができる蝶の翅、そしてその非力さを補って余りある、エルフにも匹敵する魔力を持つ種族。

世界全体で見ても決して弱いとはいえぬ種族である彼らはその魔力を用いて他所へ攻め込まぬほどには温厚であるが、己が領土を土足で踏み荒らすことを許さぬ程度には勇敢なものたちであった。


そんな気性の持ち主だったからこそ、人間と魔族の身勝手な侵攻に激怒した当時の女王シルヴィア=シルバリオ13世は自ら精鋭たちを率い、地の利ともてる魔力の限りを駆使して勇敢に戦い、見事に追い払ったのである。

それ以来、人間と魔族の間でその花畑はみだりに入れば死する禁足地として恐れられ、花の国はその力を発揮することなく長らく平和を享受している。


その平和な停滞に動きが現れたのは、今より半年ほど前のことであった。


「陛下!大変でございますぞ!」

美しい花々で編み上げられた緑の城にその声が響き渡ったのはとある昼のことであった。

「うむ。例のものの話だな」

急ぎ駆け込んできた老齢の魔術師団長に対し、雪色の肌に若草色の瞳と髪、そして黒い縁取りに虹の色が美しい翅を持つ、2年前に地位を母より継いだばかりの当代の花の国の女王、ティアナ=シルバリオ16世はうんざりと聞いた。

「……陛下もお気づきに?」

その言葉に、魔術師団長は思わずといった感じで問い返す。

その問いにティアナは重々しく頷いて見せた。

「無論。ここはわれ等の庭のようなものだ。異変があればすぐに分かる。

 ……ましてわれ等の城の真ん前とくればな」

その日、公務が始まってよりこの玉座のある部屋より一歩も出ることなく、ティアナは文字通りの意味で国一番である魔術師の才能によりつい先ほど起こった異変を感じ取っていた。


フェアリーはその優れた魔力と非力さ故に、魔術を重視する。

人間のように戦いに剣や弓を用いることは無く、もっぱら魔術か、魔術により生み出したゴーレムを用いる。

そのためか古来よりフェアリーを束ねる王には魔力が重視され、男女の別無く魔力に優れたものが選ばれる。

フェアリーの長たる女王が優れた魔術師であることは、必然であった。

「では向かうとしようぞ……」

そして、この報告を待っていたかのようにティアナは立ち上がる。

「それが何であれ、われ等の領土を土足で踏み荒らすことは許されない。行くぞ。みな、ついてまいれ」

無言で辺りに侍っていた近衛たちに声を掛け、飛び上がる。

そう、ここは花の国。

侵略者はけして許さぬ、誇り高きフェアリーの国なのだ。


花の国の、人間から見れば小さな城の真ん前にそれはあった。

「……これは……扉、か?」

何事かと集まった民たちと共にそれを一瞥したティアナは、思わずといった感じでつぶやく。

それは、人間が使うような大きな……花の国には無い扉であった。


何かの獣の絵が描かれた、金色の取っ手の黒い扉。

無論、昨晩までは存在しなかったものだ。

「……何か、召喚魔法の一種のようだな……よし」

その正体は皆目分からぬが故に、ティアナは決意する。

「これより、この扉に侵入する。魔術師団は国の守りをするものを選別し、残りはわれについてまいれ」

この扉の正体を確かめねば、国民たちにいらぬ不安が出てくる。

ティアナの決断は早かった。

「んな!?陛下!それは危険ですぞ!?」

「侮るなよ。われはこの国の女王だ。国を守る責務がある。

 ……なに、戦力は整えてから行くさ」

驚きの声を上げる魔術師団長を諭し、ティアナは花の国の秘密兵器を使用することとする。

「我が呼びかけに応じ、我が前にいでよ守護者よ!」

魔術を発動させながら、懐にしまっていた袋からそれを一粒取り出して落とす。

この花の国でも城の中の魔術により守られた花壇でしか育たぬ『古き竜の時代』に生まれた花の、年に1粒しか取れぬ種。

それに歴代の女王にのみ伝わる秘術を施すことで、花の国最強の守護者が誕生する。


オオオオオ……


地の底より響くような声と共に種が周囲の大地の恵みを取り込み、急速に育つ。

種よりあふれ出すのは濃い緑のつる草。

それらが伸びきった後に互いに絡まり、徐々に形を造っていく。

現れるのは、緑色の巨人。つる草がちょうど筋肉のように寄り集まっており、目鼻があるべき場所には桃色の花が咲いている。

身の丈はティアナたちにとっては見上げるほど……人間の3倍程度の大きさがある。


「よし、守護者よ。我が命に従え」


オオオオオ……


女王の命令に、巨人が地の底から響くような咆哮で応え、己の主人を認識する。

「よし……民たちよ、まずはこの扉より離れよ」

巨人を残し、ティアナたちはまず、扉から離れる。

それが魔法の産物であること以外、何であるかは分からないため、どんな危険が潜んでいるかも分からない。

それゆえの判断である。

「よし……守護者よ!その扉を開けろ!」


オオオオオ……


女王の命令に応え、巨人が身をかがめる。

その太い枝のような二本の指で器用に扉の取っ手を掴み、そっとまわす。


チリンチリン……


魔法が発動する合図である鈴の音と共に扉が開く。

「……ほう、これは転移装置であったか」

その向こう側に、うっすらと霞がかっていて詳細は見えないが、何人かの人間らしきものがいる明るい部屋が広がっているのを見て、ティアナはそれが転移の魔法を使う魔法装置の一種と知る。

「どうされますか?陛下」

「……そうだな。まずは……」

魔術師団長の確認に辺りを見渡し、花の国きっての精鋭魔術師たちに目を留める。

「向こう側の意図を探るとしよう。部隊の指揮はわれ自らが取る。よいな?」

一度決めればそれからは早い。

電光石火で決断し、ティアナは矢継ぎ早に指示を出す。

「そんな……それは危険です!向こう側に何がいるか分かったものではない!

 それにこの扉では巨人は通れませんぞ!?」

「なに、準備は怠らぬさ。魔術師団長はこちらに残り、撤退用の魔方陣を用意しておけ。

 いざというときにすぐ発動するものだ」

魔術師団長の警告にも、ティアナは頷こうとしない。

長らく独立を保ち、領土を維持し続ける歴代の花の国の女王は、王であると同時にフェアリーの中でも最強の魔術師として安全な場所での思慮よりも自ら先陣に立つ勇敢さを尊ぶものたちでもあった。

そしてティアナもまた、その伝統に恥じぬ女王であることを自らに課していた。

「これは、われ等を招くためのものだ。ならば、乗ってやろうではないか」

思えばこれは花の国にとっては100年ぶりの異常事態だ。

その事実が若い女王の心を知らず知らずのうちに弾ませる。

そう、今こそ平和過ぎて使いどころが無かった、女王にふさわしい知識と魔術という己の力を示すべきときなのだ。

「われはこの国の民を束ねるもの。ならば、向こうの首魁に話を通す必要がある」

例えそれが場合によっては危険を伴うものだったとしても。



その店の中は、ある種異様な空間だった。

「な、なんなんだここは!?」

連れてきた魔術師の1人が狼狽して声を上げる。

それほどに異様な光景だった。

扉をくぐった途端、向こう側から見たときにはぼやけていた光景ははっきりと見えるようになった。

「……落ち着け」

眼前に広がる光景……


人間と魔族と亜人種と魔物が同じ場所で戦うでもなく好き勝手に食事をしている様に驚きながらもティアナは部下たちに浮き足だたぬよう指示を出す。

(いったいここはどういう場所なのだ……)

無論、ティアナ自身ここがどういう場所か分からない。

情報が不足している。情報を少しでも集めねば。

ティアナは集中し、魔力を見ていく。

「……ハーフエルフの魔術師か」

そして、その中の1人に白羽の矢を立てる。

蒼い、シンプルではあるが仕立てのよいドレスの上から、魔力を込めたマントを羽織った、銀色の髪のハーフエルフ。

傍らに軽いミスリル銀製の杖が置かれていることから魔術師と見て間違いない。

そして魔力の強さと、その魔力の制御が行き届いている様子から察するに、生まれついてティアナに匹敵する高い魔力を持ち、さらにそれを良き師の下で相当に磨き上げているだろう。

(あのものならここがどういう場所であるか知っていよう)

そう判断し、部下たちに目配せしてその魔術師に近づく。

「……そこのもの。見たところ魔術師と推察する。われは花の国の女王ティアナ=シルバリオ16世なり。

 もしよければ、ここがどういう場所か教えてはいただけぬだろうか?魔術師殿」

女王の言葉にハーフエルフの魔術師も、黄色いスライムのようなものを食べる手を止め、簡潔に言う。

「私は、サマナーク公国王女、ヴィクトリア=サマナーク。花の国の女王に会えて光栄に思う。

 ……そしてここは、異世界食堂。異世界『ネコヤ』にあの扉を通じてつながる、食事をする場所」

この異世界食堂がどういう場所であるかを。



ヴィクトリアからこの店の大まかな説明を聞き、ティアナは考える。

「調理した食べ物を供する店か……そういえば人間やエルフはそういうものを好むと聞いたな」

ティアナは子供の頃、昔人間の世界を旅していたという教師から教わったことを思い出していた。

人間は花畑になってる果実や花の蜜をそのまま食べるフェアリーとは違い、食物を火で焼いたり、湯で温めたりして食うらしい。

そして異世界食堂とはそんな、様々な加工を施した食物を食わせる店だという。

「しかし……そんなことをして美味いのか?われが聞いた話では、花の国の蜜ほどではないと聞いたが」

「美味しい」

ティアナの問いにヴィクトリアは確信をこめて頷く。

ヴィクトリアがこの店に通い始めて8年。未だに飽きる気配が無いほど、この店の料理は素晴らしい味がする。

「そうか……まあ何事も経験だ。魔術師殿。すまないがわれ等の口に合いそうなものをお教え願えないか?」

その、ヴィクトリアの力強い肯定を見て興味が沸いたティアナがヴィクトリアに問う。

それほど言うのであれば、是非とも一度食べてみるべきであろう。

「分かった。貴女たちにぴったりの料理は……」

一方のヴィクトリアはティアナの問いかけを受け、考える。


(まず、勧めるべきはデザートなのは間違いない)

フェアリーの主食は花の蜜や花畑になる果実。

どちらも甘いものだ。

(……パフェは器が問題)

ちらりと、満面の笑みを浮かべてパフェを食べている皇女を見て……除外。

パフェを入れる器は底が深い。

この小さな女王の背丈より深いのでは食べるのも一苦労だろう。

(プリンアラモード……フェアリーは苦いものを嫌うと言うからダメ……)

次に、浅い器に盛られた己が食べているものを一瞥して、残念ながらそぐわぬと判断する。

ヴィクトリアは、カラメルのかかっていないプリンを断固として認めない派であった。

(おそらく果物が多いデザートがよい。それも生のものではなく、加工したもの。となると……)

そして、ヴィクトリアはその答えにたどり着く。

「……クレープのフルーツミックス。それが貴女たちにはお勧め」

「そうか。ではそれを戴こう」

ヴィクトリアの答えにティアナは鷹揚に頷き、肯定する。

「分かった……店主。クレープのフルーツミックスを一つ。ホットケーキのように小さく刻んでくれるとうれしい」

「あいよ」

初めて見る、童話に出てきそうな羽の生えた妖精の姿にちょっと驚いていた店主が、ヴィクトリアの注文を受け我に返って厨房へと戻る。

それから少しして、店主が皿の上に乗せたそれを持ってくる。

「お待たせしました。クレープのフルーツミックスです」

ことりと卓の上に置かれるのは、淡い黄色と茶色のまだら模様の布のようなもの。

それが白い柔らかそうな何かと色とりどりの果物を包み込み、花束のようにまとめられている。

(ほう。これがクレープとやらか……人間も色々と考えるものだ)

赤、橙、緑……鮮やかな数々の果物を包む純白と美しい模様の布。

クレープとは見目も中々によい食べ物であった。

「それじゃあこれから切り分けますんで」

それから店主はクレープを目の前の小人が食べやすいように一口サイズに切り分ける。

よく磨かれた銀色のナイフが翻り、クレープが細かく刻まれていく。

店主はクレープを出来るだけ均等に……果物が入っていない『はずれ』を作らないように注意しながら切り分けていく。

「それじゃあごゆっくり」

そしてすべてを切り分けて、一仕事終えた店主はいつものように一言残して別の客の料理を作りに厨房へと戻っていった。


「……では、まずはわれが食べるとしよう」

そして取り残された一団の中で、ティアナがぽつりと言う。

「そんな!?毒やも知れません!危険ですぞ!?」

「だからこそ、だ」

その言葉に、魔術師の1人が驚いたようにあげた言葉に冷静に返す。

「われの魔術による加護の前にはどんな毒も意味を成さぬ。なればこそ、まずはわれから口にすべきなのだ」

落ち着き払って言うが、それはただの建前である。

本音としては……目の前の料理とやらがどんな味がするのかという好奇心からであった。

(まずは……む?ほとんど味がしないな)

手じかにあった、橙色の果物が入ったものを手にとり、端っこの、布のような部分を齧ってティアナは内心首をかしげる。

その部分はほとんど味がしなかった。フェアリーの常として甘いものを好むティアナにとってはまるで期待はずれの味であった。

(う~む……次はこの白いものを……むう!?)

それに期待値を少し下げながら、白いものを舐めたティアナの目が驚きに見開かれる。

それはとろけるように甘く、柔らかかった。

甘いが、甘いだけではなく、新鮮なミルクの味がした。

(素晴らしい!この甘みが……むむう!?)

そのまま食べ進めていたティアナが、それと出会い目を白黒させる。

それは、橙色の果物であった。

甘くて水気をたっぷりと含んでいて生で食べても美味であろうものであった。

(これは……甘い果物を更に甘い水に漬けこんだのか!?)

ただでさえティアナの知る果物よりも甘い果物に、更に甘い蜜を仕込む。

それによりこのクレープに使われる果物はとろける様に甘く、ティアナを夢心地にさせる。

(なんと美味な……もしや?)

その味を堪能した後、その事実に気づき、クレープを見る。

……先ほどの橙色のものとは違う、色とりどりの、様々な果物を挟み込まれたクレープを。

(やはりか!)

そして、それらを口にしたティアナは、そのすべてが違う工夫を施された果物であることを知る。


赤いベリーは大量の砂糖を入れて煮込まれており、甘くてとろりととろける風味。

透き通った緑色のベリーは魔法か何かで一度凍らせたらしく、シャリシャリとした風味で冷たい。

そして、ティアナもよく知らぬ、輪の一部を切り取ったような元はある程度酸味があるのであろう黄色い果物は橙色のものと同じく甘い蜜を含んでいる。


(そうか、これらを包むこの布はこういう意味であったか……)

そして、それらを食べ進むうちにふと気づく。

先ほど、ほとんど味がしないと断じた布。

それもまた、計算の上に成り立っている。

甘くて白いものと、様々な果物。

その強烈な甘みを支える土台。

それこそがこの布である。

この布はあえてほとんど味がしないことで、ともすれば甘すぎて疲れるクレープの味を調えている。

そう、これがあって初めてクレープはクレープ足りうるのだ、と。


―――嗚呼、やはりこのクレープとやらは毒であったか……


そして、完成された味であるクレープを頬張りながらティアナはそれを悟る。

すでに腹の中はとうに満ちているというのに、手が口元へと運ぶのを、それを胃の中へ落とし込むを止められない。


―――きっとこれはわれの腹を破裂させようという恐ろしい毒であったのだ。


そんな考えまで頭をよぎる。

甘酸っぱい果物と白くて甘いものの誘惑はどこまでも甘美であった。

如何に強力な魔術の守りとて『食べすぎ』への抵抗力は無い。

ティアナは今までに無いほどに腹を満たすまで、止まることは出来ないのであった。


ティアナはもう少し、もう少しと限界までクレープを食べ続け、けぷりと、可愛らしい声をひとつ上げてようやく止まる。

それから甘いため息を吐き、後ろへと、ついてきた者たちへと振り返る。

「……それで、どうでございましたか?陛下……」

側近の魔術師の1人がごくりと唾を飲みながら、ティアナに尋ねる。

それに対し、ティアナは口元についたクリームを拭い取りながら、一言だけ、言う。

「うむ。問題ない……食べて、よし」

その言葉をティアナが発した瞬間。


フェアリーたちはわっとクレープに群がる。

女王が目の前に実に美味そうに食していたクレープに皆我慢ならず、そして実際に口にしてそのとろけるような甘さに歓声をあげる。

「……ヴィクトリアよ。感謝する。これは礼だ。とっておくがよい」

そんな部下たちを見守りながら、ティアナは王族に相応しい褒美……花の国の秘宝をヴィクトリアへと渡す。

「これはわれ等の国で取れた、花の種だ……お前ならば、その意味は分かろう?」

それを手にしたヴィクトリアの目が驚きに見開かれる。

「……いいの?」

一見するとどこにでもある茶色い種。

だが、それに宿る桁違いの魔力にヴィクトリアはその正体を察する。


はるか古代に花の国以外ではほぼ絶えたといわれる幻の花の種。

ただ煎じて飲むだけで1年若返り、強力な魔術の触媒にもなる。

公国にも1粒だけ厳重な守りの魔法が施された宝物庫にあるが、もし市井に出れば凄まじい値段で取引されるであろう。

「なに、問題ない。人間にとってはこの上なく貴重な品だと聞くが、われであれば相応に手に入る代物だからな」

そんなヴィクトリアに対し艶然と笑みを深め、ティアナは言う。

「……分かった。では今後、貴女たちがここで食べる料理の代金はすべて、私が払う」

貰ったものの大きさに応えるため、ヴィクトリアは更に盟約を重ねる。

例え己の寿命が尽きるまで代金を肩代わりしたとしてもこの種の対価としてはずいぶんと安いが、フェアリーの女王に渡せるものといったら、それくらいしか思いつかなかったのだ。

「そうか。すまんな」

果たしてティアナはそのことに素直に感謝の意を示す。

人間の社会からは隔絶した花の国では、人間の使う金を手に入れるのは容易ではない。

これから、クレープの対価をどうするかは懸案事項であっただけにそれが解決したことを素直に喜ぶ。


……これから、7日ごとに通うのは既に彼女の中では決定事項であった。

(なに、他のものも反対はせんだろう)

100人に及ぶ部下たちは既にあの大きいクレープを食べつくしていた。

そして、次の『おかわり』をも所望しようとしている。

彼等がこの店を再び訪れることに反対するとは、ティアナにはどうしても思えなかった。


それから、半年後。

今日も今日とて『扉対策会議』は紛糾していた。

「今日頼むべきはチョコバナナだ!あの苦味の良さが分からんというのか!」

「何を言う!イチゴジャムの甘さとクリームチーズの甘酸っぱさの相性のよさの方が上であろう!?」

「甘さであればカスタードの方が上だ!ならばカスタードをメインにしたものにすべきだ!」

「それは違う!違うぞ!カスタードでは生クリームのあのふんわりとした食感は出せぬ!

 カスタードより生クリームの方がうまいのは世の理なのだ!」


「あの~、聞いたところによればクレープには甘くないのもあるみたいですが」

「「「「却下だ!甘くないクレープなどクレープではない!」」」」


議題は『フルーツミックス以外にどのクレープを頼むか』だけあって、一向にまとまらない。

「陛下!今回選ばれた国民がすでにネコヤ扉の広場に集まっております!

 早急に旅立たねば、暴動になりかねませんぞ!」

そんな会議のさなかに今回は選に漏れた魔術師団長が入ってきて、ティアナに報告をあげる。

「分かった。すぐに向かおうぞ」

その言葉にティアナが重々しく頷き、おもむろに立ち上がる。

「行くぞ。結果が出なんだのが残念だが、残りは向こうで考えよ」

それだけ言って、ティアナは国民たちが偉大な女王が現れるのを待つ広場へと向かう。


あれから、情報を持ち帰ったティアナたちは議論を重ね、ネコヤに対しひとつの取り決めを作った。

如何に人間用の巨大な店であるとはいえ、数千を優に越えるこの国の民全員で押しかけてはさすがに迷惑というもの。

故に7日に1度開かれる扉を通るは、地位も年齢も力も関係ない、厳格な抽選を経て選ばれた200人の民とティアナのみとする。

そんな取り決めである。


「待たせたな!民たちよ!今こそ向かおうぞ!異世界食堂へ!」

手に異世界の菓子を入れるために草のつるで編んだ籠を持ち、扉の前を期待を隠せぬ様子で舞う国民たちに、ティアナが言葉を掛ける。

どっと歓声が上がり、国民たちがさらに扉の前に集まってくる。

「よし!ゴーレムよ!扉を開けよ!異界へと続く道を開くのだ!」

命令を受けて、最近すっかり扉を開く係と化した巨人がドアノブをまわし、扉を開ける。


チリンチリンという鈴の音を聞きながら、無数のフェアリーが扉をくぐる。

「あ!いらっしゃいませ!」

その様子に、最近雇われた魔族の給仕が慣れた調子で朗らかに言う。

「うむ。まずは卓へと案内せよ。それから、メニューだ」

そんな給仕に一つ頷き、ティアナは堂々と命令する。


そして、その日もまた、甘い宴が始まった。

今日はここまで。

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