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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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タンメン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・塩らーめんがひらがななのは、仕様です。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
すっかり夜も更けた午後9時。
「さてと……どうすっかな……」
食堂内の掃除をアレッタに任せつつ、調理台の前で店主は1人どうしたものかと考えていた。

異世界食堂の営業も無事終わり、食堂内の簡単な片付けも済ませたが、一つ大事な問題があった。
この時間になってもまだ食べられていない、夜食の問題である。

今日は大繁盛だった……大繁盛過ぎた。
何しろあの小さな体のどこに入っているのかと不思議になるくらい料理を食べる裸足の小人が家族連れを含めて二桁もきたのだ。
(生粋の異世界人であるアレッタが言うには『ハーフリング』と言う人間とは異なる種族らしいが、店主にはいまいち人間の子供との違いがわからなかった)

たった10人、されど10人。
1人で一家族分をペロリと平らげる彼等が集団でやってくると、毎回店はひどく忙しくなる。
何しろ相手は筋金入りの食いしん坊であるところのハーフリングである。
ついでに何ヶ月に1回しか寄ることが出来ない異世界食堂に来るとなれば、元々『計画性』やら『貯蓄』なんて言葉が頭の中に存在しない彼等は手元の有り金全部使ってありったけの料理を頼む。
そりゃあもう次々と頼んで食う。
しかもそれを見て他の普通の客も食欲を刺激され、いつもより多めに料理を頼んでくるのである。
かくして異世界食堂は平日の昼休みを髣髴とさせる戦場のごとき有様となり、店主とアレッタの夕食時間は夜食と言っても良いこの時間までずれ込んだ。

まあ、それだけならまだいい。問題は……

「パスタすら残ってねえ……」
そう、主食の欠如である。これもまた、あのハーフリングたちの仕業である。

ハーフリングに貯蓄と言う考えは無い。
そのため、有り金全部と言っても割とたかが知れている。
昔、一度だけ食い逃げをやらかした、鼠みたいな顔つきのハーフリングがいたが、その男がその後どうなったかはいつの間にやら大陸をまたいでハーフリング全体に広まっており、異世界食堂で食い逃げをしようというハーフリングはそれから1人として現れていない。

かくて、胃袋より先に懐が限界を迎え、泣く泣く注文を終えるハーフリングは意外に多い。
で、注文を終えたハーフリングはどうするかと言えば、パンとライスとスープをこれでもかとばかりに食うのだ。

ねこやでは、パン、ライスとスープはお代わり自由。いくら食べても値段は変わらない。
となると少しでも腹を満たそうと、彼等はお代わりを重ねるのである。
味噌汁をおかずにライスを、スープをおかずにパンを食べるのは当たり前。
彼等は全パターン網羅なんてことを平気でやる。
ついでに卓の調味料をたくみに使い分け、様々な味付けを施して食べたりもする。

肉の日のバター入りとん汁にヒントを得たのか、パンを頼んでついてきたバターを使わず、その後お代わりした熱々のライスに乗っけて、醤油をたらして食うなんて、教えてもいない食べ方を勝手に編み出していたりするのである。

そんなわけで、ライスとパン、スープは完全に食い尽くされた。
元々備蓄が少なくなっていたパスタや粉物も、もはや1人分すら残っていない。
幸い肉や野菜などは残っているが、日本人として、主食なしと言うのは辛いものがある。
そんな状況である。
「飯を今から炊いてたんじゃ遅くなっちまうが……何も食わせないわけにもいかねえよなあ……」
自分一人ならすきっ腹を抱えて寝ると言う手もあるが、土曜の場合は本日最後の客と言うか、従業員が残っている。
思えば今日は忙しくて昼もかなり適当に済ませている。
それで夕食なしと言うのは……余りに切ない。
「なんかあったか……お、そうだ」
しばし考え、店主はそれの存在を思い出した。
「確か袋麺の買い置きなら、3階にあったな……」
時々無性に食べたくなるので買い置いている、インスタントの塩らーめん。
2週間前に1袋だけ使った5袋パックがまだ残っていたはずだ。
「となると作るのは……タンメンだな」
出っ張ってきた腹をさすりながら、最近野菜を多めにとるようにしている店主は手早くメニューを決める。
きっちり油通しした、肉野菜炒めを乗せたタンメン。
最近はインスタントラーメンを食べたくなったときはもっぱらこれだ。
「っしゃ。取り掛かるとするか……」
食堂の掃除をしているアレッタが掃除を終えるまであと10分。
これだけあれば充分完成するだろう。

そして10分後。
「よし。お掃除終わり!」
右手にモップ、左手に台ふきんを手に、丁寧に確認を終えたアレッタは満足げに食堂の中を見渡す。
黒光りする木製の卓はピカピカに磨かれ、床にも食べ残し1つ落ちていない。
「さてと。マスターに報告に行く前に手を洗わないと」
そう呟くとアレッタは掃除道具を片付け、それから手を洗う。
まず手を下に持ってくだけで水が出る不思議な魔道具で手をぬらし、それから備え付けの手を洗うための緑色の薬品を掛けて、泡立たせる。
そして手をこすり合わせて手を洗う。店主に言われているとおり、爪の中、指の間まで丁寧に。
「……うん。綺麗になったかな」
そして手もすっかり綺麗になったところで手洗いも終わり。
これで、後は晩御飯を食べた後に厨房の掃除をすれば今日の仕事は終わりだ。
「……今日のお夕飯、なんだろう?」
それを考えると、お腹が切ない悲鳴を上げる。
今日のお昼は、ハーフリングがお土産にと頼んだときに多めに作ってアレッタへと出した、サンドイッチだった。
3つ全部違う味で、この食堂の料理の常で相変わらずとても美味しかったが、如何せん量があまり無かった。
アレッタとて、まだ育ち盛りから抜けきっていない若い娘。
流石にハーフリング並、とは行かないが、結構食べるのである。
そんなわけでお腹をすっかり減らしたアレッタは厨房へと行く。
「マスター!食堂のお掃除、終わりました!」
厨房で今日の賄いであろう料理を作る店主に声を掛ける。
「おう。お疲れ。ちょうど今出来たところだ」
一方の店主も計算どおりとばかりに振り返り、仕上げにかかる。

深くて大き目の器に満たされた澄んだ淡い黄色みを帯びた白いスープに、ちょうど茹で上がった麺を2人分、均等に入れる。
それから麺が茹で上がるまでにさっと仕上げた、小海老と豚肉入りの野菜炒めを乗せて、完成。
「よし。特製タンメンの出来上がりだ」
あたりにふわりと広がるのは、少しだけ香辛料が入ったスープの温かな匂い。

……きゅるり

「あう……」
その匂いに思わずお腹を鳴らしてしまい、顔を真っ赤にしたアレッタに、店主は笑いを浮かべながら言う。
「よし、腹も減ってるみたいだし、さっさとメシにするか」
「は、はい!」
そうして2人は食堂へと向かい、適当な席へとつく。
「それじゃあ、いただきます」
「はい……魔族を守護する大いなる神よ。私に糧をもたらしていただき、感謝いたします……」
いつもどおりに2人は食前の祈りをして、早速とばかりに食べ始める。

店主はレンゲでスープを一掬い飲んでいつもの味に頷いた。
「うん。やっぱインスタントラーメンっつったらこれだな」
子供の頃から食べなれたこの味。
あれから料理の腕は大分上がったし、本格的なラーメンも何度も食べているが、やはりこれはこれで美味いと思う。
(こういうのは、食べなれたもんが美味いってことかね?まあ、具は大分豪華だけどな)
そんなことを考えながら、店主はラーメンをすすりこみ、上に乗せた、小海老と豚脂のきいた野菜炒めを食べる。
昔、中華屋でバイトしていた頃に覚えた、中華風野菜炒め。
具の刻みは火の通りが均一になるように、油通しを忘れずに、と言う基本は今もしっかりと店主の中で生きている。
そうしてラーメンは瞬く間に無くなるのであった。

一方のアレッタもまた、タンメンを堪能していた。
まず、上に載せた野菜炒めから食べ始める。
(あ、これ……美味しい!)
フォークで野菜炒めを掬い上げ、口に運んだアレッタはその野菜炒めの味の良さに毎度ながら驚く。
上から香ばしい種が振りかけられた、脂の乗った豚肉と出汁がたっぷりと詰まった小海老の旨みを含んだ野菜炒め。
淡い黄色で歯ごたえのある何かに、黒くて少し透き通った何か。
それに見慣れた濃い緑で苦味がある野菜と、淡い緑の葉野菜に、細くて白い透き通った野菜。
カリュートやオラニエといった見覚えのある野菜もしっかり入っている。
それら入っている野菜は、すべて水気と食感をしっかりと残しながらもしっかりと火が通っている。
噛み締めるたびにしゃきしゃきとした歯ごたえと共に溢れる野菜の汁が、豚の脂、海老の旨みと混ざり合って素晴らしい味がする。
アレッタは瞬く間にその味のとりこになった。
(それにこの麺も!)
そして、その具の下に隠されている麺と汁も侮れない。
いつもの、ねこやで出してる『パスタ』や『スパゲッティ』とは違う、細くて縮れた麺。
それをフォークで巻き取り口に運ぶとつるつるで、ちょっとだけ香辛料が入った塩味のスープが良く絡んでいて美味しい。
そしてスープ。
これもいつものねこやとは大分趣が違うが、それでも香辛料と旨みのバランスがしっかりしていて美味しい。
具と、麺と、スープ。それら3つが渾然一体となり、タンメンという料理になる。

……ただ一つ、不満があるとすれば。

(あ、無くなっちゃった……)
瞬く間に食べ終えてしまえる量。
一杯丸々食べたのに正直、物足りない。
朝から夜までしっかりと働いて、いつもより余計にお腹がすいているのでなおさら。
「……お代わり、するか?」
そのことを残念に思って、名残惜しそうに空になった器を見ていたアレッタに、店主が尋ねる。
「え!?いいんですか?」
「おう。今日はろくなもん食ってなかったから、腹が減っててな。
 ちょうど麺があと2袋残ってる。この際全部食っちまおうと思うんだが……お前さん、どうする?」
「もちろん頂きます!」
アレッタは店主の提案に一も二も無く頷いた。
お腹はまだまだ一杯には程遠い。
タンメンをもう1杯くらいならたやすく入ると、アレッタは確信していた。
「よっしゃ。次は卵も入れるか……」
そんなアレッタに店主は頷き、立ち上がって本日2杯目のタンメンに取り掛かる。
そうして激戦を終えた後の、タンメンの夜は静かにふけて行くのであった……
今日はここまで。
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