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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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ローストチキン

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・店内での迷惑行為に関しては、店主の判断により入店拒否させていただくことがありますので、ご注意下さい。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
ねこやビルの2階には、一軒のバーがテナントとして入っている。

店の名は『レオンハート』

元々は営業として日本全国と海外を飛び回っていたマスターが20年ほど前、早期希望退職に応じたあと家族の反対を押し切って始めた、大人の社交場。
それなりに大きい料理屋が作れるほどの敷地の大半を酒を置くための酒蔵に改造し、店の部分はマスターが1人で回せる大きさのカウンターが一つあるだけのこじんまりとした店である。
若い娘も居らずカラオケも無いが、酒はマスターが日本全国どころか海外まで飛び回ってた頃の知識を生かして集めた酒が安いものから相当な値段のものまで揃っているし、酒に詳しいマスターが手頃な値段で美味しい酒を出してくれると言うことでそれなりに常連もついている。
下手な商売っ気や贅沢する気さえ発揮しなければ、多分死ぬまでは普通に暮らせる程度には儲かる。
そんな店である。

さて、この店には普通のバーには無い売りがある。
『出前』である。

午後6時の開店から午後9時までの時間帯に限って注文できる、下の料理屋から『出前』と言う形で届けられるこの店の酒のつまみ。
それはそこいらの居酒屋よりはるかに美味い。
出されるものは手でつまめる軽いものだけだが、どれもちゃんとした料理人が作った『プロの味』であり、酒との相性もよい。
店の敷地の大半を占める酒蔵いっぱいの多種多様な酒と、出前で届けられる他の店とは一線を画す美味いつまみ。
その組み合わせは好評で、いそいそと仕事を片付けた近所のサラリーマンが気に入りのつまみを肴にお気に入りの酒を一杯引っ掛けて行くのがこの店の風景である。

そして、マスターがその注文を受けたのは、とある『土曜日』の営業中のことであった。

チン、と軽やかな音を立てて酒蔵の奥に設置されている食材搬入用のエレベータが2階で止まる。
その音を聞きつけ、客に一言断りを入れてからマスターは頼んでいた出前を受け取るべく客からは見えない奥まったエレベータの元へと向かう。
「やあ、待ってたよ……おや、今日はキミが持って来てくれたのか」
出迎えたマスターは、トレーを抱えてエレベータから出てきた店主に、少しだけ不思議そうに尋ねる。

マスターはこのビルのオーナーでもある下の料理屋『洋食のねこや』の秘密……異世界食堂のことを知っている。
今から20年近く前、今やこの店の売りのひとつである出前サービスを請け負ってくれると言う条件にひかれてここの2階を借りた後、先代の店主にそのことを聞かされた時には随分と驚いた。
だが、そうは言っても元々店が違う地下1階での出来事。
時々『向こうの客』に出すための酒を売ってくれといわれるくらいでビルの2階にあるレオンハートには殆ど影響せず、いつしか慣れた。
「てっきりいつものお嬢さんが持ってくると思ったんだが……酒についての相談かね?」
ここ数ヶ月の間、土曜のこの店に『出前』を届けるのは店主が新しく雇ったという変わった髪飾りをつけた金髪のウェイトレスの仕事である。
だからこそ、店主が持ってくるという場合は、大抵は何か酒について相談があるとき。

今の店主が未成年だった頃からの付き合いであるマスターはその意味を正確に察していた。
「ええ。ちょっとご相談したいことがありまして」
そんなマスターの問いかけに軽く答えながら、店主は運んできた出前が乗ったトレーをマスターに渡す。

鮮やかな緑の、茹でたてでまだ温かい枝豆。
青海苔と塩で味付けされた揚げたてのポテトチップス。
甘い自家製のラムレーズンバターを塩味のビスケットで挟んだレーズンバターサンド。
卵とツナ、そしてハムチーズと定番の風味が揃ったミックスサンド。
最近メニューに加えたという洋食屋らしからぬバター醤油、ネギ味噌、塩昆布の混ぜご飯の3種類の焼きおにぎり。

上に乗せられた料理はどれも開店直後に休日出勤の仕事を切り上げていそいそと尋ねてきた常連達の注文であり、レオンハートのつまみの中でも特に人気が高い品ばかりである。
「やあありがとう。先にこれを出してきてから相談に乗ろうか」
マスターはそう言うと店主から受け取った料理を次々と客の前にそっと置いていく。
「お待たせしました。出前が届きましたよ……何か、お代わりを用意いたしましょうかね?」
そうして一言添えつつつまみを置き、ついでにつまみに合う酒の注文を受けてそれを出していく。
そして追加の注文の準備を淡々と行い、出す。
静かに飲みたい客が多いレオンハートではうるさく騒ぐような客は滅多に来ないので静かなものだ。
「それではごゆっくり。私は少しここを外しますので」
客たちに再び一言断ってから酒蔵に舞い戻る。
「それで、どんな酒が欲しいのかな?」
エレベータの前で待っていた店主に何が欲しいかを尋ねる。
「そうですね……甘口の焼酎であんま高くないのを一升瓶で2本くらい、分けてもらえますか?
 どうも今日の客は焼酎が好みのようで」
店主の方も慣れたものですらすらと淀みなく『注文』を伝える。

「なるほど、焼酎か。そうだな……九州から取り寄せた芋と麦の本格焼酎でいいかな?度数が少し高い奴なんだが」
店主の注文に少しだけ考え、条件に合致するものをさっと選び出し、告げる。
「ありがとうございます。助かります」
店主が頷く。
下戸である店主は酒の味には余り詳しくないし、何より目の前の人物が酒の目利きに掛けては相当なものであることを知っている。
その彼が選んだ酒ならば間違いはないと信頼していた。
「では……これだな」
マスターが素早く酒蔵に並ぶ酒の中から目的のものを見つけ出し店主に渡す。
「酒代はいつもどおりツケにしておくよ。月末の家賃から引いておいてくれ」
「はい。ありがとうございました」
一升瓶を2本抱えながら店主が軽く礼をした。

「そういえば、それを出す客はどんな客なのかね?」
店に戻ろうとしている店主に、マスターが尋ねる。
確かこの前頼まれたのはウィスキーの大瓶で、背中に斧を背負った背の低い老人2人と言う、なんとも不思議な客に注文されたと言う。
今日の注文はどんな人たちだろうか?
そんな好奇心からである。
「ああ、これを頼んだ客はですね……鬼でした」
少し言いよどむ。余りにも似合い過ぎて、例えが一つしか思いうかばないそんな新顔の客を思い出したのだ。
「お、おに?」
「ええ。でかくて角生えてる、あの鬼です」
思わず聞き返したマスターに苦笑しながら、店主は再びその答えを口にした。


西の大陸、山国の街道に程近い、旅人のために用意された粗末な山小屋。
「焼くべきだろう」「いいや、煮るべきだね」
その中で今日、新しく手に入った『食材』を前に、そこを住処とした(おうが)の夫婦、タツジとオトラはそれをどう食べるかを話し合っていた。
「こういうのはよお、さっぱり食うのが美味いんだよ。まだガキみたいだしな。
 こいつをさっと捌いて塩振って炙って食う。それでいいじゃねえか」
並の人間の倍近い大きさを持ち、真っ赤な肌と黒々とした髪から黄色い2本の角を生やした鬼。
前に殴り殺した虎の毛皮で作った服を来たタツジは、早く食べられるものを望み。
「いやいや、良く見ておくれよお前さん。コイツの足の裏、酷く毛深いだろう?
 きっと灰汁も強いよ。しっかり煮込まにゃあ美味しくはないだろうさ」
普通の女より頭3つ分は大きい、ざんばらの黒髪に白い顔からすらりと2本の角が伸びているオトラは少ない肉の量でも満足感がある汁を作ろうという。

お互い一歩も譲らない。どちらも自分の料理法の方が食材を美味しく食べられると思っているので平行線である。
そして、結論が出ないまま話が続けられそうになっていた、そのときだった。
(おうが)の旦那に奥さん。ちょいといいですかい?」
『食材』が2人に話し掛けて来たのだ。
「なんだ?」
「言っとくけどね。自分は美味しく無いから食わないでおくれと言うのはナシだよ。
 アタイならちゃんと美味しく料理できんだからね」
食材に話しかけられ、議論から気がそれた2人が口々に言う。

「ええ、ええ。分かっておりますとも……」
その言葉に運悪くこの鬼たちに捕らえられてしまった食材……旅小人(はぁふりんぐ)の“自称”吟遊詩人、ネズミはごくりと唾を一つ飲む。
山の蔓草で作られた荒縄で縛られたまま、横目で部屋の端に積み上げられた骨の山をちらりと見た後、言葉を紡ぐ。
「横からお話しを伺っておりましたがね、どうやらお二人とも随分と舌が肥えていらっしゃるようだ。
 それでふと思ったんですが……お二人とも、異世界の料理ってえのはご存知で?」
あそこに行ければ多分命拾いできる。
そんな考えを悟られぬよう、笑顔を浮かべて心根を隠す。
「異世界?」「料理?」
一方の2人は突然そんなことを言い出した食材に対して、不思議そうに聞き返す。
「そのとおり。異世界の料理でございます。
 実はですね、7日に1度……ちょうど今日、この辺りに異世界の料理を出す店が現れるんでさあ。
 そんでそこの食い物ときたらそりゃあこの世のもんとは思えないほど美味いって評判でして」
食いついた。
そのことに内心で舌なめずりをしながら、ネズミは言葉を続ける。

「嘘つけ」「んなもん、聞いたことないよ」
「いえいえ。それが本当でして。山を登ったところにあるんですがね、さっきも申しましたとおり、7日に1回しか開かないんですよ。
 ……それにそこにある酒もまた絶品でしてね。いやあ残念だなあ。
 あっしなら案内も出来るんですが、如何せんこれじゃあなあ……」
疑いの色が濃い2人に対し縛られたままため息をついてみせる。
助かりたいがための演技に見えぬよう、あの店の料理を思い出して、実際に心から残念と言う気持ちを込めながら。
「……そんなに言うなら、てめえがその店に案内するまでは生かしておいてやってもいいぜ?」
「……いいかい?嘘だったら生きたまま足から食うからね?」
そんなネズミの言葉に真実を嗅ぎ取ったのだろう。
鬼の夫婦はそんなことを言う。
「おお!それはありがてえ!そいじゃあ案内しますんで……」
縄を解いてくれ、と言う前にひょいと持ち上げられ、肩に担がれる。
「おう、どっちに行けばいいか教えろや。そこまで俺が運んでやらあ」
「これで逃げられたら丸損だからね。生きたまま食われたくなかったらしっかりと案内おしよ?」
「……へえ」
世の中そんなに甘くない。
ネズミは残念半分、安堵半分のため息を込めながら言葉を吐き出した。

それから鬼の足でざっと1時間走り、彼らはそこにたどり着いた。
「……これか」「まさか本当にあるとはね」
2人は不思議なこともあるものだと思いながらネズミを降ろして呟く。
案内された先にあったのは、猫の絵が描かれた黒い扉。
異世界食堂への扉であった。

「ここでさあ……旦那、済みませんがあっしが色々教えますんで、そろそろ縄といちゃもらえませんか?」
「……まあいいだろう」
普通に考えればこんなところに場違いな扉なんぞあるわけが無い。
つまりコイツの言うことは本当なのだろう。

そう判断し、ネズミの言葉に頷いて縄を引きちぎってやる。
晴れてネズミは自由の身となった。
「お~いてて……」
きつく縛られた縄の痕をさすりながら、ネズミは鬼の夫婦に言う。
「そいじゃあ早速扉を開けてくだせえ」
「なんでだ?お前があけりゃあいいじゃねえか?」
ネズミの言葉に、タツジは不思議そうに言う。

その言葉に対し、ネズミは心底悲しげに目を伏せて言う。
「いやそれが、あっしはこの扉に嫌われてやして……ほれこのとおり」
ネズミは扉の取っ手に手を突き出し……取っ手に触ることなくすり抜ける様子を見せる。
「お恥ずかしい話ですがね、むか~し向こうで食い逃げやらかしたら『入店拒否』されるようになっちまいやして。
 あっしでは扉を開けられなくなっちまったんですよ」
事実であるだけに、ネズミの言葉には心からの残念な気持ちが篭っていた。

昔、空腹の余り金が無いのに料理を頼んでたらふく食い、黙って帰った代償は大きかった。
あの後店主にも謝り、店主には一応許してもらえたが扉には許してもらえず、未だにあの扉は自分の手では開けない。
そんなわけでネズミがあの店に行こうと思えば山国のお武家様や海国の陰陽師、世間知らずのお姫様……

そして恐ろしい人食い鬼の夫婦といった『開ける客』を用意する必要があった。

「そんなわけですんで、旦那、お願いしまさあ」
「しゃあねえな」
ネズミに促され、タツジは扉に手を掛ける。
するとネズミの場合とは違ってその大きな手はすり抜けることなく取っ手を掴むことが出来たので、扉を開ける。

チリンチリンと音を立てて扉が開く。
「……じゃあ、行くとするか。オトラ、行こうぜ。あとてめえもついて来い」
「はいよ」「へえ」
オトラとネズミに声を掛け、タツジは身をかがめて扉をくぐる。
それが、彼らが異世界食堂の客となった瞬間であった。

夕暮れどきだったはずだが、店の中は明るい。
タツジとオトラは店内を見渡し……それに気づく。
「てめえ……」「アンタ……」
「いやいや。わざとじゃあねえんですよ」
状況を理解し、ネズミを睨む2人にネズミはすました顔で言う。

店の中にはいつもどおり常連たちが思い思いの料理を飲み食いをしていた。

タツジが今まで見たどんな武士よりも強そうな気配を漂わせた大柄な武士。
タツジに対し、探るように鋭い殺気をぶつけている、細い剣を下げた男のエルフ。
明らかにやばそうな、全身に傷跡が走った獅子頭の魔族。
装いからして山国の高位の武家の出であろう武士と、強い魔力を感じさせる海国の陰陽師。
金色の、光の神の高司祭であることを示す聖印をぶら下げ、同じように若い娘の司祭を連れた若い女。
肉に包まれた卵という料理を食べる下半身が真っ赤な大蛇であるラミアに、血のように赤いワインを飲む吸血鬼の夫婦。

そして、タツジですらまるで想像がつかぬほどの底知れぬ力を感じさせる、老いた魔術師。

……タツジたちでも精々1人相手をするのがやっとであろう凄腕の戦士や魔術師、魔物たちが何人も、それぞれに料理を食べながら鬼であるタツジたちを見ていた。

タツジとオトラは、これでも辺り一帯では恐れられ、夫婦で幾多の討伐に来た敵を退けた、歴戦の鬼である。
だからこそ、分かる。

大まかな相手の強さ……今、この場にいるものたちを敵に回した場合、勝つどころか生き残るのすら絶望的であることを。

それは、この店の中では大人しくしている必要があることを表している。
暴れるなど、もってのほかであった。
「なんせここの飯と酒はどれもこの世のもんとは思えねえくれえうめえって逸品でして。
 食いたがる客にゃあこうしてすげえ人らが混じってるって寸法で」
とりあえず、命の危機はこれで脱した。
そう思いながら、ネズミは2人に説明し、そのまま東の大陸の出であろう金色の髪の魔族の給仕に注文を告げる。
「そいじゃあ、注文は僭越ながらあっしが……お嬢さん、すいやせんが酒とくいもんをたのんます。
 酒は『しょうちゅう』をいちばんでかい瓶でくだせえ。それと杯を3つに、ろっくを。
 それとくいもんは……ろぉすとちきんを6本。まずはぐれいびぃそぉすで。
 それとすいやせんが酒を先にくだせえ。それと、ろぉすとちきんのほうは肉だけでいいんで」
「は、はい!」
常連らしい慣れた調子で矢継ぎ早に言われた注文に頷き、となりの鬼の2人を見上げていた給仕が大きな声で頷き、店主に色々と伝えるべく奥の厨房へと入っていく。
「さて……お二人とも、適当な卓へどうぞ」
それを見送って、ネズミは2人に笑いかける。
旅小人独特の肝の太さで、睨みつけられても何処吹く風であった。

「……っち。後で覚えてやがれよ。オトラ、行くぞ」「あいよ」
そんな、おのれの膝ほどまでしかない小男を睨みながらタツジはため息をつき、オトラと共に開いてる卓を見繕い、どっかりと良く磨かれた床に腰を下ろす。
そして丁度いい位置に来た卓に肘を乗せながら、気を取り直して椅子に座って足が完全に床から離れているネズミに尋ねる。
「そんでアンタがさっき頼んでたのが異世界の酒とメシって寸法かい」
「へえ。そのとおりで」
ニコニコと笑みを浮かべながらオトラの確認に頷き、ネズミは己の経験から見立てた、この2人にぴったりの料理について説明する。
「まず『しょうちゅう』ってえのは異世界の酒でしてね、どわぁふの火酒のように強ええのに酒精だけじゃあなくてしっかりと味がする酒ですよ。
 氷を入れた硝子の杯にそいつを入れてきゅっとあおると最高でして……っとちょうどよかった」
「あの……ショーチューをお持ちしました」
丁度良い具合に給仕が運んで来た透明な硝子の大瓶に入った『しょうちゅう』にネズミは顔を綻ばせる。
「いやはやおありがとうございます……旦那、奥さん、まずはご一献」
そそくさと給仕から酒と硝子杯を受け取る。
一緒に持って来てもらった大きくて透明な氷を杯の中にいれ、酒をなみなみと注ぐ。
「かなり強い酒なんで、気をつけてくださいよ」
2人に一応忠告しながら自分の杯にも少しだけ酒を注ぐ。
「へ。この程度の酒なんざ……うおっ!?」
タツジは受け取った杯を一息に煽った後、驚いた声を上げる。
タツジが飲んだのは、普段飲む、オトラが仕込んだ濁り酒とは一線を画す、強い酒。
それは舌の上を通るときは柔らかくするすると入っていくくせに強い酒精を持っていて、喉と腹をかっと熱くさせた。
「……驚いた。びっくりするほど濃いのに匂いが良くてうまいじゃないのさ」
対して軽く一口だけ口に含み、舌の上で転がしていたオトラは、その味に驚く。
美味かった。
どわぁふの火酒のように強い癖に、あの酒精独特の風味はあまり強くない。
それどころかかすかに甘い匂いと味すらして、口に含むとじんわりと広がる。

「なるほどなあ。異世界の酒ってのは本当にうめえんだな」
手酌で再び杯に酒を注ぎ、オトラにもお代わりを注いでやりながら、タツジは頷く。
オトラは結構な料理上手で酒の仕込みもうまいが、これは別格の強さと美味さだ。
……先ほどからかぱかぱと酒を飲んでいるどわぁふの客がいるのも納得できる味である。
「へえ。ここの料理はどれも美味いですが、酒もまた別格なんでさあ」
どこか誇らしげにネズミがタツジに言う。

旅小人に生まれたものとして、この場所のことは昔から知っている。
……ネズミの観察眼もあって、今まで案内した『客』でここの料理に満足しなかった奴は1人もいない。
「そいで、料理の方はどんなもんなんだい?『ろぉすとちきん』とか言ってたけど」
それからしばらく酒を楽しみ、1本目の焼酎が空になった頃、ちびちびと酒を舐めながら、オトラが尋ねる。
正直この酒が美味いだけに、つまみが外れだったら余計にがっかりだ。
そんな気持ちからである。
「へえ。ろおすとちきんってなあ、脂が乗った鳥の脚の肉を焼いたもんで……おっと、来た来た」
「お待たせしました。ローストチキンです」
ネズミがどんな料理かを説明しようとしたところで、大きな皿と新しい焼酎のビンを抱えた店主が料理を持ってくる。
宴用の大皿にどんと乗っているのは、こんがり焼かれて焦げ目がついた、大きめの鳥の腿肉が6本。
その上からは肉汁を使った味付けの汁と黒胡椒がたんまりとかけられている。
「それじゃあごゆっくり」
ごとりと卓のど真ん中に皿を置くと、店主は再び調理の仕事に戻る。
「こいつがろぉすとちきんか……」
「ただ鳥の肉を焼いただけみたいだが……中々美味そうじゃないのさ」
夫婦揃って香ばしい匂いに鼻をひくつかせ、唾をゴクリと飲む。
「ささっ。お熱いうちにどうぞ。こいつは熱々のうちに食うのが一番でさあ」
自身もちゃっかり一本確保しながら、ネズミが2人に料理を勧める。
その勧めに2人はろぉすとちきんを一本つまみ上げると、2人同時にがぶりと噛み付く。

「「おおおう!?」」

その瞬間、口の中を襲った味に、驚きの声を上げた。
それは、ただ焼いただけとはとても思えぬほど、素晴らしい味だった。

脂が程よく抜けて、香ばしい匂いと共に千切れる皮。
絶妙の焼き加減のお陰で熱々の肉汁が溢れんばかりに含まれた、丸々と太った柔らかな肉。
そしてその上から掛けられて、味を引き締めている、肉から零れた肉汁を使った味付けにぴりりと辛い胡椒。
その3つが肉の上に美味さが舌から頭まで抜ける。
「どうです?美味いでしょう?」
ネズミの言葉に、タツジとオトラは思わずと言った様子で頷く。
焼いただけでこれほど美味い肉は初めてであった。

「そしたら、次はこうです!」
そう言うとネズミは肉を一齧り食いちぎって飲み込んだ後、すかさず新しく来た酒の封を切り、杯に注いで煽る。
「あ~!たまんねえ!」
ぐいと口許を拭い、会心の笑みを浮かべる。
口の中一杯に広がるろぉすとちきんの旨みとそれを洗い流すように口の中に流し込まれる強い酒。
この組み合わせはネズミの知る異世界食堂の料理でも特に美味い食べ方であった。

「っかあ~!なんだこりゃ!?」
「こりゃもうたまんないねえ!ちょいと!肉も酒も足りないよ!お代わり持ってきとくれ!」
ネズミに習い、同じ食べ方を試した2人が吼える。
ただでさえ大好物の肉と酒。
それもこの世のものとは思えないほど美味いものとくれば、こうなるのは必然であった。

「さあさあじゃんじゃん食べてくだせえ。今日のお代はあっしが持ちますんで。
 ……ああ、次のろぉすとちきんは照焼とカレー味でたのんまさあ。あのあま~いのとからいの。
 まずぐれいびぃで一杯やった次にはやっぱこいつでいかにゃあいけません。それとつまみは……」
ガツガツと料理と酒を貪る2人をちらりと見ながら、ネズミは矢継ぎ早に料理を頼む。
そして2人は次々と運ばれてくる料理に舌鼓をうち、強い酒をどんどんと飲み……

気がつけば、辺りはすっかり昼となっていた。
「うう……」
山頂の、昨日は確かに扉があったところで、タツジはのっそりと起き上がる。
「頭が、いてえ……」
昨日は、飲みすぎたせいか、頭がぼんやりと痛い。
あの『しょうちゅう』と言う酒は強い。強すぎた。
酒といえばオトラが仕込んだ濁り酒しか知らぬタツジは飲みやすさも手伝って2人で何本も空にした結果、見事に酔いつぶれたのだ。
「おうい……起きろ……」
頭を振りながら、隣で眠るオトラを起こす。
「うう……気持ち悪い……」
オトラの方も見事に酒にやられたらしく、動きが鈍い。

「……どうやらアイツは、逃げたらしいな……」
いつの間にやら、あの小男の姿は完全に消えていた。
今からではどうあがいても追いつけはしないだろうし、そもそも何処に行ったのか分からなかった。
「まあいいか……」
ぼんやりと満足げに呟く。

昨日の記憶は曖昧だが、覚えていることはある。

あの扉は7日に1回現れる。
やばい客がごろごろいる上に二度と店に入れなくなるので暴れるのは厳禁。
あそこの店主は人間の使う金を払えば、例え鬼相手だろうとちゃんと酒と飯を出す。

……そしてあそこの酒と飯は、半端じゃなく、うまい。

「次は6日後か……」
「そうだねえ……」
ぼんやりしながらも意思を込めて呟く。

次もまた行こう。使い道も無く、何となくでたんまりと溜め込んでいた金を持って。
2人はずきずきと痛む頭を抱え、いつもの住処に戻りながらも、そう決意していた。
今日はここまで。
+注意+
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