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ピザ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・プロの方も大歓迎します。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

シリウス=アルフェイド。

王都中に知らぬものなどいない、アルフェイド商会の次期当主。

アルフェイド商会の現当主たる父とそれなりの家格を持つ貴族の家の令嬢であった母の血を引く、本物の貴公子。


彼が生まれたとき、すでにアルフェイド商会は王城の御用商人の地位を得ていた。

それからシリウスの物心がつく前に帝都と公都に叔父たちを送り込んで支店を作って進出し、更なる繁栄のときを迎えた。


そんな彼が、祖父にしてアルフェイド商会の中興の祖、トマスにとある秘密を託されたのは、半年ほど前の出来事である。

トマスが長年……20年以上の間1人で抱え込み今のアルフェイド商会の礎となった、とある店。

その場所へと繋がる扉をシリウスは託された。


最初は、驚くばかりだった。

その店の料理は食品を主に扱うアルフェイド商会の御曹司たるシリウスですら食べたことが無いようなものが数多くあり、非常に美味であった。

彼はその料理に舌鼓を打ち、楽しんでいた。


そして、気づいた。この店の『味』を“さらに”盗めれば商会は更なる発展を遂げることができる。

だが、それを考えているものは自分だけではない、と。


シリウスの耳に入ってくるアルフェイド商会の各支店が集めてきた情報とシリウスの目で『異世界食堂』にて観察し集めた情報。

それを統合すれば見えてくるものは多い。


例えば、東大陸随一の信徒数を誇る光の神を奉じる教団で、有能な女性司祭ばかりが集められた尼僧院に何故か転任となった、パンを焼くのが上手いだけで司祭としての才能はない見習い司祭と、若い女性の司祭の弟子を引き連れたパウンドケーキを好む光の神の高司祭。

例えば、新たな交流と交易を求めて帝国を訪れたと言う西大陸の砂の国の使者が献上した、魔術で冷やされた冷たいカッファと言うコーヒーに似た飲み物とコーヒーフロートを好む砂の国の貴人らしき兄妹。

例えば、ドワーフの街で新たに生み出されたという強いだけではなく味も良い火酒と、騒々しく酒をかっくらっているドワーフの2人組み。


そう、トマスと同じくことを考えたものは今の異世界には何人もいる。

そしてその考えはたゆまぬ努力と時間さえあれば実を結ぶことがあるということを、シリウスはある意味誰よりも良く知っている。

……このまま指をくわえて見ているわけには行かなかった。


かくて、シリウスは動き出す。

かつて、アルフェイド商会が大店になる前に秘密が漏れることを恐れてトマスが出来なかったこと。

おしもおされぬ大商会となり、シリウスに1人『条件を満たす』親しい友人がいる今だからこそ使える手。それは……


「坊ちゃん。そろそろ教えてくださいよ」

アルフェイド商会に専属する若き料理人、ジョナサンはシリウスに尋ねる。


―――大事な話があるんだ。悪いが黙ってついてきてくれるかい?ジョナサン。


それだけ言われ、シリウスに案内されやってきたのは、アルフェイド商会の古い倉。

近くに立派で大きな倉がいくつもある関係で今ではほとんど使われていないそこに何があるというのか?

ジョナサンには分からなかった。

「……うん。そろそろ良いかな」

一方のシリウスは倉に入り、人目が無くなったのを確認してジョナサンに話を切り出すことにする。

「今日は、君と一緒に食事に行こうと思うんだ」

「……食事?俺とですか?」

シリウスの言葉にジョナサンは首を傾げる。

アルフェイドで新たな商品作りに携わる料理人の父を持つジョナサンとアルフェイド商会の御曹司であるシリウスは歳が近いこともあって昔から親しい仲ではあったし、ジョナサンが父と同じアルフェイド商会の料理人になるまでは連れ立って王都で遊びまわったこともある。

だが、今まで出先で一緒にメシを食べることはあってもあらたまって食事に誘われる、なんてことはなかった。

それに来たのはアルフェイド商会の古い倉である。

食事、と言う言葉には似つかわしくない。

「ああ。少なくともボクはジョナサン以外とはあそこに行く気にはなれないね」

そんな風に不思議がるジョナサンに、シリウスは真実を教えることにする。

アルフェイド商会でも祖父と自分しか知らないはずの、秘密を。

「……あそこ?」

「そう、ボクの知る限り、この世界のものとは違うが確かに美味しい料理を出す店……」

アルフェイド商会の古い倉の奥、そこに現れた猫の絵が描かれた黒い扉。

そこの先にあるものこそ、アルフェイド商会が今の大店となる切っ掛けとなった場所。

「異世界食堂さ」

その日、ジョナサン=ウィーンズバーグはこの扉の存在を知る、3人目のものとなった。


チリンチリンと音を立てて、扉をくぐる。

暗い倉の中から、突然明るい場所に出て、ジョナサンはまず面食らった。

「坊ちゃん。ここが本当に異世界、なんですか?……ってうわ!?」

キョロキョロと店の中を見回し……山盛りの卵料理を食べているリザードマンと目が合い、ジョナサンは思わず悲鳴を上げる。

「大丈夫だよ。ここの客は例え魔物でも襲ってきたりはしないから」

そんなジョナサンに苦笑しながら、シリウスは慣れた調子で適当な席に座る。


「いらっしゃい」

ほどなくして、店主がメニューを抱えて出てきてそっと卓の上に置く。

最近ここに良く来るようになったシリウスは、大抵一番の好物らしいナポリタンともう一品、毎回違う別の料理を頼む。

それを知っているがために、店主はさっさとメニューとレモン水、おしぼりを持って来ていた。

「ああ、ありがとうございます」

一方のシリウスも慣れたものでメニューを受け取る。

そしてそれをそっと脇に置き、言う。

「ですが、今日はもう何を頼むのか、決めてきたんです」

そう言うとシリウスはその料理の名を口にする。

「オニオンベーコンピザをボクと彼の分で2枚お願いします」

今日、ジョナサンに食べさせようと思っていたその料理の名を。

「はいよ」

店主は頷き、そのまま奥へと戻っていく。

「……で、そのオニオンベーコンピザってのは一体どんな料理なんです?」

それを見送った後、ジョナサンは店主が持ってきた布で手を拭い始めたシリウスに尋ねる。

聞き覚えのない料理だ。正直、どんなものが来るのか想像できない。

「ああ、食べれば分かると思うよ。ジョナサンならね」

対するシリウスはいたずらを企む子供のような笑顔で、にべもない。

(まあ、異世界の料理じゃあ聞いても無駄か)

シリウスに習い、温かな布で手を拭きながらジョナサンは思い直す。

ここはシリウス坊ちゃんが言うには異世界らしい。

……多分本当だろう。

大陸一の都である王都でもまず見られないような客と、ジョナサンの常識から大きくかけ離れた店内の調度品。

なるほど、異世界だといわれた方が納得できる。

(……お。この水、柑橘の汁を混ぜ込んでいるのか)

考えながら何気なく口にした、硝子の杯に注がれた水に、かすかに爽やかな風味がついていることを感じて、ジョナサンは一つ理解する。

この店の店主は少なくともその辺の料理人よりは腕が立ちそうだと。

(いや、坊ちゃんが通いなれるほど通っているならそれも当然か)

王都で食材と料理を扱う商会の跡取りで、王都一の腕前を誇るアルフェイドの精鋭料理人の料理を日常的に口にして、下手な王族よりも舌が肥えているこの幼馴染が気に入るほどだ。

間違いなく、ここの料理人は腕が立ち、ここの料理は美味い。

それを感じ取り、ジョナサンはそっとシリウスと共にベーコンピザとやらが来るのを待った。


「お待たせしました!オニオンベーコンピザです!」

それからしばらくして、店主ではなく若い魔族の娘がその料理を運んでくる。

(……これは、チーズをかけたパン、か?)

焼きたてでじゅうじゅうと音を立てるそれを、ジョナサンはまずじっと見定める。

皿の上いっぱいに乗せられているのは、平たく伸ばされ、6つに切り分けられた、パンのようなもの。

その上にはなにやら赤いものと細かく刻んだオラニエが掛けられ、その上からさらにチーズと燻製肉、細切りにした緑の野菜が乗せられている。

「それじゃあ、食べようか。これは熱いうちが特に美味しいんだ」

そう言うとシリウスはさっさと食べ始めてしまう。

ナイフやフォークを使わず、直に手づかみで食べている。

どうやらこれはそういう料理らしい。

(一体これはどんな料理なのやら……)

一方のジョナサンは己の知らぬ未知の料理を前に戸惑っていた。

食べれば分かる。シリウスはそう言っていた。

ならば、食べて見るしかあるまい。

そう思い、ジョナサンは6つに分けられたそれの一つを手に取る。

(う、結構熱いな……)

どうやらこれは見た目どおりの焼きたてらしい。

溶けたチーズを伸ばしながら切れた、手を火傷しそうなほどに熱いそれに、ジョナサンは少しだけ眉を顰める。

(うん。匂いは悪くないな……うん?これは……)

そのピザなる料理からは良い匂いが漂ってくる。

チーズの脂とベーコンの脂が焼けて混ざり合う匂い。

その中に混ざったかぎなれた匂いにジョナサンは内心首を傾げる。

(……まあいい。食ってみれば分かる)

その場違いな匂いに疑問を感じながらも、ジョナサンは一口、ピザを齧る。

(ん!?やはりか!)

溶けたチーズの少し酸味がある乳の味と、しっかりと焼かれて程よく脂が抜けた燻製肉の肉の味。

それを引き立てる生のまま焼かれたのであろうオラニエの僅かな辛みと上に乗せられた緑の野菜の独特の苦味。

それらの具材の土台に使われている薄いパンは表面は良く焼かれて硬くなっているが中は素晴らしく柔らかく、恐ろしく質の良い小麦と塩と水だけで捏ね上げられたシンプルで淡白なパンの味がそれぞれが強い味を持つ具の味を支えている。


だが、ジョナサンにとって最も驚いたのは、そこではなかった。


「坊ちゃん!?こいつぁ……マルメットですか!?」

そう、具材と土台のパンの間に挟まれたもの。

酸味があって、同時にとてつもない旨みを含んだ、辺境の小国で栽培されていたものをアルフェイド商会が見つけ、苦労して王国で作れるようにした野菜、マルメット。

この料理はそんな、アルフェイド商会以外にはロクに知られていないはずの、マルメットをベースに使ったソースだった。


「ああ、異世界風に言えばトマトと言うらしいが……そうさ。これはマルメットがメインの料理なんだ」

我が意を得たりといった風情でシリウスが頷く。

そう、これが出来る鋭い舌を持つからこそ、ジョナサンはアルフェイド商会の料理人を名乗っていられる。

連れてきたのは、正解だった。

「ボクの意図は後で説明するけど……まずは食事を続けよう」

すぐにでも『研究』を再開したげな友人を見て、シリウスが一言言う。

「あ、ああ……分かりました」

それにジョナサンは頷くと、早速とばかりに残りのピザに手を伸ばす。

(これは湯剥きして、潰して……いや、相当な工夫が必要だな)

驚きながらも一流の世界に足を踏み入れた料理人でもあるジョナサンが目の前の料理を一口噛み締めるたびに分析する。

基本はジョナサンも開発に携わったミートソースに近い。

湯剥きし、煮詰めたマルメットに様々な調合を加えて作り出した、酸味が強いソース。

如何にジョナサンといえども、同じ味あるいはこれを越える味を作るには相当な研究が必要だ。

(それにこんなパンの使い方があるとはな……)

パンを皿代わりにすると言う発想は昔からあった。

だが『焼く前に』具材を乗せ、共に窯で焼くという発想はなかった。

だが、その意図は分かる。そうすることで、パンと具材は文字通り長年寄り添った夫婦のように馴染みあう。

ソースと具でしっかりと味がついた薄くて硬めの真ん中の部分と、分厚くて小麦の味が強い端っこの部分が、どちらも美味い。

もはやピザにおいてパンは添え物ではなく、れっきとした一つの具材でもあるのだ。

(商会で研究すれば……なるほどな)

それを食べ進むうち、ジョナサンはシリウスの意図に気づく。

シリウスの狙いは……

「坊ちゃん。悪いが研究が終わる前になくなりました……もう1枚頼んでもいいですか?」

「もちろん。そのために連れてきたんだ……えっと、アレッタさん。ベーコンピザを彼に。ボクにはナポリタンを」

自分の意図に気づいたジョナサンに笑いかけながら通りかかった給仕に追加で注文する。

ジョナサンには先ほどと同じもの。自分には祖父一押しのミートソースをも越える大好物を。

「はい!ありがとうございます!」

給仕が元気良く返事を返す。

2人の食事……否、研究はまだまだ続くのである。



「しかし、あのピザって料理、恐ろしく完成度が高いですね」

異世界から再びアルフェイド商会の倉に戻ってきたジョナサンが、感嘆して息を漏らす。

結局あれからジョナサンは合計で3枚のベーコンピザを食べた。

その味はしっかりと舌に記憶され、今すぐにでも作るための研究が始められそうなほどだ。

「ああ、具材さえ変えればいくらでも応用が利くし……同時にマルメットなくしてはまず成り立たないのがいい」

シリウスがジョナサンに頷き返す。

マルメットを使った数々のソースは確かに美味いが、まだ王都ですらロクに知られていないし、安定して取引できるのはアルフェイド商会だけだ。

……つまり、王国の民がマルメットを知り、祖父や自分と同じく魅了されれば、アルフェイド商会は更なる儲けを得られるだろう。

だからこそ、シリウスはジョナサンに最初に食べさせる料理にピザを選んだ。


目新しい異世界の製法と、豊富な応用方法。そして何よりマルメットを使ったピザのソース。

完成されれば、騎士のソースに代わり、次代のアルフェイド商会の主力にも化けうる料理。

シリウスはピザを、そう評価した。


「ところで坊ちゃん、あの店のことなんですが……」

期待に満ちた目でシリウスを見つめる。

ジョナサンにも分かっている。

少なくともあの扉を使うには目の前の友人の許可がいることくらいは。

「ああ、またそのうち連れて行くよ。元々あそこは7日に1回しか行けないけどね」

そんな友人に苦笑しながらシリウスは予定通りの言葉を返す。

アルフェイドの精鋭として鍛え上げられた、若くて才能があり、何より裏切りの心配が無い料理人。

急成長したが故に常に幾多の敵にさらされてきたアルフェイド商会では中々に得づらい人材。

彼に秘密を教えたのは間違いではなかった。

「ありがとうございます」

ジョナサンはその言葉に笑みを隠そうともせずに笑いながら頭を下げる。

(まだまだあそこには、うまいもん、たくさんあるんだろうな……悪いが、盗ませてもらうぞ)

目の前の友人が食べていたマルメットのソースを使った麺料理を思い出しながら。

ジョナサンは密かに決意を固めるのであった。

今日はここまで

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