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異世界食堂 作者:犬塚惇平(犬派店主)
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とん汁

・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・毎月肉の日には味噌汁がとん汁になります。
 皆様、是非お越し下さい。

以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
その日は『肉の日』であった。

肉の日。
それは月に一度訪れる洋食のねこやのサービスデーの一つである。
先代がまだ今の店主くらいの歳だった頃、ねこやが『異世界食堂』になる前からずっと、ねこやでは『肉の日』は特別なサービスをやっている。
と言っても肉料理の値引きとか、そういう真似はしない。

『料理屋のサービスは金じゃなくて料理でやれ』というのが、先代の持論であったし、それは今の店主も同感である。
そんなわけでいつもより少しだけ早く下に降りてきた店主はビーフシチューの仕込みを終えると、早速とばかりに肉の日の準備に取り掛かった。

「……よし、こんなもんか」
じゅうじゅうと、香ばしい匂いと火の通った豚肉の色合いを見て店主は頷き、次の工程にかかる。
先に刻んで下処理をしておいた野菜を入れる。
人参、玉葱、里芋、大根……いつもは入れる牛蒡は土曜の客には余り受けがよくないので入れない。
一通り火が通り、豚の旨みがにじみ出たところで鰹と昆布の合わせダシを効かせたダシ汁を入れてしっかり煮込む。
そのまま灰汁取りを丹念に行い、煮えたところで……合わせ味噌を入れて火を止め、煮立たないように、冷めないように保温器に乗せる。
「一丁上がりっと」
かき混ぜて一仕事終え、蓋をそっと閉めたところで店主は一息つく。
それを待ち構えていたかのようにチリンチリンと鈴の音が鳴る。
「おはようございます!」
店に入ってきた異世界食堂の従業員であるアレッタが、厨房から出てきた店主に朗らかに笑いかけ、挨拶する。
「おう。シャワー浴びる前に朝の賄い食ってけ。丁度米も炊き上がったところだ」
「わあ、ありがとうございます」
賄いと聞き、アレッタは顔を綻ばせながら、返事をする。
アレッタはここに来る日の朝は何も食べてきていない。
……お腹はしっかりと、空っぽだった。
「じゃあちょっと待っててくれ。すぐに用意するから」
そんなアレッタに苦笑しながら、店主は今日の特別メニュー付きの賄いを用意する。
白い炊きたての飯と、昨日の日替わりに使った鮭の余りを焼いた鮭の塩焼き。
その2つと共にアレッタと自分の前にことりと碗を置き、最後の仕上げに取り掛かる。

小さなバターの欠片と、刻みたての長葱。
昔、先代が北海道出身の客から聞いてから取り入れた食べ方で、仕上げにこの2つを入れると、味がグッと『洋食』になる。

「お待たせ。七味はお好みで入れてくれ」
バターが溶けて味噌汁の中へと混じり合って消え、香りが辺りに漂う。
「いい匂い……えっとこれ、ミソ汁、ですよね?」
その匂いに更なる空腹を覚え、アレッタは目の前のスープに釘付けになる。
ちょっと独特の風味がある、ミソを使ったスープ。
賄いでコメを食べるときには大体これだ。
だが、そのスープは普段アレッタが見慣れたミソ汁とは、ちょっと違っていた。
「なんだか具が多いような……それにお肉も入ってますし」
そう、普段出しているミソ汁は毎回具が違うがそれでも普通は2種類程度で肉は入っていない。
だがこれは何種類もの野菜と肉がたっぷりと入った豪華なもの。
……正直、まるっきり別の料理と言っても良いくらいかけ離れていた。
「おう。今日は『肉の日』だからな」
アレッタの疑問に頷きながら、店主が言う。
ねこやにおいての決まりの一つを。
「昔っからな、うちじゃあ『肉の日』にだけは味噌汁をとん汁にしてんだ」
肉の日にのみ振舞われる、普段は出していないメニュー。
これこそがねこやの肉の日のサービスであった。

それからしばし。

その日、アレッタのもう1人の雇い主であるサラ……通称『メンチカツ』は約20日ぶりに異世界食堂を訪れていた。
「へえ、今日のスープ、そんなに美味しいんだ」
「はい!凄く美味しかったです。お肉とお野菜がたくさん入ってて……」
サラに今日のメニューについて聞かれたアレッタが頷く。
今日のスープ、トン汁は別格の味だった。正直普通にメニューに載っててもおかしくないほどに。
「そっか。じゃあ今日はライスとトン汁にしようかな。
 注文はメンチカツとメンチカツサンドでお願いね」
そう聞いて興味が沸いたサラはそのまま注文をする。
普段はパン派だが、ミソのスープならライスの方がいいだろう。そう考えて。
「はい!ご注文、承りました」
「なに!?今日はトン汁ということは『肉の日』なのか!?」
その注文を受けて、話が切れたと同時にアレッタは隣の卓から声が掛けられる。
「ん?なんか知ってんのエビフライ」
その声の主……『サンドイッチ事件』から少しだけ親しくなったどこぞの騎士らしい『エビフライ』にサラは問いかける。
「ああ、タツゴ……テリヤキ殿より伺ったことがある。
 トン汁は肉の日とやらにのみ出る幻のスープと」
その言葉に公国の騎士であるハインリヒ……通称『エビフライ』は頷き返し、以前尊敬する剣豪より聞いた話を目の前のメンチカツにする。

トン汁は年に1度か2度程度訪れる『肉の日』にのみ出る、幻のスープ。
それは普段の、ミソ汁と呼ばれるミソを使った質素なスープとはミソを使うこと以外は別格のご馳走で、古くから異世界食堂に通う常連にもファンが多い。
だが『肉の日』がいつなのかを知るのは容易ではなく、トン汁を口にするのは中々難しいとも聞いていたが。

「娘! 私にもライスとトン汁を頂きたい! もちろん注文はエビフライ。それと持ち帰りでエビカツサンドだ!」
そんな話終えると共にハインリヒもまたいつもの注文を行なう。
「はい!少々お待ち下さい」
そんな2人の注文を受けてアレッタが厨房へと戻る。

それから少しして、2人分のメニューを持ってアレッタが戻ってくる。
「お待たせしました!メンチカツとエビフライ。それとトン汁です。
 こっちの赤いスパイスは辛いので注意して入れてください」
いつもの2人に、いつものメニュー。
じゅうじゅうという音を立てそうな揚げたてのメンチカツとエビフライ。
そして今日の特別メニューであるトン汁。
(いつもどおり美味しそうだけど……)
(いつもどおり美味そうだが……)
目の前の、熱々のフライを見ながらも2人はまずトン汁を食べ始める。

(……なるほど。かなり豪華なスープね、これ)
トン汁を口にし、サラはアレッタの言葉が真実であったことを悟る。
煮込みでスープに溶け出した肉の旨みとしっかり火が通って柔らかくなった熱い野菜。
ちょっと癖のあるミソの風味と、それを柔らかく包み込むバターの風味。
(騎士のスープにちょっとだけ似てるわね。この味)
その味にサラは故郷である王都の味を少しだけ思い出す。
サラが生まれる少し前に開発され、一気に王都を代表する名物となった騎士のソースを使ったシチュー。
あれも煮込まれた肉と野菜がたっぷり入って、バターの風味が特徴的な味だった。
実家にいた頃は割と良く食卓に上っていたが、懐には余り余裕がないトレジャーハンター暮らしを初めてからはほとんど縁が無いメニューでもある。

(ほう。これはトガランか……うむ、味が引き締まるな)
一方のハインリヒもまた、トン汁に添えられたビンに入ったトガランに故郷を思い出す。
トガランはハインリヒの故郷である港町ではそれなりに出回っていた。
公国では育てておらず、海の向こうにある海国からの輸入品でありかなりの値段だったが、領主の一族でもあるハインリヒは口にする機会も多かった。
スープや麺に加えた赤く辛いトガランのかっと熱くなる辛みは、子供の頃は苦手であったが大人になってからは好物の一つである。
(そう言えば最後に帰ったのは3年前か……)
ふと、そのことを思い出す。
最後に帰ったのは公都で騎士団の隊の1つを任せられたことを親元に報告に行った時が最後だ。
それから、長めの休暇を貰ったこともあるが、そのときも距離の問題もあって故郷には戻らなかった。

((……久しぶりに、帰って見るか……?))
サラとハインリヒ。生まれも性格も違うこの2人はふと、そんなことを同時に考えていた。

「あれ!?なんだこの汁!?」
その日、師匠と共に異世界食堂を訪れていた『ポークジンジャー』ユートはその汁物に驚きの声を上げた。
来る前に泉の清水で泥を落として乾かしてやった愛犬のタロを連れて店を訪れ、いつものようにポークジンジャーを頼み、肉とメシを貪る。
そこまではここ最近のいつもどおり。
だが、今日は少しだけ違う。
「いつもは肉なんて入ってたことは無いのに。なんなんすかね?師匠」
その汁は肉と野菜がゴロゴロ入っている。
肉は脂がしっかりと乗ってて、野菜はよく煮込まれて熱々。
そして、肉も野菜も普段のミソ汁とは違う味付けがされた汁が、噛み締めるたびにあふれ出す。
その中で唯一煮込まれていない、ほぼ生の葱だけがシャキシャキしているのも、うまい。

とにかく、いつもの汁とはまるで別物と言っても良い味がした。
「今日は肉の日だったみてえだな」
ユートの師匠はその汁に顔を綻ばせ、ポークジンジャーと飯をがっつく、タロより大分鍛えられた自分の愛犬を撫でてやりながらユートにそれを教える。
肉の日にはトン汁と呼ばれる特別な汁が出る。
肉も野菜もたっぷりと入れた豪華な汁で、いつもどおりお代わり自由。
ユートの師匠もまた、運良く出くわすことが出来たのは数えるほどしかない。
「お代わり自由ってことは……」
「おう、今日だけはトン汁幾らでも食えるぞ」
ユートに頷き返し、再び食べ始める。
ユートもまた、それに習う。

その後、2人はいつもより2杯多く、飯と汁を食うのであった。

「ほう。今日は肉の日であったか」
店の客、特にコメを好む客がスープに様々な反応を示していることを察知した公国の元将軍『カレーライス』アルフォンスはその様子に事情を察した。
トン汁は知っている。何しろこの店には20年も通ったのだ。
当然トン汁を口にしたことも何度もある。
「注文はいつもどおりカレーライスを大盛りで。だが、カレーライスの前にライスを一皿とトン汁を一杯いただけるかな?
 バター多めでな」
アルフォンスは慣れたものですぐさまトン汁用の注文を行なう。
カレーライスの前にライスとトガランをたっぷり入れたトン汁を一杯。続いてカレーと共にトン汁を一杯。
それが『肉の日』のアルフォンスの食べ方である。
「はい!分かりました!」
「おう!嬢ちゃん!俺もそいつを頼むぜ!」
その注文にアレッタが答えた瞬間、アレッタに吼えるような大声が掛けられる。
そしてそのままアルフォンスの隣に、椅子が壊れそうなほどの勢いで荒々しく腰掛けるのは1人の男。

異様な風体の男であった。

首から上が獅子の姿をしており、全身に獣毛が生えたその男は傷だらけで筋肉が浮き出た身体を見せ付けるように薄着姿で、背には歴戦の傷がついた巨大な鋼の剣を背負っている。
「注文はカツドン大盛り!だがその前にメシとトン汁だけ持って来てくれ!」
「は、はい!」
その、見慣れぬ魔族の客にアレッタは頷いて厨房へと向かう。
「よ、久しぶりだな。ここんとこ見かけなかったから、とうとう死んだかと思ってたぜ?」
その男……『カツ丼』ライオネルはアルフォンスに対して威嚇してるようにしか見えない笑顔で無遠慮に言う。
長年、魔族の剣闘士として幾多の敵を葬ってきたこの男にとって『人が死ぬ』ことは日常の風景でしかないのだ。
「馬鹿を言うな。私が今さら簡単に死ぬはずがなかろう」
並の戦士ならば縮み上がるだろう場面だが、歴戦の将軍であったアルフォンスは慣れたもので涼しい顔をしている。
昔、口角泡を飛ばしてテリヤキやオムライスと共にどのコメ料理が美味いかで言い争ったこともある。
つながりはこの店の中のみでのことだが、気安い友人の1人と言ってもよいだろう。
「ちょっと帰国していただけだ。お陰で扉を探すのに手間取ってな」
そんなことを考えながら、アルフォンスは事情を簡単に説明する。
「おお!帰れたのか!そいつはよかった!」
アルフォンスの言葉にライオネルは嬉しそうに言う。
闘技場で戦う時は無慈悲で残虐だが、普段は情に厚く、さっぱりした気風。
ライオネルは、そういう男であった。
「じゃあ今は都暮らしか」
「ああ、島暮らしと比べると穏便過ぎて些か退屈だがな」
お互いの近況を軽く話しあう。
「あの、お待たせしました!ライスとスープのみ先にお持ちしました!」
そうして少し待っていると、ライスとトン汁が届く。
「おう!あんがとよ!」
「ああ、すまないな」
アレッタに礼を言いながら、2人はライスとスープを受け取る。
「じゃあ……」「食うか」
そのまま2人はそれぞれにトン汁を食べ始める。

(うむ。バターとトガランが良く利いている)
早速とばかりにトガランをたっぷりと振ってから食べ始めたアルフォンスは口にしたトン汁の味に満足する。
肉と野菜をたっぷりと入れたスープに身体が温められ、多めに入れたトガランの辛さが後味を引く。
そしてその余韻があるうちに、ライス。
先代の店主に教わったこの食べ方で、淡白なライスの風味が濃い目の味付けのスープの余韻と混じって美味い。
(……うむ、準備は万端というところか)
2つを食べ終えて、感じるのは空腹。
アルフォンスは本命をそわそわと待つ。

「……」
どちらかと言うとゆっくり味わっているアルフォンスとは対照的に、ライオネルは掻きこむように一息にライスとトン汁を食う。
あっという間に食べ終えて、本命が来るのを待つ。
(ちぃ……この匂いがいけねえ)
本当は、久しぶりのトン汁をもっと味わって食べるつもりだった。
だが、しっかりと煮込まれた肉の脂と野菜が混じり合い、香ばしいミソと溶けたバターの香りにやられた。
気がつけば一瞬でメシと汁は無くなり、余計に腹が減っていた。
「くっそう……ちょっと食ったらかえって腹へってきちまったぜ」
豚の肉を食ったせいでこの店で一番美味い料理の味を返って思い出してしまった。
ライオネルはそわそわと来るのを待つ。

「お待たせしました!カレーライスとカツ丼です。
 あ、あとトン汁のお代わりももって来ました」
「おお!待っていたぞ!早速頂くとしよう……それともう1皿カレーライスを頼む」
「おせえよ!……ああクソ良い匂いだなあ!
 それと店主にカツ丼、お代わりもってこいって言っといてくれ!」
そして本命が届くと同時に2人はいそいそとメニューを受け取り、食べ始める。
『前菜』のせいで、腹が減っている。
2人が猛然と最初の注文分を食べ終えるのは、5分後のことであった。

「……今日は『肉の日』だな?テリヤキチキンとセイシュ。
 それにトン汁を。バターは抜きで頼む」
長年の経験で何となく予感を感じていた『テリヤキ』タツゴロウは店に入ると同時にそれが正解であったと悟り、素早く注文する。
バター入りは味が豊かになりうまいと思うが、純粋に米とあわせるなら、バターを入れずに食った方が美味い。
タツゴロウはそう考えていた。

そして、バター抜きのトン汁と、飯を一口。そしてすかさずセイシュを飲む。
「うむ、うむ……」
その味に頷く。
約半年ぶりのトン汁を肴に飲む飯と酒。
トン汁のミソとダシが効いた汁を吸った肉と野菜はよく煮えている。
「やはり酒とあわせるにはバター抜きに限るな」
バター入りは単品やこの店のヨウショクと合わせるには良いが、この店の澄んだ辛口の酒とあわせるにはバター抜きのがあう。
タツゴロウは長年のためしでそれを知っていた。
「……すまない、娘。トン汁のお代わりを」
それからタツゴロウはトン汁とテリヤキを肴に、すっかり夜がふけ、閉店の時間になるまで店に居座り、酒を飲み続けるのであった。

「おう。今日もお疲れさん。これ、今日の給金と頼まれたやつな」
全ての客が帰り、その後の掃除も終えた後、店主はアレッタに給金と、クッキーを渡す。
「わあ!ありがとうございます!……それにしても今日は忙しかったですね」
「ああ、肉の日だったからな」
アレッタの言葉に店主は頷く。
肉の日はいつもより米が多く出る。
それにトン汁は作るのが手間にも関わらずいつもの倍は減りが早い。
今日は結局3回トン汁を作り直した。
平日の肉の日ほどではないが、かなり忙しかった。
お陰で夜の賄いは結局、この時間になってしまった。
「じゃあ、遅くなったがメシにするか。晩の賄いはバター醤油の焼きおにぎりととん汁に……そうだな。ダシ巻きくらいでどうだ?」
店主は片手用の鍋に移しておいた中身(残りは最後の客であるビーフシチューが全部食べて行った)を持ち上げ、アレッタに言う。
「わあ!ありがとうございます!」
アレッタもまた店主の提案に一も二もなく頷く。
「おう。じゃあ待っててくれ。すぐにとっかかるから」
そう言うと店主は厨房に戻り、その日最後の料理に取り掛かるのであった。
今日はここまで。
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