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魔狼の咆哮

3話



 そこから先は話は早かった。

 アイリアが怯える侍女たちを呼び集め、命令を発する。

「伝令を呼びなさい。全軍に戦闘中止の命令を。我々は魔王軍に降伏します」

 おっとそうだ、俺も部下たちに命令を下しておこう。



「ちょっと遠吠えをするぞ。怖がらなくていい、仲間への連絡だ」

 俺の顔を見て腰を抜かしそうになっている侍女たちに、俺はなるべく穏便に告げる。

 それから窓の外に向かって、遠吠えを震わせた。

「アオオォーン! オオォーン! オオォーン!」

 びりびりと窓ガラスが震え、侍女たちが全員「きゃっ!?」「ひっ!」と悲鳴をあげて尻餅をつく。

 中には失禁している者もいた。……悪いことをしてしまった。

 だがこれで、俺の命令は市街全域に伝わったはずだ。



『獲物ヲ仕留メタ。集マレ』



 すぐさま、あちこちから人狼たちの遠吠えが聞こえてくる。



『スグ行ク』

『長ニ従エ』

『コチラニ手負イ無シ』



 俺の耳に伝わってくる音が、徐々に静かになってくる。市街のあちこちで発生していた一方的な戦闘が終わったらしい。

 やりすぎていないといいんだが。

 程なくして、太守の館前の広場にぞろぞろと人狼たちが集まってきた。

 俺の部下たちは全員、見るからに威圧感のある、屈強な狼男と狼女たちだ。

 といっても、本当の意味では部下ではない。



「久しぶりに暴れたんで、ちょっと疲れたのう。腰に堪えるわい」

 灰色の人狼が俺に笑いかける。実家の近所に住んでいるウォッド爺さんだった。人間のときは白髪の好々爺だ。

 それにうなずいているのは雑貨屋のメアリ婆さんだし、その後ろからぞろぞろ現れたのは俺の従兄弟たちだ。

 要するに全員が、俺の顔見知りや親戚たちなのだ。

 人狼は群れで狩りをする。同じ村の住人は全員、群れの仲間という認識だ。何かあれば、こうして共に戦ってくれる。

 とはいえ、人狼も魔族だ。

 そして魔族の唯一絶対の掟は、強者への絶対服従。

 それは人狼であっても変わらない。



 俺の実力に疑問を持つ連中が、さっそく文句を言い始めた。

「なあヴァイト、こんなヌルい方法でいいのかよ?」

 大柄な赤毛の人狼が、どうにも納得できないという顔をしている。従兄弟のガーニー兄弟だ。こっちはたぶん、弟のニーベルトだろう。

 兄のガーベルトも率直に不満をぶつけてくる。

「人間どものせいで、俺たちの先祖がどれだけ狩られたか忘れたのか? 皆殺しにしてやりゃいいじゃねえか」

 こいつらは俺の幼なじみで、しかも俺より腕力があった。

 俺が人狼隊の指揮官をやっていることに、今でも納得していない様子だ。



 しょうがない。人間だった前世を引きずっている俺には面倒なだけだが、こいつらには力を誇示しないと話が通じない。

 俺は二階の窓から飛び降りると、ガーニー兄弟の前に進み出た。

「不満そうだな?」

 すると二人は一瞬、互いの顔を見合わせる。なるほど、二人がかりなら勝てると思ったか。

 案の定、ガーニー兄の方が強気な態度を示した。

「ああ、俺ならこんな半端なやり方はしねえな。俺が指揮官ならな!」

 俺より頭ひとつでかい赤毛の人狼は、「俺が指揮官なら」というところをやけに強調してみせた。

 やる気らしい。

 周囲の人狼たちが雰囲気を察して、少し距離を取る。他の人狼たちは、俺に刃向かう気はなさそうだ。



 俺はガーニー兄弟を睨みつける。

「指揮官は俺だ。不満があれば、俺を倒してから言え」

「いいのか?」

 ガーニー弟がニヤリと笑う。

 ガーニー兄弟は、人狼隊の中でも屈指の実力者だ。体格もいいし、よく鍛えている。

 まともに戦ったら、一対一でも勝てないだろう。ガキの頃は何をやっても一度も勝てた記憶がない。

 もっとも今の俺は、魔王軍の副師団長だ。

 だから俺は笑う。

「これを聞いて、まだそんな気になるのならな」

 俺は吠えた。



 それは遠吠えなどという、生やさしいものではなかった。

 音の衝撃波が駆け抜け、周囲の木々や建物を揺さぶる。太守の館の窓ガラスは全部砕け散った。

「うっ!?」

「うわっ!?」

 ガーニー兄弟が数歩よろめく。他の人狼たちも全員が体を強ばらせて、その場にうずくまった。

 人狼の咆哮には、人や獣を畏怖させる力がある。

 もっとも、戦う意志を持っている人間にはさほどの効果はないし、同格以上の魔族には通用しない。もちろん人狼にも通じない。

 しかし俺の咆哮は、強い魔力を帯びている。魔法で強化された咆哮だ。

 俺は戦士ではなく、魔術師なのだ。

 魔王軍第三師団副官にして、人狼の魔術師ヴァイト。それが今世の俺だった。



 この咆哮は俺の魔法のひとつ、「ソウルシェイカー」だ。

 咆哮ひとつで周囲に漂う魔力を操り、魔族専用に作り替えてしまう。人間はしばらく魔法を使えないし、俺たち魔族は魔法の威力が増す。

 そして副次的な効果だが、この咆哮は俺に敵対する相手に猛烈な恐怖をもたらす。

 どれだけ勇敢だろうが無駄だ。魔力で心を縛ってしまうのだから、麻酔薬に抵抗しようとするのと同じだ。



 案の定、ガーニー兄弟は完全に動けなくなっていた。

「う……あ……」

「に、兄ちゃ……」

 今なら二人まとめて簡単に殺せる。俺は二人に歩み寄った。



 そして俺は、がら空きになっている彼らの鳩尾に、ポンと拳を軽く押し当てた。

 ビクッと震えるガーニー兄弟に、俺は笑いかけてやる。

「俺を信じろって」

 その瞬間に魔力が解けて、ガーニー兄弟は自由の身になった。



 だが二人はもう、完全に戦意を喪失している。みっともないぐらいに狼耳が垂れていた。

 ガーニー兄の方が、ようやく口を開く。

「あ、ああ……わかった……お前がボスだ……従う」

「おう」

 俺は笑って、改めて人狼隊全員に告げた。

「交易都市リューンハイトは魔王軍第三師団が占領した! 以降は自衛以外の交戦を固く禁じる!」

 人狼たちは頭を垂れ、俺に服従を誓った。



 それから俺は、人狼たちに改めて説明をする。

「俺たちの目的は、この交易都市を支配下に置いて、魔王軍に協力させることだ。だから街の住民や設備を傷つけたら意味がない。わかるか?」

「わからん」

 ガーニー弟が首を傾げているが、これは反抗しているのではなく、普通に理解できていないだけだ。

 ガーニー兄弟は勇猛だが、はっきり言ってバカだった。昔からだ。

 俺はこいつらにもわかるよう、言葉を選んで説明しなおす。

「いいか、この街は魔王軍にとっては旨い鹿と同じだ。味わう前にズタズタにしてドブに捨てるような真似すんな。殺すぞ」

「なるほど、わかった」

 今度はうんうんとうなずいているガーニー弟。本当にわかっているのか謎だが、今はこれで納得するしかなさそうだ。



 ガーニー兄の方が腕組みしながら呟く。

「でも本当に、そんなことができんのか? 周りの人間どもから、すげえ殺意を感じるぞ?」

 これは彼の言う通りだ。俺も周囲の敵意は感じている。

「そいつを何とかするのが俺の仕事で、これは俺にしかできない。だから俺の命令には絶対に従え」

「お、おう」

 俺が軽く睨みをきかせると、ガーニー兄も首をすくめた。



 俺は他の人狼たちにも、改めて伝える。

「えー、食料に関しては旨い飯を約束しますし、狩りがしたければ近くの森で好きなだけ鹿とか狩ってくれればいいので、人間襲うのだけは絶対にやめて下さい。いいですね?」

 相手が近所のおじさんおばさんだったりするので、俺もどうもやりづらい。気づいたら敬語になっていた。

 だが人狼たちは皆、好意的に受け止めてくれる。

「ふぉふぉ、大丈夫じゃ。ボスには絶対服従じゃからのう」

「それに次の戦に備えないとねえ」

 ベテランの人狼たちが素直なので、若手の人狼たちも特に異論はなさそうだった。

「腹へった! ヴァイト兄ちゃん、飯くれよ!」

「なあ、今夜どこに泊まんの? 野宿しなくていいんだよね?」

「あー、うるせえチビども! ちゃんと手配してくるから黙ってろ!」

 人狼隊は人手不足なので、老人から子供まで使えそうな連中は全員連れてきている。例外は長老と病人、あとはまだ命令を守れないチビどもとその保護者たちぐらいだ。

 そんな訳で、うちの人狼隊は見た目は威圧的だし実際恐ろしく強いが、顔ぶれは自治会のピクニックと大差がない。今の二人はまだ十代前半だ。



 三千人の住民に対して、俺たち人狼隊は五十六人。外の犬人隊二百を入れても、街を支配するには数が少なすぎる。

 本当に大丈夫なんだろうか。俺自身、少し不安になってきた。

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[良い点] _人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_ < 自治体のピクニックに占領された町   >  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
[一言] やっぱりこの作品は名作だと強く感じる。 思い出すだけで、独特な雰囲気に包まれる。 だから惹かれる。ふと思い出してまた読みたくなる。 いろんな、たくさんの、名場面。日常、掛け合い。 また1話…
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