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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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怪しい男たちと銀の刃

15話


 戦いの結末は、いささか気まずいものだった。魔王軍の指揮官として最良の判断をしたつもりなので後悔はしないが、これだけの死人を出して胸が痛まないはずはない。
 とはいえあれだけの数と武装でいきなり攻めてきた以上、交渉の余地がないことは明らかだった。説得で帰ってくれるのなら苦労はしない。
 だがやはり、憂鬱ではある。
 誰だ、こんな無謀な作戦立てやがった敵将は。


 人狼隊の負傷者は三名。まともに矢を受けてしまった者たちだ。
「三人とも、勇敢に戦ってくれたな。大丈夫だ、すぐ治る」
 俺は負傷兵に治療魔法をかけてやりながら、彼らの健闘を称えた。
 他にもかすり傷を受けていた者は数名いたが、みんな元気そうだ。さすがに人狼だけのことはある。


 俺は後のことをジェリクに任せると、急いで城門に戻った。気になることがあったのだ。
「あ、隊長」
 モンザが困ったような顔をして、俺を出迎えてくれた。どうやら俺の予想通りだったか。
「こいつらを見て。ナイフ持って近くをうろうろしてたの」
 彼女の足下には、数名の男たちが座らされている。周辺には銀細工のナイフが転がっていた。

 男たちの顔がボコボコに歪んでいたので、俺はおそるおそるモンザに尋ねる。
「やりすぎじゃないか?」
「逃げようとしたから、ちょっとね?」
 にっこり笑うモンザ。のんびりしているが、どんな残虐行為でものんびりと実行する余裕を持っている彼女だった。


 俺は男たちに質問する。
「お前たちは何者だ?」
 すると男たちが食ってかかってきた。
「外が騒がしかったから、様子を見に来ただけだ!」
「人狼の遠吠えはするし、みんなすっかり怯えてるんだ!」
「説明しろ!」
 えらく強気だな。


「まあそれはいいとして、何でナイフなんか持っていた?」
 彼らは黙り込む。
 リューンハイトには一般人の武装を禁止する法律があるが、包丁ぐらいまでのナイフは生活道具なので携行は許可されている。
 俺はナイフを手に取って、銀細工をあしらった鞘を払ってみた。
「ふむ」


 刀身も銀製だ。犬人の職人が細工したであろう、見事な花の彫刻が刻まれている。
 他のナイフも全て、刀身は銀製だった。
 銀は重くて柔らかい。実用品には向いていない。


 ただ、人間たちの間には「人狼は銀の武器でしか傷つけられない」という言い伝えがある。
「犬人が銀を腐らせる」というデマは人間が流したが、こっちは逆だ。「人狼が銀でしか傷つかない」というのは人狼が流したデマだ。
 そうしておけば、あいつらが柔らかくて弱い銀の武器で攻めてきてくれるからな。


 俺は男たちを見下ろして詰問した。
「お前ら、何かやらかす気だったな?」
 返答はない。俺は少し怒気を強める。
「銀のナイフなど、料理や荷造りに使うはずはない。これは何のために持ち歩いていた。言え」
 黙ったままの男たちに、俺は牙を剥いた。
 男たちは無表情だが、明らかに怯えている。恐怖を感じたときの汗の匂いがした。


 ようやく男の一人が口を開いた。
「か……紙を、手紙の封を切るのに使うんだ」
「手紙?」
 ペーパーナイフか。まあ銀のナイフなんて柔らかいから、それぐらいが関の山だろう。
 しかし贅沢な話だな。
 誰が信じるか。


「外が騒がしいから様子を見に行くのに、お前たちは手紙の封を切る道具を持ってきたのか?」
 俺は笑ってみせる。
 彼らは無言のままだ。
 だから俺は顔を上げ、周囲の住民にも聞こえるように宣言した。
「こいつらの身元を徹底的に調べろ。その上で、太守に身柄を引き渡せ。処分は太守に一任する」
 あくまでも最終的な処分は太守に委ねる。そういう姿勢を見せておく必要があった。


 モンザの隊が男たちを拘束し、連行していく。
 それを見送りながら、スクージが俺に尋ねてきた。
「ヴァイトさん、いいんですか? 太守は人間でしょう? 甘い処分をするんじゃないですか?」
 若い彼は、この処分が不満のようだ。


 だから俺は困った顔をして答える。
「しょうがない、俺たちが住民を処刑でもしたら反感が募る。あいつらは限りなく怪しいだけで、何かやらかした訳じゃない」
「それは、そうですけど……」
 スクージは納得していない顔だ。まあそうだろうな。
 魔族にとっては、強者が弱者にそこまで配慮してやる義理はない。反抗の兆しがあっただけで、皆殺しにするには十分だ。


 とはいえ、それをやってしまうと絶対に後々まずいことになる。
「人間ってのは甘っちょろいんだよ。すぐ恨む。逆に甘くしてやれば、従えるのも楽になるんだ。本当は俺だって、ぶっ殺してやりたいと思ってるんだがな」
「そうですか……」
 まだ十分納得したという顔ではないが、彼は人狼だ。意見を言うことはあっても、ボスの決定には従う。
「まあ俺に任せておけ。俺たちが一番得をするように、うまくやるよ」
「はい!」
 俺がスクージの肩を叩いて笑うと、彼もやっと笑顔を見せた。


 そのとき城門が開いて、ジェリクたちが戻ってきた。戦場の検分を頼んでおいたのだが、それが終わったらしい。
「妙だぜ、大将。こいつを見てくれよ。銀の矢だ」
 彼が差し出したのは、敵が持っていた矢だった。
 よく見ると、確かに矢尻が銀でできている。
 ジェリクは矢尻を指で弾きながら、小馬鹿にしたように説明した。
「こいつは鋳物だな。銀貨を溶かして作ったんだろうが、だいぶ慌てて作ったみたいだ。ちゃんと鍛造してないのが証拠だ」


 俺は少し考え込んだ。
「この矢、どうみても人狼用に作った感じだな」
「ああ、間違いないだろ。銀は鉄より柔らかい。わざわざ武器にするヤツはいないぜ」
「ということは、人狼がここにいるということをトゥバーンの連中は知っているんだな」
「俺にはわからん。俺にわかるのは、もろい銀の矢尻のおかげで、みんなの傷が軽くて済んだってことだけだ」
 ジェリクは肩をすくめてみせた。
 彼はどこまでも鍛冶師だった。


 しかし俺はそうもいかないので、腕組みして呟く。
「どうしてトゥバーンの連中が、ここに人狼がいることを知っている?」
 俺たちがリューンハイトを占領してから、人間の出入りは完全に遮断している。外に出られるのは犬人の隊商だけだ。
 犬人の隊商は魔王軍の勢力圏にしか向かわないから、トゥバーンの連中に情報が伝わるはずはない。
「妙だな」
 俺はリューンハイトの町並みを見つめながら、嫌な予感に襲われていた。
 どこかで情報が漏れているらしい。


 そのとき再び城門が開いて、ウォッド隊が戻ってきた。
「戦死者を弔ってやってきたぞい。人間を供養してやるなんぞ、思ってもみんかったわい」
「ありがとう、ウォッド爺さん」
 ウォッド爺さんは今でこそ平和な隠居だが、元々は傭兵だ。人間に紛れて各地で戦争に参加したと聞いている。


「ところでヴァイトや、こいつを見てほしいんじゃが」
 歴戦の白狼は、戦場で拾ったらしい弓を持っていた。
「これか? 敵の弓だろう」
「左様。ちと小さいがの」
 ウォッド爺さんは楽しげに笑うと、こう続けた。
「こいつは騎兵用の短弓じゃが、それにしてもちと短すぎるわい。野戦用ではなさそうじゃのう」
「……市街戦用か?」
「そういうことになるかのう」


 ウォッド爺さんの説明によると、トゥバーンの弓騎兵たちが持っていた弓は、取り回しの良さを追求したものだという。
 そのぶん射程や威力は犠牲になるが、狭い市街地でも扱いやすい。
「てことは、攻城戦には向いてないよな?」
「向いとらんのう。他の装備もそうじゃが、まるで城門をくぐった後のことしか考えとらんようじゃ」
 俺はぎょっとした。


 たった四百の兵で攻めてきたのは、やはり城門を突破する手段があったということだ。
 そしてさっき捕まえた、銀ナイフの男たち。
 俺は内応者を警戒してモンザたち二分隊を警備に残したのだが、予想通りの結果になったようだ。


 おそらく、トゥバーン側の戦術はこうだ。
 魔王軍が城壁の外に展開していないという前提で、トゥバーンは部隊を編成した。
 銀の矢を装備した弓騎兵五十騎は、対人狼の市街戦部隊。
 歩兵三百五十は、市街制圧用の後詰めだろう。
 だからあのとき、弓騎兵だけ先に突撃を開始したのだ。


 弓騎兵隊は機動力を生かして、リューンハイトの北門に突撃。内応者が城門を開け、弓騎兵隊を誘導する。
 弓騎兵隊はリューンハイトの大通りや広場になだれ込み、迎撃に来た人狼たちに一撃離脱で銀の矢を放つ作戦だ。
 交易都市であるリューンハイトの門や大路は広く作られていて、弓騎兵が走り回るのにはちょうどいい。
 人狼をあらかた倒したところで、歩兵隊が市街に突入。犬人隊を数と質で圧倒し、リューンハイトを奪還する。
 そんなところだ。


 もっとも彼らの前提が色々間違っていたせいで、作戦も部隊も崩壊してしまった。
 十分な情報収集をせずに軍を動かしていることを考えると、敵の将は無能なのだろうか。あるいは、何か事情がありそうだ。
 こんなことなら、捕虜を取って尋問すれば良かった。
 人狼の血が騒ぐと、どうも凶暴になってしまうな……。
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