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第一次リューンハイト防衛戦(後編)

14話



 俺は迷ったが、ここで切り札を使うことにした。

 他の人狼たちに警戒を維持するよう命じて、俺は呪文を詠唱する。

「ゲヴェナの門より戻りて、ハウランの門より拒まれし者どもよ。我が右手を見よ。これぞ凍れる太陽なれば」

 一瞬だけ俺の全身を魔力が包み、俺の右手に冷たい輝きが宿る。

 死霊術の初歩だ。



 俺は右手を振って、西の森に隠していた骨槍隊に進軍を命じた。

 たかだか四百の歩兵と騎兵相手に、二千の骨槍兵を動かすのは馬鹿げているかもしれない。本当は、いずれ来る決戦のために存在を隠しておきたいのだ。

 だが戦力を出し惜しみして、市内に敵がなだれ込んできたら目も当てられない。

 ここは油断せず、全力で叩き潰そう。



 ただ問題は、骸骨兵の進軍速度が遅いことだった。

 彼らは早足でしか進軍できない。待ち伏せが専門なのだ。

 案の定、ミラルディア同盟軍は西の森からぞろぞろと槍隊が出現したことに気づいた。

 追いつけないだろうな……。



 すると敵は行軍用の縦隊を崩し、騎兵だけが横隊に陣形を組み直した。そのまま一気に速度を上げる。

 まさか、歩兵を置き去りにするのか?

 歩兵も速度を上げてきたが、さすがにあれぐらいなら骨槍隊の迎撃も間に合う。何とか進路に割り込めそうだ。



 接近してくる敵をじっと見つめながら、ハマームが呟く。

「騎兵は五十……というところですか」

 えらく少ないが、騎兵は金がかかるからな。弓騎兵となれば、なおさらだ。

「どうします、副官? 弓騎兵では城門を突破できませんが……」

 暗に静観を求めるハマームの問いかけに、俺は首を振った。



 俺は城壁の上に残っている十六人に、こう命じた。

「敵弓騎兵を城門前で迎撃する! ハマーム隊、ウォッド隊、シュレイン隊、ジェリク隊、俺に続け!」

 人狼たちは一瞬驚いた顔をしたが、群れのリーダーには絶対服従だ。すぐさま力強くうなずき返し、彼らは城壁から身を躍らせる。



 四階建ての屋上ほどもある高さから飛び降り、音もなく着地する人狼たち。四人単位の分隊を維持し、臨戦態勢だ。

「ハマーム隊、ウォッド隊、シュレイン隊、左翼に展開! 敵右側面に回り込め!」

 右利きの射手は、弓を左手で持つ。右側を狙おうとすると馬上で姿勢が崩れ、射撃しにくいはずだ。

 次第に近づいてくる弓騎兵をものともせず、十二人の人狼は敵部隊の右側へと疾走していく。



「大将、俺たちは?」

 ジェリクと彼の率いる三人の人狼が、俺を見ていた。

 俺は敵との距離を見計らいながら、こう答える。

「ジェリク隊は俺の直衛だ」

「おう、任せとけ大将」

 鉄色の毛を持つ鍛冶屋の息子は、ニッと笑ってみせた。



 トゥバーンの弓騎兵たちは、みるみるうちに近づいてくる。そろそろ弓の間合いだが、まだ射かけてこない。

 理由はわからないが、これは好機だ。

 俺は息を吸い込むと、力の限り吠えた。

 俺が最も得意とする魔法、「ソウルシェイカー」だ。



 さすがにこの距離では、魔力を帯びた咆哮も完全な効果は発揮できない。

 至近距離なら魂を揺さぶるほどの威力がある「ソウルシェイカー」だが、今回は敵を完全に足止めするほどではなかったようだ。

 体力的に連発できる術ではないし、これは使い方をもう少し工夫する必要があるな。



 だが相手が騎兵だったことが、俺に幸いした。

 俺の咆哮に怯む兵士は少なかったが、敵の騎馬がうろたえ始めたのだ。

 みるみるうちに敵の突撃速度が落ちる。中には完全な恐慌状態に陥り、騎手を振り落とす騎馬もいた。

 後続の騎馬がそれを巻き込み、さらに落馬が続出する。

 大混乱だ。



 敵部隊の右側面に回り込んだ十二人の人狼は、その機を逃さずに突撃を開始する。

 さて、もう一仕事といくか。

「支援魔法を使う。援護してくれ」

「あいよ、大将。矢は俺が防いでやるよ」

 ジェリクが俺をかばうように、前に立ってくれた。他の三人も、俺を守るように周囲を固めてくれる。



 俺は周囲に漂う魔力を、呼吸によって吸い集める。深呼吸を繰り返し、十分に魔力を集めたところで、それを魔法へと変換した。

「血塗られた満月よ、狂える我らを照らせ」

 その瞬間、周囲がスウッと薄暗くなった。

 そして戦場を漂う魔力が、俺たちに向かって流れ始める。



「おお……来た来た」

 ジェリクが嬉しそうな顔をして尻尾を振った。他の三人も同様だ。

 俺自身にも、内側から湧きあがるような力を感じる。同時に全身を涼しげな風が包み、何かに守られているような安心感も覚えた。

 俺が専門としている自己強化の魔法だ。これはそのひとつ、「ブラッドムーン」。

 周囲にいる味方を敵の攻撃から守り、力を与える魔法だ。

 展開中の十二人にも、ちゃんと加護は行き届いているはずだ。



 俺は彼らを援護するために、ジェリク隊に突撃を命じた。

「行くぞ、殲滅戦だ!」

「おお!」

 魔王軍に所属して、初めての「全員ぶっ殺してもいい戦い」だ。人狼たちは戦いの狂喜に震える。



「グオオオオォ!」

「ひっ、うわぁあ!」

 ミラルディア同盟軍の弓騎兵部隊は、大混乱に陥った。

 十分な矢を放たないうちに、人狼たちが騎馬以上の速度で襲いかかってきたからだ。

 弓騎兵は機動力と長い射程を持つ精鋭だが、騎馬が混乱して動きが鈍っている今は弓歩兵と大差ない。

 持っている弓は馬上用の短弓だから、長弓兵ほどの威力も出せない。

 長所を完全に封じられていた。



 それでも戦いは、決して楽観できるものではなかった。

 俺は飛んでくる矢をかわしながら走る。矢の速度と自分の速度が合わさり、よけるのは至難の業だ。

 俺は無事だったが、ジェリク隊の誰かが矢を受けて倒れた。先に突撃した十二人の中にも、矢を受けた者がいるようだ。

 生きていてくれよ。そう祈りつつ、俺は振り返らずに走った。



 とにかく接近戦に持ち込まないと話にならないので、俺たちは敵のまっただ中に飛び込む。

「ガアアァッ!」

 俺は吠えながら、馬上の射手に鉤爪をふるった。

 鎖帷子を爪が食いちぎり、細かい鎖が血飛沫とともに飛び散る。絶叫は血に溺れて、すぐに聞こえなくなった。



 顔から喉へ真っ二つに切り裂かれた敵を放り出し、俺はすぐさま次の敵を狙う。

 矢をつがえて、誰かを狙っている奴がいる。

「させるかよ!」

 俺は馬上に飛び乗ると、すり抜けざまに弓の弦を切り裂いた。同時にそいつの指も何本か持っていったらしく、悲鳴があがる。

 気の毒だが、仕掛けてきたのはお前たちだからな。



 戦闘不能になった敵は後回しだ。俺はさらに人と馬の中に分け入り、片っ端から爪で切り裂いてやった。

 装甲の薄い弓騎兵たちは、面白いように倒れていく。

 いつしか俺も、血の狂喜に溺れていった。



 気づいたときには、戦いは終わっていた。立っている敵兵の姿はなく、生存している騎馬はどれも空馬だ。

「終わったようだぜ、大将」

 返り血で濡れたジェリクが、笑いながらそう言った。

 どうやらずっと、俺の援護をしていてくれたらしい。道理で俺が無傷な訳だ。



 遠くを見ると、敵の歩兵隊と俺の骨槍隊が交戦中だった。戦力に圧倒的な差があるので、ほとんどまともな戦いにはなっていない。

 逃がしてやりたいが、人狼の姿を見た以上そうもいかない。情報を持ち帰られては困るのだ。

 このまま放っておいても勝利は明らかだが、俺は右手をかざして骨槍隊の陣形を変更した。



「包囲せよ」

 防御から包囲殲滅へ。横隊で壁を作っていた骨槍隊は、両端が前進を開始して敵歩兵隊の背後に回り込む。

 圧倒的な数を誇る二千の骨槍隊は、敵の背後で両端を閉じた。

 もう逃げ場はない。後は数と統率力にモノを言わせて、すり潰すだけだ。

 戦いの音はしばらく続いたが、それもじきに終わった。

 骸骨兵は捕虜を取らない。命ある者がいる限り、攻撃を止めることはないのだ。



 こうしてリューンハイト最初の防衛戦は、敵の完全殲滅という形で幕を閉じたのだった。

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