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杜坂東の事情 作者:おかつ
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第1話 前編

『坂杜様』と本当に出逢ってしまった翌日。
昨夜は、どうやって『霊』達を成仏させようかとか、『悪霊』から真梨恵や銀河を守るにはどうしたら良いかとか、そもそも本当にいるのだろうかとか、色んなことを考えていた所為であまり眠れなかった。
その所為か、午前中の授業は物凄く眠かった。正直授業の内容はよく覚えていない。
4時間目が終わり、漸く昼休み。俺が一つ欠伸をすると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「珍しいな、お前が欠伸なんて」
声の主は銀河だ。
俺は「まあな」と返事をした。
「昨日あんま寝れてなくてさあー」
「どうせお前の事だから、『あの事』考えてたんだろ」
「……あー、やっぱ銀河には分かっちゃうかあー」
俺がそう言うと、銀河は「当たり前だ」と返した。
――銀河は、よく周りの人の事を見ている気がする。
少しでも体調の悪そうな人を見かけるとすぐに近づいて話しかける。で、様子を見て担任に報告。その後その子を保健室に連れて行く。
それだけならまだしも、見て見ぬふりの俺とは違い、いじめられている奴や暴力を振るわれている奴を見ると率先して止めに入り、そいつを守ろうとするのだ。
……多分、お人よしなんだろう。俺とは、何もかもが違う。
今だってそうだ。
「丑満時の迎えには行けたのか?」
「行けてなきゃ二人して遅刻してるだろ」
「それもそうか。……午後の授業大丈夫か? 社会と国語だから多分余計に眠くなるぞ」
――ほら。そうやって俺の事心配して。だからこそ、迷惑をかけたくないんだ。
そう思いながら、俺は「大丈夫」と返事をした。
「まあ、どうしてもきつくなったら自分で保健室行くから」
「……そうか。まあ、あまり無理はするなよ。丑満時あいつの事だから、多分今日の放課後から行動し始めるぞ」
「ん……分かってる。そうだよな」
そうだ。分かってる。真梨恵なら、きっと今頃今日の放課後の計画を練っている所だろう。……どう計画を練っているのかは分からないが。
そんな事を考えていると、机の上に置いていたスマホが振動した。同時に銀河のスマホも振動したらしく、俺と銀河はほぼ同時にスマホを開いた。
――噂をすれば。
真梨恵からSNSアプリのテキストチャットが送られてきた。

『今日の放課後、二人ともホールに集合! 待ってまーす!』

「……やっぱりな」
俺と銀河は、ほぼ同時にそう言って、溜息を吐いた。


結局、その日は5時間目の途中で社会の先生にテキトーな理由をつけて保健室で暫く眠っていた。
銀河が自分のバッグと俺のバッグを持って起こしに来た時には、もう既にHRまで終了した後だった。
俺は銀河にお礼を言うと、バッグを受け取りホールへと向かった。
ホールには既に真梨恵がいた。銀河が真梨恵に声をかけると、真梨恵が振り向いた。
「おっ、ちゃんと来てくれたねー」
「当たり前だ。来ないと怒るだろう、お前」
「まあねー。っていうか、佐藤君大丈夫? 保健室いたんでしょ? 松伏君から聞いたよ?」
「あー大丈夫大丈夫。ちょっと寝不足なだけだから」
俺がそう言うと、真梨恵は「そっかー」と返事をした。
その後、銀河が「で?」と口を開いた。
「今日は何処の『霊』に会いに行く心算だ?」
「あっ、そうそうそれなんだけどー。二人とも、理科室の噂、知ってる?」
「理科室の噂?」
俺と銀河がほぼ同時にそう聞き返すと、真梨恵は「うん」と頷き、こう続けた。
「その様子だと二人とも知らないんだね。あのね、私と同じ支援クラスに通ってる子から聞いたんだけど、放課後に理科室の前通ると、たまにね、聞こえてくるんだって」
「聞こえてくるって、何がだ?」
「……『泣き声』」
「『泣き声』?」
俺がそう聞き返すと、真梨恵は再び頷いた。

理科室は確か2階、階段を上ってすぐの所にある。
支援クラスは階段を上って左に曲がったところ、音楽室とコンピュータールームの間にある。つまり帰る際には理科室の前を必ず通らなければならない。だが支援クラスに通っていない生徒は、下校の際そこを通る必要はない。道理で俺と銀河がその噂を聞いた事がないわけだ。

「で、今日はその『泣き声』の主に会いに行くの! それでね、理由を聞きに行くんだよ。『どうしてそんなに泣いてるのー?』って」
「成程な。泣いてる理由がわかりゃ、俺達で解決できるかもしれないしな」
「うん! そういう事! んじゃ、早速いこっかー」
真梨恵がそう言って歩き出す。俺も銀河も、その後ろをついていった。


理科室の入り口の前に立つ。暫く誰も言葉を発しなかったが、その後銀河が口を開いた。
「……何も聞こえないようだが」
「いやいや、そんなすぐ聞こえるもんじゃねーだろ」
「そうだよー。もうちょっと待ってみようよー」
真梨恵がそう言った後、再びの沈黙。
だが暫く待っても、銀河の言うように何も聞こえなかった。
真梨恵が「あれー?」と言いながら首を傾げる。
「……何にも、聞こえない、ね?」
「……帰る?」
俺が二人にそう聞くと、真梨恵が「そうだねー」と理科室の入り口に背を向ける。
次いで俺と銀河が背を向け、歩き出そうとすると。
「待って」
真梨恵がそれを止めた。
「……まだ何かあるのか丑満時? 『泣き声』は聞こえなかっただろう?」
銀河が真梨恵の方を振り向きそう聞くと、真梨恵は俺達の方を見て言った。


「……『聞こえる』の。『泣き声』」


「……!?」
俺と銀河は驚き、慌てて理科室の入り口に戻る。
入り口のドアに耳を当ててみる。



――……ゥ、ヒック、ウゥ、ウゥァッ……



「……『泣き声』、だ」
俺がそう言うと、真梨恵が「ね!?」と返した。
その隣で銀河が首を傾げる。
「……俺には何も聞こえないんだが」
「えっ、銀河聞こえねえの!? 俺でも聞こえたんだけど!?」
そんな話をしている間にも、俺の耳にはずっと『泣き声』が聞こえてきた。
俺の場合、はっきりとは聞こえないのだが、確かに聞こえているのだ。
真梨恵が理科室のドアに手をかける。
「……とりあえず、行こ?」
「え、あ、ああ、そう、だな」
俺はそう答えて立ち上がり、真梨恵の後ろについた。続いて銀河は俺の後ろにつく。
「……あれ、二人ともなんで私の後ろに隠れてるの?」
「だ、だってさ! 多分、この中で一番霊感あんの真梨恵だからさ! 真梨恵が一番前の方が良いかなってさ!」
「……俺は、佐藤が丑満時の後ろに並んだから、そうした方が良いのかと思って」
真梨恵の問いに俺と銀河がそう答えると、真梨恵は「ふーん」と返した。
その後、真梨恵が再び前を向く。
「……開けるよ」
真梨恵の合図に俺と銀河が頷く。
真梨恵はそれを確認すると、ゆっくりとドアを開けた。
「……あれ?」
理科室の中を確認すると、俺は首を傾げる。同じく銀河も首を傾げていた。

――『泣き声』は聞こえる。だが、誰もいないのだ。

「……誰も、いねーの?」
「……丑満時」
俺と銀河が真梨恵の方を見ると、真梨恵は俺達の方を見て言った。
「……ここにはいない。けど、あそこ」
真梨恵が指差した方を見る。
……実験準備室のドアだった。あの中に、いるって事か?
そう考えていると、真梨恵がそのドアの方に歩き出す。俺と銀河が後ろからついていく。


準備室のドアの前に来ると、『泣き声』は確かに少し大きくなった気がする。おそらく『泣き声』の主に近づいているんだろう。
真梨恵がドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。……と。
「……ん?」
実験準備室の奥の方に、何か白くモヤモヤとしたものが微かに見えた。
銀河は何も見えないようで首を傾げていたが、真梨恵はモヤモヤとした何かをじっと見ている。
「……丑満時。お前には何か見えているのか?」
銀河がそう聞くと、真梨恵は俺達の方を見て答えた。

「……白衣を着た大人の女の人がね、泣いてるの」

――真梨恵には、やっぱりはっきりと見えていたらしい。
俺には白いモヤにしか見えなくても、銀河には何も見えていなくても、真梨恵にはそこに『いる』のが見えているのだ。
真梨恵がゆっくりと女性(俺には白いモヤにしか見えないが、便宜上そう呼んでおく)に近づく。
「ねえ、お姉さん。どうしてそんなに泣いてるの?」
真梨恵がそう聞くと、ずっと聞こえていた『泣き声』が止まった。
女性はこちらに気づいたようで、暫くして声が聞こえてきた。
『貴方……、私が、見えるの?』
「うん、見えるよ。声も聞こえる。あっ! 私、丑満時真梨恵って言うの。貴方は?」
『……私は、榊。榊恵久美。この学校で理科を教えていたの』
――榊恵久美。何処かで聞いた事のある名前だ。
自分の記憶を頭の中で辿っていると、銀河が俺の肩を叩き、小声で聞いてきた。
「なあ、『彼女』はなんて言ってるんだ?」
「ああ、銀河には聞こえないんだっけ。『榊恵久美』っていう、この学校で理科を教えてた先生だって」
俺がそう答えると、銀河がいきなり「ハ!?」と驚いた表情を見せた。
「あれ、銀河知ってんの?」
「知ってるも何も、覚えてないのか!? 確か榊先生って2年前、俺達が中1の頃も理科教えてて、その年の2学期が始まって数日後にこの実験準備室で自殺した先生だぞ!? 俺達が第一発見者だったろ!?」
――銀河のその発言で、俺ははっきりと思い出した。
そうだ。確かにそうだった。中学に入って初めての嫌な記憶だった。


――それは2年前。俺達が中学1年だった頃。
当時の理科の先生が、榊恵久美先生だった。
榊先生は生徒に対して明るく接したり、分からない所があれば丁寧に教えてくれたり、俺個人としては凄く良い先生だった。
……だが、彼女は『優しすぎた』。
授業をサボる生徒がいても叱るという事をせず、宿題をしなかった生徒に対しても「今度はちゃんとやってきてね」程度で終わらせていた。
その為、榊先生は生徒に『ナメられていた』のだ。
理科の授業中生徒がふざけるのも日常茶飯事だった。榊先生に向かって紙飛行機を投げ飛ばしたり、授業中の生徒同士の雑談なんてのもあった。おふざけは日に日にエスカレートしていって、次第に榊先生に対する『いじめ』と化していった。
……おそらく榊先生は、それが苦になってしまったのだろう。
2学期が始まって数日後、2学期に入って初めての理科の授業。俺と銀河は実験の準備があるから手伝って欲しいと榊先生に言われており、給食を食べ終わった昼休みに実験準備室に向かった。

――そして、そこで俺達は、見てしまったのだ。
右手にカッターナイフを持ち、左手首から大量に血を流して死んでいる榊先生の姿を。


その榊先生が、今、俺達3人の目の前にいる。いると言っても、はっきり姿が見えているのは真梨恵だけだが。
真梨恵が榊先生に対して質問を続ける。
「ねえ、榊先生? どうしてそんなに泣いてるの?」
暫くの沈黙の後、再び榊先生の声が聞こえてきた。
『……探して欲しいの』
「探す? 何を?」
『……赤い、ハイヒール。右足側だけ無いの』
そういえば、榊先生よく赤いハイヒールを履いて学校に来ていたような。それでよく教頭に怒られているのを見たことがある。
だが何故右足側の赤いハイヒールだけ探して欲しいんだ?
そう考えていると、真梨恵が俺達の方を見て言った。
「榊先生ね、右足だけ赤いハイヒール履いてないの。失くしちゃったみたいで、探して欲しいんだって」
「失くした?」
銀河がそう聞くと、真梨恵は「うん」と頷いた。
「あーそういや、俺達が見つけた時、確かに片足だけハイヒール履いてなかったような……」
「……そういえば、そうだったな」
「んー……何処で失くしたとか、心当たりとかあれば探しやすいんだけど……」
真梨恵が「どう?」と、おそらく榊先生を見ながら聞く。
その後、再び俺達の方を見た。
「無いって。ある程度仕事が終わって帰ろうとしたら、無かったって」
「となると、手あたり次第に探すしかなさそうだな」
「聞き込み調査すんの?」
「まずはそれしかないだろう」
そんな話し合いをしていると、再び榊先生の声が聞こえてきた。
『探して、くれるの?』
「うん! 困ってるユーレイさんがいたら、助けてあげなくちゃだから!」
『そう。……ありがとう。必ず見つけてね。私の、大事な物だから』
「分かった! 絶対見つけるよ!」
そう言って歩き出した真梨恵の後ろに続き、俺達は実験準備室を後にした。


「……で、聞き込み調査って誰から聞くの?」
真梨恵が銀河にそう聞くが、銀河は「ふむ」と首を傾げて言った。
「せめて目撃者がいればいいんだが、それさえ分からないとなるとかなり時間のかかる調査になるぞ」
「だよなあー……。けどさあ、赤いハイヒールって結構目立つから誰かしらが見つけてそうだけどな?」
「そうかなー? 意外と皆周りよく見ないから、土の中に埋められてたりとかしてると分からないんじゃない?」
「……まあそれもそっか。皆自分の事で必死なんだもんなあ、現状」
そうだ。この学校の現状からして、皆自分の事で必死なのだ。そんな中で『霊』の頼み事を真剣に引き受けているのは俺達くらいではないだろうか。元々、真梨恵も銀河も俺も、頼まれると断れない性格ではあるのだが。
俺達が榊先生の失くした赤いハイヒールについて色々と話し合っていると。
「おー? なんだお前等、まだ帰ってなかったのか?」
俺の後ろから声が聞こえてきた。声の主は分かっている。
俺が後ろを向くと、俺と銀河のクラスの担任である熊谷敏樹先生が立っていた。
熊谷先生は男子バドミントン部のコーチでもあり、先程まで部活の指導をしていたのか若干汗をかいていた。
……そういえば。俺は熊谷先生に榊先生の事を聞くことにした。
「あの、熊谷先生って俺達が入学する前からもいたって言ってましたよね?」
「ん? あー、いたよ。この学校にはもう6年いるからな」
「あの。……榊恵久美先生、覚えてます?」
一瞬、熊谷先生の眉間にしわが寄った気がしたが、熊谷先生は再びいつもの笑顔に戻って答えた。
「……覚えてるよ。よく覚えてる。良い先生だったよなー。なんであんな良い先生が、自殺なんて」
「……あの、榊先生、いつも赤いハイヒール履いてたんですけど覚えてますか? あれの右足側探してるんですけど……」
「右足側? そういえば榊先生いつも赤いハイヒール履いてた気がするけど……右足側だけ失くしてたのか?」
熊谷先生からの問いに、俺達は3人ともほぼ同時に頷いた。
熊谷先生は「うーん」としばらく考えた様子だったが、その後困ったような笑顔を見せて言った。
「……悪い。俺には心当たり全然ないわ」
「そうですか。……そうっスよね。すみません、変な事聞いて」
「いや。……それにしても、榊先生が亡くなったのってもう2年前だろ? 何で今更失くなったハイヒールなんて探してんだ?」
その熊谷先生からの問いに答えたのは真梨恵だった。
「あのね。榊先生からね、探して欲しいって頼まれたの」
「頼まれた?」
「うん。頼まれたの」
真梨恵がそう言うと、熊谷先生は「そうか……」と呟いた。
「……よし。俺も出来る限り協力しよう。何か分かったら伝えるよ」
「マジっスか!? ありがとうございます!」
「いいっていいって! 大事な生徒達の為だしな! ……それに」
そこまで言ったところで、熊谷先生は妙に真剣な表情で発言をやめた。
「……それに?」
熊谷先生の反応が気になったのか銀河がそう聞くと、熊谷先生はいつもの笑顔に戻って言った。
「……なんでもない。それよりお前等、早く帰らないと校門閉めちゃうからなー?」
そして熊谷先生はそのまま男性職員用の更衣室へと戻って行った。
そのすぐ後。
「……あやつ」
「!?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向くと、そこにいたのは人間の姿をした『坂杜様』だった。
「び、っくりしたー! なんだよいたのかよお前!」
「阿呆、さっきからずっとおったわ。貴様等が気づいていなかっただけであろう。……にしても」
「……なんだよ」
俺がそう言うと、『坂杜様』は、先ほど熊谷先生が入って行った更衣室を見つめながら言った。
「……あやつ、私が見た感じだと――何かを『隠しておる』ように見えたぞ」
「『隠してる』? 熊谷先生が?」
銀河がそう聞くと、『坂杜様』は「ああ」と頷いた。
――熊谷先生が、何かを『隠している』。
榊先生と熊谷先生。二人の間には何かがあったのだろうか。……まさか、熊谷先生が犯人? ……いや、そんな訳がない。犯人であれば、俺達に協力しようなどと言い出したりはしないだろう。
……だが、だったら何故熊谷先生は。彼は何を『隠している』? 何故『隠している』?

――結局その日は、何も分からないまま下校した。

【第1話 後編へ続く】
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